第三十八話
日常編。
進まねー……。
Side 陽
「ねっ、ねぇ、陽?」
「……なんさ?」
「この体勢になってから、どれくらい経った?」
「さぁな。多分、半日ぐらいは経ってんじゃないのー」
問い掛ける母さんの表情は真剣そのもの。
睡魔も相まって、結構堪えてるっぽい。
「随分気楽ねっ! つらくないの!?」
「別に」
「はっ! もしかしてでもなく、ズルしてるんでしょ! 私がこんな思いをしてるのにっ!」
「してねぇよ。慣れてるだけだ」
これはホント。
ここでも何度かさせられたことがあるが、大した苦にはならない。
……なんでだろ。
「それがズルいって言ってるのよっ!」
「なんでだよっ! 慣れまでズルと判断されるのかよっ!」
「そうよっ!」
「ふざけんなっ!」
経験で培ったものまでズルと言われたら、ねぇ。
「……ほほう、まだ喋る余裕があったか」
「「(ビクッ!!)」」
「それだけ言い合う余裕もあるのじゃ、……もう一山ずつぐらい、訳もなかろう?」
「「いやー、それはちょっと……」」
清々しい笑みです。
その深層には、凄まじい怒りが見えてますけどね。
「なんじゃ、文句でもあるのか?」
「「はい! ありま――「……んん?」――すん……。喜んでやらせて頂きます」」
深〜〜い笑みに屈する俺達。
仕方ないんだよ、うん。
……洛陽に行った――薊さんからすれば、逃げた――ツケで正座させられてる俺達には、ね。
(勅命だったんだもん、仕方ないじゃん!)
(そこはさして問題ではないんだろ、多分)
(じゃあ、なんでブチ切れてんのよっ!)
(……思い当たる節はあるだろうに)
(ないわっ!)
(バカだ、マジモンのバカだ)
(あ、また私を馬鹿って――)
小声にも満たない、ほぼ目での会話を母さんとしてた矢先、ドンッ!と、また書簡の山が置かれる。
……薊さんったら、スッゴいニコニコしてますねぇ。
「ま・だ! ……余裕があるようじゃのぅ」
「ないわっ! 見たらわかるでしょっ!?」
「おかしいのぅ、……喋る時間は有り余っているというのに」
「うっ」
黒い。
黒すぎる。
本気すぎて、薊さんから黒い靄が吹き出てるようにすら見えるぐらいヤバい。
ま、仕方ないんだけどね。
……未だ休暇中だった薊さんに仕事を押し付け、洛陽へと逃げた母さんへの怒りだもの。
★ ★ ★
今はもう、サラサラと、部屋には筆の書簡の上を滑る音しかしない。
流石にこれ以上仕事が増えるのは頂けないらしく、母さんは口を開くことを止めたんだよ。
まぁ、俺もそう思ったから口を開かなかったんで、喋る相手がいなかったからという理由もあるのだが。
「はぁ、オワタ」
そんな沈黙を破る俺。
与えられた仕事は終わったからだ。
……伸びをしたら、背中から凄い音がなりました。
「ふむ。では、行ってよし」
「おうさ。……あと一山だ、頑張れよ、母さん」
「うい〜」
表情は真剣だが、だれ気味の母さん。
……石畳に正座の半日と一刻、睡眠なしは本気でつらいらしい。
★ ★ ★
自室にて……。
「ああ゛ぁぁぁ〜〜〜あ、クソダリィぜ」
政務を行う時に使うのとは別にある、背もたれ付きの長椅子に、寝転ぶように横に座る。
肘おきが丁度枕代わりになる体勢だ。
……こんなにだれるのは久しぶりかもしれない。
それだけ大変だったんだよっ!
「にしても、徐州……遠いな。平原でも十分遠かったのによぉ……」
どうしようかな。
礼は後程、みたいなことを書いたのに、バタバタしてたもんだからまだしてないんだよねー。
徐州、…………徐州?
「そうだ、陳登がいたっけ」
たしか、大陸でも十の指に入る金持ちだ。
……無論、一番の金持ちは俺さっ!
自慢ですね、わかります。
元々、徐州の大きな商家ではあったが、俺が手を加えてやったことで大陸に広まった奴だ。
……恩を返させてもらうか。
「と考えてみたが、眠いから後にしよう」
やっぱり、自分の欲求が優先だよね。
……流石に徹夜はキツかった。
Side 三人称
陽が自室で眠りに堕ちたころ、そこの扉を二度ノックするものがいる。
蒲公英である。
……今は、現代の時間で言えば午前十時頃だが、生憎蒲公英には午前の仕事がなかった。
「お兄様、開け、る……よ?」
いつもは返ってくる返事がないのを不思議に思った蒲公英は、ゆっくりと扉を押し開く。
中に入ると、お目当ての陽はすぐに見つかった。
「あれ、寝てるの? 風邪ひいちゃうよ?」
「……んん、……ぐー」
陽を揺すって起こそうとする蒲公英。
が、徹夜明けの睡魔は恐ろしほど強く、起こすことは叶わなかった。
「むぅ、しょうがないなー。お兄様、ちょっと待っててね」
寝ている陽に聞こえるはずもないが、蒲公英は陽にそう言い聞かせてから急ぎ退室する。
向かう先は、蒲公英自身の寝室だ。
せめて、と掛け布団を持って来る心算らしい。
……ただ単に、陽の寝室より蒲公英の寝室の方が近かっただけであり、やましいことは一切考えていない。
「これでよし、っと」
蒲公英は掛け布団を陽にかけてやり、側で膝を抱えて座る。
見つめる先は、陽の寝顔。
「ホントにかわいいな〜」
すやすやと眠るその顔は、まるで子供のよう。
普段とのギャップが、さらに可愛く思わせた。
何を思ったか、ふと、蒲公英は手を伸ばす。
撫でられたことは幾度となくあるが、撫でたことはない。
故に蒲公英は手を伸ばす……陽の頭へと。
「……柔らかい……。もっとツンツンしてるのかと思ってたけど」
ゆっくりゆっくり髪を梳いていく。
撫でられるのも気持ちが良いのだが、撫でる方も良いかも、なんて思ったりする蒲公英。
「……ん……っ……♪」
……機嫌が良い様子の陽を見て、さらにその思いを強くさせていた。
寝返りをしようとした陽だったが、途端に機嫌が悪くなる。
一瞬、自分の所為かと戸惑った蒲公英だったが、しきりに頭を浮かせているのを見て、理解した。
曰く、肘おきの硬さと幅の狭さである、と。
理解と同時に、行動に移す蒲公英。
何をすべきで何をしてあげたいのか、導いた答えをすぐさま実行する。
膝枕、である。
寝ている陽の身体を一度起こし、開いた椅子の端に蒲公英が座り。
陽を再び寝転ばせるときに、その頭を自分の膝、というか腿にのせた。
……此処までやって起きないことは凄いが、蒲公英には都合が良かった。
程よい柔らかさに、十分な幅。
すべすべの肌に、慣れた匂い。
心地よく髪を滑り落ちる指先。
陽の機嫌が直るのに時間は掛からなかった。
……蒲公英は蒲公英で、存分に堪能しているのだが。
その証拠に、時間の許す限り膝枕しながら撫でていよう、と考えていたりする。
★ ★ ★
一刻後……。
もう昼なのだが、まだまだ撫で続けている。
「あはっ♪ もう、くすぐったいってばぁ〜♪」
寝返りをする度に擦れる髪の毛の感触に、そう声を洩らす蒲公英。
陽は無自覚にそれを続ける。
……陽としては、蒲公英の肌を、無意識に堪能したかっただけである。
端から見れば恋人同士のそれにしか見えないのだが、これでもまだ付き合ってすらいないのだから恐ろしい。
「ひゃっ! お、お兄様! こっちはダメっ!」
少し大きく寝返りをした為か、蒲公英の下腹部、お腹辺りに顔を埋めることとなった陽。
多少息苦しかったからか、一度顔を引いた。
が、お腹辺りの暖かさが気に入ったのか、両手を手探りで腰に持っていった後、抱き締めるように頭を埋め、スリスリする。
……正直、端から見れば変態である。
「あん! ダメだってば!」
無理に引き剥がそうとはしないが、多少拒否る蒲公英。
これ以上やられると、我慢出来る自信がなかったのである。
……何が、とは問うてはいけない。
「……たん……ぽ、ぽ……?」
「……ぅん……!」
悲鳴にも聞こえる蒲公英の声に、うっすらと目を開けて、問い掛ける陽。
見上げた先の、目と鼻の先には、頬を若干紅潮させた蒲公英。
「…………って、うおっ!」
飛び起きる陽。
……起きてすぐの、寝ぼけた頭には刺激が強すぎたようだ。
「ななな……なんでっ!? 何してっ――!?」
「膝枕だよー。肘おきが枕代わりだったとき、すっこく寝苦しそうだったんだもん」
「そっ、それに関しては感謝するよ、ありがと」
うろたえる陽に対し、少々むくれている蒲公英。
……今まであった温もりが無くなったのと、起き上がったときの素早さが、なんだか悲しかったからである。
一瞬、気まずい空気が流れる。
が、良いことを思いついた、と言わんばかりに蒲公英は妖艶な笑みを浮かべ、陽を見る。
対する陽は、いつも通りではなかった。
「ねぇ、お兄様」
「な、なんだ?」
「あんもう、なんで逃げるの?」
「いや、別に逃げた訳じゃ……」
座ったままズイッ、と蒲公英が近付けば、座ったままズサッ、と遠退こうとする陽。
……指摘されてしまったので、陽は長椅子の真ん中で止まることとなった。
「じゃ、改めて。……お兄様、あの時の続き、シよ?」
「あ、あの時? そ、それに、続きって……?」
「反董卓連合前の時のことだよ。それに、続きっていうのは〜、こういうことっ!」
「なぁっ! おっ、おい! たっ、蒲公英!」
蒲公英は、先程とは逆の肘おきが背もたれになるように、陽を押し倒す。
その上で、わざと身体を密着させながら、顔と顔が正面から向き合う位置になるところまでよじ登る。
互いの顔の距離は、僅か数ミリといったところ。
「お兄様が悪いんだよ? たんぽぽをその気にさせちゃったんだから。……責任、とってよ、ね?」
「なっ!! ななな……なな……な……っ!」
蒲公英の本気の眼に、全く頭が働かず、ただただ顔赤くして戸惑う陽。
……全てが初めての展開過ぎて、どうすればいいのか、全くわからなくなっていた。
それ故に、蒲公英は待った。
このまま一気に食べてしまっても、陽は拒絶しない、いや、出来ないだろう。
いつもの思考回路が破綻しているため、口も回らず、はっきり断ることは出来ないのだ、ということが、なんとなく分かっているから。
だからこそ、ぐっと我慢した。
今すぐにでも一緒になりたい、という気持ちは無くは無いのだが、初めてぐらいは大切に、両想いになってから、という気持ちが上回った。
……キスとは勝手が違うため、無理矢理食べたために陽に嫌われることを、極端に恐れた、と言えなくもないが。
「ほぉら〜、ん〜♪」
「や、ちょっ、待っ――」
「お〜い、蒲公英。いるか〜?」
「――……あ」「あっ」「……へ?」
痺れを切らした蒲公英は、多少顔を赤らめて目を瞑り、唇だけを突き出す。
それでも、まだ二人の唇が重なる距離ではない。
……無論、どちらかが少し近付けば届く距離ではあるが。
蒲公英としては、少しでも奪いやすくする為の行動だったのだが、今の陽には無駄だった。
……寝起きの頭から続けてこの展開なので、全く頭が働かず、混乱している陽には。
そんな中での突然の来訪者。
室内にいる二人と来訪者の時間が止まったようだった。
「……なななななな、何してんだお前らっ!!」
「別に何もしてないよ? しようとしてた、なら別だけどね〜」
「〜〜〜〜っ!!」
「翠お姉さまったら、顔を真っ赤にしちゃって……。可っ愛い〜♪」
「うっ、うっせ!!」
「…………」
来訪者こと翠が真っ赤になって叫べば、蒲公英はからかう。
まるでいつものように。
……いつの間にやら無くなっていた心地良い重さと匂い、それに、蒲公英の切り替えの早さに、陽は唖然と少しの落胆を覚えていた。
「そっ、そんなことより! 午後の仕事を放っておいて、あああ、あんなこと――――っ!」
「あちゃ〜、……自分から言っといて、自爆しちゃってるよ〜」
そこがまた可愛いんだけどねっ、と心で呟く蒲公英。
その後、陽の方を向いて、言った。
……笑みを浮かべながらだが、その目から、本気度が窺えた。
「たんぽぽは本気だからね♪」
……このときから、陽の精神がはっきりと音を立て、ガリガリ削られていくのは、言うまでもないことだろう。
★ ★ ★
Side 陽
止まらん。
激しい動悸が止まらん。
もう、どうにも止まらない〜、とでも、冗談が言えるなら、そんなものは比べ物にならん。
熱い。
顔がすっげぇ熱い。
ついでに言うなら、頭もすっげぇ熱い。
……頭は、今まさに働かせてるから、熱くなってるのは理解できるんだけど。
そのくせ、さっきは全く頭が働かなかった。
寝起きだった、というのも無くは無いのだが、多分違う。
……普段なら、寝起きといえど、十数える頃には働いてるからな。
「はっ、どーしたんだろ、俺」
自嘲気味に笑いそうになる自分を抑える。
その笑みは止めて、と言われたから、という訳では断じてないぞ!
……勿論、蒲公英がそう言ったから止めるという訳でもないぞ、うん。
ホントだかんな!
そんなことは今は別にどうでもよくて。
問題は、蒲公英の本気、というものだ。
勢いだけでいってたら、確実に最後までいってたと思う。
でも、蒲公英はそうはしなかった。
終始待ちに徹していたことぐらいは、俺だってわかった。
……最も、その場ではわかっておらず、今考えてわかったんだが。
じゃあ、何故さっきは待ちに徹したのに、最後に本気だ、と言ったのか。
それは多分、俺の気持ちを汲んだんだと思う。
……俺の気持ち、か。
★ ★ ★
「へい、そこの美人さん。オラとお茶しな〜い?」
「……何をおっしゃいますか馬鹿ですか」
「ちょ、酷っ」
最近口が悪いよ、山百合さん。
……照れ隠し反動みたいなもんだから、可愛いんだけどさ。
「いや、冗談じゃなく、本気でお茶しようぜ。俺が淹れてやるから」
「……本気でお茶、ですか? なんとも恐ろしいことを……」
「なんで粗を探すかな。あと、キャラ変わりすぎだから」
「……はて、伽羅とは?」
「むしろ難しい方持ってきたよ、この人……」
山百合さんの質問に真面目に答えれば、香料の一つだと言っておく。
「兎に角、だ。午後、暇でしょ?」
「……隴西移転についての仕事を捻出しなければ、ですが」
「成る程、言ってしまえば暇だ、ってことだな。……ちょいと東屋で待っとってちょ」
「……あ、まだするとは!」
全力で厨房へと駆ける俺。
茶器を取りに行くんです。
……この時ばかりは、山百合さんの言葉に耳を傾けてやらねぇぜ。
「悪い、少し遅くなっちった」
「……女を待たせるなど、男の風上にも置けませんね」
「そこまで言わなくても……。茶菓子も用意したんだし、勘弁して頂戴な」
「……仕方がありませんね」
困ったように笑んでやれば、顔を少し赤らめてそっぽをむく山百合さん。
最近はいつもこんな感じだ。
……何故だろうか?
「はいよ。熱いから気をつけてね」
「……ありがとうございます」
湯飲みを両手で包むように持ち上げて、息を吹きかけて冷ましてる山百合さん。
こういった行動を見てると、本気で子供に見えてくる。
……可愛らしい限りだよ、ホントに。
「……これは? 陽君が新たに作ったものですか?」
「タレだけだけどね。団子は団子だし」
茶請けとして用意したのは御手洗団子です。
……この独特の甘味のあるタレを作るのに、どれだけの時間を費やしたことか。
「……おいひいれひゅ」
「口に頬張ったまま喋るもんじゃねーぜ?」
気に入ったのか、一生懸命に――されど、品を損なわないように――頬張る山百合さん。
……ホント、大人なのやら子供なのやら。
「……で、用件はなんです? 不躾に私を誘った訳ではないでしょう?」
「酷いな〜。用が無きゃ、呼んじゃいけねぇ、ってか」
「……いっ、いえ、そういう訳では! ……すみません」
「いいよ、別に。立場的にも、俺的にも問題があった訳だし。……それに、用があると言えばあるしね」
仕事の身分上、俺は命令する事が多い。
それは、山百合さんに対しても例外なく、だ。
さらに、俺は基本的に、用が無いと――お茶する、ってのも十分な用とも言えるけど――人を呼ばない。
だから、山百合さんの言ったことは間違いのない事だし、謝る必要もないのさ。
「まぁ、あれだ。ちょっとした話があるんだよ」
「……はい、なんでしょう?」
「好き――「…………はいっ?」――ってなんだ?」
正直、好き、というものがわからない。
……そら、甘いモノが好き、とか普段から言ってるから、一定の線引きは出来てるんだろうけどさ。
それなのに、今回の一件で、全くわからなくなってしまった。
「…………(プルプル)」
「……お〜い、山百合さ〜ん」
右手を握りしめ、俯いて身体を震わす山百合さん。
……どうかしたんだろうか?
「……女性をあまり弄ばないでいただけますか?」
「…………どゆこと?」
「……よ・ろ・し・い・で・す・ね・?」
「了解であります!」
何のこっちゃわからんが、反論しちゃダメな笑みでした。
「……好き、とは何か? でしたね?」
「うん」
「……わかりません」
「……は?」
思わず唖然としてしまう。
答える山百合さん、めっさ即答でしたもん。
「……ただ、意味は知っております。お答え致しましょうか?」
「……う、うん」
なんだか嫌な予感がするんだがなー。
「……それでは。
一つ、物事や人が気に入って心が強く惹かれる思い。
二つ、見境なく好んだりすること。
三つ、好色なさま。
四つ、特別な制限や抑制を受けないさま。
……ご期待に添えましたでしょうか?」
「そんなんだろうと思ったぜ……」
思わず額に手を添えてしまう。
別に山百合さんが悪い訳じゃないけど、そんな辞書的な意味を聞いてもあまり意味はない。
知っていると理解している。
……同じように思えるが、全くの別物だ。
「……お役に立てず、すみません」
「あー、謝らないでよ。別に山百合さんは悪くないんだし」
むしろ、唐突に質問した俺が悪いぐらいだしな。
「……陽君がそう言うのであれば」
「そそ。気にしな〜い気にしない」
別に気に病む程のことでもないのさ。
「……ぱくぱく」
「山百合さんて、こんな食いしん坊キャラだったか……?」
朝晩食事を共に――家族皆、ということだけど――してる俺としては、そんなことはない、と否定したい。
が、目の前で御手洗団子を六つ平らげ――あ、七つ目に突入した――たのを見てると、きっぱりと否定出来なくなった。
いや、食ってくれるのは純粋に嬉しいんだけどさ。
……ホント、キャラを安定させろよ。
「……とても美味しかったです」
「……んなアホな」
結局。
俺は三本、山百合さんは七本。
……甘党たる俺が、甘味を食う量で負けた、だと?
なんか悔しい。
俺は糖尿病で死ねたら本望、とまで言っている男なんだぞ!
……と、心で息巻いてるが、許すことにする。
理由は、見ていて和んだから。
「ほら、急いで食うもんだからタレが……」
「……なっななな何を! んっ……。…………はっ!」
左の頬に手を添えて、親指で下唇の少し下についていたタレを拭ってやる。
茜や藍を含め、子供たちと一緒にいると、こういったことは多々あるもんだから、慣れたもんだぜ。
……何故だか、山百合さんの顔が真っ赤だ。
頬に添えてある手からは、かなりの高熱があると窺える。
最近肌寒くなってきたもんだから、風邪でも引いたか?。
山百合さんから手を引いて、タレのついた親指を舐める。
何時までもついたまんまじゃ邪魔だろ?
「……っ!?!?」
言葉にならない、叫び声(?)とともに、また赤みが増した。
……流石にヤバいんじゃね?
「少し寒いし、部屋に行く?」
「……〜〜〜〜っ!!」
ボンッ、と音を立て、俯いた頭から湯気を出して動かなくなってしまった山百合さん。
……ダメだな、こりゃ。
★ ★ ★
「……もう大丈夫ですから」
「いやいや。まだ熱は下がってないから、安静にしてないと」
「(……熱が引かないのは陽君のせいなんですよっ)」
被った布団から目下まで顔を出し、何か言いたそうに睨んでくる山百合さん。
……いじけた子供みたいで、なんだか可愛らしい。
「夜までじっとしててくれよ? 風邪は厄介なんだから」
「…………はい」
まだまだ何か言いたそうだが、渋々納得してくれたようだ。
★ ★ ★
「なんで初めからここに来なかったのよっ!」
「だって、仕事中だったろ」
「逃げる口実が欲しかったのに……」
ホント、ダメだなコイツ。
後ろにいる薊さんも呆れ顔だ。
「……で? 好きって何、だったかしら?」
「うん」
「さぁね」
おちゃらけたように、首を傾げて両手を広げ、肩をわざとらしく上げてみせる母さん。
まるで、西洋系の外人のような仕草。
……物凄い殺意を覚えたよ。
「おぉう、怖い怖い。そんなに睨まないでよ〜。……感じちゃうでしょ?」
「牡丹、お主そういう性癖が……」
「正直、ドン引きだわ」
ホントだったら、だけど。
「冗談に決まってるでしょ? 薊まで悪乗りしないでよ〜」
「いや、すまんすまん」
からからと笑う薊さん。
長年共に居るんだから、知らない訳がないしね。
「ま、助言というか手助けというか。それぐらいはしてあげるわ。感謝しなさい♪」
「なんか腹立つな」
本当にありがたいが。
「口から出た言葉と心の声を逆にして欲しいんだけど?」
「だが断る」
「もう! 素直じゃないんだから〜♪」
いちいち腹立つ言い方するから悪いんだよ。
「じゃ、簡単な質問。好きか嫌いで答えてね」
「わかった」
薊さんがもう空気な件については敢えて突っ込まないぜ?
「肉まん」
「……は?」
突然、意味がわからん。
いくら簡単な質問といっても、これはないだろ。
「いいから、好きか嫌いか答えて」
「んー、好き?」
「そ。じゃあ、団子」「好き」
「次、餡蜜」「好き」
「酒」「敢えて言うなら、嫌い」
なんなんだ、これ……?
「じゃ、少し毛色を変えるわ。ここ、西涼は好き?」「割と好きだね」
「それは良かった。じゃ、人は?」「定義による」
「面倒だな〜。じゃ、一般的な大人」「嫌い。大嫌い」
「子供」「好き」
「このロリコン♪ じゃ、西涼の民は?」「断じてロリコンじゃねぇ。……大人を含め、好きだねぇ」
俺は、男も女も関係なく子供が好きだ。
西涼限定では、大人も好きだ。
母さんのおかげもあって、俺を受け入れてくれた所だから。
……つか、ロリコンなんて言葉、どうやって知ったし。
「御遣い君から。
『半数を慎ましやかな女の子で占めるなんて、この、少女好きっ!』て言ったら、
『俺はロリコンじゃありません!』って」
「連合の時か。……つか、心を読むな」
天の御遣いが言っていた。
母さんは元々、そんな言葉は知らない。
……ってことは、ロリコンというのは天の言葉?
じゃあ、なんで俺は知っているんだ。
「続けるわよ? 私はどう?」「…………はぁ?」
「なによー。答えてくれたって良いじゃないの」「じゃ、嫌い」
「……そっか」
「……こういう時は見抜けないんだな。冗談だってのに。……母さんを嫌う理由なんて、どこにもねぇじゃねーか」
シュンとする母さんを諭してやる。
……何時もこう、しおらしさがあれば、言うことなしなんだけど。
「も、もう! 恥ずかしげもなく言うんだからっ!」
「なんじゃ、息子の言葉にどぎまぎしおって。まるで、生娘のようじゃわい」
「う、うるさいっ」
薊さんや、いくらなんでも母さんはそんな歳じゃ――っと、危ねぇ。
……どっから槍が飛んできたんだ?
「次は外さない。じゃ、薊」「好きだね」
「(……っ。……予想外にも、くるものがあるのぅ)」
薊さん、何か言ったかな?
「じゃ、山百合」「好き」
「瑪瑙」「ギリギリ、好き」
「それはどういうことじゃ?」
若干怒ってる?薊さん。
……義理だけど、娘だからかな?
「どちらかといえば、で迷ったんだよ。……嫌うとこもあるってことさ」
「むぅ。……娘の成長の為じゃ、参考までに聞かせてくれぬか?」
「いいよ。……誰にでも対等に接して欲しい。ま、俺が言えたタチじゃないんだけどさ。……露骨すぎるんだ、嫌悪感の出し方とか、男への蔑み方とかが」
「ふぅむ。成る程のぅ」
大分柔らかくはなったし、瑪瑙のとこの男兵士たちはMだから、今のところは問題ない。
でも、いつか破綻するかもしれないだろ?
ということで、選択肢は二つ。
隠すか、根底から変えるか。
……俺は後者を薦めたんです。
「こらこら。私を空気にしないでよ」
「何時も儂が感じておるその疎外感。しかと心に刻み込むが良いわ」
「無理☆」
「……とてつもなくイラッときたのは儂だけか?」
そんなことはないと思う。
あの流れで☆は流石に怒るね。
「続けるわ。翠はどう?」「好き、かな」
「じゃ、茜と藍」「纏めてやるなよ。どっちも好きだけど」
「最後。……蒲公英は?」
「…………好き、だねぇ」
さっきまでは、母さんの質問に対して即答で答えてたんだけど、今さっきはたっぷり時間を置いたな。
昼にあんなことがあったから、というのもあるけど、それを省いても時間を掛けすぎだと正直思う。
……なんでなんだ?
「な〜んだ、分かってるんじゃない」
「……何のこっちゃさっぱりなんだけど」
「好き、って感情を心でちゃんと理解してるってこと♪」
「そも、頭で理解しようとすること自体が間違いなんじゃよ」
……難しい言い方をするなぁ、二人とも。
意味が全くわかんねぇ。
「大丈夫。いつか分かる日がきっとくるわ♪」
「……そか」
こうやって何時もはぐらかす。
……けど、それが別に不快じゃないんだよな、これが。
自分で分かって、初めて自分のモノになるんだからな。
Side 三人称
陽が退出した後……。
「ねぇ」
「なんじゃ?」
「ドキッとしたでしょ?」
どうやら、牡丹相手では隠しきれなかったようだ。
「……あの顔で言われたら仕方あるまい」
「そうよね。……薊はべったりだったもんね」
「黙っておれ」
昔を懐かしむよう牡丹だったが、薊がピシャリと抑える。
「ところで、薊は陽のこと好き?」
「好きじゃな。あれほど佳い男は近年見たことがないわ」
「当たり前よ。私の息子なんだから♪」
満面の笑みを浮かべる牡丹。
……陽に限らず、家族が褒められることは、牡丹の喜びなのである。
「そういうお主はどうなんじゃ?」
「私? 好きでも嫌いでもない。……愛してるわ」
「……! ほぅ!」
「なによ〜。驚きだ、と言わんばかりの顔しちゃって」
驚きを隠さない薊をジト目で見つめる牡丹。
「流石に予想外じゃったのだから、仕方あるまい」
「まぁ、それは、ね。……私も、三人目が出来るとは思ってなかったもの」
「……三人目じゃと? では、二人目は誰じゃ?」
柔らかく笑んでいた牡丹を睨む薊。
一人目は言わずもがな、牡丹の旦那、成公英である。
それは薊自身、良く知っている。
……六年だけだが、二人と共にいたので、それくらいは知り得ていた。
だが、二人目の存在は、知らない。
ということは、成公英が死に、陽の来るまでの間に、愛した人がいた、と解釈した薊。
どうやらそれが許せなかったようだ。
同じ人を共に愛した身としては、浮気はして欲しくなかったのである。
……本当は、もう一つ理由があったりするが。
「……なんで睨まれなきゃいけないのよ〜。私の目の前にいるってのに」
「…………は? 儂?」
目を点にする薊。
……一瞬思考が停止してしまうほど予想外だったらしい。
「薊が初めてのとき、旦那様と一緒に愛を囁いてあげたじゃない。
『愛しているよ、薊』とは旦那様が。
『今日からお前も俺のだ。……愛してるぜ』って私が。
……覚えてないの?」
「……わからぬ。……が、とてつもなく幸せだったことだけは覚えておるよ」
「……虐めすぎせいで、記憶がとんだのかもしれないわね〜」
虐めては優しくし、優しくしては虐め、焦らしてはイかせ、イかせては焦らす。
そんな感じで、二桁は余裕にイかせたからねー、と苦笑いの牡丹は言う。
……それを幸せだと思った薊はM気質なのであろう。
「そうねぇ……言葉で言わなきゃ思いは伝わらないと言うし。……愛してるぜ、薊」
「……!! うん……!」
「だから、政務の量、減らして頂戴☆」
「………………断る!!!」
極めて真剣な顔で愛を囁く牡丹に、顔を赤らめる薊。
だが、それに付け込もうとした為に、薊をブチ切れさせる結果となってしまった。
……わざわざ高揚させた心を一瞬で凍てつかせる辺り、陽にとても似ている、と薊は心でそう思っていた。
陽は語る。
「好きってなんなのか、今なら分かるよ。言葉にし辛い辺りが、心で理解してる証拠だってこともね。……ちなみに、蒲公英は好きでも嫌いでもないよ」
と
蒲公英はこれぐらい積極的なはず。
異論は認める。