第四十一話
大局がちょびっとだけ進む。
でも、まったりな西涼です。
ある昼下がりにて……。
Side 陽
上段から刃が襲いかかる。
ま、難なくよけますが。
「遅い」
「じゃあ、これはっ!」
そう言って放たれたのは、本日最速の突き。
「速くても隙があったら意味がないよ」
「うそっ!」
突き出された槍に合わせて右足を退いて避け、そのまま左足を軸にして一回転し、首に剣をあてがう。
そして、ニコッと笑いかける。
「俺の勝ち、だな?」
「む〜、また負けたーっ! 手加減してよ、お兄様!」
「手を抜いたら鍛錬にならんだろーが」
負けると必ず言う言葉に苦笑する。
そのくせ、ホントに手を抜いたら怒るが。
そこが可愛らしいんだけどな。
「ま、精進するんだな、蒲公英」
「……うん」
あら、しおらしい。
……元気な蒲公英もいいけど、大人しい蒲公英もいいねぇ。
おっと、いかんいかん。
にしても、さ。
「雪の中鍛錬とか寒くね?」
足場の悪さに加え、過酷な環境下である、というのは確かに鍛錬にはなるけども。
大体、俺は寒いのは苦手なんだよね。
「大丈夫♪ 後でたんぽぽが暖めてあげるから、ね」
俺の質問に対する答えにはなってないけど、許す。
だって、……役得じゃないか。
蒲公英の言う暖めるってのは、抱き締めてくれるってことだもの。
「……次はボクよ」
「絶賛不機嫌だなおい」
「鍛錬の最中なのに、惚気あうとこ見せられてんのよ。腹が立つに決まってんでしょ?」
別に俺は惚気たつもりはないんだかなー。
「ふ〜ん。瑪瑙はたんぽぽが羨ましくて、嫉妬してるだぁ〜」
「なっ! バッ、バカなこと言ってんじゃないわよっ!!」
ニヤリと蒲公英が笑いかけると、顔を赤らめて怒る瑪瑙。
だが、過度に反応すれば、それを肯定してるのと一緒だぜ?
……にしても嫉妬、か。
「分かるぜ、その気持ち。無性に取られたくない、って思っちまうんだよな」
「……アンタ、肝心なとこが分かってないでしょ」
「流石はお兄様! ってとこだね〜」
瑪瑙と肩を組んで慰めてやれば、まだ怒りが抜けきっていないのか、若干顔を赤くしたまま、恨みがましい目でこっちを見てくる。
褒め言葉のはずなのに、なんで蒲公英は肩を落とすんだ?
おかしいな、好きな人が他人に好意を寄せていることを恨む、ってのが嫉妬、と理解したつもりだったんだが。
……ちょっとまて。
俺は以前、嫉妬したよな。
先の解釈に合わせると、だ。
嫉妬したのは俺で、他人には御遣い君。
じゃあ、好きな人は。
……蒲公英?
「……いつまで肩を抱いてるつもり?」
「ん? あぁ、スマン。ちょっと考え事してた」
考えてると周りが見えなくなるんだよね、俺。
要望通り、瑪瑙から離れてやる。
「……そんなにすぐに離れなくたって……」
「残念だったね〜」
「くっ! その余裕、いつか無くしてやる!」
「いつかって、何時?」
「…………いつかよ」
「あはっ、図っ星〜♪」
「よし、蒲公英てめーぶっ殺す」
「ちょ、暴力反対っ!」
二人でひそひそと話してたのが、いつの間にやら鬼ごっこになってる。
……俺、どうすんの?
っと、暇はなくなったようだ。
「馬白様」
「……どうした」
音もなくやってきた部下。
俺がさせたのだが、忍者ルックだぜ。
「先程、北、南、両方から報告が入りまして」
「ふむ。言ってみろ」
「はっ。北も南も概要は同じようです。……袁家が動きました」
季節も関係なしかよ。
せめて冬を越えてからだろ、特に北は。
「まだあるのか?」
「はっ。南ですが、呂布、及び陳宮を客将に招いているようです」
「……食糧か」
「御意に」
反董卓の戦いのとき、部下も結構ついていったらしいし、なにより恋ちゃんの胃袋は宇宙だ。
ということで、仕方なく降ったのだろう。
なんだかんだ、家族思いで部下思いだしね。
そういや進行対象は徐州、劉備ちゃん御遣い君のとこ。
……丁度いい。
「よし。陳登に食糧を融資させるよう言っておけ。渋ったら馬印側からも四割までは提供してやる、ともな」
「はっ。ではすぐに」
袁術領の余りの食糧を買い取っておいたから、それで事足りるだろ。
さてさて、やっとこさ動き始めたか。
回り始めたマイレボリューション。
……間違えた。
回り始めた歯車。
容易には止まらないよね、こればっかりは。
ま、しばらくは高みの見物といこうジャマイカ。
★ ★ ★
Side 山百合
どうもお早う御座います。
こうして挨拶をするのは初めてですので、自己紹介をば。
姓を鳳、名を徳、字を令明と申します。
どうぞよしなに。
今日は何時もより早く起きてしまいましたので、散歩をすることにしました。
こうすると、冬のため身体は冷えてしまいますが、心は温まる方には出会えるのです。
……たまに熱くなりすぎてしまうのは、少し頂けないのですけど。
中庭に差し掛かると、風を切る音がします。
やはりいらっしゃいました。
我等が軍師、陽君です。
軍師、文官でありながら、武官でもあります。
……かく言う私も文武官なのですが、私を陽君に比べるなど恐れ多いほど、素晴らしいのですよ。
鋭い突き、鎌のような蹴り。
体術も目を見張るものがあります。
ですが、未だ違和感がある剣術に関しては一流です。
西涼、いえ、涼州随一と言っても過言ではありません。
……大陸随一は、雪蓮ちゃんに勝ったら、ということにしておきましょう。
敵を見据える鋭い右目。
隙のない見事な構え。
動じないその精神。
……なんて凛々しい……。
はっ!
いけません。
顔が熱くなってきました。
「……その行動を見てしまった俺はツッコむべきかスルーすべきか」
「……忘れてくださいっ!」
我慢できなくなってしまったので、顔を雪に突っ込んだのですが、それを偶然陽君に見られてしまったようです。
恥ずかしくて全身が熱いです。
雪があったら埋もれたい……。
はっ!
目の前にあるではありませんか。
これ幸いに――
「いや、まてまてまてぇ!!」
――あれ、陽君?
「……どうかしましたか?」
「いや、なんでもない……」
……様子がおかしいですね。
何かあったのでしょうか?
(天然か? 天然なのか? いや、そんなキャラ俺は知らないぞ? つか、そんな設定もした覚えは作者にも無いぞ?)
何をぶつくさ言っているのでしょうか?
とりあえず、めた発言は控えましょう。
……私こそ、何を言っているのでしょうか?
「……そういえば、今日は早いですね」
「まぁ、メシを作らんといかんからね」
いつもならもう半刻ほど槍の鍛錬をするところなのですが、ご飯の下拵えの為に切り上げたと言います。
陽君は本当に家族思いです。
★ ★ ★
厨房に移動しました。
せっかくですからお手伝いを、と思い陽君と共にやってきました。
……実際は殆どやることはないのですが。
理由は、陽君の料理の腕前は超一流だからです。
特級調理師免許をもっていても不思議では無いほどの、です。
なので、私の手など、必要ないのです。
……本当に、女冥利に尽きさせない酷い方です。
そう考えていると、ふと思いました。
「……何故ですか?」
「ん?」
「……何故免許を取らないのですか?」
見合う腕があるにも関わらず、免許は持って居らず、持とうとも思っていない節もあります。
……純粋に聞いてみたかっただけなのですが、少しだけ不機嫌になってしまわれました。
「わざわざ発行する側の奴らに評価されたいが為なんかに料理は作りたくねーんだよ。俺は基本的に、作りたいと思った奴らにしか作らない主義だぜ?」
質問した私は浅はかでした。
陽君にはそんな称号など、必要ないのですから。
「あーあー、そんな顔しないでよ。別に怒ってないからさ」
ばつが悪かったので俯いていたところ、頭を撫でられてしまいました。
……凄く心地良いです。
「つーかさー、どんだけそいつらの舌が肥えてるかは知らねーけどよー、てめぇの良し悪しで免許出すなんざおこがましいとは思わねーのかねぇ」
「…………」
「……笑うとこだよ、ここ」
「…………」
「……笑えー」
「……あっ、いひゃいれひゅ」
言い得た本音になんとも言えず押し黙っていると、両頬をつままれ、無理矢理笑顔にさせられてしまいました。
地味に痛いのですが、毎度のことなので慣れました。
……こうして構ってくださるのが嬉しい、というのが本音なのです。
★ ★ ★
「おっ、良い匂いがするわねぇ〜」
「うむ。これは……魚、じゃな」
匂いに釣られ、厨房にやってきたのは牡丹様と――「儂は違うぞ」――だけで、薊様は無理矢理ついて来させられたようです。
「朝から迷惑かけるのはどうかと思うよ、母さん」
「朝から三人揃っていじめるのもどうかと思うわよ、薊、山百合、陽」
「別にいじめてはおらぬよ。正当な言い分であろう」
私は何も言いません。
いじめている訳ではありませんし、仮にそうだとしても心を読まなければ済む話ですからね。
「何気なしに毒を吐くのね……」
そう言って目を伏せる牡丹様。
おかしいですね。
間違ったことは言っていないつもりなのですが。
というか、発言すらしていませんよ。
「大方、二人っきりの時間を邪魔されたから怒っているのじゃろう」
「あー……なるほど」
「話が見えねぇんだけど?」
「見なくてもいいわ、この鈍感」
二人っきりの時間?
一体なんのこと……で、ぇ?
……そうでした。
二人っきりでした。
それも日の傾きから見て約一刻もの間です。
余りに話に夢中で時間の経過を忘れてしまっていたようです。
……こんなにも夢中になれたのはなにより相手が陽君だったからなのですけど。
「……よっ陽君そろそろ三人を起こしては如何かと」
「そだね。起こしてくるよ」
そう言って厨房から出て行く陽君。
ひとまず安心です……。
と言っても、顔の熱は引いた訳ではありません。
……なにやらニヤニヤとした様子の視線が2つ程感じられます。
こういう時はそっとしておいてくださいませんか、お二方……。
★ ★ ★
食事を終えた後はお仕事です。
……最近、牡丹様の食べる量が減っているのですが、大丈夫でしょうか?
悪阻だとか冗談を抜かしていたので大丈夫だとは思いますが。
さて、午前中のお仕事は調練です。
皆やる気があってこちらもやりがいがあります。
……時折、息が異様に荒くなる人たちが居ますが。
「鳳徳様っ! ハァハァ……次、お願いします、ハァハァ」
「いや、次は俺だぁ! ハァハァ」
「アンタたちなんか、後でいいのよっ! ハァハァ、鳳徳様ぁ、次は私を苛めて――」
こんなのが私の部隊の半数はいるのですが、本当に大丈夫でしょうか?
皆、よい人たちではあるのですが。
午前中のお仕事が終わると昼休みです。
牡丹様が州牧になったせいで、全体的なお仕事が増えたのですが、文官も増えたお陰で、さして忙しくはありません。
ですので、昼休みはまったりできます。
食事を摂り、何も考えず白湯または茶をただ啜る。
……陽君に教えていただいたこの時間は素晴らしいもので、すでに生活の一部として定着しています。
昼休みを挟むと、午後のお仕事が始まります。
今日は政務です。
街の陳情であったり、財政であったり、徴兵のことであったりと、内政の大まかな所を任されています。
細かい所は陽君や他の文官達にお任せです。
その方が効率が良いのです。
私も一介の武人ですので、このお仕事はあまり好きではありません。
ですが、嫌、という訳ではありません。
何故なら、合理的かつ合法的に陽君(ついでに牡丹様)に会えるからです。
お仕事中の陽君はとても排他的です。
用がない限り、基本的に部屋に入れません。
規則や法律ではないのですが、暗黙の了解というものです。
本人は、集中力が損なわれるのを防ぐため、と言っています。
それでも、会えないというのは少し寂しいです。
そう思ったとき、ふと思い付きました。
則ち、処理を終えた竹簡を部下に任せず、自ら運べば良い、ということを。
陽君(ついでに牡丹様)は軍師(及び君主)ですので、私の上司にあたります。
ですので、私から提出するものも多々あります。
それを私自身で持っていけば、必然的に会うことにる、ということです。
……最近はこの時間の為だけに文官をやっている、というのは秘密ですよ?
★ ★ ★
「あ゛ぁ〜、疲れた」
筆と新調されたメガネを外して机に置き、目頭を揉みながら背もたれに身を預け、ぐてっとする陽君。
どうやら丁度良いときに来られたようです。
……竹簡の山と共に持ってきた茶器が役に立ちそうです。
しかし、先程までの真面目な顔から一転、ですから、とてもキュンときますね。
「……どうぞ、お茶です」
「ん、サンキュー」
陽君は時折、不思議な言葉を口にします。
それらはほとんどが耳にしたことのないものばかりです。
ですが、私はさんきゅう、という言葉の意味を知っています。
教えていただいた方に、内緒にしておいて、と言われたので名は挙げませんが。
……そうすると、陽君は一体どこで覚えたのでしょうか?
いえ、止めましょう。
いらぬ詮索は、家族である陽君にかける必要はありません。
「お、美味い」
「……有り難う御座います」
かなり昔になりますが、私は牡丹様の侍女紛いをさせていただいていました。
牡丹様は口うるさい訳ではないですが、気に入らないときは表情に出てしまう方だったので、茶を淹れるのも一苦労でした。
……このときの経験により、陽君の満足する茶が淹れられているので、とても喜ばしいことではあるのですけどね。
軍の方を見る時間だから、とのことで、陽君が部屋から退出してしまいました。
気付けば、他愛のない会話とお手伝いを半刻ほどもしていたようです。
陽君といると、いつも時が早く過ぎる気がします。
……不思議です。
「……どうぞ、お茶です」
「ん、ありがと」
「……それでは失礼します」
「ちょっと! なんか短くない!? 時間の比重おかしくない!? お願いだから出オチは止めてぇぇぇえ!!」
何を言っているのでしょうか?
「いっくよぉっ!」
「……どうぞ」
真っ直ぐ突き出された槍。
身体の軸を捉えた突きでしたが、右足を退いて半身になり、なんなく避けます。
「……っ!」
突きで伸びたままの槍そのままで薙ぎに繋いできたのには少し驚きましたが、右の戟で受け止めます。
そして受けた槍を跳ね上げ、体勢の崩れたところに左の戟でのなぎ払い。
しかし、私の跳ね上げた勢いを利用して、槍を持ったまま両手を後ろに付き、そのまま後方へ回転し、私の攻撃を避けます。
「……今のは……、陽君の業、ですね?」
「うん♪」
相手の力を利用して避ける。
攻撃を無力化し間合いをとる、防御の型。
陽君の最も得意とする業です。
……蒲公英ちゃんはまだ不完全なのでまだ良いのですが、完全だと本当に厄介極まりないのです。
「……では、これも避けられますよね?」
「えっ?」
私たちに比べると、力も経験も劣っていることを自覚している蒲公英ちゃんだからこそ、この業を習得しようと思ったのでしょう。
ですから、――私が少しでも完全に近づけて差し上げようかと思います。
「ちょっ、山百合お姉さま! それ一種の死刑宣告じゃん! たんぽぽそこまで望んでn――嫌ぁぁぁあ!!」
ふふっ。
そんな、逃げることでもないでしょうに。
逃がしませんよ?
★ ★ ★
夕食です。
いつも通り、家族皆で食卓を囲います。
食事中は静かに食べるのが好ましいのですが、ここはそんなことお構いなしです。
……と、苦言を呈してみた私ですが、この光景が嫌いという訳ではありません。
「こら陽っ! なんで人参入れたのよっ! 嫌いだっていってるでしょっ!!」
「アンタはガキかっ! 好き嫌いするんじゃねぇよっ!」
牡丹様が。
「儂はピーマンが……」
「別に嫌いじゃないだろっ! 悪乗りすんなやっ!」
薊様が。
「ボクは肉が……」
「ふむ。なら一生食うなよ」
「いらないんだったらあたしが貰ってやるぜ」
「ちょっ、冷たっ!? って、翠っ! ホントに取ろうとすんなっ!」
瑪瑙ちゃんが、翠様が。
「たんぽぽはね〜、お兄様が作ったもの、全部大好きっ!」
「ボケ倒す阿呆共を相手にしてると、蒲公英の優しさが身に沁みるぜ……」
蒲公英ちゃんが。
「おばさんみたいに好き嫌いはダメだよ?」
「わかってるよ〜。もう、子供扱いしないでよっ」
茜ちゃんが、藍君が。
「……ふふっ♪」
「何がおかしいってんだよ〜」
そして陽君が。
この場にいる皆が、言い争ったり、ふざけ合ったりしながら、楽しく食卓を囲むこの時間が私は大好きです。
陽は語る。
「凛々しくて、カッコ良くて、強くて。そのくせクーデレで、ちょっぴり恥ずかしがりで、天然で、弱くて。……可愛いよね、山百合って」
と