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道程 -the last journey-

「それでは、現在の夏弥さんの状態について説明しましょう」

 現在位置は既に私の家ではなく、与太さんの家の食堂である。あれから泣き止んだ私は与太さんと並んで歩いて彼の家へと移動したのだ。

「いま夏弥さんは霊体、つまり魂だけの状態です」

 与太さんの言葉に冷静に頷く。散々泣いたせいか、もうその事実に動揺することはない。

「さっきはこれまで自覚していなかった『死』を自覚したことで精神が不安定になり消滅しかけましたが、いまはもうその心配はしなくて良いでしょう」

「はい、与太さん」

「どうぞ」

「私は『死』を自覚していなかったということですけど、こういう私みたいなケースは多いんですか?」

 自分のことなのでいつ死んだかわからないというのは怖いのだが。

「決して多い訳ではありませんが、まったくないということもありませんね。突発的に死んでしまい、かつこの世に未練がある場合は夏弥さんのような霊体が存在することになります」

「じゃあ、普通に死んだときはどうなるんです?」

 たとえば老衰とか。

「その場合未練のある者はこの世に留まることになります。特に未練がない場合はそのまま天使に導かれてあの世行きですね」

「天使!? 天使って本当にいるんですか!?」

 思わず身を乗り出して与太さんに尋ねる。

「そりゃあ、いますよ。彼らは善人の死後の水先案内人なんですから」

「へえ……」

 一度でいいから会ってみたいなあ。

「あれ、ちょっと待ってください」

「何でしょう?」

「善人の水先案内人って言いました?」

「ええ」

「じゃあ、悪人の水先案内人は……」

「勿論悪魔です」

 ……そっちには会いたくないなあ。

 というか私はどっちに迎えられるんだろう……。

「…………」

「どうしました、夏弥さん?」

 私が突然押し黙ったことに気づいた与太さんが私に声をかける。

「いえ、私はどっちに連れて行かれるんだろうと思いまして……」

 隠しても仕方がないので胸中の不安を曝け出してしまうことにした。

 こんなことを言っても与太さんは困るだけだろうが。

「それは私にもわかりません。善人と悪人を判断する彼らの基準を知りませんから」

 やっぱり。こんな感じで返されると思った。

「ですが」

 意外にも与太さんの言葉には続きがあった。

「私個人の基準としては夏弥さんは充分善人だと思いますよ」

「――――ッ!!」

 何という不意打ち。こういうことをさらっと言うからこの人は怖いのだ。

「夏弥さん?」

「だ、大丈夫です!! 続きをどうぞ!!」

「そうですか? では少し話が逸れましたが、説明を続けましょう」

 私は何とか平静を装い、話に耳を傾ける。

「先ず霊体の特徴として人間に触ることができません」

 それはお父さんの身体に触れることができなかったことからも理解しているが一つだけ腑に落ちない点がある。

「でも、与太さんには触れましたよね?」

「……それは特殊な例です。ちなみに明石さんだって見ることも触ることもできますよ? 何処にでもそういった特別な人間はいるものです」

 そういえばあの人も私を見て喋りかけていた。あまり良い内容とはいえなかったが。

「いま言ったように霊体は命のあるものには触れません。が、椅子やカップといった『物』には触ることができます。つまりは『物』を通してなら死者は生者と接触できるということです」

 確かに霊という存在が全ての物質に触れられないのであれば私がこうして椅子に座ったりすることもできないはずだ。

「また『物』に触れられるため、壁をすり抜けるということはできません。……そんな残念そうな顔をしないでくださいよ……」

 壁抜けってできないんだ……。ちょっと期待していただけに残念でならない。ああいうイメージってみんな持ってると思うんだけど誰が言い出したんだろう?

「最後に……、食事をすることは可能ですが、それを行う霊体は稀であると言えます。そこから栄養は摂取できませんからね」

 嗜好品として紅茶やコーヒーを嗜む霊は多いですが、と付け足す。

「以上が霊体の簡単な説明になります。理解してもらえましたか?」

「はい。大体は」

 霊体である私ができることと、できないことについてはいまの説明で理解できた。

「それはよかった。では次に私たちの目標をはっきりさせておきましょう」

 与太さんは私の目を見ながら、告げる。

 私の終着駅への道のりを。

「私たちの最終的な目標としては夏弥さんの『未練』である探し物を見つけて夏弥さんが成仏することです」

「……はい」

 死んでしまった以上それは仕方がないことだ。私は少し切ない気分になりながらも頷く。

「そして探し物の手掛かりとなるのは夏弥さんが見つけたあの男性なんですが、夏弥さんは本当にあの男性に見覚えはないんですよね?」

「はい。あの人が関係しているっていうのは間違いないとは思うんですけど」

「生き別れた兄という線は?」

「ありません」

「では恋人」

「違います!!」

「大穴で息子」

「ありえません!!」

 しつこいな、ちょっと!!

「さっきから何なんですか!? 私をからかってるんですか!?」

 流石に我慢ができなくなってそう怒鳴ってしまう。

「いえ、可能性を潰していっているだけです、誤解させたのなら謝りましょう」

 絶対嘘でしょ!! 大穴とか言ったじゃん!!

 そう言ってやりたかったが話が進まないので我慢しておく。

 そんな私を尻目に与太さんは懐から一枚の写真を取り出す。

「これは明石さんから提供してもらったものです。いまさらになりますが貴女が見たのはこの宮崎という男性で間違いありませんか?」

 渡された写真に映っていたのは紛れもなく私が街で見かけた男性だった。崩れていないわりに整っているわけでもないその特徴のない顔。そしてこの魂が魅かれる感じ。

「この人で間違いありません」

 私は確信を持ってそう答える。

「……わかりました。では行きましょう」

 椅子から立ち上がり、食堂から出て行こうとする。何処に行くのか見当もつかない私はそれをボケっと見つめていた。

「ほら、何してるんですか、行きますよ」

 与太さんはまだ椅子に座ったままの私にそう促す。

「行くって何処にですか?」

 私がそう言うと与太さんは振り返り

「勿論、この人の家にですよ。それで全てが終わります」

 と、当然のことのように告げた。

 どういう意味なのかを問おうとその背を追いかけようとしたが、どうやらその必要はなかったらしい。

 なぜなら、与太さんがクルリと半回転してこちらに戻ってきたからだ。

「危ない、危ない。忘れるところでした。夏弥さんすいませんがしばらくそのまま座っていてください」

「はあ……。それは別に構いませんけど、何するんです?」

「まあ、恒例行事のようなものですよ」

 そう言って彼は自分の部屋へと向かって行った。



 その『恒例行事』の後、私たちは屋敷を出発し、探し物のヒントとなる男性の住居へと歩を進めていた。

 明石さんはあの男性の住所まで調べあげていたらしい。与太さんは迷うことなく、目的地へと向かっていく。

「与太さん、ちょっと良いですか?」

「はい」

「いまその人の家に行ってもしょうがないんじゃありません? 普通の人なら会社に出勤している時間ですよ?」

 いまは午前九時過ぎ。私のお父さんならとっくに家を出ている時間だ。

「大丈夫です」

 しかし、与太さんはキッパリとそう言い切る。

「彼自身に用事がある訳ではありません。私たちが求めているのは彼が持っている『何か』ですから」

「……それは空き巣をするってことですか?」

 犯罪ですよ、それ。

「それに、未だに私の探し物が何かわからないんですから、その人の家にあるとは限らないんじゃ……」

「恐らく夏弥さんが見ればすぐにそれと気づくでしょう。……夏弥さんの探し物が何か私にも大体予想はついていますしね」

 私にもわからないのにどうやって予想したというのだろう、この人は?

「それを教えては……くれませんよね?」

「ええ、勿論」

 そっけない答えが返ってくる。

「はあ……、まあ良いですよ。与太さんの予想通りならそこに行けば私にもわかるんでしょう?」

 それに与太さんは意地悪でこういうことを言わないということがわかっているので、腹は立たない。

 きっと、私自身が見つけないと意味がないのだろう。与太さんにそう言われた訳ではないが、私には確信がある。

 これまで与太さんは探し物の核心に触れる部分へいきなり私を近づけようとはしなかった。自分が得た情報を使って私の探し物が何であるかを悟った後も、徐々にしか私を導いてはくれなかった。

 それはそうしなければ私の精神が持たないことを知っていたからなのだろう。唐突に真実を知れば私は崩壊する。現に私は与太さんの言葉を無視したために消滅するところだったのだ。

 与太さんはそんな私を助けてくれた。

 私を見捨てずにこの手を握って導いてくれた。

 だからこそ私はあなたを――。

「信じますよ。だからちゃんと私をあの世に送ってくださいね?」

 これがここまで付き合ってくれた与太さんに対して私が示せる精一杯の誠意。

「ええ、最後のその瞬間まで手伝わせてもらいますよ」

 そう答えてくれた与太さんの顔が寂しそうに見えたのは身間違いではない筈だ。

 だって、この探し物が終われば。

 彼はまた友人を一人失うのだから。

 すぐにまた感情を殺した与太さんがその視線の先に一つのマンションを捉える。どうやらあれが目的の男性の住処のようだ。

 ――物語の閉幕ベルが鳴るときは近い。



 私たちが辿り着いたのは、何の変哲もない五階建てのマンション。入口にはオートロックのドア。周りを見渡すも人が乗り越えられそうな壁はなく、侵入口はこのドアからということになりそうだ。

「どうやって入ります? 誰かが出てくるのを待ちますか?」

 オートロックが解除されたときを見計らい、マンションの住民を装って中に入る作戦を提唱したが、与太さんに却下される。

「都合よく誰かが出てきてくれれば良いのですが、いまはそんな悠長なことをしている暇はありません」

 何をそんなに焦っているのだろう。まだお昼にもなっていないので、あの男性が仕事から帰ってくる心配などしなくて良いはずだが……。

「ですから、今回は明石さんに用意してもらったコレを使って真正面から入ります」

 そう言って懐から取り出したのは一つの鍵だった。

「まさかコレって……」

 私が言い終わる前に与太さんはそれを鍵穴に差し込み、オートロックを解除する。

 やっぱり偽造キーですか!?

「夏弥さん、早く行きますよ」

「は、はい」

 再びドアが閉まらないように足で固定しながら与太さんが私を急がせる。

 ドアを通り抜け、すぐ傍にあったエレベーターを待っている間に私は与太さんに尋ねることにした。

「与太さん、ちょっと良いですか?」

「何でしょう?」

「明石さんって何をしている人なんです?」

 気になってしょうがない。与太さんとは親しくしているようだったし、詳しいことをしっていそうだ。

「…………」

「与太さん?」

「彼女は――」

「ウチのこと呼んだー?」

「ひゃあ!!」

 いきなり後ろから肩を掴まれ、思わず悲鳴を上げてしまった。

「あ、明石さん!!」

「やー、夏弥ちゃん数時間ぶり。ここにおるっちゅうことは何とか生き残れたみたいやね」

 そう言ってニカッと快活な笑顔をこちらに向ける。

 あれ? 私この人に嫌われていたんじゃなかったっけ?

「……貴女の神出鬼没ぶりには毎回驚かされますよ、明石さん」

「そんなこと言うて全然驚いてるようには見えへんけどなー、自分」

 私の肩を掴んだまま隣にいる与太さんを肘でつつく。

「ま、ええわ。ところで夏弥ちゃん、そんなにウチのこと知りたいん?」

「え、ええ。まあ一応」

「しゃあないなー。特別やでー?」

 再び私をホールドし、ベタベタと触ってくる。

 ヤバイ、何か私絡まれてる!!

 助けを求めようと与太さんに視線を向けたが、肝心の与太さんは明後日の方向を向いていた。

 見捨てられた!?

 そうして私が身の危険を感じた瞬間、エレベーターが私を救う天使の如く私たちの前に舞い降りた。

「ほ、ほらエレベーターも来たことですし早く行きましょう!! 与太さん宮崎さんの部屋は何階ですか?」

 何とか明石さんの腕をすり抜け、エレベーターの中へと逃れる。

「五階です。エレベーターを降りて右側の――」

「右側の廊下の突き当たりや。ほれ、与太もボーッとしてんとはよ乗り」

 私に逃げられた腹いせか与太さんをエレベーターの中へと強引に押し込む明石さん。

「ほんで話戻すけど、ウチは情報屋さんやねん」

 与太さんを押し込んだ後、明石さんは最後にエレベーターに乗り込みながら、自分のことをそう私に説明した。

「情報屋さん?」

「うん」

「…………」

 話に全く加われない与太さんが無言でボタンを押す。

 ……すいません、与太さん。

 心の中で謝りながらも私は明石さんへの興味が抑えられなかった。

「それは、ええと、どんなお仕事なんですか?」

「そのまんま。お客が知りたい情報を売るだけや。まあ、今回みたいにちょーっと首を突っ込ませてもらうこともあるけどな」

「へえ……」

「ほんで与太はウチのお得意さんやねん。もう結構な付き合いになるし。なあ?」

 絶妙のタイミングで明石さんが与太さんを会話に引っ張り込む。

「そうですね。もう二十五、六年になりますか」

 ということは与太さんの若いころを知っているのか、この人は。

 そのとき、ふと頭の中に一つの疑問が浮かぶ。

「……ちなみに明石さんっていくつ――」

「何か言うたか?」

 凄まじい音をたてて拳を握りながら、こちらを笑顔で見つめる明石さん。顔は笑っているが、確実にこちらに殺意を向けている。

 ……どうやらこの話題には触れない方が良さそうだ。

「いえ、何でもありません」

 こちらも何とか笑顔を作り、明石さんに答える。

「ほんなら、別にええけど……」

 ふう、何とか死線は越えられたようだ。

 ちなみに明石さんのその後はというと隅っこで

「……これやから十代の娘は……。二十代になってから早まる時のスピードにビックリしたらええねん……」

 とか何とか負のオーラを纏いながらブツブツ呟いている。

「あの、明石さ……」

「夏弥さん、止めておきなさい。情けは無用です」

 そうこうしている内にエレベーターは私たちの目的地である五階に到着する。

「ほ、ほら行きましょう、明石さん」

 まだ隅の方で何事か呟いている明石さんを引っ張りながら私と与太さんはエレベーターから降りるとそこは左右に伸びる廊下だった。

「えーっと、この廊下を右でしたっけ、左でしたっけ?」

「……あと二年もしたらあっちゅう間に六十代……何で神さんは人間に老いなんてもんを与えはったんや……」

「明石さーん、帰ってきてくださーい!!」

 激しく肩を揺するとようやく明石さんはこっちの世界に帰ってきてくれた。

「ハッ!! スマン、スマン……、それで何やって?」

「宮崎さんの部屋はどっちでしたっけ?」

「何や、もう忘れてもうたん? 右側の突き当たりや言うたやろ?」

 呆れ顔で明石さんがもう一度目当ての人物の部屋の位置を示してくれる。

「あはは、すいません。何かド忘れしちゃって……」

「ド忘れなあ……」

 微妙に腑に落ちない顔をしながらも明石さんは納得してくれたようだ。

 与太さんはといえば

「……急ぎますよ。どうやらいよいよ時間がないみたいです」

 と明らかに焦燥を感じさせる声を発しながら廊下を進んでいた。

「ど、どうしたんですか、急に?」

「いいから早く!! 手遅れになる前に!!」

「きゃっ!!」

「与太!?」

 与太さんは私の腕を掴んで廊下を走りだす。掴まれた腕が痛むが、私の意識はそんなところには向けられていなかった。

 遅れないように走りながら与太さんの背中を眺めながら考える。ここまで感情を露わにして行動する与太さんは一度しか見たことがない。そう、私が消えかけたときにしか見たことがない。

 ということは今回も私にとって都合の悪いことが起ころうとしているのだろう。

 思わず身体に震えが走る。

 消えかけたときの苦痛が恐怖を呼び覚ます。

 しかし、今度はあのときのように取り乱すことはなかった。

 何故なら。

 与太さんがその腕でしっかりと私を掴んでいてくれたからだ。彼が私を掴んでいてくれるだけで私の心は安心感で満たされていく。

 この人がいるから私という不確かな存在はここに在ることができるのだ。

 そうして私たちは目的の部屋の前に立つ。表札を確かめるとそこには「宮崎」の二文字。明石さんの言う通り、どうやらここで間違いないようだ。

「はあ……、はあ……。二人してウチを置いてくなんて酷いわ……」

 少し遅れて明石さんも合流する。

「それじゃあ、入りますよ」

 明石さんが追いついたのを確認し、与太さんが再び懐から偽装した鍵を取りだし、ドアを開けようとする。

「与太。ちょっと待ち」

 しかし、その与太さんの動きを明石さんが制止した。

「何です? 時間がないと言ったはずですが?」

「そのドアを開けんのは与太の仕事やない」

 そこまで言って与太さんの隣にいる私を見る。

「夏弥ちゃんが自分でしなアカンことやろ?」

「いまはそんなことを言っている場合では……」

 二人のやりとりを見ていて気づいた。

 私は今回ずっと与太さんを頼っていた。まるで当たり前のように。

 だが、それは考えてみればおかしなことなのだ。だって探し物をしているのは「私」なんだから。

 勿論、協力してもらうことが悪いのではない。私は弱いし、一人で探していたとしたらいまも街を彷徨っていることだろう。

 しかし、与太さんはあくまで「協力者」でなければならない。

 前を歩くのは彼ではなく私でなければならない。

 いつまでも彼の背中を見ていては駄目なのだ。

「与太さん、鍵を貸してください」

 はっきりと自分の意思を込めて告げる。

「夏弥さん……」

 与太さんは全てを語らず、目で訴えかけてくる。

 本当に良いのか? と。

 私はそれに笑顔で答えることにする。これまで全てを任せてきたことに対する謝罪と感謝の意を込めて。

「これは私の探し物ですから」

「……わかりました。お願いします」

 私の考えを読みとってくれたのか与太さんはすんなりと鍵を私に渡してくれた。そのとき、ちらりと明石さんを見ると満足そうに破顔していた。

「ええ女になったやん、夏弥ちゃん」

「……また明石さんに嫌われたくないですからね」

 そしてドアの前に一人で立つ。さっき与太さんと並んで立ったときとは明らかに違う。

 何の変哲もないドアの筈なのに、まるで猛獣の前に立っているかのようなプレッシャーを私は感じていた。

 それに呼応するように私の心が警鐘を鳴らす。

 ――ここは危険だ。

 うるさい。

 ――まだ間に合う。

 うるさい。

 ――引き返せ。

 うるさいッ!!

 私は私の探し物を見つけに来ただけだ!!

 頭の中に響く警告を無視し、鍵穴へと手を伸ばして鍵を開けようとする。しかし、いまの私にとってそれは決して容易なことではなかった。

 身体が震えているせいで鍵穴に上手く鍵を差し込むことができない。

 まったく情けない。ついさっきあんなことを言ったくせにいざ実行するとなるとこのザマだ。

「ごめんなさい。すぐに開けますから」

 鍵穴を凝視しながら後ろにいる与太さんと明石さんにそう伝える。その私の言葉に返事はない。

 こんな私に呆れてしまったのかと思った瞬間、震える私の手に二つの手が優しく添えられた。

「よ、与太さん? それに明石さんまで……」

「何か?」

「どないしたん、夏弥ちゃん?」

 戸惑う私を余所に二人ともそんな調子で私に尋ねてくる。

「そっちこそどうしたんですか? これは私がやらないと……」

「ええ。最後はお願いします。でも――」

「背中押すぐらいは許してーな」

 ま、実際触ってんのは手ーやけどな、と最後に明石さんが付け加える。

「でも……」

 依然として渋る私に与太さんが諭すように言う。

「貴女は今回のことで少し成長した。いまはそれで充分です。一人で何かに立ち向かうのはもっと貴女が強くなってからで良い」

「そんな時間ないじゃないですか!! もうすぐ私はこの世から消えるんでしょう!?」

 そう。未練がなくなった霊体はこの世に留まることができない。これは与太さんが言っていたことだ。ここに私の探し物があるというのなら私に次のチャンスは用意されていない。

 そうして心を乱す私に与太さんはかつて私が受け入れられなかった言葉を発した。

「大丈夫。大丈夫ですから私を信じて言うことを聞いてくれませんか?」

 その声はとても優しくて、取り乱した私の心をほんの少し静めてくれた。

 ずるいなあ、この人は。

 私が消えかけたときのように、またあなたを信じないなんてこと、私にできる訳ないじゃないですか。

 ふう、と息を吐き、仕方なく私は二人に助勢を求める。

「……わかりました。手伝ってもらえますか?」

「勿論です」

「まかしとき」

 二人の手に誘われ、私の握った鍵は鍵穴へと吸い込まれていく。

 力を借りるのはここまでだ。ここから先は本当に私一人でやらなくては。そう心の中で決意すると、まるで言われなくてもわかっていたかのように二人の手は私の震える手から離れていった。

 振り向いてお礼を言いたくなったが、何とかその衝動を抑える。いまはそんなことをしている場合ではない。感謝の気持ちは行動で示すべきだろう。

 鍵を捻り、目の前のドアのシリンダー錠を解錠する。何かが外れるような独特の音から障害が取り除かれたことを確認し、ドアノブに手をかけた。

 ドアを開ける前に大きく深呼吸を行い、気持ちを落ち着かせる。

「……開けます」

 そう二人に告げて勢いよくドアを開け放ち、ついに私は中へと侵入した。


 ダイオウイカでけえ……、どうも久安です。


 もう少しで終わる匂いがプンプンしていますが、実はあと五話もあります。ああっ!! モノを投げないで!!

 先の見える展開過ぎて凄い。答え合わせ感覚でご覧下さい。


 次回は1月 18日 23時更新です。

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