覚醒 -open your eyes-
唐突に目が覚める。
乙女としてあるまじきことではあるが身体から大量の汗が流れ出ているようだ。服に張りついて気持ちが悪い。
……いや、いま見た夢の方がよっぽど気持ち悪いか。
「いまの夢は一体……何だったんだろ」
「おはようございます、夏弥さん」
「うぉぉぉおおおいっ!?」
声のした方を見るとベッドの傍の椅子に与太さんが座って本を読んでいた。
「よ、与太さん!? 何でここに!?」
「食事の支度が出来たので夏弥さんを呼びに来たのですが」
「あ」
慌てて時計を見ると、三十分前に三十分は過ぎ去っていた。完全に寝入っていたようだ。
「ご、ごめんなさい!! 私寝ちゃって……!!」
「それは見ればわかります」
当然のことだけど怒ってる!! これまで動くことのなかった与太さんの眉が微妙につり上がってる!!
「そんなことはどうでも良いです、それより夏弥さん」
ベッドの上に身を乗り出しながら与太さんが迫る。
「いま夢と言いましたね?」
「は、はい……。でもそれがどうかした――」
「どんな夢でした?」
私の質問を遮り、与太さんが質問を被せてくる。
私の夢がそんなに気になるのかな……。与太さんが私の夢の内容を知りたがる理由はよくわからなかったがその真剣な表情におされ、その内容を詳しく思い出そうと試みた。
「え、と……、とにかく怖い夢でした」
「怖い夢?」
与太さんは眉を顰める。
「はい、どこかわからないですけど狭い部屋で女の子が……その、男の人に暴力をふるわれている夢でした」
思い出すだけでも吐き気がする。あんな不快な夢を見たのは初めてだ。いままでも悪夢というものを見たことはあるが、今回のは別格といえる。
それを聞いて与太さんは少し考え込む。
そのまま一分が経っただろうか。不意に与太さんはまた質問をしてきた。
「それは誰の視点から見ていたかわかりますか? 男の視点なのか、女の子の視点だったのか、それともその光景を俯瞰していたのか、どれです?」
「私は……上からそれを見てました。まるで監視カメラの映像を見ているみたいに」
そういえばもう一人、人影が見えたけれどあれは誰だったんだろう?
女の子が暴行を受けているのを止めることなく眺めていたということは男の仲間だろうか?
「あの、与太さん?」
私の答えを聞いたきり、考えに耽っている与太さんに声をかける。
「……すいません、問い詰めるような真似をして。夕食を温め直しますから夏弥さんもすぐに下りてきてください」
私にそう告げると与太さんは部屋から出て行った。
「与太さん、何だか様子がおかしかったけど大丈夫なのかな……」
少し心配になったが、私が心配したところで与太さんが元気になる訳でもない。
それよりも私がいましなければならないことは、もう一度寝てしまう前に階下へ移動することだろう。
そう考えて私はいそいそと部屋を出るのであった。
私が通された食堂には到底三十分では作れないであろう量の料理が所狭しと並べられていた。実際は一時間という時間があったが、興がのったからといってこれ程の量の料理はつくるまい。
……私と与太さんの二人しかここにはいないのにバイキング形式なのは何故だろう?
そういった若干の疑問はあったが、何にしても料理はどれもおいしかった。確かにおいしかったのだが、心の底からそう思えないのは食堂の空気が少し重いせいだろう。
「…………」
与太さんは料理を運んでくれてから、椅子に座って一言も言葉を発さずに何事かを考えている。その顔が険しいのは私の見間違いではないだろう。
どうやらさっき私が話した夢の話が気になっているようだが与太さんがそこまで私の夢に固執する理由がわからない。
「ごちそうさまでした」
満腹になったので与太さんに向かってそう言うが、何も反応が返ってこない。
「与太さん?」
近づいて顔の前で手を振るとようやく私に気づいてくれた。
「……夏弥さん? どうしました?」
「いえ、もう充分食べさせてもらったので、与太さんにごちそうさまを言おうと思いまして」
「そうでしたか。すいません、少し考えごとに夢中になりすぎていたみたいです」
与太さんはそう言って椅子から立ち上がる。
「あと伝えなければならないことがあるんですが」
「伝えなければならないこと?」
「はい。昼間に説明した知人をもう一度探しに行ってきます」
そう淡々と告げる。
「じゃあ、私も一緒に行きましょうか? これだけお世話になっているんですし一人で待ってる訳にも……」
「駄目です」
間髪いれずに私の提案は却下された。
「誘拐事件のことを忘れたんですか? この時間、外は危険です」
単に意地悪で拒否した訳ではないらしいがこのままでは私も気分が悪い。
「大丈夫ですよ。私逃げ足だけは速いですから」
中学校の頃、野良犬の群れから逃げ切った脚は伊達ではない。の○太くんも真っ青な代物だ。
「駄目です」
何とか喰い下がろうとするも与太さんはそれを一蹴する。
「自分から危険に身を晒すのは愚か者のすることですよ。貴女は違うでしょう?」
「うう……」
「いいですね? この屋敷の中なら何処に行っても構いませんが、外に出るのだけは控えてください」
私にそう強く言い付け、食堂から出て行こうとする与太さん。
そのまま真っ直ぐ外出するのかと思いきや、食堂の入口でその足を止めてこちらを振り返る。
「もし勝手に外に出たら……」
私がもし勝手に外に出たら?
その続きを聞くのが怖い……、一体何が私を待っているのか?
しかし、与太さんはその続きを告げることなく食堂を出て行った。
「ちょっッ!! もし外に出たらどうなるんです!?」
何この放置プレイ!!
絶対Sだよ、あの人!!
私が与太さんを追って食堂の入口まで走って行くと、エントランスから扉の閉まる音が聞こえてくる。
どうやら、もう外に出かけてしまったらしい。
「ていうか、この家の中なら何処に行っても良いって言っても……」
辺りを見渡すが私の部屋へと続く廊下以外には灯りが灯っていない。また、電灯のスイッチを見つけたので、それを切り替えても電気が点く気配はない。
「この暗がりの中何処にどうやって行けって言うのよー!!」
気がつくと誰に尋ねるのでもなくただ単純に私は一人叫んでいた。
結局私は屋敷の中を探検することなく、自分の部屋に戻ることにした。そしてさっさと寝てしまおうと思ったのだが。
「……さっきは寝るつもりがなくても簡単に眠れたのに」
どういう訳か全然眠れない。
街中を歩き回るという苦行を行った身体は確実に疲れているはずので、どうにかして眠ってしまいたいのだが……。
ちなみに与太さんが屋敷を出て行ってから結構な時間が経っているが、未だに玄関のドアが開いた音はしていない。どうやらまだ帰ってきていないようだ。
一体何処まで知人を探しに行っているのか。
ベッドに横たわりながらそんなことを考える。
「知人って言ってたけど……どんな人なんだろう?」
寝返りをうちながらサイドテーブルに置いてある時計で現在の時刻を確認する。
「もう二時か……」
そう呟いたとき不意に何処かのドアが開く音がした。
「与太さん?」
ベッドから降り、音の原因を調べるために部屋の外へ。
廊下の照明はどのスイッチで消せばいいのかわからなかったので点きっ放しになっている。エコを謳うこのご時世に反した行為だということはわかっていたがスイッチが見つからなかったので仕方がない。
廊下をひたすら直進し、エントランスへ向かう。そして、目的地に着くとちょうど与太さんが食堂に入るところだった。
「おかえりなさい、与太さん。お知り合いには会えました?」
与太さんの顔がこちらに向けられる。
「残念ながら見つかりませんでした。一体何処をほっつき歩いているのやら……。それにしても夏弥さん。夜更かしは女性の天敵ですよ?」
「あはは……、なんだか眠れなくて」
「眠れない?」
私の言葉を聞いて考え込む与太さん。
そこまで悩まれるとこちらも困る。
食事の前に少し寝たので体内時計が狂っただけだろうし。大したことではないだろう。
「あの、与太さん?」
「ああ、すいません。また考えごとに夢中になってしまいました。私の悪い癖ですね」
「はあ……」
「それより、夏弥さん。眠れないのでしたら、少し話でもしませんか? 寝つきやすくなるようにハーブティーでも入れましょう」
確かにいま部屋に戻っても眠ることはできないだろう。それに私は与太さんのことを何も知らない。このお誘いは与太さんの話を聞く良い機会といえる。
「そうですね。お願いします」
「じゃあ、こちらへ」
与太さんに促され、一階へと移動する。
食堂で話をするのかと思いきや、その向かいの部屋に通された。
「どうぞ」
私が通されたその部屋は何というか何とも殺風景な部屋だった。あるものは電灯と机と椅子それだけだ。
「与太さん、ここは……?」
「私の部屋です」
ごめんなさい。一瞬物置きかと思いました。
というか。
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
何してんの、この人!?
「……貴女はよく叫ぶ人ですね」
与太さんが耳に手を当てながら言う。
「ちょ、ちょっとこんなところに連れ込んで何する気ですか、あなた!?」
まさか、初めからそのつもりで――。
「何を言ってるんですか、貴女は。お話でもしましょうと最初に言ったでしょうに」
あ、そうですか……。
ホッとした反面どこか寂しい気がするのは気のせいだろうか。
「そこの椅子に座っていて下さい、お茶を入れてきます」
そう言って与太さんは部屋から出て行った。
改めて部屋の中を眺めまわすが、本当に何もない。まあ、本とかがないのはいいとして、ベッドまでないのはおかしくないだろうか?
部屋の大きさは六畳ほど。エアコンがないのにやけに涼しい。そして異様に物が少ない。これが与太さんの部屋の特徴だ。その他、特に取り上げるところはない。
「お待たせしました」
しばらくすると与太さんが盆にティーセットを載せて帰って来た。瞬く間に部屋の中にハーブの香りが充満する。
「とっても良い香りですね」
「ええ、これで少しでも夏弥さんがリラックスできればいいのですが」
ティーカップにハーブティーを注ぎ、その内の一つをこちらによこす。
「ありがとうございます」
カップを受け取りながら、お礼を述べる。
「さて、では何の話をしましょうか?」
一口お茶を口に含んだ後、そう切り出してきた。
聞きたいことは山ほどあるのだが、どれもストレートに聞きづらいものばかりだ。さて、どう尋ねたものか……。
「特に夏弥さんが話したいことがなければ、私が今日聞いた面白い話でも――」
「いや、それはいいです!!」
面白いといって始める話ほど寒くなる可能性の高いものはない。
ハーブの香りを掻き消すほどの死の香りがプンプンする!!
「そうですか……」
あれ? 何だか残念そう。
こう、何と言うか与太さんが感情を表に出すのは初めて見るので何だか新鮮だ。
「あ、じゃあ与太さんの探し物って何ですか?」
「私の探し物、ですか?」
このままだと本当に与太さんの面白話を聞く羽目になりそうだったので、言葉を選ばずストレートに聞いてみることにした。
「私は自分の探し物が何なのかわからないですけど、与太さんはちゃんと自分が何を探してるのか知っているんでしょう?」
そう言って与太さんを見ると、彼は何処か遠くを見るような目をしていた。
「与太さん?」
「そう……ですね。確かに私は自分の探し物が何なのかを知っています」
「やっぱり! 一体その探し物って何なんです?」
「……その話をするには嫌な話を聞かせることになりますが、それでも構いませんか?」
私にそう問いかける与太さんの目は、あのときと同じ目だった。
暗い、光の入り込む余地がないほどの闇を湛えた目。
どうやら、この話は与太さんの心の深い部分に関する話のようだ。
私は一瞬その目に躊躇しながらも、与太さんのことをもっと知りたいと思う自らの好奇心に負けてしまった。
「……お願いします」
私がそう答えると与太さんは静かに目を閉じた。
そして、数秒経った後目を開けて
「わかりました。お話しましょう」
と言ってくれた。
「話は私が十七歳のときまで遡ります」
そうして与太さんはゆっくりと一つ一つ言葉を吟味しながら話し出す。
自らの探し物に関する物語を。
幕間のpainを除いて四話目。どうも久安です。
ちょっとずつ話が進んできました。いまで全体の三分の一が終了です。今回はちょっと短めでしたが次回はいつも通り、長めの一話になりますよ。
次回更新は1月14日 23時です。




