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光輝くぼくらの未来  作者: 阿野真一
夏休み四日目
19/27

午前Ⅰ

 ふう、なんとかみなさんをうまく丸め込――いえいえ、説得することができました。あとは実際に発電所に行って、ちょちょいのちょいっとするだけです。たったそれだけのことをするのに、三百年もかかっちゃいました。お父さん、出来の悪い娘で本当にごめんなさい。


 ともあれ、発電所に行くことを決めた私たちは、そのあともう少しだけ景色を堪能してから帰路に就きました。道は山の陰になっており日差しが直接当たらないので適度に涼しくて快適です。ヒグラシの鳴く声も、ほかの蝉のものとは違って耳障りに感じません。


 やっぱり下り坂は楽ですね。といっても私は蒼志君の背中に乗せてもらっているので、楽なのは当たり前なんですけどね。


 みなさんはというと、ただいま朝食の献立を決める会議の真っ最中です。蒼志君が、


「玉子ごはん、味噌汁、塩鮭だ! 朝飯の基本だろ!」


 咲紅ちゃんは、


「トーストとスクランブルエッグに各種サラダよ。みんなもっと野菜を食べるべきだわ!」


 そして翠君は、


「チーズバーガーだチーズバーガー。あと、ハッシュドポテトとナゲットもだぜ!」


 それぞれが好きなものを注文すればいいじゃないですか。全員が同じものを食べなければいけない理由なんて、まったく無いのですから。なのになぜかみなさんは、自分が食べたいと思ったものを互いに押し付け合っています。


 まあ、私は朝ご飯を食べない派なので関係ありませんが。


「で、未来ちゃんはどうするの? 朝食、なにがいい?」


「あ、私はいつも朝食は食べない人なので――」


「ダメよ! そんなの、ダメ! 朝食はその日一日の体調の良し悪しを決定づける、とても大切なものなのよ? それを食べないなんて絶対にダメよ!」


 え。


「そうだぞ未来。朝飯を食わなかったら昼飯まで活動するエネルギーはどこから出てくるんだ? まさか、午前中はずっと寝て過ごすつもりなのか?」


 あ、いや。


「そのとおりだぜ。ん、まてよ? ……そうか、ロボビタンか! 博士が作った特殊な液状エネルギー体をこっそり補給するんだな? そっかぁ、それならしょうがねえなあ」


 なんですか、それ!


「私のエネルギー源は、みなさんのそれと全く同じものです! 私が朝食を取らないのは、朝はあまり食欲がないから――」


「駄目だな。それじゃあ全然ダメダメだあっ!」


 否定されました! 蒼志君に間髪入れずに否定されました! 別にいいじゃないですか、朝食をどうしようと私の勝手でしょう。いったいなにが駄目だというんですか。


「いいか、未来。俺たちがこれからしようとしていることは、町に住む全ての人々の命運を左右するとても重要なことだ。もし、その作業の途中でおまえの体力が尽き、それに失敗するようなことになったらどうするんだよ。これまでの引きこもり生活と違って、けっこう体力使うと思うぞ? 例えば炎天下での長距離の移動とか。朝飯をちゃんと食って体力を蓄えておかないと、そのせいで町の人々の未来が閉ざされてしまう、なんてことにもなりかねないだろ。そしたらおまえ……すっげえ後悔するんじゃないのか?」


 はっ! 言われてみれば……そんなことになりそうな気がしないでもないような。なるほど、不安要素は例えほんのわずかなことであっても取り除いておくべきでしょう。絶対に、失敗は許されないことなのですから!


「蒼志君! 私、朝ご飯、食べます!」


「そうか。おまえならそう言ってくれると信じていたよ」


 そして、朝食の献立を決める会議が再開されました。


「私が推奨するのは、シュークリームごはんです! ごはんの上にフワフワのシュークリームを乗せて、煮えたぎる濃いめのコーヒーをなみなみと注ぎ、スプーンでグシャグシャッとかき混ぜて、そのまま一気に――」


「「「おえっ!」」」


 そのあと、研究所に帰り着くまで四人の主張は平行線をたどり、結局はそれぞれが好きなものを食べるということに落ち着きました。


 本当においしいんですけどね、シュークリームごはん。たぶん、一口でも食べれば印象が変わると思うんですけど。


 玄関をくぐると、男の子たちは乱暴に靴を脱ぎ散らかし、競うように地下室へと走っていきました。咲紅ちゃんと私は「本当に、しょうがないわねえ」「まったくです」などと言葉を交わしつつ、彼らの靴をそろえてからゆっくりとその後を追いかけます。


 それからふと、これまでここを通りかかるときには、ばかばかしくて言う気にもならなかった一言をつぶやいてみました。


「……ただいま……」


 すると、少し前を歩いていた咲紅ちゃんが振り返り、肩ごしに私の顔を見つめ、そしてなにかに気づいたような顔をして、


「おかえりなさい」


 と、笑顔で応えてくれました。


 おかえりなさい。言葉は私の鼓膜を震わせ電気信号へと変換されます。さらに文字コードに変換されて頭脳に伝わり、それから心に染み渡ります。


 およそ三百年ぶりにその言葉をかけてもらいました。当時、私にそう言ってくれていたのは、お母さんです。お父さんは私がただいまと言ってもにこりともせず、ただ「ああ」としか返してくれませんでした。ふふ、懐かしいですね。


 あ、あれっ? 急に目頭が熱くなって、だんだん視界がぼやけてきて……。


「ふぇ……ふぇーん……」


 このあと私たちは涙が乾くまでしばらく待ってから、地下へと下りていきました。


「おい、おせーぞおまえら! 僕たちのぶんはもう選んだからな。おまえら待ちだぜ!」


 私たちが部屋に入るのと同時に翠君は大きな声を出してそう言いました。よほどお腹が空いているのでしょう。もう待ちきれないぜ! といった面もちでパソコンの前の椅子に座り、マウスをグリグリともてあそんでいます。


 そんな彼を咲紅ちゃんは器用に足を使って退かし、そして椅子を奪い取りました。それからパソコンを操作して咲紅ちゃんと私のぶんの朝食を選択し、


「もういい? 決定、押しちゃうわよ?」


 と、布団の真ん中で大の字になっている蒼志君に向かって問いかけます。すると、


「……グウ……」


「ん、わかった。じゃあ決定っと」


 え、今ので会話が成立したのですか!? す、すごいです。長くつきあっていると、こんなふうに超能力じみた意志の疎通もできるようになるのですね。初めて知りました。


 そして三分後。咲紅ちゃんは熟睡していた蒼志君を足蹴にして起こしました。


「蒼志、朝食が届いたわよ。上に運んで」


「……ああ……」


 それからみんなで手分けして、朝食をリビングのテーブルまで運びました。心なしか量が多い気がするのですが……みなさん育ち盛りですからね。このくらいはペロリといっちゃうのでしょう。


 まもなく、目の前のダイニングテーブルの上には溢れんばかりの料理の数々が。やっぱり朝食にしては量が多すぎですよね? 翠君の各種ハンバーガー七個とか、咲紅ちゃんのパーティー用? 大皿シーザーサラダとか。蒼志君のお櫃もかなりの大きさです。でも、まあ育ち盛りですから。


 そして全員が席に着き、


「「「「いただきまーす!」」」」


 の声を皮切りに、それぞれ思い思いの料理に手をのばし始めました。朝から程良い運動をしたせいで、みなさんお腹がペコペコのご様子です。並べられた料理は瞬く間にお口の中へと消えていきます。


 さてと、それでは私も。お茶碗に半分くらいよそったご飯の上にシュークリームを乗せ、コーヒーポットから熱々のコーヒーを注ぎます。んっ、芳醇なコーヒーの香りが食欲をそそりますね。シュークリームをスプーンで潰して細かくし、よくかき混ぜてから、まずは一口。コーヒーの苦味と生クリームの甘さがお互いを引き立て、その味わいをより深く感じさせます。ぎゅっと噛みしめるとお米の中からまろやかな風味が溢れ出し、強く主張していた二つの味と絶妙に絡み合って、一度味わえば生涯忘れることができないであろう不思議な感覚でお口の中がいっぱいに。砕けたお米のブツブツ感も、ブヨブヨにふやけたシュー生地の食感もたまりません。ああ……実に素晴らしい……。


 続けて二口、三口と愛用のスプーンを何度か往復させるうち、やがてお茶碗の中には薄茶色のわずかにとろみのあるコーヒーだけが残りました。一息ついてからお茶碗に直接口を付け、一気にそれを飲み干します。そして、


「ぷはぁ、ごちそうさまでした」


 そうしてお茶碗を置くと……ん? なにやら視線を感じます。見回すと――な、なんで三人とも、手を止めて私を見てるんですか。ちょっと、恥ずかしいじゃないですか。


 ……ははーん、さては!


「ふふ、みなさんも食べたくなっちゃいましたか? シュークリームごはん。では、ちょっと待っていてくださいね、すぐに注文してきま――」


「「「いやいや、ぜんぜん食べたくないから!」」」


 三人が三人とも眉間にしわをよせて、心底嫌がっているように見えます。では、なぜ私のほうをじっとを見ていたのでしょうか?


「えーと、なあ、もう食べ終わっちゃったのか?」


 と、蒼志君。なんとなく、このとき彼の顔に浮かんだ笑みが、あまり良いものではないような気がしたのですが……気のせいでしょうか?


「ええ、もうおなかいっぱいです」


 とりあえず、そう答えておきました。本当はもう少し食べたいのですが、腹八分目という言葉もありますからね。朝食はここでストップです。――と、思っていたら!


「いやいや、それじゃ塩分が足りないだろ。ほら、俺の分けてやるから。ささ、もう一杯」


 蒼志君が勝手に私のお茶碗にご飯をよそっているではありませんか! そして塩鮭とお味噌汁まで用意して……まあいいです。確かに少し塩気が欲しいかな、とは思っていましたから。ええい、こうなったら腹十分目になるまで食べてしまいましょう。


「では、改めまして。いただきます」


 まずはお味噌汁を一口。ああ、甘ったるくなっていたお口の中に、程良い塩分の刺激が心地よいです。それでは続いて塩鮭を。


「ん? ……辛っ! すっごい塩辛っ! あ、でも、おいしっ! え!? 塩鮭ってこんなでしたっけ? ちょっと、どこのお店のものかあとで教えてくださいよ!」


 意外です。とてもおいしいです。甘いもののあとに食べたから余計においしく感じただけなのでしょうか? いえいえ、これはきっとそれだけではないですよ。私、お塩がおいしいなんて思ったの、生まれて初めてです。本当にびっくりしました。


 それから私は異常なほど食が進む塩鮭をおかずに、黙々とご飯を口に運び続けました。お茶碗の中のご飯は普段とは比較にならない勢いで、どんどん減っていきます。途中、翠君が「これも食っとけ!」と言ってDXなんとかバーガーを、咲紅ちゃんが「食事はバランスが大切よ!」と言ってサラダを取り分けたお皿を私の前に並べました。


 わわっ、こんなにたくさん……でも、今の私なら全て食べきることができるような気がします。それに、無下に断ってしまうのもお二人に申し訳ないような気がしますし。そんなわけで、私はこれまでの人生で最も量の多い朝食を取ることになりました。


 思った通りというかなんというか。ご飯、塩鮭、サラダはさして苦労せず胃に収まってくれました。厄介だったのはやはりハンバーガーですね。脂っこくて、しつこくて、くどい。あ、全部似たような意味でしたか? とにかく全然のどを通ってくれません。仕方がないのでお味噌汁で流し込むという荒技を駆使し、どうにか完食することができました。


 ふう、おなかいっぱいです。もうなにも食べられません。腹十分目を超えて、腹十二分目くらいまで食べちゃいましたよ。――と、思っていたら、蒼志君が!


「おお、いい食いっぷりだねぇ。それじゃあもう一杯いってみようか!」


 そんなことを言いながら、さり気なく私のお茶碗に手を伸ばそうとしているではありませんか! 私は慌ててお茶碗を確保し、彼の目から隠すように抱え込むと、


「無理です! 本当に限界です! もう入りませんから!」


 と、本気で訴えました。


 そしてふと翠君のほうに目をやると、彼は彼で未開封の巨大ハンバーガーを掴んだ手を、隙あらばこちらに伸ばそうとじっと待ち構えているではありませんか!


 あっ、いまの表情! いま蒼志君と翠君が顔を見合わせて浮かべた表情は、どこかで見た覚えがあります。あれは、えっとー……あ、思い出しました、時代劇です! 密談中のお代官様と越後屋さんの表情と全く同じです!


 彼らはいったいなにを企んでいるのでしょう? 私を太らせて、どうしようと――。


「はい、そこまで!」「「いでっ」」


 そこで咲紅ちゃんの声と、それに重なって小気味よい乾いた音が二つ。新聞紙ですね。咲紅ちゃんが丸めた新聞紙で蒼志君と翠君の頭を叩きました。


「あんたたち、あんまりしつこいと嫌われるわよ?」


 ホッ、咲紅ちゃんのおかげで助かりました。もしこれ以上なにかお腹に詰め込んでいたら、たぶん今日いっぱいは寝て過ごすはめになっていたでしょうから。


 怒られた二人はシブシブといった感じですが、どうやら諦めてくれたようです。ただ、二人がどことなく余裕のある表情を浮かべていたのが気になります。これは、この悪巧みが完全に潰えたわけではないことの表れなのでしょうか。……気になります。


 さておき朝食を取り終えた私たちは後片付けをすませたあと、このあとの予定を話し合うため地下の私の部屋へと場所を移しました。私は壁のモニターの脇に、みなさんはモニターが見やすい位置に横一列に並んで座っています。お布団はさっき畳んで片付けたので、淡い水色の絨毯の上です。


 ここだけの話ですが、実はいま私は朝食を食べ過ぎたせいで口を動かすのもおっくうなのです。ですのでしばらくは、スピーカーを通して会話することにしようと思います。ケーブルをつないで……、


『あー、あー、てす、てす。みなさん、聞こえますかー?』


 ん、ちゃんと聞こえているようですね。三人は驚いた様子で「おおっ!」とか「へっ?」とか「うはっ!」とか言ってます。ちょっとエコーが効き過ぎている気もしますが、そのほうが説得力がありそうなのでこのままで良いでしょう。


 因みに。


『なお、このテープは自動的に消滅する。成功を祈る』


「お、おうっ!」「りょ、了解っ!」「ラ、ラジャッ!」


 いまの声はネットで見つけた〈指揮官風の男性A〉です。こんなふうにサンプルさえあれば、色々と声を変えて喋ることもできます。


『それでは、そろそろ作戦会議を始めましょうか』


「「「おいっ! 普通の声でやれ!」」」


 ふふ、では真面目に。


『えー、それでは、このあとの予定について説明を始めたいと思います。質問や意見などありましたら、その都度、遠慮なく発言してくださいね? まあそれほど難しい内容ではないので、遠足にいく前の注意事項くらいに聞いておいてください。


 まず始めに、発電所までどのようにして行くのか、です』


 私は私の声でそう言って、モニターに上空からの地上の映像を表示します。研究所と町が画面内に収まるように調整して……研究所が小さすぎて見えないので、赤でバッテンしておきましょう。そして研究所と町とを青い直線で結んで、


『みなさんはこの研究所に来るとき、この青い線の通りに歩いてこられました。見ての通り、これが研究所と町とを結ぶ最短距離です。ですが、帰りは違う道を通っていただこうと考えています。それが、この道です』


 研究所から弧を描いて森を横切る、赤い線を書き込みました。


『研究所の前からのびている、あの土の道です。ちょっと遠回りにはなりますが、森を抜けるまでちゃんと続いています。舗装されてはいませんが木や草は定期的に焼き払っているので、それほど荒れてはいないはずです』


 ここで蒼志君が手を挙げました。はい、どうぞ。


「ちゃんとした道があるんなら、なんで最初からそっちのほうを教えてくんなかったんだよ。見た感じだと、遠回りっていっても距離は大して違わないんだろ? だったら森を進むより道を歩いたほうが、楽に、早くここまで来れたんじゃないのか?」


『ああ、それはですねえ、道の出口――町のほうからだと入り口ですか、それが結構わかりにくい場所にあるのですよ。間違って途中で迷子にでもなったら大変ですから、最もわかりやすい単純なルートを選択しました』


「ふうん、迷わないための安全策か。じゃあしょうがないな。わかったよ」


 あっさり納得してくれたようですね。いま言ったことも嘘ではありませんが、一番の理由は説明するのが面倒だったからです。まあ、どちらも似たような――同じことですよね? ということで、説明を続けます。


『えっとー、それでですね、自転車を用意しておいたのでそれに乗ってサーッと行ってしまおうかと。下り坂ですし、この方法で行くのが一番早いのではないでしょうか』


「へえー、自転車かあ。いいわねえ、帰りは楽できそうだわ」


 と咲紅ちゃん。それから翠君が、


「自転車、四台も用意したのか。ずいぶんと準備がいいなあ、おい」


『あ、いえいえ、自転車は三台です。私は諸事情により自転車に乗れないので、蒼志君の後ろに乗せてもらおうかなと考えていますから』


 そしてチラッと蒼志君の様子を見てみると……うわっ、あからさまに嫌そうな顔をしていますよ。うー、私、彼に嫌われているのでしょうか? 何度か目の前で泣いちゃったりしてますし、やっぱり面倒くさい女だって思われているのかも……あ、でも拒否されたわけではないですし……照れている? 二人乗りで私とべったりくっつけるから、照れている? つまり、あの顔は照れ隠し、ということでしょうか。なるほど、それなら納得がいきます。


「……まあ、いいか。発電所まではわかった。若干不本意な部分もあるけどいいよ、それで。んじゃ、話を先に進めよう。発電所に着いてからはどうするんだ?」


 モニターの映像を発電所の見取り図に切り替えます。お父さんが書いた設計図はゴチャゴチャしていて見辛いので、それを元に私が簡略化したものです。


『えー、これは発電所を斜め上から見た図です。今回の件に関係あるのは、この地上に出ている部分だけなので、地下の諸々は省略しますね?』


 モニターの黒い画面に表示されているのは白い立方体のワイヤーフレーム。そしてその上面には、それより少しだけ小さい円が描かれています。


『この円の部分は送られてくるプラズマのカプセルの通り道です。地下500メートルの深さにある融合炉までずっと空洞になっています。平たく言えば、丸い穴の四角い筒が縦に埋まっているような感じですね。全然、平たくないですけど。大きさは立方体の一辺が100メートル、円の直径が80メートルです。


 私たちが目指すのは中央制御室という部屋です。南西の角、地表からおよそ90メートルの高さにあります。入り口はそのほぼ真下です。入ってすぐのところに直通のエレベーターがあるので、まず迷うことはないでしょう』


 説明するかたわら見取り図の視点を南側正面に移動し、それから説明にあわせて中央制御室、入り口、エレベーターの位置を赤く点滅させました。


『えー、とりあえずはこれだけです。この中央制御室に私を連れて行くだけの簡単なお仕事です。どうです、簡単でしょう?』


 私がそう問いかけると、みなさんは拍子抜けしたような顔で、


「ああ、まあ聞いた限りでは問題なさそうだな」


「問題なら一つだけあるぜ。中央制御室なのに、ぜんぜん中央じゃな「そうねえ! 特に問題はなさそうね!」」


 概ね予想していたとおりの反応を返してくれました。


『では、出発はいつにしますか? お昼頃に出れば、たぶん暗くなる前に全てを終え、ここに戻ってくることも可能だと思いますけど。それとも今日はゆっくり体を休めて、出発するのは明日の朝ということにしておきますか?』


 只今の時刻は午前十時です。時間はたっぷりとあります。なので、今日中に全ての片を付けるというのも悪くない考えだとは思います。でも私としては、いまさらそんなに急いでもあまり意味がないというか……つまりはもっとゆっくり、のんびり――ではなくて、慎重に万全を期して事に当たったほうがいいかなあ、と思ったりするのですが。


「よし、じゃあ出発は今日の昼にしよう。ただし……ちょっと待ってな。あ、ちょっとだけパソコン借りるぞ?」


 なんでしょうか? 蒼志君がパソコンでなにやら始めました。この画面は……どうやらメールのようですね。どこかへメールを送って、いまはその返事を待っているようです。


「おい、誰にメールしてんだ?」


 翠君がパソコンの画面をのぞき込んで、蒼志君に聞きました。


「ん? ミッチー。次になにかあったら呼んでくれって言ってたじゃん。あ、なあ未来」


『は、はい?』


「二人くらい増えてもいいよな? 別に極秘事項ってわけでもないんだろ?」


 別にかまいませんけど。そう答えようとしていたら、それより先に咲紅ちゃんが、


「ダメよ! ミッチーはいいけど千霞は絶対にダメ! きっと必ず、ものすごーい足手まといになるわよ!」


 うわぁ、顔が怒っています。キッと目をつり上げて、ものすごーく怖い顔です。対して蒼志君はパソコンの画面を見つめたまま、咲紅ちゃんのほうには目もくれずに、


「えー、大丈夫だよ。未来の説明おまえも聞いただろ? 難しいことも危険なことも全然なさそうじゃん。それに千霞、けっこう運動神経いいらしいぞ? もしかしたら咲紅よりできるんじゃないか?」


 いけません! 咲紅ちゃんの顔が、どんどん危険な方向に変化していきます! そんなに千霞さんという人に来てほしくないのでしょうか? 咲紅ちゃんに、これほど危ない顔をさせるとは……よほど仲が悪いのでしょうね。私が気をきかせて、この話をさりげなく断るべきなのでしょうか? いや、でも私はそのかたと一度お会いしてみたいですし、そこで気が合えば是非ともお友達に――。


「なあ未来、いいだろ? あと二人くらい誘っても」


『へっ? ええ、別にかまいませんよ? むしろ大歓迎で、す?』


 しまった! とっさに承諾してしまいました!


「大歓迎? ああ、そうか。未来は友達いっぱい欲しいよな。じゃあ是非にでも呼んでやらないとなあ。フン、フン、フーン、フ、フン……」


 キャーッ! 咲紅ちゃんの顔が大変です! 私はあまりの恐怖に全身が硬直してしまい、声を出すこともできません。あ、翠君も私と似たような心境のようです。咲紅ちゃんを刺激しないよう注意しつつ、その動向を警戒しながらジリジリとこの場を離脱しようとしています。え!? ちょっと! 置いていかないでくださいよ!


 いまこの場を支配しているのは、耳が痛いぐらいの沈黙――などではなく、蒼志君の鼻から漏れる脳天気なハミングです。うわ、全然気がついていませんよ、この人。いいかげんに気づいてください! そして咲紅ちゃんに謝罪してください!


 ところが。もう駄目です、爆発します! と私が頭を抱えたちょうどそのとき、


「ハァ!」


 咲紅ちゃんは聞こえよがしに大きくため息をついてから、


「ああもうまったく、しょうがないわね……で、どうすんのよ」


 そう言葉を続け、そしてみるみるうちに普段どおりの優しい顔に戻っていきました。なにがきっかけになったのかはわかりませんが、どうやら正気を取り戻してくれたようです。私と翠君は目配せを交わし、それから揃って安堵の息を漏らしました。


 そのあとすぐに、


「おっ、返事来た。……へー……ホー……フーン……」


 ……なんと書かれているのでしょう、ちょっと気になります。このパソコンと私は同一のWANに接続されているので、メールの内容をのぞき見ることも簡単にできるのですが、そういうのはやっぱり人としてアレなので……良くないですよね?


「おし、二人とも暇だってさ。良かったな未来、友達が増えるぞ。さあて、どうやって待ち合わせるかな。あんまり長時間待たせるのも悪いし、かといって待つのは絶対に嫌だし」


 む、確かにそうですね。きっと今日も暑くなるのでしょうから、屋外での待ち合わせには細心の注意を払うべきです。下手をすれば命に関わります。安全に合流を果たすため、待ち合わせ場所への正確な到着時刻を割り出しておくべきでしょう。……が、どう計算すればいいのでしょう? 距離はわかりますが、それ以外の数値に不確定要素が絡んで――。


「あの近く、環七沿いにファミレスがあるぜ。そこに三時くらいでいいんじゃねーの?」


「うん、まあそんなところだろうな。んで携帯の電波が届くところまで近づいたら、また連絡するってことで。カチャカチャカチャカチャ送信っと」


 ……です、よね。炎天下に屋外で待ち合わせなんてナンセンスですよね。確かに屋内なら熱中症の心配もほとんどありませんからね。


 実は私、誰かと待ち合わせをするの、生まれて初めてなんですよ。だから、そういう常識みたいなことを知らなくて会話に入っていけなくても、ちっとも悔しくないですよ。ええ、本当に。


 まあそれはさておき、私はこの状況を、友達が増えるからといってただ喜んでいても良いのでしょうか。先程までの咲紅ちゃんの変貌ぶりを考えると、待ち合わせ場所でなにかしら厄介事が起きるということは、すでに決定事項のような気がします。それを防ぐために、なんとかしてお二人の対面を阻止すべきなのでしょうか? でも蒼志君も翠君も、そのことはあまり気にしていないようですし――。


「おーい、未来、ボーッとしてんなよな。さっさと準備して出発しないと、待ち合わせに遅れっちまうぜ?」


 ……ええ、そうですね。くよくよ考えていても仕方ないですよね。すでに事は動き出しているのですから、あとはその時々に応じて適宜な処理をするだけです。


『えへへ、そうですね。遅刻して、お友達になる前に嫌われてしまっても困りますからね。でも……三百年ですよ? 三百年越しの約束が、ようやく果たせるんですよ? そう考えると、ちょっとくらい頭がお留守になってしまうのも仕方のないことだと思いませんか? それに、私が蒼志君に興味を持つきっかけになったのも、この発電所ですからね。当時のことを懐かしんでみたりと、思うことが色々あるんですよ』


「きっかけ? へえー、そうなんだ?」


 咲紅ちゃんが蒼志君に確認します。が、


「いや、俺も初耳。なあ、そうなのか?」


 伝言ゲームのように、今度は蒼志君が私に確認します。


『ええ、そうなんですよ。そういえば、まだお話していませんでしたね。えー、あれはいまからおよそ五年前のことで――』


「なあ未来。その話、時間かかんの?」


『あ、いえ、それほど長くはかかりません。すぐに終わります。えとー、五年前のある日のことです。いつものように暇を持て余していた私は、いつものように漠然と町の様子を眺めていました。そして、いつも通りの代わり映えしない風景に、心底うんざりしていました。


 そんなとき発電所のそばに、いつもとは違ったものを見つけたのです。それは人間でした。町の人が柵の外側にいたのです。五十年ぶりくらいでしたね、町の外で人間を見かけたのは。その数は全部で九。男性が六、女性が三。八人が白衣姿で、一人はグレイのスーツを着た厳つい大男でした。


 彼らは発電所の北東側の出入り口から、なにかを運び出そうとしていました。気になったのでズームしてみると、それは人を乗せた担架でした。運び出された担架の数は二台。それぞれに、ぐったりした様子の男性と女性が乗せられていました。彼らはすぐに町の病院まで運ばれましたが、残念なことにお二人ともその日のうちに亡くなられたようですね。その後、彼らのご遺体は近くのお寺へと移されました』


「へえー、意外といるのね、町の外に出る人って。ねえ、その亡くなった二人って夫婦なの? お通夜もお葬式も一緒だったんでしょ?」


『おそらく、そうだと思います。身元の確認まではしなかったので、絶対にそうだとは言い切れませんけど』


「死んだ原因が気になるぜ。事故か? それとも病気か?」


『えっとですねー、発電所の北東側の入り口は地下に降りるエレベーターにつながっているんです。ですからたぶん、彼らは地下にある発電設備を調査している最中に、何らかの事故に遭われたのだと思います。単なる推測にすぎませんけど』


「なんだよ、はっきりしないなあ。おそらくとか、たぶんとか、推測ばっかだぜ」


『しょうがないじゃないですか。だって……暇つぶしにボーッと見ていただけなんですから。とにかく私はそんな感じで彼らの足跡を追っていました。でも、まあ知らない人のお葬式なんて、見ていて面白いものではありませんからね。私、そのあたりで飽きてしまったんですよ。それで特に目的もなく、そのお寺の周辺をあっちこっち見ていたんです。そしたら、いたんですよ。柵のすぐそばに一人たたずんで、町の外側をじっと見つめる少年が』


「なるほど、その少年が蒼志だったってことね?」


『はい、そういうことです。そのときの蒼志君、すごく真剣な目をして――』


「悪い、ちょっと待ってくれ。未来、その寺の名前おぼえてるか?」


 どうしたのでしょうか? 突然、蒼志君が私の言葉を遮って、そう聞いてきました。彼の顔には珍しく戸惑いの色が浮かんでいます。いつもは感情の変化を他人に気取られないよう、冷静な態度を装っているのですが。


『ええ、はっきりと憶えていますよ。光明寺です』


 私がそう答えると、彼は眉間にしわを寄せ「ああ、やっぱりそうか……」と言ったきり、俯いてじっと考え込んでしまいました。


「蒼志? ちょっと、どうしたのよ。大丈夫?」


 咲紅ちゃんが蒼志君を気遣うように声をかけます。


「おい蒼志。やっぱりってなんだよ」


 翠君も心配そうに様子をうかがっています。


 ……やがて、


「……あのさあ」


 蒼志君は誰にともなく、ゆっくりと話を切りだしました。


「その、亡くなった二人のことなんだけど……」


 彼はつぶやくように言葉を続けます。その伏せられた瞳は、いまある何者をも映してはいないようです。そして彼は、こことは違う何処かをぼんやりと眺めたままに、


「それさあ、たぶん、俺の親父と母さんだ」


 ……へえー、そうなんですか。


『「「……へえっ!?」」』


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