第四十話
進まない。
が、シリアスあり。
「冬だ!」
「雪だ!」
「……雪合戦だ〜」
「……え、なにこれ? このノリ何なの?」
「牡丹と翠は分かるのじゃが、何故山百合までノリ気なんじゃ?」
「多分、伯母上様が買収したんだと思うよ〜」
「おばさん、さいてー」
「まぁ、いいじゃん。楽しければねっ♪」
うん、……カオスだ。
遡ることちょうど1日……。
Side 陽
「…………」
『…………ほわぁ〜』
「…………(ピキッ)」
『…………あったか〜』
……キレてもよろしいかな?
目の前でマターリされると、こっちだって集中できないんだっての。
「おこた、さいこぉ〜」
「…………なぁ、おい」
「……ん〜?」
「……なんで君達は私の部屋でまったりしているのでしょうか?」
あくまで丁寧に。
口調変えて、キレてることをわからせようとしてあげてます。
「なんでって、そこにおこたがあるから」
「うむ、全くもってその通り!」
他の奴らも、母さん、薊さんに同意のようで、頷いてる。
「どこぞの登山家だっ! 大体、論点はそこじゃねぇよ! 仕事はどうした、仕事はっ!?」
「勿論、終わっ――「嘘吐け、阿呆」――母親に向かって、あ、阿呆、ですって……!」
「本当のことじゃろ? 実際、終わっておらぬであろうが」
「そこは擁護してよね〜」
とりあえず、母さんはナメてるね、うん。
つか、おかしいな。
……お前はどうなんだ視線を皆に向ければ、皆さん、目をそむけるとか。
「し・ご・と・し・ろ・や♪」
『…………はい』
満面の貼り付けた笑みで言ってやれば、素直に従ってくれました。
……一名を除いては、だが。
「私、ここでやる」
「いや、自分の執務室でやれや」
「嫌よ、寒いもの」
「知らねーよ。使用人にでも、暖を取らせやがれ」
「それは使用人が可哀想でしょう」
「それこそ知らねーよ。大体、そういうのが元々の仕事だろうがよ」
何の為の使用人だ、コラ。
……どんだけワガママなのよ、この人。
「じゃあ、たんぽぽもここでやるーっ♪」
「いやいや、ちょっと待て。も、ってなんだよ。まだ母さんがここでやることすら認めてないから!」
「いーじゃん、減るもんじゃないんだしー」
「いや、集中力は格段に減るからね? 計り知れない程のものだからね?」
人一人いるだけで、集中力なんて半減しますね。
それが蒲公英とか、乱れるにも程があるとこまでいけますよ。
「大体、なんで君主の部屋より、暖かいのよっ! 理不尽じゃない!」
「それだけで怒られる方が理不尽なんですけどっ!?」
なんなのこの人、マジひでぇんだけど。
とりあえず、皆さんを自分の部屋へと帰らせることには成功しました。
「……ハァ」
自然と溜め息が出てしまう。
理由は単純だ。
……帰っていった皆さんより、もう一段階寒い所で政務しないといけないからだ。
今まで皆が暖を取ってた炬燵。
無論、俺が作ったんだが、こいつには欠点がある。
それは、空気循環の悪さだ。
ここでいう炬燵とは……円卓に穴を開けて、そこにすっぽり七輪的なものを埋め込んだだけのものだ。
ちゃんと羽毛布団的なものはあるけどな。
……現代の炬燵の真ん中にあるやつを、電気ではなく火力で賄っている、といえばわかりやすいだろうか。
空気は入ってくる分には問題ない。
だが、出すのは、二酸化炭素。
空気中に占める濃度は低いが、塵も積もれば山となる訳で、自然と濃度も上がる。
高濃度になれば、気分が悪くなるし、最悪死ぬ。
それに、二酸化炭素の濃度が上がれば、酸素の濃度は相対的に下がるわけで。
だんだん完全燃焼が困難になり、一酸化炭素が発生してしまうこととなる。
一酸化炭素はダメだ、すぐ死ぬから。
以上より、こまめな換気が必要な訳で。
皆がいなくなったのですぐに換気をする訳だよ。
んで、重要なのは、今が冬だということ。
窓やら扉やら開けるだけで、冷たい風が吹き付けてくるんだ。
「……ハァ」
もう一度溜め息が出た。
その吐息は白い。
悴んだ手を無理矢理動かす。
等価交換。
何かを得る為には、何かを代償として払わなければならない。
……こんなこと如きで、それに則らなくてもさー。
★ ★ ★
「あったけぇーなー」
「……私達の為に、申し訳ありません」
「一応、受け取ってはおくけどさ、謝罪より感謝の方が個人的には嬉しいね」
湯のみを両手で包むように持ってたら自然と出た言葉。
そんな俺を前にしてるせいか、とても申し訳なさそうな顔をする山百合さん。
換気のことは気付いてるらしいかった。
……いや、本当に責めたつもりはないんだがな。
「……そう、ですか?」
「あ、あぁ。……それに、こうしてお茶を淹れてくれたろ? そんな人に文句なんて、言う筈がないだろ」
「……ふふっ♪ では、ありがとうございます、と素直に言っておきましょう」
俺の顔色を窺って、首を傾げて覗き込んできた山百合さん。
そんな姿に、何故だか――隠せる程度だが――動揺した。
小さく微笑んだ時にも、同じくだ。
……なんだか免疫が減ってきた気がするなー。
「……つかさ、山百合さん、可愛くなったよな」
「……とっ唐突に何を言っているのですか」
湯のみを置いて、頬杖をついて言ってやれば、怒った顔になる山百合さん。
……勿論、これが一種の照れ隠しだと俺は理解してるけどな。
「いや、マジな話だかんね、これ。前は冷たくて可愛げのない、無機質な人――」
「……ぶん殴りますよ?」
「――残念だったな! 俺には竹簡という名の絶対防御があるっ!」
「……その程度、簡単にぶち抜いてみせます♪」
「おふざけが過ぎました、すんませんでした」
ちょいと遊んでたら、右腕を引きながら半身になって、笑顔で凄まれた。
べっ、別に怖かったから謝った訳じゃないぞっ!
……ってか、こんなとこで使う笑顔を俺は教えてないっ。
「……教えていただきましたよ? 脅す時こそ笑顔で、と。身を以て、ですが」
「心を読むんじゃありませんっ」
勘弁してや、ホントにもー。
★ ★ ★
「オッス、オラ牡丹! 仕事はまだ終わってないけど、オラワクワクしてきたぞ!」
「…………」
ダメだ。
頭がイってる奴がいる。
キ〇ガイとでも言うのだろうか。
……無視しよう、うん、そうしよう。
「ちょ、ツッコミ待ちなんですけどっ! 軽く流すのは止めて頂戴。頭おかしいみたいじゃない!」
「…………」
事実、おかしいだろうが。
いきなり入ってきて、アレだぜ?
本来ボケである――ついでに言えば、ここだとツッコミが薊さんだけだから、仕方なくツッコミに徹してる――俺には対応できないよ。
「まぁいいわ」
「えぇんかい!」
アカン、関西弁チックになってしもうた。
……いかんいかん、今もなってたぜ。
「なによ〜、もっとボケて欲しいワケ?」
「いえ、結構です。間に合ってますから」
本気です、はい。
十分満たされてますから、もういりません。
「つれないわねぇ〜。……そんなだからアナタはツッコミ足り得ないのよ」
「んなの知らねーよっ! つか、なんだ、ツッコミ足り得ないって! 意味わかんねーよっ!」
「さぁ? 私も知らないわ」
「くうぅぅぅう!! コイツ、クソうぜぇぇぇえ!!」
正直、ぶん殴ってやりたい。
……ちなみにガチだぜ!
「ほら、そんなにカリカリしない♪ 格好いい顔が台無しよ?」
「こんの……! 誰のせいだとっ……!!」
俺の眉間に寄った皺をほぐしてきながら笑顔で言ってくる母さん。
……なんともいけしゃあしゃあと。
「もういいよ……。んで、何か用?」
「あぁ、うん。……ちょーっと皆で遊ぼうかなー、なんて」
「却下」
眉間から指を離し、その指を立てながら宣りやがった。
本当にこの人バカだと思う。
皆が皆、そんな暇が捻出できるわけがないだろう。
……かく言う俺がそうなんだが。
「1日ぐらい、大丈夫よ〜」
「何を呑気な……」
ここが動いていないだけで、他の情勢は変わりつつあるんだっての。
具体例を挙げると。
普通に優秀な公孫さんは、季節も無視の袁紹に負けて劉備ちゃん達のとこに亡命。
孫策ちゃん達は準備万端で、大きな隙ができるのを待つのみ。
曹操ちゃん達も、内政に力を入れてるけど、対袁紹戦の準備はできてる。
後は動かず、だけど。
とにかく、1日休むだけで、どれだけ損をするか、まるでわかっちゃいない。
その間に、どれだけの情報が飛び交っていることか。
……乱世を生き延びるには、情報が命なんだよ。
「ま、もう休みはとっておいたから、今更だけどね〜」
「じゃあ、その休みは返上――」
「ダーメ♪ 働き過ぎの陽の為に作った休みなんだから、ね。それに、五胡は動く気配なしで、曹操ちゃんは二面作戦をするほどの兵はなし。……ちゃーんと考えてるわよ」
「――なんじゃそりゃ」
軽くでこぴんされた。
ったく、反論の余地なんて、最初からないようなもんじゃないか。
「……わかったよ。休めばいいんだろ、休めば。……で、何して遊ぶのさ」
「そうそう、そうこなくっちゃ♪」
なんでこんなノリノリなんだろうか。
……そう、こんな感じの適当なノリで冒頭へと続いてしまうのだよ、悲しいことに、な。
☆ ☆ ☆
「つかさ、こうも都合良く皆が揃うもんか?」
疑問に思ったことを呟いてみたけど、揃うはずがないことを俺は知っている。
……前も言った気がするけど、立場上、それくらいは知り得ているのさ。
「今更何を言ってるの? 権力を振りかざしたに決まってるじゃない」
『…………』
平然と言いのけた母さんには、皆が唖然とした。
むしろ、一周回って感服すらしたぐらいだよ。
「まぁ、名目は領民との交流を深める一種の催し物、と捉えておいて頂戴♪」
「……と、言いますと?」
『あっ! お兄ちゃんだっ!』
それぞれに寒さ対策をした子供たちが、そんな声と共にわらわらとこっちにやってくる。
……おいおい、隴西にいる子供たちの半数はいるんじゃね?
「へへっ! いっちばぁん!」
「ああっ! 独り占めはダメだよー!」
「真面目ぶってる隙に、二番はもーらいっ!」
「ああっ! ズルいよっ!」
「次は僕だっ――」
「その次は私よ――」
「僕も僕も――」
……と、まあそんな感じで飛びつかれ。
支えきれる訳もなく、押し倒されましたよ。
地面が雪で良かったと思った瞬間がでした。
「あ、ぺたんこお姉ちゃんもいるー!」
「ホントだぁ! ぺたんこお姉ちゃーん!」
「……ぺたんこはやめようね?」
「えぇ!? じゃあ、ぜっぺき……?」
「……できればそれもやめてほしいな。あと、絶壁なんて言葉、誰に教えてもらったのかな?」
『お兄ちゃん』
「(ちょ、即答っ!?)」
「そっか、うん。ありがとう」
雪に埋もれてる間に聞こえた会話。
瑪瑙の声色はとても優しげだ。
……それが俺は恐ろしいのだが。
「ぷっ、……絶壁だってよ」
「可哀想だから、どこが、とは言わないよ♪」
「(……翠と蒲公英、それと陽は絶対コロス)」
絶対、瑪瑙のやつは黒いことを考えてる。
だって、軽く悪寒がするもの。
……雪に埋もれてるからなだけだと切に願いたい。
「……瑪瑙ちゃんは、何時の間に子供たちと仲良くなったのでしょうか?」
「さぁのぅ。儂は知らん」
「あら? 瑪瑙のことだっていうのに、知らないの?」
「我が娘のことというても、知らぬことがあってもおかしくなかろうに」
「そんなこと言っちゃって〜♪ ホントは寂しいんでしょ〜?」
「そ、そんなことは、……ないわっ」
何を話していたのかはわからなかったが、この薊さんの声だけは聞こえた。
声の震えと無駄な大きさからして、珍しく動揺してるらしかった。
★ ★ ★
Side 三人称
城外にて……。
「って、ちょっと待てぇ!」
「何よ、うるさいわね〜」
「まだうるさいと言われるほどのことは言ってないと思うんだが……」
まぁいいや、と呟いてから続ける陽。
「何故に城外? 色々と危ねぇじゃねーか!」
「問題ない――いえ、……大丈夫だ、問題ない」
「……言い直す必要性がどこにあったのでしょうか?」
子供たちと遊ぶだけならば、別に城外――ここでの城外とは、隴西の街を囲う城壁の外である――でなくとも、城の中庭や、町外れの――と言っても、城壁内だが――小高い丘などで良かった。
街中の半数ともなれば少々狭くはなるが、人数の把握も楽であるし、何より安全である。
しかし、城外ともなれば訳が違う。
まさかの将軍級が七人も出張って来ているのだが、決してそれで安全である、とは言い切れるはずがない。
場所が広ければ広いほど、目を届かせる範囲を広げねばならないのに、加えてもっと遠くにも目を耳を神経を行き渡らせていなければならないのである。
偏に、賊への警戒の為に。
これを知ってか知らずか、正確に述べたはずの返事を言い直す、という遊び染みた行動をする牡丹。
それを呆れ気味に突っ込んだ山百合。
……いつもさながらのこととはいえ、思うところがあったようだ。
「ホントに問題ないわよ♪ 一応、監視は四方に張り巡らせてあるし。それに――」
「儂と牡丹は見て居るだけじゃから、警戒を怠ることはない」
「――そうゆーこと♪ そ・れ・にーっ! 万が一、億が一、賊が現れても、私たちで撃退しちゃえるから、ねー☆」
「うむ」
「……不肖ながら」
「まぁ、ね」
「いつでも来やがれってんだ!」
「翠お姉さま、脳筋丸出しー」
陽は思わず絶句した。
というか、戦慄した。
曰く、牡丹の"ねー"の言葉に同調し、次々と己が武器を己の手に携えていることに。
どっからだした……っ!?
と、声を大にして叫びたかったが――
"女のひ・み・つー☆"
――と、母親から腹の立つ返しをされることが目に見えているので、やめることにした。
……しかし、ネコには到底みえない某ネコ型ロボットの腹にある、四次元につながるアレと関係があるのか、と割と真剣に考えることになったのは仕方のないことなのかもしれない。
因みに、茜と藍は、町の子供たちと一緒に雪遊びに繰り出しているので、ここにはいない。
「……ま、まぁ、うん。とりあえず、流血沙汰は勘弁だからな?」
「わかってるわ。斥候も出して、早めの対応が出来るようにするから安心して頂戴」
先程とは違い、真剣な眼で陽に訴える牡丹。
脱力させ、和ませることも出来るが、引き締めて、信用させることも出来る。
そうやって心を掴んで離さないのだから、ズルいと陽は思う。
……ことあるごとに、母親も主もこの人で良かった、と思っていたが、この時も深く思ったそうな。
★ ★ ★
「どうしてこうなった……」
そう言って頭を抱えた陽。
それは牡丹からルール説明により、誘発された物である。
「せっかくの端正な顔を歪めちゃって。……何が不満なの?」
「全部だよっ!」
からかっておどける牡丹にブチギレそうになるが、子供たちの前ということもあり、必死に思いとどまった。
「3―3かと思えば、面白くないからとか理由で2―2―1―1にしたり、景品は俺とか意味わかんねぇし、審判俺とか結局遊べないしっ!」
それでも語勢が強めだったのは察してあげて欲しい。
……一番乗り気でなかったはずであるのに、ちゃっかり遊ぼうとしているのにはツッコミをいれてはいけない。
「でも、多数決で決まっちゃったしー」
「その多数決にはどれほどの拘束力があるんだよっ!」
「私でも覆すことの出来ないくらいの強い力よ」
「…………滅茶苦茶強力じゃねーかよ」
少し間をおいてから、陽はげんなりした様子で呟く。
どうやら抵抗は不可、と諦めたらしい。
……それが勘違いとは知らずに。
それを見兼ねた薊は、牡丹をジト目で見つめる。
「…………」
「薊……その目はなぁに?」
見つめられている牡丹は、悪びれた様子はなく、しれっとしている。
何故なら、別に間違ったことは言っていないからだ。
"多数決によるの決定は絶対"
そう決めたのは牡丹である。
一家の長たる彼女に決定権があるならば拒否権もあるわけで、覆すことは可能でもあるのだ。
だが、自分で取り決めた約束を破るのはどうだろうか、と少なからず良心はあったようで、それはしないと己に誓っていたのである。
故に、陽に言ったことは本当であるし、薊にジト目をされる筋合いはなかった。
「まぁ、いいや……見てるだけで楽しそうだし。……えぇっと〜、よし。四半刻後に開始するっ! 各自、準備に取りかかりやがれっ!」
『応っ!』『は〜いっ!』
陽の号令と共に、決められた範囲内へと各自に散らばる子供たちと、山百合、瑪瑙、翠、蒲公英、茜、藍。
ここで、ルール説明をしよう!
一、将を一人選出せよ。
二、一般兵は三度、将は五度その身に雪玉受けた場合、速やかに場外に退場せよ。
三、上記以外に、戦場とみなされた範囲から外に出てはならない。
四、規則三に背いた場合、その者は二度と戦場へ入ることを禁ず。
五、将の退場は部隊の敗北とみなし、その時点で残っていた半数の兵も共に退場しなければならない。
六、終了までに残っている兵の数が多い部隊が勝利となる。
七、勝利した部隊には、褒美として、各自一度ずつ馬白への要求が可能となる。
……結構、本格的である。
因みに配置はこんなかんじ。
北……山百合と藍、子供九十九人。
西……瑪瑙と子供百人。
南……蒲公英と茜、子供九十九人。
東……翠と子供百人。
早速、皆一斉に敵の雪玉から身を守る雪壁を各自作成しているようだ。
……見ている陽の目には、規模の小さい演習のように見えた。
「……負けられませんね」
「藍兄〜。なんで鳳徳さま、あんなに張り切ってんの?」
「僕や皆と同じさ。陽お兄ちゃんからご褒美が欲しいのさ」
「ふぅ〜ん」
子供たちに混じり、ガチで雪壁を作る山百合。
それを微笑ましく思う藍。
……立場が逆転しているようだが、気にしてはいけない。
「お姉ちゃん、がんばって、ご褒美もらおうねっ!」
「ふふっ、そうね。ボクも皆のためにも頑張っちゃうわ」
「うんっ!」
話かけてきた少女を撫でて、ニコッと笑いかける瑪瑙。
……その腹では、褒美と、どうやって翠、蒲公英、それに陽にぶつけてやろうかと考えていたりする。
「いいか? 絶対勝つ!」
『おー!』
「陽に褒美を貰うのはあたしたちだぜ!」
『おー!!』
「よし、その意気だ!」
子供たちを鼓舞して、士気を高める翠。
……士気を上げるために言いはしたが、この戦場の全員の中で、一番陽の褒美への興味が薄かったりする。
「やっぱり……自分の手で藍に当てるだなんて……無理だよっ!」
「じゃあ、他の人に藍が当てられてもいいの? ……大切な藍が」
「それも嫌っ!」
解決策を蒲公英に提示されてなお、藍が敵であることを頭を悩ます茜。
……その解決策とは、誰かに手を下されるぐらいなら、自分の手で下す、というなんともヤンデレチックなものであるが。
★ ★ ★
「では、準備は良いか? ――始m――「オラァッ!!」――ちょっ、待てや! まだ言い切ってねぇっ!!」
「ボク相手に先制攻撃だなんて、やってくれるじゃない、のっ!」
開始早々――というか、正確にはまだ始まってないのだが――相対する瑪瑙の部隊へと豪速球を投げつける翠。
お返しと言わんばかりに、瑪瑙も豪速球で投げ返す。
どうやら、加減というものをしらないらしい。
……全員が雪壁に隠れていたので無事だったが、その雪玉は僅かだが、雪壁を抉っていた。
「うわー、二人とも脳筋……」
「……油断していても宜しいのですか、蒲公英ちゃん」
「うわわっ! あっぶな〜! ちょっ、山百合お姉さま! 手加減してよっ!」
「……出来ません。陽君からのご褒美は、蒲公英ちゃん相手でも譲れませんので」
「…………え〜」
のっけから始まった翠と瑪瑙の一騎打ちを、呆れ顔で覗いていた蒲公英。
その隙を見逃す必要はなく、山百合は強襲したが、ギリギリのところで雪壁に潜り込まれ、避けられてしまう。
……景品にはかなり、かなり惹かれるものがあるが、あくまでも遊びだと解釈していた蒲公英は、山百合の本気度に若干引いたようだ。
「藍……」
「お姉ちゃん……」
「お願い、ここは手を退いて!」
「お姉ちゃんの頼みでも、ここは退けないよ」
「どうしてっ! 私は藍を傷つけたくないっ!」
「……お姉ちゃんが例えそうでも、僕には関係ない。譲れないものがそこにあるから!」
……他と比べると、物凄い温度差である。
★ ★ ★
「だからっ! どうしてこうなった!」
「「待てぇぇぇえ!!」」
『まてーーーっ!』
現在置かれている状況に嘆き、全速力で逃げる陽。
追いかけるは、修羅と化した瑪瑙と翠、そしてこの場にいたほとんどの子供たちである。
何故、と問われても、陽は負い目は無いと思っているので、追いかけられる筋合いはないといった様子で、当人にはわからないらしい。
……結局はどちらも悪いのであるが。
事の始まりは、実は最初から。
翠と瑪瑙の一騎打ちとも呼べる投げ合いから既に始まっていたのだ。
早くも二人だけの世界に入り遊びの範疇を越えないように、と四回ずつ当たっていた――と言うより、叩き落としていた――釘を刺し、頭を冷やさせた陽。
だが、スタートからエンジン全開のフルスロットルだった二人の熱が容易に収まる筈はなく。
付け加えて言えば――というより、こっちが本命だが――頭の冷やさせ方が悪かった。
雪に二人の顔の型を作ったのである。
「(アレが不味かったのか……? でも、あの程度だぞ?)」
少なからず子供たちにも二次災害――砕けた雪壁の欠片が当たるなど――が及んでいたため、ちょっぴり怒ってた陽。
だからといって、その怒りの発散にとんでもない暴挙(?)に出たのが悪かった。
誰だって、後頭部を掴まれ、雪へと顔からダイブさせられたら 怒り狂うはずである。
……それをあの程度、と宣った陽は少々頭がおかしかった。
「「これでもくらえっ!」」
「……危なっ! ちょ、雪玉で何故にそんな速球が投げられる!」
後ろからくる猛攻を陽は必死になって避ける。
というか、避けなければただでは済まない。
瑪瑙と翠が投げるのは、雪玉であって雪玉でないからだ。
……雪におもいっきり圧力をかけてやれば、何になるであろうか。
「「いい加減当たれっ!」」
「無理☆」
星を出した途端、プチッ、と何かが切れる音を陽は聞いた気がした。
「「オラァッ!!」」
「速っ! ……これは当たるな」
明らかに速度を上げた雪玉に、諦めた陽。
だが、いつまで経ってもこない衝撃を不審に思い、後ろを振り向くと、二人の人影。
「……させません!」
「させないよっ!」
山百合と蒲公英である。
お前らマジ天使!
と、陽は心でそう叫んだ。
「何? 点数稼ぎ? 上等じゃない!」
「邪魔するんだったら、お前らでも容赦しないぞ!」
「……宜しいでしょう。私は、いえ、私たちは」
「全力でお兄様を守るよっ!」
結局、二と四百弱対三で収まったそうな。
「…………」
「…………」
茜と藍の睨み合いは無視である。
★ ★ ★
その頃の門の上にて……。
「ふふっ♪ 混沌としてきたわねぇ〜」
「……開いた口も塞がらん」
下で起こっていることの感想を述べる二人。
一つは心底楽しそうな声で、もう一つは呆れ返った声。
前者は牡丹、後者は薊である。
「そう言ってあげないの。良いじゃない、楽しそうなんだから」
「違いない。……が、限度があるじゃろう、限度が」
「かったいわねぇ〜。そんなに固いのはち〇こだけでいいの」
「……ち〇こと同等にされるとは」
よよよ、と泣き崩れる薊。
固いと言われたことにちょっぴり傷付いたので、ノリ良くおどけてみせたのである。
……つか、下ネタ止めれ。
「あらあら、かわいそうな薊。私が慰めてあげましょうか?」
「………………遠慮しよう」
「むぅ、つまんな〜い」
それはそれは魅力的な提案であったが、歯止めが利く今、止めることにした薊。
口を尖らせる牡丹の姿にでも萌えるのに、慰められでもしたら、どうして最後まで自制しきれるだろうか、いや、出来ない。
という訳で、泣く泣く止めたのである。
「……ケホッ」
「む、風邪か? しかし……」
「何よ、その馬鹿なのに風邪を引くのか的な目線は!」
怪しむ薊に対し、ちょっとだけ怒る牡丹。
……むしろ、それ以上のことが出来る余裕はなかった。
「ふむ。では中に、暖かいところに行こう」
「それは無理。アレ、見ていたいもの」
下を指し、ニコッと薊に笑いかける。
それを見た瞬間、薊は悟った。
「……わかった。暖かくなれるものを持ってこよう」
「ありがとう」
★ ★ ★
「……バレバレじゃ、馬鹿者……」
牡丹から十分に離れてから、薊はそう呟く。
その瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。
顔色が悪く、今にも倒れそうなはずなのに、安心させようと必死になって作る微笑み。
平和であれば、簡単に見られる光景を、食い入るように、焼き付けるように見つめる眼差し。
……陽が倒れ、華陀に診て貰った後、牡丹のみ名指しで呼ばれたことを不審に思っていた薊が理解するには十分すぎた。
込み上げてくるモノを流したくなかった薊は上を向いて歩く。
その視線の先の天上からは雪降り注いできた。
手のひらを翳せば、ぽつりと雪がのる。
「……牡丹雪……っ!」
途端、堰を切ったように薊は泣いた。
余りに不意打ちだった。
まだ整理しきれていなかった心には耐えられなかった。
☆ ☆ ☆
その一方。
薊が十分見えなくなってから、牡丹は激しく咳き込んだ。
「ゲホッゲホッ! は……ぁ……ゲホッ! ぐ……ぅ!」
門の上の、腰上あたりまでしかない壁に左手を付き、背と腰を丸め右手は口元を押さえる。
咳き込むとともに、その右手からは、確かに赤が滴り、雪に斑点を作っていた。
「……不っ味いわねぇ……ふぅ! ふー」
少し落ち着いたかと思えば、口内に広がる血の味に文句をつける牡丹。
らしいと言えばらしいのだが、明らかな無理は、ここに人が居れば、すぐに見て取れるほど。
……悪態を吐いていないと、心が折れそうだったのである。
「まだよ……まだ、ぐっ、死ぬ……訳、には! ……いかないのよ」
逆流してくるモノを必死に抑えつけ、確固たる意志を言葉に乗せる。
自らを奮い起こすように。
倒していた上体を無理矢理起こし、慈しむように眼前の光景をみつめる。
そこには牡丹にとって、幸せになれるモノがある。
「ふ、ふふっ♪ 山百合も瑪瑙も翠も蒲公英も茜も藍も、陽も。……皆、楽しそう」
そう、家族だ。
牡丹は誰より家族を愛しているのだ。
家族の幸せは自分の幸せ、と言い切れる程に。
口に垂れていた血を拭い前を見ると、下にいる子供達が上を向いてはしゃいでいた。
つられて上を向くと。
天上から雪が降り注いでくるのが視認できた。
血に濡れた右手を翳せば、白く大きな雪片が手のひらに落ち、じわりと赤く染み込む。
まさに赤い"牡丹"雪だ。
それを見つめるとすぐ、いつもの笑みではない、自身の本質を存分に出した挑発的な笑みを浮かべた。
「ハッ! 花が見られないから雪で我慢しろってか。……ふざけんじゃねぇぞ」
牡丹は開いていた右手を握り締め、天を射抜かんばかりに睨み付ける。
その目から放たれるは確かな怒り。
曰く、俺を嘗めるなと。
「何が天命だ。てめぇが勝手に俺の寿命を決めるんじゃねぇよ。……んなもん、覆してやる」
そうして牡丹は空に向かって声高らかに宣言する。
「生き抜いてやる。……冬も春も越えて! 俺の死に花が咲くまでなぁ!!」
……この誓いが果たされるかは、現時点では誰にも――天ですら――わからない。
陽は語る。
「雪合戦は勿論、俺達の勝ち。褒美には困ったもんだぜ。…………つか、温度差ありすぎ」
と
毎日が寒いよ~。
でも、ノット温暖化+自分のいるとこより高緯度=もっと寒い。
泣けるよね。
結論、マジ翠と蒲公英パネェ。