俯瞰 -high angle-
一時間後、私は待ち合わせ場所で一人佇んでいた。
「与太さん、遅いなあ」
正確にいえば捜索を始めてから五十七分しか経っていないので、あと三分残っているのだが。
それにしても大した成果を上げられなかったのが悔しい。やはりこの無駄に広い街を歩いて捜索するのは無理があるのだろうか?
私も馬鹿ではない。ただ探すのではなく道行く人に男性について尋ねようとはしたのだが、結果は惨敗。午前中と同じく誰一人として立ち止まってくれる人はいなかった。
「遅くなりました」
「あ、与太さん」
声に反応して時計を見ると別れてからジャスト一時間。恐るべし人間時計、与太さんである。
「何か成果はありましたか?」
「いえ、残念ですけど」
「そうですか」
別段肩を落とす様子もなく返答してくる。
「そっちはどうでした?」
「知人に調査を依頼しようと思ったのですが生憎見つからなかったのでこちらも成果はゼロと言っていいでしょう。それに目的の男性も見かけませんでしたし」
それでも私の行動の指針を示してくれたのは他ならぬ与太さんだ。全然役に立っていない私とは違う。
今日私がしたことといえばただ一日中街の中を駆けずり回っただけだ。
「はあ……」
「どうしました?」
「自分の役に立たなさが酷いなー、と思いまして」
「そうですね、男性の捜索に関しては全く役に立ちませんでしたね」
「せめてオブラートに包んだ表現をしてくれません!?」
たとえ本当のことでも他人にそうはっきり言われるとかなり落ち込む。ただ、意外なことに私が肩を落としていると意外にも与太さんはこんな言葉をかけてくれた。
「しかし、探し物のヒントを手に入れたのは貴女ですよ? 夏弥さん」
「え、あ、はい、ありがとうございます」
慰めてくれるとは本当に意外だ。てっきりそんなことはしない人だと思っていたのだけれど。
――いや、違うか。
この人は自分が思ったことを正直に伝えているだけなんだ。
他人への配慮は一切ない。
言わばこの人の言葉は冷たくも誠実な言葉。
だからこそ、私はこの人を信じられるんだろう。
ふと、与太さんの顔を見ると彼の顔は私ではなく、屋外ビジョンの方へと向けられていた。
私もそちらを向くと屋外ビジョンに流されているのは緊急ニュース速報だった。
『先ほど警視庁より発表がありました。連続誘拐事件の被害者の一人が遺体で発見された模様です。被害者の名前は衛藤夏――』
どうやら最近巷を騒がせている誘拐事件に関する内容のようだ。犯人は家族に身代金を要求するでもなく、ただ誘拐するらしい。被害者はこれまで三人、いずれも若い女性だ。
こうして一人が遺体で見つかったということは残る二人も無事ではいないだろう。
まったく胸がムカムカする事件だ。
「犯人はまだ特定されていないみたいですね。早く犯人が見つかれば良いのですが……」
隣にいる与太さんがそう呟く。
「とりあえずいまは被害者の女性の冥福を祈りましょう」
与太さんは帽子を取り、胸の前でそれを押さえて祈りだした。
その横顔はやはり無表情だったが、私にはどこか悲しげにも見える。
……やっぱりこの人を信じても大丈夫だ。いまさらだがそう強く感じた。
『――の二名は未だ見つかっておらず、警察が総力を挙げて捜索を続けています。以上ニュース速報でした』
アナウンサーは仮面のような表情でそう告げた。……ニュースを見るたびに思うのだが、もっとアナウンサーは感情をもっと表に出してもいいのではないだろうか。プロ故の無表情だとは思うのだが、あれなら人形に喋らせても大差ないように感じる。
まあ、個人の意見なので聞き流してくれて一向に構わない。
「さて、大分暗くなってきましたね」
既に街灯が点灯し夕方の薄暗がりとは違い、本格的な夜を迎えようとしていた。
「そうですね。私もそろそろ家に帰らないと。お母さんが心配しますし」
「? 何を言ってるんです?」
「え? 何って……」
何もおかしなことを言った覚えはないのだが。
「帰るのは私の家です。探し物が見つかるまで帰しませんよ?」
……………………おおぅ。
あー、あー。テス、テス。……せーの。
「え、えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
「……いきなり大声出さないで下さいよ」
「そりゃ、大声も出しますよ!! 何で私が与太さんの家に行かなくちゃいけないんですか!?」
どういう経緯でそんなことに!?
「言ったでしょうに。探し物が見つかるまで全力でお手伝いさせてもらいますと。それまでの間、生活面においても何一つ不自由はさせません・どうせ夏休み中で学校もないでしょう?」
「それってそういう意味だったんですか!? いや、いいですよ!! そこまでしてもらわなくても!!」
手を前に突き出して拒絶の意を示すが、その手を強引に掴まれる。
「武士に二言はありません。さ、行きますよ」
腕をグイグイ引っ張られるが後ろに体重をのせることで、何とか抵抗する。
無表情で引っ張られているのが怖い!! 怖いよ、与太さん!!
「あなたは!! 武士じゃ!! ないでしょうが!!」
「私の心は野武士です」
「盗賊!?」
一概に略奪していた人ばかりじゃなかったみたいだけど、いまの与太さんは間違いなく盗賊山賊の類の者だ。
「……仕方ありませんね。少し強引にいきますよ?」
「へっ!? きゃっ!?」
いきなり引っ張る力を弱められたので私の身体が後ろに倒れそうになる。すかさず与太さんは私の腰に腕を回し、何とそのまま肩に担ぎあげた。
「ちょ、ちょっと何やってるんですか、恥ずかしいからやめてくださいよ!!」
腕と足をバタバタと動かすが、与太さんはビクともしない。
その細身の身体のどこにそんな力があるというのか。
「すいません。耳が遠くって……。いま何て言いました?」
「みなさーん、ここに誘拐犯がいますよー!? 現行犯ですよー!?」
そう叫んでも相変わらず誰も私を見てくれない。
関わり合いになりたくないからって何て薄情な!!
「すぐに着きますから大人しくしてください」
「い、いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
そんな私の叫びが夜の街に木霊した。
そうして私が与太さんに連行されたのは商業区から少し離れたところに建てられた古い屋敷だった。
屋敷自体は大きいながらも壁はひび割れ、窓は汚れで曇り、失礼ながらいまにも倒壊するのではないかと思う程のボロさである。
私はここに泊るのか……。どうやらここに泊まるには男の人の家に泊まるのとは別の勇気が必要なようだ。ゴーストバスターズでも常駐していなければ泊まれそうにない。
「さ、汚いところですがどうぞ」
与太さんのその言葉が謙遜に聞こえないから怖い。
あと、逃げないように肩を掴むのやめません?
「お、おじゃまします」
女は度胸、そう自分に言い聞かせてドアを開ける。同じGでもゴキブリはもういっそ許容しよう、だからゴーストだけはでませんように……。
そう願いながらドアを開けた私の目の前に広がったのは手入れの行き届いた豪邸のエントランスだった。
「…………」
無言でドアを閉め、もう一度屋敷の外観を確かめる。
うん。やっぱりボロい。
私の目が正常であることを確かめて再びドアの前に立つ。
さっきのは何かの間違いだ。この外観であの豪華さはありえない。
息を整え、ドアを開ける。
「…………」
さっきよりも勢いよくドアを閉めた。こう、何というか叩きつけるような感じで。
「与太さん」
「はい」
「何コレ?」
「いまの私の居住地ですが?」
与太さんはそれがどうしたという風にこちらを見つめてくる。
……どうやら、外装と内装の不一致について説明してくれる気はなさそうだ。
「ほら、いつまでもこんなところに突っ立てないで入りますよ」
痺れを切らした与太さんがドアを開けて屋敷の中へと入って行く。
ちなみに私を逃がさないように私の手を掴んで、だ。
「だ、大丈夫ですよ!! もう逃げませんって!!」
気恥ずかしさからその手を振りほどこうとする。
「そうですか」
そう簡単には放してくれないだろうと思ったが意外にもあっさりと放してくれた。
手を繋がれたことで少し上がった心拍数を何とか下げながら店の中を見渡すが、やはり尋常じゃない豪華さだ。
天井からはシャンデリアが吊るされ、壁にはたくさんの絵画が飾られている。それだけで凄いと思ってしまうのは私が生粋の庶民だからかもしれないが、塵一つ落ちていない床や綺麗に活けられた花などからもこの家が一般家庭よりもかなり上位にあることは間違いないだろう。
「こんな凄いところに一人で住んでるんですか?」
「仮住まいですがね。まあ、どこに行っても基本的に私はずっと一人です」
さらっと悲しいこと言うなあ。
「とりあえず夏弥さんの部屋に案内しましょう。ついて来てください」
そう言ってこちらを一瞥することなくスタスタと歩いて行く。
それに逆らうことなくついて行き、エントランスの中央にある階段を上り、二階へ。
階段を登り切ると左右に廊下が伸びており、私はその右側へと案内される。
廊下の壁に目を向けると、たくさんの写真が飾られていることに気がついた。
「与太さん、これって誰の写真ですか?」
つい気になって隣を歩く与太さんに尋ねてみることにした。
「ああ、それは私の友人たちの写真です」
友人? それにしては老若男女揃い踏みすぎる気がする。
いままで見た限りだが幼稚園児ぐらいの子どもから、杖をついたお爺さんまで幅があるようだ。そして、どの写真にも与太さんの姿はない。
「というか、友達いたんですね」
「……失礼ですね。私にも友達はいましたよ」
ハッ!! しまった、思わず口から出てしまっていた!!
私がオタオタとどう弁解したものかと考えていると、その間に彼は小さい声で呟いた。
「……いまは誰もいませんけどね」
その声はこれまで聞いた与太さんの声の中で一番寂しそうに聞こえた。
彼の声があまりに寂しくて、悲しくて。
私はそれ以上何も言うことができなかった。
私が与太さんに案内された部屋はまるでテレビでしか見たことのない高級ホテルのスイートルームのような部屋だった。
「とりあえず何というか……スゴッ!!」
私の貧弱な語彙ではこんな風に表現するしかないのが心苦しい。
「喜んでもらえたのなら幸いです」
この部屋の何処に不満があろうか。感激に身を震わせていると不意に私のお腹が空腹を訴えた。
「~~~~~~~ッ!!」
せめて一人になるまで我慢できなかったのか、お腹よ……。
「もしかしてお腹が減っているんですか?」
「あはは……、ごめんなさい」
「いえ、謝らなくても良いんですが……。良かったら何か作りましょうか?」
「……お願いできます?」
至れり尽くせりで申し訳ないが私に家事スキルは皆無なのだ。恐らく自分で何か料理を作ろうものならキッチンが無事では済まないだろう。高校の調理室を魔界に変貌させた自分の腕を私は絶対に過小評価しない。
「それでは三十分後に一階に下りてきてください。用意しておきますから」
そう言って与太さんは私の部屋を後にした。
あれ? 何だか怪訝な顔して出て行ったよね、いま……。
「ふー」
息を吐き出しながらベッドに身体を預ける。ふわふわのベッドはまるで女神のような慈愛を以て私の身体を優しく包み込む。
「今日はいろんなことがあったなあ……」
与太さんに会って。
与太さんと一緒に探し物をして。
与太さんと恋人の振りをして。
…………アレ?
与太さんばっかりじゃん。
「………………んふ」
変な笑いを押し殺し、無言で枕に顔を突っ込む。
いや、別に違うから!!
別に何も意識なんてしてないから!!
ほら、アレだよ、アレ!! だからアレだって!!
枕に顔を埋めながらその考えを追い払っていると不意に睡魔が襲いかかってきた。
「あ、れ……?」
脳みそが頭の中でグルグル回っているような気がする。
何か……気持ち悪い。
そしてそのまま、深い闇の中へと私の意識は沈んでいった。
マクドナルドの60秒サービスに勝利しました。どうも、久安です。
のんびりまったり話を進めて行くのは昔から変わっていないようですね。それが良いのか悪いのかはともかく、まだ核心には至りません。もう少しかかります。
次回は1月12日 23時更新です。




