第二章
冷たい視線が私を別世界へと導いた
2.空の瞳
外から流れ込んで来た冷たい空気が頬を刺激する。
来夢は視線を変えずに私の事を捕らえる。恐怖感。初めて感じた。
強張り始める顔。如何してこんなに彼の視線が痛いのだろう。
きっと私の感じ方が悪いんだ。そんな悪い筈がない。
「千には冗談と言うものが通じないのか」
「はぃ?」
緊張のあまり声が裏返る。
冗談...?か...だよね。
苦笑いをすると彼はまた視線を本に向ける。たった1分弱の時間。1時間以上睨まれた感覚にいる。
恐かった。ホッと胸をなでおろす。
バンッと分厚い本が勢いよく閉じる音が横からした。はっと横を向く。
勿論横には来夢しか居ない。彼が本を閉じたんだ。
椅子から立ち上がり5〜6冊積みあがっていた本を丁寧に本棚へと確実に戻していく。
そんな事しなくてもカウンターに出しとけば片付けてくれるのに。几帳面。
此処だけ私と違うとこ。私は大雑把、来夢は几帳面、でも彼はO型。
1冊は奥の方の本棚らしく奥の方へと進んで行く。
机の上に置かれた読みかけの本。かなり読みごたえあり。
タイトルは『ソラ』。さっき見た変な本。
多分そうだと思うけど、何か違う感じがする。何か...。
「それはカラと言う本だよ」
「え、ソラじゃなくて?」
「ソラはこっち」
納得。こっちは漢字で『空』あっちは英語で『Sky』。理解。
2冊片手に持ち、私を横切る。待ってとは言わずに後をついて行く。無言。
扉を開けると別世界。なんて。ありえない。
そんな事はない。普通に2階に上がる階段が目の前にあるだけ。
「千!に来夢も」
手摺りから上半身乗り出した日向の姿があった。
にこにこと笑いながら手を振る。私はそれに応じて手を振り返す。来夢は無言、無表情。
階段を駆け下りて来る彼を目で追う。
「宿題ありがとね、無事終わったから探しに来たんだ」
「あ、そう...うん此方こそ」
「来夢は相変わらず勉強家ですね」
「日向よりは勉強家じゃない」
「あはは、そう?」
2人の会話はとても自然なものだ。
性格の反対同士の会話なんて長続きしない筈。私だったら絶対即終了。
来夢と日向くんは仲がいい、と言う事を知っているのは私だけ。らしい。
クラスじゃ仲良くないように見えるが私が見るに2人は別人。
「俺は先に教室に戻る」
「うん、じゃあね」
彼に声をかけたが視線を逸らされ階段を上って行ってしまった。
無愛想な奴。とたまに思う。
「うんうん。今日も来夢はご機嫌だね」
「あれで?ご機嫌なの」
「うん、目が輝いてたからね」
判らない。何が輝いてるの。
あの空っぽみたいな瞳が輝いてるって。如何言う事。
理解不能。だが彼には判るらしい。彼の事が。
「そろそろチャイム鳴るかな」
「じゃあ行こうか」
「うん」
階段を駆け上る。私は気付かなかった。
何かが、何かが。
空っぽになっている事に。