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第三十九話


日常編と、過去編。


ちゃっちゃと進めないとなー。





「隴西よ、私は帰ってきた!」


「ばっかじゃないの」


「開口一番がそれとか、酷くね!?」










そんなこんなでまたまた引っ越しをした俺達。

……まぁ、冒頭の通り、帰ってきたが正しいんだけど。


「本格的な冬が来る前に出来て良かったぜ……」


「ホントね」


辺りを見渡せば、白の世界が広がっている。

言わずもがな、雪だ。

まだうっすらとなのだが、積もっている。

今の状態では幻想的な世界、と言えなくもないが、冬本番が来れば、ただただ過酷な世界しかない。

涼州は内陸部にあるのため、降水量はさほど多くはない。

……と言っても、本番の時は、一度降れば俺の背丈を超えることもしばしばだけどな。


だが、寒い。

雪が降らずとも、寒いのは変わらない、変えられない。

……華北に領地を持つ者だけが味わう自然の過酷さだ。


故に、移転を急いだ。

動けば暖まるし、兵の殆どは寒い所出身だから問題ない、と言えなくもない。

たが、実際士気にも関わるし、何より、寒さにより病気から兵を失う、というのは馬鹿馬鹿し過ぎる。



「ということで、久しぶりだな、ガキ共」


『わぁ! お兄ちゃんだーっ!』


急ぎ足で、わらわらと俺の下に集まってくる子供たち。

心なしか、大きくなってるようにも見える。

一年弱でこうも変わるのか、と思うほどだ。


「相変わらず、凄まじい人気っぷりね。なんでそんなに人気なのか、意味が分かんないんだけど」


「全くもってそうだけどさ。……つか、なんだ、羨ましいのか?」


「全然」


「す、すっぱりと言うね」


瑪瑙さんや、そこまで言わなくてもさ……。


「(どっちかって言うと、子供たちの方が羨ましいっての!)」


「なんか言ったか?」


「べ、別になんでも」


顔を赤くし、そっぽを向く瑪瑙。

……やっぱり、羨ましいのか?


「「あの……、閻行様、お帰りなさい」」


「……は?」


男女一人ずつが、瑪瑙の前に行って、恐る恐る声を掛ける。

受ける瑪瑙はキョトン顔だ。


「ほれ、返してやんなよ」


「え……、あ、うん。その、……ただいま?」


「何故に疑問系だし」


「しょうがないじゃない! ……こんなこと言われるの初めてなんだから」


不慣れな体験に戸惑う瑪瑙。

……もじもじとしてる感じが可愛らしいぞ。


(ほら、不安がってんだろ? 撫でてやんなよ)

(無理よ。子供を撫でるなんてこと、したことないんだもん)

(できるって。自分の馬を撫でてやるように、優しく。何事も経験だって)

(……分かったわよ)


ぎこちない手付きで、両手を二人の頭に乗せようとする。

そんな強張った感じなもんだから、子供達はビクビクしてる。

……なんともまぁ。


「ボクなんかに声を掛けてくれて、ありがとね」


そう言って愛しむように子供たちを拙くも撫でる姿に、何故だかドキリとさせられた。



『お兄ちゃん、遊ぼーよー』


「悪いな。俺にはお仕事というものがあるんだよ」


「久しぶりなんだからいーじゃん!」


『そーだそーだ!』


本当は一緒に遊んでやりたい。

けど、移転の最終確認とか、州牧になるにあたっての手続きとか、やることは多くある。

これもあのアホ母親のせいだ。


「わがままを言うな。俺の仕事は、お前たちを幸せにするためにやっていることなんだぞ」


「それはわかってるけど……」


俺の服の裾を掴み、あからさまに気落ちする子供たち。

……説得するためとはいえ、この表情を見るのは辛いなぁ。


「じゃあさ、日を改めて遊んだらどうかな?」


『……え?』


一斉に瑪瑙の方を向くガキ共。

軽く膝を曲げ、その膝に手を乗せて前屈みになり、子供の視線の高さに合わせている。

その姿からは、子供を相手にするのは初めて、と言っていたのは嘘だったかに思えてしまう。

……子供と接するときに、一番重要な点をきちんとおさえてるからね。


「陽も存外暇でね。2日もあれば、お仕事なんて終わっちゃうのよ。……だから、2日、待ってあげてくれない?」


「待ってたら、本当に遊んでくれる?」


不安気に瑪瑙を見つめる少女。

見つめ返すは、優しく笑んでいる瑪瑙。

……こんな笑みを零す瑪瑙なんて、未だかつて見た事ねぇ。


「勿論。陽が約束破ったこと、あった?」


「……ない」


「でしょ? 今から遊んで陽に迷惑を掛けるか、2日待って存分に遊ぶか。どっちにする?」


『2日待つ!』


瑪瑙に任せる感じになってしまったが、2日待つ、でどうやら纏まったらしい。

……つか、2日って。


(2日とか、なかなか厳しいんですけど)

(それぐらい、徹夜でもなんでもしてやり遂げなさいよ)

(なんて過酷な注文だよ……)

(子供が好きというなら出来るでしょ?)

(まぁ、やりますけど)


ひそひそと瑪瑙と話していれば、俺と瑪瑙の裾が同時に引かれる。


「……その時は、お姉ちゃんも一緒だよね?」


「お姉ちゃんて……ボク?」


「うん!」


清々しい笑みで瑪瑙を見つめる少年。

……男といっても、流石に子供は蔑まんわな。


道連れ確定♪


「勿論、ペタンコ姉ちゃんも一緒だぜ」


「誰がペタンコだっ!」


怒る瑪瑙。

だけど、仕方あるまいて。

特徴としては一番わかりやすいんだもの。


『約束だよ、ペタンコお姉ちゃん』


「お願いだからペタンコは止めてぇぇぇえ!!」


その悲痛な叫びは、隴西全体に響いたそうな。

……これ、広まったら爆笑もんだな。



2日後のことは、敢えて言うまい。

……根の詰めた政務による疲労に、子供たちの有り余る元気さに、死ぬ思いであったことなど、わざわざ言うことではないからなー。

ホントに。










   ★ ★ ★










「……寒いぞこんにゃろう」


馬白こと俺の本日の1日は、この言葉から始まった。


兎に角ね、寒いんだよ。

涼州は確か四年目となるんだけど、慣れることは一切ない。

寒いものは寒い。

これは真理なんだよ(キリッ


「それに比べて、布団の温かさとくれば……」


洒落にならないよねー。

滅茶苦茶温かいもんねー。

ここから出たくなくなるもんねー。

なんて魔道具なんだ!


……ん?

心なしか、腹周りが温かいような。


頭だけ浮かせ、布団の上を確認すると、浮かび上がってくる形は人。

それに加え、慣れた匂いといつもの光景。


「……蒲公英?」


「ここにいるぞーっ」


俺の布団の中から頭と手だけを出し、声を上げるは、やはりと言うべきか、蒲公英だ。

……毎度ながらだが、きちんと自分の部屋に戻りなさい。


「う〜、やっぱ寒っ!」


そう言って、再び潜り込んもうとする蒲公英。

……いやいや、おかしいだろ。


阻止する俺。


「こら蒲公英、人の布団で、堂々と二度寝しようとすな」


「えーっ! お兄様も温かい思いが出来るんだから、別にいいじゃん!」


「そういう問題じゃねぇ」


俺の精神的な問題なんだよ。

蒲公英さんや、あんさんは一応俺を情事に誘った女なんだぜ?

俺としては、未だ惑い迷ってる途中なんだぜ?

……よく今まで通り接してられるな、おい。


「あ、もしかして、照れ隠し? かっわいい〜♪」


「別にそんなんじゃねーよ」


「ふ〜ん」


意味深な笑みを向けてくる蒲公英。

心でも読んでるかのように当ててくるね、ホント。


「ねぇ〜、お兄様?」


「なんだ?」


仰向けで寝ころんでる俺の上に、逃がさないようにか、首に手を回し、乗り掛かってくる蒲公英。

母さんや薊さん、山百合さん、翠姉に比べれば些か小ぶりだが、立派に成長してる女の部分。

それを胸板辺りに押し付けては、妖艶な笑みを向けてくる。

いつも思うが、顔が近いっ!


「……考えてくれた?」


「あそこまで迫られたら、考えない訳がないだろ」


俺を誘うように身体を密着させてきたので、蒲公英は前のあの時のことを言っていると解釈した。

そしたら、どうやら当たってたらしく。


「じゃ、改めて。お兄様、シよ?」


「……あのなー、蒲公英」


「ねぇ〜、いいでしょ? お兄様のここ、ガチガチだよ?」


「っ!」


俺の腰辺りで跨がるように起き上がり、手を後ろに回して、俺のアレを優しく握る。

蒲公英の言う通り、息子はスタンディングです。

……朝の生理現象だから、仕方なくね?


「蒲公英」


「うん」


「「やっぱ寒いね」」


蒲公英が起き上がれば、布団も捲り上がっちゃう訳で。

俺は布団と蒲公英の、蒲公英は俺の温かさを失った訳で。

再び抱き合う形になりました。


「…………」


「…………」


「ふっ」「あはっ♪」


数秒見つめ合った後、どちらからでもなく破顔する俺と蒲公英。

そういった欲より、寒さを凌ぐ方を優先させたことが、なんだか笑えたんだよ。

……まぁ多分、蒲公英は気を使ってくれたんだと思うが。


「ごめんな。まだ整理がついてないんだ」


「うん」


俺の胸の中で、蒲公英は静かに頷く。


「それにさ――」


「待って」


「――なんだ?」


わざわざ俺の言葉を遮る蒲公英。

……その表情は伏し目がちだ。


「お兄様の言いたいことはわかるよ。気持ちに応えられないかも、って」


「あぁ。そうだな」


あくまで仮定の話で、有り得ないことだが、一応言っておかなきゃならない。


「でもねっ! たんぽぽは待つよ! お兄様が振り向いてくれるまでずっとずーっと、ね♪」


「っ!」


良い笑顔をするもんだぜ。

思わずこっちが照れてしまうぐらい、可愛らしく、綺麗だ。


「こう見えても、たんぽぽは尽くす女だからね♪」


「……どう見せてるかは知らないけどさ、少なくとも俺はそう感じてるよ」


甲斐甲斐しく俺を構ってくれる、小さく可愛い佳い女、とね。




引き続き、布団の中でぬくぬくと過ごす俺と蒲公英。

相変わらず俺の上に居り、腕を畳んで胸の前に収めた状態の蒲公英を、腰に手を回して優しく包んでやっている。

……下ろそうとすると駄々をこねだすから仕方ないだろ。


それにしても、だ。


「こうしてるとさ、いつもあの時のことを思い出すんだよねぇ」


「おっ、お兄様っ! もう忘れてよっ!」


不意に思ったことを口にすれば、酷く動揺する蒲公英。

ま、そんな姿がまた可愛らしいんだけど。


「忘れないさ。あれは金城に行く少し前だったかな……」


忘れないし、忘れられる訳がない。


……特別に振り返ってやろうジャマイカ。



   ☆ ☆ ☆



ちょうど15〜16話の間辺りのお話。




Side 三人称


その日の陽は、いつも以上に不機嫌だった。

牡丹を見るその目が、いつになく鋭いことに気付いていながらも、仕方なく口を開く。


「それで陽、どうするの?」


「……相手は南匈奴の三千の騎兵、でしたね」


「そうだ。……於夫羅の野郎は本当に俺達が嫌いらしいな」


於夫羅とは、親漢派が多くいる南匈奴に於いて、単于を務めている者である。

にもかかわらず、一応漢の臣である牡丹、というより、漢の領地である西涼を攻める侵攻者でもある。


これは矛盾しているようで、していなかったりする。

親漢派が多くいるだけであって、反漢派がいない訳ではないからだ。

……言ってしまえば、牡丹自身親漢派ではないし、蛮族と虐げられていた彼らの地位を上げた恩人であるので、攻められる筋合いはないのだが。


「で、策だが。俺と母さんの部隊、計二千で奴らを引き付けるから、延びた部隊の腹を山百合さんが二千と共に横撃する。んで、俺達はそれに乗じて部隊を反転し、挟み撃ち。……こんなもんだろ」


「……分かりました。早速、兵を伏せてきます」


「よろしく〜」


そう言って、山百合は天幕から退出する。

……真剣な部分なので、送り出すに牡丹も真面目にやって欲しいものである。



「…………」


「…………」


「…………」


「……ハァ。あのね〜、いつまで眉間に皺を寄せてる気? そんなに睨んだって、戦は終わらないし、戦闘も避けられないわ」


「……わかってるさ。でも仕方ないだろ、勝手になるんだから」


牡丹の苦言には、流石の陽も伏し目がちになる。

自覚している分、心に深く突き刺さっていたのだ。


陽自身でわかっていながら、機嫌が直らないのには理由があった。

それは、戦が嫌いだから、という単純なもの。

……これはどうしようもできないことなので、仕方ないのであるが。


だが、今回はそれだけではなかった。

直るどころか、一層不機嫌になる要素があったのである。


それは――。




「……調子はどうですか?」


「うん、絶好調だよ」


「……本当に?」


「……ホントはね、ちょっと恐いよ。でも、うじうじもしてらんないよっ!」


「……そうですか。それならば、私から言うことは何もありません」


内心、心配は無用だと思いながらも問えば、返ってきたその言葉は力強く。

やはり強い娘だと思い、微笑みを浮かべる山百合。


大丈夫だとわかった以上、兵と将、という関係である二人が一緒には居ることは叶わず。


「……では。期待していますよ」


「うん!」


すぐに将の顔に切り替え、激励の言葉を掛け、この場から去る山百合。

……返事の元気の良さに、もう一度微笑んだのは言うまでもない。




――義妹、蒲公英の初陣だ。




   ★ ★ ★



「やっぱ、……ダメね。私は戦場じゃないと」


「…………」


返り血を浴びたまま佇んでいた牡丹は、そう呟く。

含まれているのは、嬉しさと悲しさ。

やはり、武人は武人なのだと。



策自体は多少の誤差――必要以上の牡丹の暴れっぷり――はあったが、上手くいった。

敵の半数を撃破し、撤退もさせた。

明言しなくとも、完勝というのは誰にでもわかるだろう。


だが、陽は未だ不機嫌、かつ、一抹の不安を覚えていた。

……不機嫌は性格上仕方がないのだが。



「お兄――……馬白様」


「……っ! 待て。向こうで聞こう」


予想外の来訪者に若干驚いた陽だったが、慌てることなく天幕に案内した。



「…………」


それを見つめていた牡丹。

その目に映った二人から感じたのは、危うさ。


二人共、それぞれに強い意思は持ち合わせている。

それが悪い、という訳ではないが、強いだけ――言い換えると、固いだけ――では、いざというときに、簡単に折れてしまうこともある。

だからこそ、固さの中にも柔軟さが必要なのだ。

……陽の強みはその柔らかさなのだが、家族、特に蒲公英のこととなると、それが無くなってしまう傾向があった。


それに気付いていながら、敢えて牡丹は触れなかった。



   ★ ★ ★



「……で? なんか――「お兄様っ!」――のわっ」


思いっきり飛び込んでくる蒲公英を受け止める陽。


「……大丈夫だった?」


「……っ! あぁ。戦い自体は問題なかったからな」


「そっか。良かった〜」


いつも通りの口調に安心したか、抱きしめる力を少し緩める蒲公英。

それに合わせるかのように、無意識に――というより反射的に――陽も蒲公英を緩やかに抱き締める。

そうしてしまえば気付いてしまうのは必然だった。


……蒲公英の身体が小刻みに震えていることに。


「蒲公英、お前……」


「……っ! あっ! そうだ! 山百合さんからの報告があったんだった!」


気付かれたことに気付いた蒲公英は、陽から離れ、狼狽える自分を抑えながら、先ほど任された役目に戻ろうとする。

……口にする言葉がそれぞれわざとらしく、動揺していることを自分から知らしているかのようだが。


「部隊の再編は完了しました、だって! じゃ、たんぽぽもそろそろ戻るね!」


「あっ、おい、蒲公英!」


急ぎ退室した蒲公英を掴むことは叶わず、伸ばした手は空を切ることとなった。




「母さん」


「……あら、いつから気付いてたの?」


「そんなこと、今はどうでもいいだろ。……それより、ちょっとお願いがある」


いつもの陽ならば、牡丹の質問には、最初から、と答えていたであろう。

しかし、今の陽にはそんな余裕はなかった。


「陽からお願いなんて珍しいわね。特別だから、聞いてあげる」


「……一発、ぶん殴ってくれ」


「…………隠れ被虐愛者だったのね……。でも安心して頂戴。私はそういうことには寛容だから、ねっ」


「……茶化さないでくれ。真面目なんだよ」


……牡丹はもっと真面目に出来ないのだろうか。



「いくらなんでも、理由もなく、は嫌よ。ちゃんと話しなさい」


「……わかってる癖に」


殴られたい理由は二つ。

初陣であった蒲公英に、自身のことよりも自分を優先させるほどに心配を掛けている、という自分の不甲斐なさ。

私情を挟まない、と自分に誓ったのに、戦わせたくない一心で、あからさまな批判の目を牡丹に向けていた、自分の意思の弱さ。

この二つが自分で許せず、憤りを感じていたのである。

……前者は蒲公英自身の思いなので、陽は悪い訳ではないのだが。


「…………ってぇっ!! ちょ、ふひっ、不意打ひっ!!」


「仕方ないじゃない。……スッゴいムカついちゃったんだから」


それでも不意打ちはないだろ。

と、呟きながら、吹っ飛ばされたに近い感じで転げた身体を起こす。

……本当は立ちたかったが、脳へのダメージが半端じゃなかったため、断念したようだ。


「自分を責めすぎなのよ、このバカ息子。……こう言ったって無駄なんだから、ホント、タチが悪いわ〜」


「なんか酷くねー?」


肩を落とし、悪態をつく牡丹。

残念ながら、陽の言葉は無視された。


「まぁいいわ。……兎に角! 帰ったら蒲公英の側にいてあげなさい。嫌とは言わせないわよ?」


「了解。嫌なんて、言わないさ」


自分も初陣後、蒲公英に助けられた。

ならば、蒲公英の初陣後は、自分が助けてやる番だ。

そう考えての発言だった。



   ★ ★ ★



その日の夜……。


「こんな時間に用なんて、……やっぱり、初陣の時のことなんだろうな〜」


少しばかり落胆した様子で、ある一室の扉の前に立ち竦んでいる者がいる。

言うまでもなく、蒲公英だ。


本来、呼ばれているのだからすぐに入室すべきだが、今は入るのを憚りたいぐらい気後れしている。

理由は、とても単純だった。


……ただただ、嫌われたくなかったのである。



「なんだ、誰かと思えば蒲公英じゃねぇか」


「うわっ! お、お兄様っ!」


いきなり開いた扉に若干驚き、狼狽える蒲公英。

……扉の外に誰かがいる、ということに気付いていた発言をする陽はスルーだ。


「まぁ、入ってきなよ。茶も用意してある」


「……う、うん……」


「……?」


いつもなら喜んでついてくるはずなのに、今日の足取りが悪いことに疑問を持つ陽。

まぁいいや、と呟きつつ、席へと促し、茶をいれた。



「さて、話だけど」


「……うん」


席に着き、話を切り出そうとすると、蒲公英は元気のない返事をして、俯く。


「蒲公英」


「……っ! ……ぁ……」


そんな様子を見て、ちょっとだけ好都合だと思った陽は、蒲公英を少し無理矢理引き寄せ、思いっきり抱き締めた。

……蒲公英の表情からは驚愕の色しか見えなかった。


「ごめんな。そして、ありがとう」


「……ぇ?」


「心配を掛けただろ? 自分のことで手一杯だってのに」


「そっ、それは別にたんぽぽが勝手に――」


「それでもさ。ごめんとありがとうは受け取って欲しいんだ」


「――……ぅ」


抱き合いながらの突然の口説き文句のような謝罪と礼に、顔を赤く染める蒲公英。

いつもならば、イタズラっぽくからかってみせる所だが、今回は予想外過ぎたせいで、切り返せなかったようだ。

……残念なことに、互いの肩に顎を乗せ合う形なので、その表情は陽には見えないが。


「さて、蒲公英」


そう言って、膝の上に蒲公英を正面で向き合うように座らせ、肩に手を乗せて、引き離す。

……少しだけがっかりした顔が陽の目に入ったのは言わずもがなである。



「もう、無理しなくていいよ」


「……え?」


――ゆっくりと。


「強がらなくてもいい。……怖かっただろ? ……つらかっただろ?」


「……ぅあ……」


――されど確実に。


「……苦しかっただろ? もう、我慢するな。全部吐き出せ。全部俺にぶつけろ」


「…………うぅっ!」


――内に渦巻いていた感情を。


「俺がちゃんと受け止めてやるから。……おいで、蒲公英」


「うぅっ……うあぁぁぁああぁぁぁっ……うあぁぁぁ!!!」


――紐解いていく。


「お兄様ぁっ! お兄様ぁぁっ!! 殺しちゃった! たんぽぽ、人をっ! 殺し……ぢゃっだよぉ!!」


「……あぁ」


――吐き出す言葉は。


「怖がっだ! 恐ぐで、恐ぐで! こんなにぐるじくてっ、ごんなにづらいなんでっ!!」


「よくここまで我慢した。よく頑張ったな」


――心の穢れを。


「う゛んっ……! う゛んっ……!」


「偉いぞ、蒲公英。良い子だ」


――綺麗に洗い流していく。




   ★ ★ ★



「突然だけど、蒲公英に問おう」


「うん」


散々に泣きはらしていた蒲公英は落ち着きを取り戻し、陽の胸の中で小さく頷く。

……ちなみに、寝台の上に寝転んでいたりする。


「どうしたら人を殺すに躊躇が無くなると思う?」


「……自分が正しいことをしていると思いこむ、とか?」


「うん、正解。簡単に言えば、自分の行為に正義を掲げる、ってこと。……その正義が本当に正しいかと問えば、微妙なんだけど」


元々、正義なんて在って無いようなもんだからなぁ。

と、そう続けて呟く陽。


「俺はこの考えがあんまり好きじゃないんだ。掲げる正義に反しているから殺そう。……まるで、自分が神になったかのような傲慢さだ」


「……でも、そうしないと」


「あぁ。軍なんて、すぐに崩壊しちゃうな」


何の為に戦うのか、どういった正義の名の下に斬るのか。

明確にしておかないと、兵たちには不安が生じ、最終的に、解体を余儀なくされてしまう。

軍とは強固でありつつも、脆いものでもある。

強いは弱い、弱いは強い。

まさに、表裏一体なのである。


「ま、矛盾はつきものさ。……あと2つほどあるけど、わかる?」


「う〜〜〜〜ん……?」


「流石にわかんねぇか。答えは、距離を作る、と、心を壊す、だよ」


「あー……」


若干、わかってない顔をする蒲公英。

だわな、と陽は苦笑する。


「前者は、物理的にも、精神的にも距離を置くってこと。……剣を突き立てるより、弓を引いた方が、殺した実感は少ないだろ?」


「……うん」


「あとは、そうだな……、敵を人を思わないことだ。畜生だとか、蛮人だとか。生きていて有害な者を殺すのは、精神的に楽だろ?」


「……もしかして、五胡や最近出てきた黄巾の人達って?」


「まさにそれだよ。そう思い込ませることで、心の負担を軽くしてるんだよ」


距離が離れれば離れるほど、殺した実感がなくなる。

……現代で言えば、ボタン一つ押すだけで人々を殺すことが可能だが、それを実際に押した所で、殺している実感など湧かないだろう。


さらに、敵を蔑んだり、貶める、など同じ人間ではないと心に思わせることにより、獣や動物を殺しているような感覚に陥らせ、罪悪感を軽減する。

……これも、軍を率いるのに必要不可欠なことである。


「んで、最後。殺すことに何の感情も抱かない。または、楽しいと思う。……特殊な奴もいるけど、大抵の壊れた奴の典型だな」


特殊な奴とは、自分と孫策である。

陽は前者、孫策は後者に近いものがあるが、どちらも立場――軍師及び、王――があり、かつ、止めてくれる家族がいる。

それ故に、特殊、と陽は言ったのだ。

……陽は元々壊れていたので、悪化の阻止と修復、と言った方が正しいのだが。


「ま、戦う建て前や理由に、どれを持ってきても構いやしないけど、できれば最後のにはならないで欲しいかな。……我ながら、酷いこと言ってるよな」


「大丈夫だよ♪ たんぽぽにはちゃんと、戦う理由があるから!」


「……そっか」


戦には参加させるのに、壊れることは許さない。

これは、一番苦しまない選択肢を排除しているのと同義なのである。

にも関わらず、蒲公英の意外とも言える返事。

陽は驚きつつも、微笑みを浮かべた。

……これなら本当に大丈夫、と思わせる要素が、その瞳の奥に感じられたからである。


「蒲公英を信じない訳じゃないけどさ、……もし、苦しかったら。……俺が、俺たち家族がいる。いつでも甘えていいからな」


「うん♪」


安心させるように、ゆっくり頭を撫でる陽。

答えた蒲公英は、満面の笑みを浮かべていた。


「じゃ、早速だけど、……今日はこのままでいさせてね♪」


「……仕方ないな〜」



……余談だが、この日の後から、蒲公英が陽の寝台へと潜り込むこととなったのであった。





陽は語る。


「あの日は、人生で一番心苦しい日だね。……一番戦に巻き込ませたくなかった人の初陣の日だぜ?」



書きためはあと十話ぐらい。



先書かないとヤバいっ!



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