第三話
辺りはすっかり暗くなったころ。
城内の廊下を歩く五人がいた。
「明日だ! 明日は絶対やるからな!」
「丁重にお断り申し上げたいです」
「やるったら、やるからな!」
「嫌です、ホント勘弁して下さい」
「明日の朝またあの中庭だからな! 必ず来いよ!」
「人の話を聞きましょうよ……。絶対行きませんから」
先の一騎討ちで闘えず、不満気な顔を露にしながらも再戦の約束をこぎつけようとすり馬超。
命からがら逃げ延び、疲れきった顔をしながら丁寧に全て断っていく陽。
諦め切れない馬超。
闘いたくない陽。
そこに、不意に助け船が現れた。
「はいはい、そこまでよ! とりあえず部屋に入りなさい」
「むぅ〜」
無理矢理切り上げられたと思った馬超は少々むくれるが……
「明日のことはご飯のあとでゆっくりとね♪」
……船が出されたのは馬超の方であった。
嬉々としている一方で、もう一方は激しく項垂れていた。
★ ★ ★
「「「「ご馳走様でした」」」」
「お粗末様でした♪」
「やはり牡丹の作る飯は旨いのう」
「ふふっ、料理だけは薊に絶対負けない自信があるわ」
「他でもわしに勝ってみせる癖に料理だけとはよく言うのう。嫌味か?」
「そんなんじゃないわ。他はうかうかしてるとすぐ追い抜かれてしまうほど不安定なものじゃない。内心冷や冷やしてるんだから♪」
熟女どう、オホン……お姉様方で話が弾んでいるようだ。
牡丹と呼ばれた女性は、娘の馬超と同じように、(むしろ娘が真似してるのであろうか)濃い赤色の長い髪を頭の頂点より少し後ろで一つにまとめている。
そして、薊と呼ばれた女性は、薄めの紫の長い髪を後ろで2つに分けている。
二人とも、歳よりも若い雰囲気を持っている。
(それにしても、旨かったなぁ)
そんな二人を気にも留めず、陽は料理の評価をする。
だから、腹ペコキャラ(ry
(……って何でまた馳走になってんだよ!
逃げにくくなっちまったじゃねーか!
ちっ! あのとき逃げる好機だったのによぉ……。
あの猪娘、足速すぎなんだよ)
元々の陽のプランでは、昼飯を食べたら目を盗んでとんずらしようと試みていた。
しかし、突然闘わされる羽目に――実際逃げていただけだが――なり、その所為による空腹に身を任せて流されるがままにしていたらいつの間にか……であった。
どうやら流されるのが得意なようである。
馬鹿、ともいえるが。
「そういえばこの子、名をなんというのかしら、蒲公英?」
「あはは、……聞いてなかった」
不意に、牡丹と呼ばれる女性が、蒲公英に問い掛ける。
しかし、今の今まで聞いていなかったと気付いた馬岱からは、渇いた笑い声が響く。
「あはは〜、じゃないだろ!全く!」
「それで、なんというの?」
「姓名はありません、訳あって捨てました。ですが、命を助けて頂きましたのでどうか真名の陽、とお呼び下さい」
正直、名前を教えていなかったことを、陽は知っていた。
しかし、これで会うこともないだろう、と考えていた為、敢えて教えようとは思わなかった
のだ。
やはり侮れない、と陽は思った。
「そう……わかったわ。私たちも名乗りましょう」
名前を聞けて満足だ、と言わんばかりに笑みを浮かべ、牡丹と呼ばれる口を開く。
「私は馬騰、字は寿成、真名は牡丹よ」
「儂は韓遂、字は文約、真名は薊じゃ」
「あたしは馬超、真名は翠ってんだ」
「蒲公英の真名は蒲公英だよ」
各々で自己紹介する四人。
陽には名前はどうだっていいのだが、いきなり真名は不味くないか、とは思った。
「此方は真名ぐらいしかお礼に渡せるものがないのでお預けしたのですが……よろしいのですか?」
「よろしいのよ♪」
(軽いなおい!)
馬騰による即答にツッコミたくなったが、陽は自制した。
「……わかりました。大切にお預かりさせて頂きます」
(ま、別に構いやしねぇさ。
どうせ会うのは今日かぎりなんだからな)
夜中にでも出て行こうと思っていた陽には、四人の真名など、本当に些細なものだった。
★ ★ ★
「そう思っていたときもありました」
ある部屋で、独り言を呟いて頭を抱える者がいた。
先ずは、前言撤回からしなければなるまい。
夜逃げは夜するもので、朝にするものではないからである。
今までになかった結構な待遇を受けた陽は、戸惑っていた。
何時も通り逃げるか、否か。
(夜逃げ、ダメ、絶対!)
という温情に対する背徳心や罪悪感。
(夜逃げ?
はっ、違う違う。
俺は帰るだけさ、家と言う名の広大な大地に!)
という無茶苦茶な合理化による夜逃げの正統性。
この2つによる余りにくだらない葛藤の末、結局夜逃げを選択した陽。
早速、扉の取っ手に手をかけ、押すが開かない。
何度も試みるが失敗する。
蹴破ってやろうか、などと一瞬思うが、流石に夜逃げをするに音は立てられまい、と諦め。
さらに、此処までの旅路の疲労、頭をフル回転させた副作用による突然の睡魔。
少しだけ、と寝台に就き睡眠。
起きたらまさかの朝。
という、なんとも馬鹿馬鹿しい展開である。
「お〜い、起きてるか〜 飯だぞ〜!」
突然扉を押し入ってくる馬超に、思考が遮られる。
(ちょっと待て、今馬超は押して入ってきたよな)
陽は、凄く死にたくなった。
★ ★ ★
そんなこんなで数刻後……
今日もまた、陽は中庭に剣をもたされ、立たされていた。
「お腹が減りました」
「嘘つけ! さっき食ったろ!」
「ちょっと厠に……「さっきいってただろうが!」……むぅ」
「準備運動は……「もう終えた!」……ぬぅ」
「ああ、もう! さっさとやるぞ!」
しびれを切らしている馬超。
どうしてもやらないと気が済まないらしい。
「は、初めてなんです! 優しくしてください」
「どこぞの生娘の言葉か!」
まさかの韓遂から突っ込みが入ったことに、陽は少し驚く。
そしてそのまま、なかなかやる人だ、などと意味のわからない評価をした。
陽がまだまだふざけていると、馬超が怒りで震えだした。
(そろそろやめようか)
少し、腹を括った。
「はぁ〜〜。じゃ始めましょうか」
そう溜め息をつきながら、適当に構える陽。
剣を握ったことすらなかったはずが、自然と寸分の隙もない中段の構えをしていた。
「へぇ〜」「ほう」
牡丹と薊は揃って感嘆の声をあげる。
やはり見立て通りだ、と二人は思った。
「あれが初めて剣を持ったやつに見えるか?」
「見えないわね〜。どう見たって熟練の剣士の構えじゃない」
「そんなに凄いの?」
馬岱が二人の会話に割り込む。
少しばかり槍術をかじっている為、剣とはいえ興味を惹いたらしい。
「そうじゃのう……翠はもしかすると負けるかもしれん」
「えっ! お姉様が!?」
韓遂の言葉に、馬岱は驚く。
同じ槍術を習う、自分より遥かに強い馬超が負ける、と聞かされたのだから当然であろう。
「えぇ、そうよ。蒲公英もこの闘いをしっかり見ておきなさい」
「はい! 伯母上様!」
その元気の良い返事のすぐ後に、均衡は破られる。
「ハアァァァア!!」
雄叫びと共に槍を携え真っ直ぐ突っ込んでくる馬超。
馬超の流れるような降り下ろし、薙ぎ、切り上げなどの怒涛の攻撃が、容赦なく襲ってくるのが陽の目に映る。
本来ならば、見えるはずのない左目にも、である。
陽は普段、右目でしか世界は見えない。
何故なら、左目は包帯で封じているからだ。
そこに、無いわけではない。
見えすぎるから、封じているのである。
にもかかわらず。
ちょうど馬超の一撃一撃と重なる太刀筋が、陽の左目には見えていた――正確には、瞼の裏に浮かびあがってくるような感覚だった。
それに伴って、ズキズキと左目に痛みが走る。
それに耐えながら、陽は馬超のあらゆる攻撃を全て、避け、反らし、受け流す。
身体が覚えていると言うべきか、頭の記憶が身体を動かして言うべきか。
とにかく、全ての攻撃に対して身体が勝手に動いていた。
それは陽自身もよくわからない不思議な感覚だった。
「あたしを舐めてるのか!」
「…………」
一度攻撃の手を休め、下がりながら馬超は言い放つ。
なかなか攻撃しようとしない陽に怒っていた。
しかし、陽は答えない。
「チッ!」
舌打ちをしながら、馬超は一気に距離を詰め、急所である喉元を狙い突く。
その瞬間、今までにない激痛が陽の左目に走った。
中庭に二人立っている。
一方は刃を相手の喉元に突き付けており、もう一方は腕が弾かれ無防備な状態であった。
しばしの静寂のあと、一人が地面に崩れ落ちていった。
剣を落とし、左目を押さえながら。
★ ★ ★
「知らな……知っている天井だ」
何せ昨日の夜、今日の朝に見たのだから、当然である。
「あっ、起きた? 伯母上様たち呼んでくるね!」
「あっ、ちょっ!」
馬岱の閉めた扉の音が無情に部屋に鳴り響く。
(ちょっとぐらい待ってくれても良くね?)
半ば無理矢理相手をさせらたのだから、もうちょっと労って欲しかったようだ。
闘いといえは、さっきの痛みは何なのだろうか、と陽は包帯の上から左目を撫でる。
(しかし、だ。
ちょっぴり頬が赤かったのは気のせいだろうか?)
一通り考えたが、分からぬことは分からぬ、ということで陽は思考を投げ捨てた。
そして、先程の馬岱に対する思考を始める。
暇つぶしにもなるので、考えることは好きなのだ。
★ ★ ★
その後、すぐにいつもの四人でやってくる。
そんなに暇なのか、と思わせる出現率だ。
「陽、アナタの武、凄かったわ。その後すぐに倒れたけど大丈夫かしら?」
「……まぁ、異常はありませんね」
「本当にお主、剣を振るったことも、持ったこともないのか?」
「……ありません。嘘を言っても仕方ありませんし」
「本当に初心者に負けたのか……」
質問に簡単に答えていく。
若干項垂れている馬超を、陽は気にしないことにした。
「それで、提案なんだけど。……うちにこない?」
「はぁ?」
「うちで働いてみないかってこやつは聞いてるのじゃ」
「はぁ……」
(コイツ、馬鹿だろ)
若干驚き、そして呆れる陽。
予想外の勧誘に、ついつい余計なことを考えてしまう。
「なんだったら、家族にならない?」
満面の笑みを浮かべる馬騰。
「「「「はぁ!?」」」」
そんな話を聞いていない四人は、満場一致の驚愕だった。
この時のことを、陽は親友に語る。
「あれは俺の人生の中で二番目に驚いたことだった。一番は、お前に会ったことだがな」
と
自己紹介が三話目で、とかw




