10 探索せよ
川沿いに三頭の馬と、それに乗る三人がゆっくりと進んでいく。
金剛グリーン、クリス、マリアの三人だ。場所は、集落の上流にあたる箇所で、大きく丸い石が川には転がっていて、川周りは木々で覆われている。
しばらく進んで、違和感として気がついたことは動物やモンスターがいないことだった。どこにでもいるという野犬にすら出くわさない。見かけたのは、カラスの数匹ぐらいのものだった。
「しっかし、いなくなったのは、魚どころじゃないみたいだね」
木々の奥の奥まで目を開かせながら、クリスが言う。
「かなり強いモンスターが出現した周囲の状況に似ていますね。えさになったのか、逃げ出したのかは分かりませんが」
マリアは、クリスと反対方向を注視しながら応える。
「あの怪人だっけ? やっぱり魔王軍に関係しているんじゃ無いか?」
「魔王軍が再始動をしたと? 考えたくありませんが、無いとも言い切れないのでしょうか?」
「あたしは、そうじゃないかって思うけど。最近、モンスターが凶暴化するどころか、大型に育って強くなるケースも増えているんだ」
「噂では聞いてましたが、本当だったのですか」
「ああ。魔王軍が何か細工しているんじゃ無いかって考える奴もいてね、ギルドで調査部隊を結成されたらしいし」
「はっきりとしてはいないのですか?」
「すまないね。ハンターだからって、何でもかんでも情報が入ってくるわけじゃなくてね」
「いえ、こちらこそ」
魔王軍。
金剛グリーンが、後ろから聞こえる話を聞きながら、自分にだけ聞こえるように呟く。
今回の騒ぎや、最近のモンスターの凶暴化などは、魔王軍が再始動したのでは無いかと噂されるのも無理の無い話である。怪人とどう関係するのか、実は怪人が魔王軍の一員であることも十分に考えられる。
ただ、多くの謎に対して全て憶測の域を出ないのだが。元から、怪人は謎の存在であり根本的な目標も不明なのだ。こちらも推測として地球の支配をもくろんでいるのでは無いかと考えているに過ぎない。
情報という武器で、大きく後れをとっていることに、またしても懸念が増える。
だが、その懸念を考える前に、行動しなければ怪人による被害が増えていく一方なのだ。
「待て」
懸念を心の隅に追いやりながら、金剛グリーンが馬を止める。後ろから聞こえてくる馬の足音も止まった。
金剛グリーンの目に飛び込んできたのは、洞窟だった。しかも、洞窟の目の前の雑草が踏み倒されている。
馬を下りて、刀を引き抜く。
慎重に進んで、倒れた雑草を見る。倒れた雑草は川から洞窟へと続いている。倒れた雑草の合間についた足跡も確認する。人の足跡に近しいが、人では無いと断言できるぐらいに大きく、ここで間違いなかった。洞窟を覗き込むと、日の光が入り込まず、薄暗い岩の壁が奥にまで続いている。
「入ったことはありませんが、たしか、それなりに深い洞窟だと聞いています」
馬から下りてきたマリアも洞窟をのぞきながら言う。彼女は修道服から、制裁者用の修道服に着替えている。
あまり見た目に違いは無いが、スカートには深いスリットが入って、その下にはズボンを履いているし、足下も動きやすそうなブーツだ。さらに、肩からは長さ六十センチほどの長方形の箱を下げている。
それは制裁者の武器らしいが、使い方についてまでは聞いてない。
「鉱山かなにかか?」
「いえ、ただの洞穴ですね。ただ、過去に山賊が根城にしたこともあるので、多少なりに整備されているそうです」
「そうか」
「入りますね?」
「当然だ」
そう言うと、三人は乗ってきた馬を木に止めた。
金剛グリーンがペンライトを取り出そうとしたら。
「灯火」
とマリアが唱えると、指先にこぶし大の光の球が浮かび上がった。光魔術の基礎中の基礎の照明の魔術だ。熟練者になると詠唱すら必要としないほど易しい魔術である。
「さぁ、行きましょう」
「オッケー」
「ああ」
入っていく隊列は、クリスが前衛だからと言うことで、一番前になり、それにグリーン、マリアが続く形になった。
入り組んでいて、入って数分で入り口が見えなくなり、辺りはマリアが唱えた灯火だけが照らし出している。
岩肌はごつごつとして、足下は濡れてぬかるんでいる。ジメジメとしたかび臭い空気が漂い、時折水滴が落下しては、ポタポタという音を奏でている。
「なにか、不浄な者の臭いがしますね」
ゆっくりと進んでいく中で、後ろからマリアの声が聞こえる。臭いと言われても、金剛グリーンにはかび臭い臭いしか感じ取れない。聖職者特有の能力かもしくは経験から感じ取ったのだろうか。
「不浄の者?」
「アンデッドや吸血鬼の類です」
「その海藻をまとった化け物をアヴェンジャーと呼んでいるんだが、それが海で亡くなった者の亡霊だと推測している」
「なるほど。恐らく、そのもの達の臭いですね」
数分ほど慎重に歩んでいくと、前方のクリスが立ち止まる。前を向いたまま手のひらを見せて、後方の二人を制する。マリアが、素早く灯火をキャンセルすると、光の球はスッと宙で消えた。
そうすると、前方から明かりが漏れ出していることがわかり、グリーンとマリアがゆっくりとクリスの横に並ぶ。
やや先は大きな空間になっているらしく、さらにアヴェンジャーが二体突っ立っていた。さらに、そのアヴェンジャーが立っている間には、重厚な木の扉がある。奥へと続く扉だろうか。
「私が、仕留めます」
「大丈夫か?」
「制裁者の業は、あのような不浄の者達を葬ることに特化していますので」
そう言って、肩から提げている箱を腰で構える。箱は銀色に輝く金属製で、片方の先端部には丸く大きな穴が開いている。マリアが小さな声で詠唱を開始する。
「邪悪な病を振り払え
邪悪な闇を切り裂け
邪悪な心を消し去れ
不浄なる者に永遠の眠りと安らぎを与えよ
浄化光」
詠唱が終わるとともに、箱の穴が光り出す。そして、それをアヴェンジャーに向けた。
「発射」
光の球が穴から飛んでいき、何かに気がついたアヴェンジャーに光が当たる。
当たった瞬間に、光は爆発するように広がって二体のアヴェンジャーを包み込む。光が収まった瞬間には、アヴェンジャーがいたところには、海藻の山が残っているだけだった。
「大した物だな。どういった仕組みの武器だい?」
「魔道筒と呼ばれまして、魔術をセットすると増幅され発射する武器です」
その魔道筒の銃口からは、細く煙が登っている。
銃というよりも、この大きさなら砲だろうか。
どことなく、光の弾が飛んでいく様はセンカンジャーライフルに似ているようにも思えた。妙な共通点に気がついたが、決して油断せずに、しばらく扉を監視する。
だが、特に増援が来る様子も無い。
「行くか」
「ああ」
「ええ」
金剛グリーンの言葉に、クリスとマリアが応える。
「ここからは変身していく」
そう言って金剛グリーンは、刀を納めてセンカンジャーレシーバーを取り出す。
「変身」
そう言って、今までと同様に変身する。
しかし、すぐに奇妙な点に気がついた。
「これは……」
腰にはいつものように、二丁の大型ハンドガンが下げられているのだが、その様子がおかしかった。普段よりもやや一回り大きくなっているが、それ以上に奇妙なのは、グリップの下から銃口の下、そしてその先十センチほどにかけて真っ赤な銃剣がとりついていることだ。二丁の拳銃の両方についている。
手にとって見ると、やはり普段よりもずしりと重くなっている。そして、その銃剣の刀身は赤く、美しく怪しく光り輝いていた。よくよく見れば、先ほどまで持っていたヒヒイロカネの刀が無くなっている。
刀の形状はやや変わっているどころか、分離してしまっているが、美しい刃はヒヒイロカネの刀に間違いなかった。
不可解であるが、これなら撃つと斬るをすぐさまに切り替えて戦うことができる。
「驚いた。そんなこともできるのか」
クリスが、感心したように銃剣付きのハンドガンを眺めてくる。
「今のは? 魔術かなにかでしょうか? そのような魔術は知りませんが」
マリアが、珍しくやや驚いた様子で変身したグリーンを見やる。
「こいつは、東方から来たんだ。そっちの魔術なんだろ?」
「あ、ああ」
実のところ、それもこれも嘘であるが。
しかし、ヒヒイロカネの刀とハンドガンが融合したことに疑問しかわいてこない。こんなことは初めてのことであり、彼も把握していないことだ。
ハンドガンを納めて、さらに腰の後ろのセンカンジャーライフルを手に取ると、こちらも一回り大きくなっていて、その銃剣も真っ赤に染まっていた。この色合いと形状は、間違いなくヒヒイロカネの刀を一緒に手に入れた短剣のものだ。
何故か、ヒヒイロカネの武器とセンカンジャーの武器が融合してしまっている。そしてどうやら強化されているらしい。
戸惑いを隠せないが、不思議と手になじむし、これで行けるように思えてくる。
またしても、謎が増えてしまったが、今回に関しては朗報だろう。
「……行くぞ。レシーバーの使い方は覚えているな?」
「ええ。これを使うと離れていても会話ができるのですね?」
マリアが、レシーバーを掲げて確認してくる。握られているレシーバーは、かつての陸奥ピンクの所持していたものだ。
「ああ」
「ですが、これを使うと貴方のように鎧をまとうこともできるのですか?」
「それは、適正次第だ。センカンジャーとして正義と力を背負うのに選ばれた者だけが変身できる」
「そうですか。特定個人にしか使えない魔術といったところでしょうか」
マリアが一人納得した様子で小さく何度か頷いた。
「行こう」
異世界に来てから分からないことだらけであるが、戦うことに違いは無い。
センカンジャーライフル片手に、重厚な木の扉を開けたのだった。