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光輝くぼくらの未来  作者: 阿野真一
夏休み一日目
7/27

 ふっふっふー、来ますよ? あの人は。昨日送ったメッセージを見て、きっとあの日のことを思い出したはず。そして、いてもたってもいられなくなったあの人は、朝一番に自転車に飛び乗り、脇目も振らずにあの場所へと駆けつけるのです!


 え? そんなにうまくいくはずないだろう、ですって?


 いやいや、大丈夫ですって。手応え、ばっちりありましたから。


 ほら、あの人がお家から出てきましたよ。あ、さおりちゃんも一緒です。いいですよぉ、お友達が増えるのは、大歓迎ですから!


 それから自転車で……あれ? 方向がちょっと違って……学校? あ、どこからともなく金髪君が現れました! そうですか、いつもの三人組で遊びに来てくれるってわけですね? いいですよぉ、大・歓・迎・です!


 ――ハッ! こうしてはいられません! 準備、準備! えーっとー、重水素、重水素。重水素はどこでしたっけ? このあいだ、お庭をお手入れするときに使ったから……あ、あった! あとは念のため、酸化亜鉛と……マニュアル!




       ♢♢♢




 スッキリと目が覚めた。パッチリ、あるいはハッキリなどと形容してもいいかもしれない。俺はベッドから文字どおり飛び起きると、昨晩用意しておいた普段着に着替え、部屋を飛び出した。時刻はちょうど八時半だ。え? 時計を見てないのになんで時間がわかるのかって? それは、さっきまで布団の中で携帯をいじっていたからだ。夏休み突入を記念して、ホーム画面の模様替えでもしようかと思ってね。


 部屋から一歩出たところで、咲紅と顔を合わせた。洗面所で顔を洗って部屋に戻ってきたところのようだ。ん? シャワーでも浴びたのかな? そんな匂いがする。


「おはよう、蒼志。ちゃんと起きれたのね」


「おう、当たり前だろ。今日は学校に行かなくていい日だからな」


 と、ありきたりな挨拶を交わし、咲紅は自分の部屋へ、俺は洗面所へと向かった。


 顔を洗ったあと食堂に行くと、咲紅が先にきて自分の茶碗にご飯をよそっていた。ついでだからと言って、俺のにもよそってくれた。うん、なかなか気が利くじゃないか。いや、俺の妹なんだから、して当然のことか。


「いただきます」


 咲紅がそう言って、二人だけの朝食が始まる。親父っさんはいつもどおりの時間に仕事に行ったし、芽衣子さんは、この時間は庭の掃除だ。メニューは……ベタだな。ベーコンエッグにソーセージ三本、豆腐&ワカメの味噌汁+おしんこ数種類。


 俺は、いい感じに半熟の黄身だけをご飯に乗せて、箸の先で小さな穴をあけた。そして、そこから少量の醤油を流し込み、上から大量の七味唐辛子をふりかけ、さらにその上に適量の高菜漬をのせる。最後に力強くかき混ぜ、箸ですくって口にはこんだ。んー、うめぇ!


「……なあ、咲紅」


「ん? なあに?」


「特別に、俺の白身とおまえの黄身を、取り替えてあげ「結構です!」」


 それから、淡々と食事を終えて部屋に戻る。昨日のうちに準備はしてあるのだが、一応確認しておこうか。そう考えて、有名スポーツブランドのデイパックを開ける。


 タオルと、着替えのシャツ、パンツ、水色のキャップ、携帯の充電器、おやつ三百円ぶん。こんなもんかな。着替えが何枚かあるのは、何日か外泊する予定だからだ。赤色チェックのシャツとベージュのハーフパンツはそのままで、下着だけ替える。咲紅は外泊できないから毎日通うことになるけど、近いからね。


 んー、まだもう少し時間があるのでメールでもチェックしていようかな? えーっとー……翠と、佐々木から来てるな。先に翠から。




『おい、起きてるか! 二度寝して遅刻とかすんなよ!』




 ははは、おまえもな。これは、このまま送り返してやろう。それから佐々木だ。なんだろうな、こんな朝早くに。




『お嬢の写真について。水着姿は一枚三百円。着替え中、入浴中、それに類するものは一枚五百円で買い取る。取引は登校日だ。健闘を祈る』




 おう、太っ腹だな。ま・か・せ・と・け・!、返信っと。


 ちょうどいい時間になったので、荷物を持ってリビングにいくと、庭の掃除を終えた芽衣子さんがソファーにうずまって、グッタリとしていた。


「芽衣子さん、弁当できてる?」


「――あっはははっ! ん」


 俺の質問に、面倒臭そうに腕を上げ、流しの方を指さす芽衣子さん。見れば、いつのまにか薄紫の風呂敷包みが置かれていた。でかいな! まあ、足りないよりかは、余るくらいの方がいいけど。流しまで行ってズシリと重い包みを持ち上げ、それから、


「だらしないなあ。ちゃんと仕事してんの? 芽衣子さぁん」


 いつものメイド服姿でポテチをかじりながら、テレビを見て大笑いしている芽衣子さんに声をかける。その体勢だと、向こうからパンツ見えてるんじゃない?


「ちゃんとしてますぅー。今は洗濯機が終わるのを待ってるんですぅー」


 小学生かよ。と心の中でつっこみを入れ、さりげなく芽衣子さんの向こう側に移動していると――チッ、微妙にスカートで隠れてやがる――出かける準備を終えた咲紅がリビングに入ってきた。細かい柄の入ったリゾートっぽいワンピースを着て、麦わら帽子をかぶっている。これまでに見た事がない服なので、最近買ったものだろう。それと、背中には小さめのリュック。まあ、日帰りならこんなもんか、タオルとかはレンタルもあるしな。


「新しい服買ったの? 似合ってんじゃん。可愛い可愛い」


 以前、新しい服を着ているのに気付かずにいたら文句を言われたので、適当に誉めてやった。咲紅が顔を赤くして口の中でゴニョゴニョ言っているがよく聞き取れない。


「じゃあ行こうか。咲紅」


「うー……うん。あ、芽衣子さん、お弁当ありがとうね」


「どういたしまして。いーねえ、咲紅ちゃんは素直で! それに引き替え永穂ときたら! エロいし、スケベだし、んでもって、いやらしいし!」


 くっ! パンツ見ようとしたの、バレてたのか!?


「あー、じゃあ! しばらく帰んないから! 行ってきます!」


「ちょ、あ、行ってきます! ちょっと待ってよ蒼志!」


「はーい、いってらっしゃい。楽しんできなよ? 少年少女!」


 誤魔化すようにリビングをあとにし、玄関へ。サンダルをつっかけて咲紅と二人で扉を開くと、陽はすでに高く昇り、庭の深い緑色をくっきりと照らしていた。


「うわっ、まぶしっ、あつっ!」


「すっごく、いい天気ね! 雲一つない空が気持ちいい!」


 門へと続く石畳の上を並んで歩いていく。噴水に反射する光を浴びて咲紅が目を細め、


「ねえ、今日はめいっぱい遊ぶわよ、あたし!」


「ほう、珍しく気が合うな。俺も同感だ! 行くぞ!」


 とりあえず翠と合流するべく、俺たちは自転車を学校へと走らせた。


 ――そして、時刻はまもなく十時になろうとしていた。


 俺が、早く来い! と、三回目のメールを送信した直後、道の向こうから必死になって自転車を漕ぐ翠の姿が目に映った。黄色いTシャツ、モスグリーンのハーフカーゴパンツ、そして額には怪しげなサングラス。今季、翠のお気に入りスタイルだ。


「うおーい、悪い! 遅刻だ、遅刻! 遅刻したぜ!」


 待ち合わせは九時半。俺と咲紅が校門に着いたのが、その五分前。それから三十分ほど雑談などして時間をつぶし、今に至る。


「おまえが遅刻したことは言われなくてもわかる。その理由なんだ?」


「それがさあ、朝一で二人にメールしただろ? 起きてるかー、二度寝すんなよーって。そのあとさあ、僕が二度寝しちまった! いやいや、参ったぜ!」


「参ったのはこっちだ! すぐそばに屋根付きのバス停があったからいいものの、この炎天下に三十分も待たされてみろ! 干からびてミイラみたくなっちゃうよ!」


「――あ、ミイラと言えば、西村クリニック。あそこの看護婦さんに知り合いがいるから、昨日電話してみたの。あの噂、その人が客寄せのために流したんだって言ってたわよ。で、けっこう増えたって、お客さん」


「……そんなんで病院の客が増えんのかよ。世も末だぜ」


「……まったくだ。いやいや、そうじゃなくて! 咲紅もなにか言ってやれ! あるだろ、文句の一つや二つ!」


「んー、あたしはべつに? なんとなく予想してたから。メールを読んだときに、あ、これはフラグだな、って。でも……罰は必要よね? あたし、あれでいいわ」


 笑顔で言いながら、ジュースの自動販売機を指さす咲紅。うーん、そうだな。のど乾いてるし、そのあたりが妥当な線だな。


「じゃあ俺、プカリね!」


「あたし、ペプチ!」


「くそっ! 大損害だぜ」


 ブツブツ言いながらも自動販売機に向かう翠。自業自得だ。とりあえず俺たちはバス停のベンチに腰掛けて一服することにした。


 咲紅が嬉しそうにペプチをチビチビやり、俺は一気にグビグビとプカリを流し込む。翠は顔をしかめ、苦そうにブラックコーヒーを飲んでいる。無理せずに、大好きなパンタにしとけばいいものを。とも思ったが、本人がいい気分になれるのなら、それはそれで良い選択と言えるのかもしれないな。


「ぐはぁ、やっぱコーヒーはブラックに限るぜ! なあ、ところで他はどうなんだ? 河童以外に進展はあったのかよ」


「あったのかよ、咲紅」


「え? 蒼志、気づいてなかったの? ここにくる途中、川島さんとすれ違ったでしょ」


 え? マジで? 全然わかんなかったぞ?


「蒼志、おまえ寝ながら自転車こいでたんじゃねーの? この天気であの人に気づかねえなんて、あり得ねえぜ!」


 確かになあ……いや、でも、絶対見てないと思うんだけどなあ。


「まあ気づかなくても仕方ないのかなぁ。あのね……川島さん、すっごい増えてたから」


 え、増えてた? なにが? ……ああ!


「「マジか!」」


「なんだよ、くっそう! ちょっと興味あったのに! なんか裏切られた気分だぜ!」


「まったくだ! 子供の夢、壊すようなことすんなよ! 川島さん!」


「いや、二人とも……そこまで……」


 そして俺たちは自転車にまたがり、アラカワ・サマーフェスタ会場へ向けて出発した。学校周辺の住宅街を、曲がる必要もないのにくねくね曲がって回り道し、荒川に出る。あとはこのサイクリングロード――別名を荒川ハイウェイという――をまっすぐ行くだけだ。


 道の両側は、きれいに刈られた緑の芝生。キラキラと光を跳ね返す水面みなもを眺めつつ、自転車を急がせる。照りつける日差しは強いが、全身で風を受けていれば、どうということもなかった。


「ヒャッハーーー! あっついけど、飛ばすと涼しいぜ!」


「おーい、咲紅! もうちょっと急げー! 置いてくぞー!」


「ちょっと待ってよ二人とも! あたしの自転車そんなにスピード出せないよ!」


 俺と翠の自転車は変速機の付いたスポーツタイプ、比べて咲紅のはただのママチャリ。だからまあ、追いつけなくて当然だ。なんだろ、解放感ってやつかな? それのせいで気分がいいので、ちょっと調子に乗りやすくなるのも当然のことだな。


 ところが。始めのうちはこんな感じで順調に進んでいたのだが、会場が近づくにつれて歩行者や自転車が増え、今現在の状況はというと……、


「あっついー、ぜんぜん風がねー、ちっくしょう、蒸し風呂入ってる気分だぜぇ」


「咲紅ー、うちわとか持ってきてないの? 扇いでくれよー」


「あー、もー、うっさいわよ、あんたたち! 黙って自転車、押してなさい!」


 とまあ、こんな具合だ。


 だが、それでも人波は、少しずつだが会場に向かって流れていき、やがて俺たちは汗だくになりながらも、どうにか目的地までたどり着くことができた。



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