第六話
正式に馬家の一員になって――真名も改めて交換し合って――早一週間を過ぎたころ。
陽はまた城の上に登っていた。
前回もなのだが、どう登ったのかは触れないでおこう。
陽がわざわざここにきた理由があった。
それは、新たな悩みが浮上したからである。
陽は悩み、疑問など頭脳労働をするときは一人熟考するタイプなのだ。
故に、一人になりたいのだがこれがなかなかにして難しい。
睡眠以外、ほとんど一人でいる時間がないのである。
半分は納得できた。
何故なら自ら望んだことだったから。
しかし、もう半分はそうではない。
「母さんとの鍛練がキツイ」
陽の義母、牡丹との鍛練こそが陽の新たな悩みであり、一人でいる自由時間が出来ない理由だった。
(何故だろうか?
俺、別に頼んでないのに強制的にやらされているんだよ?)
そう考えてみたが、理由は正直わかっていた。
しかし、今一度原点に戻らないとやるせない気分になってきた陽は、振り返ることにした。
(あれは、薊さんに相談した時からだったかなぁ……)
☆ ☆ ☆
Side 薊
「母さんの、いえ、家族の皆に恩返し出来るぐらい役に立ちたいです」
「……は?」
「だから、兵法とか、教えてくれませんか?」
儂は耳を疑った。
あれだけやる気のなかった奴がこうまで変わり、あまつさえ教えを乞いに来るとは……。
まぁ、前回は無理矢理だったからの、当然とは言えるのだが。
「ちょ、あのー」
「お、おぉ、すまんの。うむ、心得た。……じゃが、条件が一つある」
「なんです?」
「堅っくるしい言葉使いはやめぬか。家族内での約束でもあったであろうが」
「あ、あぁ、そういやそうでし……だったな~。うっかりうっかり」
額を軽く叩く陽。
なんじゃろう、凄く腹立たしい。
「全く……」
「でもさ、人に頼むときは誠心誠意でするもんじゃないすか?」
「ま、まぁ、それはじゃな……」
むぅ、言いくるめられてしもうた。
この辺りは本当に牡丹と似ているところじゃな。
まぁ、この際じゃ、それは置いておこう。
「よし、では早速やろうではないか!」
「あ、無理矢理話題変えたね」
「う、うるさいわ!」
クスクスと笑っておる。
まぁ、ここは年の功で抑えて……だれじゃ、儂を歳だといったのは!
「……? まぁ、頼んだ俺もあれなんだけど、積み上がった書簡の山々はどうすんの?」
「……あ」
「あっはっはっはっ。これ借りてきますね〜。時間が出来たらまたお願いしますわ」
何冊か持ってでていったしまった。
笑われたのは癪に触ったが、まぁ良しとしようではないか。
今はとても気分が良いからな。
何故って、牡丹に自慢出来るのじゃぞ?
フフフ……牡丹の狼狽える様子が容易に想像出来るのう♪
しかし、笑顔を見せてくれるとは……。
一昨日までの奴と同じ人間だとは到底思えんわ。
この日、薊と顔を合わせた者たちは一様に、
「韓遂様の笑みが黒い……」
と言った。
そしてその夜、案の定牡丹の、
「ななな……なんですってぇぇぇえ!!」
と、某未来の特盛金髪ロールばりに狼狽した声が城内にこだましたという。
★ ★ ★
Side 陽
そしてその翌日、笑顔だが決して目は笑っていない母さんと出会った。
「役に立ちたいからって、薊を頼ったのね?」
「……まぁ、そうだね」
なぜか薊、の部分を妙に強調させてくる。
嫌な予感はするのだが、事実だから同意で返答した。
「何故私のところに来なかったのかしら?」
微かに額に青筋がたっているのだが、……全くもって意味がわからん。
「それはわかりきってるでしょ。母さんが太守だから遠慮しておいただけじゃん」
母さんこと馬騰は、ここ隴西の太守なのである。
蒲公英の行動から身分というか、立場的にお偉いさんだとは思っていたのだが、まさか太守とは思ってなかった。
毎日飯作って顔見せて、としてたから、どんだけ暇な役職なんだ、と思っていたんだけどな。
それを知ったのも、ここ隴西が涼州のかなり西のほうであることを聞いたのも昨日のこと。
自分自身、こんなに西に来ているとは思ってもみなかった。
「それでもよ! まぁ、それはもういいわ。……役に立ちたいのよね?」
「……まぁそれは、うん」
「じゃあ、そうね槍を扱えるようになってもらうわ♪」
母さんは満面の笑みだったが、俺は盛大に顔がひきつっていることだろう。
「ここは西涼。漢の領土の北西端に近い位置よ。故に、主に北の匈奴と西の羌からの侵攻を防がないといけないところなの。……たとえ漢に服していても、いなくてもね」
真剣味を帯びた母さんの言葉にうん、ととりあえず首肯する。
「そして、主な戦力というと向こうも同じだけれど、騎兵なの。……ここまで言えばわかるわよね?」
「俺が戦にでるのはすでに決定事項なのね……」
「当然じゃない♪」
わかっていたことだが、一応、肩を竦めておく。
「もちろん、陽の剣の実力には一目置いているわ。……けれどね」
「馬上じゃ使えない、って訳ね。……ハァ」
「そ♪ 理解が速くて助かるわ」
すごく頭を抱えたい事態になってしまった。
「さて、早速始めるわよ! 私の息子になった以上、手加減はしないわよ!」
「……政務はどうすんのさ?」
「あんなもの、薊に任せたわ!」
おいおい、本当にそれでいいのかよ。
結構やべーだろ。
つか、勉強の時間が無くなるじゃんか。
「いいのよ、二人で交代してやるから。勉強の時間は無くならないわ」
出来れば、心は読まないで欲しいんだが?
「無理☆ そうね、蒲公英と翠を呼んで、調練場に来なさい」
コイツ、うぜぇw
☆な感じは本気で腹が立ったぞ、このやろう。
三人で向かった後は、俺と蒲公英は基礎固め、翠姉――歳はさして変わらないだろうが、母さんの長女ということでこうよんでいる――は鍛え直しの猛特訓という地獄のような二刻を過ごした。
昼を挟んで、俺と蒲公英(翠姉は逃げた)は薊さんとお勉強会……というより講義?を受けた。
……それから昨日まで一週間、二人からまるで腹いせか、八つ当たりを受けているかのような怒涛の日々だった。
☆ ☆ ☆
(つか、なんとなくすんなり頭に浮かんだが、地獄ってなんだっけ?)
そう一瞬考えたが、今浮上した疑問も、牡丹の若干正統性を持った、理不尽とも言うべき鍛練と称した暴力さえも、今の陽にはどうでも良かった。
何もかも忘れて、今はこの僅かばかりの休息を享受したいのだ。
現実逃避だ!といわんばかりに、陽はふて寝した。
★ ★ ★
一刻ほど経ち、城下の騒がしさに陽は目を醒ます。
人々からは、称賛の声があがっていた。
(ま、多分母さんの軍かなんかだろうさ)
心底どうでも良さそうに見下ろしていると、蒲公英が庭を駆けずり回っているのが見えた。
十中八九、自分をを探しているのだろう、と陽は思う。
そういう役回りをいつも蒲公英が担っていたので、そう予想する。
(まぁ、困らない程度に降りてあげますかね。
困った蒲公英を見るのは楽しいんだけどさ)
若干酷いことを考えながら、陽は降りることにした。
★ ★ ★
その後、蒲公英と合流して玉座の隣の部屋に向かった。
合流時に、
「もう! お兄様! あんまりわかりにくいとこにいかないでよね!」
と、陽は怒られた。
高い所に隠れず居るのだから、ある意味滅茶苦茶わかりやすいのだが、城の近くからでは流石に見えないのである。
ということで、とりあえず陽は謝罪することにした。
部屋には既に翠もいた。
そのまま牡丹達が来るまで、陽、翠、蒲公英は待機するしかない。
三人が玉座に入らない……入れない理由はたった一つ。
正式な臣下ではまだないからである。
いくら君主の親類であろうが、一応は兵として段階を踏む。
家族だから、高い身分の血があるから、という理由では、この地で昇進することは不可能である。
外敵からの防衛ラインの前線である地で、そんな甘えは通用するハズがないだろう。
因みに、翠はもう軍に所属しているが、まだ玉座に入れるほどの地位ではないらしい。
それについて、聞いてみた陽。
「あんだけ強いのに、まだ将じゃねぇの?」
「お前に負けたから、下げられたんだよ!」
あともう少しだったんだからな!
と、続いて叫びながら陽を軽く殴る翠。
それは自業自得じゃね?
と思った陽だったが、言葉には出さず、理不尽な暴力を甘んじて受けることにした。
かなり痛そうだったが、こういったスキンシップが陽には嬉しかったようだ。
陽は決してMではない。
そのようなことは断じてない。
(これは大事な事である)
★ ★ ★
さらに半刻ほど経ち、牡丹、薊、そして陽の知らない二人が入ってきた。
「あっ、山百合さん、瑪瑙、おかえりなさい!」
「山百合、……お疲れ」
「……只今戻りました」
「なーんか、年下から呼び捨てってやっぱしっくりこないわ。それで、翠はボクに対しての労いはないのかしら?」
「うっせ!」
片膝をつき、右の手で握った左手の拳を覆っている、紫紅色の髪を後ろで一つに束ねた者。
据わった目で翠を見て腕を組んで立つ、褐色の髪をツインテールにしている者。
前者は真名を山百合、後者は瑪瑙といった。
勿論、陽は二人を知らず、二人も新たな家族が増えているなど知るよしもなく。
「こいつ誰?」
「この方はどちら様でしょうか?」
「お二方は一体誰なのですか?」
と、三者三様に質問するはめになった。
最初は瑪瑙、自然体に……いや適当に。
次は山百合、少々含みを持った笑みを浮かべて。
最後に陽、丁寧語で笑顔と言う名の仮面で覆って。
端からだと、穏やかな様子に見えるだろうが、居合わせた四人には一触即発なムードにしか見えなかった。
陽は語る。
「二人との出会いは互いに最悪な印象を持ってたなぁ」
と
蒲公英√だというのに、未だ蒲公英成分が少ない、だと……!




