第八話
まだまだ進まない。
ほのぼのが続くぜ!
「陽、軍に入りなさい」
「俺、まだ槍術基本。ぉk? 軍? は、問題外」
「却下。師たる私が良いというのだから良いのよ」
「却下は却下だぜ。足引っ張るだけだかんな」
「却下の却下は却下。想定内よ、それは。元から協調性がないことぐらい分かってるから」
「却下の却下の――「えぇい、喧しい! 却下却下五月蠅いわ!」――ぬぅ」
陽の勘は当たってしまった。
いつも通り家族全員で食事を済ませたときに陽は牡丹から通達された。
反論は勿論したが、それも悉く返されてしまい。
陽が折れることで、話は収束した。
陽は盛大に項垂れていたが。
★ ★ ★
Side 牡丹
元々、山百合たちが帰ってきたら、陽を山百合の率いる部隊に入れることは決めていたんだけどね。
もう少し羌の討伐には時間がかかると思っていたし、陽を鍛えるのにもまだかかるだろうと思っていたのに。
それを山百合が認める程に成長してるなんてね。
……ホント、良い意味で裏切ってくれるわ。
全く、流石私の自慢の息子、としか言いようがないわね♪
「あ、そだ、あれも陽に任せようかしら……」
この私でも出来なかったんだもの、一筋縄ではいかないと思うけれど。
ま、山百合を認めさせるなんてもっと至難の業なんだけれどね♪
「陽〜♪ ちょっとおいで!」
顔がひきつっているわ。
全く、失礼しちゃうじゃない♪
★ ★ ★
Side ???
俺は元々、三流とも言えないほどのクズに飼われていた。
そいつは気が短く、気に入らないことがあれば直ぐに他に当たり散らし、気に入らない奴がいれば殴り、なぶり、そして棄てた。
そんな奴が、俺にだけは決して何もしようとしなかった。
むしろ、可愛がった。
俺がどんなに拒もうとも、へりくだり、貢ぎ、俺に必死で気に入られようとしていた。
俺は世間から賢いと言われている。
他の奴らに劣る気も、引けをとる気もさらさらない。
だからこそ気に入られた。
……願ってもいないクズに。
気持ち悪い!
クズが俺に触れてくれるな!
幾度も、幾日も、幾月もそう思っていた。
そしてそれと同じ回数だけ嘆いた。
何故俺だけ違う!
頼むから解放してくれよ!
と、何度も何度も。
さらに、現実は甘くなかった。
……何故お前だけ。
……お前だけが幸せで。
……お前だけ愛されて。
そんな敵意の篭った目で見られるようになった。
違う!
俺は奴なんかに愛されたくなどない!
俺はこんなところで生きていたくなどない!
と、何度も叫んだ。
しかし、そんな声が届くはずもなかった。
だから、俺は逃げた。
数日数週間かけて、繋がれた縄を食いちぎって。
幸いにも俺は脚が速い。
振り切ることなど容易かった。
だが、外を知らなかった俺は懸けて、賭けて、駆けるしかなかった。
それが一番身を守ることに繋がることぐらいは知っていた。
だがそれも、長くは続かなかった。
疲労の蓄積と満足でない食事は、徐々に身体を蝕んだ。
そして俺は、崩れ落ちるような感覚に陥った。
……その朦朧とした最中で人影を見たのは、何故かはっきりと覚えていた。
どれ程の時間が流れたのだろうか。
俺は人の膝に頭を預けていた。
何故だか不思議と心地がよかった。
「ほれ、やるよ」
今日は朝から何も食べていなかったので、一心不乱に食べてしまった。
あ、あぁ〜、俺のがぁ〜、という嘆きの声には少し罪悪感を感じた。
まぁ、仕方ねぇなぁ、と呟いた後で。
「ちょっとここを深く入ったとこに水場があるから、後でいけよな」
と、優しく撫でながらそう言ってくれた。
新天地で、あのクズでない人に優しく、慈しむように見てくれるその銀の隻眼が無性に嬉しかった。
「さてと、そろそろいくわ。ま、ちゃんと休むこったな。……そんじゃ、達者でなぁ〜」
と言って、行ってしまわれた。
この恩は決して忘れない、と心に刻みこんでおいた。
ふと思えば。
こんなに短時間しか一緒にいなかったのに、もう寂しいと感じてしまっていた。
……ついて行きたい。
そう思った。
だが、それを俺自身が許さなかった。
動けないのがこんなにももどかしいと感じたのは、初めてかもしれない。
しかし、"主"からの初の命令、ちゃんと休め……こう考えると自然と嬉しくなった。
(未来の我が主よ……再び相見えんことを)
俺は天を仰ぎ見た。
それからは、目的をもって走るようになった。
我が主を求め、ひたすらに走った。
そうしたら、ある軍に遭遇してしまった。
「なんだ、こいつ?」
「……さあ」
「十分な体調じゃないようね。……母様たちに任せます?」
「……それが最善でしょう」
抵抗はしてみたものの、弱りきっていた身体には酷なことだった。
☆ ☆ ☆
そして、今、俺は保護という形でここにいる。
最初、俺には捕らわれている、という風にしか感じられなかった。
一刻も早く主に会いたいのにこんなところで立ち止まっている暇などない!
ここから早くだせ!
我が魂の叫びを聞け!
そう、ずっと思っていた。
だから暴れたりもした。
「誰かが、誰かが私を呼んでいる!」
そこに、まさか反応する奴がいるとは思っていなかった。
★ ★ ★
「安心なさい♪ 捕らえる気なんてないわ。……あなたみたいないい子には是非ともいて欲しいのだけれどね」
そう言って、撫でてくれた。
主並の心地良さがあった。
主に似ている、と感じた所為なのかは分からないが。
「心に想い人がいるようね。……まぁ、簡単には諦めないわよ♪」
主を見つけていなかったら、この人を主だとしていたかもしれない。
不覚にもそう思ってしまった。
だから、少しの間だけ留まってみようと思った。
その判断は間違っていなかったと証明される日がこんなに早くやって来るとは思ってもみなかった。
★ ★ ★
Side 陽
「だから、痛いっての!」
耳引っ張られるとか、尋常じゃないです、はい。
心底嫌そうな顔をしたのが気に入らなかったらしい。
そんなこと言ったってしょうがないじゃないか!
だってどうせ面倒事だもの。
「ほら、ついた。ちょっと待ってなさい」
俺と母さんと蒲公英と鳳徳さんは、ある小屋のそばにある広場に来ていた。
正確には、俺だけ耳を引っ張られ、連れて来させられたんだがな。
鳳徳さんは保護した責任者として、蒲公英は暇潰しと興味本意でついてきていた。
そして母さんがその小屋へ向かい、俺たち三人は待つことにした。
……因みに、俺と鳳徳さんの間の険悪なムード(?)は、鳳徳さんがある程度認めてくれたことで払拭されたさ。
しかしながら、まだぎこちない感じだから、どちらから口を開く、というのはないけどな。
そうこうしてる内に、母さんがとある馬を引き連れてくる。
あれ、あいつは……。
「……あの馬鹿馬か?」
「ほぇ? 馬は馬鹿じゃないよ!」
「それは知ってる。……知ってるけどさ、俺を生命の危機に追いやった奴を馬鹿と呼ばずしてなんと呼ぶ!」
「生命の危機? ……あぁ〜! じゃあ、あの子がお兄様の食料を?」
「まっ、そゆこったな」
でも食料がなくなってなかったら、森に入る必要もなかったからなぁ。
……だったら全ての始まりはあいつとの出会いからなのかもしれない。
感謝すべきかねぇ?
「あっ、ちょっと待ちなさい!」
母さんの声が聞こえたと思ったら、すげぇ速さで走ってくる奴がいる。
まあ、あの馬鹿馬だけど。
いや、待て。
……その速度でこっち来んの?
止まるどころか、さらに速度あがってますよ?
流石にあせるぞ?
待て待て待て、ぶつかるときのエネルギーって半端ねぇんだぞ!
速度は2乗するんだぞ!
とっさに思い出したやつは知らんが……俺、確実に死ぬぞ!
「ちょっ、とま――ひでぶっ!!」
ちょ、視界が、グルグル、回ってるな。
あぁ、これが、フィギュアスケートのジャンプしてる人の気持ちなんだろうか。
そろそろ現実逃避はやめ――!
ぐべっはぁっ!!!
地面に叩きつけられる俺。
「いっでぇぇぇえ!!」
無茶苦茶痛ぇ。
あれ、ちょっと待てよ。
……(身体を確認中)。
馬鹿な!なんともないだと!
骨折ぐらいあって然るべきな衝撃だったぞ!
こっ、これがギャグ補正と言うやつなのか!
……何も言うな、俺が一番わかっているから。
そんなことよりさぁ……。
「つか、何で頭突き!? お前は恩を仇で返すのか!」
ブルッ、と鳴いた。
(そんな気はなかった)
とのことらしい。
え、何でわかるかって?
俺は動物たちの気持ちはなんとなくだがくみ取れるんだよ。
ずっと動物だけが友達のボッチだったからな。
「ふうん、想い人って陽のことだったの」
「想い人ってなんだよ、気持ち悪い。……こいつオスだぞ?」
何時の間にか近くにいた母さんが、変なことを呟く。
生物としての壁を超えさせるだけでなく、男色に靡けというか、この母親は。
「何を馬鹿なことを考えてるかは知らないけど。背を預ける主という意味よ♪」
「……主ぃ? ちょっとさ、話の飛躍度が半端じゃないんだけど」
「その子に聞いた方が早いと思うのだけど?」
「確かに」
……いや、馬と会話できるのが当然、みたいなこのやりとり、頭おかしいだろ。
まぁいいけど。
とりあえず、聞いてみた。
「それで。どうして俺が主?」
(貴方は命の恩人だ。それに、俺は貴方に惚れた。だから、俺の背を貴方に預けたい。駄目だろうか?)
「惚れた、て……。まぁ、いいか。これから戦場に出ることになるだろうが、宜しく頼むぞ」
ブルッ!(おうさ!)
俺が応えてやれば、ここ一番の大きな返事をする。
つか、そんなに嬉しいのかよ。
「……この子の名前はどうするのですか?」
……ここに来て、初めて口開いたな、鳳徳さん。
まぁ、問題ないけどさ。
「う〜〜ん?」
どうしようか。
漆黒の毛……なんつーか、記憶の片隅にある黒○号ってやつより細いしなぁ。
脚はかなり速く、立派なたてがみ。
……カスケ○ド?
うん、何故だかわからんが凄くしっくりくる。
しかし、そのまま使ったらいかん気がしてならない。
うむむ、どうしよう。
ま、ここは無難にいくか。
「毛が黒で、兎のように脚が速いから、今日からお前は黒兎だ!」
赤兎馬って、こんな感じで名前つけられた、って聞いたことがある。
我ながらかなり適当だが、喜んでいるようだし、まあいっか。
「一筋縄でいってしまったわね。……つまんな〜い」
母さんがふざけたことぬかしてやがったが、ここは抑えてやろう。
戦場の苦楽を共にする、人馬の主従はこんな出会いだった。
陽は語る。
「黒兎は俺の最高のパートナーだな。……しかし、カス〇ードって呼びたいな」
と