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光輝くぼくらの未来  作者: 阿野真一
夏休み零日目
2/27

朝Ⅱ

 うふふ、今日は珍しく走ってますね。何ヶ月か前までは毎日こんなふうでしたが、最近は少し早めの時間に女の子と一緒に――あ、先に出た女の子に追いつこうとしているわけですか。


 へえー、仲がいいんですね、お二人は。いったいどういった間柄なのでしょう。お姉さん? 妹さん? それとも親戚かなにかかしら。もしかすると、親同士が決めた許嫁同士かも、きゃー! ……いまどきそれはないか。


 ――わ! あわわわわ、ノノノ、ノイズががが……んっ……ふう。毎朝のこととはいえ、全然慣れませんねぇ、これ。


 あ、もう追いついちゃいましたよ。さすが男の子、走るのが速いですね。それから……二人で走り出しました。ん? きゃー、手をつないでますよ、手! ということは、二人は恋人同士? でも同じ家に住んでいるみたいだし、かといって結婚するには二人ともまだ若すぎるようだし。うーん、本当のところはどうなんでしょうね?


 正直言って、うらやましいです。


 私には、仲の良い人なんて一人もいませんから。


 家族はみんなとっくの昔に死んじゃってるし、お友達も、お友達になってくれそうな人もまったくいません。それどころか、ただの顔見知りですら一人もいないんです。あ、ネット上に知り合いが何人かいますけど、そんなのは……ねえ?


 でもいいんです。きっともうすぐ、あの人が私を迎えにきてくれるでしょう。そしてこの誰もいない場所から、たくさんの人々が暮らす世界へと連れ出してくれる……はず。




       ♢♢♢




 見慣れた、を軽く通り越し、とっくに見飽きた閑静な住宅街を流すように走る。太陽は夏の日差しとして恥ずかしくない程度の熱量で俺を照らしていた。ポケットから携帯電話を取り出して時間を確認すると、午前八時十九分と数十秒。ふむ、まあそんなもんかな。俺は体内時計が割と正確なことに感心しつつ、真っ青な空を見上げ、心の中でカウントダウンを始めた。


 5……4……3……2……1……ゼ――ぐおっ!


 俺がカウント0をいうのとほぼ同時に、朝の日差しよりさらに鋭い光が俺を――いや、この町全体を覆った。そして、横綱が全力で和太鼓を叩いたような超重低音。地震とはどこか違う地面の細かい振動。


 毎朝、同じ時間に起きるこの現象の中で目を開けていられることは、俺達の間では一つのステータスになっている。担任を含む大人たちには、やめるように言われてんだけどね。意味? 意味なんて無いさ。そんなものが必要か? ただかっこいいってだけで十分なんじゃないのか?


 ところでこの現象。この現象は、いったいなんなのか。うん、なんなんだろうね? 俺も知らない。ああ、いや、発電所で必要なエネルギーがどこかから届いたときに起きる現象だってことは知ってる。でも、そのエネルギーがなんなのかとか、どこから、どうやって送られてくるのかとかは知らない。もうじき学校で教わるらしいから、そしたら説明する。たぶん、来年の今頃には習うと思う。


 ああ、そんなことより咲紅さくだ、咲紅。もうすぐ追いつくと思うんだけど。俺の予想だと、この先の大通りにあるコンビニの前あたりで。


 まっすぐ行って……郵便ポストのある角を曲がって……そして大通りに出るとすぐに、銀行の背の高い看板の下に咲紅の背中を見つけた。


 この女、加倉井咲紅は前述の通り俺の幼なじみだ。家庭の都合により、俺は五年くらい前からこいつの家で世話になっている。なのでまあ、こいつは俺の妹みたいなものだと言えるだろう。たまに「ハァ……出来の悪い弟を持つと苦労するわねっ!」なぁーんて言われることがあるが、俺の方が二週間誕生日が早いから、お前が妹だっ!


 学校での評判は……まあまあかな? 俺が隠し撮りした写真二百枚が、一枚百五十円で売れ残ることが無いってくらいには人気がある。


 まつげが超長いのは認めよう。長く伸ばした黒髪がきれいだっていうのも、まあ、ね。知的な雰囲気? うーん。たまに見せる笑顔が可愛い? ハァ? キラキラした瞳で睨まれるとゾクゾクする? 知るかっ! でもさあ、スタイルがいいってのは違うよね。細すぎだろ、鶏ガラみたいだぞ? たまにじっくり生足を見たりすると、煮込めばいい出汁がとれそうだな、とは思うけどね。いや、冗談だ。俺に人を食う趣味嗜好はない。人を食ったような性格だって言われたことはあるけどね。


 しかし、思ったより早く追いついたな。咲紅のやつ、俺を確実に追いつかせるために普段よりゆっくり歩いてたのか。そんなに担任にいいとこ見せたいのかよ。 ……なんか、おもしろくねーな。


 このまま脇道に入って気づかれないように咲紅を追い越し、俺一人で登校してやろうか。とも考えたが、あとが怖いのでやめておこう。


 そこから小走りで咲紅の後ろ5メートルの距離まで近づき、さらにそこからなるべく自然な振る舞いで真後ろまで近づく。そして咲紅の歩く速度に合わせ、極力足音を殺してすぐ後ろをついていく。


 ……おい、すげえな俺、全然気づかれてないぞ! これまでの人生で最高の忍び足だな!


 とまあ、ここまではうまくいったが、問題はここからだ。この鶏ガラ女をどう処理するかだが……やっぱあれだな、耳だな。こんなときは遠慮せずに弱点を突くのがセオリーだ。俺は咲紅の背中に体をくっつけるようにして、口を耳元あたりにもっていき、そのまま勢いを殺さずに一気に息を、


「フウッ!」


「ひゃあんっ!」


 左耳しか攻撃されていないのに、両耳を手で庇ってしゃがみ込む咲紅。いや、いまの感じはへたり込む、と言った方が正しいな。


「はははっ、ひゃあんっ! だって。咲紅おまえ、なかなかどうしてけっこう可愛らしい声で鳴くじゃあないか」


 そう言い放ちカバン攻撃に対して身構える俺。その両目に怒りの……炎を……あれ? なんか違うな。それから間もなく、おずおずと立ち上がった咲紅はふるえる指先で俺を差し、


「カ、ナ、カ、ナ、カ、ナ」


 カナカナって……おまえはヒグラシか。


「かっ、可愛いとか、なによいきなり! しかもこんな、公衆の面前で!」


 ええ? 俺、そんなこと言ったっけ? 聞き間違い……どっちが?


 それから咲紅は、困惑したような顔を赤く染めて……ん? なんだかモジモジし始めた。おいおい、いつもはそこまで内股じゃないだろう。いったいどうしちゃったん――ハッ! 思い出した! 過去に一度だけ似たような状態になったことがある。まさか……今、再び起きようとしているのか、あの時の! 悲劇が!


 ……いや、違う、そうはならない。大丈夫だ、今回は俺がそんなことはさせない!


「行くぞっ! 咲紅っ!」「えっ、なにっ? ちょっ、まっ!」


 俺は咲紅の手首をつかみ、なかば引きずるようにして通い慣れた通学路を走りだした。


 やっぱ細いな、手首。そっか、一応は咲紅もか弱い女だもんな。強がって見せていても結局、力や体の丈夫さでは男の俺の方が上なんだ。だから……守ってやんないとな。一人の男として、そして兄として!


 それからまもなくして、目的のコンビニの前までたどり着いた。途中、何人か見た顔を追い抜いたが、今は緊急事態なので挨拶はなしだ。俺たちは走る速度をゆるめ、さして広くもない駐車場を突っ切り、店の入り口の自動ドアへと近づいていった。


「ちょっと! もう! なんなのよ、いきなり!」


 顔が赤い。声も震えているし、目に涙が溜まっている。やはり、な。


「いいから! 早くしろって!」


 そう促し、二人して店内に入る。見渡すと……混んでるな。今は通勤、通学のピークだから仕方ないか。


 ……よし!


 気合いを入れ直した俺は咲紅を引きずったまま、人混みをかき分けレジのそばまで進むと、店員さんに間違いなく聞こえるよう声を大にして、


「すーいませぇーーーん! こいつ、漏れるって! だからトイレ貸してくれって!」


 急に静まりかえる店内。……しばらくして、ぼそり、またぼそりと客たちのささやく声が聞こえてきた。




 ――え? あの娘が?


 ――なに? どうしたの?


 ――まあ、お漏らし!


 ――そうは見えないけど……。


 ――可愛い顔して……。


 ――うわ、まじかよ。


 ――そういえば、なんか匂いが……。




「バッ! バッ! バッ! バカッ! いや、その、違います! こいつが勝手に、その……もうっ、出るわよ! 早く!」


 そそくさと店を後にする二人。外に出てすぐ、駐車場の一番端っこで向かい合い、


「ちょっと、なんなのよあんた! いったいどういうつもりよ!」


「どういうつもりって……我慢してそうだったから助けてやろうと思って……」


「べつに我慢なんてしてないわよ! なんでそんな――」


「だってさあ! あのときと同じ感じだっただろ!? 小学校の入学式! あのとき――」


「バッ! バッ! バッ! バカッ!」


 イデエッ! くっ、カバンで思いっ切り殴られた。でも今日が夏休みの前日で助かったよ。普段のこいつのカバン、教科書やら参考書やらでめちゃくちゃ重いんだ。あれで殴られると軽く意識が吹っ飛ぶ。あれだ、不幸中の幸いってやつだな、これは。


 てゆうか、なんで俺が怒られなきゃなんないんだよ。俺は咲紅の為を思ってだなあ――、


「あ、おい、待てよ。話はまだ、おい、なあ、咲紅ちゃん? 咲紅さん? おい……」


 咲紅は俺に背を向け、無言のまま立ち去ろうとする。うわ、相当怒ってんな。でもまあ大事には至らなかったってことで良しとするか。そう納得して俺は、ちらちらとこっちの様子をうかがう客たちの間をすり抜け、咲紅のあとに続いた。


 ……それから。


 しばらく俺は付き人よろしく、しずしずと咲紅の後ろを歩いていた。すると、不意に咲紅が首だけを回し肩越しに、


「ねえ、どうすんのよ明日から。昨日の夜、電話で話して決めたんでしょ? 翠君と、どこに遊びに行くのかって」


 あれ? もう機嫌が直ってる? やけに早いな今回は。うん、良いことだよ、うん。


「ん? ああ、けっきょく荒川になった。まあ、あそこくらいしかないもんな、夏休みに俺たちが行って楽しめるところなんて」


「ふ、ふうん、そうなんだ。うん、まあ、そうかもね。じゃあ……じゃあ、今日の帰りに買い物に行かない? あたし、イロイロ買いたいものがあるから。ね?」


 普段ならここで「一人で行けば?」とか「女同士で行けよ!」とか言って断るのだが……さっき怒らせたばっかだからな。機嫌取っておかないと尾を引くかもしれないし、荷物持ちくらいしておくべきか。


「ああ、べつにいいけど? イロイロって、なに買うんだ?」


「ん? イロイロって言ったらイロイロよ。いーろーいーろっ!」


 ふーん、イロイロかぁ。ま、なんでもいいけどね。願わくば、あんま時間かけないでほしいかな。こいつ、服一着買うのに平気で二時間、三時間かけるからな。頼むよ?


 ああ、さっきちらっと話に出てきた翠について。翠と書いて「アキラ」と読む。見ると珍しい名前のようだが、聞くと至って普通の名前だ。フルネームは阿野翠あのあきら


 性格はどんなヤツなのかというと――エロだ。俺と違って。俺はエロくないが、あいつはエロだ。間違いない。まあ、俺もそういったことに全く興味がないわけじゃないが、あいつとは比較にならないほど控えめだ。それと、あいつはバカでもある。


 いつもなら、そろそろ現れるはずなんだけど……。


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