第六十八話
ちくせう。
日曜日に更新出来んかった!
戦闘と睡魔に苦戦した!
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………。(どっちも声出さないタイプだけど、静かすぎるだろ)」
Side 三人称
陽が、殺氣による挑発をして約数分。
どちらも淀みなく相手を見据えながら構えて、未だ動かない。
陽は右真半身に構え、僅かに剣先を揺らしながらタイミングを図る。
対する恋は、いつもの肩に担いだ構えでなく、陽に対して正面を向いて、自らの武器―方天画戟―の穂先を陽へと向けるといった構えだ。
余りに動かない二人だが、だれも痺れを切らしたりはしない。
手汗を握り、生唾を飲み込む。
武器こそ交えないが、拮抗した闘いであると、武の心得の無い者でもわかる緊張感。
もう、誰も陽を侮る者はいなかった。
そんな中、妙にそわそわした者が一人。
闘わないことに焦れているわけではなく。
今のままでは不安だったのだ。
「(なんでまだ右手でやってんだよっ!)」
そう、口にしそうになった一刀は、慌てて口を閉じる。
本当は声を大にして言いたいのだが、この空気がそれを許さない。
鈍感だが、流石に空気は読める男ではあった。
何故そこまでこだわるのかと言えば。
彼は知っているのだ。
陽の本領が、左手だということを。
しかし、動けない。
それがもどかしかった。
★ ★ ★
「…………。(攻め手に欠けるなー)」
無言で隙なく構える陽の、正直な心境だった。
太刀を揺らすタイミングを意図的にずらしたり、常に向けている殺氣に抑揚をつけたり、工夫はしているのだが。
一向に攻めてこない。
ならば此方からと、何度となく攻防のシミュレーションはしているのだが。
全く勝ちは見えず、さらには、最初の一撃さえ繰り出す隙さえ窺えない。
危険を承知で攻めようにも、軽く死ねる。
俗に言う、手詰まりな状況だったのである。
ただ、それは恋にも言えることだ。
陽も、そうそう隙を見せたりしない。
稀に隙を見せることもあるが、野生の勘が、確実な死をもたらすことを予知していた為、動かなかった。
「…………(さて、どうする)」
このままではジリ貧だと、自分でも理解していた。
陽の強さの生命線は、彼の体力と精神力、それに集中力だ。
どれも異常な程飛び抜けているが、限度というものは存在しない訳ではない――精神力を除いて。
幾つもの死線と戦、生死に関わることを自力で越えてきた精神力は尽きることはない。
しかし、睨み合いと脳内の攻防戦でも体力は使うし、相手の一挙手一投足を逃さない為に、陽は焦点の合わない目を無理矢理恋に向けるべく、集中力を消費する。
そうそう切れることはないが――具体的にはあと三刻は持つだろう――、それはこのまま睨み合いが続いた場合の話。
刻一刻と迫る敗北を、陽はひしひしと感じていた。
「…………」
「…………ふー。(しょうがねぇ。動くかな)」
恋に動く気配のないことを見て、陽は目を閉じて息を吐き、全てを一度リセットさせる。
それにより、張り詰めた緊迫感が霧散する。
不意にバサリと草を踏む音が聞こえたが、大方腰が抜けたのだろうと、陽は気に留めることもしない。
ただ、そんな雑音も聞こえるぐらいには、意識は恋から遠のいていた。
……本来ならば自殺行為でしかないが、攻めてきても斬り殺せる自信と問答無用に動きを殺せる程の殺氣を放てるぐらいは意識していたのである。
しかしながら、そのリセットするという選択は間違いではなかった。
十分を、十全に昇華させる機会がやってきたのだから。
「陽! 恋相手にいつまでふざけてんだよ! お前の利き腕は左だろっ!?」
「…………は?」
ここで、陽の戦闘スタイルについて語らねばなるまい。
陽が使えるのは三つ。
剣、槍、そして徒手。
その中の剣と徒手を併せた一拳二足一剣が、自身で最強と呼べるスタイルだ。
いや、だった、というのが正しいか。
太刀を手に入れてからは一拳二足一刀に、記憶を呼び起こしてからは原点回帰で一刀に戻っていたのである。
しかし、未だ十全になりきれていなかった。
原因は、一刀が言った、陽の利き腕は左だ、というところにある。
陽は、前世でも変わらず右利きだった。
だが、異常に見える銀の右目を隠さねばならず、左利きに矯正した、という背景があった。
そして現在は、右利きだが何故か左手も使える、という両利きだった。
だから彼は、この世界で初めて剣を握った時、右手で構えたのである。
これは仕方のないことだった。
そして、原因はもう一つ。
彼が見稽古してきた師であり義父の利き手が右だったことにもあった。
かの男は、空手、柔術、ムエタイ、拳法、骨法、テコンドー、カポエイラ、ボクシング、カラリ、シラット、サンボ、ルチャ(プロレス)、サブミッションなどなど、相当無節操に格闘技を習得していたが、そこだけは変えられない。
それを見てきた陽が、右手主体の拳術になるのは当たり前だろう。
つまり、今までは右手で"けん"同士が被ってしまっていたということ。
そして今、左手に刀という本来の形に戻ったことで、本当の一拳二足一刀が完了したのである。
「なんで気付かんかったんだろーな」
左手の刀を両手で握り直し、袈裟斬りと逆袈裟を繰り返し、一息で六度振る。
示現流の剣は、ただの剛剣ではない。
無駄を削ぎ落とし、刀の切っ先まで力を込めて敵を斬る、素早い剣である。
多少のブランクはあれど、流石は師範代といったところだろうか。
「すまんなぁ、恋。……これで、本気で殺れそうだ」
「……っ……」
今度は左半身で構え、刀は中段に、右手は腰に据える。
そして今一度、陽は殺氣をぶつける
本人に自覚はないようだが、霧散させる前よりも濃密に。
さらに、冷たいものも一緒になったと恋は感じていた。
★ ★ ★
Side 三人称 陽視点
間合いに飛び込む。
振り下ろされた戟を左にスライドするように避け、袈裟斬り。
だが、すでに引き戻された戟が身を守っている。
流石に太刀を折るわけにはいかない。
直前で力を抜いて、無力の太刀を戟に当てにいく。
攻撃を受け止めるならば、多少の力を必要とする。
故に、今、戟には太刀を受け止めるだけの握る力が込められている。
しかし、それは威力ある太刀を止める為に必要な力の為、今の無力な太刀を受けるだけなら無駄な力みでしかない。
太刀と戟が触れる瞬間。
もう一歩右足を踏み出ながら、腰に溜めた右手で、恋の脇腹に突きを入れるしかし、恋はフリーの左手でそれを受け止める。
流石に簡単には当てられないらしい。
加えて、太刀を受けた戟で無理矢理薙いでくる。
左手、というより左腕に力を込めてない為、簡単に押しのけられる。
その反動を利用して太刀ごと身体が流すことで、胴を両断せんとする戟の穂先は当たらない。
さらにそのまま右足を軸に回転し、右手を引き戻しつつ、後ろ回し蹴り。
顎を砕く一撃は、頭を反らすことで回避された。
そのまま後退しながら、恋は右から左に返す形で左薙を放ってくる。
左足を引くより速かった為、未だ右足一本の為、後退の余地はない。
そこで、右足を踏み切って少し飛び上がる。
体制が体制の為、近付く戟を背に恐ろしい悪寒を感じながら、高跳びの要領で跳び越える。
そして身体を反転させて、右手で地面に着地し、地を押しのける反力で後方宙返りをして距離をとる。
「(…………ふー)」
悟られぬよう、息を吐く。
頭では、まだ足りないのかと自答する。
殺氣の効力で動きは各段に鈍くなっている。
それに、全力の一撃を見て、受け方等の検証も終えている。
にも関わらず、未だ決定打どころか一撃もいれられていない。
幸いは、自身も一撃を貰っていないことか。
考える考える考える。
一撃を入れるには、勝利するにはどうする。
「…………」
「…………(もう一歩、踏み入るべきか)」
だが、それは死地に飛び込むこと。
すなわち、棺桶に片足を突っ込むということ。
それが出来ない訳ではない。
むしろ、それを望んだからこその死合だ。
静かに息を吸い込む。
身体中に酸素を巡らせる。
「(三、……いや、二度だ)」
全て避けることを考えず、攻撃を届かせる為の対価を、自分の中で決める。
肉を斬らせて骨を断つ、ということだ。
そうして、もう一度恋へと斬りかかる。
「……すごいな……」
一刀は、思わず感嘆の声を漏らす。
それは仕方のないことだろう。
恋の実力はここにいる誰もが知っている。
関羽、張飛、趙雲を相手でやっとの均衡の武力だ。
黄巾党三万人撃破は伊達ではないだろう。
しかし、その最強ともよべる恋に、一人で均衡を保つ者がいるのだ。
驚き以外の何物でもないことだろう。
しかも、それが自身の親友ともいう陽だというのだから、驚愕は禁じ得ないのだ。
「なんでアイツ……あんなに強かったか?」
そして、尽きない疑問。
だが、これはさして難しい問ではない。
なぜなら、陽の強さの基準は前世であり、今の陽とは比べようも無いほどの実力に違いがあるからだ。
今の陽が辿った軌跡を知らない一刀に、今の彼の実力が知れるはずもなかった。
★ ★ ★
接近を許さない右薙を、直前で止まることで避ける。
その戟が返ってくる前に、恋の間合いに入りこみ、切っ先を地面すれすれに這わせながら右に斬り上げようとする。
「…………っ!」
が、思わぬ頭を強襲するハイキックを受け止めたことで、攻撃は中断する。
完全な無意識で右腕が動き、その蹴りを受けきれたのは良かったが、恋のスペックを未だ読み切れていなかった、と悔いる。
だが、小さな隙を確認できたことは幸いだった。
左足を下ろすと同時に返ってくる左薙を、持ち手の手元付近で受け、刀身を滑らせることで力を流し、切っ先辺りで穂先を抑える。
右腕の痛みを無視して、指の第一第二関節を折り曲げて恋の脇腹に添える。
そして、両足の地を蹴る反動と同時に立てていた指を握りこんで、その拳を当てる。
「……っ!? ぐ、ぅっ!」
襲う激痛に顔を歪めながら、恋は一気に後退して距離をとる。
押さえる痛みの源は、はっきりと赤くなっていた。
形は某剣客浪漫譚のフタエノキワミァー!に似ているが、厳密には拳法の運勁とデコピン等と同じタメによる攻撃である。
石等を破壊できる程ではないが、人にダメージを与えるには十分すぎる威力を持っていた。
「……あの恋に拳を入れるとは。いやはや恐ろしい限りだ」
「そう言いつつ、お兄様対策を練る星お姉さまなのでしたー」
「おや、蒲公英に悟られてしまうとは。私もまだまだのようだな」
『武人っていうのはそんな人種だ』
と、大分前に陽が鼻で笑って言っていたことだ。
蒲公英にとっても、陽とは違うベクトルで理解に苦しむことである。
人間、諦めが大切だと思っているからだ。
恋や陽を相手にするには、実力に隔絶的な差があるため、対策を練ろうなどと思いもしない。
するだけ無駄だからだ。
勝てぬものは勝てぬ。
それが真理である。
……陽は、殺す対策ではなく、打ち勝つ対策を練るところが気に入らないらしい。
但し、それが強くなることを諦めることと繋がることはありえない。
「そんな星お姉さまにひんとを一つ。あまりにも綺麗に受け止められると、戻る力まで取られちゃうんだって」
「……成る程。あの恋の硬直は、そこにあったということか」
陽が拳を入れる前に、曲げた指を添えるという明確な一拍子が存在していた。
しかし、その動作を見ていた筈の恋が動かなかった……動けなかった。
それは、陽に踏ん張りの戻る力まで受け流されたからだ。
厳密には、攻撃が受け流されてしまうことで前につんのめってしまう力と、倒れないようにする後ろ方向への力が相殺してどちらにも動けなくなる、ということだ。
身体操術を極める陽だからこそ為せる業である。
しかしながら、それを聞いたところで対策をしようもないことだろう。
陽に不利になる訳でもなく、趙雲に有利になる訳でもない情報である。
★ ★ ★
側頭部を狙う右足の上段蹴りから、下ろすことなく中段蹴り、そしてもう一度顎を狙う上段蹴り。
恋は二度は戟で受け、攻撃に移る為に三つ目の蹴りは頭を引いて避け、左肩側に溜めた戟で逆袈裟に振り下ろそうとする。
未だ右足は上がったままで、片足で立つのは明らかな隙。
「……っ……!」
だが、実際は違い、攻撃はまだ終わっていなかった。
恋の頭があった虚空を蹴ってすぐに止め、頭を戻して攻撃をしてくるのを待っていたのだ。
戻ってきた頭の後頭部を狙う右の踵。
上段蹴りを避けられ、頭の右の空間へと伸びた脚の膝を畳んでくることで発生する攻撃。
恋はそれを小さく屈んで避け、その体制から右に斬り上げる。
襲う戟の棒部分を、引き戻した右足の裏で踏むように受け止める。
それだけでは明らかに超過する威力を受け流す為に、逆に戟を蹴りつけるぐらいの勢いで踏み込み、自ら左へと跳んで距離をとる。
「…………。(案外、惜しかったな)」
変則的な踵は少し危なげだったなと考える。
だが、次は当てられないことも同時に悟る。
恋は、一度見た業は覚えてしまうぐらい、見取りの才があるのだ。
……ならば、それを逆手に取ろうではないか。
「…………。(次は、太刀でいくか)」
後の布石になる一手を打つ。
真正面から右足を一歩出し、左手は鍔のすぐ下で耳元の高さに、右肱は下げて動かさず、右手は柄の下端に添えて、太刀を真っ直ぐ上に立てる。
左右は逆だが、トンボと呼ばれる、示現流の基本中の基本の形である。
因みに、トンボは構えではない事を明記しておく。
構えとは、相手に合わせて防ぐことを考えたもので、全くの防御を考えていないトンボは構えとは呼べないのだ。
……極端に言えば、斬られる前に斬ってしまえば良いということである。
跳躍し、一気に恋との距離をつめる。
牽制と迎撃の袈裟斬りを左に交わし、逆袈裟に振り下ろす。
恋はそれを受けることはなく、足を引いて避ける。
示現流の剣は、かなり一撃が大振りになる為、太刀を振るった後は隙ができてしまう。
だが、師範代クラスともなれば、避けられた後の対応を体得しているし、隙をすぐに消せる速さもあるのだ。
もう一歩足を踏み出し、返す刀で左に薙ぐ。
直前まで戟を構えていたのだから、受けようとしたのだろう。
しかし、自身の勘が、あれを受けるのは危険だと、警鐘を鳴らしたのか、今度は素早く二、三歩程後退した。
少し戸惑いの様子が見えた為、やはり勘だったようだ。
そこで、何を思ったのか恋が攻勢に出てくる。
自分の間合いまで素早く近付いてきて、いつものように袈裟斬りを放つ。
それを訝しむように、避ける。
そうして疑ったことが良かったのだろう。
先程までとは全く違う切り返しの速さに目を剥かずに済み、ギリギリしゃがみ込んで避けられた。
しかし、恋の攻勢はまだ終わっていない。
またも有り得ない速度で戟を切り返し、左上に斬り上げてくるる。
「……っ……(冗談じゃない)」
全く以て、冗談じゃない。
と、心で毒づく。
攻勢に回れないどころか、避けることで精一杯な斬撃の数だ。
殺氣の効果が薄れたのか、脇腹のダメージが回復したのか。
どちらにしても、そう簡単に立ち直れるものではないはずだ。
「……っ……。(厄介だな)」
戟を無茶苦茶に振るう恋だが、一撃の力と速さが尋常では無い為、隙はなく、迂闊に飛び込めない。
しかし、この嵐を捌かなければ、恋に届くことはない。
集中力をフルに高める。
もっと強く速く、目で耳で肌で感じられるように。
そして、前へと踏み込む。
「……ふっ!」
「……っく……(なんつう馬鹿力だっ)」
下段からの攻撃は全て足の裏で受け止め、中段上段の戟はほぼ太刀で流し、偶にくる突きや蹴りは右手で受ける。
死地と呼べる連撃の嵐に飛び込んだ陽だが、ダメージは蓄積しているものの、決定打は貰っていなかった。
いくら殺氣によって動きが鈍くなったからと言っても、恋の方が未だ一枚も二枚も上手だ。
その陽が、このように均衡を保てるのにはやはり秘密がある。
先ずは、身体操術の完全な体得と深い理解。
自分の身体の可動範囲を知り尽くすことで、無理をしない防御や回避が可能だ。
加えて、筋肉と関節、身体の僅かな動きで、どのような動作をするのかが分かる。
次に、広い視野と観察眼、視力の高い左目。
辺りにも意識はあるが、その中で対峙したものの隅々まで見ることができる。
それを為せるのが視力の違う両目、特に左目。
最後に、高い集中力。
これにより、右と左の焦点を無理矢理合わせることが可能になる。
つまり、高い集中力で相手の隅々を観察、身体の僅かな動きさえ見逃さず、対処できる身体を誇っているということ。
単純な武力では測れない強さを持っているのだ。
あらゆる方面からやってくる攻撃を、陽は捌く避ける受ける。
偶に完全に流すことも試みるが、やはり一度受けた業は通用しないらしく。
流されかけても、恋は野生の勘あたりで察知して無理矢理引き戻していた。
……それが身体を蝕んでいくことと知らずに。
「……っ……! く……っ」
「…………。(やっと、か)」
恋は突然攻撃を止め、陽から距離をとる。
そして、じわじわとした痛みを発する脇腹を押さえながら顔を歪めた。
その様子を見て、陽は高めていた集中力を通常程まで戻す。
どっと疲れが押し寄せて来た気分だが、それをおくびにも出さない。
陽がわざわざ無理をして恋の攻撃に向かっていったのは、脇腹に打ち込んだ楔を大きくする為だ。
その、楔となった拳の特性は二つ。
貫通と浸透だ。
一瞬の打ち抜く鋭い衝撃と、後にそこを中心に広がる波動。
本当は、浸透の効力は大したことのないものだ。
しかし、場所が悪かった。
走った後などに、よく脇腹が痛くなることがあるだろう。
陽はまさにそこを打ち抜いたのである。
加えて、その痛みを受ける原因となった完全なる受け流し。
そんな苦い経験をした為、流しきられる前に無理をして引き戻していたが。
陽は、わざとそれを狙っていたのだ。
しかも、その脇腹を使って戻さなければならないように仕向けて。
そうして、痛みに耐えながら肩で息を整える恋を成すに至る。
一度見た業は覚えてしまうことを逆手に取る策は成功したといえよう。
……流せても良し流せなくとも良し、という状況を作る周到さとあくどさは流石のものだ。
かと言って、陽に余裕があるかといえば無いに等しい。
さっきの極限まで高めた集中で、体力の殆どが奪われていた。
本当は恋と同じように、肩で息をしたいところだ。
だが、やっと優位に立てたこの状況をさらさら逃す気はなく、気丈に振る舞っていた。
「…………。(次で決めるしかないな)」
これ以上続けられる余裕は、ない。
ならば、次で終わらせる。
陽は、全神経を注ぎ込み、次に集中する。
今までとは対照的に、右手を前に真半身で構える。
右は前に出し、左は手首をかるく上げて切っ先を斜め上にして、中段に据える。
刺すような殺氣と滲み出る冷気に近い殺気に、再び構える恋。
殺氣も殺気も使い分けられる陽だが、このときは完全に無意識だった。
「…………!」
声にならないが、力強い息を吐き、陽は恋へ突っ込んだ。
Side 陽
「……なんっ……!」
これは、ホントのホントで冗談じゃないと思う。
四回のフェイントをかけた攻撃を避けたんだぜ?
マジで有り得ない。
まだまだ脇腹の痛みは響くようで、後手に回ってくれたのは良かった。
避けてからでも良いには良いが、完全な体制てあることに越したことはないからな。
放ったのは、左斬り上げ。
示現流だからって、トンボからの上段ばかりではないし、隙もあるし、俺にとっては下段からの方が応用が利くのが理由だ。
先ず一つ目のフェイントだが、太刀は左腰にあるのに、通常の右ではなく左脚を踏み出したこと。
俺の場合、右の拳も右の蹴りもあるから的は絞れない。
二つ目は、斬り上げる直前に、柄の一番下に右手を添えるように握ったと見せかけたこと。
必然的に太刀に絞れたが、先までと同じように、この両手持ちの剣は危険だと、切っ先が届かない程度の距離まで下がろうとした。
三つ目は、デコピンの要領でストッパーにしていた左手を柄から離し、右手一本の最速で最長の剣で斬り上げた。
左手を弾いた速さと、柄の末端を持っている為にできたこと。
間合いから外れるには間に合わないと思っただろう、戟で受けようとした。
恐ろしいのが、その速さに合わせて最高の形で防ぐ体制を作ることができていたこと。
しかしそこまで想定していた俺は、四つ目、斬り上げる途中で右手の太刀を手放して空振りし、その腰を横に振る勢いのまま左手で空中の太刀の柄の末端を握り、振るった。
防御のタイミングを外し、尚且つ、左脚前なので必然的に右手最長の剣の上をいく長さの左手の剣だった。
さらに、タイミングを外した甘い防御で止められたら、柄尻に掌底を当てて、足腰肩肘手首の回転と共に放つ突きがあった。
多分、完全ならば人体など余裕で貫けるだろう威力を誇る。
だが、全て嘲笑うかのように、これを避けたのだ。
本当に紙一重で。
想定外も想定外。
「…………マジか」
「……ふっ!」
小さく呟くと、目の前の恋は右薙を放った。
これは、絶対痛いだろ。
兎も角、身体に当たるのはキツいので、急いで伸びた左腕を引き戻し、右足を一歩出しつつ折りたたんでVの字を作る。
ホントは飛ばされる方向に跳んだりすべきだが、そんな悠長なことはしてられない。
そして、戟が左腕に触れる瞬間に思いきり力を込め、さらに足を踏ん張り、思いの丈の右の拳を戟に叩き込んだ。
Side 三人称
誰もが目を瞑るような攻撃を受けた陽は、ゴロゴロと転がって地面に伏した。
流石の一刀も、これ以上はマズいと判断し、勝敗を決しようとした。
が、それはいつの間にか隣にいた蒲公英によって止められた。
「まだだよ、ご主人様。ほら、見て」
「……なっ!」
蒲公英が指差した方に、全員が向くと、悠然と立ち上がる陽がいた
バカな、あり得ん、まさか、等の言葉が飛び交う中、陽は探し物をするようにゆっくりと歩き出す。
そして、目当てだった地面に転がる太刀を取ろうと左腕を伸ばし、顔をしかめる。
何時か左手を開いて閉じてを繰り返し、納得したような顔をして、右手で太刀を取った。
……戟を受けた腕なのだから、違和感があっても仕方ないと、この時の行為を、誰もが疑わなかった。
陽は歩きながら、右手の太刀を腰の鞘にしまう。
そのまま歩いていき、闘う前に放った上着を右手で拾い、左腕を固定するかのように巻きつける。
そして、対戦相手の恋に近付いていく。
この時、誰もが負けを認め、降参するだろうと思っていた。
左腕のダメージは大きく、足掻いても無駄だろうと考える頭はあるだろうと。
だが、勝敗条件を思い出して欲しい。
一つ目は降参。
二つ目は気絶。
三つ目は、次の拍子で殺せる状況を作ること。
つまり、まだ勝つチャンスがちゃんとあるのだ。
それを放棄する程、陽は甘い人間ではない。
ゆっくりゆっくり恋へ、いかにも負けたかのような雰囲気で近付く陽。
殺氣も殺気出さず、敵意もださない。
そして、目と鼻の先で対峙する二人。
「恋ちゃん」
陽が、先に声をかける。
やはり降参かと皆が思ったそのとき――
「……殺し合いに、油断はいかんぜ?」
――察知した恋の戟を足の裏で押さえ、陽は巻き付けていた服から取り出した左手の短刀を、恋の首に突きつけた。
悪戯が成功したかのように、陽はニヤリと笑う。
ここに、勝敗は決した。
「…………ずるい」
「ずるかねぇよ。死合なんだからな」
死んだら負けなのが死合だ。
逆に言えば、死ななければ負けていないし、殺せるまでは勝ったと思ってはいけないということである。
「…………」
「……わかったわかった。昼飯奢るから堪忍な」
「本当?」
「あぁ」
睨んではいないが、納得いかなそうな視線を送る恋に、両手をあげて降参のポーズをとる陽。
宥める為に貢ぐものが食事の誘いで、すぐに目を輝かせたのは愛嬌である。
「んじゃ、早速行くか。おーい、蒲公英ー! メシ行くぞー」
「……えっ? あっ、待ってよお兄様っ!」
勿論、そんな話を聞いていない蒲公英は、不意に呼ばれたことに驚きつつ、陽の元へ駆け寄っていく。
蜀臣たちは完全に置いてきぼりだった。
★ ★ ★
「結局どうなったの? それに、左腕痛むんじゃないの?」
「勿論、俺の勝ち。左腕は痛いには痛いけど、打撲程度。普通に動かせるよ」
次の日辺りには痣になっているだろうが、支障をきたすものではなかった。
別に、太刀を拾うことなど造作もないことだったのである。
「けど、こっちはなぁ。治るのにひと月はかかりそうだ」
「うっわー……、これはひどいなー」
青紫に変色した親指を除く四指を見て、痛そうな顔をする蒲公英。
やはり、威力ある戟に打ち込んだのは流石にマズかった。
悪ければ粉砕骨折、良くて罅だろう。
何かを握ることなど、激痛を伴う為に、とてもではないが出来ることではない。
何か、執念に近いものでもなければ。
「陽、痛い?」
「そら痛ぇよ。でも、俺の落ち度だから気にすんな」
避けられない自分が悪かったと、陽は言う。
死合だと指定した本人なのだから、自分の責任は当然自分で負うのは当然である。
「別に左手があるし、造作もないことだ」
普通は大怪我に分類される筈の怪我なのだが、平気だと宣うこの男はやはり異常である。
陽は語る。
「勝つ為なら右手さえ犠牲にしてやんよ」
と
陽君、手札全部きっちゃいました。
殺気と殺氣と完全な受け流し。
陽君は、殺気も殺氣も自在であります。
どちらも動きを止める効力だったり。
あと、突きの貫通とか浸透とかは、そんな感じかー、みたいに流してください。
完全な受け流しとか使いにくいから名前考えてくれないかなー。
|ω・`)(チラッ
「なにこのハイスペック。しかも勝ったよ!」
まぁ、うん。
やりすぎた。
でも、実際そんな強くないよ。
「いや、呂布ちゃんに勝ってる時点でテラチートだから」
普通に横文字使うなし。
あなたも知ってるでしょ?
殺氣の効力。
「氣を削ぐことで動きを制限する。簡単にいうと、武力ステータスを-1する」
そうです。
加えで、初見だとほぼ動けません。
そんな訳で、本気だけど動きの若干鈍くなった恋ちゃんに、陽君は勝ったのである。
「それでもすごいからね?」
だからやりすぎたと言っているのです。
おしまい☆




