悪役令嬢カルテットカルテル
相互評価がカルテルって言葉に変わって、悪役令嬢と化学反応を起こした作品。
都内の閑静な住宅街のある場所にその喫茶店はある。
隠れ家のような喫茶店の名前は『アヴァンティー』。
そんな喫茶店は、月に一度、第三金曜日の昼から夜にかけて貸し切りとなる。
「あら。
今日は私が一番かしら?
マスター」
声をかけながら店に入ってきたのは、旧家の名族である桂花院瑠奈。
長い黒髪を指で弄び、茶道部や舞踊部の部長をつとめて部員から冷徹と言われる視線も目尻が下がり笑顔を浮かべている。
着ている制服は名門校の一つである『帝都学習館学園』。
そこの影の女帝と言われる彼女だが、そんな威厳もこの店の中ではお休みである。
「こんにちは。
マスターに瑠奈さん」
「こんにちは。
エリナさん。
今日はお早いおつきで」
「まあね。
この会合、結構楽しみにしているのよ」
次にこの店に入ってきたのは、新興財閥涼風グループの一人娘涼風エリナ。
やはり名門校の一つである『新都涼風学園』の制服を来て、縦ロールの金髪をゆらす。
既にモデルとしてデビューしており、涼風グループのファッション部門を切り盛りしている彼女は伊達眼鏡をかけたまま瑠奈の隣りに座る。
「マスター。
いつものやつ」
「私もおねがいしますね」
これで通じるお得意様だが、この喫茶店のマスターもそれで卑下になる事はない。
そんなマスターの態度を彼女たちも好んでいた。
「ごめんなさい。
遅れたかしら?」
「始まっていないわよ。
こんにちは。
琴乃さん」
「ええ。
マスターにいつもの注文をした所よ」
「じゃあ私もいつものお願いね」
そう言っていつもの席に座る彼女はショートボブの茶髪を揺らして席につく。
三人の中で一番装飾が少ない制服のエンブレムは進学校『栄達学園』の上位30人にしかつける事が許されないジーニアスクラスの金エンブレム。
その学年一位で、テクノロジー企業『雪森電子』の長女雪森琴乃。
眼鏡を外して額の所を触りながら背もたれに身体を預ける。
「まさかこの年で勉強するとは思わなかったわ」
「それを言ったら、舞踏に茶道ってこっちも大変よ」
「まだ仕事と割り切れる私のほうが楽かな?」
およそ花の女子高生とは思えない会話。
それはそうだろう。
彼女達は前世持ちなのだから。
いや、こう言い直した方がいいか。
この世界こそがゲームであって、彼女達はそのゲームの中で悪役を担うことになっていると。
世に言う乙女ゲームの悪役令嬢達である。
この手のゲームというのは一本当たると続編が作られてという感じで世界が広がってゆく。
桂花院瑠奈が悪役のゲームが、第一作で『桜散る先で君と恋を語ろう』。
財閥企業や旧家を相手に一般女性主人公が逆ハーレムを堪能するゲームである。
涼風エリナが悪役のゲームが、『雪降る先であなたに愛を捧げよう』。
隣町設定の第二作で、第一作との差別化の為に男性陣が外国人やエリートビジネスマンや官僚子弟なあたりに時代を感じる。
で、第三段が雪森琴乃が悪役である『星の下で君と夢を語ろう』。
このあたりに来るとなれてきたのか、一作と二作に人気属性キャラを選んで出すが、学年成績という絶対評価でゲーム性のバランスを取っている。
で、このシリーズ、四作目まである。
その四作目のタイトルは、『空の果てで君の愛を叫ぼう』。
ちょいワル系イケメン男子達とのロマンスを堪能する作品における悪役が遅れて『アヴァンティー』のドアをくぐった。
「うちが一番最後か。
マスター。
いつものお願い」
軽く手を振って三人が座る席の最後の椅子に座る。
赤髪を束ねて笑顔は綺麗だが、この作品群で最も悪役キャラと言われているのが彼女こと貝嶋翔子。
親の職業が大手不動産の貝嶋不動産なのだが、裏社会の貝嶋組のボスもやっているという実に分かりやすい悪役である。
彼女の制服は中の上ぐらいと呼ばれる『首都文化学園』の制服で風紀の縛りも緩いから、少し華美なおしゃれをしている。
「おまたせしました。
皆様のいつものです」
四人が席についた所を見計らって、マスターが彼女達のいつものであるケーキセットを持って行く。
桂花院瑠奈は、緑茶にクリームどら焼き。
涼風エリナは、紅茶にイチゴショートケーキ。
雪森琴乃は、カフェラテにシュークリーム。
貝嶋翔子は、コーラにクレープである。
「さてと、みんなが集まった所で、始めましょうか」
四人とも揃って悪役令嬢。
しかも末路が没落と言うのだから避けようと考えるのは世の常。
でも、好奇心という猫をしつけられずに他作品のキャラを見に行ったら、同じ転生者。
かくしてこういう場所が作られた。
「とりあえず早急に対処しないとまずいのは、貝嶋さんの所でしょうね」
桂花院瑠奈が口火を切って話を進めてゆく。
貝嶋翔子の場合、家が裏社会と繋がっているので、没落というか末路がシャレにならない。
かといって見捨てるのも忍びないわけで、この悪役令嬢同盟が結ばれる。
何しろ放置してゲームどおりならば、貝嶋翔子の末路と同じものが自分に降りかかるのだから。
「うちの親父はなんとか足を洗う方向に舵を切ってくれた。
みんなの協力がなかったら説得できなかった。
ありがとう」
だれだって裏稼業に娘を継がせたくはない。
悪役令嬢の特権である公的身分の高さを利用して翔子以外の三人が友達として翔子の家に挨拶に行ったのが効いたらしい。
もちろん、翔子とつきあうデメリットで三人の実家からお小言をもらったが、猫を何枚も被った翔子の見た目と礼儀正しさに彼らも黙認する事になった。
「合法的に足を洗うのなら、貝島不動産の方を翔子が継いで、貝嶋組を誰かに渡す事になるわね。
私の友達に弁護士と税理士が親の人が居るから、紹介するわ」
琴乃が助け舟を出すと、今度はエリナが助け舟を出す。
成績という絶対基準がある以上、主人公を邪魔して成績を落として没落なんて末路より、今の成績維持で琴乃は翔子以上に苦しんでいた。
「私の方から教育委員会に今年の学習要項を提言したわ。
過去問との整合性でこのあたりが今年の問題になるはずよ。
ヤマを張るならここね」
学園の統一テストは全国テストや自治体テストの模試でもある。
『新都涼風学園』理事長の娘という特権を使って、地区教育委員会を動かす。
問題を教えるのではなく、問題を作る側になれるというのが、この同盟の恐ろしさである。
それに桂花院瑠奈があいの手を入れる。
「わかったわ。
こっちのパーティの席でそれとなく漏らしておく。
しかるべき方々からの圧力がかかるようにするから、これで本決まりでしょうね」
桂花院瑠奈は旧家ではあるが実権はこの三人の中で一番少ない。
それゆえ、財閥系企業のプリンス達が彼女を排除しようとした時何もできずに消え去る事になる。
彼女はこの同盟を使って何よりも経済力を欲したのである。
それは涼風エリナも同じだった。
彼女はまだ自分で動かせる金を自分のファッション部門から出しているが、所詮親の七光でしかない事を自覚していたのである。
だからこの二人に今度は琴乃と翔子が助け舟を出す。
「ネット関連企業への投資は順調よ。
今の時期ならば、ジャンク債のあの企業やあの企業を買い漁っているんですから。
雪森電子の看板もあるから、既にリターンは出始めている。
お嬢様のお遊びレベルがもう少しで数百倍になって返ってくるのに気づいた連中もいるわよ」
「琴乃さんのおかげで、こっちも儲けが出そう。
通信関連工事に投資の矛先を向けたから、TI革命の勝ち組に乗れると思う。
うちの親父が足を洗う決断をしたのはこれも大きいんじゃないかな。
これが明細。
親に見つからないように」
親バレを恐れる瑠奈とエリナの金は翔子が預かって投資し、琴乃の実家である雪森電子の投資にかこつけてITバブルの波に乗った。
自分たちが哀れな末路を向かえかねないその最終局面で、億単位の金が使える状況は四人の心に余裕をもたせていた。
翔子は片付けられたテーブルの上に、数枚の紙の束を置く。
「で、これがうちの所の合法な探偵を使った、それぞれの主人公達の調査報告書。
今のところ、彼女たちが同じ転生者かどうかわからないわ」
調査報告書を見ながら、四人が四人してため息をつく。
人を呪わば穴二つ。
人一人を破滅させるというのは、公的身分が高い彼女たち悪役令嬢にとってされだけのリスクが有るのだ。
だからこそ、多くの悪役令嬢は自分で動かずに手下に任せて主人公達に返り討ちに合う。
「で、どうする?
これ」
やられたらやり返す覚悟はあるが、だからといって先制攻撃をしかけるには理由がいる。
結局、物語が始まるまで彼女たちは専守防衛に徹するしか無いのだった。
そんな不安と愚痴をこの喫茶店でだべりながら、金曜日の夜はふけてゆく……
「なぁ。
しってるか?
『アヴァンティー・カルテット』の噂」
「なんだそれ?」
「この辺りじゃ有名は話だ。
『帝都学習館学園』『新都涼風学園』『栄達学園』『首都文化学園』。
この辺りの名門校や進学校のトップやドンが集まって、いろいろ決めているって話らしいぞ」
「なんだそりゃ。
ただの学生にそんな影響力あるわけ無いだろ」
「集まっている人間の名前を聞いてもか。
『帝都学習館学園』生徒会長桂花院瑠奈。
『新都涼風学園』理事長代理涼風エリナ。
『栄達学園』学年主席雪森琴乃。
『首都文化学園』裏番長貝嶋翔子。
実際、集まっている時、その場所の周囲にやつらの護衛がびっしりだ。
彼らに睨まれて、転校した生徒だっているらしいぞ」
「怖いなぁ。
触らぬ神に祟りなしってか……」
「これで揃いも揃って美女なのがまた。
貸し切りの喫茶店の中でどんな話が行われているのやら……」
基本ネタ。
気が向いたら長編に直して投稿する予定。