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第七十六話



ひゃっはー!

久しぶりの投稿だぜぇ!




と、言ってますが、これ、先週に投稿すべきものなんですよね……自分のノルマ的に。


どうしてこうなった。





「……正義。道理、道義にかなっているさま」


「山百合殿……?」


「……ねぇ、凪ちゃん。貴女は正義とはなんだと思います?」











Side 陽


「ただの言葉だろ。それ以上もそれ以下もない。敢えて意味を付けるなら、大衆を動かせる便利な言葉だ」


もしくは、某奇策士風に言えば、駒だ。

兵や国という駒を動かす駒。


「貴様……っ!」


「人殺しが正義の味方になれるとでも? 道理に反する人殺しという行為を犯す自分たちが」


「くっ!」


人殺しは所詮人殺し。

流石に高潔な正義の味方へのジョブチェンジは無理だろ、常識的に考えて。


ってか、相も変わらず短気だね、愛紗たんは。

そんなに睨まなくてもいいのにな。

俺は俺の考えを述べてるだけなんだからさ。

そう、過剰に反応されると必死に否定したいように見えて、いっそ哀れだ。

それに、正義とはと問いかけたのは星。

同席しただけの身分だろーが。

あ、因みに翠もいたりするけどな。


しかし、どうしてこうなった。

蒲公英とデート中だったのに。

……元凶はあの食い逃げクソやろうだったかなぁ。






   ☆ ☆ ☆






Side 三人称


遡ること数刻前……。


「秘技っ! 双頭書きっ!」


「それ、絶対ふざけてるよね」


「別にふざけてないぞ。速度は変わらんし」


「それをふざけてるっていうんだよ?」


「…………」


ここで説明しよう。

秘技、双頭書きとは、自身が両利きであることを利用し、両手で筆を持ち、二つの書に同時に認める技術である。

これを習得するには、両利き、または利き腕でない手が器用であることと、二つの書を同時に見れる視野の広さが必要不可欠だ。

これが出来れば注目されること間違いなしだ。


しかしながら、陽以外誰もやらない。

理由は四つ。

一つは、左右別々に手を動かすことが大変難しく、ミスが増えることもしばしば。

二つ、ミスを減らそうと慎重になり、スピードが落ちる。

三つ、そもそも視野の広い両利きという特殊な技術を持つ者がいない。

四つ、以上のデメリットを考えれば、普通にやった方がいい。


つまり、宴会芸にでもなれば上等、程度の秘技などいらんということだ。

……陽の場合は、片手の時とかかる時間は変わらない為、宴会芸どころのレベルではないが。


「…………」


かかる時間は変わらない。

ということは、別に片手でも良いということ。

蒲公英にふざけてると言われてしまった陽は、ちょっとしょぼんとして片手に戻した。


へこむなら最初からやるなと言われるかもしれないが、この場合は仕方がない。

何故なら、先の秘技は蒲公英を視覚的に楽しませる為にしたことだったからだ。

非番であった彼女が、仕事を終わらせるのを待っている、待たせているというのが少し申し訳なかった。

その為、半分宴会芸な秘技を披露して場を盛り上げようとしたのであった。

……因みに、蒲公英も急かしているみたいで申し訳ない気持ちだったのだが。




   ★ ★ ★




「お兄様の気持ちも知らないで。ごめんね?」


「おう」


「許してくれる?」


「おう」


「じゃ、でぇとしよ?」


「おう!」


一言であるのにテンションの違いがわかるものである。


兎も角。


無事、本日の全仕事を終わらせた陽は、蒲公英に連れられて街に繰り出した。

いくら一部隊の副官とはいえ、特殊な立ち位置である彼は文官が半日はかかる仕事量がある。

……それを二刻弱で終わらせているというのは出来る者のやる所業だろう。


「ねぇ、お兄様。どこ行く?」


「とりあえず、飯食いにいこう。腹減ったし」


「そだね。じゃ、ご案内よろしくね♪」


「……釈然としないが、まぁいいや」


いつものように、蒲公英は陽の左腕に右腕を回し、手は指同士を絡ませる。

所謂、恋人つなぎというやつだが、陽も違和感を感じることもなく歩を進める。

歩幅を合わせるという徹底ぶりで、だ。


「むふふ〜♪」


「どうしたんだ?」


「こうやって出かけるの、久しぶりだなー、って」


「そうでも……あるか。最近は忙しかったもんなー」


「そうそう。テイとか羌とか張り切っちゃって、嫌になっちゃうよね!」


他愛もない会話をしながら、二人は街へと進む。

すれ違った者達は一様にこう思っただろう。

リア充爆発しろ、と。



   ★ ★ ★



「ふー、まあまあだったな」


「そーかな? 十分美味しいと思うよ?」


「それは、殆ど味付けを変えてないからさ。こっちは変化が中途半端だったんだよ」


変えるなら劇的に、だろう?

と、陽は続ける。

それには同意だが、最初から完成しているものを壊すような行為にはそれなりの勇気が必要だろうと、蒲公英は思う。

一般人に常識を覆させるというのは酷な話だ。


「たんぽぽは、ちょっとずつでも変わろうとする方が好きかな。勿論、大胆さも必要だと思うけd――「食い逃げだー!」――だってさ」


「積み重ねも大事、か。まぁ、試行錯誤中なのをオーナーたる俺に出すのはどうかと――「近寄――じゃねぇ! この娘が――なって――いのか!」――思うがな」


「それは、店員さんがお兄様を知らなかっただけ――「――――――! 華蝶仮面、参上!」――いいの? ほっといて」


三度程、会話がぶった切られる大きな声が響き、流石に蒲公英も陽に尋ねる。

彼は自分が邪魔されるのを非常に嫌うタチだ。


「確かに、知られてたら怖いな。……ま、天下のかちょーんかめーんがいるから大丈夫なんじゃないの?」


「あ、そだね。星お姉――ごほん! 華蝶仮面様に任せとけば大丈夫だよね」


しかし、蒲公英は忘れていた。

陽が自分に関係のない面倒事には無関心であることを。

……因みにイントネーションはアクシ〇ン仮面と同じである。


「…………そうも、言ってられなくなったな」


「えっ?」


「……あそこ。客がいないし、金も置いてない」


この街に華蝶仮面なる存在がいることを陽も把握している。

わかりやすいヒーローの典型であるので、現れると野次馬が集まるぐらいに、街の人々に人気があることも知っている。

だからこそ、その対策もしている。

見にいき、戻ってきたい者は代金を食卓に置いていく。

そういうルールを設けた。

……ただ、未だ試験的なものであるので、今のような状況がざらにあるらしいが。


「…………よくも、俺の前で出来たもんだ」


「行ってらっしゃーい」


「おう」


鋭く、とても危ない光を走らせる目をして立ち上がる陽を、特に気にかけることなく蒲公英は送り出す。

慣れているし、しょうがないのだ。

陽という人間性はわかっているから。

……むしろ犯人に同情すら禁じ得ないぐらいだ。


「(ご愁傷様〜)」






店から出た陽は、一発で犯人を見つける。

明らかに挙動不審であるし、店にいた人物の顔程度なら覚えていた。


「(……さっき出たばっかか)」


気配を隠し、追跡しながらも普通に振る舞う。

しかし、その慎重さが仇となった。


「な、走った!?」


辺りを一度見回してから、犯人は走り出した。

途中、辺りを警戒しながら。


キョロキョロしながら走るなど、悪手も悪手。

怪しさ満点だろう。

というか、走るなら最初から走れよ。

まさかそんなことをしないだろうと思っていた陽は、純粋に驚いた。


「(まぁ、逃がさんけどな)」


若干、足が止まってしまっていたが、追跡することを止めるはずもなく。

引き続き気配を消しながら、犯人を走って追った。




   ★ ★ ★




一方、その頃。

二人の走る先で、人だかりがあった。

その中心では、華蝶仮面一号二号と、犯行グループ三人組が相対していた。


「くっ、卑劣な!」


「なんとでも言いやがれ! さぁ、そこに武器を置け! こいつが殺されてもいいのか!?」


「ひっ!」


短刀の刃先が首筋に当てられ、小さな悲鳴をあげる少女を思い、急いで武器を手放す一号。

二号は相変わらずぼーっとしている。

武器も所持しているのだが、犯行グループも気が動転しているのだろう。

気配に溶け込んでいるそれに気付くことはなかった。


「ようし。それじゃあ、こっちの指示に従ってもらおうか」


「くっ」


「脱げ。先ずはそれからだ」


「貴様らのような下郎に肌を見せる等!」


「黙ってアニキに従えよ! じゃないとこのガキがどうなっ――いってぇ!」


犯行グループの一人、成人男性にしては少しばかり小さい男が卑しい顔で一号に近付く。

そのしゃべっている途中、思わぬ衝撃に身体をよろめかせる。

何事かと見回せば、自分たちのいる中心から、人だかりに潜っていく者がいた。

此方に見向きしなかった。

仕方ないと、身体をもどそうとすると――


「チッ、なんだ――ぐへっ!」


――次は鋭い衝撃が、身体に駆け抜けた。


「なっ、チビ、どうしt――うぎゃっ!」


「なっ!」



誰とも知れぬ、驚きの声があがる。

何故なら、いつの間にか悪人二人が地面に伏せる音がし、人質の少女が、違う人物の手にあったからだ。


「……無事か?」


「う、うん」


「……で、テメェは?」


「ひっ! すいません!」


その男は少女に優しく問う。

しかし、今まで人質だったという恐怖と戸惑いから、若干のどもる。

それが少し気に入らなかったようで、犯行グループの中の最後の一人を、隻眼で睨み付ける。

その瞳に絶対的な力を感じた犯人は、反射的に謝っていた。


「……っと。こんな暇はなかったんだった」


思い出したようにそう呟くと、謝罪したばかりの男の股間を蹴り上げる。


「おごっ!?」


「うわ、気持ち悪っ」


別に、行動不能に出来たならどこでも良かった。

ただ、一番効率が良いというか、一番早く攻撃できた急所が股間だったというだけだった。

まさか蹴られる――それも男の尊厳を――と思ってなかった犯人の男は、驚きと痛みの混じった声をあげて、その場に崩れ落ちる。

その光景は、周囲にいた男たちの股間をキュッとさせたことだろう。

蹴り上げた本人は、リアルな感触が不愉快だったらしい。


「あ、やべ。……恋ちゃん!」


「……なに?」


追っていた男が野次馬の波を抜けたのを見て、何の活躍もしなかった華蝶仮面二号こと恋に、声を掛ける。

華蝶仮面であることをすっかり忘れているのか、名を呼ばれて普通に反応した。


「俺を五割で飛ばしてくれ」


「…………?」


「この向きで、跳ね返してくれればいい」


「………………わかった」


「絶対分かってないだろ」


明らかに頼んでいる方が説明不足だろう。

しかし、詳しく話したところであまり理解は出来ないだろうことを分かっている。

誰よりも感覚派であることも。


「まぁ、いい。……いくぜ」


そう言うと、三歩で踏み切り、軽く飛び上がる。

それで理解した恋は、その男の言うとおり、五割の力で自身の得物―方天画戟―を振るう。

そして男はその得物に足裏を触れると同時に、脚をたたみ、地でジャンプする要領で、戟を押し返さんばかりの勢いで飛び上がった。


「ふんっ!」


『おぉっ!!』


「…………」


恋の振り切った戟から充分に推進力を得た男は、あっと言う間に野次馬の集団を飛び越える。

その間に身体を横に半回転し、頭から地面に飛び込む。

両手を付き、そのまま飛び込み前転の要領で転がりながら受け身をとり、勢いのまま立ち上がる。

勢いからして両足の着地が不可能と判断したからの受け身で、それなりの高さからの落下運動と前への推進力を殺したそれは見事としか言いようがない。

……因みに、観衆の注目を掻っ攫われた華蝶仮面一号は、呆然としていた。


「おい、食い逃げヤロウ! テメェは絶対逃がさねぇからな! 分かったか!」


「ひぃっ!?」


「よし、あっちか」


人外を証明するような着地をしたばかりというのに、何事もなかったかのように、男は声を張り上げる。

そのとてつもないドスの効いた大声に充てられた食い逃げ犯は、思わず声をあげてしまう。

黙っていれば見つからなかっただろうと言うかもしれないが、恐怖を煽る彼の声には、反応せざるを得なかったのだ。

その怯えた声の方向と大きさで大体の位置を把握したようで、男は走り出した。



   ★ ★ ★



「つ・か・ま・え・たァ・!」


「ひぃいぃぃぃっ!? すいませんでしたっ! つい! そう、出来心だっt――うぼぁ!」


「許すワケねぇだろうが! 誰の店でやったか分ってんだ! ああ゛っ!?」


「それはしらな――ぐべっ!」


「馬印じゃボケェ! テメェが食ってた店の名前ぐれぇ覚えとけやっ!」


「ずびまぜんでs――おぶ!」


「すまんで済んだら警備隊はいらねぇんだよ、タコがぁ!」


「たわばらっ!」



   ★ ★ ★



十分後。


いつもならもっと騒がしさのある華蝶仮面騒動が異様な静けさを見せていると、警備隊員に呼ばれた翠は思った。


華蝶仮面が現れてから早二月程経つ――つまりその間、野放しにしてしまっているという不甲斐なさもある――が、街の人々が盛り上がりをみせていないというのがおかしかったのだ。

しかも、華蝶仮面本人も、自分たちが駆け付けたことにも気付かないくらい呆然としている。

あの飄々として、神経を逆撫でる星のような性格に似たり寄ったりな華蝶仮面が、軍に気付かないなど、常時では絶対に有り得なかった。


「お、おい、愛紗」


「あ、あぁ、わかっている」


どうやら愛紗も違和感を感じ、戸惑っているのだと翠は解釈する。

捕まえたいが、こんな納得できない形で捕まえて良いのかを悩んでいるのだろう、と。


「か、華蝶仮面! きょ、今日こそは引っ捕らえてくれる!」


「いや、今そんな気分ではないのでな」


「……おいおい」


仮面で表情を深く読み取ることは出来ないが、苦虫を噛み潰したような、苦々しくも哀愁を帯びた顔をしているのは分かる。

非常にテンションの低い華蝶仮面に、翠は呆れた息を吐く。


すると、そこに声がかかる。


「ぼーっと突っ立ってねぇで、仕事しろよ」


「ん? あぁ、陽か」


その主は、陽。

言葉が若干鋭いのは、少し怒ってることがわかるので、翠は気にしないことにする。

ふと、陽をよく見ると、手には何かがある。


「……って、何だそれ?」


「食い逃げ犯。俺の店でやりやがったからな。ちょっとオシオキを、な」


「…………うわぁ」


聞けば、現在陽に片足を掴まれ、引きずられている男は、陽の逆鱗に触れたらしい。

陽という男は、自分のモノに手を出されるのをとても嫌う、縄張り意識の強い奴だ。

それを知る翠は、見事に地雷を彼の前で踏んだ男に若干同情した。

……既にボコボコにされているのが見えた為、さらにそれを助長したが。


「つーかよぉ、星に働けって言っとけよ。遊んでるからああなるんだとさ」


「……は? なんで星が出てくるんだよ?」


「えっ?」


「えっ?」


まさか気付いてないの?

とは、陽の心の内である。

ちらりと華蝶仮面を窺えば、格好も変わっていなければ、口元は見えるパピヨンマスク。

陽はなぜわからなくなるのか、非常理解に苦しんだ。

しかし、翠はそんな彼の気も知らず、首を傾げるのだった。


「……はっ、はーっはっ! 本日はこれにて失礼させて頂こう!」


「あっ、待て! 今日こそは逃がさんぞ!」


そんな中、少し離れた位置にいる華蝶仮面が、突如として離脱を図る。

なんというか、恐らくとても居心地の悪い空気にいたたまれなくなってきたのだろう。

勿論、逃がす気のない愛紗は追いかけた。


「おい待てよ、愛紗! 悪いけど陽、そいつは詰め所にでも運んどいてくれよな!」


「翠テメェ待てこらざっけんな! 今、俺デート中――「頼んだぜ!」――、……あんの腐れ三等星がぁ!」


その愛紗を追い、何故か放置された陽。

どうやら、今日の彼の沸点は低いらしい。

警備隊を指揮しているのは愛紗と翠だが、そうなる原因を作った者を盛大に罵倒?する陽であった。

……『三等星』が実際バカにしている言葉かどうかはさておいて。






   ★ ★ ★






そうして。


蒲公英に詫びを入れたり、食い逃げ犯と殺傷未遂の三人組の計四人を本当に詰め所に運んだりした陽。

とてもイライラしながら引き継ぎの係員を待っていると。


「おや、陽ではないか」


「………………」


がちゃりと戸が開く。

そこには、少し驚いたような顔をする星がいた。

それがわざとであることは十二分にわかるので、陽は青筋を立てた。


「ふむ。この時間だと、てっきり蒲公英としっぽりやっているかと思ったのだが。……そう、暇ではないようだな」


「…………ふぅ。……殺す」


「おやおや、これは恐ろしい」


そして何食わぬ顔で陽の対面に座り、何事もなかったように、暗に皮肉を込めた物言いをする星。

それには今度は沸点ではなく融点を逆に超えたようで、酷く冷たい声で殺意を明確にした。

しかしながら、あまり効果はなかったらしい。


「で、なんの用だ。俺も忙しいんだよ」


「蒲公英とのでぇとが、か?」


「その通りだ」


「否定せんとは。つまらんな」


「おめーの娯楽に付き合う気はねぇよ」


「左様か」


星が怯まないことなどわかっている為、早いところ本当の目的を知りたい陽は会話を続ける。

だが星は、話をはぐらかす。

いつものようにからかっているだけに思えるのだが、それだけではないと、陽は思った。


「しかし、かちょーんかめーん様はあのとき何してだんだ?」


「……さてな。私には、あのとき、さえ分かりかねる」


「ふぅん。まぁ、どうでもいいことだしな」


「…………ぐっ」


両手を広げ、苦笑しながら肩を竦めてみせれば、一瞬だけ顔を歪める星。

やはり悔しかったのだと、陽は悦に入った。



「で、本当に何の用だよ。まさか、お前が引き継ぎ手でもあるまいに」


「そのまさかだが?」


「…………」


コイツ、堂々とサボってやがったのか。

と、斬り殺したくなる気持ちを抑え、冷静さを保つ陽。

というか、星が引き継ぎの係員ならば、自分がここにいる理由もなくなる訳で。


「最初に言えや!」


「いやはや、すまんすまん。聞かれなかったものでな」


悪びれる様子が欠片も感じられないのが再び陽を苛立たせる。


だが、やっと解放される。

そしたら蒲公英とムフフなことができる。

そう考えて、陽は勝手に上機嫌になった。

蒲公英に関連する思考回路が、ショート回路もびっくりな導線の短さである。

……しかし、彼は星の言っていたことをまるっきり忘れているのではなかろうか。


「それじゃ、帰らせてもらう」


「まぁ、待て。もう少しゆっくりしていってはどうかな?」


「しねぇ。蒲公英が待ってる」


本当にこの男は。

と、星は思わず溜め息を吐きたくなる。

表では何を考えているか分からない危険因子であり、裏では蜀が滅法弱い闇の部分を支える影である者。

聡明である星は、早くにそれを見抜いていた。


しかし、一歩、いや、半歩でも陽に近付いてみれば、なんてことはない。

ただの、蒲公英バカだ。

可愛い妹分を心から愛しているのは分かるが、なんというか、落差が酷いのだ。

だが、そこに好感が持てた為に真名を預けたのだから、文句は言えまい。


そんなことを考えている星をよそに、陽は扉に手をかけようとすると。


「ったく、愛紗のせいでまた逃げられたじゃんかよー」


「……あぁ、いや、すまん。少し不憫に覚えて、な」


「……気持ちはわかるけどな。あたしも、あの場面で捕まえられたかどうかわかんないし」


そんな、悔しそうな、同情したような声が近付いてきているのがわかった。


「…………っふ」


「………………」


こらえきれなかった陽は、小さく、本当に小さく笑い、星に憐憫の目を向けた。

その目には青筋がはっきり映ったが、それも陽にとっては愉悦にしかならなかった。


そんな無言のやりとりをしていると、華蝶仮面の話をしていた二人が入室してきた。


「あっ、陽。さっきは悪かったな。今度なんか奢るよ」


「葵屋の、果実をふんだんに使ったフルーツケーキ1ホールな」


「ぐっ、お前、えげつないな」


葵屋とは、馬印傘下の甘味処で、陽の現代スイーツを取り入れまくっている店である。

チェーン店として、十店舗展開している。

馬印傘下の店は百や二百にとどまらないぐらい多いが、殆どが個人店舗であるから、チェーン店として存在しているのがどれほど凄いかがわかるだろう。

その葵屋の中で、一番値を張るスイーツが、陽の言っていたフルーツケーキである。

元々砂糖は貴重なものであるため、最低値でもそこそこの値段はする――具体的には、平民が二月に一度、一つ食べられたら幸せ、というぐらいだ。

その中の、最上位のスイーツ。

それが、フルーツケーキ。


まぁ、かなりの値段すると思ってくれれば構わない。

奢ると言った翠が後悔するぐらい、だ。

(ホールという単位を、翠はなんとなく知っている)


「約束は約束だ。……それで、結局何の用だったんだ、星」


「全てお見通しという訳か。嫌に頭の回る奴だ」


「早くしてくれ。俺も暇じゃないんだ」


星が意図して話を長引かせたのは、この状況を作る為だった。

引き継ぎを待つ陽と、その係員の星、華蝶仮面関連で必ずこの部屋に来ることが分かっていた愛紗と翠。

少しでも、味方を増やそうとしたのだ。

……つまり、一人で聞くには惜しく、恐ろしいことを尋ねようとしているのが、陽には分かっていた。


「ふむ。そうだな。私達も暇ではない」


「一体、どうしたというのだ、星」


「そんな神妙な顔して、らしくない」


「……お前達の中で、私はどうなっているんだ」


小一時間程問いたいところだが、我慢する星。

……ちなみに、共通した評価はメンマバカである。


兎も角、長話になりそうなので、椅子に座るよう促した。




「さて。突然だが、私は貴殿に問いたい」


「馬鹿馬鹿しい質問はやめてくれよな」


「さてな。貴殿にとってそうでも、私にとっては重要なのだ」


「ふむ」


真面目くさったように問い掛けてくる星だが、陽は、俺が尋問されてるみたいだなー、などと思っていた。

その考えを明らかにしているような座り方にも原因がある。

一方が陽だけなのに対し、対面に座るのが、右から翠、星、愛紗となっているのだ。

つまりは、――おそらく翠と愛紗は分かっていないが――三対一になっているということだ。


「では、本題だ。……馬孝白、貴殿にとって、正義とはなんだ」


そして、冒頭に至る。






   ☆ ☆ ☆






Side 陽


しかし、正義ねぇ。

そんなもん、日曜日の七時半から八時半に任せとけよ。

今は、華蝶仮面か。


「まぁ、意味を付けるととは言ったが、殆どが軍部にしか効果はなさそうだがな。なぁ、星」


「…………」


何も言わないというのは、肯定ととらせてもらう。

華蝶仮面やってるから、俺の言ったことの意味を十分理解しているだろう。

だから、言葉を返せない。


「どういうことだよ」


「(期待を裏切らないねー)」


翠なら絶対聞くと思ったよ。

そんな顔してたし。


「さっきの華蝶仮面騒動だ。とある誰かの失策が原因だが、少女が犯人に捕まってな」


「…………っ」


少し、意趣返しはさせてもらうよ。

今現在、貴重な時間は奪われてる訳だし。


「所謂、華蝶仮面のピンチだ。……だが、野次馬が行く末を見守るだけで、誰も助けようとはしなかった」


「それは、当たり前だろう! 相手が武器を持っているならば、自身が斬られるかもしれないと足が竦むのは当然だ」


「全く以てその通りだ。否定する余地は全くないさ」


ふんっ、と鼻を鳴らす愛紗。

なんでそこまで自信があるのやら。

否定できないことが、悪いことなのに。


「だがつまり、正義では民衆は動かないということだ。……傷付く恐怖を越えて、悪に立ち向かうのがお前等の言う"正義"なんだろ?」


「――っ!」


気付いて頂けたようで。

大抵の人は、正義なんて曖昧なものでは動かない

動くのは軍の狗――ゴメンな、ワン公達よ――か、大人になってもお子様な奴か。


別に、正義を何と言おうが、構いはしない。

だが、強要するのは止めてもらいたいね。

何が正しくて何が間違っているのか、他人に委ねてどうする。

他人主観の正義が、本当に正しいのか。


例えば、とある役人が空き巣に入られたとする。

勿論、この場合は犯人を捕まえようとする役人側が正義で、空き巣は悪だろう。


だが、そのとある役人が、民から税を根こそぎ絞り取っている者だとする。

同じく空き巣に入られたとしたら、どうだ。

やはり犯人を捕まえようとする役人側は正義で、空き巣は悪だろう。

役人は被害者で、空き巣は被疑者なのだから。


しかし、本当にそうだろうか。

多分、誰も役人が正義だなんて言う奴はいないだろう。

世間から見れば、過剰に搾取してきた悪人にしか見えないはずだ。

加えて、その空き巣が義賊で、盗んできた金品をばらまいたとすれば、あっと言う間に立場は逆転することとなる。


再度反論するが、これを公平に見る人物がいるとしたら、何と言うだろうか。

役人が正義か、義賊の空き巣が正義か。

答えは、どちらも正義と言わない。

更に言えば、どちらも悪だというだろう。

役人の過剰搾取は悪だが、かと言って盗みに入るのも悪だ。

どちらも、道理に反した行為なのだから。


だから俺は、正義なんてもんが本当に存在するなんて思ってない。

道理なんていくらでもあるし、作ることだって出来る。

そう考えれば、正義なんて無いようなものだ。

正義と正義は打ち消しあうものだしな。

だから戦争は起こるんだよ。

互いの正義が本当の正義だと証明しあう為にな。

まぁ、戦争自体は悪だが。


その点、悪は楽だぜ?

白は濁るが黒は黒のまま、変わらない。

悪で抗争が無いわけじゃないが、戦争にはならない。

何故なら、悪だと自覚しているから。


というか、正義と悪を対比してんのがおかしいんだよ。

光と闇を対比させてることぐらいおかしい。

光の反対は影であって、闇じゃない。

宇宙考えればわかるだろ。

元は、闇なんだよ

そこに、光が生まれた。

遮るものが光を邪魔して、影。

全くの別物だろ。


つまり、闇、最高!

これで、真名に反抗している訳じゃないとわかったか!




「まぁ、個人の考える正義を表立って否定する気はねぇよ。但し、正義だと思うことを悪と考えるけどな」


「「「…………」」」


常に自分が正しい、自分が正義だ、なんて思っているなら死んだ方がいい。

自分主観で正しくても、他人視点じゃ間違っているなんて、ザラにあるからな。

それがわからなけりゃ、何時まで経ってもガキのままだ。


ま、そんなことは軍に入った時点で、人を殺した時点で気付くべきだけどな。




うむ、今日は言いたいこと言えてスッキリした!

まったりえっちにしよう!











陽は語る。


「俺の言っていることが正しいなんて思ってない。かといって、今更考えは変えるつもりはないけどな」





因みに、華蝶仮面二号はマスク外して、もといた飲食店に戻りました。

警備隊見たら逃げろという教えに従ったまでです。






「で? 遅れた理由は?」


浮気しまくったからです、はい。

萌将伝やったりPSPやったりとしてたからです。

バイトが週一なのを良いことに、堕落しまくってたんですね。

申し訳ないです。


「まぁ、よくあることよ」


という割に、なんなのこの万力なヘッドロック!

あぎぐぎぎぎ……っ!


「よくあることでも、やっていいわけじゃないもの」


そっ、その通りですぅうぅう゛ぅぅうぅぅっ!


「来週までのノルマは?」


最低一話!

できたら二話!


「三話進める気概で臨みなさい! 良いわね!?」


イエス、マム!






おしまい☆




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