12 駆け抜けていけ
光の弾丸が、空を切り裂いて飛んでいき、二体の怪人に同時に着弾する。
二体の怪人は、衝撃で姿勢を崩す。
しかし、すぐさまに起き上がって、金剛グリーンをにらみつけてくる。
「妙な武器を持っていますねぇ」
タコの怪人が、ややいらだった様子で着弾した箇所、タコの足の一本を別の足でさすっている。
「流石に、単発では厳しいか。だが、倒すまで撃ち続けるだけだ」
そう言って金剛グリーンが、前方にハンドガンを撃ちながら駆け抜けていく。鮭の怪人は、弾丸を剣で弾き、タコの怪人は八本の足で弾いていく。
二体の間を駆け抜けて、同時に二体に狙いをつけて撃っていく様は、常人離れした射撃技術である。
時に姿勢を低くして撃ち込み、時に飛び上がって壁を走りながら撃っていく。
「ええい! ちょこまかと五月蠅い虫けらが!」
タコの怪人がさらに苛立った様子で、両手を金剛グリーンに向ける。
両手から水の弾が現れ、まるで弾丸のように飛んでいく。まるでマシンガンを彷彿とさせる連続攻撃にさらされ、着弾と同時にセンカンジャースーツから火花が飛び散っていく。
「もらったぁ!」
倒れ込んだ金剛グリーンに、鮭の怪人が飛び上がって上段に構えた剣を振るってくる。
剣が金剛グリーンの頭部に直撃するかに思えた瞬間、ハンドガンから特大の弾丸が放たれた。
特大の弾丸は、鮭の怪人を真正面から捕らえて、空中で弾き飛ばしていった。
「全く。何をしているのです!」
「ぐ、すまん」
鮭の怪人が起き上がりながら、タコの怪人に素直に謝った。
そうしている間に、金剛グリーンは立ち上がって、再び銃口を怪人に向ける。
「もう一度、問いかけよう。さらった人々はどこだ? 何をした!?」
「もう応えたではありませんか。それにモルモットがどうなろうと、私の知ったことではありません、よ!」
言葉を言い終わると同時に、タコの怪人が手を振り払う。今度は細く研ぎ澄まされた水の刃が飛んでいくが、金剛グリーンはそれに向かって行く。
「危ない!」
クリスが叫ぶ。
当たるかに思えた。
だが、直撃する直前に、スライディングをして回避し、同時に怪人への射撃を再開する。
水の刃は、金剛グリーンの背後の壁を深々と切り裂く。
再び、二対一での戦闘が始まる。
撃って、避けて、弾いて、斬りかかって。
怪人と人間が目にもとまらないほど素早い攻防を繰り広げていく。クリスとマリアは、あまりのレベルの高い戦いに、やや呆然とした様子で眺めている。
下手に割って入れば、流れ弾に当たる可能性もあって、入り込めないでいた。
そして、二人は、これまで金剛グリーンが本気で戦っていなかったことを悟る。
おそらくは、周囲への被害や、体力の温存を考えてのことだったのだろう。
現に、金剛グリーンの動きは、クリスとマリアがいる方向へと回避せず、流れ弾が飛んでいくのを防いでいた。
金剛グリーンは、飛び抜けた空間認識能力を持つ。高精度の射撃も、その恩恵によるものだ。
「チャージショット」
隙をみつけては、ハンドガンからチャージショットを撃ち出す。
が、その隙に鮭の怪人が正面から斬りかかってきた。
金剛グリーンは、日本の銃剣を交差させて剣を受け止める。
「ふんぬ!」
「く!」
つばぜり合いになったまま、鮭の怪人が力を込めると、金剛グリーンの足が床へとめり込んで、後ろへと押され出していく。
流石に、銃の威力が向上しているとはいえ、それでも金剛グリーンの力では怪人を二体も同時に相手にするには荷が重いようだった。
そのときだった。
「発射!」
マリアの声が聞こえ、鮭の怪人に火の玉がぶつかって、吹き飛ばされた。
そこには、魔道筒を構えたマリアと、二振りの剣を構えたクリスの姿が見える。
「こちらのモンスターは任せて、もう一体を!」
「……頼む」
一瞬だけ、彼女たちに任せるべきかどうか迷ったが、金剛グリーンは力を借りることを選ぶ。
彼女たちが果たして、どこまで対応できるか。それは疑問ではある。いや、通常武器が通じない以上、倒すことは不可能に近いだろう。
それでも、時間だけでも稼いでくれれば、そう、その間にもう一体を撃破できればいいというのが考えだ。否、願望に近いだろうか。
それでも、一度に二体もの怪人を相手にすることは相当の負担であった。このままでは決定打を与えることもできず、押され負けるのが明白であった。
彼女たちに頼ることは、苦渋の選択でもある。
「改めて、ダンスの相手を願おうか」
銃口をタコの怪人に向ける。
「フフ、あいにく荒々しいダンスになりますがね」
タコの怪人は、余裕を見せつつ、目を細めてにらみつけてきた。
金剛グリーンが駆けた。
銃口から光の弾丸が飛んでいく。
インファニティストーンから供給されるエネルギーを圧縮した純粋なエネルギー体が、光の弾丸の正体である。ぶつかれば、強く弾けて衝撃を与える。一般人であれば、その衝撃で意識を失い、最悪死に至るほどの強い衝撃である。
だというのに、タコの怪人は八本の足で弾丸を弾いて、受け流していく。受け流された弾丸は、壁や床に飛んでいき、クレーターを作り上げた。
右手に持ったハンドガンのトリガーを引きっぱなしにして、撃ち続けながら接近する。
接近してきたところに、怪人から水の刃が飛んでくる。
「はっ!」
大きく飛んで回避し、天井を蹴って接近していく。
今度は、大きめの水の弾丸が飛んでくる。
空中で身動きがとれない以上、金剛グリーンが取る手段は一つ。
高速で飛んでくる水の弾丸を右手のハンドガンで撃ち抜く神業をやってのけて、続けて落下していく。
無事に、着地した瞬間にさらに飛んだ。
一瞬にして、タコの怪人の懐に潜り込む。
これまでの戦いで、スピードだけなら上回っていることを確信していた。
左手のハンドガンの銃口をタコの胸に押しつける。
左手のハンドガンは、チャージモードにしてあった。
結果。
近接射撃によって、タコの怪人が吹き飛んでいき、壁にぶつかり、壁を破壊する。
数秒間、がれきとホコリで怪人の姿が見えなくなる。
手応えはあった。
そのはずだった。
ふと横を見ると、クリスが鮭の怪人に何度も斬りかかって、合間合間にマリアが炎を撃ち出していた。
決定打を与えているとは思えないが、きっと善戦している。
ただ、クリス、マリアの両者ともに、鮭の怪人の攻撃を完全には避けることができておらず、先ほどよりも装備を損傷し、傷が増えていた。
「よそ見はいけませんよ!」
がれきとホコリの中から、声が聞こえた瞬間、金剛グリーンの体中に水でできた鎖が絡まっていた。
「くっ!」
「お返しです」
がれきの中から特大の水の槍が飛んできて、避けることすらできない金剛グリーンの胴体に直撃する。
「がっは!」
体中を駆け抜ける衝撃に、呼吸できなくなる。
呼吸できず、身体が硬直して、そのまま飛ばされていく。
これまでの戦いの余波でもろくなっていた壁にぶつかり、壁をぶち抜いて隣の部屋にまで飛ばされていた。
背中にはどこか硬くて、柔らかい感触を感じ取ったときに、ようやく呼吸を再開できた。
呼吸した瞬間、恐ろしい程までの臭気を感じ取る。
当たりを見渡すと、目に飛び込んできたのは屍。
屍。
屍。
屍。
屍の山だった。
モンスターのものもあるが、圧倒的に人が多い。老人から若者、年端のいかない子供の死体まである。服すらまとわず、肌は土色に変色し、体中から生気を失った死体が山となって積み重なっている。
「……これは」
思わず呟いた時に、開いた穴から何かが飛んできて、金剛グリーンの横に転がった。
それは、全身ぼろぼろになったマリアだ。身体のあちこちから出血し、口からも血を吐いた跡が残っている。
「こ、これほどとは……」
さらに口から血反吐を吐きながら咳き込む。
穴の向こうでは、見えにくいが、クリスが一人戦っていた。だが、本装備だというのにほとんど刃は通じず、ただ、防戦一方といった様子だ。
やはり、怪人の相手を任せるべきではなかったかと悔やむが、彼女たちの勇気にも賞賛を送りたい気持ちもあった。
「丁度、ゴミ捨て場につながってしまいましたね」
ヌルッと開いた穴からタコの怪人が姿を現した。
「……この人達に何をした!? 応えろ!」
ヨロヨロとしながらも、金剛グリーンが立ち上がる。先ほどの攻撃はダメージが大きく、ふらつきが止まらない。
それでも、立ち上がった。
ただ、怒りを動力源にして。
「ふむ。単純に言えば、彼らは材料です」
「なんだと?」
「我々は巨大化する能力を持っていますが、いかんせん、自らの生命力の大半を削る諸刃の刃でしてね。ですから、前々から考えていたのですよ。そう、巨大化するための生命力を他から補えばいいとね。巨大化薬は、幸いにも、モンスター相手の実験も成功しました。あとは量を作るだけです」
タコの怪人が、両手を広げて、まるで自らを称えるように説明する。
「貴様!」
人をさらったのは、巨大化薬の材料にするため。
以前ハンティングしたモンスターが巨大化したのは、その実験のため。
さらにいえば、その犠牲者の命から巨大化することを許してしまう。
たかが、そのためだけに。
人の命をなんとも思っていない、悪魔の所行であった。
「ふふ。最早立っているのがやっとではないですか。キング・サーモン! あとは任せましたよ」
「ハッハ! まかせろ!」
そう威勢良く応えた鮭の怪人の片手には、クリスが握られていた。まだ生きているようだが、呼吸は浅くなっているように見えた。
「いいですか? 彼らも材料にしますから、殺しはしないように! 殺しはね」
そう言い残し、タコの怪人は足早に去って行き、視界から消えた。
「クリスさん……」
マリアが、ボロボロになって、丁度鮭の怪人に投げ飛ばされていってぴくりとも動かなくなったクリスを眺める。
「さーて! 街では遅れをとったが、あの時の借りを返させて貰うぞ!」
そう言って、鮭の怪人は真正面から走ってきて、剣を振り下ろす。
「クッ!」
金剛グリーンが、両手のハンドガンの銃剣をクロスさせて受け止めた。受け止めた。
足が床にめり込み、ボロボロの身体が悲鳴を上げる。
だが、それでも、崩れ落ちない。
そう、背負う者として崩れ落ちるわけには行かない。
何が何でも、逃げるわけにも行かない。
「この」
マリアが、体勢を立て直すが、ドサリと崩れ落ちる。
彼女もまた、限界だった。
全身の痛みが、動くなと言っているかのようだ。
それでも、金剛グリーンを助けなければと身体を奮い起こすが、再び崩れる。
カチャリ。
崩れ落ちた拍子に、マリアの鞄から何かが床へと落ちた。
ピンク色のセンカンジャーレシーバーだ。
それを見た瞬間に、想いが駆け巡っていく。
間近で見た、金剛グリーンのような力があれば、後れを取らなかったかもしれない。
クリスがあのような状況にならなかったかもしれない。
怪人を倒せたかもしれない。
周りに転がる人々を救うことができたかもしれない。
わずかに残る力で、拾い上げる。
金剛グリーンの見よう見まねに、つまみを回して胸へと押しつける。
「……変身」
だが、何も起きない。
「変身」
何も起きない。
「変身!」
体中の力を集めて叫んでも、何も起きない。
ここで、終わりなのか。
そう思いかけた。
「……背負う覚悟があるか?」
横で、剣を受け止めたままの金剛グリーンが問いかける。
「正義と力を背負う覚悟があるか?」
もう一度、問いかけてくる。
正義と力。
正義だけでは無い。
力だけでも無い。
その二つを背負う覚悟があるのか。
これまでの人生を祈りと修練に捧げてきた。
これからの人生も捧げるつもりだ。
だから、こんなところで、こんな形で終わるわけにはいかない。
貧しき人々を救わなければならない。
それは、宿命だ。
そのためなら、何でも背負う。
そう、背負うことができる。
「覚悟を決めろ!」
金剛グリーンの言葉に、マリアは心の奥底の気持ちを口にした。
「私は……」
レシーバーをギュッと握りしめる。
「私は、人々のために、正義と力を背負います!」
「何をゴチャゴチャと」
と鮭の怪人が言いかけたが、その言葉は途中で止まった。
マリアの足下に金属のリングが現れた。