真相 -developing-
結論から言って宮崎という男性の家の中はあれだけのプレッシャーを放っていたとは思えない程普通だった。
ある一室を除いては。
玄関には下駄箱の上に何処かの国の置物が置いてあった。
リビングにはソファーやテレビが置いてあった。
仕事部屋と思われる部屋にはデスクトップ型のパソコンが置いてあった。
そして私たちが最後に入ったその部屋には床に横たわるどこかの学校の制服を着た少女がいた。
これまで見た部屋にあった置物やテレビやパソコンのように自然に。床に置いてあったのだ。
「何……ここ?」
私がそう呟いたのも仕方がないことだろう。
その部屋は一種の異界のような場所だったのだ。私のような一般人の理解の範疇を完全に超えていた。
壁には赤黒い何かが飛び散っており、何かを描こうとしたように見える。
床には少女のほかに黒い四角い箱、縄、バット、ナイフ、釘、手錠などが散乱していた。それらが混じり合い、調和しあうことで「少女が倒れている」という不自然なことが、まるで自然なことであるかのように私を錯覚させる。
この部屋の中でこの少女が倒れていることは、リビングにテレビが置いてあることと同じぐらい自然なことなのだと私に訴えかける。
「……ホンマに趣味の悪い」
明石さんが忌々しげに舌打ちをする。
一方与太さんはというと、この部屋のことなど眼中にないようですぐさま倒れている少女の元へと駆けよっていた。
その光景を見ることでようやくこの部屋で起きていることが異常なのだと理解する。
「与太さん、その人は……」
「大丈夫、生きてはいますよ。……元気とは言い難いですがね」
与太さんのその言葉を聞いて安堵する。
赤の他人だが胸を撫で下ろさずにはいられなかった。既に死んでいる私は「命」がどれだけ尊いものか理解しているから。
「明石さん、救急車をお願いします。……それと警察も呼んだ方が良さそうですね」
「せやな。ウチの携帯ですぐに呼ぶわ」
そう言ってズボンのポケットから携帯を取り出し、電話をかけ始める。しかし電波が弱かったのか部屋から離れていった。
「夏弥さん」
「は、はいっ!!」
急に名前を呼ばれたので吃驚してしまう。
「貴女はこっちに来てください」
他にできることもないので言われた通り与太さんの傍に座る。
「この女の子、どうしてこんな酷い怪我を……」
「自然に考えるならば、ここに住んでいる人間に負わされたのでしょうね」
与太さんは淡々と自らの考えを告げる。
「宮崎って人ですか? なら家庭内暴力ってやつでしょうか?」
「いえ、明石さんの情報によれば宮崎は独身で子供はいません」
「……え?」
ならこの少女は一体何者だというのだ?
家族でもない人間がどうして一つ屋根の下に住んでいるというのだ。
私のその疑問は与太さんの次の言葉によって明らかになった。
……最悪の形で。
「つまり、宮崎は何処からかこの少女を誘拐し、ここに監禁していたんですよ」
「まさか……!!」
「はい、彼こそがいま巷を騒がせている連続誘拐殺人犯です」
何ということだ。私の探し物のヒントとなる人物が犯罪者だったとは。私がショックを隠せないでいると再び与太さんが声をかけてきた。
「夏弥さんの方はどうですか、何か感じませんか?」
「え……と、感じるというと?」
「……貴女の探し物に決まっているでしょう」
「あ」
そうだった。というかそれが目的でここに来たんじゃないか。この部屋を見つけたときの衝撃と少女のことが気がかりですっかり私の頭からそのことが吹き飛んでしまっていた。
「それで、どうです?」
改めてこの家の中にあったものを頭の中に思い起こすがその中で私を強く惹きつけるモノは一つしかない。
一つしかないのだが……。
「確かにあの男性よりも魅かれるモノがあるにはあるんですけど……」
「どうしました?」
「ありえないんです。それが私の探し物の筈がないのに」
「……ちなみにそれは?」
私は魂の感じるままに私を惹きつけるモノを指差した。
床の上に横たわるその少女を。
「ね、おかしいでしょう? その子が私の探し物な訳ないんですから」
だとすれば、私の探し物は一体どこにあるというのか?
「そもそも私の感覚が間違っていたんでしょうか? もし、そうなら一からやり直しですね」
探し物が見つからなかったのは残念だが、見つからなかったものは仕方がない。与太さんには悪いが、もうしばらく私の探し物に付き合ってもらわなければならないようだ。
勿論、今度は私が前に立ってだが。
「夏弥さん、それは本気で言っているんですか?」
「え?」
「この少女が貴女の探し物ではないと本気で言っているのかと、そう聞いているんです」
「だって、私こんな子知りませんよ?」
「……どうして貴女は――」
与太さんは私の逃げ場をなくすために質問する。
「顔も見ていないのにこの少女のことを知らないと言うんです?」
そう言われて初めて自分がおかしいことに気がつく。
そうだ。その通りだ。
どうして私は顔を見ることもなくこの少女を知らないと言ったのだろう?
どうして私はこの部屋に入った瞬間から床に横たわった少女は自分の探し物ではないと思い込んだんだろう?
どうして――。
そうやって少女の顔を見ることを拒んだんだろう?
「恐らく魂が無意識にこの少女の顔を見ることを、この少女が誰なのか理解することを危険だと判断したのでしょう。しかしそれでは貴女の未練を断ち切ることはできない」
与太さんは床に倒れている少女の顔を指差して言う。
しかし、私は少女の顔を直視することが怖くて反射的に閉じてしまった。
「夏弥さん、この子の顔を見なさい。そしてこの子が誰なのか思い出すんです」
与太さんのその声に後押しされ、閉じてしまった目を恐る恐る開ける。
少女の右脚は不自然な方向へと折れ曲がっていた。
少女の左腕は右脚と同じく不自然な方向へ折れ曲がっていた。
そして、遂にその少女の顔へと目を向ける。
髪の長さは肩ぐらい。
その髪には可愛らしい髪留め。
何処を見ているのかわからないその虚ろな目。その目に光が宿っていたころはきっと優しい目をしていただろうと感じる。
鼻は低くもなく高くもなく、何の特徴もない。
口元は血で汚れているが、その唇はやや厚め。
頭の何処かに傷があるのか、その顔には一筋の血が流れている。
また、殴られたことで頬の一部分が腫れていたりと少女の顔は原型を留めているとは到底いえなかったが、私にはこの少女が誰なのかわかった。
わかってしまった。
私の目の前で与太さんに抱えられていたのは――。
「……私……?」
声に出して言ってしまった以上もう否定はできない。
私が心の底から求めてやまないものは私自身の身体だったのだ。
「でも、どうしてこんなところに私の身体が……」
そこまで口にしたところで欠けていた記憶が私の頭に甦る。
街に出かけたあと人通りの少ない道で見知らぬ男に襲われた。
気がつくと私はこの部屋にいた。
そして――。
「私はここで……あの男に……殺されたんですね……」
「殺されそうになったが正解です。さっき生きていると言ったでしょう?」
「へっ?」
我ながら素っ頓狂な声を出したと思う。だが、与太さんの言葉にはそれだけのインパクトがあったのだ。
「じゃ、じゃあ、ここにいるこの私は何なんです!? そこにいる私が生きているならいま私はここにいない筈でしょう!?」
ああ、もうややこしいッ!!
ともかく死んでいない人間の幽霊がいていいはずはない。
「私が考えるにいまの貴女は生霊という存在なんでしょう。簡単にいえば幽体離脱というヤツです」
「まあ、夏弥ちゃんの場合、無意識に肉体から魂を切り離したっぽいけどなあ」
いつの間にか部屋に戻ってきていた明石さんが会話に加わる。
「無意識に?」
「きっと宮崎っちゅう下種の暴行に心、つまり魂が耐え切れへんと身体が判断したんやろね。夏弥ちゃんはそんなこと自分ができるなんて知らんから吃驚したやろ?」
「だからこそ、見つけるまで時間がかかったんですよ。夏弥さん自身がそのことを知っていればここまで面倒なことにはならなかったでしょう」
「うう、何かごめんなさい……」
「いえ、夏弥さんを責めている訳ではないんです。今回のことで責められるべきなのは宮崎という男だけですよ」
与太さんのその憎しみのこもった声が部屋の中に響いたことで私も明石さんも一瞬何も言えなくなる。
「ま、まあ何にしても良かったやん、夏弥ちゃん。これで普通の生活に戻れるで?」
何とか場の空気を良くしようと明石さんが私にそう話しかける。
「え、私あの身体に戻れるんですか!?」
探し物を見つけたけれど、私この後どうなるんだろうとずっと考えていたのでそれは朗報だ。
「勿論や、身体と魂が無事なんやったら大丈夫」
明石さんのその言葉を聞いて喜びのあまり胸が高鳴るが、そんな私を尻目に与太さんが喜びに水を差す。
「……しかし危ないところでした。あと数時間遅れていたら間違いなく身体の方がもたなかったでしょう」
「ええっ!?」
「あ、そうやったん?」
「はい。夏弥さんの行動が徐々に生物ではなく霊としての行動に近くなってきてましたから」
「……そうでしたっけ?」
「食事や睡眠を必要としなくなっていたでしょう?」
ああ、そういえば。
「それに離脱している魂が肉体に戻る時間も短くなっていましたしね」
「どういうことです、それ?」
「……やはり気づいていませんでしたか。貴女は度々ここにある自分の身体に戻っていたんですよ」
「ええっ!! でも、私は何でそんなことを……?」
「肉体は魂がなければ生命活動を長く維持できませんから。肉体の方が魂を呼び寄せたのでしょう。夏弥さんがそのことを覚えていないのは、覚えていてはわざわざ肉体と魂とを分離した意味がなかったからでしょうね。もっとも最後は夢という形で助けを求めてしまいましたが」
「意味がないって……」
そんなことはないだろう。心の中で反論する。だって私がそのときのことを覚えていればこの場所も簡単にわかった筈だ。
「そんなことはないって思てる顔やね、夏弥ちゃん」
どうやら顔に考えが出ていたらしい。恥ずかしいと思う気持ちはあったがそれよりも理由を知りたいという気持ちが勝った。
「はい」
「せやったら、夏弥ちゃんの身体が魂を切り離した理由を考えてみ」
私の身体が魂を切り離した理由? それは魂を守るため――あ!!
「気ーついたみたいやな」
私は無言で頷く。
確かにそうだ。魂を分離したのがここで起こった惨劇のショックから守るためであるのならば、ここでの記憶を私に持たせる訳にはいかない。
これで私が肉体に不定期ではあるが戻っていた理由、そしてそれを覚えていなかった理由は納得できた。
残る疑問は――。
「それにしても与太さんはどうして私がそうやって肉体に帰っていることに気がついたんですか? 私自身も気づいてなかったのに……」
この一つだ。
しかし、この疑問は与太さんの一言で完全に解決された。
「それは簡単なことです。私が夏弥さんが幽体離脱状態にあるのに気づいたのは実際に貴女が消えるのを見たからですよ。二度程ね」
「ええっ!! いつ!? いつですか!?」
まさか監視されてたの、私!? まさかお風呂も覗かれてたんじゃ……!!
私の混乱を無視し、与太さんは何でもない風に答える。
「貴女が夕食の前に寝てしまったことがあったでしょう? あのときに一度。そして路地裏で私から逃げたときにもう一度消えましたよ」
……あー、あのときっすか……。どちらもろくでもないときだった。
私の胸の高鳴りはトップスピードのウサイン・ボルトよりも速く去っていく。
「二度目のときはともかく一度目のときは夏弥さんの部屋を出た後、リクエストを聞くのを忘れていたことに気づいたので引き返したんです。そうしたら――」
そうしたら? 私は消えていたのだろうか?
「頭を枕に突っ込んで悶えている夏弥さんを発見しました」
「いーーーーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
まさかその場面から見られていようとは!!
「え、何その話? 聞かせてーな。ごっつおもろそうなんやけど?」
「私も是非そのときの心境をお聞きしたいですね」
私に更なる追い打ちをかけるドSコンビ。
「駄目です!! 駄目!!」
ここで押されてはならない!! あのときの気持ちを口にしようものなら精神的に死ぬ!! 間違いなく死ぬ!!
「えー、ちょっとぐらいええやんか。別に減るもんでもないんやし」
「絶対に駄目ですっ!!」
折角私の肉体が魂を生かすために分離したのにこんなことで死んだら目も当てられない。
「ちぇー」
「ちぇー、じゃありません!!」
「まあ、冗談はともかく」
冗談なら冗談らしく笑って言ってくださいよ。あなたはずっと表情が変わらないから全部本気に聞こえるんですって。
「その後、夏弥さんは部屋から消えてました。そしてそのまま部屋で待っていると案の定再び現れたという訳です。あのとき私は夏弥さんに夢の話を聞いたでしょう?」
「あ、はい」
あのときはやたらと詳しく聞かれて驚いたものだ。
「これまでの夏弥さんの行動とその夢の話で貴女が死霊ではなく生霊だと気づき、もしかしたら、いま起こっている誘拐事件に関係しているのでは、と推測したんですよ。まあ、確証が得られたのは二度目に消えたとき、つまりついさっきでしたがね」
……よくそれだけのことで気づけましたね……。
私が与太さんの能力の高さに辟易していると明石さんが再び口を開く。
「与太。話はここまででええやろ? そろそろ呼んだ救急車と警察も来るし、夏弥ちゃん身体に戻してはよ行くで」
「そうですね」
与太さんはそう言いながら立ちあがる。
「夏弥ちゃんもええな? もし与太に言うことあるんやったらいまの内に言うときや」
そして信じられない一言を私に向けて言い放つ。
「もう二度と会えへんねんから」
「……え?」
いま明石さんは何て言った?
与太さんにもう二度と会えないだって?
立ちあがろうとした足に力が入らない。そのまま私は与太さんの隣で座りこんでしまう。
明石さんは私の反応が意外だったのだろう、与太さんに向き直って問い詰める。
「まさか与太。自分が何なんか言うてへんかったんとちゃうやろな?」
「必要を感じなかったので」
その淡白な返事を聞いて明石さんは大きなため息をつく。そして与太さんにこう命令した。
「与太。夏弥ちゃんに自分が何なんか言うたり。いまさら誤魔化せへんねんから」
「誤魔化す必要が出てきたのは明石さんのせいでしょうに」
「やかましい!! そんな大事なこと言うてへんと思わへんかったんや!!」
明石さんの怒鳴り声が良いショックになったのか二人の会話を聞くだけだった私の頭が再び動き出す。
「与太さん。もう……会えないって……どういうことですか?」
「言葉通りの意味です」
「そうじゃなくて!! 理由を聞いてるんです!!」
「…………」
「与太さん!!」
私が強く名前を呼ぶと与太さんは観念したのか私と同じ目線にまで姿勢を低くする。そしてやっと私の問いに答えてくれた。
「それは私が霊体だからですよ。だから夏弥さんが生き返れば私を見ることも触ることもできなくなる。それだけのことです」
「与太さんが……霊体?」
信じられない。だって与太さんは家族の仇を探している。幽霊ではその仇に対して復讐することができないはずだ。
「はい。夏弥さんにはお話ししましたよね? 私の家族のこと」
私は無言で与太さんに頷いてみせる。
「実はあの話には続きがあるんです。家族を殺されたことで錯乱した私はその場で自ら命を絶ちました」
そうして与太さんは粛々と言葉を連ねる。
「当時の私も馬鹿なことをしたものです。若気の至りというやつですかね? まあ、何にしても私はその光景に耐えきれず狂い、自殺した。しかし、死んでから私は一つ未練があることに気づき霊体としてこの世に残ったんです」
私はそれを知っている。
犯人を見つけ出して殺すこと。それが与太さんの未練だ。
「以上が霊体になった経緯です。理解してもらえましたか?」
衝撃の事実に唖然として頷くこともできない。
「あ、ちなみにウチは正真正銘生きとるしね? せやから夏弥ちゃんはウチには会える。そこは心配せんとき」
正直そこにはそれほど心配はしていなかったが、そんなことを訂正している場合ではない。
「質問には答えました。さあ、早く自分の身体に戻りなさい。貴女が肉体に触れればそれで戻れます」
与太さんが私の手を掴んで私の肉体を触らせようとする。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
慌ててそれを阻止した。
「……まだ何か?」
「ま、まだ与太さんにお礼言ってないです」
「いりません」
「そ、それに明石さんにもお礼を……」
「せやからウチには後で会えるって」
「じ、辞世の句でも……」
「貴女は死なないといったでしょう? これ以上無意味な会話を続ける気はありません。もう良いですね?」
駄目だ。これ以上誤魔化せそうにない。私の本心を話さなければ無理にでも身体に戻されてしまう。
「……たいんです」
「「は?」」
与太さんと明石さんの声が綺麗に重なる。
「いま何と言いました?」
「だから!!」
私は目の前の恩人に向かって怒鳴る。
「もっと一緒にいたいんです!! お世話になりっ放しになるのは嫌ですし、見えなくなるなんてもっと嫌です!!」
胸中に溢れる気持ちを恩人に向けて弾丸のように放っていく。
「しかし、このままでは貴女は本当に死にますよ? それでも良いんですか?」
「嫌です!!」
「か、夏弥ちゃん?」
我ながら支離滅裂だ。だがこれが私の本心なのだから仕方がない。
「私は死にたくありません!! けど与太さんとも離れたくありません!! どうにかしてください!!」
そう言って与太さんの目の前で土下座を決め込む。片手は握られているので両手を床につけてとはいかなかったが。
「……与太、モテモテやね」
「下らないことを言っていないで貴女もこの聞かん坊を説得しなさい!!」
いまの状態では床しか見えないのでよくわからないが雲行きは怪しそうだ。
「そんなん言うても自分がちゃんと説明してへんかったんが悪いんやん。自分で何とかしい」
「くっ!!」
……何やら歯ぎしりが聞こえる。ここまで与太さんが動揺するとは珍しい。
「夏弥さんもいい加減にしなさい!! いい歳をして駄々をこねるものじゃありません!!」
そう言って思いっきり私の手を引っ張り無理にでも私の肉体に触れさせようとする与太さん。
「いーやーでーすー!!」
それに渾身の力で抵抗する私。
「ええなー、青春やなー」
その光景を見て一人和んでいる明石さん。
この陰湿な部屋とマッチしない何ともシュールな光景であった。
「ああ、もう!! わかりました!! わかりましたよ!! 貴女の無理を叶えればいいんでしょう!?」
そう大声で切り出したのは与太さんだった。
「え!? 何とかなるんですか!?」
自分から無理難題を押し付けておいて何だが、実際にどうにかなるとは思っていなかったので驚いてしまう。
「要は貴女が生き返った後も私が見えるようにすればいいんでしょう?」
「はい!!」
ため息をつきながら与太さんが説明を始める。
「大変な苦痛を味わうことになりますがそれでも良いですね?」
「……ちなみにどれぐらいの痛みなんでしょう?」
「そうですね……、全身を鞭で殴られ続ける痛みが一カ月続きます」
本当に結構な苦痛ですね、それ……。
具体的なイメージが浮かんだことで少し恐怖が増したが、既に私の答えは決まっていた。
「それで構いません。お願いします」
どうせこの私の身体の状態じゃ元々一カ月以上動くことができないだろう。それにこの試練に耐え抜けば与太さんとまた会うことができるのだ。迷う余地はない。
「……わかりました。では方法を説明しましょう――」
与太さんの説明した方法自体は簡単なものだった。
私が自分の身体に触れて生き返る際に与太さんが自分の魂の一部を私に流しこむだけで済むのだそうだ。霊の一部を身体に少しでも含んでいれば私のような普通の人間にも霊体を見ることができるようになるらしい。
「では始めますよ?」
「はい」
私は恐る恐る自分の身体へと手を伸ばす。そして――。
遂に触れた。
その瞬間、魂と身体の接触面から眩い光が発生する。魂である私が徐々に身体の中へと引っ張り込まれていく。
生と死が融けあう。
いままで薄弱だった私の存在が一気にこの部屋に溢れかえる。
これが、生き返るということか。
久しぶりに身体を駆け巡る生の感覚に酔いしれる。しかし、いつまでもその感覚に圧倒されているわけにはいかない。
私はこのまま生き返る訳にはいかないのだ。
「与太さん!!」
私は隣にしゃがんでいる与太さんに声をかける。
「そろそろお願いします!! 多分もう少しで完全に取り込まれます!!」
自分の身に起こっていることだから感覚でわかる。魂と肉体に分かれている時間は恐らく二十秒もないだろう。
しかし、依然として与太さんは動かない。
どうしたのだろう? 与太さんの方にも何か準備が必要なのだろうか?
「与太さん、もう……」
しかし私の方も限界だ。自分の意識が薄れていくのがわかる。猶予はもうない。
もう駄目だ、と思ったとき遂に与太さんに動きが見られた。
良かった。何とか間に合ったみたい……。
私がそう安堵したのとほぼ同時に予期せぬ言葉が私の鼓膜に届けられた。
「すいません、夏弥さん」
聞こえたのは謝罪の言葉。
「え?」
「さっき言った方法。あれ――嘘です」
う……そ……?
「そんな都合の良い方法なんて存在しません。そんなものが存在するのは小説や漫画の世界だけです」
「そん……な……何で……?」
騙されたというショックとすでに魂の大半が吸収されていることもあって言葉がうまく出せない。
「私は貴女を私の探し物に付き合わせる気なんて毛頭ないんですよ。生きている人間にはあまりにも危険が多すぎる」
「明石……さんだって……生きてる……人間です……よ?」
明石さんの方を向いてそう訴える。
「ごめんな、夏弥ちゃん。ウチの場合は人に襲われることも霊に襲われることも想定した商売をしとるから当然その対処法も身に染みこんどる。与太に付きおうても夏弥ちゃん程の危険はないんよ」
「……明石さんそろそろ時間です。行きましょうか」
「せやね。ほんなら夏弥ちゃんまたな」
明石さんはそのまま部屋を後にする。
視線を与太さんに移すと彼は部屋から出ていくために立ちあがろうとしていた。行かせまいとズボンの裾を掴もうと最後の力を振り絞って手を伸ばすが、届かない。
いや、違う。
届いているのに触れないのだ。
「貴女はもう霊体ではあ■ませんから、霊体である私■触れることはできません。……じき■私の姿を見ることも、声を聞くこ■もできなくなるでしょう」
悔しいがその通りだった。徐々に与太さんの輪郭はぼやけ始め、声も聞きとれなくなってきている。
話しながらも与太さんはゆっくりと部屋の入口にまで移動していく。
「…………!!」
引き留めようとするが私の声は既に出なくなっていた。
「嘘をついた■を恨■でも、憎んでも構■ません。だ■らどうか■弥さんは元■生活に戻っ■くだ■い。■両親の待■てい■温かく、優■い場所に」
そうして彼は私の方を振り返る。表情はもうわからない。
しかし、私の意識が消える瞬間、私の耳ははっきりと彼の言葉を捉えた。
親愛と寂寥が込められた別れの言葉を。
「さようなら、夏弥さん」
その言葉を最後に彼の姿は完全に見えなくなった。
晩御飯のキムチ鍋が予想以上に辛かった……。あ、どうも久安です。
一旦ここで一区切り。夏弥ちゃんにはお疲れさまと言っておきましょう。まあ、まだ出番はありますけど。ところで夏弥ちゃんの探し物について皆様の答えは合ってましたでしょうか? あっはっは、正答率が十割っぽいぜ!!
次回更新は1月19日 23時です。