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第五十話



テストの野郎……。



また遅れてしまったやないのさー!






「今回は、山百合視点過去編が半分かな。まぁ、私との時間ばっかだと思うわ。だって、山百合、私のこと大好きだもん」


「おい。死人が出てくんなや」


「ここに干渉するあたり、陽も大概だと思うんだけど……」










Side 陽


えー、こんにちは。

こんな登場の仕方ですいません、陽です。

私、現在、牡丹の部屋にいたりします。

いや、ホントはここ来るほどの暇なんてないんですけどねー。

薊さんが、行ってよし、と言ったので来たんです。

まぁ、その裏には、今少し余裕あるから山百合さんを戻せ、っていうS級の任務が隠れていたりするんだけど。


そんなこんなで、今、俺は元牡丹の机に座っています。

俺の背側にある元牡丹の椅子には山百合さんが座っています。

……なんと言えばいいか。

とりあえず、今のところ悲壮感はなかったりする。

悲しいとか、そういうのは感じられない。


でも、すげぇ不安定だ。

その理由が、今現在聞かせて貰っている昔話から少し見えた気がする。

ここは都合が良いしな、このまま聞くとしよう。





   ☆ ☆ ☆





Side 山百合


その後、私はお礼を述べて、逃げてしまいました。

牡丹様に――無論、このときはまだ真名は頂いてません――助けて頂いたのにも関わらず、です。

感じの悪いことこの上ありません。

後に、気にしてない、と言って頂いたのですが、未だ申し訳なく思っています。


それはさておき。

おじ様おば様の家に着くまで、私はずっと、三人相手には逃げなかったのに、なぜあの人相手では逃げてしまったのか、を考えていました。

本来、逆であるはずなのに。



それから半月。

私はいつも通りの日々を過ごしていました。

おじ様おば様は、私に行くところのないことを知っていたようで、快く迎え入れてくださったのです。

私はお二方に感謝の意を込めて、より一層励みました。

しかし、それは表向きのことであって、本当は、心に空いてしまった穴に気付かないようにする為でした。

両親の死はそれほどに重く、そして両親の為に生きてきた私には、大きなものでした。



「ありゃ、この前の嬢ちゃんじゃねぇか」


買い出しの帰りに、半月前に絡まれたチビ(?)さんと出交しました。

前回みたいに助けて頂けるとは限りませんし、相手も一人、ということで、私は逃げることにしました。


「あっ! 待ちやがれ!」


追っかけてきました。

当然ですね。



実を言うと、まだ街に来て半年とちょっとでしたので、この時はまだ地理を把握しきれていませんでした。

そういう訳で、道に迷った挙げ句、行き止まりに入ってしまいました。

振り向けば、どうやって集まったのか、アニキ(?)さんとデク(?)さんと共にチビ(?)さんが迫ってきていました。

道端は、大人三人が並べたら良い方、という程。

到底逃げる余地はなく、諦めることにしました。

そうするのが楽だと、本能的に気付いていたのでしょう。


そうして肩の力を抜いた途端。


「また諦めるか、ませ餓鬼」


その低い声は、突然上から降ってきました。

行き止まり側の屋根の上。

そこに腕を組んだ格好の牡丹様がいました。


「「げっ! 血濡れの馬騰」」


「こ、こわいんだな〜」


確かにあのときの牡丹様は怖かったです。

八割方、私が怒らせていたんですけどね。


「……てめぇらが変な二つ名流した所為で、それで広まっちまったじゃねぇか。どう落とし前つけてくれんだ?」


「いいじゃねぇですかい、姐さん。格好いいっすよ!」


「ヒューヒュー、さっすが姐さん。下着見えてるー」


「「ヒューヒュー!」」


「……お前らも、死ぬか?」


私と三人組を無視して、道の入り口側の味方(?)と言い合う牡丹様。


後々、彼らからは、私はお嬢、と呼ばれるようになります。


「くっ! こうなったら!」


「人質作戦だっ!てか? 遅ぇよ、馬鹿」


「えろばっ!」


「「アッ、アニキーッ!!」」


颯爽と屋根から飛び降り、どこからともなく取り出した槍―銀閃―で顔を殴打した牡丹様。

このとき、私はアニキ(?)さんがとても可哀想に思えました。


「よくもアニキ――「あぁん?」――なんでもありません。大人しくします、はい」


「ごめんなさい、なんだな」


大人しく土下座をするチビ(?)さんとデク(?)さん

最良の選択だったと思います。


「また、太守にでも突き出しゃいいだろ。……おい、縛っとけ」


「了解だぜ、姐さん!」


「しかし、その姐さん、なんとかならんのか」


「「「無理だぜ、姐さん」」」


「殺すぞ、お前ら」


声を揃えて即答する三人と、釈然としない、といった様子の牡丹様。

傍目から見ると、この時は感性がほぼ消失していて言い表せませんでしたが、とても面白く感じていました。


「つか、お前ら下着見ただろ」


「そ、そんな訳ななないっすよ。なぁ、皆」


「あっ、姐さんのを見るなんて、おっ、恐れ多い」


「大体、姐さんの薄緑色の下着なんて、興味ねぇっすよ」


「そうそう。わざわざ、そんなことの為に上に登って貰った訳じゃねーすから」


「お 前 ら 一 遍 逝 っ て こ い」


『キモチイイーー!!』


四人をかっ飛ばす牡丹様。

凄まじい力です。

多分、ぎゃぐ補正でしたっけ(?)がかかっていたのだと、今は思います。


「……ぷっ、ふふ」


飛んで行った四人の間抜けさに、なのでしょうか。

私は笑ってしまいました。


その笑みは自分で驚いてしまうほど、久しぶりのものでした。


「なんだ、結構可愛い笑顔するじゃねぇか」


牡丹様は私の目線の高さまでしゃがみ込んで、優しく撫でてくださいました。

その手がとても暖かくて、母の手をようで懐かしくて。


そんな思いに耽っていたので、両頬を抓られるなど、思いもよりませんでした。

勿論、手加減はされていましたが。


「……いひゃいれひゅ」


「俺はさ、お前みたいなのが嫌いなんだよ。俺の違った生き方を選んだときの、成れの果てみたいでな」


「……ろういうことれひゅ?」


「本気でやるけど全力ではやらねぇ。やろうと思えば出来るのに、出来ないと決めて諦める。まぁ、世渡り上手とも言えるな。……俺も一歩間違えれば、そんな奴になってたってことだ」


言葉とは裏腹に、優しい目をしていました。

子供に大人が諭す時のような、そんな目。

前に逃げたのは、これが怖かったからだと私は気付きました。


まるで、心が見られているようで。


ですが、そうやって真摯に向き合ってくれたのが嬉しかったのでしょう。

抓る指を離し、優しく頬を撫でて下さる牡丹様に、私は口を、心を開いていました。


「……それは」


「あん?」


「……それは、悪いことなのですか?」


「さぁな。自分の思い次第だろ。ただ、俺が気に入らねぇから怒っただけだ」


「……適当で、勝手です」


「言っとけ、ませ餓鬼」


口が悪いですが、とても真っ直ぐな人だ、と私は思いました。





「ところで、家は何処だ。送ってやる」


「……わかりません」


「餓鬼」


「……むぅ」


ニタッと笑う顔に、迷子かよ、というのが見えていたのですが、事実でしたので、言い返せませんでした。


「乗れ。上から探したら早ぇだろ」


「……わかりました」


牡丹様の背の体温に、温もりを感じました。

思わず泣いてしまいそうでした。


「お前、軽いな。歳幾つだ」


「……七つです」


「相当ませてんだなぁ。あぁ、因みに言っとくが俺は十七だ」


「……随分、大人に見えたのですが」


「まぁ、あの馬鹿共の所為だな、絶対」


姐さんと呼んでいた方々は、皆、年上な容姿でしたので、その印象に引っ張られていたのでしょう。


「そうそう、俺は馬騰。字は寿成の予定。んで、真名は牡丹だ。お前が気に入ったから教えとく」


「……色々聞きたいのですが、止めます。私は鳳徳、字は、令明。真名は山百合です」


「そうか。んじゃ、山百合、ちゃんと下見とけよ」



字は成人するときに親に貰うのですが、両親が死んでしまったのでないはずなのですが、半年の間に考えていたらしく、令明、となったのです。



   ★ ★ ★



「この餓鬼、俺にくれ」


そんなことをおじ様おば様に宣った牡丹様。

あの時は気付きませんでしたが、こ、これは告白ではっ!?


「優秀なませ餓鬼小間使いがいなくなっちまうが、真っ当な人にはしてやるぜ」


「ほ、本当かい?」


「嘘はつかねぇさ。それより、そっちはいいのか? コイツ、優秀だったろ?」


「構いません。さーちゃんが元気なら、それで」


「……おば様」


おじ様にもおば様にも、ご心配をお掛けしていたようでした。


……ありがとう、おじ様おば様。






「という訳で、山百合、ついてこい」


「……な、に、が、という訳で、なんですか。私はついていくなど一言も言っていないのに、話を勝手に進めて!」


気付けば反論していました。

他に流される気質だった私が、です。

自分で不思議でした。


「あぁ、悪い。お前を更正してやろうと思ってな」


「……何のために」


「俺の為に」


「……帰ります」


「帰れんのか、あんだけ意気込んでおいて」


「……意気込んでいたのは貴女だけです」


多分、正面からじゃないと、牡丹様は相手にしてくれない、と本能的にわかっていたのだと思います。

この時、初めて人に好かれたい、と思ったのでした。



   ★ ★ ★



「後退は衰退だ。停滞は後退、すなわち衰退だ。逃げるな。今のままでいようと思うな。前を見ろ。前進のみが成長させると思え」


「……今、逃げてますよね」


「違う。後ろに向かって前進しているんだ」


ドドドドドドドドドドドド!


「……ものは言いようですね」


「うっせぇっ! 舌噛みたくなかったらその口を閉じろっ!」


ドドドドドドドドドドドド!!

ドドドドドドドドドドドド!!


「この数はないだろおぉぉぉお!!!」


私の初めての野宿体験の日。

猪五十頭に追われました。

私は牡丹様にしがみついていただけですが、とりあえず逃げ切りました。

流石牡丹様流石。






「逃げるのは、心が弱いからだ。という訳で、ハイ」


「……ぺいっ」


「あ、なにすんだ」


「……子供に武器を持たせるからです」


私の初めての武術体験の日。

流石に、最初はポイッとしましたよ。

いきなり、戦う術を教える、と言われて渡されて、はいどうぞ、とはいきません。


「どうせ教えなきゃなんねぇんだから、早めに教えてやる、ってんだよ」


「……何故強制なんですか?」


「自分でわかってるだろ? 子供では有り得ない力とかさ。今の内に制御しといたら、後々楽になる」


「……なるほど」


「驚かないねぇ。……ませすぎだろーが」


この日は、槍術の基本と氣についての導入を学びました。






「ったく、めんどくせー」


「……でしたら、引き受けなければ良いではないですか」


「そういうごもっともを言うんじゃねぇよ」


私の初めてのお仕事観察の日。

牡丹様の商人の護衛に同行することになりました。

私が初めて馬に乗った日でもあります。

牡丹様の前の位置に、ですが。

護衛を十人雇うより、牡丹様を一人雇う方が、安く済むし(といっても普通の護衛の二倍ぐらいは掛かる)、信頼されているようです。


「おや、馬騰殿。その娘は?」


「コイツか? これは……なんて言やあ良いんだ? 一応、元優秀な小間使い?」


「なるほど、容姿も端麗。……その娘、幾らなら売りますか?」


「……あ?」


明らかに不機嫌な様子になった牡丹様。

……不躾でしょうけど、嬉しかったです。


「コイツは商品じゃねぇんだ。金で価値がつけられると思ってんのか」


「す、すまない。非礼を詫びよう」


「……チッ、気分が悪くなった。この仕事はここで降りさせて貰う。金もいらねぇ」


「そ、そんな!?」


「代わりをよこす。そいつの実力は俺が認める」


牡丹様は自分勝手なお方です。

でも、そんなところが素敵なんです。






「山百合〜、なんか作れ」


「……命令口調。わかりました。……と、言いたかったのですが、私は料理ができません」


「お前、掃除、洗濯、裁縫とかができて、何故に料理だけできねぇんだよっ」


「……すみません」


私の初めての料理作成の日。

母もおば様も、火は流石に危ないということで使わせなかったのでしょう。


「あー、いや、謝んなよ。お前がまだ七つだって忘れかけてた俺が悪いからな」


「……ですが」


「ですがもなしだ。……うし、一緒にやるか」


「……っ! はい!」


この日、全てを一から手ほどきを受けました。

最初ということで、包丁も野菜も鍋も、それらを持つ私の手を、牡丹様は優しく包んでくださいました。

愛の共同作業ですっ!!



「まぁまぁだな」


「……おいしいですよ」


「そうか? 俺に言わせりゃこんなもんだが」


「……牡丹様が異常なんです」


初めて手料理を食べた時の衝撃と言えば、もう、凄まじかったですよ。

何も言えず、気付けばただ食べていたのですから。



「……そういえば、私、今八つですよ」


「はぁ!? いや、俺と会った時に七つって」


「……それは、三月前の話ですよ? 先日、八つになりました」


「言えよ、馬鹿!!」


料理をする前の会話に、引っかかっていたことを話すと。

牡丹様は怒りました。


その理由が、すぐにわかりました。


「まだ七つ、あ、八つか。なんだから、我慢すんな隠すな。寂しいと、そう言え」


「……はい」


「それは、別に悪いことじゃねぇんだよ。お前はまだ餓鬼なんだから」


「……っ、はぃ。……ごめん、なさい。とても……とても寂しい、です」


ギュッと抱き締めてくださいました。

ささやかでも、楽しかった家族だけの誕生会。

それが今年からはできない、という寂しさを見抜かれてしまいました。

やはり、牡丹様は凄いです。


「ぜってぇ派手に祝ってやるからな」


この言葉には少し、背が冷えました。






『嬢ちゃん! お誕生日おめでとうございます!!』


パァーン!パァーン!パンパァーン!

と、まぁ、物凄い爆竹の音がしてました。


「誕生会、おめでとう、山百合」


「……ありがとうございます」


私の初めての牡丹様との誕生会。

勿論、嬉しかったです。

けど、爆竹うるさい……。


「嬢ちゃんももう八つですかい! 大きくなりましたなぁ!」


「……完全に初対面なんですが」


「細けぇこたぁいいんだよ!(AA略」


「…………」


なんとも言えませんでした。



「嬢ちゃん、お久しぶりです!」


「……あなたは」


「へい! 姐さんの薄緑は一生忘れ――へぶしっ!」


「死ね」


「…………」


なんとも言えませんでした。



「そういえば、嬢ちゃん」


「……はい?」


「下着の色は何――はべっ!」


「お前も、死ね」


「…………」


なんとも言えませんでした。



「嬢ちゃん、嬢ちゃん! こっち、こっち」


「……なんですか」


「どれが良いですかい? あっしがオススメするのはこの白いしたg――ぴがぷっ!」


「またか、死ね」


「…………」


……我慢の限界でした。



「……いい加減、下着から離れて下さい。このゲス共!」


『…………』


「……こりゃ、やっちまったな」


悪意とはいえませんが、好意というには程遠いような絡みに、黒いものが溜まっていたので、少し口が悪くなってしまいました。

すると、牡丹様は頭を抱えてしまいました。


『……なんてお人だ』


『……我らをゲスと』


『……やばい勃った』


『……なんてお方だ』


『……毒舌幼女だと』


『……やばい萌えた』


『うおおおぉぉぉおおおーーーー!!!』


「……っ!?!?」


なにやらぶつぶつと呟いていたかと思ったら、突然皆が声を張り上げました。


『嬢ちゃん、いいや、お嬢っ! 我等はっ!』


『貴女と姐さんにっ!』


『最大の敬意とっ!』


『我等の命をっ!』


『ここに捧げますっ!』


「……えっ? えぇっ?」


戸惑いました。

敬意と命をいきなり捧げると言われて、はいそうですか、とはいえませんし、突然過ぎて話が全く見えませんでした。


『ご心配には及びませんよ、お嬢。我等は、我等が敬服するに値する方々を、支えるのみ』


『見返りも求めることはありません。我等が望むことをやっているのですから、それが全て』


『でも、少しペロペロさせて欲しいです』


『もしくは我等の愛の包容を』


「……あぅ……ぁぅ」


頭の許容が一杯でした。


記憶がここからないのは、溢れたからでしょうね。




Side 三人称


……実際、起こったこと。


「てめぇら、山百合泣かせたらぶっ殺すぞ」


「……くふふ、牡丹様」


「あれ、山百合?」


「……少し、調教が必要では」


「あー、うん。そうだな(……もう質問ですらねぇぞ)」


ぷっつんした山百合は、山百合ではなくなっていた。

最初からお腹一杯なのに、此処まで濃いのだから仕方ないのだが。




「……さぁ、飲みなさい。言葉通り、浴びるように」


「はばっ、あぶっ、もうのめなっ!」


「……さぁ、次逝きましょう」


「お嬢っ! もう、勘弁――「……私のお酒、飲めないですか?(うるうる」――飲みます。飲ませてくだせぇ!」


ただただ酒を浴びせる山百合。

飲めないと言えば、その可愛らしい容姿の上目遣いで悩殺して、再び飲ませる。

Sっ気丸出しである。


と、いうか。

ボンテージに衣装チェンジしていたので、むしろぴったりだったりする。

ちゃんと鞭持ち、マスク持ち。

馬鹿共がノリで集めたのが祟ったようだ。

……いや、コイツ等なら本望だろうか。


兎に角。

もう、暇があれば誰かを鞭打ち、ろうを垂らし、ヒールで踏みつけ、益々虜にしていた。


「これ、ダメだろ」


変態共の牡丹離れは嬉しいが、山百合に引っ付いていくので、結局複雑な心境の牡丹だった。


それからたっぷり二刻程、山百合は調きょ――制裁を続け、気を失ったのであった。


ちなみに、その後の片付けは、ほとんど牡丹がやった。

これも、身内の尻拭いである。




Side 山百合


「しかし、お前があんな愉快な性格だったとは」


「……何のことです?」


『お嬢っ! ついでに姐さん。あっしらは一生ついていきやす!』


「……あぅわわ、……ちっ、近寄るな糞虫!?」


『その拒絶が、……イイ』


「……ヒィ!」



   ★ ★ ★



そうして、私達は運命の人に出会ったのです。

私達の人生を変えた方に。




「初めまして、鳳徳ちゃん。僕は成公英っていうんだ。馬騰さんからよく聞いてるよ」


「……初めまして」


「若干、男性恐怖症だったんだっけ。まぁ、適当に接してくれたらいいよ」


「……はあ」


男といえば、いかつい、無口、変態、父、おじ様、という印象しか思いつかなかったのですが、彼は全く違いました。

温厚で、飄々としてて、引っかかりのない笑みを浮かべていました。


「とりあえず、これかな」


出てきたのは、木造のでこぼことしたもの。


「これが、前に言ってたやつか?」


「そう。大陸全体の縮小版。大まかな地形も彫ってあるんだ」


「……大陸」


「そう。僕らはここからここまで。如何にここ小さいか、大陸が大きいのかが分かるよね」


自然に入ってきて、会話にして下さいます。

とても話しやすい方でした。


「と、まぁ、僕はこの西涼から、いや、この金城からも出たことがないのに、どうやって正確に彫れたと思う?」


「知らん。というか、その地図が正確なのかもわからん」


「あらら、またダメか」


「……他の地図を写したか、部下に調べさせた、もしくは、知っていた。ですか?」


「エクセレント! そう言って欲しかった」


にこやかに私の頭を撫でます。

くすぐったいのに気持ち良くて、安心してしまう感覚でした。


「え、えくせ……? また意味わかんねぇ言葉使いやがって」


「癖でね。治らないんだよ」






   ★ ★ ★





Side 陽


「……いろいろあったんだな」


「……はい」


最初はそうとしか言い表せれないぐらい、濃密さだ。

まず、一時期男性恐怖症になってしまうほどの信仰度とか。

確かに、今の山百合さんでこの綺麗で可愛い容姿だ。

昔はもっと可愛かっただろう。

毒舌幼女はカリスマだ、うん。


「つか、牡丹破天荒すぎだぜ」


「……ふふっ。昔からそこだけは変わらないんです」


その笑みに、後ろを向いててもわかる程のもの悲しさを感じさせる。

失ったモノの大きさが見えてしまう。


机に胡座をかいて完全に座り、反転して山百合さんの方を向いて、頭を撫でる。

不安気に揺らぐ目が、子供っぽさを感じさせる。


「……ぁ……」


「おいで、山百合」


「……ぅ……うぅぅ……!!」


腕を広げて、敢えて呼び捨てで優しく声を掛けてやれば、やはりと言うべきか。

堪えきれず、立ち上がって俺の胸に飛び込んでくる。

左手は背を撫で、右手は後頭部を優しく抑える。


我慢、してたんだな。


「……やっぱり、寂しいです。また、秘密にされて……っ!」


「……そっか。そうだよな」


両親に続いて、だもんな。

しかも、両親の時にに意味を見出せていなかっただけに、余計に辛いのか。


「……私はどうすればっ! 両親も牡丹様もいない今、私は何の為に……!」


……理由、か。

良くいえば、両親の為に、牡丹の為に、と、他人の為に生きてきた。

悪くいえば、他人を理由に生きてきた訳だ。

だからこそ牡丹の自分勝手な性情にあったんだが。



「自分の為に生きてみたら?」


「……ぇ?」


「自分がやりたいようにすればいいのさ。牡丹を追って、死にたきゃ死ねばいいし、生きたきゃ生きればいい」


そう、本能のままに。

まぁ、やって出来るものでもねぇけどな。


「…………」


山百合さんは釈然としないらしい。

いきなりそう言われて、納得できたら凄いんだけどさ。

ま、ここは牡丹様のお力をお借りしましょうかねー。


「えーっとだな、この机の、二段目の引き出しだったか? とりあえず、そこを開けてみてくれ」


「……え、あ、はい」


左手で探る山百合さん。

あ、離れてはくれないのね。

いや、別にいいんだけどさ。


「……竹簡、ですね。それも二つあります」


「お? 二つ?」


二つ目は聞いてないぜ。

とりあえず、二つとも右手で受け取る。

一つは、間違いなく山百合さん宛てだな。

もう一つは、……孫家かよ。

いつか行かないといけねぇ、ってことか。

……しょうがねぇなぁ。


っと、それは後だな。

とりあえず、山百合さん宛てのを広げる。


「えーっと、

『こうして文面で伝えるのは初めてだな。元々、俺には文なんて性に合わないんだから、当然だがな。でも、お前には残してやる。感謝しろよ。』

……書き出しから傲慢なこった」


「…………」


俺の読み方云々でどうにでもなるけど、まぁ、牡丹の本来の言い方で読み上げることにする。

そういえば勝手に読んでるけど、山百合さんは察したらしい。


「『お前は一の家臣を名乗ってたが、一度も俺はそう思ったことはない。俺の家臣は、成公英と馬白だけだ。』

……言ってくれるね」


「…………っ」


キュッと、抱く力が強くなる。

震える身の背を、残った片手で優しく撫でる。

ったく、どうしてこう突き放すように書くんだ馬鹿。


「『だから、命令はしたことがなかっただろ。全部、願望の域は越さなかった。それは何でか、と言えば簡単だ。

お前が、俺の妹だからだ。最初のな。』」


「…………っ!? ……ぅあ……」


もっと、回されてる腕の締め付けが強くなる。

必死に見せまいと堪えてるのがわかるけど、俺の服にしみを作ってるのがわかる。

背から頭に変えて、そっと髪を梳くように撫でてやる。

子供をあやすように、な。


「『出会った時から勝手にだが、ずっとそう思って接してきた。だから本当は、戦いに巻き込みたくはなかった。だが、お前が望んだんだから、俺は聞かない訳にはいかなかった。お前の、一世一代の選択だと思ったから。

俺の為に、ごめんな。そして、ありがとう。』」


「……ぞんなごと、今更書くごとじゃ、ないですよぉ……!」


謝罪と感謝。

ごめんとありがとう。

なかなか素直に言える言葉じゃない。

だからって、こうやって、文面に記すのはズルいだろうが。

死ぬ前に言ってやれよ馬鹿。


「『俺が死んだ今、お前は俺にもう縛られる必要もない。元々、縛ってるつもりはなかったがな。何にせよ、これから何をするも、お前が決めるんだ。と、そうは言ってもお前のことだ、あまり理解出来ねぇだろう。

だから、最初で最後の命令だ。』」


「…………」


涙を堪え息を飲む山百合さん。

命令、って言葉に過敏になってんだな。

忠臣を名乗ってきた身にとっては、そうなるのも当然だろう。


牡丹が臣下だと思っていなかった、ってのは別にしてな。


「『好きに生きろ。思うように、やりたいように。誰がなんと言おうが、お前は自由なんだからな。

……これで、さよならだ。大好きだぜ山百合。元気でな。

牡丹より』」


「……はいっ! 必ずや、がならずやっ! ずいごうじで、みせます!」


最早、命令でもなんでもない、ただの当たり前のことだ。

でも、それが出来ないのが山百合さんだ。

だから、牡丹はわざわざ命令、という名目にしたんだよ。


「……ふぅぅぅう……う゛ぅぅぅ……」


より、泣き出した山百合さんを、強く抱いてやる。

右手は、持ってた牡丹からの手紙――紙じゃないけどな――を置いて頭に、左手は震える背中に添えて。



   ★ ★ ★



ひとしきり泣き晴らした山百合さんは、未だ胸の中。

そろそろ声をかけてやらないとな。

両手を山百合さんの頬に宛てて、こっちを向かせる。

あくまで優しく、だ。


「……っ。こんなに目赤くして、兎ですか、全く」


「……私ごときが、あのような可愛らしい動物と一緒にされては困りますっ!」


そんな謙遜しなくていいのに。

泣いた後の無防備な表情に、本気でドキッとしたのをはぐらかす為に茶化すように言っただけであって、実感、兎より可愛いし、綺麗なんだがな。


手から、山百合さんの顔の温度変化が伝わる。

明らかに熱くなってる。


流石に怒ってるのか、とはもう言わないさ。

俺はもう、好かれていることはわかっている。

結構近い距離にある俺に反応しない訳がないんだ。

これは驕りでも慢心でもない。


ただの確信だ。


「まぁ、さっき読んだ通り、山百合さんは自由だ。裏を返せば、他人任せに出来ないってことでもある。誰に縋るのもいけない。わかるね?」


「……はい。……自由とは、手厳しいものですね」


「そんなことはないよ。考え方次第さ」


普通はプラスに考えるもんなんだけどな、自由って。


「……牡丹を追って、死ぬのもまた自由さ」


「……っ。はい」


一瞬、考えたな。

心苦しいけど、そう反応するってわかった上で言ったんだが。


「でも、俺個人としては、死んで欲しくない」


「……ぁぅ……っ」


ホントのことを言っただけなんだけどな。

もう家族を失いたくないって。

でも、顔はおろか、耳まで赤くされると、な。

罪悪感じゃないけど、こう、込み上げてくるものがある。


……うん、正直に言おう。

苛めたいです、はい。

反応が思ったより可愛いもん。

ついつい、ねぇ?


「そうだな……。一丁、俺の臣下にならない? 給金は、山百合さんに見合う分払うし、俺は大歓迎。……どう?」


「……ふぇっ!? あっ、えっ、その……ぁぅ……ぁぅ」


物は考えようと言ったけど、縛られないのが自由だけど、縛られるのもまた自由なんだよね。

まぁ、今の山百合さんには、わからないだろうけど。

またまた耳まで赤くして、俯いちゃった山百合さんには、ね。


「なーんてね。冗談だよ」


「……たっ謀りましたねっ! 赦しません!」


ムッとして、こっちを睨む――と言っても、動揺は隠せてないから怖くない――山百合さん。

だから、と言って、この、ホールド、が、キツくない、訳じゃ、ぐへっ!


こ、れ、は、不味い!

いや、母性さまの感触は最高なんですが。


これ、以上は、死活、問題だ!


「山百合さ、ちょ、待っ! 冗だっ、は冗談、ぐひぃっ!」


「……あっ。……だっ、大丈夫です、……意識がっ! よっ、陽君! 起きて下さいっ! 陽くーーん!?!?」



この後、ちゃっかり一刻寝てました、てへぺろ☆

薊さんブチギレだったぜ!


なんでそんなテンション高いかって?


AHAHAHA!

ベツニドウトイウコトハナイデスヨー。

薊サンガコワカッタトカ、ソウイウコトジャナインダカラネ!





陽は語る。


「因みに、あの勧誘は本気。……結果的に、あれが二本目の右腕のキッカケになってくれたのさ」



決定的なフラグ回ですが何か?




山百合は牡丹さんが大好きです。

刷り込みに近いものがありますが、性格が合うのですよ。


「私も好きよ、山百合」


だから出てくるなと。


「良いじゃないのー。出番ないし」


今日はあったやん。


「手紙だろーが。俺じゃねぇ」


そっすか。


「いや、それにしても山百合ってな、なかなか甲斐甲斐しい奴でな。家事も、料理俺が教えたからもう完璧だし。俺を気遣って食材気にしたり、穴空けちまった服も、しょうがない、って、塞いでくれたりな。洗濯も、どんだけ汚しても綺麗にするしなぁ。それとな――――」



子煩悩ならぬ、妹煩悩。

牡丹の山百合さん自慢が始まったので此処まで。



おしまい☆




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