ルーパートの苦悩。
サクッと書き流す予定です。
ルーパートはいらいらと爪を噛んだ。
先日婚約したばかりの婚約者、エミリエンヌはどこかおどおどとした気配を漂わせ、気遣わしげにルーパートを見ている。
「父上も、兄上も何を考えているんだ」
ルーパートは癇癪を起して、近くにあったテーブルにこぶしを打ちつける。はずみで、置かれていた花瓶が飛び上り粉々に砕けた。
きゃあと、おどおどとエミリエンヌは飛びのいた。
ふるふると柳のように震えて怯えるエミリエンヌに、ルーパートは少しだけ表情を和らげた。
「ああ、あなたに怒っているのではない」
壁にすり寄るように小さくなっている少女にルーパートは勤めて優しく言う。
「父と兄のことだ」
「兄の婚約者ユージェニーの家に、ソリントン侯爵家から縁談の申し込みがったそうだ」
ルーパートの家、トルーマン伯爵家よりかなり格上の家、とはいえ、すでに婚約発表もされたユージェニーに横入りして縁談を申し込むとは少々考えにくい。
「あの、ユージェニー様にはご兄弟がおありでは?」
「ああ、兄一人、年子の妹その下に弟がいたはずだが」
「それなら、その縁談はユージェニー様ではないのでは?」
普通、その場合、妹の方に縁談を申し込んだのではと、エミリエンヌは遠まわしに言う。
ソリントン侯爵家には男子しかおらず、兄か弟のはずはなく、ユージェニーは婚約済み、ならば妹の方なのでは、と誰でも思う。
「ユージェニーは申し分のない貴婦人だ。だが、あのクラウディアときたら」
ルーパートは憎々しげに唇をゆがめた。
「あんな性根の曲がった女はそういない、そのクラウディアが、ユージェニーより格上の家に嫁ぐだと、断じてありえない」
吐き捨てるようなその口調に、エミリエンヌは眉をしかめた。
「あのすべての人を小馬鹿にしたようなあの女、かつてユージェニーの兄、パスカルに頼まれて、あの女の相手をする羽目になった、あの数日は悪夢だ」
この国では女性は賢いことを好まれない。特に貴族に連なる家では。
淑やかに夫の後ろに控える。それがこの国の貴婦人のあるべき姿だと言われている。
クラウディアは黙って立っていれば、楚々とした貴婦人で通った。
口さえ開かなければ。
クラウディアはそうした男性たちの風潮に真っ向から反抗する毒舌家だ。
なまじおとなしそうに見える外見のせいでその口調はますます毒々しく見える。
唇を曲げて、目を半眼にし、軽蔑もあらわにルーパートを見たその目が今も焼き付いている。
『女だからわたくしが愚かで、あなたが御立派だとおっしゃるの』
いかにも呆れたという口調でルーパートをあざけったその口。
『わたくしが女なのは、わたくしのせいではないけれど、あなたが愚かなのは間違いなくあなた自身のせい、男であろうが貴族であろうが、あなたは馬鹿よ』
ずけずけともの言う。
「一度殴り倒してやったが、それでも俺を嘲笑いやがった。暴力に訴えるとはつまり頭で勝てないと認めたのね、まさか一度殴っただけで、私があなたのような愚か者に従うとも」
そこまで言って言葉をかんだ。
エミリエンヌは胸の上で手を組んでその言葉に聞き入っている。
「とにかくあの女だけはない」
「それで、小父さま達はどうおっしゃっているのかしら」
エミリエンヌは自分の父とトルーマン伯爵が友人同士なので、ルーパートの両親のことも小父さま小母さまと呼んでいた。
「なにも心配することはない、この家にも得になることだからの一点張りだ」
「でもうかつに動かないでくださいましね、そのあちらは侯爵家ですし、もしあなたにもしものことがあったら」
エミリエンヌはその焦げ茶の眉を寄せた。
眉の下の、気弱そうな薄い青い目が潤んでいる。
「ああ、勿論、貴女のために」
ルーパートは恭しくエミリエンヌの指先に口付けした。
ルーパートはあるお茶会で、ユージェニーとソリントン侯爵家の嫡男アルバートが楽しげに隣合わせで語り合うのを見てしまった。
もはやユージェニーは兄を見限って、あるばーと・ソリントンに乗り換えるつもりなのか、兄は、ユージェニーをあきらめる代償に、ソリントン侯爵家の報酬を受け取るつもりなのか。
ルーパートは気が狂いそうな思いで楽しげに語りあう二人を見ていた。
遂にたまりかねて、ソリントン侯爵家のご子息、アルバートの元に向かおうと椅子を蹴立てようとした。
「なりませんわ、ルーパート様」
目を潤ませてエミリエンヌがルーパートの袖に触れた。
「ご短慮はなさいませんよね」
力なくそう尋ねる。そのか弱さにルーパートは毒気を抜かたように椅子に座りなおした。
「貴婦人がたの噂話に耳を澄ませてみますわ、そうした話題はまずそう言うところに流れますもの、確かな話を聞きだしたなら、必ずやルーパート様に伝えますですから、今はおこらえになって」 エミリエンヌの懇願にルーパートは頷く。
「必ずだぞ」
「ええ、必ず」
エミリエンヌは小さく笑った。