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見えない君と触れない僕

 散歩のついでに行った公園で、私は男の人と出会いました。

 男の人は、とても優しげな声色で私に尋ねます。


「こんにちはお嬢さん。君はどうして目を瞑っているんだい?」


 私は答えます。


「私、目が見えないの」

「それは……ごめん」


 申し訳なさそうな声色で、彼は言いました。


「いいの。気にしていないから」

「目のこと……聞いてもいいかい?」

「うん」


 彼は、色んなことを聞きました。


「その目は生まれつき?」

「ううん違う。少し前に、病気で見えなくなっちゃったの」

「大変じゃないのかい?」

「お母さんやお父さん、お医者さんが助けてくれるから大丈夫。ちょっと怖いけれど」

「どれくらい見えないんだい?」

「明るいか暗いかは分かるけど、それ以上は分からないの」


 しばらく質問が続いた後、私は言います。


「貴方のお顔が知りたいわ。触ってもいい?」


 彼はまた申し訳なさそうな声色で言います。


「ごめん。僕は触れない……触っちゃいけないんだ」

「そう。残念ね」


 その人の声を聞いていると、何だかふわふわした。

 このふわふわは何だろう。

 分からないけれど、大事なもののような気がしたから、心にしまっておくことにした。


「明日もお話したいの。明日も会える?」

「もちろんですお嬢さん。また明日も、ここで」

「ええ。また明日」


 また、明日。

 良い言葉だ。


 ◇◇◇


「こんにちは。お嬢さん」

「こんにちは。……そういえば、あなたのことはなんとお呼びしたらいいのかしら」

「お好きなようにどうぞ」

「触れないから……透明さん? うーん……」

「…………」


 しばらく、頭を悩ませたけれど。


「思いつかないから……明日までに決めてきます」

「分かりました。それでは、また明日」

「また、明日」


 次の日、いつもの挨拶のあと私は一番に言った。


「触れないから『幽霊さん』!」

「良い名前ですね」

「でしょう?」


 私は得意げに微笑んだ。


 ◇◇◇


「こんにちは。お嬢さん」

「こんにちは。幽霊さん」


 今日も公園のベンチで。


「ねえ。幽霊さんってどんなお顔をしているの?」


 触れないなら聞いてみよう。


「そうですね……周りからは『カッコイイ?』とか『惜しいイケメン』とか言われますね」

「……『イケメン』とか言われるより気になりますね」

「ま、中の上くらいだと思っていてください」

「そう思っておきます。……幽霊さんは何歳なの?」

「秘密です」

「何それ。変なの」


 幽霊さんは、あんまり自分の事を話してくれません。


 ◇◇◇


「こんにちは。お嬢さん」

「こんにちは。幽霊さん」

「……何かありましたか?」

「……いいえ。どうして?」

「何だか、苦しそうだから」

「……何もないわ。だから大丈夫。私は大丈夫……」

「…………」


 次の日。


「こんにちは。お嬢さん」

「こんにちは。幽霊さん」

「……元気がなさそうですが」

「大丈夫」

「…………そうですか」


 次の日。


「こんにちは。お嬢さん 」

「こんにちは。幽霊さん」

「少し元気が出たようですね」

「うん」


 次の日。


「こんにちは。お嬢さん」

「こんにちは幽霊さん。……そういえば、最近不思議なことがあったの」

「どんな?」

「私、近所の男の子達にイジメられていたの」

「イジメ……だから最近元気がなかったのですか」

「でも、昨日からはそれがなかったわ」

「それは良かったですね」

「しかも今日、男の子達が謝りに来たの」

「心変わりはいいことです」

「『怖い目にあったから、もうイジメない』だそうよ」

「……そうですか」

「何か知ってる?」

「いえ全く、これっぽっちも知りませんね」

「嘘つき」

「…………何のことやら」

「……ありがとう」


 私はポタポタ泣きました。

 隣にいる彼が頭を撫でてくれた気がして、ふわふわしました。暖かかった。

 この気持ちはずっと忘れない。私だけのもの。


 ◇◇◇


「こんにちは。お嬢さん」

「こんにちは。幽霊さん」

「おや、何か嬉しそうですね」

「うん」

「良いことでもありましたか?」

「今日、お医者さんが『目を治せるかも』って言ってくれたの!」

「……それはいいですね!」

「でしょう? 目が治ったら幽霊さんの微妙なお顔も見れるわ!」

「微妙とは失敬な。仮にも『イケメン』ですよ私は」

「『惜しいイケメン』でしょ?」

「否定はしません」


 目が治ったら、お母さんとお父さんとお医者さんの次に、幽霊さんを見たいと思った。


 ◇◇◇


「こんにちは。お嬢さん」

「こんにちは。幽霊さん」

「……どうしましたか?」

「…………幽霊さんにはバレバレね。……明日手術なの」

「目を治す手術ですか?」

「そう。……でも、失敗したらどうしようと思うと、不安で仕方がないの」

「……大丈夫ですよ。安心してください。僕がついてます」

「……ありがとう」

「女の子を支えるのは男のつとめですから」

「…………ありがとう」


 幽霊さんの言葉は、心に染み込むような暖かさを持っている。

 いつの間にか、心にあった不安の塊は幽霊さん優しさで溶かされて、無くなっていた。


 ◇◇◇


「……こんにちは。幽霊さん」

「こんにちは。お嬢さん」

「…………」

「……あまり、驚かれないんですね」


 目が見えるようになった私の瞳に映ったのは、

『惜しいイケメン』で、

 優しげな表情を浮かべた、

 優しい声色の、

 半透明な彼だった。


「なんとなく、そうじゃないかとは思っていたの」

「そうですか」

「『幽霊さん』ってネーミングはぴったりだったのね」

「あの時は驚きました。バレたのかと思って」

「……どうして、私に声をかけたの?」

「…………」

「目が見えない子だったから?」

「違います」

「じゃあ……」

「…………美しいと思ったんです」

「えっ?」

「あの日、ベンチに座った君を見て、美しいと思った。だから声をかけたのです」

「…………そう、なの」

「ええ。……どうしました? 顔が真っ赤ですが」

「……暑いのよ」

「そうですか……ふふふ」

「何よ」

「いえ、なんでもありませんよ」

「……そう」

「そうです」

「……フフッ」

「……ふふふ」


 私達は、初めて相手と目を合わせながら心の底から笑いあった。


 楽しげに。跳ねるように。

 私は彼と、大切な時間を過ごした。



 けれど、そんな時にも終わりは訪れる。



「お嬢さん」

「なあに? 幽霊さん」

「私はもう、ここには来れません」

「……そう」


 なんとなく、わかっていた。


「また、会える?」


 わかってたのに、私の声はかっこ悪く震えた。

 わかってたのに、目の奥が熱くなった。


「何年かかるか分かりません。けど、約束します」


 彼は


「必ず、迎えに行きます」


 私にぽかぽかを残して消えた。


 ◇◇◇


「ねえねえ! ーーーは彼氏つくらないの?」

「彼氏かあ……」

「なんだったら紹介してあげよっか? ーーーなら絶対引っ張りだこだよ!」

「あ、駄目よその子。絶対彼氏つくらないから」

「え? 何で?」

「いつか迎えにくる王子様を待ってるんだって」

「……マジか」

「うん」

「ーーーはもうどこぞの王子様に予約済みかー……男どもが盛大に砕け散るわねぇ……」


 あれから、どれくらい経っただろう。

 友達と別れてから、思い出そうとするけどぼんやりとしていて思い出せない。


 彼の事を想って、目を瞑る。

 初めて出会った時のことを思い出す。


「こんにちはお嬢さん。君はどうして目を瞑っているんだい?」


 そんな言葉に、今の私はこう答える。


「私、幽霊さんしか見えないから」

読んでくださってありがとうございます。


いかがでしたでしょうか。

やはり人の心は難しいですね。

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