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光輝くぼくらの未来  作者: 阿野真一
夏休み零日目
5/27

午後

 どうでしょうか? 私からのメッセージは、うまくあの人に伝わったのでしょうか?


 前回の失敗をふまえて、あまり派手な演出は控えたのですが……え? ちょっと地味すぎましたか? では、次があればもう少しだけ、違ったものをお見せしましょう。


 さておき、あの人は今……あ、いました、いました。自転車でどこかに移動しています。女の子も一緒です。女の子――仮にさおりちゃんとでもしておきましょうか。さおりちゃんは、かずとくんと本当に仲がいいんですね。一緒にお買い物にでも行くのでしょうか?


 昔は私にも、仲の良い姉のような人がいたんですよ。外見も私とよく似ていて、周りからは「実は本当の姉妹なんじゃないのか?」なんて、よく言われたものです。彼女は生まれつき体が弱く、そのせいで若くして亡くなってしまいましたけど……。美人薄命という言葉の典型的な例ですね。元気になったら一緒に買い物に行こうって約束もしてたんですけど、結局はいけずじまいで……グスン。


 彼女が亡くなったときは、それはもう本当に悲しかったです。と言うよりも、ショックでした。まるで自分が死んでしまったかのような、そんな錯覚に陥ったほどです。


 あ、お二人が商店街に入っていきました。ほらぁー、やっぱりお買い物でしょう? 私の勘はけっこう当たるんです。伊達に長くは生きていませんからね。




       ♢♢♢




 学校をあとにしていつもの交差点で翠とわかれ、咲紅と二人で歩いて家まで帰ってきた。帰りにそのまま買い物に行こうと考えていたのだが、ちょっとした問題があってね。


 大抵どこの学校でも、長期の休みに入る前に私物は全部持って帰らなくちゃいけないだろ? うちの学校もそうなんだ。で、さっき俺も荷物をまとめてたんだけどさ。これが尋常じゃないくらいに重くってさあ。


 咲紅、曰わく「教科書ずっと置きっぱなしにしてるからでしょ。懲りたら二学期からはちゃんと毎日持って帰りなさい」だって。でも効率の面で考えると置きっぱなしの方がいいに決まってるだろ? 教科書なんて家に持って帰っても使い道がないしな。あと、部屋にあると目障りだし。


 とにかく、そんなわけで俺たちは、一旦家に帰ってきた。そして今は門の陰から顔だけ出して、コソコソ庭の様子を探っているところだ。


「……ちょっと蒼志! あんまりくっつかないでよ! 重いし暑いし、それに汗でベタベタして気持ち悪い!」


「だってしょうがないだろ。そうしないと俺が見えないじゃ――へえー、おまえの肌……すっげえスベスベだなあ……」


「きゃ、ちょっと! やぁんっ! や、やだっ! どこ触ってんのよう!」


 なんで俺たちがそんな真似をしているのか、だって? 今朝、芽衣子さんをちょっと怒らせちゃっただろ。だからさ。その仕返しを恐れて――いや、警戒してのことだ。


「嫌だって、言ってんでしょう、がっ!」


「うおっ、バッ、バカッ! 押すな! 見つかっちゃうだろ!」


「だいたい、なんであたしまでコソコソ隠れなきゃいけないのよ! あたし、先に行って着替えてるから、準備できたら呼びにきてよね!」


 押し殺した、だが強い口調でそう言い放ち、咲紅はスタスタと庭の真ん中を歩いていく。そして玄関の前で僅かに振り向き、俺をチラ見してから家の中に消えた。


 ……おいおい、ちょっと待てよ。そりゃあ、芽衣子さんを怒らせたのは俺かもしれないけどさあ、買い物に行くってのはおまえが言い出したんだぞ? それが無かったら、俺は荷物を持ったまま翠の家に行くつもりだったんだ。


 親父っさんが家にいれば芽衣子さんはそういうことをしないから、そのくらいの時間になるまで――あれ? どうしたんだろう。咲紅が玄関の扉から顔を出して手招きしてる。俺の身の安全が確保できたってことかな? でも……なんか、苦虫を噛み潰した、って表現がぴったりの顔してんのが気になるけど……とりあえずでかしたぞ、咲紅! 信じてた、信じてたよ俺は!


 意外と芽衣子さん、あんま怒ってなかったりしてな、と淡い期待を胸に、門の陰から出てスキップするように玄関に向かう。相変わらず咲紅が、しかめっ面でじっとりとした視線を俺に向けているのが、ちょっとアレだな。


「どうしたんだよ咲紅。芽衣子さんは? あ、買い物でも行ってんのか?」


 だが咲紅はその問いかけには答えようとせず、ただ家の中に入るよう俺を促した。そして、俺が家の中に一歩足を踏み入れた瞬間、


 ――バン、バン、バン、バン、ズシンッ! ズシンッ! ドドォーン!


 なんだ? この音。けっこうでかい音だな。建物の防音がしっかりしてるから、外に漏れてなかったのか。でもこの音、どこから……あ、芽衣子さんの部屋……。


 二人でそろそろと階段を上り、俺たちの部屋の反対側にある芽衣子さんの部屋に、忍び足で近づいていく。


 芽衣子さんはこの近所にマンションを借りていて、毎日そこから通勤している。この部屋は休憩用の部屋だ。が、親父っさんの厚意により家具一式が取り揃えられているので、寝泊まりすることだって十分可能だ。


 このまえ扉の隙間からチラッと見た限りでは、ベッドもあったし、机と椅子もあったし、クローゼットはビルトインだし、意外と女の子らしく、クマの縫いぐるみなんかも置いてあったし、あとは……ダンベルとか……鉄アレイとか……握力鍛えるアレとか……ほかにもサンドバックとか……あ。


 ――ズシンッ! ズシンッ! ズドォーン!


「あのクソガキッ! 帰ってきたら、どんな目に遭わせてくれようか!」


 突然、聞こえてきた芽衣子さんの雄叫びに驚き、二人の体がビクッとなる。俺たちは大慌てでそれぞれ自室に戻り、素早く出かける用意をして外へと飛び出した。


 そのあと。並んで自転車を走らせ、しばらくしてから咲紅が、


「あんた、芽衣子さんにいったいなにしたのよ? あの怒り方、尋常じゃないわよ?」


「あー、いやー、なんつうかさあ……カンチョーを少々……」


「カッ! ……あんたバッカじゃないの!? ……あんた、もしあたしにそんなことしたら、どうなるかわかってんでしょうね?」


「しません、しません! カンチョーはもう、こりごりです!」


 それから十五分。灼熱の太陽の下を無言でキリキリ自転車を漕いで、俺たちがやってきたのはここ、君影通り商店街。全長450メートル、道幅15メートル、二百五十軒以上の店が軒を並べる、町内でも指折りのマンモス商店街だ。その大きさもさることながら品揃えも実に豊富で、巷では「君影通りで入手できなければフルスクするしかない!」とまで言われている。まあ、それはプラモデルについてのことだが、きっと他の品物についても全く同じことが言えるだろう。


 俺たちは入口近くの駐輪場に自転車を置き、目的のデパートまで歩いて向かっていた。人通りはそれなりにあるが、道幅が広いので歩きにくいと言うほど混雑はしていない。学生や子供たちの姿が目立つのは、やっぱ夏休みだからだな。そういえば、芽衣子さんもよくここを利用するみたいだが、あの様子だと買い物どころじゃないだろうから鉢合わせすることはまず無いだろう。


 しかし咲紅のやつ、まだむくれてんのか? おまえにカンチョーしたわけじゃないんだから、いい加減に機嫌直せよな、と心の中で愚痴りながら後ろをついて歩く。


 いまの咲紅の服装は白のブラウスに、デニムのクロップドパンツ。そして見るからに暑苦しい青系のネクタイをしている。ブラウスはきっちり第一ボタンまで留めているようだが、全く汗をかいた様子がないのが不思議だ。携帯用クーラーでも持ち歩いてんのかな?


 しばらくそうして歩いていると、ふいに咲紅が速度をゆるめ俺の隣に並んだ。そして、いい笑顔でこんなことを言い出したんだ。


「ねえ蒼志、先になにか食べに行かない? あたしもう、お腹ぺっこぺこー」


 あれ? 機嫌が直ってる? これはいったい、どういうことだ?


「そうだ! せっかくここまで来たんだから、ケーキ食べ放題とか行ってみない? んー、でも今の時間、やってるかなぁ? ちょっと調べてみるね?」


 そして携帯電話を取り出し画面をペチペチと叩きはじめた。まもなく、


「あ、ここやってる! じゃあ、ここにしよっか。予約しちゃうね? はい、決定っと」


 あ、おい! 俺の意見はどうした! そのクエスチョンマークの意味はなんだ!


「けっこう人気のお店だから混んでるのかと思ったけど、意外と空いてそうでよかったね」


 いやいや、空きっ腹にケーキとか……いったいなんの罰ゲームだよ! と、文句の一つも言ってやろうかと思ったが、せっかく機嫌が良くなってるのにまたそれを損ねるってのもなあ……仕方ない、今回は付き合ってやるとするか。


 それから少し歩いて、俺たちは目的のケーキ屋の前にいる。見れば、入り口にぶら下がった木の看板にバラのマーク。文字も書いてあるのだが、それが何語なのかすらわからない。そして重厚な木材で設えられた店構えからは、過剰なほど厳めしい雰囲気が漂っていた。


 おいおい咲紅。こういうところって、バカみたいにお値段がお高いんじゃありませんことかしら? という俺の心配をよそに、咲紅は扉を開けてサクサク店の中へ入っていく。……ふう、仕方ないのであとに続いた。


 そして一時間後。俺たちはケーキ屋をあとにして、デパートに向かって歩いていた。満足げな表情の咲紅と、胃のあたりを押さえてうなだれる俺。


 ケーキ屋の中は意外と普通だった。豪華すぎず、かといって安っぽすぎず、程よい広さと控え目な装飾で、まあ居心地の良い空間と言っても良いだろう。……但し、俺一人で来ていれば、だけど。


 あのさあ、おかしいんだよ咲紅が。なんかやたら食うし、やたら俺に食わせようとするし。俺、甘いものは嫌いじゃないよ? チョコレートとかけっこう好きだし。でもさあ、限度ってのがあるだろ。うまいと感じたのは最初の二、三個だけで、あとはもうウエッって感じ。でもさあ、次々に咲紅が取ってきてくれるんだよ。笑顔で「これおいしいよ? こっちもおいしいよ?」って! しかもなんかすっげえ楽しそうに運んでくるから、いらないって言えなくてさあ。俺、結局いくつ食べたんだろうな。ちゃんと数えられたのが七個くらいで、たぶんその倍は食べただろうから……オエッ、早く塩分取らないと急性糖尿病になっちゃうよ!


「――ねえ、早く行こ? お店の人に三時頃行きますって言ってあるから」


 甘えたように言って咲紅が腕を絡めてくる。ちょ、もうちょいゆっくり歩いてくれ!


 それから、ちょうど俺が八回目のゲップをした頃、商店街の中央付近にあるデパートの前に到着した。出入りする客は思ったより少ないが、中にはいっぱい詰まってんだろうなあ、人が。あー、気分悪くなりそうだ。と、沈みきった気分のまま、指紋でベタベタの自動ドアから店内に入る。そして天井にぶら下がった案内板に従いエレベーターに乗り込んだ。


「……咲紅ぅ。俺、喫茶店かどこかで休んでていい? 気分悪く――」


 ――ピンポーン! 五階、催し物のフロアです――


「えっ? 喫茶店? じゃあ、買い物が終わってから一緒に行こうね?」


 ああ、駄目だ。全然聞いちゃいねーな、オエップ。


 そして咲紅に引きずられるようにエレベーターを降りると……なんか、ずいぶん賑やかなフロアだな。あちこちから女の子のきゃあきゃあと言う声がする。催し物って……なにやってんだよ? 気になって顔を上げあたりを見回してみると、そこら中に飾られていたのは……目にも鮮やかな女性用水着の数々だった!


「げっ! 咲紅、俺、他の階に用事――」


「えっ? 何か言った? あ、こっちよ。パパの知り合いの店員さんがいるから挨拶しにいくの。もう三時になるし、急がなきゃ!」


 わざとらしく俺の言葉を遮ると、咲紅は俺を引きずったまま客と客との間を縫うようにして移動し始めた。


「おい咲紅、俺、こういうとこあんまり「はいはい、わかってるわよ」」


 いや、絶対わかってねーだろ! 強引に振りほどくことも考えたけど、あんま力はいんないし、悪目立ちしそうなのも嫌だしなあ……どうしよう?


 そうこうしているうちに、俺たちは売り場の一番奥にあるサービスカウンターの前へとたどり着いた。中では痩せたオバサンと太ったオバサンが、こっちに背中を向けて立ち話をしている。笑い声がするので世間話かなにかだろう。咲紅は軽く咳払いをして注意を引くと、よそ行きの声を使って二人に話しかけた。


「すいません、新谷さんいらっしゃいますか?」


 オバサンたちが面倒臭そうに振り返る。そして、痩せた方のオバサンが、


「……あ、はいはい新谷さんね。ちょっと待って下さいよ、すぐ呼びますから」


 そう言い置くと襟元のインカムを慣れた手付きで押さえ、ちょっと首を傾げて何事かをつぶやいた。


 そして待つこと十五秒くらい。奥のドアからドスドスという足音を伴って現れたのは、怪獣○ースカに、人の皮を被せたようなオバサンだった!


「あっらーーー! 咲紅ちゃん、お久しぶりー、元気だった? あら! こちら彼氏かしら。なかなか可愛いらしい男の子じゃないの。まあ、でも、うちの旦那には負けるけどね? アーッ、ハッハッハッ!」


「し……新谷さん、ご無沙汰してます。あの――」


「わかってるわよ。ちゃんと奥に用意してあるから。あのドアから入って、うーん……一緒に行きましょうか、ね?」


 ……インパクト、ハンパねーな。まあ、とにかくその新谷さんというオバサンは、どこか場所を口頭で説明しようとしたけどすぐにそれを諦め、自分がそこへ案内するって言い出したんだよ。


「あ、じゃあ、お願いします」


「うん。こっちよ、いらっしゃーい」


 新谷さんは無駄に色っぽい声でそう言い、サービスカウンターの奥の方へと歩いていく。そして、さっき自分が出てきたドアを開け、その中に入っていった。


「……い、行くわよ、蒼志」


「いや、俺、こういうとこ苦手だから、どこか――」


「もう! わかってるから! 行くわよ!」


 俺は咲紅に手を引かれ、新谷さんが消えたドアの向こうへ足を踏み入れた。


「こっちよ、こっち。ここ使って良いからね」


 ドアの向こう側には、売り場と平行するように通路があった。むき出しの蛍光灯に照らされた薄暗い通路だ。華やかな雰囲気の売り場と同じ建物の中だとはとても思えない粗末な作りをしている。通路には等間隔に五つのドアが並んでおり、その一番奥のドアの前に、新谷さんが仁王立ちしていた。


「いい? 誰も来ないからって、変なことしないようにね! アーッ、ハッハッハッ! アーッ、ハッハッハッ!」


 ……俺たちは奥へと向かい、新谷さんは売り場へと続くドアの方へ。すれ違うとき、食べられてしまいそうな気がしたが、そうはならなかった。そして、新谷さんが売場に戻っていくのを愛想笑いを浮かべる咲紅と見送り、それから俺たちは会議室Aと書かれたドアを開いた。


 会議室Aの中は中程に衝立をして二つに分けられていた。それぞれ中央に長机が二台と、それを囲むようにパイプ椅子が数脚置かれている。


 うーーーん。なんで俺、今こんな所にいるんだ? デパートの、女性用水着売り場の、サービスカウンターの奥の、さらに奥の会議室Aに。


「あのね、蒼志。だからわかってるって言ったでしょ? 蒼志こういうとこ嫌がるだろうなと思って、前もって頼んでおいたのよ。さっきの水着売り場にいるより、こっちの方が全然いいでしょ?」


 ……ああ! なるほどね、ここを試着室として使うってことか! まあ、確かにここなら人目がないから居づらいとは思わないな。


「じゃあ、ちょっと待っててね。水着選んでくるから」


 そう言い残し、ドアを開けて咲紅が部屋を出る。俺は入り口に一番近いパイプ椅子を引き寄せそれに腰掛けると、冷房の効いた空気を肺いっぱいに吸い込んで、ため息をついた。


 ふう、なんやかんやで気分が悪いのもどこかへ行っちゃったな。


 あのさあ、男のくせに女の水着売り場とかにいたら、いやらしいやつだって思われそうじゃん? 俺、それが嫌なんだよね。まあ、今回は咲紅のおかげでそんな思いはせずに……ん? おかげ……だと? いやいや違うだろ。そもそも、なんで俺が咲紅の水着選びにつきあわなきゃいけないんだよ。こういうのは女同士でくるべきだろう? もしくは自分一人で。俺はべつに水着デザイナーでも、トレンドマスターでもないんだから、こんなとこに一緒に来てもまったく無意味だっちゅーの。


 と、俺が心の中で悪態をついていると、遠くの方でドアが閉まる音がして、パタパタ通路を歩く音がして、そしてすぐ後ろのドアの向こうから、咲紅の弾んだ声が聞こえてきた。


「蒼志、開けて? あたし手がふさがってて開けられないから」


 仕方ないなと俺が重い腰を上げドアを開けてやると、両手いっぱいにカラフルな水着を抱えた咲紅が、心底楽しそうな笑顔をして飛び込んできた。部屋に入るなり、


「これ、一通り着てみるから、一番似合ってるのを選んでね?」


 と俺に声をかけ、長机の上に水着の山を作り、ドアに鍵をかけた。そして、


「あのね、新谷さん――ここの店長さんとお父さんが昔からの知り合いなのよ」


 咲紅はそう言って、髪を両手でかきあげた。


「それで昔からよくこの店を利用してたから」


 それから咲紅は、襟元に指をつっこんでネクタイを解いた。


「いろいろと融通を聞いてもらえるの」


 咲紅はそう口にして、ブラウスの第一ボタンを外した。


「蒼志がこういう所に来るの嫌がるってわかってたから」


 と言いつつ、咲紅はブラウスの第二ボタンを外した。


「学校から電話して新谷さんにお願いしといたのよ」


 咲紅はそう告げると、ブラウスの第三ボタンを外した。


「ああそれはわかったがちょっと待て!」


「えっ? なに、どうしたの?」


 咲紅はブラウスの四番目のボタンに手を掛けている。


「どうしたの? っておまえ……おまえ、ここで着替える気!? 俺の前で脱いで平気なの!?」


 動きを止めて見つめ合う俺たち。慌てた顔の俺と、唖然とした表情の咲紅。それから少しずつ、少しずつ咲紅の口元が綻んでいき、ついに――、


「あっははっ、びっくりした? 冗談よ、冗・談!」


 そして正面から近寄ってきて、なにかを確かめるように俺の胸にそっと手のひらを押しあてた。冷房が効いているせいか、その手がとても温かく感じられる。


「でもね? でも、今あたしがここで、着ている物をぜーんぶ脱いじゃったとしても、蒼志はあたしが本当に嫌がることは絶対しないでしょう?」


 咲紅は俺の喉のあたりを上目づかいで見つめながら、そうささやいた。ブラウスの隙間から、なにかがちらちら見えている。さらにその内側も。


「あたしが嬉しいことは、してくれるかもしれないけどね?」


 そして、水着を何枚かつかみ取ると、衝立の向こう側に隠れるように姿を消した。


 そのあと、咲紅オンリーの水着ファッションショーは小一時間ほど続いた。始めはけっこう真面目に見ていたが途中から飽きてきて、ずっと「ああ、それ似合ってる、それでいいんじゃない?」を繰り返していたらほっぺたをつねられた。結局、選んだのはピンクの柄の無難なワンピース。適当に「咲紅の名前にちなんで赤系がいいんじゃない?」と言ったらそれになった。喜んでいたようなので、それは良い選択だったのだろう。


 そしてイベントは、ありがちなアクシデントもなく無事幕を下ろし、俺たちは新谷さんにお礼を言ってから家路についた。


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