第四十四話
まだ、飛んだ。
一月ぐらい。
今回は少し長い。
台詞が主で、見にくいかも。
そして、御都合主義乙。
「相応の力、人望、そして人材がありながら、貴女は何故王にならないのかしら?」
「そうねぇ……。興味ないからよ、そんなものに」
Side 陽
とりあえず、二週間前に魏軍から宣戦布告受けました馬軍の第二軍師こと陽です。
なんとも律儀だよねぇ。
……ま、そういうことをしないといけない覇王の風評があるからなんだけどさ。
んで今、俺たちは天水にいたりする。
その数は八万。
概容は騎馬、歩兵、それぞれ四万ずつ。
将は薊さん以外、全員出張って来てる。
ただ本気度を見せたいだけさ。
まぁ、戦うかどうかは別ってことだな。
……だってさ、ホントに戦う気なら、騎馬の多い俺たちは平原を選ぶはずだろ?
「いくぜ蒲公英っ!」
「ちょっ、翠お姉さまっ! 戦前に怪我したらっ――「大丈夫だ、一応手加減はする」――そんな気合いの入った構えされて言われても信用出来ないよっ!」
気合いが十分すぎる翠姉。
哀れ蒲公英。
……助けないのか、って?
流石に巻き込まれたくはありませんよー。
しかも、耐えるだけなら蒲公英だって一応の手加減をした翠姉に負けはしない。
そう鍛えてあげたし、俺の業も盗んでるからね。
「いにゃあぁぁぁあぁぁ!!」
だ、大丈夫だろう、……多分。
「…………」
「…………」
こっちはこっちで睨み合いだ。
語弊があった。
静かに対峙して隙を探し合っている、が正確だな。
右半身になって腰を落とし、右手側にある槍の穂先を下げ、左手側の石突きを上げた格好の瑪瑙。
左半身になり、左の戟の穂先を瑪瑙に向け、右の戟は肩に乗せ、自然体に構えているのが山百合さん。
ジリジリとした緊張感だ。
「あっはっはっ、四人とも頑張れぇ〜」
それをぶち壊すのが、酒の入った母さん。
思わず頭を抱えたくなる。
ってか、何で飲んでんの?
「…………ふふっ」
「……なんだかなぁ」
山百合さんが少し吹き、瑪瑙が苦笑する。
そうすることでどちらからでもなく構えを解かれる。
まぁ、母さんのあんな応援(?)を聞いたら緊張感なんかなくなっちゃうわな。
そんなことより、だ。
「真っ昼間から飲んでんじゃねぇよっ!」
「いったぁーいっ! 何するのよっ!」
頭をひっぱたいてやる。
少しは反省して欲しいもんだがな。
「分からんのか? だったら馬鹿だな母さんは」
「母親に向かって馬鹿ってなによ、馬鹿って!」
「うるせぇ、馬鹿」
「馬鹿って言うなバーカァ!」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんだぜ?」
「うっさい、バーカバーカバーカァ!!」
「……子供ですか」
……やっぱり無理でした。
いつの間にか近くにいた山百合さんに止められた。
まぁ、自分自身と言い合いをしてるようなもんだからな。
俺たちでは決着がつくはずがないわな。
「兎に角、だ。酒は止めなさい、酒は」
「あんもう、薊がいないんだから自由にさせてよねぇ〜」
「むしろ、薊さんがいないから俺が止めてんだよ」
「ちぇー」
子供かあんたは。
酒止められたぐらいでぶーたれやがって。
★ ★ ★
「うわ、壮観ねぇ〜」
「……流石曹操殿、とでも言っておきましょう」
「馬鹿馬鹿しい限りだぜ」
「腕が鳴るってもんだ!」
「流石にこの戦力差は無理だよ〜」
上から、母さん、山百合さん、俺、翠姉、蒲公英の順。
目前の魏軍を見て、皆思い思いのことをいう。
大体は同意出来るけど、翠姉のだけは同意出来ません。
……だって、敵は三十万の大群を引き連れてるんだぜ?
あ、因みに瑪瑙はここにはいなかったり。
五千の騎馬を連れて、ちょっとお使いに行って貰ってます。
攻城戦では、攻める方は立てこもる方の三倍の兵が必要らしいけど、こっちは七万五千で向こうは三十万。
元々の兵数でもその条件は余裕で満たしてる。
そのくせ、自領の防衛の為に十万を残しているから厄介だ。
ふざけやがって。
もっと手ぇ抜けや。
面白みのねぇ野郎だぜ、あのおチビちゃんは。
「さて、と。これからどうするの、私の第二軍師さま?」
「現時点では玉砕か防衛の二択だな。……翠姉、間違っても打って出るなんて言うなよ?」
シ水関の二の舞は御免だぜ。
……何で知ってるかって?
この俺が知らないわけがないだろうが。
「当たり前だろ!? あたしをなんだと思ってんだ!」
「「猪」」
「……山百合、止めないでくれ。一発ずつ殴ってやらないと気が済まない」
「……落ち着いて下さい、翠様。二人は場を和ませようとしただけです。…………多分」
「多分かよっ!」
羽交い締めされながらもナイスツッコミだぜ、翠姉。
つか、やっぱり山百合さんはボケ担当なんだな。
「まあまあ、落ち着いてよ翠お姉さま」
「蒲公英、そこに直れ。ちょっと話がある」
怒りが一周して冷静になったな、翠姉。
「翠お姉さま、手にあるその槍はなにカナー? しかも山百合お姉さまはなんで拘束を解いてるのっ!?」
「……これ以上は無理かと思いまして」
「あたしの得意分野は肉体言語なんだよ」
逃げられないと思ったか、助けを求めるような目でこっちを見てくる蒲公英。
ちょ、そんな目で見ないでくれよ、揺らぐだろ。
「はいはいはい。皆ちょっともちつきなさい。一応軍議中よ」
「なっ……母さんが真面目なことを言った、だと!?」
手を叩いて注意を引きつけ、皆に諭す母さん。
一応驚いてみせたけど、言い間違えた――多分意図的だ――時点で真面目を気取った訳ではないと思う。
「陽〜♪ 話したいことがあるから後で下に来て。……たぁ〜ぷりお仕置きしてあげるわ☆」
「だが、断る」
「それを、私は、却下する」
「……わざわざ区切る必要はないでしょうに」
俺と母さんの言い合いをぶった斬る山百合さんのツッコミ。
……さっきはボケ担当と言ったが、山百合さんの本職はツッコミなのだろうか?
とりあえず、両刀遣いだと解釈しておこう。
「ま、瑪瑙が帰ってくるまではひたすら耐えるのみさ」
「じゃ、そういうことで。一週間ぐらいだけど頑張ろうね〜」
なんだろう、このユルさ。
シリアス続かねーなぁ、俺達。
……ま、そこが俺達の売りなんだがな。
★ ★ ★
「疲れた、マジ疲れた」
めっちゃ疲労溜まった。
日夜攻められてたら死んでたと思う。
どうやら夜も間断なく攻めるって概念はないらしい。
良かった良かった。
……大体、俺は基本的に攻めなんだよ。
受けは領分じゃない、はず。
たぶん、めいびー。
まぁ、そんな話はおいといて。
実際、俺は防衛戦に参加してなかったり。
さっきのは軍師として兵士たち見た感想なだけだ。
俺の疲労の原因は他にある。
……兵士たちの食事係とある料理の仕込みをしてたのだよ。
少しでも美味しいものを食べさせることで、気力を回復させることが狙いだ。
ま、兵士たちは俺が作ってるなんて欠片も知らねぇと思うけどな。
兎に角、だ。
今日で一週間経った。
西の武官、東の文官、という言葉と、その謂われとなる事実がある。
いくら向こうが鍛えられてようが、こっちは元の地力と鍛え方が違う。
まぁ、五胡の奴らにも遅れを取らぬようにしてんだから当然と言えば当然だけどな。
……言ってしまえば、熱い――翠姉みたいな、逆境◎の性質を持つ――奴らが多いってことなんだ、うん。
それでも魏軍がこっちと同等ほどの質の兵であるんだから、素直に賞賛すべきか。
辛くも膠着状態ってとこ。
勿論、劣勢はこっち。
元々の兵力差もあるけど、一週間でこれとはねぇ。
ま、これ以上の時間は必要なかったんだから別にいいけど。
さてさて。
俺は最後の仕上げと撤退の準備でもしましょうかねー。
……この時にはまだ、母さんが一人で出るなんて思いもよらなかった。
★ ★ ★
Side 三人称
「……お、お待ち下さいっ! 無茶ですっ!」
「いやねぇ〜。こんなの無茶じゃないってば」
「いやいや無茶だって! 一人で打って出るだなんて、何を考えてるんだよ、母上っ!」
「いや別に打って出る訳じゃないからね? ただ、ちょっとお話をしに行くだけだってば」
「それを平然とやろうとする伯母上様の胆力が凄いよ……」
陽が撤退の準備をしている頃。
城門上では、一悶着あった。
簡単に説明すれば、牡丹が城外に出て、舌戦と称した立ち話を、曹操としようとしており。
それを止めるのが三人――山百合、翠、蒲公英――である。
舌戦をすること自体は何時でも出来る。
戦闘が再開――今は小休止中である――される直前に、牡丹が口上を述べれば良いだけのことなのだ。
それはどこであろうと良い訳で、別にわざわざ城外に出る必要はないのである。
ならば、何故牡丹は城外に出るのか。
それは、先に本人が言っていたように、話がしたいからだ。
……ただし、舌戦という形式だけを残したものではあるが。
「まぁ、何と皆に言われようと、出るのは決定事項だから。それに、冷静になりなさい。そうすれば危険なんか欠片も無いことがすぐに分かるはずよ」
そう言って三人の肩を一回ずつ叩いて、門を降りる牡丹。
一応、ちゃんと意見を通したいときは真面目な人である。
★ ★ ★
「こんなとこでボケッとして。何やってんだ、三人共」
「あっ、お兄様っ! それがね……」
準備を終え、城門上へとやってきた陽。
そこで茫然とした様子で城外を見つめる三人に声をかけると、蒲公英が事の経緯を話す。
すると、すぐに陽は城外を見つつ笑った。
実に愉快そうに、である。
「ははっ、なんともまぁ、大胆なことをするねぇ、あの人も」
「笑ってる場合かよっ!」
そう言って怒る翠。
母親が一人で戦場にいるのに笑っているのだから、当然と言えば当然である。
そんな声を聞いたので、声を上げと笑うのは止めたが、陽は相変わらず口元に笑みを浮かべている。
その表情からは、余裕さが窺えた。
「大丈夫だって。まず、母さんはあんなとこじゃあ死にゃしねぇさ」
「……それでも、あのまま攻撃されてしまえば」
「おいおい。らしくないなぁ、山百合さん。……冷静に考えてみなよ。今まさに母さんと相対してる相手は誰で、どんな奴なのかをよ」
腕を大仰に広げ、おどけてみせる陽。
その下では、牡丹と曹操が対面していた。
「えっとぉ〜、姓は曹、名は操、字は孟徳、真名は華琳。魏の覇王にして、五州を治める手腕の持ち主。武、知、共に非の打ち所のない完璧超人。同性愛者(女)の第一人者。無いわけではないが、あるとも言えない、若干の物足りなさを感じてしまうちっぱいの持ち主。趣味及び特技は、詩を詠むことと、女を鳴かせること。見た目は子供、頭脳は大人っ! その名は、魏王、華琳っ! ……こんな感じでどうかな、お兄様?」
「完璧だ。完璧すぎるぞ、蒲公英。流石は蒲公英」
(……しかし、ここまで書いたか? 半分ノリで書いた奴だからあんま覚えてねーや)
心では疑問に思っているが、蒲公英を誉め、頭を撫でる陽。
素直に撫でられ、目を細める蒲公英。
日常の光景である。
ここで蒲公英が誉められたのは記憶力である。
陽が斥候やら草やら埋伏やらで調べ上げた内容を、面白おかしく書きなぐった竹簡がある。
その名も。
"マル秘ファイル(見たらダメだぞ、絶対に見たらダメだからなっ!)"
……ネームセンスと題名の明らかなフリはスルーの方向で。
と、まぁそんなファイル(というか竹簡)があるのだが、その記念すべき(?)一人目が曹操なのである。
それを見たことのあった蒲公英なのだが、かなりの衝撃と笑撃を受けたので、結構覚えており、答えることが出来た。
そして誉められた、ということだった。
……しかし、胸のことはどうやって調べたのだろうか。
「「…………」」
「すみませんでした」
無駄が多かったので、じとっとした目を二人から向けられた陽は、素直に謝ることにした。
「まぁ、兎に角。俺が言いたいのは、あの状況で奴らは母さんを殺せない、ってこと」
「なんでだ?」
「……成る程。覇王としての風評、でしょうか?」
「そゆこと。卑怯な手は絶対に使えない。一応の舌戦の最中も、その本陣に帰るまでも、母さんへの攻撃は不可なのさ」
舌戦の開始前から、と言うより、舌戦をしようとした時点で、魏軍は牡丹にも陽たちにも手は出せない。
何故なら、正々堂々という覇王の風評があるからだ。
もしもその時に手を出せば、卑怯者である、と曹操の名は一気に地に落ちることとなる。
それほど、風評という力は強い、ということである。
「安心した? そしたら話を聞こうぜ。兵の撤退は既に粛々とやってるから」
「……流石、陽君。仕事が早いです」
曹操たちが此方に釘付けになっている間に、色々と行う。
大元の策がこれである。
例えば瑪瑙と五千とか、例えば陽の仕込みとか、例えば数回に分けての撤退とか、今回の最後の撤退とか。
今のところ、最後以外は全て成功していたりする。
☆ ☆ ☆
一方、少し時を遡った時の牡丹はというと……。
「久しぶりね、曹操ちゃん」
「えぇ、久しいわね、馬騰」
「ちょっとぉ、年上尊んで、敬って、敬語使いなさいよ、け・い・ご」
「嫌よ。貴女と私は対等ですもの」
「ほほう、対等とな。どの口が言っているのかしら?」
「この口よ。見えないのかしら?」
「む〜、面白くな〜い」
容姿的には完全に牡丹が年上だが、言葉、字面ではどっちが年上かは一目瞭然である。
……ふざけたり、口調変えたりしている奴が大人な訳がない。
「面白くなくて結構よ。……そんなことより、今頃舌戦だなんて、どういう風の吹き回しかしら?」
「私にとって、そんなこと、で片付く代物じゃないのよっ!」
「はいはい。おふざけは此処までにして、真面目に答えて頂戴」
「ち。はぐらかせると思ったのに」
結構真剣な曹操に対し、ヒステリック演じたり、嘘を平気で言ったりと、未だふざける牡丹。
……ここまでくると、流石と言うべきなのだろうか?
「はいはい、わかりましたよーだ。だからそんな殺気ぶつけないでよね」
「あら、割と本気だったのに、吹く風ほどにしか感じていない様子ね。流石は三傑、と言うべきかしら」
「まぁ、ね」
曹操の言葉はただの賞賛だが、牡丹には何故か皮肉に聞こえたようだ。
理由は一つ。
曹操の母で、この世にはもういない曹嵩もまた三傑である、ということだ。
「理由はアレね。なんとなく、よ」
「…………は?」
「だーかーらー、なんとなく曹操ちゃんと話がしたかった。ただそれだけ」
「……ハァ。そういえば、貴女はそういう人だったわ……」
なんとも間の抜けた理由に、曹操は何か言い知れぬ思いが込み上げてくるのが分かった。
……筆舌に尽くしがたい程の呆れである。
「まぁ良いでしょう。話をする、というならば応じるまでよ」
「うわ〜い、やったぁ。そーそーちゃんはやっさし〜なぁ」
「だからといって、そうふざけるのもやめて欲しいところだけど?」
「だが、断る」
「ホントに腹の立つ言い方しかしないわね」
目元をひくつかせ、僅かに怒気の含んだ語勢で言う曹操。
……慣れている者でもたまにプチッといくやり取りを、この程度で済ませているのが凄かったりする。
「あはは、ごめんくさい。そろそろ本腰入れるわ。何か聞きだいことない?」
「そうね……。幾つかあるわ」
そして冒頭の質疑に続くのである。
Side 陽
やっと不易な会話が終わったようだ。
母さんと話すとさ、絶対最初は道がそれるんだよね。
さてさて、面白い話を聞かせてくれよな、母さん。
「興味が無い、ですって? 何時までふざけている気かしら」
「別にふざけているつもりはないわ。ホントの気持ちよ」
いつか俺が聞いたことがあっただろ、国を建てないか、って。
その時も興味ない、って答えてたけど、あれは紛れもない本音だったな。
「大体、王になって何か変わるかしら? ……私は何も変わらないと思うわ。王に限らず、州牧、県令、太守、刺史。何が違うの? あぁ、勿論意味を聞いてる訳じゃなくて、やることよ」
「…………」
曹操ちゃんは聞きに徹するらしいな。
「そりゃ、政務や軍備の規模が違ったり仕事量が変わるかも知れないわ。じゃあ何のためにやるのか、ってことよ。その本質は結局のところ、変わらないじゃない?」
「……そうね」
確かにそうだね、うん。
本質とは、一般的に言えば民を守ることだ。
政策も軍隊も、全ては民へと還元されるもんだ。
まぁ、俺と多分母さんは違う考えだがな。
「まぁ、その本質が前提で違ってるんだけどね、私は。だって私は私の為にやるのだから。私の欲望を満たす為に、ね。……欲望っていうと相当響きが悪いんだけど」
「へぇ。それはつまり」
「そ。要は、私の欲望が満たされたら――楽しいと感じられればそれでいいのよ」
自分の為にやり、自分が良ければそれでよい。
つまりはそういうことだ。
俺達は悪く言えば、自己中心的で、偽善者よりタチの悪い存在なのさ。
まぁ、俺は母さんとは満たされる条件が違うけどな。
「そう。……成る程、理解したわ」
「あら意外。怒らないのね、民を蔑ろにして! みたいな」
「馬鹿にしないで頂戴。これでも人を見る眼はあると自負しているわ」
「こればっかりは流石というしかないわね。蘭華も喜んでると思うわ」
「当然よ。母様の娘ですもの」
俺も驚きだ。
俺達の本音を言うと、絶対説明しなければ見誤られたり、勘違いされるんだよね。
参考にほら、俺の左隣の隣の翠姉なんてブチ切れそう。
隣は山百合さんと蒲公英だから、安心してみてられるけど。
山百合さんは、母さんとずっといるからわかってるだろうし、蒲公英は俺と結構一緒にいるから理解できてるはずだからな。
……蘭華ってのは流れ的には曹嵩さんのことだろう。
「いくら自分の為にやっていると言っても、民を守っていることは紛れもない事実よ。……それより私は、貴女が満たされる条件、いえ、楽しいと思える条件の方に興味があるわ」
「グイグイくるわね〜。でも、久しぶりだから、ぐんぐん話しちゃうわ」
大抵は、最初を言うと受け入れられることが殆どない。
内容がアレだから当然ではあるがな。
だからこうして語らえるのはうれしかったりするんだよな。
「人間だれしも楽しく生きたいでしょ? えぇと、自らを律して、御して、自分を抑えて……被虐愛者って言うのかしら? ちょうど曹操ちゃんみたいな感じの――」
「少し聞き捨てならない言葉があるわ。私はどちらかと言うと加虐側なのだけど」
どちらかと言うと、じゃねぇ。
完全にSだよあんたは。
「そういえば、そうね。曹操ちゃんには違う楽しみがあったわよね。まぁ、とやかく言うつもりはないけど、男もなかなかいいわよ? 攻めるのも良いけど、攻められるのもね、とても新鮮で、良いものよ♪」
「男に興味はないわ、馬白とあの天の御遣い以外はね」
「そ。でも、陽は私のだからあげないわ」
うわ、こっちみんな。
なんかぞっとする。
そして母さんは俺を所有扱いすんな。
「話が逸れちゃったけど、まぁ、そういう人たちはそれが楽しいからやってる、と私は解釈した体で論を進めるわ」
一度言葉を切る母さん。
そして、一拍子置いて口を開いた。
「私はね、人が楽しそうにしているのを見るのが一番の楽しみなの。勿論、たまに人をからかみたりして、こちらから楽しいことを求めたりもしない訳ではないけどね」
「なるほど。贄となる馬白が容易に想像につくわ」
ニヤッ、笑んでこっち見んな。
泣けるだろーが。
「愉快、奇怪、痛快、爽快……どれにしたって楽しくて、笑って。
昨日は何々があった。
今日はあれが楽しかった。
明日は何をしようか。
明後日は何があるだろうか。
来週は、来月は、来年は、二十年三十年後はどうだろうか。
そうやって先を考えることが楽しくってしょうがなくて。
今生きていることが幸せで、面白くて。
死に際になったとき、あのときは楽しかった、って思い出して、笑って逝ける。
……私はね、皆にはそういう生活をして欲しいの。それが私の何よりの楽しみなんだから♪」
「そう……。それが貴女の満たされる条件、という訳ね」
「そうよ。ちなみに、皆っていうのは家族、即ち西涼の民のことよ?」
これは半分受け売りらしい。
領民は皆家族だ、って初めて自身が負けた人がそう言ってたそうだ。
「だから、それを成すに、別に地位なんていらないわ。あっても別に変わりはしないし。……だって、私の出来ることを、私の為にするのだからね」
「フフ。偽善のようで、程遠いわね。……するは確かに善行。でも、それは貴女が満たされる為だけの行為。優しさから、等の側面を一切持たない、純粋な満たされたいという欲。矛盾しているのに、結果がついてくる。恐ろしい好循環だわ」
偽善とは、自分が善行をしたつもりで、勝手に喜び、達成感を感じ、満たされることだ。
これは恐ろしく馬鹿馬鹿しい。
結果として、悪い方向に転ぶのもお構いなしの善行をしても満たされるのだからタチが悪い。
しかし、俺達は違う。
俺達が満たされる為に俺達は動き、それが結果として善行になるのが俺達。
母さんの場合は、家族の笑顔を見ることが満たされること。
だから、どう動いても結果が善行になってしまう。
限定的な範囲で、だがな。
それが恐ろしいと曹操ちゃんは言っているのだよ。
「そう、全てそれなのよ。私がする行動は全て、自分の為にしていること。間違っても、人の為になんかじゃない。勝手に人の為になってるだけ。誰とは言わないけど、誰かさんのように、人に偽善をふりまくほどできた人間じゃないのよ、私は」
「私にはその誰かさん、に心あたりがあるけれど。まぁ、敢えて言及することでもないわね」
あー。
多分俺もわかった。
けど、言いはしないさ。
「長々とごめんね。でも、わかって頂けたかしら? 王になる気がないことも、……ここを明け渡すことを厭わないことも」
「……そちらこそ理解しているのかしら? 涼州の殆どの城は貰われるということを」
「勿論。むしろ喜んで譲ってあげるわよ」
母さんが満たされるのは、家族の笑顔を見ること。
家族とは、西涼の民と俺達を示している。
つまりは、母さんにとってここ天水はどうでも良いのである。
いや、言ってしまえば、涼州の西涼と呼ばれる地域以外の城が、民がどうなろうとどうでも良いのだ。
酷いと思うか?
思いたきゃそう思うがいいさ。
身に余るモノを抱え込める程の力と器があるんだっならな。
「お話はこれまで。じゃ、撤退しちゃうから。……あ〜ばよ、とっつぁん!」
「誰がとっつぁんよっ!」
何故ルパン知ってるし。
あ、帰ってきた。
★ ★ ★
「ふぃ〜。ただいま」
「お帰りだ、俺の母さん」
やっぱ、さっきの話を聞いて、マジでこの人が母親で良かったと思った。
本当に、本当にそう思った。
「私が陽の、じゃないわ。陽が私の息子なの!」
「いや、俺の母さんだ」
「私の息子っ!」
「俺の母さんだっ!」
「私の息子っ!」
これは譲れないぜ。
「なぁ山百合。結局は同じだよな?」
「……はい。ですが、これはお互いに譲ることの出来ない事項なのですよ」
「お兄様も伯母上様も、独占欲強いもんね〜」
「私のっ!」
「いいや、俺のっ!」
結局。
撤退中も譲ることはなかった。
★ ★ ★
Side 三人称
さて、そのころの魏軍。
「追撃は、無理のようね」
「はっ。敵は既に四騎のみ、かつ、行軍速度は異常で、霞が全力を出さなければ到底追いつけないとなれば」
「しかし、斥候が埋伏だったとは〜。してやられましたね〜」
「此方を戦いに釘付けにし、徐々に兵を撤退させ、かつ、情報操作で違和感を与えさせない。……やはり、情報戦ではあちらが一枚上手のようです」
曹操を前にして口を開くは、魏の三軍師。
上から荀文若、程仲徳、郭奉孝である。
「まぁ良いわ。けど、向こうは退くつもりはないのだから、いずれ戦うこととなるわ。次に備えなさい」
「「「はっ!」」」
どちらにせよ、陽たちが西涼から動く気はないと踏んでいたので、曹操としては特に問題にはしていなかった。
「それにしても、良い匂いがするわね。夕餉にしては早いすぎるし」
「それについては、風から報告が〜」
「話してみなさい」
「はい〜。…………ぐぅ」
「「寝るなっ!」」
「おぉ。春の陽気に誘われて〜、ついうとうとと〜」
「ハァ……」
平時通りのやり取りに、曹操は思わず溜め息を吐く。
慣れた光景だが、いや、慣れた光景だからこそ出るのである。
「風?」
「歓迎の催しとでも言うのでしょうか〜。どうやら宴の準備がされているようなのです」
「ちょっと、それはどういうことよ?」
問い詰めようとする荀イク。
虐げられているのならまだしも、行われていたのは善政。
攻めてきた側が歓迎されるなど、有り得ないはずである。
「それがですね〜、どうやら狼さんが一噛みしているようでして〜」
「狼……馬孝雄か。一体なんの為にというのでしょう」
「おやおや、稟ちゃん。それを考えるのが風たちですよ〜?」
「わかってますよ、風」
眼鏡をクイッと上げて答えるのは郭嘉。
その前に注意を促したのは程イク。
共に、対袁紹のときから配下に加わった者たちである。
「華琳様」
「あら、秋蘭。向こうは終わったの?」
「はっ。入城の準備は完了しております。ただ……」
「どうかしたの? 秋蘭にしては珍しく歯切れが悪いじゃない」
「まぁ、城の中に入れば分かるさ」
「そう。ならば行きましょう。何があろうと、我が覇道を阻むことは出来ないわ」
この後、きっちり数日阻まれることとなるのだが、現時点では陽にしかわからなかった。
陽は語る。
「母さんやら俺やらは、人の上に立つ奴らと根本から違うんだよね。俺達の魅力は庶民性、所謂人間臭さからくる親近感、ってとこかもな」
と
陽君も牡丹も自己中です。
世界は自分中心で回ってる、とまでは思ってませんけどね。
故に我が強く、欲が深いです。