第七十三話
また遅くなってしまった。
申し訳ないっ!
「あぁーつぅーいぃ」
「あついよね〜」
「おい、シャキッとしてくれよな。愛紗に小言言われるのはあたしなんだから」
「知ったことか」
「お前、殴るぞ」
Side 陽
はろー。
僕様ちゃんこと、陽だよー。
前回は遅くてごめんねー。
さて、俺達の現状だが。
蒸し暑い思いをしながら南下中だ。
カラッと晴れてるとムカつくが、ムシッとしてるとすげー暑く感じるよな。
木に囲まれて、直射日光は当たらないのに、暑いとかやってられんよ。
それはさておいて。
やっとと言うか、まだ早いと言えばいいのか。
南蛮攻略に取りかかっている。
正史に添うなら、大きなターニングポイントである赤壁よりずっと後だ。
まぁ、蜀の地をゲットすること自体も赤壁より後の話。
さらに俺達に身近な出来事である、魏の涼州攻略も赤壁よりも後だ。
つまり、自分で言ってたのになんだが、早いもクソも無い。
それもどうでもいいか。
重要なのは、俺達が南蛮遠征に来ていることだ。
そろそろ黙認できない程の被害かつ、桃香ちゃんの慰撫と俺の金で蜀内の人身掌握はできたし――元から支持は高かったけどな――、軍備も整った為、ようやく動き出したって訳。
俺ならもっと早く動かすとこだが、まぁ、俺の国でもないし、知ったことではない。
それは兎も角。
ここに至るまでの経緯だが。
……回想に任せよう。
暑くてめんどくさい訳じゃ、ないんだぜ?
☆ ☆ ☆
Side 三人称
「――――。……以上が、蜀国内の現状です。続いて、軍備についてですが、愛紗さんお願いします」
「あぁ。……まず、現在の兵力は――――」
内政は諸葛亮が、軍は関羽が、それぞれの最高責任者が蜀王と天の御遣いに報告を上げる。
今は、一月に一回の定期報告会の真っ最中である。
前日の出来事や当日に必要である情報を伝達するための朝議とは違い、一月単位での内外の変化や向こう一月の大まかな予定等を連絡するための会議。
それが定期報告会だ。
朝議については、前日夜番だった人であったり、非番の者は出席しなくても構わず、寝坊等で参加出来なくても、――一部の人物の怒りは買うが――問題はない、結構緩いものである。
だが、定期報告会には将クラス以上の者の出席義務がある、大変厳しいものである。
とあるナメた事情で寝坊する常習犯の種馬ですら、この日だけは全力で起きて出席する。
『少し遅れた、たった五分で、愛紗さんの怒りがハンパなくてストレスがマッハだった』
とは、本人の言である。
どれほど重要視されているか、理解するのは容易だろう。
それはさておき。
この場には、実は一人だけ将クラス以上でない人物が存在している。
蜀での身分はただの副官でしかない為一番下座に座っているものの、この会議に参加しているだけでどれだけ特別視されているか、手に取るようにわかるだろう。
その人物とは言うまでもなく。
元馬騰軍第二軍師兼第四部隊隊長、現在は、蜀軍馬岱隊副隊長兼、商会馬印代表取締役、馬孝白。
我等が主人公、陽である。
……本人としては、朝早く出仕するとかめんどくさいと深く深く思っているが、強制な為に渋々来ている、という事情を抱えている。
そんな彼は現在、お休みモードである。
重要な話をしているのにも関わらず、だ。
何故かと言えば、興味がないからに他ならない。
理由は二つ。
一つは、陽にとって、蜀がどうなろうと知ったことではないのだ。
ここに来て二〜三月程度なのに、どうして愛着が湧くのか。
恋人の蒲公英、家族の翠、親友の一刀、後は、未だ殆どのことに無知な璃々ぐらいが助けられたらそれで良いと思っている。
そんな彼には、蜀の内状等はどうでも良いのだ。
二つ目は、聞いても意味がないからだ。
一つ目と同じに聞こえるが、内容は全く違う。
"知っていること"をもう一度聞いて、何の得があるというのか。
この程度知識など、彼は既に知っているのだ。
それに、情報を滅多に忘れることはない。
つまり、同じことを二度聞いたところでなんの面白みもないということだ。
ただ、素直にお休みモードを満喫しようにも、この場の空気が許さなかった。
「おい、陽、寝るな。俺だって我慢してんだから」
「……………………くぁ」
ほぼ全ての将達から、お前、友達なんだからアイツに注意しろよ、的な目線(あくまで比喩)に晒された一刀が、陽を諫めるように声を掛ける。
保身の為か本音なのかは知らないが、自分も同じ思いなのだということを付け加えて。
蜀の人間として加担するものの、陽という個人からの報復が怖くてあまり強く出れない、というなんとも情けない男である。
「今、完全に寝てただろ!」
「はぁ? 寝てないですよ。何を根拠にそう言えるのです?」
「さっきの欠伸と、その前の異様な間だよ!」
「誰でも欠伸はしますし、答えるのがめんどくさかっただけですよ」
「尚更悪いわ!」
一刀は強く出るが、いたって冷静な陽が取り合うことはない。
このままでは、確実にはぐらかされるだろう。
しかし、侮ることなかれ。
一刀はアレで、天の御遣いなのだ。
「じゃあさ、その瞼に書かれた眼はなんだよ」
「…………」
「定番なやり口だけどさ、お前、右目は銀だろ」
「………………」
し、しまったぁぁぁあ!!
とは、陽の心の声である。
前世では隠し通せたこのやり方だが、今回は通用しなかった。
何故かと言えば、一刀の言う通り、陽の右目の色は銀だからである。
加えて、実は前世で隠していたのは銀の右目であり、黒の左目を出していたのだ。
(この時にはまだ視力は2.0程度しかなかったが)
つまり、前世でバレなかったのは、黒目の左の瞼に目を書いたからであって、銀目の瞼の上ではなんの効果もなかったのである。
流石は天から来た男。
陽についての知識は豊富だ。
「まぁ、いいでしょう。では、私からの報告をさせていただきたい」
「何がいいんだ、何が」
『…………』
苦し紛れなのに、未だ冷静を装う陽に呆れる一刀。
ちゃんと注意しろよ、みたいな周りからの視線が鋭くなるが、これ以上追及したところでますます居所が悪くなるのがわかっているので、一刀は華麗にスルーした。
「では、よろしいでしょうか、ご主人様☆」
「……ご主人様は止めろ。気持ち悪いし、イラッときた」
「えー、蜀については孔明殿と雲長殿が報告されたので、私は外の現状についてご報告させていただきます」
「はわわっ」
外、つまりは蜀以外の周りのことについてだ。
これも、内外の情報についてを一任する諸葛亮が報告する筈だった。
だが、暇だしつまらないし、意味のないことをこれ以上聞きたくなかった陽が、その仕事を奪う。
そのことに慌てるが、同時に得体のしれない馬孝白という存在が少しでも知れるかもしれないと期待する諸葛亮。
数多の視線にも、なんの気負いを感じず、陽は軽い調子で口を開いた。
「まず、蜀の最大動員数が二十万に対しまして、魏は八十万に到達しました」
爆弾を落とす形で。
「……なっ!」
「よっ、四倍……!」
「……バカな」
信じられない、といった様子で、周りはざわざわとしだす。
仕方のないことだろう。
それほどまでに、圧倒的な戦力差なのだから。
「静粛に。あくまで最大の動員数、です。現状でこちらに攻め込むには、漢中方面からしかありません」
「つまり、私達を攻めるとしたら、長安以西の兵達の実質三十万程度しかいない、ということです」
「補足説明ありがとうございます、孔明殿」
最大動員数というのは、各方面に最低限の防衛兵力を配置したときに動かせる兵の数だ。
本当の魏の全兵力は、華北全州を手中に治めていることもあり、百万近いというのが真実である。
かといって、その全兵力を一国に対して注ぎ込むのは愚の骨頂だ。
どの国にとっても、未だに敵は二国、そして異民族がいるのだから。
そんな中、もし魏が蜀に攻め込んでくるとすれば。
各方面ともう一つの敵国、呉に対してに兵力を分けると、三十万程度にまで減ってしまう。
しかも、大本命の魏の主力は首都洛陽、曹操の本拠の許にいる為、凄まじい脅威にはなり得ないのだ。
しかし、蜀攻略の主力に据えられるのは涼州兵だろう。
『西の武、東の文』と言われるように、兵の強さの平均値は並より高い。
さらに、牡丹や薊、かつて西涼にいた武将たちが手に塩をかけ、陽が知を与えた西涼兵も、組み込まれることだろう。
あからさまに安堵の空気が流れる室内の雰囲気に、諸葛亮、鳳統は危惧し、陽は冷笑した。
……因みに元馬騰軍の残り二人は、少し苦い顔をしているが。
「続けます。現在魏は内政に力を入れています。領土の拡大速度が速かった為、その分を今取り戻しているようですね」
「じゃあ、暫くは攻めて来ないってことだな?」
「そういうことですね」
東に西にと、次々に攻略して領土を拡大してきた魏だが、ここで手を休めるのは、内政が追いつかないだけではない。
これ以上、攻略する土地がないからだ。
ここから領土を広げるには、北上か南下しかない。
しかし、北は騎馬民族という強敵が、南もまた呉という強国と、攻めにくい場所にある蜀国がいる。
どこを相手にするにも、内政の片手間にできる相手ではないのだ。
魏が動かないのは当然と言えば当然なのである。
「次に呉ですが。ここもまた動きはありませんね。荊州の劉表との戦で疲弊した兵力はほぼ回復したようですが、内政と山越……異民族に手を焼いているようです」
「魏も呉も動く気配なし、か。朱里、どう思う?」
「はわっ! えっと、正しいと思います」
「……?」
魏と同様に動かない呉だが、二国の方向性が全く違う。
極端に言えば、魏は行きたくても行けないのであり、呉は行けても行かないのである。
魏には大陸を支配するという明確な野望があるが、呉にはそれ程の意志はない。
無能が治めるぐらいなら、呉が大陸を治める、という程度にしか、野心はないのだ。
荊州を攻めたのは版図を広げる為でなく、親の敵である劉表を殺したかったから。
荊州を、というより、劉表を攻めたという方が正しい。
そして、荊州の支配者たる劉表がいなくなった為、呉の支配下に入っただけなのだ。
"大陸を"支配するという意志はなくても、当然ながら、呉を治める意志はある。
呉を支配せんと押し寄せる火の粉は当然払う。
つまり、呉という閉じた範囲に手を出さなければ、被害を被ることはゼロである。
「まぁ、こちらとしてはありがたいでしょう。北西に南に不穏な動きがありますので。今が好機かと」
「馬雄さん、貴方はどこまで……」
「私に知らぬことは、なにもない――「「っ!?」」――なんて、真似してみますが、如何です? 孔明殿に、士元殿」
魏、呉の両国に加え、異民族の動きにさえ目を配る視野の広さは、決して一朝一夕で身につくものではないし、仮にできたとしても、ただの副官でできる範囲を越えている。
普通ならば、商会の代表だからそれぐらいできるだろうと考えるが、如何せん諸葛亮も鳳統も頭が回る。
故に、なんでもない小さな疑問が疑心を生み、警戒に至る。
はっきり言おう。
二人は、陽が恐ろしい。
得体の知れない馬雄孝白という存在が恐いのだ。
今のところ、一刀にも桃香にも蜀にも益をもたらしているが、その行動原理が彼女たちには理解できない。
答えは単純で、桃香に興味があり、蒲公英が蜀にいるからに過ぎないのだが。
賢さ故に、裏目裏目に出てしまうのだ。
「以上です。時間も時間ですし、これにて閉幕ということでよろしいですか?」
「勝手に仕切るなよ。確かにもうそんな時間だけど。朱里?」
「……はわわっ! あっ、これで終了します。各人は各仕事に励んでください」
これにて、定期報告会は終了した。
☆ ☆ ☆
Side 陽
あれ?
いや待て。
かなり前まで戻ったじゃねーかよ。
定期報告会とかどーでもいいんだよ。
なんで俺が参加せなアカンのかさっぱりわからん会とかな。
そんな時間あるなら寝かせろよバカ野郎ってな。
しかし、若干寝ぼけてペラペラと口にしたせいで、余計ちみっこ軍師共に警戒されてしまったじゃねーかよ。
いや、俺が悪いんだけども。
あ、あのとき言ってなかったけど、呉の最大動員数は三十万なんだぜ?
ってか、なんで首都建業なんだよ。
遠いだろ。
普通、領土の中心に据えない?
呉として愛着があるんだろうけどさ。
いや、だからそんな話はどうでもよくて。
重要なのは、南蛮遠征までの経緯だっての。
ちゃっちゃと回想に戻れや!
☆ ☆ ☆
Side 三人称
時は、南蛮攻略の半月前。
陽は、黒兎の背に乗りながら北上していた。
目的は、偵察なのか侵略なのかは判断できないが、やってきた五胡の軍勢――実際は羌の軍勢だが、陽以外は知らない――の撃退である。
味方の将は、戦闘経験のある翠、蒲公英(ついでに陽)を筆頭に、馬術に長ける公孫賛、あらゆる方面で最強な恋、恋だけの軍師を自負する陳宮、異民族との戦を経験させる為の、関羽、張飛、趙雲、軍師は鳳統、大将として何故か桃香、というメンバーである。
残りは南からの不意な攻撃や、突然の出来事に対応できるようにお留守番である。
こういった、攻めと守りで指揮系列を分けられるところが、二君主制の良いところか。
それはさておき。
正直に言えば、過剰戦力だと陽は思っている。
偵察が侵略かは不明で、兵数も五千から一万とあやふやだが、自分と翠と蒲公英、欲を言えば、山百合と瑪瑙がいれば、余裕のようちゃんだからだ。
「(いや、これは俺が馬白だったら、の話か)」
自分の考えを自重する陽。
勿論、羌を含めた異民族たちを退ける戦術や戦略はあるので、名前どうこうの話ではない。
しかし、せっかく一度死んだ身を呼び起こすにはまだ早い。
まだ、動くときではないと自分に言い聞かせる。
「お兄様、どうかしたの?」
「いや、なんでもない。ちょっと考え事をね」
「ふーん。たんぽぽなら、いつでも相談にのるよ?」
「ありがと。でも、大したことじゃないんだな、これが。今日は俺、何しようなーって考えてただけなんだよ」
「あー、なるほど」
実のところ、陽は蜀の人間としての初陣である。
しかも、相手は懐かしい羌で、立場は軍師でなく副官。
色々と変化があって大変なんだろうと、蒲公英は思った。
「しっかしさー、五千〜一万とか目でもないよな。こっちにはよ――」
「翠お姉さま?」
「翠?」
「――よっ、良く知ってるあたし達がいるしな! あはっ、あははは!」
わざと大きな声で翠。
本当は、陽がいるから、と言いそうにあったのだが、蒲公英と陽の笑顔――ただし、目は笑ってない――で見られた為、急いで方向変換したのである。
陽が馬白であることがバレないようにする約束を、忘れているのか、アホなだけなのか。
「ねえねえ、陽さん」
「なんですか、桃香さま」
「うわー、すっごい違和感がする。私のこと、呼び捨てにしていいんだよ?」
「いえ、王にそのような口振りをするなど、恐れ多い」
「普段の態度から言えることかなっ!?」
殆どの場合でタメ口だったのに、今は丁寧語で話す陽に違和感しか感じない桃香。
今更恐れ多い等、一体どの口が言っているのやら。
ただし、陽は周りの状況――行軍中で、兵達がみている――から、態度を変えているだけである。
「もういいよ……。あ、それで、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「良くないと言ったら?」
「うー、陽さんの意地悪!」
「この程度で意地悪とは、いささか心外ですね」
はっはっは、とバカにしたように陽は笑う。
といっても、桃香と話す時はそれがデフォルトである。
「言葉遣い直しても、態度が悪いよな」
「いつもの通りだけどね」
蜀王の桃香であろうといじる陽を見て、呆れる翠。
これが彼にとっての普通であるため、特に気にした様子も見せず蒲公英は笑う。
桃香を敬うのは建前と上辺だけなのだから陽にとっては当然の態度である。
「で、要件はなんですか桃香様。早くしてください」
「陽さんが意地悪した癖にー。……あ、嘘、冗談だよ! だからちょっと待ってよ!」
「で?」
「一言で済ませたっ!? ……えーっと、何だっけ?」
「てめぇ殺すぞ」
「ひっ! ごめんなさいっ!」
漫才はいいから早く進めろ。
「俺だって早く進めて欲しいわ。……で?」
「一体誰にはなs――うっ、わかったから怒らないでくださいよ! えっと! 五胡の人ってどんな人!?」
「……はぁ?」
陽がどこに突っ込んだのかはおいといて。
桃香の質問の意図が分からない陽。
此処にくる前に、五胡についての一刀の質問に、桃香自身が答えていたはずだと陽は記憶している。
完全に説明不足だとそのとき思ったので、覚えていた。
因みに、五胡とは匈奴、鮮卑、羯、テイ、羌の五の北方騎馬民族の総称と説明した桃香は決して不足していない。
寧ろ、大陸に住む者としては平均以上の知識を有していると言っていい。
……逆に、陽の五胡に対する知識量が高すぎるだけである。
「何故俺に聞く、という手合いの質問はまぁいいか。基本的に軍は弱肉強食ですね。強き者に、弱き者は黙って従う」
「弱い人たちは、虐げられたりはしないんですか……?」
「まず、貴女の言う弱い人がいないのでね」
「「…………」」
「あわわ……」
その言葉と共に嘲笑する陽を見て、関羽、趙雲は少し目を鋭くする。
空気が悪くなったことに、鳳統は戸惑い、帽子の鍔を握って深く被った。
「こっちとは違い、環境が如何せん厳しいですから。強くあろうとする人間しかいないんですよ」
「……っ!」
「それに、強さこそ全てですから、此方のようなねちっこい権力争いも存在しませんし」
『…………』
陽の言葉に、翠、蒲公英を除く人は少なからず衝撃を受けたようだ。
桃香の目指す、皆が笑って暮らせる国とは遠く離れているが、蛮族と言われる者たちが、平和の形を成しているとは思わなかったのだろう。
それを代弁しているかのように、これ以降、戦が始まるまでは誰も口を開かなかった。
☆ ☆ ☆
Side 陽
いや、だから待てや。
回想の時間遡りすぎだろ。
南蛮遠征についてはもっと後からだっての!
まぁ、ついでだから説明しておくけど。
桃香ちゃん筆頭にアホどもは五胡と言ってたが、実際来ていたのは羌単体の部隊だ。
別にそれを一々訂正しようと思わなかったから、未だにアレを五胡と思っていることだろう。
そのことが不都合を生むかもしれないがな。
その説明は後にしよう。
さて、その羌の部隊だが。
やはりと言うべきか、ただの偵察部隊だった。
まず、本格的に攻めてくるというならもっと兵は連れてきていただろう。
しかも、進軍していた位置も、蜀の範囲といえばそうなのだが、かなり微妙であり、国を犯すという目的には程遠かった。
加えて、羌だけの話ではないが、騎馬中心で編成される軍の行軍速度が遅いわけがないのに、未だに蜀の北端辺りにいたのは有り得ない。
奴らを知る者としての俺の結論を言うと。
ただの様子見だ。
今回蜀一帯を治める奴らはどれぐらいなのか。
それを推し量りに来ただけだ。
脅威になり得るかどうかをな。
奴らにとって惜しむらくは、もっと早くに来るべきだっただろう。
具体的には、元々益州を治めていた劉焉が死に、桃香ちゃんが入蜀するまでの三年間。
つまり、劉焉の息子である無能と呼ばれていた劉璋が治めていた時に、な。
……まぁ、そのころは俺もブイブイいわせてたから、そっちに攻める余裕もなかったんだろうけどさ。
で、今回の戦にはメリットになり得ないメリットと、残念なデメリットがある。
先にデメリットだが、ただの様子見の軍だった為にさして脅威に思えず、後々"五胡"を侮ることになる可能性が浮上したことだ。
油断等はどうにでも出来るが、一番危険なのが、奴らを五胡と思っていること。
正直に言えば、五胡の中の大きな部族――匈奴、鮮卑、羯、テイ、羌――の中でも、羌はさして強くない。
単純に強さの比較をするのは難しいが、この中で飛び抜けているのは鮮卑。
羯は位置が位置だから戦ったことは無いが、鮮卑とやり合う力はあるらしいから強いだろう。
匈奴は南北で別れており、漢嫌いな北が南を圧倒しているが、南も十分強い。
漢に友好的で、漢軍に手を貸していたこともあるので、漢民族の戦いを熟知する南の方が、逆に厄介かもしれない。
そして、やっと次にくるのが羌である。
だから、羌の偵察部隊如きが五胡の水準だと判断すると相当マズいのだ。
次にメリットだが、こちらはデメリットに比べて非常に少ないと言える。
一つは、羌の、五胡の奴らの戦い方を少しだが知れたこと。
どこの部族だって騎馬中心だから、戦術が大きくは変わることはない。
まぁ、たかが偵察部隊如きの戦術を少し見ただけで満足しているなら、最悪だね。
二つ、奴らがこっちを侮ってくれたこと。
俺から言わせて貰えば、今回の動き出しは遅すぎた。
本格的に攻めてきていたら、完全に後手に回っていたことだろう。
しかも、出鼻を挫くことに長けていた俺を相手にしていた為、最初と比べて準備等が格段に速くなっている。
よって、遅い蜀軍など恐るるに足らずと評価していると、南蛮に来る前に報告があった。
ただ、さっきも言ったように、こっちが奴らを侮っていれば、間違いなく潰されるけどな。
まぁ、知ったことじゃないが。
そう簡単に潰されたなら、俺の目が曇ってたってだけだ。
手の届く範囲の人を抱えて、魏にでも呉にでも逃げてやるさ。
追ってくるなら、逆に潰す。
それだけの話だ。
あ、そんなことはどうでもいいんだった。
当初の目的とかけ離れてるじゃねーか。
えーっと、南蛮遠征の経緯だったな。
大した被害もなく――裏を返せば実績も殆どない――、北から帰って来た俺たちに待っていたのは、南が活発化しだしたという凶報?だった。
因みに何故疑問なのかは、活発化しても人的被害が殆どなかったかだ。
……これは俺しか知らなかったことだが。
俺が知り得ていたのは、三つ。
一つ、奴らの目的が食料が中心であること。
二つ、子供のような形であること。
三つ、獣のような耳と尾があること。
なんのこっちゃサッパリだね、全く。
こんなことなら南蛮付近にも絵師を送り込むべきだった、と後悔したのは三日前のことだ。
そして、熱帯雨林を進軍するという今に至る。
……回想より、自分で言った方が早かったな。
まぁ、過ぎたことだ。
しかし、だ。
「あついなー」
「あついねー」
「お前らがだらけると、あたしもだらけたくなるから止めろ」
「「え〜」」
「ほらな! 今、あたし愛紗に睨まれたじゃないか!」
「知ったことか」
「お前、殴るぞ」
「まぁまぁ落ち着いてよ翠お姉さま。余計に暑くなるだけだよ?」
どうどう、と翠をなだめる蒲公英。
えぇ嫁やのー。
「あ、一つだけこの暑さをかき消す方法があるぞ?」
「ホントかっ!?」
「あぁ。一瞬で身を凍らす思いが出来るいい手がな」
「嫌な予感しかしないよね」
「そうだな、うん。止めとくよ」
なんだよつまらんなー。
陽は語る。
「どうやるのって? 殺気だよ殺気。冷や汗じっとりかいて、身体も冷ますんだよ。恐怖で震え上がることもできる。まさに自然クーラーに昼間の肝試し」
と
いい加減、物語を進めないと。
てな訳で、外の状況と五胡撃退と南蛮遠征直前まで一気に書いてみた。
久しぶりにこんなに長々と書いた気がしますねー。
「陽が苛めるから、余計に強くなったとか最悪じゃない」
そうでもないですよ。
その分楔も打ち込んでますし、今回は好転したじゃないですか。
「まぁ、確かに。あとは劉備ちゃん達次第よね」
に、しても。
ラブラブ書きたいー。
山百合と瑪瑙も久しぶりに書きたいー。
「そうね。二人の陽への思いを募らせるとこ見たいわね。きゅんきゅんしたーい」
乙女か!
「乙女だわ!」
そうだった。
失念してました。
「殺されたいの?」
おしまい☆