第六十六話
あ、あぶねー。
ギリギリいっぱいだー。
「おら、どうしたどうしたー! 示現流師範、北郷義一の孫の名が泣くぜーっ!?」
「ちょっ! じぃちゃん関係ないだろ!」
「いや、あるだろ。仮にも孫なんだから、もっと頑張れよー」
Side 陽
やぁやぁ、皆さんこんにちは。
別に気にする程のことじゃねぇが、一応、距離を縮めようとしてやってる、陽でございます。
人間関係とか、正直めんどくさいけどな。
さて、今俺が何をしているかというとだ。
「避けないと死ぬぞぉ」
「うぉわっ! 危なっ!」
一刀を鍛えてやってます。
暇だから。
いやー、ぶっちゃけ、仕事少ないのよ。
軍師時代のせいかな。
量が雀の涙程度にしか思えんのだ。
蒲公英にしか出来ない仕事以外を全てゆっくりやっても、三刻もあれば超余裕で終わる。
てかむしろ、そんなに時間をかけてやる方が難しい。
普通ペースで二刻、本気出せば一刻で終わるのだ。
偏に俺の処理速度が異常すぎるお蔭かな。
……純粋な慣れだが。
ま、そんな訳で、暇そうにしてた一刀を捕まえて、苛め……鍛えてやっているのだ。
絶対暇じゃないのに、休憩だってサボってる阿呆にお仕置きを兼ねていたり。
……(自業自得ではあるが)牡丹でも頑張ってたんだから、もうちょい真面目にやらんとな。
☆ ☆ ☆
Side 三人称
時は、少し前に遡る。
当人が言った通り、仕事を終わらせて暇だった陽。
ちゃっかり蒲公英の分のほとんども終わらせていたりするが、それでも暇だった彼は、ぶらぶらと城内を練り歩いていた。
本当のところは蒲公英とデートでもしたかったらしいのだが、彼女は彼女で忙しい。
そんな訳で、散策と自分の知る情報と照らし合わせるのを兼ねた、城内探索をしていた。
その最中、東屋を通りかかったところに、涼んでいる一刀を見つけたのだ。
「おー、バ一刀。お前なにしてんだ?」
「げぇっ、陽っ! いや、きゅ、休憩さ。根を詰め過ぎても良くないだろ?」
「そんだけ頑張ってる奴にだけ言える言葉だがな」
「うぐっ。……そっ、そう言うお前はどうしたんだよ!」
「一緒にすんな。もう終わってんだよ」
「……なん……だ、と……」
陽が半目で問えばうろたえ、呆れたように言えばどもり、鼻で笑えば愕然とする一刀。
いちいちリアクションの大きい男である。
あ、そうだ、と思い出したように手を叩く陽に、心底嫌な予感がする一刀。
経験則からか、うるさいぐらいの警鐘がなっていた。
「休憩ってことは、余裕があるわけだ。だったら、……やらないか?」
「い、いや、別に余裕があるって訳じゃ」
「ほぉー、それなのに休憩するのかお前は」
「うっ! だっ、大体、何をやるんだよっ!?」
「仕合(という名の鍛錬)」
「それはちょっと遠慮っ――嘘です。やります。やらせて下さい」
イイ笑顔で一刀にとっての死刑宣告にも似たことを宣う陽に、ガタブルと震えながらも、勢い良く頭をさげた一刀だった。
★ ★ ★
「ちょっとしたハンデだ。ほれ、使わせてやんよ」
「うぉっ、って刀!? なんでお前持って」
「偏に俺の人徳故かな」
「嘘吐け」
「殴ったろか、お前」
確かに褒められたことをしなさそうなタチの陽。
当人もそれを自覚してはいるものの、やたら自信をもって即座に否定されると、流石にイラッとするだろう。
それ以上言っても仕方ないだろうと、舌打ちを一つ。
そして陽は、兵たちに支給されるような両刃の剣を右手で持って肩に担ぐ。
「兎も角。おら、かかってこいや」
「……っ……。そんなに強くないことは自覚してるけど、ナメすぎだろ」
「御託は必要ねぇぜ? 負けた時の言い訳なら聞いてやるが」
「言ってろ!」
前に出した左手を前後に動かし、ニヤリと笑っていかにもな挑発をする陽。
そんなわかりやすい挑発に乗る程、一刀は幼稚ではない。
それに、力量の差も充分理解してはいる。
だが、前の世界でも決してされたことのなかったあからさまな手加減には、流石に許すことはできなかった。
「キエェェェエーーーッ!!」
「遅ぇよ」
特有の甲高く、気合いの籠もった雄叫びを上げ、一刀は斬りかかる。
そんな攻撃を嘲笑うかのように、陽はひらりと身躱す。
……実際は、受けることが悪手な為に避けたのだが。
示現流とは、二の太刀要らずとも言われる一撃必殺の剣を持つ流派である。
初太刀で相手の真剣すら砕いてしまうほどの剛剣だ。
その剣を体得し、北郷示現流道場を開く北郷義一の孫である一刀は、彼から手解きを受けていた。
剣術と剣道はかなり違うものではあるが、その教えがあったからこそ、一刀はインハイに出場出来たと思っている。
兎も角、片足を突っ込んだ程度ではあるが、未熟ながらも剛剣を振るうに至れる実力はあるのだ。
しかしながら、だ。
一刀の相手は馬雄孝白、またの名を馬白孝雄。
そして、前世の名を、北郷陽という。
商会馬印社長にして、天狼。
前世の肩書きは、北郷示現流道場師範代である。
幼少期に拳術を見取り、西涼で片鱗を見せながら自己流の剣を編み出し。
少し前に自身の学んだ流派の事を含む、前世の事全てを思い出した。
つまり、一枚二枚どころの話ではない歴然の実力差が、彼等の間にはあるのだ。
「くっ! チェエースッ!!」
「ふっ」
「んなっ! そんなことが!」
一刀の太刀筋に合わせ、剣と刀を滑らせながら、その剛剣を右腕一本で受けきってしまえるぐらいには。
そのまま鍔迫り合いをしながら、互いに睨み合う。
……最も、一刀の方は動揺を必死に抑えようとしているのが見え見えだが。
「もっと踏み込め。殺す気でこい。それが出来ずして何が示現流だ!」
「くそっ!」
両手で刀を持つ一刀だが、陽の右腕一本に力負けし、その言葉と共に押し返しされる。
わかっている。
一撃必殺の剣に、手心なんてものはいらないことは。
むしろ、その行為が命取りであることも。
だが、一刀の長所である優しさが、邪魔をするのだ。
実力差は知っているが、もし当たってしまったら、と考えてしまう。
彼の持つ刀は、勿論刃引きしていない。
だからこそ、もし親友を傷つけてしまったら、と考えてしまうのだ。
それが表情から容易に読み取れた陽は、溜め息混じりに口を開く。
「あのさぁ、もしお前がそれ使ってなくても、死ぬ時は死ぬんだぜ?」
「……どういうことだよ」
「示現流ってのは、武器ごと砕く。それが叶わなくとも、武器ごと押し込んで殺す、っていう剣術だろ。刃引きしようがしまいが、当たりどころが悪けりゃ死ぬんだよ」
また肩に担ぎ直し、トントンと肩を叩く陽。
彼の言うことは尤もで。
とある記録にも、初太刀を受けた武士が、自らの頭に自らの刀の峰や鍔を食い込ませ絶命した者がいた、とある。
つまり、真剣であろうが、刃を潰した剣であろうが関係ないと言いたかったのだが。
どうあっても殺すに至る剣術であるという真実に、逆に気付かせることとなってしまった。
「…………」
「まっ、まぁ、お前の剣なんか絶対当たらんから問題ないけどな!」
「そういう問題じゃないだろ……」
厳しいようで甘く、どこか抜けている陽(阿呆)に呆れつつ、こんな奴だったなと一刀は思い出し、苦笑する。
だが、同時に安心もする。
"いつもの陽だからこそ"、一太刀も当てられないことを確信して。
「……よし! 今日こそ一本取ってやる!」
「無理だな」
「キッパリ言うなよ!」
☆ ☆ ☆
そして、時間は戻り。
「まっ、参った! はぁっ、はぁっ! も、もう無理っ!」
「情けねぇなー、おい」
降伏宣言と共に、仰向けになって倒れ込む一刀。
それを貶めるように声をかける陽だが、その表情は少し優しげで、傍目からは馬鹿にしているようには見えない。
「しょ、しょうがないだろっ! お前、はぁっ、強くなり過ぎだ!」
「……そうか? 体力はついたとは自負してはいるんだが」
いまいち基準が把握出来ていないのか、首を傾げながら陽は考える。
それは仕方のないことと言えるだろう。
一刀の考える基準は、前世の師範代としての実力である。
だが、陽にとって前世は二十年も前の話で、しかも、明確に思い出したのもけっこう最近のことで。
彼の絶対基準は、西涼にいた時の馬白だ。
だからこそ、そこからあまり伸びていないと思っていた陽は、そんな反応をしたのだ。
「いや、右腕一本で捌ききられた俺の立場を考えてくれ」
「大したことじゃねぇだろ」
「ちくしょう、言い返せる程の実力がないのが辛いぜ……!」
自身でも理由がわからない程度に少しだけ違和感を感じる陽だったが、暗示を込めつつ、やはり一刀をからかってみせる。
最後の最後まで、精神的にも肉体的にも一刀のライフを削る我等が主人公には、凄まじいとしか言いようがない。
Side 陽
俯せになり、さめざめと嘘泣きを始める馬鹿、もとい、バ一刀。
いい気味である。
背中ぐりぐり踏んづけてやろうか。
痛いだろうが、確実にツボをついてやることも出来るから、疲労回復の見込みはあるんだぜ?
痛いだろうが。
大事なことなので二度言ってみる。
そんな事を考えてた折だ。
ふと、二本の赤毛なアホ毛がぴょこぴょこと揺れているのが目に映った。
思い当たる人物は、一人。
「あ、陽、と……ご主人様?」
「おっいーす、恋ちゃん」
「あれ、恋じゃないか。どうしたんだ?」
俺に気付いた恋ちゃんは此方に歩みよってきて、首を傾げる。
どうやら寝転んでいた一刀には気付いてなかったらしい。
……この恋ちゃん、何故寝転んでいるか、とかは気にしないタイプの人間である。
「街の巡回の帰りかな? ご苦労様」
「(コクコク) 恋、頑張った」
「……いい加減立てや」
「そっ、ぐぇっ! ちょっ、痛いだろ!」
わざわざ強調する辺り、褒めて欲しいのだろう。
ところが流石の鈍感野郎一刀は気付かない。
仕方がないので襟を引っ張り上げて起こした。
痛そうだったが無視だ。
「おら、気付け馬鹿」
「何にだ……って、あぁ」
どうやらこの男、そんなに鈍感じゃないのかもしれない。
いや、恋ちゃんの撫でて目線が強力だっただけか。
「成長したな、恋。偉いぞ」
「(コクコク) 恋、もっと、頑張る。ご主人様の役に立つ」
「うん、よろしくな」
「…………」
少々、甘やかし過ぎだと思うのだがな。
しょうがないと言えばしょうがない。
恋ちゃんの無垢な瞳に耐えられる奴はおらんだろうし。
俺は平気だけどな!
蒲公英の瞳の方が、百倍強力だもの。
俺を動かしたかったら、蒲公英一人持って来い。
善処どころか完遂してやる。
それはおいといて。
一刀鍛え終わった俺には、ここに留まる必要もなく。
転がってる刀(鞘付き)を拾って腰に差す。
そんで、そのまま退散しようかと思ったのだが。
「……そうだ。陽って、本気出したらどれぐらい強いんだ?」
逃げるように立ち去ろうとした俺に気付いたのか――多分、気付いてないだろう、阿呆だから――、そんな言葉をかけてきやがった。
彼の手は未だ、恋ちゃんの頭の上である。
どうでもいいが。
って、おい。
今、そんなことを聞くなよ!
完全にフラグじゃねぇか!
「陽は、強い。ご主人様だと、一瞬で負ける」
「……まぁ、それはわかってるけど」
言うまでもないことだ。
こちとら将やってたんだし。
現在進行形でやってるし。
そんなことを考えていると。
似合っているようでどこか違うように、恋ちゃんは手のひらを拳でポンと叩く。
「ご主人様、……陽の実力、知りたい?」
「あぁ、まぁな」
「じゃあ、恋と闘えばいい」
「……なん……だ、と……」
不意打ちとも呼べる提案?に、愕然とする。
恋ちゃんと闘う?
愚問だろ、常識的に考えて。
勝てる要素がどこにあるよ。
……あかんやろ、マジで。
「勝算がない闘いはせんぞ、俺は」
「……約束した。恋と闘う」
「それは……あの時の勢いでだな……」
やめてぇー!
そのうるうる光線やめてぇー!
「そう渋るなよ、陽。恋と闘ってくれたら、蒲公英と1日デートできるように、俺が工面してやるからさ」
「…………なんだと?」
今、なんと言った?
「それだけじゃ、ちょっと弱いか。……もしも勝ったらもう1日追加、ってのはどうだ?」
「…………」
闘うだけで、無条件で1日デートできる権利。
そして、勝てばもう1日デートできる権利だと……!?
何それ凄い魅力的。
「良いだろう。上等だ」
「よし、決まりだな。んで、いつやる?」
「早めがいい。てか、早くしろ」
早くデートしたいもの。
「じゃあ、明日でいいな?」
「わかった」
漲ってきたぜえぇぇぇえ!!!
おいそこ、キャラ違うとか言うな。
「ご主人様、決まった?」
「あぁ。良かったな恋。明日、闘ってくれるって」
「やった。恋、嬉しい」
なんかそんな話をしてたけど、構うものか!
早速蒲公英に報告だ!
俺は、風になる!
★ ★ ★
「え、でぇとなら何時でも出来るじゃん」
「…………はい?」
「今日は午前中に調練があったから、机仕事が午後になっちゃっただけだもん」
「…………んん?」
調練は、毎日行っている訳ではない。
基本的に、それぞれの部隊で代わる代わるやっている。
まぁ、合同訓練みたいなのがあったりするが。
……と、いうことは。
「お兄様のおかげで机仕事も少ないし。午前中に終わらせられれば、午後って暇なんだよ?」
「……oh……」
そうだった。
あぁぁあぁぁぁあ゛ぁぁぁ!!
「……………………殺す」
「お、お兄様……?」
「あんのクサレチ〇コ野郎……! 殺して解して並べて揃えて晒してやる……っ!」
「待って、お兄様! 規制にも引っかかっちゃうから! 待ってってば!」
「さぁ、零ざ――ぬぅっほぅわぁおっ!?」
後ろから抱きつくという不意打ち、というか背に当たるおっぱいに驚愕と興奮の声が出てしまう。
慣れたと思ったんだが、それは前からだけな話らしい。
後ろは、ダメなんだな……。
「だから、待って、ね?」
「お、おぉ」
首を回して後ろを見ると。
……蒲公英の上目遣いは強力過ぎるだろ!
とりあえず、反転する。
「いいんじゃない、闘ってあげても」
「……えー……。相手、恋ちゃんだぜ?」
「お兄様なら勝てるよ」
「……っ。言い切るね」
そんなに真摯な目で見られると、ドキリとするんだぜ。
だけど、……この信じて疑ってない目には、戸惑う。
「たんぽぽの中では、お兄様が一番だもん」
「……くくっ。そっかそっか」
一番、か。
悪くないかもな。
陽は語る。
「あの阿呆が、第一級フラグ建築士だってことを忘れてたぜ」
と
陽君の実力の一片と、彼の修めた剣技の話でした。
次回で、全貌が明らかになるのか……!?
「陽は強いわよ~。全力なんて出したことないんじゃないかしらね」
まぁ、書いてもないしね。
「楽しみにしてるわ」
止めて。
期待しないで。
そんな目で見ないでぇ!
おしまい☆