表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/92

閑話2



進まない。



でも、しかたない。



朝。


蒲公英はいつも通り、義従兄である陽の寝台で目を覚ます。

いつも通り、というのはその言葉通りで、一週間の内の六日は陽の寝台で寝起きをしている。

もう蒲公英自身の部屋が部屋としてちゃんと機能しているのか微妙であるほどだ。


「あれ、お兄様……?」


いつも通り――これは一日毎だが――の温もりがないことに気付いた蒲公英。

そのくせ抱いている感触があることに疑問を抱く。

掛かった布団を返し見やれば、視界の殆どを占めるのは黄色。


特大サイズピ〇チュウだった。


「このっ! ていやぁー!」


向かい合うように抱いた格好から、ピカ〇ュウを反転させてきつく首辺りを締め――所謂、チョークスリーパーだ――そのまま寝台の上に立ち、腕を解いてからのソバットを繰り出す。

その間、僅か三秒。

一般人なら真っ青な速度の連携である。

抵抗出来ないピカチ〇ウは――ぬいぐるみなので当然である――ノーバンで正面から部屋の壁にぶち当たり、もんどり打って仰向けで倒れた。


「もー、どんどん巧くなるんだもんなー」


今じゃ全然気付かないよ。

と、ふてくされて心の中で呟く蒲公英。

何に気付かないかと言えば、抱き枕状態になっている陽の身代わりとしてピ〇チュウが差し替えられていることに、である。

無論、最初の方は気付いた。

そうして起きた時は、陽の一日毎の日課である鍛錬についていっていたのだが。

しかし、本格的に蒲公英がアピールし始めてから、それが出来なくなっていた。


という訳で。

ピ〇チュウに向けられたのは、半ば八つ当たりのものだった。



「そうだ、良いこと思いついちゃった♪」


そう言って、もう一度寝台に寝転がった。

寝たふりをして、驚かそうというのである。


「おぉっと、いけない。ピカ〇ュウ忘れてた」


蒲公英はもう一度起き上がって、壁際の自身が蹴飛ばしたピカチ〇ウを回収する。

蒲公英の腕の中にあった物があらぬ所にあれば、一度は起きたことを知らせることになる。

そうして気付かれてしまうというお粗末な結果になるのを回避したのである。

……半ば八つ当たりで、半ばノリで蹴り飛ばしたのだが、案外抱き心地は悪くないから、という隠れた理由もあったりする。


「あ〜ぁ、早く帰ってこないかなぁ」


蒲公英は少なくとも、あと半刻は帰ってこないと踏んでいる。

時間から考えて、今は鍛錬も終わりかけ。

その後は朝餉を作る。

そして、皆を起こしに回る。

計算して、約半刻、と予想していた。


「女の子を待たせるなんて酷いよね、ピ〇チュウ」


「ぴーかー」


……相当暇なようで、ピカ〇ュウ(CV:蒲公英)で遊ぶようだ。



   ★ ★ ★



「おーい蒲公英ー、起きろー。ご飯だぞぉー」


「…………zZ」


予定通り、寝たふりをする蒲公英。


対する陽はというと。


意地の悪い笑みを浮かべていた。


「起きろー、ご飯なくなるぞ」


「…………」


ご飯抜きは結構キツいのだが、まだだ、と続ける蒲公英。


対する陽は、ゆっくりと寝台へと歩み寄る。

未だ意地の悪い笑みを浮かべて。


「起きろー。ほっぺぷにぷにすんぞー」


「…………」


言う前にしてるじゃん。

なんて思ったりするが、まだ我慢する蒲公英。


対する陽は、蒲公英の寝ている自分の寝台に腰掛け、蒲公英の頬を未だつつく。

意地の悪い笑みを深めながら。


「なかなか起きんなー。……にしても寝顔、ホント可愛いな。改めて惚れちゃいそうだぜ」


「…………っ」


まっ、まだまだ!

頬を朱に染めながら、まだ耐える蒲公英。

……既に、何が目的なのかわからなくなっているのは気のせいだろうか。


対する陽は、蒲公英の髪を優しく梳きながら、本音を漏らす。

その証拠に、意地の悪い笑みが、愛おしむ笑みに変わっている。


「蒲公英ー、いい加減起きないと、……チューしてあげないぞー」


「っ!?」


どうしよう!

これが蒲公英の率直な思いである。

今起きたら寝たふりだとバレて、罰としてお預けくらうし、起きなかったら本当にしてくれないかも、と思い悩んでいた。

……既に、自然を装って起きる、という選択肢は消えていた。


対する陽は、未だに蒲公英の髪を弄っていた。

妙にニヤニヤしながら、であるが。


「ウー、スー、サンー、リャンー、イー」


「…………おきt――んむっ!」


……数の数え方が今更の中国語なのは、突っ込んではいけない。

それが最終警告だとわかった蒲公英は慌てて飛び起きようとする。

しかし、それは叶わなかった。

陽のキスによって。


「………………ん? んー! んー!! んぐっ!! んっ、ぷはっ!!」


「っと、おはよー」


「おはよー、じゃないよ、お兄様! たんぽぽ危うく死んじゃうとこだったんだよっ!」


「それは、起きない蒲公英が悪い」


「そっ、そうだけど」


それでも、あんなチューはあんまりだよ。

と、思う蒲公英は悪くない。

何故なら、陽は蒲公英の鼻を摘んでいたからである。

口は陽の唇で閉じられ、鼻は指で閉じられる。

所謂、呼吸するのを許されない状況にされていたのだ。


「まぁ、いい思いと悪い思いが出来たから、おあいこだろ」


「たんぽぽ、けっこう! 危ない思いをしたんだけどな〜」


「……わかったよ。何をして欲しい?」


蒲公英が諭せば、陽が折れる。

……陽は、いつだって蒲公英には甘かった。


「……くふふ♪ じゃあ、そこにいて」


「その妖しい含み笑い……なんか危険な香りが――」


するんだが、と続けようとしたその時。


蒲公英が寝間着を脱ぎ始めたではないか。


「――ぶはっ! ちょ! 何して! 前隠せって!」


「その割に、食い入るようにたんぽぽを見ちゃって。も〜、お兄様のえっち!」


興味がないと言えば嘘になる。

そんな遅めの思春期、19歳の春の終わり。


「とっ、兎に角! 何故脱いだし! ふっ、服を着ろ!」


「そりゃあ、寝間着から着替えるんだから脱ぐし、着るよ?」


当たり前である。


「うん、わかった! わかったから早く着て!」


「う〜ん。ものは相談なんだけど」


「無視か! 無視ですか!」


「お兄様って、胸、大きい方が好き?」


「……ぇ?」


この時の、陽の頭の中はというと。


理性軍と本能軍がせめぎ合っていた。


陽の理性軍は大陸でもトップクラスである。

本能軍など、赤子の手を捻るぐらい、造作のないことだった。

だがしかし。

実は本能軍も強かった。

今まで実力が発揮されなかったのは、性欲に対して、全くの興味がなかったからである。

その証拠に、一度たりとも抜いたことがなかった。

……何をと言われたら、ナニを、としか言えない。


だが、蒲公英に好きだと言われてからは、本能軍の真価が発揮されていった。

そして、今。

陽の目の前には、自分の好きな女の子のほぼ裸体が在る!

……本能軍の士気は半端じゃなかった。


それにもかかわらず。

蒲公英は自分の胸を持ち上げ、陽に胸の好みを聞き、あまつさえ、近寄ってくるではないか。

……頭の中では、本能軍の士気は最高潮まで高まり、理性軍から造反者まで出るほどまでになっていた。


「お兄様?」


「んー? ――って、のおぉぉぉおぅぅうえぁぁあ!?!?」


自分の膝に手を置いて、下から見上げるように陽を見つめる蒲公英。

呆然としていたところに、突如として眼前に現れた蒲公英の顔と、大きくはないが決して小さくもない、腕に挟まれて強調された胸。

それを見てしまった陽は、両手で目を隠し――最も、左目は元々塞がれているので左手は意味がないのだが――、悶絶する。


「あはっ♪ お兄様って、意外とムッツリなんだね〜」


「なっ、何を」


「ゆ〜び。開いてるよ♪」


「うっ」


……指の間を開けて、ちゃっかり見ていたが。


「くふふふ♪ お兄様も男の子だねぇ〜。そ・れ・と・も〜、たんぽぽだから、かなぁ?」


「くぅ……」


どちらでもあるし、どちらが強いかと言えば後者なのだから、言い返せなかった。

蒲公英は、陽の弱みにつけ込むように、さらに攻める。


「お兄様、触る?」


「……えっ?」


マジで?

と、続けて聞かなかったのは、若干のプライドがあったのかもしれない。


「だーかーらー、触る? おっぱ――「アーアーアー、キコエナイナー」――もー、恥ずかしがりだなぁ」


「蒲公英が積極的過ぎなんだよ!」


少し怪しい言葉があったが、陽の叫びがうまくかき消したようだ。

ナイスプレイ。


「それで、どうする? お兄様なら、……触ってもいいよ?」


「…………あーっと」


「つついても、撫でても、揉んでも。何してもいいんだよ? だって、蒲公英はお兄様のモノだから」


蒲公英は両手で陽の右手を取って、自分の胸へと近付ける。

が、陽はそれを拒むかのように右腕を引いた。

すると、逃すまいとして両手で掴んでいたのが仇となり、慣性の法則により、蒲公英は陽の胸へと飛び込んだ。


蒲公英は見上げてみると、目に映ったのは、若干怒った陽の顔だった。


「ご、ごめんね。そんなに、……嫌、だった?」


「いや、触ること自体は別に嫌じゃ、むしろ歓迎……んんっ!」


流石に過ぎたことをしたか、と反省し、蒲公英は不安げに陽を見る。

……それについては興味津々のようだ。


「まぁ、そこに怒っている訳じゃない。蒲公英は俺の"モノ"だ、ってとこに、だ」


右腕はそのままで、左腕は蒲公英の腰に回す。

吸い付くような肌の感触に感嘆する陽だったが、すぐに頭を振ってかき消した。


「人は人、物は物だ。いいか、蒲公英。俺は、人を物と扱う奴が堪らなく嫌いなんだ。それに、お前は俺の女だけどモノじゃない。……わかった?」


「うん。……たんぽぽは正式にお兄様の女、ってことだね♪」


「……わかってるようなわかっていないような」


そうは言っても、陽はこの満面の笑み溢す蒲公英がちゃんと理解しているだろうとは思っている。

そう、信じている。

……陽が蒲公英に絶大なる信頼を与えているからこそ、陽は蒲公英に甘いのである。


最も、蒲公英が信頼を勝ち得ているのは、家族で、大人な子供で、理解力があり、絶対の好意が蒲公英にあるからだが。



「やん♪ もー、我慢しなくてもいいのに。……お兄様の固いの、たんぽぽの内ももに当たってるよ?」


「それ、指な。右手のな」


内心、見下げると見える、形の変わるふにふにとしたやつに爆発しそうなのだが、冷静を未だ装う陽。

……頭の中では、理性軍が陥落寸前である。


外でのノック音に気付かないのだから、既に冷静ではないのだろう。


「じゃあこっちの固いのは、本物、だよね?」


「……それは」


「……失礼、します、よ?」


蒲公英が右手で撫でているモノは完全に本物であった。

だが、陽は諦めない。


……理性軍は、四面楚歌だが。


「それは、自衛用の小刀だ」


「小刀? コレでのこの大きさは、大剣じゃない?」


「……ぶっ!」


ニヤニヤと小悪魔の笑みを浮かべながら、ゆっくりとアレを撫でる蒲公英。


(くっ、バレてる!

つか、ヤバい、気持ちイイ)


と、内心思ってる陽。

……理性軍総大将は、本能軍に(というより蒲公英に)降伏(懇願)か、玉砕(そのまま昇天)か、寝返り(押し倒して攻める)か、降伏からの敵大将の撃破(止めてもらう)か、救援を待つ(第三者の介入)、で悩んでいた。


正直、一つ目二つ目は陽のプライド的に、三つ目は児ポ的に、許さないので、四つ目五つ目しか方法はない。

そして五つ目は、第三者が盛大に噴いていたにも関わらず未だ気付かない陽が、どうにかできることですらない。


「ねぇ、お兄様? コレ、どうして欲しい? このまま? 口で? それとも、下の口?」


「……くっ……ぅ……」


「どこでもいいんだよ? ほら、んっ! こっちも準備は出来てるでしょ?」


「(……はっ、いけません! 寝取られてしまいます!)」


導かれた陽の右手の先では、準備万端だった。

陽の貞操の危険を察知したのか、トリップ状態から帰ってきた訪問者。



「……あのー」


「「――――っ!?」」


「……本当に気付いていなかったようですね」


その言葉に含まれるのは、呆れと怒り、そして戸惑い。

その空気を発しているは、結構前から部屋に訪れていた山百合だった。

……戸惑いは、怒りの感情を持て余して生まれたてのだから、怒りに含まれるかもしれないのだが。


「……いちゃいちゃするのを部外者の私が止めるのはおこがましいとは思いますがせめて朝食を終えてからにして頂きたいですね」


「うっ……ごめんなさぁい」


「……えっと、これは蒲公英が誘ってきたからで」


「……問答無用です待たされる身にもなってくださいそれとまざまざと見せつけられた私の身にも」


「すんません」


見なければ良かったじゃん。

とは流石に突っ込めなかったようだ。


「……はぁ、もういいです。蒲公英ちゃんは早く服を着て下さい。陽君は、えっと、……そっそれをなんとかして下さい。はっ早めにお願いしますよ!」


バタンッ!

と、扉の閉まる凄まじい音に、陽と蒲公英は共に目を瞑る。

扉が壊れなかったのは奇跡に近いほどの威力だった。


「……怒ってたね〜」


「あぁ。烈火のごとく、な」


そう言いつつ、のそのそと陽の上から降りる蒲公英。

怒りの対象は自分でもあるので、結構急ぎ目に服を着た。




「ねぇ、お兄様」


「んー?」


「どうして山百合お姉さまはあんなに怒ってたんだろうね」


「そりゃ、空腹だったからだろ。人間、食えないのは辛いんだぜ?」


「もー、お兄様の鈍感! 絶対にそんな理由じゃないよ! もっとよく考えてよね!」


陽の回答が不満だったらしく、ぷりぷりと怒って陽の部屋を後にする蒲公英。

……同じ女として許せなかったようだ。



「ったく、わかってるっての。……俺のせいってことぐらい」




この後、二、三分ほどで収めて家族の待つ部屋へと赴いた陽。

ニヤニヤとイライラの視線に囲まれながら謝罪し、朝食をとることになる。

……机にはパンやらサラダやらスクランブルエッグやら等々が並んでいるので、朝餉というより、ブレックファーストなのだが。



   ★ ★ ★



昼。


陽は城内を歩き回っていた。

ある人を見つける為に、だ。


「どこにいんのかねぇ〜」


時間的には、午前の政務が終わった直後ぐらいだ、と踏んで、部屋を訪れてみたものの、既におらず、こうして探し回っているのである。

陽としては、また今度で良いんじゃね、みたいなことを思っているのだが、それを蒲公英が許さなかった。


『今日のお昼、一緒に採らないと、一生口きかないからね!』


なんて言われたら、陽の中では、探す、の一択しかなかった。



   ★ ★ ★



「……遅いです!」


「気持ちいぃ!」


「……ふっ! はっ!」


「もっとぉ!」


「激しいのぉ!」


「……はぁっ!」


『下さいぃぃぃい!!』


修練場に入った途端、聞こえてきた叫び、一撃でのされ、悶える表情が恍惚としている兵士たちに、陽はなんとも言えない気持ちになった。

と言うか、逃げたくなった。


「……あっ、これは陽く……馬白様。何か御用でしょうか」


「まぁ、用があるといえばあるけど。……それより、アレは?」


気付かれてしまったので、仕方なしだと思いながら、山百合――さっきまで兵士たちをぶっ飛ばしていた人物――と喋る。

勿論、兵士たちのことを聞くのを忘れずに。


「……あれは、その。えぇっと、そう! 鍛え直して差し上げていたのです!」


「何か後ろめたいことでも?」


「……いっいえ! とんでもありません」


あった。


鍛え直すという名目で希望者を募ったのは事実だ。

だが、山百合は、胸の内の未だくすぶるイライラを発散させたい、という気持ちが少なからずあった。

それが後ろめたいことかは微妙なラインだが、山百合自身の中では許せなかったのである。

……兵士たちは悦んで受けているのだから、気に病む必要はないのだが。


「まぁ、山百合さんが言うならそうなんだろ。たとえそうじゃなくても、問題ないけどな」


「……ぁ……」


山百合の頭を優しく撫でる陽。

なんとなく心の葛藤に気付いたので、不安にさせないようにとの思いでこうしたのである。

……こういう行動が、相手の好意を買う行為なのだとは気付いていない。



「あ、そうだ。飯、食べた?」


「……いっいえ、まだですが」


「アレ片付けたら、行こうぜ。奢るよ?」


「……よっ宜しいのですか? 例えば蒲公英ちゃんとか」


「まぁね」


蒲公英に言われたから、と言わなかったのは、陽なりの優しさである。



   ★ ★ ★



「二人なのは久しぶりだなぁ」


「……そそそそうですね」


どんだけテンパってんの。

と、陽は思ったが、しょうがないとも思うことにした。


「何食べたい?」


「……なななんでもいいです。よっ陽君の好きなもので」


「それ、すげぇ困る解答だから。まぁいいけど」


基本的に何でも食べるし、町には殆ど好きなものの店しかないので、陽はとても困った。

すぐに次通ったとこでいいか、と即決したが。




「それ、ちょっと頂戴」


「……えぇっ! わた私のたっ食べかけでしゅよ!?」


「別に全部じゃないから。ちょっと、って言ったじゃん」


噛むほど慌てることか?

と、内心思う陽。

……味見感覚で欲しているだけであって、何も考えていないのが恐ろしい。


「……そそそういう問題では!」


「俺はいいって言ってんの。一口だけでいいから頂戴な」


「……でっでは!」


蓮華に一口サイズ掬い、陽の口へと運ぶ。

所謂、アーン、である。


「(……はっ! 初アーンです!)」


「(あ、山百合さんからの初アーンだ。……やらかした)」


二人とも同じことを考えていたりした。

……陽には若干の後悔があったのだが。


「(……こっこれを使えばかか間接っ!)……ぁぅぁぅ……」


「……ったく、どうすればいいんだよ、マジで」


とりあえず、山百合さんの介抱でもするか。

と、陽は頭で考えていたことを取っ払って、手早く行動することにした。

……先の呟きは、隣で湯気を立て始めている山百合には聞こえなかった。



   ★ ★ ★



夕方。


いつも通り政務を終えた陽は、これまたいつも通り、夕餉の準備に取りかかろうと、厨房へ向かう。

……夕餉の担当は、かれこれ一年ほど前からの日課である。


「ちょっと待った」


「ちょっと待ちなさい」


陽は慌てることなく回れ右をした。


「待てって」


「言ってるでしょ」


逃げるだろうことを察知した二人は、陽の肩を片方ずつ掴む。


「ちょ、なにぃぃぃいたいたいぎぃやぁぁぁあ!!」


掴まれた両肩からは軋む音がしていた。

すぐにでも離して貰いたかったが、それは凄まじい痛みから、抵抗が出来なかった。


「マジで、し、ぬ」


「「あっ」」


二人は急いで手を離す。

どうやら最後の一線は察知したようだ。

お前ら日に日に息合ってきてんなおい。

と、内心思いながら改めて二人と対面する。


そこには姉の翠と一応義従妹の瑪瑙――義母の薊は牡丹の義妹なので――がいた。


「出会い頭に弟を苛めるたぁ、どうゆう用件だよ、えぇ?」


「うっ……それは」


「元はあんたが悪いんじゃない。逃げようとするから」


「はっ! そうじゃねぇか!」


「別に逃げようとはしてねぇし。部屋に忘れ物したから取りにいこうと思っただけだし」


嘘である。

因縁つけられるような不穏な空気だったので、すぐにでも立ち去りたくなったのだ。


「そんなことはどうでも良いのよ。それより、朝のこと、忘れた訳じゃないでしょうね」


「そうだ! あたしたち、結構な待ちぼうけを食らったんだぜ!?」


「なんか瑪瑙の下につく小者みたいだぜ、翠姉」


瑪瑙に追従するように喋るところがそう見えたので、言ってみた陽。

ケンカになりそうだな、なんてことを暗に思いながら。


「んだと! なんであたしがコイツの下なんかに!」


「はん! ボクからも願い下げだっての、こんな脳筋」


「おい、もう一遍言ってみろ」


「何時でも何処でも何度でも言ってあげるわ。……この、の・う・き・ん!」


「ぶっ殺す!」


「やれるものならやってみなさい! 返り討ちがオチだと思うけどね」


さて、飯作るか。

と、そう頭で思いつつ、陽はそそくさと二人を避けて通る。


「まぁでも?」


「いいかもな」


二人を通り過ぎたところで、陽は止まった。

正確には止められた。

また、両肩を捕まれて。


「「コイツを殺ってからで」」


「おいちょっと待てって。とりあえずもちつ……落ち着けって。なんの解決にもならんだろ」


「「問答無用!」」


「アッーーーーーー!!!」


……陽の双肩がぶっ壊れそうになったのは言うまでもない。




「おかずの配分を一個ずつ増やせばいいんだな。オーケー把握した。だから肩から手を離すんだ」


「なあ瑪瑙。どうして陽は上からなんだろうな」


「そうね翠。どっちが上か、まだ理解していないからじゃないかしら」


「待て。わかった。わかりました。了解しましたからお手をお離し下さいませ、お嬢様方」


「お嬢っ! 茶化してんのか!」


「お嬢様っ!? がらでも無いけど、陽に言われるのは……ごにょごにょ……」


「ちょ! そんな肩ばっかり攻めないでぇぇぇえ!!!」


陽の悲痛な叫びは暫く続いたとか。



   ★ ★ ★



夜。


今日も無事(?)に終えた陽は、就寝しようと寝台へと赴く。

すると、結構な激しさで戸を叩く音が聞こえる。

そんなに慌てて報告する用件なんかなかったはずだが、などと思いながら戸を開けると。


「「陽兄ぃ!!」」


半泣きな義姉弟が飛び付いてきた。




「そんで。幽霊を見た、と」


「「(コクコク!)」」


寝台に腰掛ける三人。

陽が二人の話を聞いて結論を導くと、両サイドの二人は激しく頭を縦に振った。


話を要約すると。

茜がお花を摘みに行きたかったが、夜はちょっと怖い。

ということで、藍に付き添ってもらうことにした。

前払いでキス一回。(何故?)

無事花摘みを終える。

なんかお互い興奮したからもう一回キス。(何故?)

一緒に寝よう(十八禁じゃない意味で)、ということで仲良く茜の部屋へ。

勿論、手は絡めて。

途中、音を聞く。

苦しげに呼吸しているかのような音。

好奇心と恐怖心の半々で、音の聞こえる井戸の方に、手に持つ篝火を向ける。


そこには。

暗がりでも見えるはっきりとした赤髪で、緑っぽい服、眼光はするどく、口元には血。

そんなものがいた。

妙なリアリティさに、逃げる二人。

勿論、手は繋いだまま。

そして、一番近かった陽の部屋へ。


という感じである。


……惚気がふんだんに散りばめられているのは気のせいだろうか。



「改めて考えて思った。それ、……いや、なんでもない」


「ちょっ、陽兄! 最後まで言ってよ! 怖いじゃん」


「藍に守って貰いなさい」


「さすがに僕も、今回はダメっぽいよ。お姉ちゃんと逃げる、しか考えられなかったもん」


(夜でも判断できる程の赤髪。

多分、緑の服は寝間着だろう。

目つきの悪さは一級品。

血は……そんなにヤバいのか)


冷静に考えれば、すぐにわかった。


母さんじゃん。

と、言いかけて止めた陽。

どちらもキャパオーバーだと思ったし、あまり知って欲しいとは思わかったからである。



「じゃあ、ここで寝るか? 見張っててやるよ」


「え、いいの!?」


「良くないよ、お姉ちゃん。陽兄に悪いよ」


「でも陽兄がいい、って言ってるんだし」


「それでも、だよ」


我が儘な姉を諭す弟。

性別は違うけど、よくみる光景だな、と思う陽。

主に母親とその義妹的に。


「あ、じゃあこうしよう。三人で一緒に寝よ?」


「……悪くはないけど、陽兄がどう言うか」


「別に構わんけど。いつも二人なのが三人になるだけだしな」


しかも、蒲公英と二人で寝るよりかは精神的に楽だ、と思っていたり。

でも、と続ける陽。


「見張りはいなくなるぜ?」


「そこは問題ないよ。幽霊だって、陽兄には近付かないって」


「それ、陽兄の受け取り方によっては、とても傷付くよ、お姉ちゃん?」


「いや、もしそうなら喜ぶぞ俺は。幽霊にさえ恐れられるなんて、カッコいいだろ?」


二人を安心させるように笑って、二人の頭を撫でる。

こうすると二人から溢れる笑顔が、陽はどうしようもなく好きだった。




「あ、枕もってこないと。わたし、枕が変わると寝れないの」


「じゃあ、僕もとりにいこ」


「そうか。そんじゃ、寝転んで待って――」


「「一緒に来て下さい」」


「――返答早いなおい」




実は扉の外で偶然話を聞いてしまっていた蒲公英。

二人が共に寝るせいで一緒に寝れなくなった訳で。

意趣返し半分面白半分で三人にお化けネタで悪戯しまくって、茜と藍にトラウマを植え付けてしまったのだが、それは割愛しよう。


とりあえず、次の日に蒲公英は陽に説教されたが。





陽は語る。


「こんな日常、プライスレス」



エローイ。


蒲公英さんエロい。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ