第七話
遅々として進まねぇ……。
Side 陽
何とも言えない険悪なムードに、とりあえず母さんが仲立ちとして入った。
「陽。この二人は鳳徳、そして閻行。そして、山百合、瑪瑙。この子は馬白よ」
……あ、そういや俺、馬白ってんだっけ。
母さんから貰ったのは良いが、使う機会が皆無だったから忘れてた。
髪が白いからって理由で名付けた――冗談らしかったが――と言ったときは流石に殺意を覚えた。
本当はきちんと問い詰めて、理由を聞いてやりたい。
けど、どうせはぐらかさらるだけだろうと思ったので止めた。
まぁ、こんな話、今はどうでもいいんだが。
「馬、ですか?」
「そうよ♪」
「……ならば。……私は鳳徳、字は令明、真名は山百合と申します。宜しくお願いいたします」
拳と掌を合わせて一礼する鳳徳さん。
律儀だねぇ。
「ボクは閻行、字は彦明、閻艶なんて呼ばれたりもするわ。どれでもお好きにどーぞ」
心底どうでもよさそうな閻行さん。
難儀だねぇ。
「姓名は母さん……いえ、馬騰より頂きました、馬白と申します。どうか宜しく」
相手も名乗ったことだし、とりあえず自己紹介しておく。
差し障りのない笑顔でも振り撒いておこうじゃないか。
☆ ☆ ☆
……と、なんとなく昨日のことについて回想に入ってみた。
誰の為にとは聞かないでくれ。
そんで、だ。
俺が鳳徳さんに持った印象は、いけ好かない人、というもの。
まぁ俺の場合、含みのある奴と勘繰ろうとする奴には大抵もつ感情だが。
閻行さんに関しては、嫌な奴だ、と言うか嫌いな部類に入る奴だ、と思った。
俺などどうでもよさそうで、明らかに差別的、侮蔑的な目で見ていた。
散々そういう目で見られていたので、別に表に露にするほどの怒りは感じねぇし、俺はそんなに愚かでもねぇ。
どんな感情も笑顔で全て包み隠す。
それが、この腐った世を生き抜く為に必要なモノなのさ。
なにに対して持論を語ってんだか、俺は。
そんなことはさておいて。
多分、俺が持って印象と同じように思っている二人だろうが、なるべく仲良くしなくちゃならない。
「だって、家族だかんな」
これは母さんの受け売り。
家族は大切な存在よ、と再三言われているもんで染み着いた。
それに救われた俺自身、余程の事がない限り染み抜きはしないだろうし、出来もしないだろう――主に母さんの所為で。
まぁ、黒に垂れ、じわりと広がる白を、染みと言うかは定かではないけど。
★ ★ ★
そんなことを考えながら、朝日の光も射し込まない中庭で拳を振るう陽。
誰かに教わった訳ではなく、見よう見まねで覚えたので我流の拳法であるが。
これも二日に一回の日課だったりする。
何故早朝、それも日の昇っていないときにやるかというと時間がないのもあるが、何より見せ物ではないからであった。
その後日が昇る頃には、剣の鍛練、朝食を挟んで槍の鍛練へと続く。
(そういや、今日から槍の基礎から基本に移るって言ってたっけ)
と、陽は呟く。
なんにせよ、面倒な母との鍛練があるという事実に、陽は嘆息したかった。
(っと、違うことを考えている場合じゃなかったなぁ)
自らに言い聞かせ、強制的に思考を修正する陽。
鍛練のことも大変悩ましいが、二人との距離の詰め方の方が今は大切だ、と考えた為だ。
(さてはて、何日かかるんだろうかねぇ?)
これからを考え、小さく息を吐いた。
★ ★ ★
延々と考えているうちに日は昇り。
さらに剣を振るって半刻たち、蒲公英がやってくる。
「なぁ蒲公英……どうしやいいと思う?」
「なにが?」
中庭から部屋に戻るとき、陽は蒲公英に相談してみることにした。
そういや主語が抜けてたなぁ、と思いつつ、二人の事を聞いてみた。
「山百合さんは、寡黙な人だから積極的に話してみた方がいいと思うよ! 蒲公英たちがお兄様にしたようにね♪」
(あそこまでやられると多分きついと思うんだが)
四人で、弓兵が間断なく放つ矢のように自分のところに来られたのは本気で鬱陶しかった――しかしながら、途中からは若干嬉しくなっていたが――ので、そこまではやろうとは思わないが、参考にすることにした。
「んで、閻行さんは?」
「んー……、わかんない♪」
思わずずっこけそうになる陽。
最初は何でも聞いて、みたいな自信のある態度だったのに、分からないとあっけらかんと言われたら、そうなるのも無理はないだろう。
(しかし、思案するときの行動がいちいち可愛いなぁ)
今も口元を人差し指で押さえ、首を傾げる姿になんともいえなくなる陽。
「お兄様?」
「……っ!?」
惚けてていた陽を心配になったか、蒲公英は顔を覗きこむ。
いきなりのことに、ドキッとする陽。
(ったく、不意討ちなんだってばさ!)
「どうかしたの?」
「……何でもない」
「ふ〜ん。あっ、瑪瑙のことは薊さんに聞くといいよ♪」
「何故に?」
「瑪瑙は薊さんの娘だからだよ。……義理の、だけれど」
確かに仲がいいな、と思う節もあったがそういうことだったのね、と陽は思った。
★ ★ ★
そうこうしているうちに、部屋につく。
どうやら陽と蒲公英が最後であった。
陽は静かに謝罪の意で一礼してから席につき、蒲公英は陽のそんな様子に首を傾げながらも席についた。
「皆揃ったわね♪ では、頂きます!」
「「「「「「頂きます」」」」」」
朝と夕は可能であるなら、なるべく家族皆で食事をすること。
食事初めと終わりは声を揃えて挨拶をすること。
この二つは、牡丹がつくった家族間でのルール……鉄則、掟と言っても過言ではないものだった。
Side 陽
「「「「「「ご馳走様でした」」」」」」
「はい、お粗末様でした♪」
食事は滞りなく終わった。
昨日の夜と合わせて、二度目の家族全員での会食。
昨日は全く口を開かなかったけど、今日も、とは流石にいかないのか振ってきたので、不躾にならない程度に答えておいた。
「そうそう、今日は時間ができないから、三人は山百合から指南を受けること。いいわね?」
「うげっ! 山百合のかよ〜」
「……翠様、それは挑発と受け取らせて頂いても宜しいでしょうか?」
「うっ! うぅぅ〜、陽!」
翠姉が最初に目についたのが俺のようであるが、我、関せずを決め込むぜ。
俺には関係ねぇし。
まぁ、とりあえず、目を明後日の方へ向けておこう。
鍛練に向かうときに殴られたのは余談である。
★ ★ ★
「さぁ翠様、始めましょうか」
「なぁ、山百合、朝のはだな。その、……言葉のあやって奴でな」
「……朝の発言は関係ありません。……半分は、ですが」
中庭の真ん中には、翠姉と鳳徳さんが対峙していた。
翠姉はいつもの十文字槍を携え、鳳徳さんは双戟とでも言うのかね?とにかく、片腕ごとに一本ずつ戟を持って自然体に構えている。
鳳徳さんを見れば見るほど感じるものは一つ。
(強い)
今まで観察していて、立ち振舞いといい、纏う雰囲気といい、そして今の構える姿といい、半端じゃないと思った。
翠姉……御愁傷様です。
Side 三人称
陽が翠に対して合掌した直後に戦局は動いた。
翠から、先ずは一突きと言わんばかりに、鳳徳の心の臓を神速とは言えないものの、それなりに速い速度で突く。
そんな一撃を、両腕の戟を胸の前でクロスし、いとも簡単に防ぐ。
母さんとの1週間の鍛練でここまで変わるのか、と陽が思うほどの重さと速さの一撃を、である
「……翠様、お強くなられましたね。ですが――「うわっ!」――まだ踏み込みが甘いですよ」
たった一撃で、鳳徳も翠の目まぐるしい成長に気付いたようだ。
しかし、簡単には褒めることはせず、更なる力で叩く。
変な自信をつけさせない、傲らせないためである。
ムチが圧倒的に多い、アメとムチの鍛練が鳳徳独特のスタイルである。
その為、白馬の女王様とか氷帝などといった二つ名があったりするとかしないとか。
★ ★ ★
Side 陽
半刻後、翠姉の番は終わった。
相当叩かれたようで、真っ白に燃え尽きていた。
おてての皺と皺をあわせて、南〜無〜。
「死んでない!」
俺ですら元ネタが正直わかってないのにさ、よくツッコめるよねぇ。
こういう場面で使うということだけはなんとなく覚えてたけどな。
ん、間違ってるって?
…………しらんがな。
俺の変な記憶にいえや。
「誰と話してるの?」
蒲公英さんや……ヤバい奴見るような目はマジで勘弁してください、俺の心はガラスでできています。
あれ、ガラスって何?
またか、俺の変な記憶!!
このままじゃ無限ループになり……ループってなんだぁぁぁ!
自爆して、突然頭をぐしゃぐしゃに掻き回す俺を、蒲公英と鳳徳さんはひいていたが。
他人なんざ構うものか!
★ ★ ★
冷静さを取り戻した俺は、楽しい楽しい独り言(泣)を終わらせ、鳳徳さんの向かいに立った、否、立たされた。
いやいやいや、まだ基礎習ったばっかですよ。
なんでいきなり実践形式!?
と、いろいろ考えながらも表情には出さないが。
ひとえに、人間の学習能力の賜物と言えよう。
「……では、きてください」
「……ハァ」
あんまり乗り気にならないんだけどね……正直面倒だしな。
俺は基礎に習った通りに槍を振っていく。
突き、払い、降り下ろし、このみっちり教わった三つで、相手の急所、鳳徳さんがわざと作っているであろう隙を的確についていく。
「……これならば問題ないですね」
小さく呟く鳳徳さん。
何故だろう、凄く嫌な予感がする……。
★ ★ ★
鍛練は終わり、昼は適当に食事をすませる。
今はお勉強の時間になるまでのちょっとした休憩。
そういえば蒲公英は、槍の扱いはまだまだだが筋はいい、と鳳徳さんに言われていた。
そのことが良かったか悪かったかは、これからの時代と自分自身の受け取り方次第だけどな。
なんとなく、隣にいる蒲公英の頭を撫でてやる。
ちょっとだけ困った顔をして俺を見上げた後、すぐに笑顔になってくれる。
やっぱり、可愛いな。
乱世の最中でも、この笑顔は無くしたくねぇよなぁ、と漠然と思った。
陽は語る。
「蒲公英に特別な感情を抱いたのは、突き詰めればこの頃からかも知れないなぁ」
と