11 潜入せよ
重厚な木の扉を開けた先では、壁、床、天井が石レンガを組んでできた通路が真っ直ぐに伸びていて、左右に部屋が幾つもあった。
ただし、連れ去られた村人の姿を確認することはできず、もっぱらアヴェンジャーが襲いかかってくるだけだ。
「えいやぁ!」
真正面からやってきたアヴェンジャーを、クリスが二振りの小剣であっさりと切り裂く。まるで、豆腐か何かでも切るかのように滑らかである。本装備というのも納得のいく性能だった。
どうやら彼女の本来の戦闘スタイルというのも、鎧で防御し、剣は攻撃専用として使うらしかった。
「発射!」
通路の分かれ目で、襲いかかってくるアヴェンジャーに対して、マリアの浄化の術も圧倒的であった。詠唱に時間がかかるとはいえ、数体のアヴェンジャーを一度に葬り去っていく。
「はっ!」
そして、金剛グリーンは好調だった。
思った通りに、センカンジャーライフルは威力が上がっていて、前よりも大きな光の弾丸を発射でき、その弾丸があたったアヴェンジャーは数メートルは吹き飛んでいって動かなくなっていく。
銃剣も前は衝撃を与えるような性能だったはずだが、クリスの小剣同様にアヴェンジャーをあっさりと切り裂いていく。
だが、より特筆すべきは、ハンドガンであろうか。
連射性能はやや下がってしまったが、単発の威力は見違えるほど上がっている。
なおかつ、接近されても銃剣で攻防できる点はより進化したように思えた。
この大型ハンドガンは射撃能力の高いグリーンの専用装備である。
変化してしまったことに、戸惑いは隠せないが、それでもずっと使っていたかのように身体と手になじんでいた。
周りのアベンジャーに対して、金剛グリーンは自ら回転しつつ、流れるような動きで二丁のハンドガンを撃っていく。光の弾丸が、アヴェンジャーの額に命中し、強い衝撃によって吹き飛ばしていく。
さらに残ったアヴェンジャーに対して、二丁のハンドガンを向ける。ハンドガンが光り出し、光が銃口に収束していく。
飛びかかってきたアヴェンジャーに、二つの銃口からソフトボール大の光の弾丸飛び出していく。
命中。
光の弾丸が弾けると同時に、アヴェンジャーを吹き飛ばして石レンガの壁にぶつかるどころか、ひび割れを起こさせてめり込ませた。
「チャージショット」
そうつぶやき、ハンドガンを腰のホルスターに収めた。ライフルにも搭載されている機能であるが、数秒間チャージすることで、数倍の威力の弾丸を撃ち出すことができる。
「少しは片付いたかな?」
クリスが、剣を振り払いながら言う。辺りには動かなくなったアヴェンジャーの残骸が転がっていた。
「精霊よ、不浄な者達に安らかな眠りを」
マリアが、指先で教団のシンボルマークを描き、祈りを捧げる。彼女の攻撃に晒されると、海藻ぐらいしか残骸しか残らない。金剛グリーンに言わせれば、アヴェンジャーを葬るための能力にしか見えなかった。
この異世界に来てから、魔法の存在は知っていることは知っていた。しかしながら、一般的には魔法を使える者は多くなく、さらに実践級の使い手となるとほんの一握りしかいないとされる。それだけ、貴重な人材であり、これまでの戦争では主戦力と位置づけされている。
ただし、最近では、クリスが以前言っていたとおりに、誰にでも訓練次第で使える銃が戦場の主力になりつつあるのだが。
「銃とは、そのように連続で撃てるものがあるとは知りませんでした」
マリアが、金剛グリーンの三丁の銃を一瞥する。
「東方の特殊なものだ」
「それに、鉛の弾でもないようですが? 魔術と組み合わせたようなものでしょうか?」
「まぁね」
本当は、そのどちらも嘘であるが、今説明するには時間が惜しいことである。果たして、彼女たちはこことは別の世界の地球があることを信じてくれるだろうか。
いや、魔法の存在があるのなら信じるかもしれない。
これについては、後々確認しておけばいいことであるが。
「さって、どっちに行く?」
クリスが、二つの通路を剣で指し示す。
行く先は、左右で通路が分かれていた。
「一緒に行っても、みんなで戦うには狭いし、二手に分かれるかい? あまりグズグズしていられないだろ?」
「そうだな」
現時点で、集落の人々が無事ある保証も無い。時間がたてば立つほど生存率が下がるだろうと踏んでいる。
「俺一人でかまわないか? 通信機のことを考えても、そのほうがいいだろう」
「そうですね。では、何かあれば連絡をします」
「頼む。くれぐれも、その宝物は大事にしてくれ」
「わかっています」
そうして、金剛グリーンが右の通路に、クリスとマリアが左の通路へと進んでいった。
金剛グリーンは、再び両手にハンドガンを構えて、慎重に進んでいく。通路には所々で、光る石が天井に設置してあり、暗くて困ることは無い。これも、教会の礼拝所で見たものと仕組みは同じだろかと思いつつ、一歩一歩進んでいく。
時折、左右に部屋があるが、ほとんどが何も置いていない部屋だった。時々あるものといえば、さびた刀剣や粗末な椅子やテーブルぐらいのものだ。以前山賊がいたということだから、その名残かもしれない。
不思議なことに、あれだけアヴェンジャーと戦ったというのに、分かれてからアヴェンジャーに出会うことが無い。
それを妙に思いつつも、ただ、淡々と先へと進んでいく。
そして、とうとう辿り着いたのは、鉄の扉の前だった。これまで木の扉ばかりだったものだから、おそらくは特殊な空間につながるものだろうか。
かといって、周囲にトラップなどがある様子も無い。
慎重に取っ手を握ると、鍵がかかっている。
「なにかあるな……」
ふと横の天井を見ると、四角い穴が開いている。手をかざすと空気の流れがあることから、通風口だろうか。
あまり気は進まないが、ここは慎重に行動するべきと思い、扉を壊す選択肢を消去し、通風口へと登っていく。
登り終えると、扉のある方向に通風口が伸びているので、そちらへ進む。
流石に通風口の中にまで光る石は設置されていないが、所々で下につながる穴が開いて、そこから光が漏れ出していた。
ゆっくりと匍匐前進しながら下のフロアを覗き込むと、本が大量にある空間が広がっている。これは山賊の名残とは思えない。怪人が用意したのだろうか。
「こちらではないな……」
一応覚えておくだけ覚えて、次の穴へと向かっていく。
次の穴を覗き込むと、今度は檻や円筒形状の水槽が並んでいた。檻や水槽の中には、モンスターが入っていて、うなり声が地響きのように響いている。
しかし、目をこらしていくと、一つの檻に何人もの人間が裸で入っていた。だが、ぴくりとも動かず、血色も悪そうに見える。生きているのかどうか、判別は難しい。
ここには、見張りなのかアベンジャーが入り口付近に立っている。当然のことながら、金剛グリーンに気がつく様子は無い。
「実験施設か何かだろうか……」
それも、非人道的な実験に思えてならない。今すぐにでも、入り込みたいが、ここで戦っても、逃がせるとは思えず、断念する。先に、怪人を倒してしまうべきだと判断する。
次の穴へと移動していく。
そして、今度こそ、当たりであった。
眼下には、頭部がタコになった人に近い形状のもの、怪人が部屋の中央部に立っていた。
その周りには、アヴェンジャーがウヨウヨといる。
天井から床までの高さは十メートル近いだろうか、随分と広い空間で、視界の片隅に水槽なのか水路なのか判別がつかないが、水面が広がっている。
「どうした? 侵入者はどうしたと言っている」
怪人がしゃべっているのか判別が付きにくいが、アヴェンジャーはしゃべらないため、おそらくはタコの怪人だろう。低く、くぐもって、やや聞き取りにくい声だった。
センカンジャースーツのヘルメットには、照準や拡大、分析などの機能が付いている。その分析結果は、怪人であることを示しているし、翻訳機能が働いていることから、異世界の言葉でしゃべっているようだ。
「全く、あれだけ暴れている連中を見失うなど! ここはいい、探しに行け!」
何かアヴェンジャーと意思疎通はできているのか、タコの怪人が足の一本を水平方向に向けた。アヴェジャーは、大人しくその足の方向へと列をなして進んでいく。そうして、タコの怪人の周囲にはアヴェンジャーはいなくなってしまった。
かと思えば、何かの陰が動いているのが見える。人に近しいのだが、人とは言えない違和感のある形だ。
その正体すぐにわかった。
金剛グリーンの視界に飛び込んできたのは、ニケの街で交戦した鮭の怪人だ。それがゆっくりとタコの怪人に近寄ってくる。
「そんなに苛つくなよ。たかが、人間だぞ?」
「その人間に負けて戻ってきたのはどこのどいつだ?」
「そんなに攻めるなよ。今、二人ほどは片付けてきたんだ。それに、あれは、薬が無いから巨大化したく無かったんだ」
薬?
と金剛グリーンが、不思議に思う。なにやら巨大化に関係しているらしい。
それに二人片付けた。
それは、クリスとマリアのことだろうか。
レシーバーには連絡が来ていないが、連絡するまもなくやられたとでもいうのだろうか。
気になることは多いのだが、二体の怪人は話を続けていく。
「薬はどうなんだ? できているのか?」
「できた分を渡そう。ただし、まだ材料が足りない。もっと人間をさらってくるのだ」
「まかせろ。今度こそ、大船に乗った気持ちでいるがいい!」
「ふむ」
タコの怪人が、足の一本を伸ばして懐から注射器を取り出して、鮭の怪人に差し出した。
どうやら、薬の製造には人間が関係しているらしい。これが人間をさらった理由だろうか。
「いいか? これは量も少なく、効果も薄い。必要なときに直前で使うように。いいな?」
「まかせろ。ハッハッハ!」
そう言った矢先のことだ。
「発射!」
突如として、清楚で力強い声が響き渡る。
マリア!?
と金剛グリーンが気がついたときには、二体の怪人は光に包まれていた。
光が収まったと思ったときには、二体の怪人は悠然と立ったままだった。
「何者!?」
タコの怪人が光が来た方向を向く。
「ぐっ!? あれだけのアヴェンジャー相手に切り抜けてきたか!?」
鮭の怪人は、剣を引き抜く。
金剛グリーンの目にも、二人の女性が飛び込んできた。
つい一時間ほど前に分かれたばかりのマリアとクリスだ。
二人とも身体は汚れ、あちこちから血を流しているが、紛れもない彼女たちだ。
「浄化の光が効かない……?」
マリアが、肩で息をしつつ、魔道筒を向けたままだ。彼女としては、必殺の浄化の光が怪人に通用していないことが、予想外のようだ。
「奇襲失敗か。あーあ」
そう言いながら、クリスがマリアの前に出てくる。彼女はフルフェイスの兜をしているので顔は見えないが、疲れた様子で明白である。
「連絡もせずに、無茶したのか。じゃじゃ馬のお嬢さんがただ」
そう軽口を叩きながらも、両手にハンドガンを構える。ハンドガンが光り出して、銃口に光が収束していく。
「チャージショット」
穴をふさぐ蓋を吹き飛ばして、飛び降りた。
金剛グリーンが、クリスとマリアの前に着地し、二体の怪人に立ちはだかる。
「貴様は?」
「げっ! お前は!?」
タコの怪人が、冷静にさらなる侵入者を眺め、鮭の怪人はあらか様に嫌そうにする。
「連絡を入れろと言ったはずだが……」
「……すみません」
マリアが呟くように謝ってくる。何があったのかは知らないが、後手に回ったことは事実だろう。
「貴様は何者だ? 何故人をさらった!?」
金剛グリーンが、銃口を二体の怪人に向けて問いかける。
「自分から名乗らない者に名乗る名はありません。さて、ですが、人をさらった理由ですか。そうですね、さしずめ、崇高なる目的のためですよ。フフ」
タコの怪人が、随分と余裕を見せつけるようにしながら応えた。
「こうなってはいいさ。倒すぞ!」
金剛グリーンが、二体の怪人に一発ずつ弾丸を撃ちはなった。