第四話
「……朝、か」
隙間から僅かばかり入ってくる光に、陽は目を覚ます。
その光が疎ましいと思わなかった日はない。
陽は物心つく前から朝が苦手、否嫌いだった。
また明くる日が来たという合図であり、自らの持つ真名と同じ字を持つ、太陽が何よりも嫌いだからであった。
まだ醜態を晒して生きているのか、と問われている気がして。
自らの真名と比較され、見下されているような気がして。
「戯言だな」
毎朝やってくる嫌悪感を振り払い扉に手をかけて引く。
さすがに1週間前と同じ過ちは犯さないさ、と心で呟きながら部屋から出る。
★ ★ ★
日課となった剣の鍛練をするために中庭にやってきた陽。
朝の運動にはもってこいであった。
いつも通り――剣の重さと長さに違和感を覚えながらも――ゆっくりと振るってゆく。
自らの記憶を掘り起こすかのように。
剣を振るった記憶などないはずなのに。
(にしても、馬超強ぇよなぁ。
どこからあんな力が女の身体から湧くんですか、っと)
思わず思考してしまう。
馬超との闘いはほぼ全て反射のように身体が動いており、初闘時に勝利を納められたのもカウンターが反射的に繰り出されただけだった。
☆ ☆ ☆
初闘時……
首への突きが左目に見えた突きと重なった瞬間、それをどう対処してきたのかが、陽の封じている左目に映る。
その対処の仕方を脳で勝手に処理されたのか、身体が勝手に動く。
槍の切っ先を剣の腹の側面で軌道を反らし、左足を退いて半身になり、槍に沿わせたままの剣で槍を弾き、素早く右手のみで剣を相手の首元に突き付ける、という具合だ。
実際には槍ではなく細剣?の情景が映ったのだが、応用が可能だった。
勝敗がつき緊張がぬけると、流れてきた情報の量に脳が耐えきれず、左目の痛みを伴い気を失ってしまったのであった。
☆ ☆ ☆
(結局、あれは何だったんだ?)
そんなことを考えながら半刻ほど剣を振るっていると、後ろから声がかけられる。
「お兄様、ご飯だよ!」
馬岱が呼んでいた。
これもこの1週間で習慣になったことだった。
馬騰の家族にならないか発言の翌日に、
「お兄様って呼んでいい?」
と聞かれた陽。
早いだろ、と思いながらも悪い気はしなかったのでそう呼ばせていた。
(まぁ、とりあえず飯だな)
そう思い、馬岱の方に向かった。
★ ★ ★
朝食後、陽は城の一番高いところに来ていた。
馬鹿は高いところが好き、と言うがそういった所以ではない。
生憎、陽は馬鹿ではない。
多分、そう、めいびー。
というより、抜けていると言った方が適切であろう。
「今日で1週間だな」
馬騰の問題発言についてを思う。
完全に思考がストップし戸惑っていると。
「とりあえず今は保留ってことでいいわね? 2週間……いや、1週間ね。1週間あげるから考えて置いてね♪」
と、勝手に決められていくが、有無を言わせない笑顔にコックリと頷いてしまったのだった。
(あれはなかなか怖かったなぁ)
縁に足を外に投げ出して座り、そう小さく呟く。
そして、頭に両肩、腿など計五羽の鳥を留まらせながら思考に耽る。
はたから見れば、なんともコミカルな絵図である。
ここ1週間を振り替えると、ろくなことがない――此処に来るまでとは天と地の差がある――毎日だった、と陽は思う。
馬騰の作る飯を食って、馬超の鍛練に無理矢理駆り出され、韓遂には読み書き、ひいては兵法の勉強をさせられ、馬岱に街に連れ出され。
(……使役じゃないの馬騰だけなんだが)
でも、不思議と嫌ではない、と考える自分に困ったのも記憶に新しい。
正直に言えば、比較的に自由なのでいつでも逃げることができたが、逃げなかった。
否、本当は逃げられなかった。
1、2日目は、ただ飯食らいが出来る、という損得勘定から。
3、4日目は、ここまで世話になったのに、という罪悪感と此処の居心地の良さから。
5、6日目は、どうしてここまで待遇が良いのか、という懐疑心から。
何故、俺を家族にしたいのか。
分別出来ない。
何故、俺を家族にする必要があるのか。
理解出来ない。
本当に俺が家族になっても良いのか。
判断出来ない。
わからない、分からない、解らない、判らない、ワカラナイ。
いくら考えても答えが弾き出されない。
(陽、たしか15歳!
六日過ぎたころかな、イライラする!)
ボケたところで、このイライラはなくならなかった。
突然に、理由もわからず優しくされたことと1週間待つと言われてはいたが、普通ではあり得ない待遇に、陽の中で戸惑いと疑問が生まれる。
疑問はいつしか疑念に変わっていく。
心に巣食う闇がそうさせた。
しかし、先の四人と過ごすときは払拭される。
だが、また独りになると、そういう黒い感情が湧き出てくる。
そんなコロコロと変わる自分に、苛立ちを覚えていた。
気付けば、いつの間にか鳥たちはいなくなっていた。
飛び立ていったことに気付かぬほど深く思考していたのか。
はたまた、暗い思考していることを感じとり、恐れ逃げてしまったのか。
「どっちでもいいか」
八つ当たりの対象にしなくて済むなら。
それ程、動物たちは傷つけたくなかったのだ。
それ以降の思考を打ち切り、陽は寝入ることにした。
呼ばれているような気がしたが無視することにした
★ ★ ★
「お兄様ぁ〜」
かなりの声量をあげ、自らの義兄になるやもしれぬ人を探す。
太陽も天高く昇り、いわゆるお昼時であった。
「いつもは、たんぽぽやお姉様、伯母上様、薊様の誰かと一緒にいるはずなんだけどなぁ」
そう呟きながら城内を歩く。
辺りを見回してはまた次へ、と結構必死な彼女の名を、馬岱という。
どうして探しているか、と問われたら、陽を昼食に誘う為である。
が、なかなか見つからない。
……この時点で既に城の上にいる陽に、気付けるはずもなかった。
「仕方ないのかなぁ?」
(今日、だもんね)
小さく溜め息を吐く馬岱。
義兄になってくれるのか、もしくは友達、悪ければ赤の他人になってしまうのか。
それを決めるのが、今日だ。
馬岱としては、本当はいて欲しいと思っている。
強さに対する尊敬と、何故だかわからない絶対の安心感。
それが、離れたくない理由だ。
しかし、それは兄と呼ぶ陽が決めること。
自身が口出ししていいことじゃないと分かっている。
それが、すこしだけ歯痒い。
「ここにいたい!って思ってくれるように手は尽くしてきたつもりだけどなぁ……」
正直、馬岱ら四人の行動に対し、陽はうっとおしいと思っていた。
しかし、呆れか諦めか、はたまた違う感情か。
こんなのも悪くないと思い直している。
馬岱の強引な行動は、かなり良い方に傾いていた。
「蒲公英」
自分を呼ぶ声が聞こえ、後ろを振り向く馬岱。
声の主は伯母の馬騰だった。
「今日はそっとしといてあげなさい」
「でも……」
「蒲公英は、やれるべきことはやったんでしょ?」
「それは勿論だけど……」
馬騰の言葉に目を伏せる馬岱。
そこにどれほどの気持ちがあるのかを推し量れた馬騰は、安心させるように笑む。
「だったら待つだけしかないわ。それに多分大丈夫よ♪」
「ホントに?」
「ええ、私に任せなさい! だから、昼飯食べなさい、冷めてしまうわ」
「うん♪」
どこからその自信が来るのかは分からないが、伯母の言に従う馬岱だった。
★ ★ ★
馬超は中庭にやってきていた。
無論、鍛練の為である。
自らの愛槍―銀閃―を振るってゆく。
目前には、最近鍛練に付き合わせた男の姿はない。
また誘おうと思ったが、母様と薊さんに止められたのでやめていた。
「母上や薊さんとは違った強さなんだよなぁ」
思わず呟く馬超。
ここ一週間何度も闘い、勝ってはいるが、体力的なことででしかなく、まだ一本も取れていなかった。
負ける気はしないのだが勝てない、という不思議な感覚を覚える馬超だった。
「まだまだあたしは強くならないと。アイツから完璧な勝利を得る為にな!」
それを為すにも居て貰いたいんだけど、と結構私欲の傾向は強いものの、残って貰いたいという気持ちはあったようだった。
★ ★ ★
政務をそこそこに、窓縁に右膝を立てて横向きに座り、外を眺めながらちびちびと酒を飲む妙齢の女性がいた。
韓遂である。
昨日まで、毎日一刻ほど座らせ、勉強させていた机を見やる。
そこに、だらけながらも指示したところまできちんとやる男はいない。
「一体、何を考えているのかのぉ?」
それは馬騰に問うたのか、はたまた陽になのか。
あるいはどちらにもか。
どちらにせよ、此処にいない存在から答えが返ってくるはずなどなかった。
「才を無駄にしないためにも、此方にいて欲しいが、……何とも言えん危うさも持ち合わせておるからのぅ。……困ったもんじゃ」
思わず溜め息め息が漏れる。
字が読め、かつ勉強させた時、驚くほど速く吸収していく陽の才を潰すには惜しいと思っていた。
しかし、人生経験豊富である韓遂は、陽の心の闇に気付いていた。
その為、どっち付かずの状態であった。
「それに、よく似ておる……。それが所為か、義姉上よ」
思いを馳せるは今は遠き人。
空を見上げれば、厚い雲に覆われていた。
「嵐の予感じゃな」
もう一度溜め息を吐いた
★ ★ ★
「あーあ、昼食い損ねた」
此処にも溜め息を吐く者がいた。
三刻ほど寝ていたであろう陽である。
「さてさて、時間かな」
そう呟いて城を降りていった。
待ち受けるは波乱と知らずに。
この時のことを陽は語る。
「これはあんまり思い出したくない記憶だなぁ」
と




