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第八十一話



あっと言う間に三週間……だと……!




申し訳ありません!




「お初にお目にかかります。私は――」


「あら、陽。昨日ぶりね」


「――ちょっと、黙ってもらえますかね伯符様」











Side 陽


いきなり出鼻を挫かれた陽だ。

形にはまらないと言えば良いのか、なんというか。

とりあえず、凄く邪魔だった。


「今更、字で呼ばなくても良いわよ? もう、そんな関係じゃないでしょうに」


「誤解を招く言い方は止めていただけませんかね」


無駄に睨まれてて、とても居心地が悪い。

大体、今この場は公式な場なわけで、一介の商人としてやってきている俺と真名で呼び合うのはおかしいだろ、常識的に考えて。


「真名を預けたのに、その名で呼ばないのは失礼にだと思わない?」


「思いませんねぇ。時と場合に依りますし、私は商人で貴女様は王。そちらの方が礼を失するかと愚考します」


「そんなこと、私は気にしないわ」


「私が気にするのですよ」


主に視線的な意味で。

別に敵意をもたられるのは構わん。

勿論個人的にであって、蜀に迷惑をかけるのはちょっと憚られるが。

だが、睨まれるのは面倒くさいんだよ。

ずっと視線を感じてなきゃあかんとかマジ苦痛。

視線だけならまだしも、敵意を含んだ視線だと、否応なしに警戒してしまうのだ。

かつて育ってきた環境では、それぐらいしないと死ぬレベルだったからな。


まぁ、それは兎も角。


俺はノーと答えているのに、雪蓮のやろーは不満なようだ。

自分の主張が通ってないわけだから仕方なくもないかもしれんが。


「じゃあ、命令よ。私を真名で呼ぶこと。良いわね?」


「嫌です。命令に従う義理はありませんので」


「だったら、今すぐこの場を去ってもらうわよ?」


すぐにでも立ち去りてぇわバカやろうが。

本当に融通の効かないことだ。

しかも、慣れてるからこそ耐えられるのが腹立たしい。

恨むぜ、牡丹。


「……はぁ。わかりましたよ、雪蓮様。敬称は譲歩していただきます」


「別に良いのに〜」


「……もう良いか、雪蓮」


「あ、ごめん、冥琳」


お前が良くても周りが良くねぇんだよ。

やっと、話が始められる。


……使者ってこんなに面倒なのねぇ。




   ★ ★ ★




「遅れ馳せながら申し上げます。私は馬孝白という者。偉大なる呉王、雪蓮様のお目にかかれて恐悦至極。此度の事、末代まで語り継ぎましょう」


「かった! 陽ってば固すぎよ! その口調、なんとかしてくれないかしら?」


「無理です。ってか、マジ黙って下さい。話が進みません」


「なによそれー」


「そこは私も孝白に同意するぞ」


「ちょ、冥琳まで!」


本当に進まないので、少し口が悪くなった。

しょうがないよ、人間だもの。

しかし、軍師さまにも言われてやんの。


そんなことを考えながらほそく笑んでいると。

ようやく決着がついたのか、ふてくされたか憮然とする雪蓮と呆れつつも表情を引き締める周喩。

雪蓮のそういう態度に慣れてるのか、他は平然としてたり呆れてたり。

つか、俺一応、使者なんですけど?

こんな対応で良いわけ?


「……ふぅ。うちの雪蓮が失礼した」


「失礼してるのは陽の方――んんっ! なんでもない。続けて、冥琳」


睨まれたな、今。

それで黙るなら最初からしなけりゃ良いのにな。


「話は変わるが。商会馬印の筆頭、いや、代表取締役だったか? そんな貴様が、一体この国に何をしにきたというのだ。まさか蜀だけでは飽きたらぬとは言うまい」


「勿論、足りませんね」


なんというか。

バレてるのかバレてないのか微妙なところを突いてくる。

雪蓮経由でバレてると思ってはいるが、心臓に悪いだろうな。

普通のやつならば。


つか、別に蜀を切ったところでマイナスにはならないしな。

現状ではマイナスでしかないが、プラスに返ってくるはずだ。

返さないなら、蜀の財政を破綻させてぶっ潰すだけだ。

まぁ、あのお人好し共が、返さないなんて選択はしないだろうけどな。


それに、商人が一国で満足するはずもないだろに。


「呉とも、できれば魏とも契約したいぐらいですよ」


「ほう。だが、敵国である我等や魏にさえも加担することを、蜀が許すとは思えんな」


「許す許されるの関係ではありませんので問題ありません。勿論、親密とかそういう意味でなく」


出資してるのは俺だ。

しかも、かなり一方的に、だ。

まぁ、今はそれなりに軌道にのってるから出資がなくてもやっていけるだろう。

ギリギリで、だが。

つまり、向こうは切ろうにも切れない。


仮に強気で切ってきたとしても、他にも商人や商会はあるが、こっちは業界一の馬印。

何が悲しくて、馬印の圧力がかかる中やりくりしながら出資しなければならないんだろうか、と尻込みするだろう。

……尤も、そんなリスクも背負えないやつが超一流になることはありえないんだがな。


「して、どうでしょうか雪蓮様。契約していただけると嬉しいのですが」


「そうね。考えておくわ」


「それは重畳」


王の顔に戻ってやがった。

まぁ、簡単にいくとは思ってなかったけどな。


「で、陽? ホントの目的は何かしら。そんなことの為に来たなんて、言わないわよね?」


「……どうやら、お見通しのようでございますな」


そんな殺気出されたら、そう答える他ないだろーが。

別に、さっさと進めたいからいいんだが、殺気はやめろや。


「えー、……実は、蜀でも申し上げたことなのですが、荊州の西端の地付近の領土問題は、ご存知ですよね?」


「勿論知ってるわよ。荊州は劉表から奪った地なんだから、領土問題なんておかしい話のはずなんだけど、どうかしら?」


「さて。私に問われても困りますが、蜀側の言い分は異なっていますね」


「ついでだから教えて頂戴」


因みにだが、蜀の奴らは微塵も領土問題には言及していない。

つか、それを知ってるのかどうかだ。

しかし、商人としてけじめはつけておきたいことでもある。


「周知の通り、北は袁術、南は劉表で、荊州一帯を治めておりましたね」


『っ!』


「えぇ、そうね」


袁術ってワード出しただけで睨まれたんですが。

どんだけ嫌われてんだよ。


「雪蓮様はその二人を撃破し、両人の領地を呉の領地としたわけですが。……本当に、両人で荊州全体を治めていたかと言うと、疑いの余地があります」


「なっ!」


ここで、――よく耐えた方だと思うが――声を上げるのが一人。

いくら器が大きかろうと、王とするにはまだまだだな。

主に腹黒さ的な意味で。


「否定はしないわ。けど、かと言って蜀の領地とする程の理由があるわけではないでしょ?」


「それがですね、……実は、先代の益州牧の劉焉殿が治めていたそうなのですよ。税の徴収票が残っているそうで」


「でも、結局は先代が、でしょ? しかも、益州牧が他の州の地に手を出してるのもどうかと思うわね」


まぁ、所詮は屁理屈だ。

しかも、税の徴収票のことなんて、蜀の人間は知らねぇんじゃねぇかな?

俺は知ってるが。


「まぁ、私としてはどちらの領地だろうが良いんですよ。重要なのは、その地にある馬印の店が困っているという二重徴税さえ改善していただければ」


「っ! きさ――っ!」


(抑えて下さい、蓮華さま!)


(これ以上、黙っていられるか!)


(それでもですー!)


いや、聞こえてるからな。

別になにを言われようが構わんけど。

どっちにしても、店だけ特例で徴税なしになるわけじゃないから、いずれその地全体の決着がつくことになるんだし。


「要望はわかったわ。かといって、呉の民を見捨てるわけにもいかないの。だから、責任をもってこれからも私たちが治めていく、というのでどうかしら?」


「それでは堂々巡りでしょう。蜀も同じ言い分なのですから」


実際、その地に住む者たちの過半数は蜀寄りだ。

割合としては、蜀が5で呉が3、どちらでもよいが2。

蜀と呉の首都からの距離を考えた分、それぐらいの差は仕方のないことだ。

建業からだと、1日2日じゃ帰ってこられん程の距離があるからな。

しかも、それなりに月日は経ってるものの、荊州の者たちからすれば、呉は侵略者に変わりはない。

袁術とは違い、劉表に別段失策はなかったわけで、不満を持っていた者は少なかったのだ。

つまり、別に呉の統治には不満はないが、信頼度があまり高くないということ。

まぁ、建業の街でするように、そこでも雪蓮が同じようにすれば、一発で解決できる問題なのだが、またも距離がネックなのだ。

……劉表を倒した後にそれなりに慰撫はしたんだろうが、それだけで足りるはずもない。



「雪蓮」


「えぇ、そうね。とりあえず、保留にしておくわ。少し考えさせてもらうわ」


「雪蓮姉様! 蜀などの要求を飲むと言うのですか!?」


「そんなこと一言も言ってないわよ、蓮華」


「同じことです! 荊州は呉の領地であり、一考の必要もないはずです!」


「それはそうかもしれないけど。そうやって強引に推し進めても、解決するのは表面上でしかないの。分かるわね?」


「…………はい」


内輪もめは、俺が帰ってから存分にやってくれや。

で、キッ!という感じで俺を睨むんじゃない孫権。

蜀に組みする者め!みたいな感じで睨むんじゃない。

蜀で働いているかを知ってるのか知らんが、今は商人として来てんだから。


「あ、そうそう。蓮華の言う通り、こっちは荊州全域は私たち呉の領地という認識なのよ」


「そうでしょうね」


俺も、強引にねじ込んだ自覚はあるしな。


「そ。だからね、陽。そっちが主張するなら、証拠を直に見せて欲しいの」


「……つまり、徴収票を持ってこいと?」


「いいえ、持ってこさせるの。陽は人質ね」


「…………」


うぉい。

それはないだろ。

しかも、明らかに対等での要求ではない。


「……いくらなんでもそれは。過去の物とはいえ、機密扱いのはずの物。易々と渡すとは」


「それじゃ、蜀将の末席に身をおく孝白の首が飛ぶだけよ?」


いや、待て待て。

それはおかしいだろ。

つか、俺を殺してみろ。

蜀が動かなくても、個人で殺しにくるぞ。

主に恋人と両腕が。

いや、マジで。


「不条理が過ぎやしませんか? 人質に、機密事項の閲覧、証拠ということは本物の提示。つまりは、もみ消すことも可能ということになります」


「これでも譲歩してるのよ? こっちから使者を出しても蜀は警戒するでしょうし」


「それはそうですが」


所詮は過去のものだが、機密事項を敵国に渡すのはどうかと思うだろう。

それに、いつ捨てられるか分かったもんじゃない。


「……こういう事態に、商人である私の出番では?」


「それはダメよ。だってこんなに面白そうな相手、逃すはずないでしょ?」


「…………ざっけんな」


「今、何か言ったかしら?」


「いいえ、別に何も」


いかんな。

思わず口が悪くなってしまったようだ。

いやね、敬ってもいない奴に敬語って難しいね!


「ふむ。……これ以上、この話には私の出番がないようなので、次の話に進みませんか?」


「それもそうね。それで、話って何?」


「その前に要望が少しありまして。……元主関連の相当な私事なので、場所を変えていただけると嬉しいのですが」






   ★ ★ ★






Side 三人称


そんな感じで、中庭に移動した陽と、呉の王及び重臣たち。

移動させることになった当人もこれには申し訳なく感じているらしい。

そうは言っても、呉の中枢の者たちに宛てた牡丹からのものなのだから仕方がないと割り切ってはいるのだが。


「それで? 牡丹さんからってのは何かしら?」


「えー、ここまでこさせておいて申し上げにくいのですが、手紙、ですね。しかも、私に読み上げろとのこと」


そう言って、非常にめんどくさそうに眉を顰める陽。

それを見てむっとするのは呉の重臣たち。

わざわざ付き合ってやった側の呉の重臣たちからすれば、彼の態度は気に障るものがあるだろう。

しかし、彼には彼なりの事情があった。


「いやですねー、……これが非常に目が滑るんですよ。とりあえず読み上げますね、牡丹仕様で」


「「「「…………」」」」


何故だかとても嫌な予感がした面識のある4人――雪蓮、周喩、黄蓋、そして程普だった。






「『はっあーい! 皆、元気かな? 私は死んじゃったよ、てへ☆』」


『…………』


てへ、じゃねぇだろ!

と、皆は突っ込みたくなるのをグッと堪えた。

実際は今で言うところの白文の書面であり、本当は『はっあーい』とか『てへ』などとは書かれていない。

完全に陽なりのアレンジなのだが、面識がない者でも牡丹の人となりがわかる出だしであることは確かである。

……因みにだが、『はっあーい』=『こんにちは』、『てへ』は原文に全くない。


「『そういえば私と言ってもわからない子もいるわね。今更だけど自己紹介するわ。私は馬騰寿成。雪蓮ちゃん、れ――っと、"仲謀"ちゃん、しゃ――、"尚香"ちゃんの両親と、そこのおっぱい星人"公覆殿"の友達よ』」


「「「ぶっ!」」」


『……っ!』


「誰がおっぱい星人じゃ! 貴様の乳も堅殿の乳も変わらんかったじゃろうが!」


手紙には真名で書かれてあるので、細心の注意を払いつつ陽は続きを読み上げる。

そんなところに気を配りながらも少々アレンジを加える辺り、淡々とこなしつつも結構楽しんでいるようだ。

……因みにだが、『おっぱい星人』は『爆乳人』と書かれていたりする。


流石のおっぱい星人発言には堪えられなかった3人は吹き出し、我慢はしているが肩を震わすのが先の3人と黄蓋を除く者たち。

何か非常にバカにされた気がした黄蓋は、自分だけでないと突っ込みを入れた。


「『そう書くと、「儂だけではなかろう!」とか言いそうだから書くけど。「一番でかい癖に、男は寄ってこないのよね〜」「ジジくせぇからな、アイツ」って会話が、"文台殿"といつも展開されてたからね?』」


「「「……ぶはっ!」」」


『……っ! ……っっ!』


「何故言ったことがわかる! それに誰がジジくさいか! 堅殿も余計なお世話というものじゃ!」


どうやら黄蓋は地雷を踏んだらしい。

陽も、突っ込みがなかったら読まないつもりだっただけに、余計な地雷を運悪く踏み抜いていた。

その威力は思いの外強いらしく、皆は最早隠せないレベルで笑ってしまっていた。


「えぇい! 一体何がそこまでおかしい!」


「だって、祭、ぷっ、あなたジジくさいって!」


「ホントのことだからしょうがないけど、ぷふっ!」


「私より先に祭が言われることになろうとはな」


皆して笑うことに怒りを露わにする黄蓋。

対して堪えられずツボに嵌った雪蓮、孫尚香、程普がそれぞれの見解を述べる。

陽からでも、肝っ玉とか男勝りな快活さとかが垣間見えていたので、常日頃接している者たちには効くことなんだな、と淡々と思った。


「続けますねー。『自己紹介はそれぐらいにしておいて。まずは雪蓮ちゃん、貴女は今まで通り。ありのままで、呉を導くと良いわ。言われなくてもわかっていると思ってるけどね』」


「勿論、重々わかってるわ」


牡丹からのメッセージに、不敵な笑みを浮かべる雪蓮。

牡丹からすれば、王器を正しく発揮している彼女に言うことは何もない。

ただ、再確認の為でしかない。


「『次に、"仲謀"ちゃんね』」


「私……?」


「『殆ど面識はないけど、"文台殿"も言ってたように貴女は"文台殿"の王器を超えてるわ。けれども、まだまだ未熟』」


「……っ……」


「『先人たる私からの提案だけど、貴女は目を養うことを勧めるわ。雪蓮ちゃんを見て、読み上げているであろうこのバカを見て、曹操ちゃんを見て、劉備ちゃんを見て。王とは何か、学ぶこと。その上で、自分だけの王を見つけることね』」


「…………」


色眼鏡でなく、本気で孫権に王器を感じているからこその、牡丹からのアドバイス。

それに対して何を思ったかは陽の知るところではない。

ていうか特に何も考えていない。

むしろ、バカとはなんだ、と余計なことを考えていた。


「『続いて"尚香"ちゃんね。こんにちわー、元気かな? いくら江東は暑いからって、お腹出して寝ちゃダメよ?』」


「なんでそんなに子供扱いなのよ!」


「『なんで子供扱いかと聞かれたら、陽から教えてもらった限り、まだ小さいからよ』」


「〜〜っ!」


わざと怒らせているようにしか思えない内容である。

しかも、(陽からすれば)余計な情報を開示したせいで、その怒りは必然的に陽に向けられるわけで。

睨みの効いた視線には嘆息するばかりだ。


「『でも、冗談ばかりじゃあないのよ? そろそろ兆しが見えないと、本当に危ないんだからね? 血筋で慢心せず、自分を磨くことは忘れないこと。勿論、身も心も、ね』」


「言われなくたって、シャオはバインバインの良い女になるもんねー!」


未だに他人とも呼べる関係の陽を前にしてバインバインとか言う者が、果たして良い女になれるのだろうか。

それはともかく、声を張って宣言する辺り、まだまだ子供だなと陽はほのぼのとした気持ちになった。


「『次は"公謹"ちゃんだけど、無理してない? 私も自覚してたけど、女房役の薊には迷惑を掛けてるなー、って思ってたから。雪蓮ちゃん、ちょっとは自重しようね?』」


「あれ? 冥琳へは、助言じゃないようね」


「ふふっ、どうやら違うらしいな。だが、心配していただけただけでも有り難いことだ。どこかの王とは違って、な」


「うっ。……でっ、でも、心配はちゃんとしてるのよ!」


「身を案じるならば、是非とも行動で示してほしいものだ」



自覚があってなおやっていたのは相当タチが悪いのだが、それはさておき。

牡丹からすれば、自分が勝るのは年の功だとか、その程度のことしかないので、かける言葉がない。

而してこのような身を案じる言葉になったのだ。


しかしながら、周喩にとっては必要のないこと。

何故ならば、薊にとっての牡丹と同じように、周喩にとって雪蓮は無二の友であり、恋人。

側で支えられるだけで、これほど幸せなことはない。

そう思えるだけの魅力が、雪蓮にはあるのだから。


「『はいそこ、いちゃいちゃしないでねー。次、いくわよ』」


「「…………」」


「……先程から、まるでそこで見ているかのようにいいよるの」


いつも通りのじゃれ合いみたいなものだったが、何かいちゃいちゃと評されると恥ずかしいものがあった二人は押し黙った。


因みに、この会話のように繋げる技術だが。

ある程度の傾向と対策、多大な勘が含まれており、簡単なことではないと述べておく。


「『"公覆殿"は、まぁ、売れ残らないようにがんばって! その身体を処理しきれる男はそういないと思うけど!』」


「余計なお世話じゃ!」


牡丹は一々彼女を怒らせたいようである。

しかし、伴侶のような者がいる雪蓮と周喩、過去形ではあるものの、その者との娘が三人もいる程普には笑い話だが、他の者は若干の危機感を抱いていた。

……婚約者とも呼べる恋人がいる為、話に全く関係のない陽は、処理って言うなよと冷静に突っ込んでいたが。


「『次は"徳謀殿"ね。こんな形だけど、元気してた? 結局、七年前に会って、それきりだったわね』」


「……もう、そんなに前になるのか」


「『私も死んで三傑は全滅、風の噂じゃ徐晃も死んでるって話で、残るは貴方一人。時の英雄、三傑に三雄も形無しね』」


「悲しいことに、な」


少しばかり物憂げな様子で微笑みながら、程普は呟く。

伴侶も友も当時の仲間も。

仲の良かった者たちの殆どが先に逝ってしまった。

気の置ける程に親しく当時の者たちの中で、残るのは黄蓋や薊、一回り違うが山百合ぐらいのもの。

しかも、内二名が敵方にいるとなれば、こんなに悲しいことはなかった。


「ねぇ、パパー。三雄ってなに?」


「そうか、シャオは、……というより皆も知らないのか」


「そうであろうな。二人が勝手に言っておっただけであるからな」


いち早く気付いた孫尚香が、気を紛らわせさせるついでに気になったことを率直に尋ねる。

対して解答を知る二人は揃って苦笑した。


「尚香殿の問いですが。三雄とは、三傑に仕えた(ゆう)、という意味を込めて家の元主が勝手に造語したのです。三人の(おす)、という意味もあり、阿呆でも考えられる掛詞になっております」


『…………』


陽の言ったことは間違いではない。

だがそれは、牡丹が若干面白おかしく脚色したものに過ぎなかった。

しかし、もう少し詳しく語るとしよう。


三人が三傑となって一年程経ってからの話だ。

三傑となれたのは、兵や将たちのお蔭ではあるが、最も側で支えてくれた者たちがいてくれたことを知って欲しい。

その願いを込めて、その男達を三雄と名付けようと牡丹は提案した。

……その頃には既に孫堅の性格に毒されていた彼女は、陽の言った、阿呆な掛詞を考えていたが。


しかしながら、三雄を広めようとする動きに一人は賛成したが、もう一人は反対だった。

前者は孫堅で、後者が曹嵩である。

孫堅は言わずもがな、牡丹と同意見で賛成だったし、本当のところは曹嵩も賛成したい所だった。

だが、色々な事情が混み合ったせいで、その頃には三雄の一角を担う筈だった徐晃は彼女の下を去っており。

自身のせいで――実際は家のせいなのだが――野に下ったと責任を感じていた為、有名になることでの不都合を彼に与えたくなかったために反対したのだ。


結局は名が広まってしまったのだが、三雄という名称が広まらず、裏話を知る者のみ知る事となったのであった。


その場に共にいた黄蓋と程普は、また牡丹がふざけたかと苦笑し。

仮にも主だった者を阿呆呼ばわりして良いのか、と他の者たちは一様に思った。


「続けますね。『今更どうこう言うほど柔じゃないだろう貴方に一つ。私が言えるようなことじゃないけど、三人娘が男連れてきて、「私、この人と結婚します」って言われて絶望するまで死んじゃダメよ?』」


「はっはっは、これは死ねないな。意地でも長生きしなければならん」


笑っているが、目は全く笑っていなかった。

どうやら可愛い娘たちをみすみす渡すつもりはないらしい。


「『どうせ親馬鹿発言してるだろう"徳謀殿"はおいといて。面識のない子にはより余計なお世話かもしれないけど、人生の先輩として書いておくわ』」


『…………』


面識はなくとも、相手はかの有名な三傑の一角。

黙って聞き入れることにした。


「『誰もが人の子で、完璧な人間なんていないの。だから、友と仲間と臣と、家族と支え合っていくこと。そして、最も大切なのは人生は楽しむこと。うだうだ悩んで損するなら、楽しんだ方が得だもの』」


「……月渓」


「あぁ。孫堅様に説かれた言葉とほぼ同じだな」


二人が言うように、これは牡丹自身が実際に、孫堅から投げかけられたことだ。

友も仲間も臣も、そして家族さえもいたのに、一向に頼ろうとしなかった牡丹には、酷く心に響いたものだった。

更に言えば、この言葉で成公英と結ばれ、三傑となり、女らしさを目指す彼女が生まれたのだから、これほどアドバイスするにはうってつけのものはないという気持ちで書いたのだろう。

そう思った黄蓋と程普は、自分たちの主をまた誇りに思った。


「『言えることはこれぐらいかな。あとは、生きてるうちに墓参りできなかったことを謝罪しておきます。返事は本人から聞いておくね』」


「…………なんだか凄く軽い会話で済みそうな光景が浮かんだわ」


「……私もだ」


「実際、二人は軽いですからな」


「酒盛り中に、ふと、といった感じにもなりそうだ」


『……?』


どちらとも面識のある3人は雪蓮に同意見だったが、片方、もしくは双方に会ったことのない者にはわからなかった。


「『それではさようなら。親愛なる"孫堅殿"の娘雪蓮ちゃん、ならびに家族の皆へ、馬寿成こと牡丹より』」


終わったかと、陽は手紙を閉じようとするが、見にくいところに明らかに付け足したような一文を発見する。

チラ見で、なんとなしに見ただけだったので、気付くと軽く声に出していた。


「『追記。我愛ヤ、……ン』」


『…………』


「……………………えっと」


酷く生暖かい目線を送ってくる者たちとジト目の者たちの前に晒されながら、陽は、これまでにないほどの冷や汗をかいていた。

非常に唐突な、かつ、この場においてはとんでもなくタイミングの悪い一文で、ツッコミの言葉さえ出ない。

それは仕方のないことだろう。


何故なら、呉の者たちに宛てた手紙なのに、自分への愛を囁かれていたのだから。


……因みにもう一度補足しておくが、先にも述べたように、牡丹の手紙は勿論白文である。

そのまま読み上げても解釈できるだろうが、しゃべり口調での方が牡丹らしいと、彼が真似していただけだ。

その際、一度文に目を通して変換していたのだが、今は不意に目に入ってきたような感じだった為、そのまま読み上げてしまったのだ。

それが、まさか自分へのメッセージだとは思うまい。


……因みに因みに、ヤン=陽である。


「……ふぅ……。あ・の・ク・ソ・バ・バ・ァ!!」


『……!?』


陽の尤もな怒りに、呉の皆は二重の意味で驚く。

基本的に丁寧な物腰だったのに、瞬間に口悪く殺気立ったとなれば、驚くのも無理はないだろう。

その殺気の質にも、尚驚いたのだが。


「最後にとんでもねぇことやらかしてくれやがって! ……次に会ったらぜってぇ地獄に叩き込んでやる」


『…………』


地獄がなんだかわからないが、陽の怒り具合から、さぞ恐ろしい場所であることがなんとなくわかる。

それにどん引きする者もいたが、数人は死なないと会えないだろ、と冷静に心の中でツッコミを入れていた。

……勿論、彼は死んだ後を想定して言っているのだが。











陽は語る。


「なんなんだろうね、牡丹は。俺への心象良くしたいのかしたくないのか。……面白がってるだけだろうなぁ」




拙いな~、と自分でも凄く思える一話。


いや、なんだか凄く忙しくて。

なんだかぜんぜん書けなかったんですよね。

書きたいけど書けない、すると書く気がなくなってくるというデフレスパイラル。

これがスランプかっ!?





とりあえず、本編の裏話を


「あー、飽きるほど飲んでるのに飽きないわねー」


「毎日は飲み過ぎだろ。……今日は芋かよ」


転がる瓶の数とラベルを見て、そう漏らす牡丹。

芋は癖があり、彼女はあまり好かないので、いつものテンションの高い酒盛りにはならない。


「いーのいーの。別に死んじゃってるんだし、身体に気を使う必要もないしー」


「そこには同意見だがな」


別に体調がどうとか今更なのに、牡丹には酒を控えさせる者が二人もいる。

そのため、自由に飲めない彼女は王蓮(孫堅)に深く賛同する。


「……あぁそうだ。死んでると言えば、墓参りにいけなかったのは悪かったな」


「やーねー。今更言っても遅いし、そんな気遣いいらないわよ。私と貴女の仲でしょう?」


「けじめだよ、けじめ。一応、墓の前で悼んでやれなかったことに対してのな」


「あらやだ。またイケメンな発言だこと」


「イケメン言うなし」


悪い気はしないが、一応女である。

男への褒め言葉に、少しは反応してしまう。

……白狼の前ではまさに乙女なのだが。




「イケメンと言えば、お前も陽も、あの一刀って奴も爆発しろ」


「何故爆発しないといけないのかな?」


「やさおでイケメンとか! ワイルドなイケメンとか! 妬ましい!」


「謂われのない恨みを買っているようなんだが……」


眉をハの字にして、困ったように笑う白狼。

彼からすれば、そういうお前もイケメンだから、と言いたい。

だが、言ったところで信じないのだ。


「俺もイケメンになりたい」


「あら。どうしてかしら?」


「だってよ、イケメンってだけでもモテるし。ハーレムだって夢じゃ――」


「……良い夢を。さようなら」


「――うべらっ!」


結局、イケメンがどうと言っていた男は、誰にひっぱたかれたかわからないまま連れていかれた。




「蘭華さん、容赦ないですね」


「仕方がないだろうね。嫁さんがいるのにそんなこと言うから」


「お前らもあんまベタベタすんなよ、白狼に菊菜」


「嫉妬ですか。愛されてますね」


「全くね」







おしまい☆

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