朝Ⅲ
あれ、おかしいですねえ? いつもならこのあたりでもう一人……あ、来た来た、来ましたよ金髪君。実際は金髪と言うほどではありませんが、この町では珍しい明るい色をした髪の毛の持ち主です。
最初に見たときはちょっと怖い人なのかと思いましたが、拡大してよくよく見てみると、面白い顔……と言ったら失礼ですね、言い換えます。間の抜けた顔? いやいや……ゆるい顔? これも違う……ほんわか? うーん……優しい感じの? ……で、いいかな。そう、意外と優しい感じの顔でした。
ふふ、みなさん仲が良さそうにじゃれ合っていますね。とても楽しそうです。
いいなあ、私もいつかあの中に入りたいなあ……いつかはそんな日が来るのかなあ……来るといいなあ……。
私は、もっと積極的にアプローチするべきなのかもしれません。ただじっと見ているだけでは、ちっとも前に進みませんからね。あ、でも、このあいだ失敗したばかりだし……。
え? どんな失敗か聞きたいですか? えっとですねえ……少し前に、思い立って友達募集――じゃなくて、私のお手伝いをしてくれる人を探すためのムービーを作ったんですけど、私……自分の容姿にあまり自信がないんです。それで私の代わりに昔のセクシー系女優さんの映像を使ったんですよ。そうして出来上がったムービーを流して数日後。インターネットの掲示板に、私が超ナイスバディのプルンプルンだ、なんて書き込みを見つけちゃって……それで恥ずかしくなって、やめちゃったという……。
でも! 失敗は成功のもとっていいますからね。続けていればいつかは必ず、私にもお友達が――じゃなかった、お父さんとの約束を果たせる日が来るでしょう!
♢♢♢
「ウィーーーッス、おまえら! なんだなんだ? しけた面してんなあ。カラ元気でも出して、今日も一日お勉強と洒落込もうぜ!」
「翠、肩に手を回すな、暑っ苦しい」
因みに咲紅はうまく身を捻ってかわしている。
「オハヨウ、翠君。一応ツッコんであげるね? 今日は終業式だから、授業は無いの。勉強はしなくてもいいのよ?」
「エエッ! マジで? アチャー! 残念! 勉強できねえのかよ、ガッカリだぜ!」
うぜえ……超うぜえ……。この、超うぜえ男が翠だ。小学校の一年からずっと同じクラスなので、自然とよく話すようになった。咲紅も同じだ。学校ではこの三人で固まっていることが多いな、実に不本意だけど。
明るい茶色の髪に甘いマスク、身長は並で体重も人並みしかない。特徴らしい特徴といえば、やっぱ髪の色かな? 地毛なんだそうだ。普段からの行いがよくないせいで、すれ違う教師連中にはいちいち注意を受けてるけどね。
よくない行い? そう、それがエロだ。こいつの行いはいちいちエロい。休み時間の教室で、あるいは移動中の廊下で、体育館で朝礼中にってこともあったな。至る所でこいつは女子に無差別にツッコんでいく。大きいのも、小さいのも、メガネでも、ヤンキーでも。そしてエロい言葉と激しいボディタッチで彼女たちを口説き落とそうとして、間違いなく玉砕する。こいつ、顔はべつに不味くないんだけどな。
被害者に聞くと、嫌なんだそうだ、あからさまにエロいのは。そんなわけで現在この男は、学校のほとんどの女子にあからさまに避けられている。まれに咲紅にもちょっかいをかけることがあるが、その対応に慣れているのでいつも軽くあしらわれている。
「なあ、お嬢。もちろんお嬢も行くんだろ? 明日、荒川。水着どんなの着んの? ひもみたいなやつ? それともスケスケなやつ? それとも、ま・さ・か――」
「あたし、水着なんて着ないよ? うまれたままの姿で泳ごうかと思ってるんだけど」
「うひょう! マジで? それいいな、僕もそうしよ! 明日は水着なんか着ないで、うまれたまんまの姿で泳ぐぜ!」
お嬢っていうのは咲紅のことだ。クラスではそう呼ばれている。俺も学校では周りにあわせてそう呼んでいる。お嬢様っぽいから、だそうだ。まあ、前髪さえ揃っていれば大抵の女はお嬢様っぽく見えるからな。
それと、ぜ。翠は語尾にやたらと、ぜ、を付ける。曰わく「大人の男は語尾に、ぜ、を付けるもんなんだぜ!」だと。大人っぽく喋りたいなら、まず一人称を変えた方がいいんじゃないの? ワタシとか、ワタクシに。とにかくこいつの考える大人の男は、俺が想像するそれとは相当かけ離れたものであるらしい。やっぱ大人の男っていうのは、寡黙で、動じず、俺の疑問に必ず答えをくれる人、だろ?
こいつが変な喋り方をし始めたのは、ほんの数ヶ月前からだ。実家のパン屋を継ぐことに急に難色を示し始めたのと同時期だから、反抗期ってやつかな? 俺も咲紅も同じ年だから、そろそろ反抗期に入ってもよさそうなもんなんだけどさあ……その相手があれじゃあなあ……まったく反抗する気が起きん!
「おい蒼志。んで結局どうすんだよ、夏休みの目標は。昨日、電話の途中で寝ちまっただろ? 確か……最終的な候補が五、六個あがってたよな。なんだったっけ? くそっ、あんまハッキリ覚えてねーぜ」
「ああ、ほらこれ。こん中のどれかだ」
俺はそう応えてポケットから取り出した白い紙を翠に手渡した。昨日の夜、夏休みの目標の最終候補を自室のパソコンでプリントアウトしたものだ。
この、夏休みの目標というのは学校に指示されたから考えているというわけではない。俺たちが勝手に決めているだけなので、その内容は勉強とはまったく関係のないことばかりだ。例えば、去年は「人面シリーズの発見および捕獲」だったし、一昨年は「異星人の秘密基地への潜入と激写」だった。そしてその前は「地下下水道に生息する超巨大ワニを討伐し、その剥製を製作。のちに美術館に展示」で、その前は……なんだったっけ? まあ、とにかくそういうことだ。
ただ漠然とダラダラ遊ぶより、なにか目標に向かって一所懸命に遊んだ方が充実感があるだろう? 内容はなんでもいいんだけど、なるべく達成困難な方がいい。あんまり簡単だと、一ヶ月半も続けられないからな。
で、今年の目標の最終候補に残ったのは、
一、毎月一日にだけ明かりが灯る幽霊屋敷に宿泊、そして調査。
二、黒服の男たちのアジトを突き止める。
三、町外れの魔女さんの家で豪華なディナーをいただく。
四、西村クリニックに忍び込み、噂の真偽を確かめる。
五、川島さんの頭に毎日ワサビを塗り経過を観察。絵日記をつける。
六、サクラさんの身元調査。
こんだけ。
四番目にある、西村クリニックの噂というのは、そこの院長先生が河童のミイラの蘇生に成功したってやつだ。五番目の川島さんは、加倉井家の近所に住む頭髪の寂しげなおっさん。ワサビを塗ると生えてくるって噂があるだろう? それの確認だ。
六番目のサクラさんとは、去年の夏休みにお知り合いになった。美人さんでスタイルも抜群なんだけど、連絡先を教えてくれなかったんだ。だから、ね。
「――だから俺は、六番を強く推したいと思う!」
「駄目よ、却下。はい次」
と、翠の執拗なボディータッチを器用に避けつつ、俺の意見をバッサリ切り捨てる咲紅。
「ハァ? ちょっと待て、なんでだよ」
「プライバシーの侵害は町の法令に違反します。いい? 連絡先を教えてくれなかった、ということは、あなたに男性としての魅力を感じなかったので興味がありません! って言われたのと同じことよ? それでその人の周りをウロチョロしてたら、あんた完全にストーカーじゃないの。だからよ」
ぐぬっ!
「へへっ、そうだぜ蒼志。おまえはふられたんだ! 男らしくスパッと諦めろ!」
ぐぬぬっ! くそう! 屁理屈こねて二人ともへこませてやるう!
「じゃあ……じゃあ、おまえらはどれがいいんだよ」
「あたし? どれでもいいわよ? あたしはただ、この三人で遊びたいってだけだもの」
「僕は断然三番だな。噂だと魔女さん、かなりのわがままボディーらしいぜ?」
ぐぬぬぬっ! なんか、どっちも言い返せないんですけど。と、俺がほぞを噛んだちょうどその時、入学以来幾度となく聞かされ続け、大脳皮質に湯垢のようにこびり付いた安っぽいメロディーが辺り一帯に響き渡った。校舎はすぐそこに見えているのだが門の場所まではまだ距離があるので、走らなければ間に合うかどうか微妙な時間だ。
「やだっ! 予鈴、鳴っちゃったじゃない! 走るわよ!」
「やべえっ! 急がねえと皆勤賞がなくなっちまうぜ!」
口々に声を上げ慌てて駆け出す二人。仕方なく俺もそのあとに続いた。
くそう、覚えてろよ二人とも。近いうちに必ずギャフンと言わせてやるからな!