第七十八話
すいません。
昨日にあげるはずだったんですが、想定より長引きました。
理由はあとがきにて。
「あぁあぁぁぁあぁっ、……見つけた。やっと見つけたっ。私の愛しい愛しい息子。うふふふ、うふふふふふっ……!!」
Side 三人称
日も昇らぬ早朝……。
陽の1日は早い。
蒲公英と寝ていようとなかろうと、早い。
ぶっちゃけ、一緒に寝ていない日は殆どなく、にゃんにゃんするのはその中の5日だという事実があるが、割愛する。
排卵日前後も一緒に寝ていないというのも割愛して。
そう幾度となくヤっていては迷惑だと思われるだろうが、夢のマイホームを手に入れた陽には関係のない、ということも割愛して。
昨日はしっぽりヤったので、色んな体液で汚れた身体を清めることから始める。
昼か夜かはわからない疲労を回復する為に眠る、一糸纏わぬ姿の蒲公英の、上下する胸に劣情を感じながら、床を出る。
この家は城壁内にあるが、民家からは少し離れた位置にあるため、人の気配はすぐにわかる。
それが無いことを確かめた上で、陽は庭まで足を運ぶ。
そこまで警戒する理由は、勿論自身の背にある。
事後、そのまま眠った為、陽は未だ裸だ。
別に過度に隠そうとは思わないが、見せたくないのも事実。
それならば服を着ろと言うだろうが、今の状態で服を着るのは嫌だった。
そのまま庭に出た陽は、そこにある井戸に向かい、水浴びを行う。
この一連は習慣の為、手拭い二枚と下着、それに安物の上下服が周到に用意されていた。
水浴びと着替えを終えた陽は、これまた用意されている桶に水を汲んで、もう一枚の手拭いを持って、寝室に戻る。
お分かりだろうが、蒲公英も清めてやるのだ。
「……ぁん……っ……」
「…………(頼むから声を出してくれるな……っ!)」
時たま洩れる蒲公英の艶めかしい声や、白くきめ細かい肌、柔らかな肢体の感触や肌触り悶々としながら拭き終えた陽は、敷き布団のシーツだけを抜き取って、そのまま寝かせておく。
起きるならそれで良し、起きなくても、登城する半刻前、朝餉の前に起こすだけだ。
本日は起きなかったので、額に軽くキスをして、また寝室を出た。
基本的に、いつもの早朝鍛錬は西涼にいたころから殆ど変わっていない。
寝室から庭の井戸へ行き水浴び、そこから寝室に舞い戻り、蒲公英の身体拭き。
起床から鍛錬開始の間にこの一連の動作が増えただけだ。
しかし、内容は大きく変わっている。
基礎は勿論やるのだが、鍛錬の時間の半分を占めていたそれが、西涼にいた時の半分になっていた。
その分増えたのが、刀の、厳密には示現流の剣術鍛錬だ。
『ユスの木を適当な長さ、太さに切り、蜻蛉から袈裟斬りと逆袈裟を立木へ交互に打ちつける』
というのが本来の鍛錬方法だが、生憎ユスの木がどれかもわからないので、愛刀を同じように振るっているだけであるが。
兎も角。
そんな訳で、陽の鍛錬は基礎に始まり、剣術、槍術、拳術と続き、一拳二足一刀のケン術による演舞によって終わる。
配分は、二割五分、三割五分、二割、五分、一割五分といった具合だ。
拳術が少ないのは、前世に置いてきぼりにされていた鈍った剣術を取り戻すより、五年程度しか振るっていない槍術より、極みの位置まできているから。
3つになるころから見取り稽古をしてきたそれは、既に自分のモノに出来ていた。
鍛錬を終え、汗を適当に拭き終えると、朝餉の準備だ。
といっても、殆ど昨日の夜の時点で仕込みは終わらせている。
米に、お吸い物に、お新香に、鱗を取った鮎二匹ずつ計六匹。
ぶっちゃけ、火を掛けて、煮沸させたり炊いたり焼いたりするだけの、超日本食なラインナップ。
これを作る度に思うのが、醤油と味噌は早く作ろう、である。
★ ★ ★
「おっ、今日も日本食ってやつだな。素朴な感じが美味いんだよなぁ」
「邪魔するとか、おはようとか、挨拶してから入ってこいよ」
「いいじゃんか、家族なんだしさ」
「よかねぇよ。あと、毎度言うが玄関から入ってこい」
今でいう所の午前六時半頃だろうか。
開口一番、不毛な言い合いをする陽と、いつも通り朝餉を食いに来た翠。
朝、夕は基本共に食べるという馬家の習慣――所謂、牡丹ルールである――によるところであるため、来るのは構わない。
だが、庭から入ってくるのはやめてほしかった。
なんだかんだ、前世の武家屋敷のような北郷家が好きだったので、古風の家にしたのだが。
(※サ〇エさん宅を想像してください)
せっかく玄関があるのに、庭側の窓っぽいところから翠が入ってくるのだ。
(※サザ〇さん宅の、いさ〇か先生宅に面してる所を思い出してください)
「善処するよ。それより、蒲公英は?」
「……呼んでくる」
ぜってー直す気ねぇだろ。
と思いつつ、蒲公英を起こしにいくことにした。
「…………」
「ん〜〜、っと。あ、お兄様。おはよ」
「…………oh」
「お兄様?」
「…………はっ! あ、うん、おはよう」
なんと言えばいいのだろうか。
陽は、蒲公英を愛しているが、未だ恋もしている。
ドキドキさせられる対象だ。
一糸纏わぬ姿も、揺れるおっぱ……ゲフンゲフン、乳房も見慣れたはずのものだが。
片腕を伸ばし、もう一方の手でその腕掴み、胸を張って背を伸ばす仕草に思わず見とれてしまっていた。
背を反り胸を張ることで強調されたおっぱ……ゲフンゲフン、おっぱい!
背が、垂直に戻った時に、反動で弾むおっぱい!
一瞬、言葉を失う程に見とれてしまったいたのだ。
どもった陽を、蒲公英は見逃さない。
注がれる視線の先に気づくと、恥ずかしそうに胸を隠す。
別に今更の為恥ずかしさなんてないが、そこは悪戯心である。
「やん、もうっ、お兄様のえっち!」
「……つい見とれちゃってな、すまん」
「ふふっ、いいよ♪ それより、もっと、見・た・い?」
先程とはうって変わって、嗜虐的な笑みを浮かべる。
対する陽の答えは……。
「あぁ、見たい」
「素直だねぇ〜。でも、そんなお兄様も大好き」
「おう」
この男、一定の線を越えると、やはり冷静になれるようだ。
★ ★ ★
「じゃ、お兄様。先に行ってるね」
「あぁ、今日は調練からだったか」
「うん。でも、朝議も出るよ」
「……どっちでもよくね?」
朝餉を終え、食器を洗う陽に声を掛ける蒲公英。
完全に主夫なのはさておき。
朝議は、正直言って必要ないレベルの会議でしかない。
今日の全体的な予定と、緊急度が高くはないが、伝えておきたいぐらいの内容しか話さないからだ。
人づてに聞けばいいことばかりなので、わざわざ出席する必要はないのだが。
「それがねー、朱里に呼ばれちゃったんだよね」
「あららー」
「言っとくけど、多分お兄様関連なんだからね!」
「……大体予想はつくが」
蜀国の朝議で、蒲公英に自身の事をと言われたら、陽に思いつくのは一つだけ。
さっさと功績をあげて昇進しろ、ということ。
蜀のトップの軍師として、いつまでも特別扱いという訳にもいかないのだ。
ただ、彼にとっては関係ない。
元はと言えば、特別扱いしてきたのは蜀である。
それに、蒲公英隊の副長という俺得すぎる職場をみすみす手放すはずがない、とは彼の心の内だ。
「おーい、蒲公英ー! おいてくぞ」
「待ってよ翠お姉さま! また後でね、お兄様」
★ ★ ★
陽の仕事はと聞かれると、大したことはない。
たった一つの隊の雑務と、どうしても手の回らない政務の手伝い程度しかないからだ。
個人的な情報収集を含めても、かかって三刻程度。
だから陽は、焦らず登城することができる。
……実際は、常人では三刻で終わらせられないのだが。
本当に急用がない限り、陽はこの時間に食材を買ったりと、街を歩く。
現代でいうところの午前八時前の為、既に店を開いているところが多い。
「今日は、何にしようかねぇ」
完全に主夫な発言だが、それはそれとして。
「今日は何をお探しですかい、馬雄様」
「北からの物はないか?」
「ありやすねぇ。生きのいいのが八十も。三月も経てば、百に届きやすぜ」
「そうか。…………(うかうかしてられんか)」
情報収集もまた、この時に行うことも多い。
★ ★ ★
「そろそろ、行くか」
必要なものは買い揃え、家に持って帰った陽は、やっと登城することにする。
非常に悠長なものである。
しかし、今日の場合だけは悪手だった。
「陽!」
「……ッッ!! 誰――っ!」
「会いたかった! やっと会えた逢えたあえた!! ようっようっ陽っ陽っ陽っ!!」
「なっ、んだ、テメェ! クソが、離れやがれっ!」
すぐ後ろで真名を呼ぶ声に振り向けば、突然に抱きついてくる女性が一人。
しっかり背に手を回しているため苦戦したが、引き離すことに成功する陽。
「おかしいわ。私を拒否するなんて。反抗期かしら。いえ、恥ずかしがっているのね。可愛いわ」
「…………」
勝手に自己完結しだしたその女性から、陽は距離をとる。
理由は非常に簡単。
自分より強いことが分かったからだ。
五感に優れ、自分に対するモノを感じとれる陽に、死角は九割九分九厘存在しない。
気配を絶ち、後ろから近付く者がいようと、背にささる視線を捉えられるのだ。
絶対はないが、それでも声をかけられるまで気付けないなんてことは、陽にとってはありえなかった。
「ごめんね、陽。いきなり飛びついたのは謝るから。そんな顔しないで」
「…………」
「陽?」
「……っ……!」
そんな謝罪に耳を貸すことなく、陽は相手の一挙手一投足まで観察する。
そこで彼は、初めて女性の顔を見て、驚く。
流れるような白髪は腰あたりまで伸び、大きく揺らぐ瞳は潤みを帯びている。
鼻は高く、口元は不安気に結ばれ、眉は細くハの字を書いていた。
美女というより、美少女と言える容姿をしていた。
ただ、驚いたのは、美少女の容姿にではない。
どこか、面影のある顔立ちに、である。
「陽? どうかしたの? お母さん、何かした?」
「………………は?」
それは、予想外の言葉だった。
★ ★ ★
「一体、どういうことだ」
「そんなに驚くの? 私はすぐに気付いたわよ。私の陽だって」
「……っ……。どういうことだって聞いてんだ」
私の、というところに引っかかりを覚えたが、話が進まない事を嫌い、続きを促す。
対する陽菜は――姓名すっ飛ばして真名を教えてもらった――少し悲しそうな顔をする。
自称母親を名乗っているため、息子に素っ気ないというか、冷たい態度をとられてはそんな顔もするだろう。
「えっと、ね。私は本当に貴方の母親よ。赤ちゃんの時は綺麗な黒髪だったわね。でも、私の白髪が移ったのかしら」
「……で?」
「……っ……。……本当は、私の手で育てたかった。でも、貴方を死なせたくなかった。だから、貴方を置いていった。貴方は秘匿の存在だったから、私といなければ、狙われないから」
「…………」
頬杖をつき、あくまで話を聞くだけの冷たい陽。
それに悲しげな目をして話を続ける陽菜。
内容もまた、彼女には辛い思い出である為、顔を伏せる。
しかし、秘匿しないと狙われる身分か。
と、陽は自分を嘲う。
つくづく、いかれてるなと思いながら。
「捨てられた経緯はわかった」
「……っ! 捨てたなんて!」
「そこは、どうでもいい。聞きたいのは、今更何の用だってことだ」
皮肉はこもっているが、あくまで陽は、淡々と話を続けようとする。
耐えられなくなったのか、肩を震わせながら俯く陽菜。
この程度か。
と、陽が思った瞬間。
「ぷっ! あははっ!」
「……なんだお前」
「息子に蔑まれて泣くなんて、ぷふっ! ないない。これはないわー」
「……なんだお前、と聞いている」
「あら、陽ちゃん怒っちゃった? やだもう、こわーい。くふふっ!」
「…………」
突然の豹変に、陽はついに言葉が出なくなる。
対する陽菜は、何が面白いのか、ずっと笑っている。
二人がいるのは朝の茶屋の為、客は少ないが、いないわけではない。
笑い転げそうなぐらいの陽菜に、客は怪訝そうな顔を向けた。
「あー面白い。……気持ち悪い視線を向けるな、ゴミ屑共」
「なっ! おい、やめろ!」
一転して、冷酷な表情に変わった陽菜。
その目を間近見ればこそ、何をしようとしているのかが分かり、陽は慌てて止めようとする。
しかし、そんな彼の言葉は届かない。
凶悪なモノを解放した陽菜。
店内に放たれたソレは、この場の陽以外の人の意識を簡単に奪った。
まるで、畑に生えた雑草を刈り取るように。
「うふふ、流石は我が子。これっぽっちも効いてないわね」
「……なんなんだお前」
「何って、わかっているでしょう? 聞き分けの悪い子は嫌いよ」
わかっている。
本当にこの女が、自分の母親だということは。
店内に放たれたモノ――殺氣は、自分のモノと質が同じだったから。
それに、言葉にも態度にも、息子に向ける愛情が明確に感じられている。
それは否定できない。
しかし、何かが違うとも感じていた。
「あぁ、そうだ。何の用だ、だっけ? 決まっているわ。迎えにきたの。一緒に暮らしましょうって」
「……なに?」
「母親と息子が一緒に暮らすのって、そんなに不思議かしら?」
ニコニコと、周りの惨状を作り出した者が、場違いに微笑む。
その姿はどこか似通っていて、気持ち悪かった。
「迷ってる? 迷ってるでしょう? 天涯孤独と思ってたのに、血族が、母親が現れたんだもんね。びっくりするわよね」
「…………」
「でもいいわ。可愛い可愛い私の息子の返事なら、いくらでも待ってあげる」
陽菜はその場で立ち上がり、陽の頭に手を伸ばす。
抵抗するはずが、身体がいうことを利かない。
そこで、陽は理解する。
知らぬ間に、気圧されていた、飲まれていたのだと。
「ふふ、何年ぶりかしら。柔らかい髪。凛々しい目つき。白銀の瞳、あら、眼帯が邪魔ね。よいしょ。……ほら、目を開けて。うん、いいわ。その黒の瞳。あら、眉間に皺が寄ってるじゃない。楽にして。ほぐしてあげる。そう、委ねて。……これでいいわ。うん、かっこいい。相変わらず、ほっぺはすべすべね。お母さん、嫉妬しちゃう。でも許しちゃう。だって、可愛い息子だもの。あ、そうだ。初めての唇、貰っていいわよね。……ん、柔らかい。もっとしたいけど、我慢するわ。そういえば、抱き付いてみて思ったけど、結構鍛えているのね。邪魔にならない筋肉ばっかりで、無駄がないわ。鍛え方、上手いのね。あ、そうそう。背の刺青、どうかな。ここまで大きくなるのを想定して彫った龍なんだけど。綺麗にできてる? 今度見せてもらうわね。下世話はどうしてる? ちゃんと抜いてる? 溜まっているなら、母さん抜いてあげるからね。遠慮しなくていいわ。……あぁ、それにしても、可愛い。抱きしめていいわよね。だって息子だもの。……ぅん、暖かい。ずっと、この暖かさを感じたかった。幸せ。凄く幸せ。最上の幸福よ。神なんて信じてないけど、今日だけなら感
謝してあげてもいいわ。陽と会わせてくれてありがとう。もう何もいらないわ。陽さえいれば、何もいらない。だからお願い、私と一緒に来て。一緒に暮らしましょう。今までの分、精一杯尽くすわ。だから、ね? 一緒に生きましょう?」
語り終えるまで、何もしなかった、出来なかった陽。
だが、動けるとわかると、引き離すよりも先に、陽菜の背に手を回すことにした。
すると、陽菜はビクッと肩を震わせ自分から距離をとる。
「なっ、何?」
「あぁ、いや、何でもない」
「そ、そう」
陽からすれば、予想通りの反応だった。
押し付けがましい愛情で、向けられる愛情にはあまり慣れてない。
そんな気がしたのだ。
「ま、まぁ、いいわ。私と一緒に行きましょう」
「…………」
「言うことが聞けないの?」
冷静さを取り戻した陽菜は、陽に手を伸ばす。
しかし、彼はその手を取ろうとしない。
そんな息子の反応に、彼女は顔を歪める。
「……時間が欲しいんだ」
対する陽は、目を逸らして答える。
それは時間稼ぎでなく、本気で悩んでの言葉だ。
勿論、彼にとっての母親は牡丹一人。
血のつながりはないが、家族として、母親として育ててくれた恩は大きい。
だが、それでいいのか。
血は抗えないようで、どこか母親と認めている心がある。
「そう。わかったわ」
「…………」
「私はここにいるから。返事は速めにね」
そう言って今でいう住所らしきものを書いた紙を渡すと、すぐに立ち去る陽菜。
伝えたいことは伝え、結果はすぐに出ないと悟ればこその行動で、無駄を嫌うところは自分に似てるなと思った陽だった。
★ ★ ★
Side 陽
「どうかしたの?」
「…………」
「お兄様っ!」
「――っ! あぁ、蒲公英か」
「あぁ、ってなに? ずっと呼んでたんだよ?」
マジか。
蒲公英の声にも気づかないなんて。
相当久しぶりじゃないか?
こんなに悩んでるのも。
「ごめん。ちょっと悩んでたんだ」
「結構重い?」
「まぁね」
人を感知できないぐらい、そっちに集中しているということは蒲公英もわかっているだろう。
話すか迷うが、どうする。
「たんぽぽでいいなら、相談にのるよ?」
「……本気で、重いぜ?」
「大丈夫。一緒に考えよ?」
……バカヤロウ。
そんな顔されたら、話すしかなくなるだろ。
可愛い笑顔しやがって。
しかし、……?
なんか、違和感?
「まぁ、なんだ。……母親と出会った」
「……はは、おや?」
「牡丹じゃなくてな。……産みの親ってやつ? それに会ったんだよ」
「えっ、と……。凄く、言葉にしにくいんだけど」
だろうねぇ……。
「帰ってくるよね? たんぽぽを置いてかないよね!?」
「それはないな」
やっとの思いで一緒になったんだ。
手放す訳がない。
ってか、連れてけるとしたら、嫁だって紹介さえしてやる。
「つーか、まだ行くかも迷ってるとこだし」
「なんで? 久しぶりの再会なんだよ? 絶対行くべきだよ」
「……そうか。蒲公英なら、そう言うよな」
「うん。……会えるときに会った方が、後悔しないと思うから」
物心つく頃には、蒲公英にはもう、母親がいなかったんだもんな。
父親はいたっぽいけど、蒲公英の母親―菊菜―が牡丹に託したから、会うこともない。
同じように牡丹を母親代わりとしてきた俺達だが、本当の母親には絶対会えない蒲公英より、俺は恵まれている。
……ただし、世間一般からすれば、だが。
俺は、今まで親族がいないと思って生きてきた。
血の繋がらない、おやじと牡丹に育ててもらったから、今の俺が在る。
家族という曖昧な繋がりで育てられた俺は、この点で伯母という繋がりがある蒲公英より恵まれてない。
……これも世間一般からすればの話であり、血の繋がらない家族でも、俺は幸せだったがな。
血か、過ごした日々の重みか。
今俺に、そんな二択を提示されてるんだ。
その中で、俺は――――……。
★ ★ ★
「やっぱり来てくれたのね! 嬉しい。嬉しいわ、陽! もう大好き。うぅん、愛してる。愛してるわ、私の陽!」
「……ちょっと落ち着け」
なんというか。
前会った時からだが、愛情度が天元突破してんだけど。
母親って、そういうものなんだろうか。
この母親―陽菜―然り、牡丹然り。
それは兎も角。
まぁ、どっちを選ぶにしろ行くべきだ、という蒲公英の意を聞き入れて、母親(仮)に会いに来た。
提示された場所が案外遠く、しかも国境近くて困った。
余裕を以て、休暇を三日間貰って……奪ってよかったと思っている。
言い換えたのは仕様だ。
何故なら、殆ど朱里ちゃんに許可されてないから。
出かけるから休暇頂戴。
はわわっ! ダメに決まってます!
いいじゃねぇか、いてもいなくても一緒だろ。
貴方の立場がこれ以上悪くなっては困りますぅ!
俺は、一向に構わん。
私たちが困るんですよ!
と、こんな感じで、朱里ちゃんには反対された。
だが、一刀くんに『お☆は☆な☆し』したら、簡単に許可くれた。
……そんときの朱里ちゃんの顔は秀逸だったなぁ。
罪悪感はちょびっと芽生えたから、最低限やれって言われた三日分の政務を、一週間分やってやった。
勿論、一日で。
これだけ出来るのに、なんで普段からやってくれないですか!
って、帰ったらブチギレられるだろうが、まぁいい。
「どうかしたの、陽?」
「いや、なんでもない」
「そう。だったらいいわ」
言うのを忘れていたが、この母親(仮)に最初の時点で抱きつかれていた。
何もしようとしない俺に痺れをきらしたか、心配そうに俺の顔を見上げ、覗き込んできた。
ありふれた、その場しのぎなことを言っただけなのだが、安心したように、母親(仮)はコテンと俺の胸に頭を預けた。
なんというか、可愛さを感じさせる仕草だ。
年の割に童顔で、余計にそれを助長する。
妹がいる者として、つい手が頭に伸びた。
「なっ! 止めなさい! 私が子供みたいじゃない!」
「はいはい」
ところが猛抗議された。
伴って、俺と距離をとった。
慣れてないのか、プライドの問題なのか。
「頭を差し出して謝るなら、今の内よ?」
「…………」
どうやらプライドの問題だったらしい。
嫌な顔をしていなかった気がしてたから、俺―息子―にされるのが嫌だったんだろう。
「ごめん」
「いいわ。許す」
頭を下げてやると、近付いてきて、撫でられた。
まぁ、いいか。
「それで。ここに来たってことは、私と一緒にいてくれるのよね?」
「そのことなんだが、母よ」
「……ちょっと待って」
向かい合って座る俺達。
対面に座る母親(仮)は、両手を胸の中心におく。
何故だか深呼吸もしている。
「も、もう一度、言ってみて」
「……母よ、って?」
「うん。もう一度。もう一度、言って」
「母よ、……母上よ」
「〜〜〜〜っ!!」
そこまで喜ぶのか?
なんつーか、悪い気はしないんだが、なぁ……。
「う、うん。それで? 話を続けて?」
「あぁ。……まず、一緒に暮らすのは無理だ」
「……ぇ……?」
嬉しそうにはにかんでた顔が、一気に絶望したような顔に変わった。
やったのは俺だが、少し罪悪感がある。
「一つ、俺は、蜀で働いている。距離的に無理だ」
「それは知っているわ! 勿論、そう言うなら私は引っ越すわ! 気持ち悪い人間共がいても我慢する!」
気持ち悪い、か。
どんだけ嫌いなんだか。
「ひょろくて軟弱で下品な男と、そんなグズ男さえも立てることが出来ず、自身の強さを誇示する女しかいない漢民族は、大嫌いよ。その血が流れる自分にさえ腹が立つわ」
「…………」
「その点、貴方の父親は良かったわ。私より強くて、気高くて。そのくせ、女の扱いが下手くそでね。ふふふっ」
どうやら、女尊男卑の風習が嫌いらしい。
そこから考えるに、五胡のどこかの種族の奴と一緒になったんだろう。
それで、俺を産んだ、と。
しかし、父親ね。
気になるところだが、まぁ、今はいい。
「母上が漢民族嫌いなのはわかった。だが、理由はそれだけじゃない」
「何? 私に不満があるの?」
「あぁ。そうだよ」
「…………」
スッと、目が細くなる。
凄みを感じさせるが、一度相対した身だ。
別に怖くない。
「俺には、母さんがいるんだ。母上、貴女と違う母親が」
「それで?」
「……母上は産みの母親だ。だが、それだけで母親だと、俺には思えないんだよ」
「…………く、ふふっ。義理の母親? くっ、ふふふっ!」
手で伏せた顔を覆い、笑う。
心底面白そうで、心底馬鹿にしている。
「あり得ないわ。血は抗えないの。義理の母親? 養子? 家族? それは、ただの家族ごっこよ。おままごとしてて、楽しかった? そうでしょうね。あれは子供の遊びだもの」
「…………」
「何年もやってて、よく飽きなかったわね。それだけ楽しかったのね。……でも、そろそろお終いにしなきゃ。陽は、もう大人にならないと」
「……俺は、大人だよ」
親が子を諭すように、優しい声で楔を打ってくる。
しかし、……家族ごっこか。
言い得て妙だな。
牡丹を母親に仕立ててただけなんだとも言える。
自分に優しい環境を、作り上げていただけかもしれない。
だが、どうあっても俺は、牡丹を母親だと言うだろうな。
何故なら、俺を息子と呼んでくれた。
姓も名も、字もくれた。
母親として愛してくれた。
俺に母親が必要なときに、母親としていてくれた。
それだけで、十分だろ。
「……ふふっ。強がるのは子供の証拠。だから私が、大人にしてあげるの。可愛い私の息子だもの。立派にしてあげたいと思うのは当たり前でしょう?」
「いい加減言っておくが、俺はアンタの、じゃない。俺は俺のだ。どっちの母親であろうと、渡す積もりはねぇ」
「うふふっ。何を言っているのかしら。陽は私のモノよ。誰にも渡さないわ。それに、母親は私一人よ。履き違えないで。私の息子でも、許されないことはあるのよ?」
話にならないな。
俺以外に俺を支配するなら、それはもう俺じゃない。
……あぁ、そうか。
どこまでも息子なんだ。
コイツの中の時間は止まっているんだ。
だったら、話すことはもうないな。
俺はもう一人の男。
いつまでも息子なんかじゃないんだよ。
「……母上、いや、陽菜。俺は、やっぱりアンタを母親とは思えない」
「いきなり何を言い出すのかと思えば。母親であることに、息子から許可なんていると思ってるのかしら。陽がなんと言おうが、母親は私なの」
「そうかい。だとしても、少なくとも俺は、アンタを母親と思わない。俺の母親は牡丹だ」
「まるで駄々っ子の言い分ね。少し優しくしてくれたからって、すぐに懐いちゃって。……これは、躾が必要ね」
どこまでも母親気取りだな、この母親(仮)は。
確かに、コイツの言う通り、甘えさせてくれたから、母親として認めたのは間違いじゃないかもしれない。
だけど、それだけじゃない。
それだけで、母親として認めるはずがない。
……なんと言えばいいのか。
多感な時期、所謂思春期に、大抵の子供が反発する相手。
すなわち、母親。
まさにこの時期に、俺の反発心を煽ったのが、牡丹だ。
敵意も悪意も憎悪も嫉妬も苦悩も、全部受け止めてくれたのが、牡丹だ。
それで尚、愛くれたのが、牡丹だ。
どう足掻いたって、俺には牡丹が最高の母親にしか思えないんだよ。
「まぁ、わかってもらおうなんざ思わねぇさ。躾も必要ねぇ。俺はもう、俺として生きてるからな」
「…………」
「じゃあな、母よ。この世に産み落としてくれたことだけ、感謝しておく」
コイツを母と呼ぶのは、その事実に敬意を払ってのこと。
俺の母親は、唯一無二、牡丹だけなんだから。
★ ★ ★
「ふ、ふふふふ。母親に向かってあんな態度、どういう風の吹き回しなのかしら。どうして? 陽は、あんな子なんかじゃないわ。もっと純粋で、可愛い子よ。……誰かしら。私の陽を、あんな風にしたのは。牡丹とかいう、母親モドキ? それとも今いる環境のせい? あぁ、気持ち悪い。あんなグズ共に、染まってしまったのね。……よくも、白くて純粋だった私の陽を、汚い色で染めてくれたわね。許さない。赦さない。ユルサナイ。全部、壊してやる。陽を汚すモノ全て、完膚無きまでに粉砕してやる。それで、私が陽を綺麗にしてあげるの。きっと、たくましい男になるわ。でも、それは少し困るわね。息子に我慢できるかしら。……そうよ、別に、我慢する必要なんてないじゃない。元々、陽は私の一部なんだもの。私から生まれたんだから、私のモノ。一つになることに間違いなんてないじゃない。……ダメよ、私、落ち着きなさい。私には旦那様がいるじゃない。あぁ、でも陽は、旦那様の血を引いた子。そんな息子に迫られて、私は応えずいられるかしら。強引に押し倒されたら抵抗できるかしら。無理矢理犯されているのによろこんでしまわないかしら。いいえ、陽は優しい子。強姦なんてしないわ。むしろ、甘い声で囁いてくるの。母上、俺の初めて、欲しいかって。それで、私はいつかできる嫁の為にとっておけって断るの。そしたら、ごめん母上、俺は母上に初めてをあげたいんだって、そう言ってくるの。……ダメね、こんなおねだりされたら、断れない。そして、私たちは溺れ合うの。行く末には、陽の子を孕んで、もう一度母親になるの。咎人と呼ばれたって構わないわ。むしろ、愛しい愛しい息子とまぐわって何が悪いの? 理解出来ないわ。……あぁ、やっぱり潰さなきゃ。魏? 呉? 蜀? どこも漢と同じ。全部、気持ち悪い。キモチワルイ。弱い男なんて気持ち悪い。強い女なんて気持ち悪い。狂ってる。そんな腐った風習、破壊しなきゃ。親子で愛し合ったらいけないなんておかしな教え、破り捨てないと。私と陽が、一緒にいられるように。私と陽の、邪魔をされないように、ね。うふふふ、待っててね、愛しの陽。私以外の繋がりを、全部絶ち斬ってあげるから。ふふ、ふふふふふふふふっ!」
陽は語る。
「俺を求めてるのは、欲じゃなく、摂理。アレの中の常識で成り立ってる。自分ルールなんていう温いものじゃない」
と
陽の母親はラリってはいませんよ。
マトモ?な人間です。
息子への愛情が強すぎるだけです。
一度、置いていってしまったことへの脅迫観念も効いちゃってますね。
今度こそ、守らないとって。
陽の独占欲は、ここからこぼれ落ちたモノかもしれません。
狂った母親を書こうと思ったら、非常に進んだ。
逆に指が止まらなかった。
「だから、遅れたと」
その通りです。
自分でもびっくり。
「言っておくけど、陽は私の息子なんだから!」
はいはい、相思相愛。
「茶化すな、殺すぞ」
すみませんでした。
「しかし、母は強しと言うが、そうでもない。翠や陽や瑪瑙や蒲公英に何かあったら、俺がどうするか。わかるだろ?」
仮に殺されたとしたら、虐殺しそうですね。
「そうさ。子のことになると、弱くなるのも母親の性なんだよな。あぁ、薊や山百合でも勿論同様だ」
実際、白狼の殺害犯、虐殺しましたもんねぇ……。
「まぁな!」
自慢気に言うなし。
おしまい☆




