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第四十九話



あぁ、進まないー。



ちゃきちゃきいきたいんですけどねー。





「……牡丹様。私は、私はどうすれば……!」











Side 陽


やっとこさ牡丹を燃やせました、陽です。

あれ、この書き出しはちょっと不味くね?

絶対誤解を招くだろ。


まぁ、兎に角。

三日三晩の雨の末、無事火葬してやれました。

遺骨だが、一つは隴西にある成公英の墓の隣に墓を立てて、入れてやった。

もう一つは、まぁ、うん。

手元にある。

何時までも持ってるのはアレなんだが、如何せん場所がわからない。

あぁ、あれだ。

二人、いや、三人の思い出の場所ってとこね。


聞けばいいだろう、って?

薊さんと山百合さんの二人は知ってるんだったな、確か。

でもさ、あんまり易々と聞けるものでもないだろ?

それに、山百合さんとはちょっと気まずいし、薊さんにはそんな時間の余裕はない。

……まぁ、俺にも行ってる程の暇はないしね。



そんなことより。

三日も経てば、耳聡い諸侯らには聞こえる訳で。

牡丹が死んだ、ってのは大体の奴らの耳には入った。

別に隠して知られるのを遅らせることぐらい造作もなかったが、敢えて知れるようにした。

そっちの方が、利用価値があったからだ。

……あんまり家族を利用することはしたくなかったが、これも牡丹が薊さんに託した願いの為だ。


こっからは、死を知った諸侯らの反応だぜ。

何故、それが分かるのかって?


俺に分からないことはないのだよ。




   ★ ★ ★



Side 三人称


「なんですって!」


その驚愕の声は部屋中に響き渡った。

一時の静寂のあとには、トスッと、人が椅子に腰を下ろすときにする音。

普段は気にもしないような音が、今はとても大きく聞こえた。


曹操は、驚愕で立ち上がり、茫然自失といった様子で椅子に崩れ落ちるように座った。


「「華琳様!?」」


そんな主を心配し、声を上げる夏侯惇と荀イク。

曹操大好きっ子の二人なのだから仕方がないだろう。


「……大丈夫よ。それより稟、続けて頂戴」


「はっ。どうやら、没したのは昨日で、死因は病死。元々身体の内を蝕んでいく病を患っていたらしく、それが悪化したようです」


「昨日といえば、ちょうど雨が降り始めたころですね〜」


曹操に指示を受け、報告を続ける郭嘉。

それに、普通の補足としてはどうでも良いことを付け足す程イク。


「そう……。やはり、馬騰は英雄足り得る存在だった、という訳ね」


ニヤリと曹操は笑う。

この場の殆どの人間には程イクの補足の意味が理解できなかったが、どうやら曹操にはしっかり伝わったようだ。

……内心は悲しんでいるが。


「桂花、早速だけど使者を出しなさい――「お言葉ですが」――稟? 何かしら?」


「これは好機かと」


「……何?」


「総大将である馬騰が没した今、敵の軍勢の士気は落ち、更には、西涼連合の次期頭領の座に関して、馬超派、韓遂派、そして馬白派と、配下達で意見の違いがあります」


「……この機に付け込めと言うの?」


「はっ」


陽達にとっては不利に、そして、曹操達にとっては有利な情報を提示すり郭嘉。

意味を汲み取った曹操は、無表情である。

……何人かは不快感を示したが。



「けどね、稟、華琳様は使者を出すと言ってるのよ!」


「それでも、主に勝利を捧ぐのが軍師です。勝機に進言するのは当然のこと。桂花、貴女は違うと?」


「ぐっ……」


郭嘉の考えに否定的な者達を代表するかのように、荀イクが言えば、自身の思想を淡々と述べた郭嘉。

それは酷く正論で、荀イクは言葉に詰まった。


静まり返った空気の中、曹操は口を開いた。


「稟には悪いけど、私は使者を出すわ。たとえ好機だとしても、私は覇王。正々堂々と敵を倒すわ」


「……それが華琳様の意志とあらば。差し出がましい真似をして、申し訳ありません」


「良いのよ、稟。貴女のそういうところが好きなのだからね」


頭を下げて謝罪する郭嘉に、笑みを浮かべて許す曹操。


瞬間、しまった、という顔に早変わりもした。


「かっ華琳様が私をっ!? …………ブハッ!」


「おぉ、今季最長の飛距離ですね〜」


「そんな呑気なこと言ってないで、早く介抱しなさいよっ!」


「はいはい〜。稟ちゃん、トントンしましょうね、トント〜ン」


「ふがふが」


今回は自身になぞらえたせいで、いつもより早く、そして激しく飛んだ。

……鼻血が、だが。


「しまらないわね」


相変わらずのやりとりに、思わず呆れてしまう曹操だった。





   ★ ★ ★





「そう……。亡くなったのね」


「意外と反応が薄いのだな」


「なんとなーくそうかなって、反董卓連合の時にはわかってたし」


周喩の言葉に、苦笑いで返す孫策。


「またお前お得意の勘、というやつか」


「まぁね。あとは、あの時の祭、ちょっと元気の無かったでしょ? それで確信したのよ」


「……いつもとあまり変わっていなかった気がしたがな。お前が言うのならそうだったのだろう」


勘で当てるところには呆れるが、よく見ているな、と思いもする周喩。

自分では気付かなかった微少の変化に、孫策は気付いていたのだ。

関心しないはずがなかった。


「で、だ。どうする、雪蓮」


「え、どうするって?」


「このことについてだ。三傑の最後の一角が亡くなったとあれば、世にも少なからず影響がでる。それに、私達には個人的な交流もあるだろう? だから何かしらすると思っていたんだが」


そう言って呆れる周喩。

聞き返すということは考えていなかった、と思ったのだが、それは違った。


「どうもしないわよ? そりゃあ、花でも送った方がホントは良いかもしれないけど、私にとっては何の意味もないもの」


「意味がない?」


「そ。他の誰でもない、私が行かなければ、ね。でも、袁術ちゃんのせいで当分そんな暇ないじゃない?」


「……確かにな。まぁ、お前がもう少し仕事をしてくれたら、暇はできるのだがな」


「うぐっ」


図星をつかれ、言葉に詰まる孫策。

……自業自得なので、仕方がないのだが。


「あ、あとねっ! 山百合お姉ちゃんとか、狼とかに怒られそうかな、とも思ったの!」


「怒られる? 山百合姉様はまだ分かるが、……何故狼も怒るんだ?」


慌てて話題を変えたことには触れず、周喩は思った疑問を口にする。


確かに、孫呉が袁術から本来の地を取り戻してからまだ三月余り。

そんな時に他を心配する暇があるのなら、自分を優先しろ、と山百合は言うタチであることは周喩も知っている。

だが、孫策の言う狼――即ち陽――が怒る理由がわからなかった。


「うーんと、なんて言えばいいんだろ? とりあえず、自分の範囲に他人が入るのを拒んでる、って感じかな」


「……ほう、所謂なわばりと言うやつか」


「そう、それ! それが言いたかったの。……私達は多分、内に近い外。それに、曹操との戦いは完全に外。だから、手を出したら怒るわよ、狼は」


ま、ぜーんぶ勘だけどねー。

と、茶化すように孫策は言う。

……実際は、気持ちの良いぐらいあたっているのだが。


陽にとって、西涼はなわばりの中である。

……余談だが、いつでもなわばりを広げられるように、"馬印"と言う名のマーキングをしている。

それを使って情報を得るというのは、狼としてのマーキングの副産物であり、商人の陽としてのマーケティングの副産物でもある。

"馬印"という商会であり、商店は、一石三鳥を担っているのだ。


そして、孫策達、というより孫家は、牡丹の内。

よって、限りなく内に近い外、というのが、陽の精神的な距離だったりする。

それでも、この戦いに於いては完全に外野なのだから、その渦中に起こったこと――牡丹の死――には、手を出すな。

……そう陽が考えていることを、まるで本人を前にして心を読んだかのような、孫策の勘の当たり具合である。


「どちらにせよ、情勢が落ち着かないと、なーんにも出来ないんだけどね」


「では、何をすれば良いか分かるな?」


「あー、もう! わかったわよ! やれば良いんでしょ、やれば!」


ニヤリと笑う周喩に、自棄になる孫策。

まるで癇癪を起こした子供の様だが、いつも通りの光景である。


孫家もまた、平常通り運行していた。





   ★ ★ ★





「馬騰さんが、そんな……」


悲痛な表情の劉備をよそに、一刀は考える。


(おかしい。正史なら、馬超たちが曹操を攻めて、敗北して、攻めた代償として殺される。演義なら、曹操に呼ばれて殺されるはず。どっちにしても、病死じゃないはずだ)


三国志に興味のあった一刀は、正史、演義の知識があった。

しかし、牡丹の死は、そのどちらにあてはまらず、困惑していた。


(いや、そもそも、曹操が攻めたのがおかしいんだ。やっぱり、この世界はどこか違う。もしくは、俺……イレギュラーの所為なのか?)


「……しゅ……様、……ご…人様! 御主人様!!」


「ん、……おぉ!! どっ、どうかしたの、愛紗」


深く考え込んでいたせいで声が届いていなかったらしく、関羽が側に来るまで気付かなかったようだ。


「どうもこうもありません! 呼んでも御主人様が返事をなさらないからです!」


「ごめんごめん。ちょっと考えごとしてて、ね」


「ふむ。主は馬騰殿のことを考えていたと見える」



軽く謝る一刀。

そこに、趙雲が口を開く。


悪戯に口元をニヤッ、とさせて言葉を続ける。


「まぁ、あれほどのぷろぽーしょん、でしたかな? 兎に角、あのようなボン、キュッ、ボン、の方は、そうおりませぬからな」


「ちょっ、星! 俺はそんなこと考えて……!」


『ごーしゅーじーんーさーまー!!』


「誤解だっ! 確かにスタイルは抜群だっt……ちょ、アッーーーー!!」


まんまと趙雲の嘘に嵌った、劉備、関羽、諸葛亮、鳳統。

一刀に詰め寄る四人の修羅。


そんな光景を見ても、趙雲は余り笑えなかった。


「面白き方だったのにな」


「星、泣いてるのかー?」


「おや、鈴々。……いや、純粋に悲しいだけだ。惜しい人を亡くした、とな」


意味を余り理解できていなかった張飛は、修羅入りをせず、一人呟く趙雲に声を掛ける。

少しだけ驚くも、趙雲は思っていたことを口にした。


「そういや、お前だけ個人的に会ってるんだもんな」


「…………驚かせないでくださるか、白蓮殿」


「……おい。私は最初からここにいたぞ」


逆隣からの声に、マジで驚いた趙雲。

そこには、最初からいたという公孫賛。


「相変わらず……、ですな」


「……その微妙な間はなんだよ!」


「おや、聞きたいですかな?」


「どうせ影が薄いとか言うんだろ! もうわかってんだからな! うぅ……、自分で言ってて悲しくなってきた」


自分で言って、勝手に落ち込む公孫賛。

そんな姿に一応、憐れみの目だけ送る趙雲。

……相手にとどめを刺されるなら、自刃した方がまだましか、なんてことを思いながら。



「マジすんませんしたァ!!」


『…………』


土下座している主と、未だ怒っている四人。

まだやっているのか、と呆れつつも、少しだけ笑いがこみ上げてくる。

このまま放置しても面白そうだと思うが、場を収めるのも悪くない、と思い直す趙雲。


「もう一度だけでも、酒を酌み交わしたかったものだ」


誰にも聞こえないぐらい小さく呟いて、趙雲は皆の輪の中へと入っていった。





   ★ ★ ★





Side 陽


バックトゥザ・セイリョウ、ヒーハーァ!!


……ごめんなさい。

無理矢理テンション上げてみたかっただけです。


いや、だってよー。

みんな通夜みたいな顔してるからさ。

何時までもそんな顔するなよ。

飯中ぐらい、笑顔で食ってくれよ。

もういねぇんだし、帰ってくるわけでもねぇ。

いい加減割り切れよ。


……こっちが泣けんだろ。

泣けないことに。



「……ねぇ、お兄様」


「なんだ?」


「どうして教えてくれなかったの?」


その言葉と同時に、ガッシャーン、と、皿の割れる音が部屋中に響く。


「あ、……ごめん」


「手伝うよ、お姉ちゃん」


大きい破片を拾い集める茜。

箒とちりとりっぽい物をもってこようとする藍。

この三日、聞くことはタブーだと言わんばかりに、誰も触れなかったことを、蒲公英が聞いたことに動揺したらしい。


『…………』


無言の時間が続く。

片付け終わって尚、だ。


なんつーか、……言いにくい。

ここに全員が揃っているなら、まぁ、言えなくもない。

……けど、ここに、山百合さんはいない。


最低限の食事と、必要な仕事はするけど、それ以外はずっと、牡丹の部屋にいる。

時折、部屋の掃除をしてる音もする。


まるで、主がいつ帰ってきてもいいように。


まぁ、付き合いが長い分、仕方ないとも言える。

母親や姉のような存在であり、唯一の主を亡くしたのだから、仕方ないとも言える。

そう、仕方ないんだ。


……とでも、この俺が言うと思ったか。


そんなんじゃ、何時まで経っても前に進めねぇだろ。

そんなんじゃ、何時まで経っても牡丹の願いは叶わねぇ。

そんなんじゃ、何時まで経っても俺を振り向かせらんねぇぞ。



「あー、もう! まどろっこしいのは嫌いだ! 陽、言え!」


「…………」


我慢という言葉をしらんのか、翠姉は。

あ、もう姉じゃないか。

勘当(?)されちゃったし。


まぁ、そんなことはどうでもいいか。

痺れを切らしてこう言ってんだから、山百合さんには別で話すか。


「……口止めされてたんだよ。まごうことなく、本人にな」


「それでも、母上に秘密で教えてくれても」


「隠し事なんてこと、アンタに出来ると思う?」


「うっ……」


瑪瑙の正鵠を射た指摘に、言葉を詰まらせる翠。

まぁ、良くも悪くも単純だからなぁ。


「別に翠一人に限ったことじゃねぇさ。皆が皆、好きなんだからさ、死ぬって聞いて、本人の前で隠せる訳がねぇだろ?」


『…………』


全員が口を閉じる。

その無言は肯定ととるぜ。


「自分のせいで、皆の顔を曇らせるのが嫌だったんだよ、あれは。最後の最後まで、皆の笑顔を見ていたい。そういうタチだったろ? ……その癖、俺に教えやがる」


ホント性悪だぜ。

どんだけ隠すのに苦労したと思ってんだよ。

無表情は得意だけど、限度があるってぇの。


「…………」


「さっさと言いなさいよ、意気地無し」


「う、うっせ!」


何故か翠に厳しめの瑪瑙。

ばつが悪いのか、あまり言い返しもしない。

どゆこと?


「その……、悪かった!」


「………………はぁ?」


謝られる意味がわからない。

いくら牡丹の頼みといえど、重要なことだったんだから言うべきだったかも、とこっちが謝罪したいと思ってたのに。


「その、馬鹿を見るような目はなんだよ!」


「……いや、他意はないんだ。純粋に驚いただけで」


「そっそうか?」


何故か慌てる翠。

その居所悪そうなのはなんなんだよ?


「その、……なんて言うかさ。……羨ましかった、んだと思う。母上に一人だけお別れを言ってもらえてさ」


「所謂、八つ当たりって奴ね」


「べっ、別にそれだけってわけじゃないぞ! いくら母上の頼みだからって、隠し事してたのも悪いんだからな!」


言いにくそうに言葉を紡ぐ翠。

それに茶々を入れる瑪瑙。


……そうか。

そうとも捉えられるのか。

いやまぁ、薊さんも別れの言葉言われてたけど。


それはそれとして、だ。

実際、俺が悪いのは三割ぐらいじゃね?

隠してただけだし。

牡丹が皆に教えていれば、怒られる筋合いはなかった。

……つか、全面的に牡丹のせいじゃね?


まぁ、いいか。


「……その、なんていうか。……あぁ、もう! あたしたちは家族なんだからさ、隠し事はなしだ! いいな!?」


「善処するよ。……ありがとう」


もう一度、家族と呼んでくれたて。

ありがとう。




……あ、だったら教えておかないとな。


「そうそう、涼州連合の盟主は俺が継ぐから」


「まぁ、母様がいいならいいんじゃないの。……翠じゃ、絶対務まらないだろうしね」


「どうせあたしじゃ無理ですよーだ!」


馬鹿にする瑪瑙。

若干卑屈になる翠。

ホント、仲良いよな。


「あ、それと。俺、牡丹に抱かれたから」


あ、別に言う必要なかったか?


『はぁーーーっ!?!?』


「……蒲公英、お前は知ってるだろ?」


「そこはノリだよねっ♪」


……もう何も言うまい。




   ★ ★ ★




Side 山百合


少し、昔話をしましょう。


私こと、鳳徳令明は、涼州南安郡に生まれました。

今から見ればかなり貧しく、しかし、昔では普通ぐらいの家でした。

涼州は、都から鑑みれば辺境の地ですからね。

今と比べても豊か、と言えた家は、片手で数えられる程度しかありませんでした。


そんな時代でしたから、所詮、子供も働き手。

畑仕事から筵作りまで、ありとあらゆることをやりました。

自分で言うのもなんなのですが、力が男の方々に比べて――氣の所為と後に知りました――あり、手先も器用だったので、かなりの頻度で、です。

生きる為でしたから、当然と言えばそれきりですが。


それを何年も、小さな頃からやっていれば、流石に飽きます。

所詮は子供ですからね。

それでも、生きるのに必要なのですから、止められません。

親の役に立ちたいと、効率を上げるのに励みました。

すると、感情が薄れ、表情がなくなりました。

その当時は、仕事、作業にとって非効率で、非合理的なもの、としか考えていませんでしたからね。

それに、仕事の長時間の従事による人との接触の減少が助長しました。

更に、先程述べた通りなので、私には友がいませんでした。

遊びたいという欲求より、両親の為に、という思いが強かったからなのですが、逆にその所為で感情を取り戻す切欠を無くしていたのです。


後に両親の知り合い聞いた話では、そのことを大層嘆いていたそうです。

何時も笑顔での『ありがとう』の裏には、悲痛な思いが隠されていたことなど、この頃には思いも寄りませんでした。

ただ、両親の為に、とやっていた訳ですから後悔はしていませんが。


その閉鎖的な対人関係の改善、という理由もあり、私は隣町の少し豊かな家に、奉公に出されました。

齢七つの時です。

子供が奉公に出されるのは、別段異常なことではありませんが、この歳で、というのは異常でした。

しかしながら、この歳で大人顔負けのことができることは誇らしくはありました。



雇い主はお優しい初老の夫婦でした。

何分、まだ子供でしたから、いつも気にかけて頂きました。

それでも、私は奉公人。

その厚意を心苦しく思いながらも、料理以外の家事から薪割り、二人の経営する給仕まで、何でもやりました。

これも両親の為、でしたから。

寂しくはありましたが、おじ様おば様のお蔭もあり、毎日が充実していました。


でも、そんな日々も、終わりを迎えました。

奉公に出されて半年。

両親が他界しました。

死因は、流行病による病死。

看取った両親の友人が言うには、病に罹ったのはちょうど半年前。

そう、私を奉公に出した頃でした。

病を私に移らせまいと、奉公に出したのです。


意味がわかりませんでした。

ただ、もう会えないという事実だけに泣きました。

そして絶望しました。


私にとっての、何もかもがなくなりました。


両親の葬儀の後、とりあえず、おじ様おば様の所へ行くことにしました。

雇い主はお二方ですので、続けさせるも暇を出されるもお二方次第ですからね。



そのとき、浮浪者のように歩いていた私が悪かったのでしょう。

街に着き、お二方の家に行くその道中、少しばかりガラの悪い男の人にぶつかってしまいました。


「いってーっ!」


「こ、これは不味いんだな」


「おい、嬢ちゃん。アニキの右足折れちゃったよ。どうしてくれんだ?」


順に、足を押さえてうずくまる中肉中背の男と、当時の私の倍近い背丈はあるであろう男と、今の私の背丈より小さい男、でした。

七歳の子供とぶつかったぐらいで、成人男性の足の骨が折れるなど有り得ないのですが。


「…………」


ぶつかった衝撃で私はしりもちをついていました。

そして、そのまま座り込んでしまいました。

腰が抜ける、というのとはまた少し違うのでしょう。

私は立ち上がることを"止めていた"のですから。


「お、良い子じゃねぇか。さぁ、お兄さんたちと一緒においで。向こうでお礼をたっぷりしてあげるよ」


「ぐへへへ」


「うわ、アニキもお前も悪趣味だぜ」


「じゃあチビ、お前は手をだすなよ」


「うへっ! か、勘弁してくださいよ、アニキ! こんな上玉、二度とお目にかかれないんスから!」


そんな変態三人衆に、私はなんの反応もしませんでした。


と、言いますか。

何を思うことも、何を考えることもしませんでした。

するだけ面倒でしたから。


何もかも失った、と思っていた私には、必要がなかった、ということです。



「大凡、白昼堂々と公衆の前で語らうことじゃねぇよなぁ、おい」


そこに、とても口が良いとは言えない言葉が後ろから聞こえてきました。

振り向けば、肩端より少し大きく足を開き、此方に向けて右で指差し、左手は腰に手を添えた格好で、赤い髪に、刃物のような鋭い目つき、口元には皮肉気な笑みを貼り付けたお方がいました。


「げっ! あの赤髪は……!」


「アニキ、知ってるんすか?」


「……血濡れの馬騰。あの髪は血で染まったから、らしい」


「ヤバい奴じゃないすか!」


とても綺麗な赤髪だと、私は思いました。

勿論、今でも思っています。


「…………ダメだ、しっくりこねぇ。つか、わざわざ馬鹿共の誘いに乗っちまった俺が馬鹿なのか。……ちっ、次会ったら絶対シメる」


「おい、逃げるぞ」


「アニキ〜、この子は」


「ほっとけ、デク! 命の方が大事だ」


「勿体無いんだな〜」


何か考え事を――後々聞くと、登場の格好について、でした――している隙にと、三人は逃げました。

私はそのとき、命とはそんなに惜しいものなのか、ということを考えていました。

それは、生きる理由を失っていた当時の私の命題でした。


そして、今まさに突きつけられている命題でもあるのです。



「うわばら!」


「ぺがふ!」


「ふんげえ〜」


「……とりあえず。血濡れの馬騰って二つ名はいただけねぇ。俺だって好きで赤髪に生まれた訳じゃねぇんだから。あ、いや、これは好きだけどな」


そうこうしているうちに、先の三人は地に伏せていました。


それを成したと思われるお方は、私の目の前にしゃがみ込み、睨むような目でこう言いました。


「息災か? 諦めの良いませ餓鬼さんよぉ」


それが私と牡丹様の初めての出会いでした。





陽は語る。


「この日この時から、家族に隠し事するのはやめたよ」




ストック切れそう。


連続投稿もあと2日ですかね。





五十話近くやってんのに、まだ物語中盤とか。


「ホント、おっそいわねぇ~」


いや、あんたが勝手に動くから、進まんのよ。


「そうなの? じゃあ、これからは進むわよね? 私死んだんだし」


……いやー。

今日はいい天気ですなー。


「マジ作者カス」


「こら、牡丹。言っていいことと悪いことがあるよ」


「これは言っていいことだよな、白狼?」


「うん」


ちょ、酷い!




おしまい☆


牡丹さんは果てしなく自由人。


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