ファンタジー世界の武器屋経営ってきっとこんな感じ
現代日本に住んでいたニートな俺は、横断歩道で居眠り運転のトラックに撥ねられそうになっていた幼女を助け、代わりにトラックに撥ねられて死んだらしい。
気が付いたら真っ白い世界にいて、神と名乗る白い爺さんが出てきて、手違いで死なせてしまったのだと言った。
それで、どういうわけか、地球で生き返すことはできないが、異世界での新たな生なら与えられるという。
俺は、特に断る理由も見つからなかったから、これを受けた。
このとき、何かやりたい職業はあるかと聞かれたので、ゲームで生産職が好きだった俺は、「武器屋」と答えた。
チート能力とかは、もらえなかった。
そして、気が付いたら俺は墓地にいた。
俺は墓石の前で、一人、手を合わせていた。
そのときには、元々の俺にない記憶が、俺の記憶として追加されていた。
死んだのは小さな町で武器屋を営んでいた俺の親父で、死因は病死だということを俺は知っていた。
さらに言えば、俺のお袋は俺を生んだ時に死んでいて、これで俺は天涯孤独の身になったのだということも、知っていた。
そうして俺は、その異世界で、親父の武器屋と工房を引き継ぐこととなったのである。
さて、まずは俺のスペックに関してだが、
・この異世界の言語や常識はだいたい知ってる
・武器の作り方はあらかた親父から教わって知っている
・俺の記憶には、親父が武器を作っている間に店番をさせられていたときの記憶があるから、売り子の仕方は分かる
・店の経営云々に関してはよく分からない
といった感じだった。
で、ぶっちゃけ、店を継いだはいいが、何をどうしたらいいのかさっぱり分からないというのが現状だった。
神とか名乗った白い爺さんは、アフターケアとかそういうものをガン無視して、俺をこの状況に投げ込みやがった。
いやまあ、今の俺には、店で売り子をさせられていたときの記憶があるから、まったく右も左も分からないってほどでもないんだが……。
俺はとりあえず、頼れる相手もいないので、この世界での記憶を頼りに、何とかかんとか物事をこなしていってみることにした。
というわけで、翌朝。
馴染みのない、しかし馴染みのある自宅のベッドの上で目を覚ました俺は、まずは井戸水を汲んできて、それで顔を洗う。
その後、一人分の朝食の準備をして、一人で食事をする。
そうしてから、今や自分のものとなった武器屋の、店頭へと向かった。
武器屋の店頭の扉。
そこに掛けられた錠を、鍵で外して扉を開くようにする
そして、扉に掛けられている「閉店」と書かれた木の札を手に取り、裏返して、掛け直す。
裏返した側には、「営業中」と書かれていた。
店の開け方は、これでいいはずだ。
多分。
俺は店の扉を開けて、店内に入ると、カウンターを抜けて店の奥へと入る。
扉を開けたときに、扉に仕掛けられた呼び鈴の音が、ちりんちりんと鳴った。
店の奥にある工房に入った俺は、そこにある棺のような大きな木箱の錠前を、やはり専用の鍵を使って外す。
木箱の蓋を開けると、中には数十本の多種多様な武器が収納されていた。
俺はそれを持てるだけごっそり持つと、店内に戻って、所定の場所にディスプレイしてゆく。
そして戻ってきて、残りの武器も持って行って、店内にディスプレイする。
10分ほどかけてその作業を終えると、俺は最後に、工房の奥まった場所に隠してある金庫へと向かう。
親父が死ぬ間際に在り処を教えてくれた、極秘の隠し場所だ。
そして、これまた死ぬ間際の親父から特別に渡された鍵を使って、金庫の錠を開く。
その中から、マトリョーシカよろしく入っていた20センチ四方ほどの小さな金庫を取り出し、大金庫の鍵を閉める。
それから、小さな金庫を持って、店のカウンターに向かう。
この小さな金庫は、元の世界で例えるなら、店の会計レジにあたるものだ。
お客さんから商品の代金を受け取ったら、この中にそれを収納する。
釣り銭が必要な場合は、この中から取り出す。
さて、こうして準備が整ったら、あとは客が来るのを待つだけ……だと思う。
親父がやっていたのを見様見真似だから、正直自信はないのだが。
「ふあ~あ」
俺はカウンターで座りながら、欠伸をする。
暗い店内に、開け放たれた木窓から麗らかな日の光が注いでいる。
退屈だ。
武器屋を訪れる客の数は少ない。
小さな町の小さな武器屋だからというのもあるかもしれないが、ざっくり言って、1日の来客数は数人か、多くても十数人といったところだ。
そして客の来ない時間は、暇である。
かと言って、店番をしないわけにもいかない。
店内にディスプレイしてある商品を盗まれたり、レジ相当の小金庫を盗まれたりしたら大変だからだ。
今思えば、元の世界、日本という国の治安の良さは異常だったと思う。
と、そのとき。
ちりんちりんという呼び鈴の音とともに店の扉が開き、二人の冒険者らしき少女が、店内に入ってきた。
「い、いらっしゃいまへ」
俺は、噛んだ。
緊張のしすぎだ。
「や、おはよう。……お父さん、残念だったね。キミがこのお店継ぐの?」
少女のうちの一人は、この武器屋の常連だった……という記憶がある。
だけど、俺が俺として話すのは初めてだ。
「あ、ああ。そのつもり」
「そっか、頑張ってね。お父さん直伝の技、期待してるよ」
「まあ、何とか……。そっちの子は?」
その常連の少女の後ろに、おっかなびっくり隠れているのは、この世界の記憶でも見たことのない、小柄な獣人の少女だった。
猫耳をぴくぴくとさせながら、怯えた目で俺を見ている。
俺の質問に、常連の少女が返答する。
「うちのパーティの新入り。今日はこの子の武器を見繕いに来たんだ」
そうして、二人は色々ときゃっきゃしながら店内の武器を物色し、最終的にはショートソードを1本と、ダガーを2本、購入することを決定した。
「ショートソードが銀貨15枚、ダガーが銀貨5枚だから2本で10枚、合わせて銀貨25枚だな」
俺がそう伝えると、常連の少女がカウンターに身を乗り出してきて、俺と鼻を突っつき合わせるような距離で、こんなことを言ってきた。
「大通りの武器屋に行かないで、新人にこの店を紹介したんだよ。ちょっとぐらいおまけしてほしいなぁ」
そんな風に、甘えた口調で言ってくる。
少女の甘い香りが、ふわっと漂ってくる。
つい視線を下に逸らせてしまうと、服の隙間から、胸の谷間がチラ見せされていた。
元の世界で純情ニートだった俺は、そんな悪女の攻めに、どぎまぎして押されてしまった。
「え、えっと、俺……まだ店の経営のこととかよく分かってなくて、そ、そう簡単に、値引きとかしていいものかどうなのか……」
「もう、大丈夫だよ。っていうか、今はキミが店主なんでしょ。いいも何も、キミが自由に決めていいんだよ」
悪女の囁きに、俺はたじたじになる。
「え、えっと、じゃあ……銀貨1枚値引いて、24枚で……」
「20枚がいいな」
俺の目の前にある、少女の笑顔。
美少女だ。
ドキドキする。
「じゃ、じゃあ、20枚で……」
「ホント!? やった! ありがとう、大好き!」
そう言って少女は、カウンター越しにぎゅっと俺に抱きついて来た。
「分かった、ヴィヴィ? 値切りはこうやってやるんだよ」
そして俺から離れた常連の少女は、獣人の少女にそんなことを教えていた。
教えられるほうの獣人の少女はと言えば、真っ赤になって俯いてしまっている。
「じゃあね、また来る。慣れない武器屋経営みたいだけど、頑張ってね、若い店主さん」
そう言って、常連の少女は、獣人の少女を連れて、去って行った。
──とまあそんな感じで、店は客がいる時間と暇な時間とを繰り返し、やがて夕方となった。
親父の生前は、日が沈む頃には店を閉めていたので、俺もそれに倣って閉店作業を始める。
閉店作業は、ざっくり言えば、開店作業の逆回しだ。
小金庫を大金庫にしまい、ディスプレイしてある売れ残った武器を木箱にしまい、それらに鍵をかけた後、店を戸締りして、店頭の木札をひっくり返して閉店にする。
これでこの日の営業自体は終了だ。
俺は裏口へ回って、自宅である住居へと入る。
俺は居間のテーブルの上に、営業中にメモ紙として使っていた羊皮紙を置く。
そこには、今日の営業中に売れた武器と、それによって得た代金が記されていた。
・ショートソード×1、ダガー×2……銀貨20枚(値引き)
・ロングソード×1……銀貨25枚
・ショートスピア×1……銀貨10枚
以上である。
「1日でたったこれだけ?」と言うなかれ。
記憶と照合すれば、これでも随分売れた方である。
何しろ、ひどい日は1本も売れないのだ。
まあいずれにせよ、うちの武器屋の今日1日の売上は、しめてこの銀貨55枚、ということになる。
ちなみに、この世界の銀貨1枚の価値は、元の世界の貨幣価値で言うところの、1,000円~1,500円分ぐらいと見ておけば、ほぼ問題なさそうだ。
街の市場で銀貨1枚払えば、肉なら500グラムから1キロほど、野菜やパンなら数キロ単位で買える。
なお、港湾で荷運びを行なう肉体労働者や、酒場で働くウェイトレスなんかの最下級の仕事の賃金相場が、1日あたり銀貨6枚なのだとか。
そう考えると、1日に銀貨55枚も売り上げたのは、結構な額だとも思える。
だけど今日はよく売れた日で、1日に1本も売れない日もあると考えれば、1日あたりの売上の期待額は、もっと少なめと思っておいた方がいいだろう。
それに、武器を作るのも、タダじゃない。
鉄、木材などの材料費や、石炭なんかの燃料費がかかるし、武器を作るのには時間もかかる。
だけど売れた分の武器は、生産して補充しなければ、売り物がなくなってしまうのだ。
そんなこんなで、1週間が過ぎた。
親父が週のうち1日は休業日にしていたから、それに倣って俺も週1休業にしようかと思っていたのだが、その方針は、途中で軌道修正をかけざるをえなくなった。
結果として、俺は週1日の休みを確保するために、週3日の武器屋休業日を作らなければならなくなった。
何故かと言えば、そうしないと、売れた分の武器を生産できないからだ。
大量生産技術があるわけではない。
武器は一つ一つ、手作業で作る。
武器の種類によって製作に必要な作業時間は違ってくるが、だいたいで言って、武器を1本作るのには1時間~5時間程度の時間が掛かる。
数本も作れば、1日の営業時間が終わってしまうわけだ。
かと言って、店番の暇なときに作ればいいかというと、そういうわけにもいかない。
武器製作には超高温の炉で熱を入れる作業があり、そのときは、とてもじゃないが手を離せないし、仮に手を離して接客に行ってしまえば、材料もろとも台無しになる。
それでなくても、盗難の恐れがあって店内からは目を離したくないのだが、工房から店内はほとんど視界が通らない。
親父の生前は、俺という店番がいたから、それでも何とかなっていたわけだ。
もちろん、営業時間外に武器を作ればいいだろうと言えばそれまでなんだが、現代日本と違って全自動洗濯機を始めとした白物家電などありはしないわけで、真っ当な生活をするための家事にかかる時間が、結構バカにならない。
それに何より、営業時間外まで根詰めて働くとか、そんなセルフ・ブラック企業みたいな真似はしたくなかった。
そんなわけで、店を営業している日が週4日、武器を作っている日が週2日、休日が週1日というサイクルを取らざるを得なくなったのだ。
まあ、日単位でやりくりするんじゃなく、毎日の午前中は鍛冶、午後は店舗営業に回すとかでもいいんだが、その辺はまた追々考えるとして。
とにかく、そうして決まった今週の4日間の営業で、売り上げた武器の総額は、いくらだったのか。
これは、銀貨160枚だった。
ただ先にも言った通り、これがそのまま、俺の手元に残るお金になるわけじゃない。
補充する武器の材料費として売り上げの3割ほど、燃料費で売り上げの1割ほどが掛かるため、これらを売上から差し引かないと、純然たる収入にはならないのだ。
これらを合計4割として、売上の銀貨160枚から差し引くと、残った銀貨96枚というのが、純然たる利益の予想額になる。
週6日働いているわけだから、日当に直せば銀貨16枚か。
1日8時間働いていると考えれば、時給換算で銀貨2枚。
週48時間と考えると長時間労働だが、時給2,000~3,000円ほどと考えると、かなり良いお給金だろうか。
あ、でも、ここから税金とか引かれるのか。
売上の1割も税金で引かれるのだとしたら、結構ダメージがでかい。
税がどのぐらい掛かるかは、また今度調べてみよう。
ちなみに俺の1日あたりの生活費は、うまいことやりくりして節約すれば、銀貨1枚ほどといったところ。
冒険者のように宿暮らしで、三食すべて外食で済ますとなると、最低でも1日あたり銀貨3枚程度は必要になるようだが、家持ちの自炊前提なら、随分安くなるということだ。
ところで、材料費3割、燃料費1割というのは、親父が設定した武器の定価で販売した場合のものだ。
というか、そういう額になるように、親父が武器の定価を設定していたんだろうと思う。
だから、商品の定価をもっと安くしたり、初日の少女二人組に対してやったような値引きをしたりすれば、その割合も当然変わってくる。
例えば、ショートソード1本とダガー2本で、定価は銀貨25枚だ。
すると、これの材料費と燃料費は、その4割と考えれば、銀貨10枚である。
この販売による利益額は、差し引きで銀貨15枚になる。
しかし、これを銀貨20枚で売ってしまえば、材料費と燃料費はその4割の銀貨8枚ということにはならず、当然ながら銀貨10枚は据え置きだ。
したがって、これによる利益額は、銀貨10枚分となる。
20%引きの値段で売ったら、利益は20%減ではなく、33%減ということになるわけだ。
それでも、武器が全く売れなければ利益はゼロになるんだから、お客さんは大事だ。
一時的な利益がちょっと下がったとしても、多少値引きしてやってまた買いに来てくれるなら、まあ悪くはないという考え方もできるな……。
──とまあ、そんなことを考えて過ごした休日の、翌日の営業日。
例の少女二人組の冒険者が、再び来店した。
「今度は私の武器が壊れちゃって、新調しようと思って来たんだけど──って、何か顔つき変わったね、キミ」
常連の少女が、入店するなりまじまじと俺の顔を見てくる。
「どうだろうな。自分の顔はあんまり見ないから、分からないけど」
俺はそう言ってはぐらかそうとしてみるが、
「ううん、確実に変わったね。なんていうか、自信がついたって感じ。──こりゃあ、手ごわくなっちゃったかな」
そう言ってぽりぽりと頭をかく少女。
そうして俺はその日、この常連の少女との商談を、存分に楽しんだのであった。