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第三十五話


反董卓ちゃん連合編が割とさらっと終わり。


また日常編です。


「何故じゃ……?」


その者は自室で、自らにそう問いかける。


「何故じゃっ!?」


その者は自室で、空気にそう訴いかける。


「何故じゃ何故じゃ何故じゃ何故じゃあぁぁぁっ!!!」


……積み上げられた書簡達と闘いながら。


「何故、儂一人で処理しておるんじゃっ!? おかしいじゃんっ! 半端じゃないじゃんっ! なにこれぇっ! 完全に罰としか考えらんないじゃんっ! ちょww 皆、マジ鬼畜wwww」


平時よりは少ないのだが、皆の皺寄せを一身に受ける形になっているのだ。

こうなってもおかしくはない。


「……おぉっと、いかんいかん。ここで壊れては女が廃ると言うもの」


……もう壊れた部分は露呈してしまったが。


「にしても、あの二人、マジざっけんな! 政務出来るやつも連れていきやがった! 人の皮を被った畜生め……! テメェ等の血は何色だーっ!!」


そして、今も絶賛露呈中であるのだが。


「ちくそう……、絶対に許さんっ! 相応の報いを以て償って貰おうっ……! ふふふふふふ……」


……しばらく治りそうもなさそうだ。


今まさに壊れてしまっている者の名を、薊といった。




「薊さんが黒ーい……」


「なんて言うかさ、……ご愁傷様、だよね」


「お姉ちゃん、それはちょっと酷いよ?」


「……ごめん。もう絶対言わないから、その……、わたしのこと、嫌いにならないでね?」


「うぅん、お姉ちゃんの素直なところ、悪いことじゃないんだ。……ちょっと、ズバッと言い過ぎかなって思っただけだよ。……大体、お姉ちゃんのこと、嫌いになるはずがないよ。ずっとずっと、大好きだから」


「藍……っ! わたしも大好きっ!」


ドアの隙間からチラッと、薊の様子を覗いていた、藍と茜。

が、今は二人とも場所を忘れ、愛を囁き合いながら抱き合っていた。

……なんて酷いのだろうか。











Side 陽


天水にて……。


「やっぱ、自分の足じゃないとねー」


「……ボクとしては車椅子の方が嬉しいんだけど(ごにょごにょ」


改めて、自分の足で歩けることに感動する俺。

やっぱ、自由が効かないんだよ、車椅子だとさー。

……まぁ、天水まで来るのに馬のってるから、今更な発言なんだけど。

それでも、感動モノは感動モノなのさっ!


「何か言った?」


「べ、別になんでも――」


「どけえぇぇぇ!!」


あれぇ、なんだこのよく見る展開。

テンプレ乙、っていうんだったか?

せっかく、人が納金の回収を着々と進めてる途中だったのに。

めんどくさいなー。


「なんだか騒々しいわね。……行ってみる?」


「もち」


賊かな?

そうだとしたら、まぁアレだ。

災難だったな、と慰めてやろうかねぇ?

……俺がいることに、だ。



   ★ ★ ★



「馬と金を用意しろ! でないとこのガキを殺すぞ!」


左腕を少年の首に回し、その手に持った短剣を少年の首筋に突き付けて脅すごろつき君。


……やっぱりかよ。

つか、典型的な脅し文句ですこと。


「いいよ、用意してあげる」


「おっ、おい、兄ちゃん!」


「ほう、話が分かるじゃねぇか」


ニコリ、と作り笑いを携えて、人並みを掻き分けて進み出て申し出てやる。

止めようとする腑抜けの声は無視する。

もう、こんなことしてやるなんて、特別なんだからねっ!


「命は換えが効かないからね。馬は今連れてくるよう言っておいた。 ……で、いくら?」


「そっ、そうだな……、たくさんだ」


具体的に聞かれて困ったね、こいつ(笑)

込み上げてくる嘲笑を抑えつつ、懐から巾着ごと取り出す。


「こんなもんでいいかい?」


そう言って出した巾着はパンパンです。

……これで二軒分の納金代なんだけどね。

すげぇだろ。

ねだったってやんねぇよー、バーカ。


「おう、十分だ。こっちにこい」


「はいはーい」


馬鹿だね、コイツ。

油断しきってやがるし、相手の力量も計れちゃいねぇ。

……まぁ、俺の格好――文官用のひらひらの多い服――に加え、表情――温和そうな作り笑い――のせいなんだけど。


歩み寄る俺。


「うぉっと!」「うわっ!」


「ガキは用済みだ!」


空いている右手で俺は腕を引かれ、それと同時に少年は解き放たれる。

次の瞬間に、俺は先ほどまで少年が収まっていた位置に収められる。


あらどうしましょう、男に抱かれてしまいましたわ〜。

なんて言ってみたかったが、流石にやめた。


「……あれ、今度は私が人質?」


「そうだ。……そんだけ金を持ってんだ、どっかの金持ちの子息様なんだろうなぁ?」


「……ぷふっ」


こらえきれねぇー。


「あはははははははははっ」


「てめぇ、何が可笑し――ゲハッッ!」


鳩尾におもっきり右肘を入れてやる。

そんで、回されている左腕を利用して一本背負い。

その後、胸の辺りを右足で軽く踏む、ってか押さえる。


ごろつき君は、痛みに加え、何が起きたのか分からない、といった顔だ。

そんな表情に、さらに笑えてくる。


「ぶっ、ははは、は、腹痛ぇー」


「あーっ! いいとこ全部とったな!」


「ふっ、おっせーんだよ」


後ろからやってきた瑪瑙にそう返してやる。

……念の為、ごろつき君の後ろに回り込んで貰ってたんです。

結果、意味なかったけどねー。


「バカだね、お前。……この馬孝雄を前にして人質をとろうなんざ、一万年と二千年早ぇんだよ」


「馬孝雄だとっ!? なっ、なんで……なんでこんなところに天狼が……!?」


「さぁな。お前には関係ねぇことた」


「まさしくその通りね」


瑪瑙は自分の武器―鬼灯丸―をごろつき君に突き付ける。

……あっれぇ、瑪瑙ってさっき、武器持ってたかな?


そんなことを考えてると、警備兵がやってきた。

遅いんじゃねぇの?


「こっ、これは馬白様に閻行様! お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんっ!」


「ヤダ。……って言ったらどうするの?」


「そっ、それは……」


「おいおい、警備兵を苛めてやんなよなー」


「ふんっ、そんなのボクの勝手でしょっ!」


確かにそうだけどもさ〜。



「あの……、僕を助けて頂き、ありがとうございました」


「……固いっ!」


「……えっ?」


丁寧にお辞儀をしやがる少年にそう言ってやる。

その少年は、呆気にとられた様子だ。

……今みたいに言われた礼よりはマシな顔だ。


「少年、おめぇはまだガキなんだからよぉ、んな丁寧に言わんでもいいんだ。……かるーく元気に、はいもう一度」


「えっ、あ、……助けてくれてありがとうございましたっ!」


「まだ固いっ! 友達に言う感じで、はいもう一度!」


「うぇっ、も、もう一回っ!? うー……あっ、ありがとっ!」


「うむ、それでよろしい!」


「……はぁ、なーにやってんだか」


貼り付けた様な固っ苦しい表情で礼を言われても嬉しくねぇ。

ガキはガキらしく、笑って礼を言えよなー、って話。

……アレ、瑪瑙さんが呆れちゃってますよー。

誰だよ、呆れさせた奴はっ!


俺ですね、はい。


「……小遣いあげよう。巻き込んじまった詫びだ」


「えっ、いいの?」


「いいの。儲けもんだと思って受け取っとけって」


巾着の中から抜き取った一握りを手渡してやる。

別にこれくらい、大した出費にはならねぇしな。


「ありがとね、おじさん!」


「おい……ちょっと待て……。誰がおじさんだゴルァァァア!!!」


このあと、大人気なく、追いかけ回してやりましたよ。

だってさ、いくら白髪だからといって、この歳でおじさんはキツいじゃない。




にしても、子供の笑顔ってのはいいもんだ。

……でも、何かが違うんだ。

確かに子供の笑顔は好きだ。

けど、何か違う。


ま、その何かは、まだわかんねぇんだけどさ。



   ★ ★ ★



「うっし、帰るか」


「……突然ね。思いつきで言ってるんだったらぶっ殺すわよ?」


ちょ、怖いよ、瑪瑙さん。


「ちゃんと理由があるから断る。『そろそろ洛陽発つからね』って母さんから連絡があった。だから帰る」


「別に、ここで合流すればいいんじゃない? どうせ通り道なんだしさ」


「いや、ダメだ。やっぱさ、……家族を待つのは、迎えるのは、然るべき場所じゃないと」


ここで待つ、ってのは確かに合理的さ。

けど、それじゃあダメなんだ。

家族の帰りを待つのは、おかえり、って、帰ってきた家族を迎えるのは、やっぱり我が家であるべきなんだ。

……母さんも、それを望んでるはず。


「変にこだわるのね、そういうとこ。でも、……嫌いじゃないわ」


「そうか。じゃ、準備を始めてくれ」


「わかったわ」


多分、準備に半日もかからないかな。



   ★ ★ ★



二日後の金城にて……。


「ただいま〜」


「あっ、陽兄! おかえりーっ!」


「師匠、おかえりなさいっ!」


出迎えてくれた茜と藍を撫でてやる。

でも、少し怒りたいと思う。


「藍、師匠って呼ぶのはやめてくれ。前も言ったろ?」


「うん……でも、なんで?」


「いや、ちょっと、ね……。別に藍が悪い訳じゃないんだけどさ」


「陽兄がこう言ってるんだし、やめてあげたら?」


「わかった。じゃ、先生で」


「いや、兄さん、とかお兄ちゃん、とかでいいじゃんよ……」


肩を落としてみせる。

まぁ、何でもいいんだけどさ。

……師匠以外なら。


師匠、って言葉を聞くとさ、どうしても思い出しちゃうんだよなぁ。

あの銀髪のガキをさ。

……いや、俺もそん時はガキだったけども。

とにかく、だ。

師匠、と呼び慕って、後ろをちょこちょこ付いていくあのガキが腹立たしくて仕方がなかったんだ。

後ろの纏めた髪を共にふりふりさせながら、先を歩く二人の姿が羨ましくて仕方がなかった。


だから、師匠って言葉は嫌いなのさ。



「そういや、瑪瑙は?」



「あぁ、瑪瑙姉なら薊おばさんのとこ。……行かない方がいいと思うよ」


「はっ、なして?」


「多分大変なことに――「キャーーーッ!!!」――なってるから」


茜の忠告を遮るような悲鳴を上げたのは瑪瑙。

多分、瑪瑙の悲鳴を聞いたのはこれが初めてだよ。

……ヤバいね、絶っ対。


「……逃げるの?」


「ぬぐぅ……。聞け藍よ、これは逃げではない。戦略的撤退、すなわち明日への前進なのだよっ!」


「結局、引き延ばしにしかならないよ?」


「ふっ、やるようになったな、藍よ。……そうさ、ここで逃げるは男のすることじゃねぇっ! 逝ったるわーーッ!」




……ま、こんなふうにふざけていた時もありました。


「薊さん、邪魔すんでー」


「邪魔するんやったら帰ってやー」


「はいなー」


パタン、と扉を閉める。

通常はここで、ノリツッコミをしなくてはならない。

だがな。


……そんな空気じゃねぇ。


「陽兄、どうかしたの? スッゴい汗だよ?」


「うん、ちょっと……」


ダラダラと垂れる汗。

……えぇ、怖いんですよ!

おぉっと、地獄の門が開いたようだ。


「ほれ、入らぬか」


「いやー、ちょっと遠慮しようかなー、なんて、あははー。……はは、勿論冗談ですよー」


ガシッ、と肩を掴まれた俺。

掴んだのは、鬼よりタチが悪い人。

やさぐれ、酔いどれ、のんだくれ。

……二つは意味が被ってるが。

そんな感じの薊さんです。



こ れ は 死 ん だ 。




この後、あの部屋にいた瑪瑙と一緒に終日愚痴を聞かされました。

母さんが苛めるとか、俺も苛めるとか、母さんが真面目に政務してくれないとか、母さんが無理矢理仕事を押し付けてくるとか、母さんが……、母さんが……、母さんが……。

と、殆ど母さんがらみで。

……どんだけ鬱憤たまってたんだ。



    ★ ★ ★



明くる朝……。


「流石にキツいぜよ」


腰が悲鳴をあげてるぜ!

立ちっぱなしもつらいけど、座りっぱなしもダメだぜ!

まぁ、母さんの愚痴を聞いた時よりはマシだけど。

……あの時は夜もぶっ通しだったからねぇ。


にしても、腹減った。

……そうだ、母さんがいねぇから作らねぇと。


そう思って厨房にやってきたんだが……お取り込み中でした。

正確には、お取り込みチューでございます。


一方はもう一方の両頬に両手を添えて、妖艶な笑みを浮かべており、今にもしそうな勢いで迫ってます。

もう一方は受け入れ体制です。付け加えると、無駄に足が絡まってます。


いやいやいや……待て、うん。

もちつけ俺。

状況の把握は完了した。

そして、俺の選択肢は、逃げるか、止めるか……。

んなもん、止めるわっ!

近親相姦はダメェ!

つか、俺に気付かんのかいっ!


「ちょっ、待てぇぇぇーーーい!! ストォォォーーーップ!!!」


二人の顔の間に右手を入れる。

俺の手の平と甲に口付けをしたことになる。

フー、危なかったぜ……!

……俺、今変なこと言ったか?


「ちゅっ……って、誰よ! 藍との甘ーい口付けの邪魔したのはっ! あっ、陽兄」


「あっ、先生」


「そりゃ、邪魔するだろうよ、目の前で姉弟がいきなりチューしようとしてたらさ」


普通だよね?

え、そうでもない?

あ、そうですか。


「この愛を邪魔する権限なんて、誰にもないっ!」


「いや、あるだろ、倫理的に。姉弟だろ、お前ら」


流石に不味いよね〜。

……茜の台詞が妙にクサいのはつっこまんぞ。


「……言っとくけど、わたしと藍は、本当の姉弟じゃないよ?」


「……え、マジ?」


「うん。……お姉ちゃんと僕は同じような境遇で、村長のおばあちゃんの所に来て、姉弟のように育てられただけなんだ」


なんてこった。

じゃ、あれだ。

馬の五兄弟姉妹――翠姉、俺、蒲公英、茜、藍――はみんな兄弟姉妹じゃねぇ、ってことだ。

……ま、血縁だけが兄弟姉妹の証と考えるのは愚の骨頂だけどな。


「あー……、悪い。邪魔したな」


「そうだよ! もう、雰囲気が台無しじゃん……」


「だから、すまんって。……大体、なんでこんなとこで口付けなんてしようと?」


「好きな人とするのに、理由なんているの?」


確かにそうだけども。

妹に押され気味の兄ってどうよ?

え、割と普通?

あ、そうですか。


「強いて言えば、手伝ってくれたお礼かな。……身体で払おうと思って」


「大人かっ!」


あ、ツッコミ間違った!


「その言葉、どこで習った!」


「ここ。おばさんが教えてくれた」


「なんてこった!」


何してんだ、母さんはっ!

バカだとは思ってたけど、やっぱりバカだった。



   ★ ★ ★



只今、朝食中。


薊さんと瑪瑙は寝てるから、分けて置いてあります。


「ていうか、そういう陽兄こそどうなの?」


「は? 何が? お、うまい」


茜が不意に質問してきた。

なんだかわからねぇから、聞き返してみる。


「蒲公英姉と、……しないの? あっ、ありがと。それ、自信作なんだ」


「僕とお姉ちゃんの合作だからねっ!」


「何を? そっか。お、他もなかなかイケるぞ」


蒲公英になんか関係が?


食材の旨味をキチンと引き出してる。

これなら店で出しても問題ないぐらいだ。

俺なら金をだすね、贔屓目でみなくても。


「ちゅー」


「ぶっ! な、何言ってんだよ! する理由がねぇじゃんよ」


……したけど、わざわざ言ってやる必要はねぇよな?

むしろ、された、だし。


「さっき言ったじゃん。理由なんていらないって」


「好きな人に限るんだろ? つか、互いが好き合ってないと、そもそも成立しねぇし」


一方がどれだけ好きだろうが、受ける側が拒めばそれで終わりだ。

要は、結局双方の合意が必要な訳さ。

……そら、奪うことも可能だろうけど。


「じゃ、蒲公英姉のこと、好きじゃないの?」


「そう言われるとだなぁ……、そりゃあ好きだよ。でもさ、兄妹のそれであってだな……」


「「ふぅーーーん」」


なんだ、二人してその呆れたような目は。

傷付くじゃないか。




蒲公英は好きさ。

確かに好きだ。

茜と藍の二人には、兄妹のそれ、と言ったが、実際は俺も分かってない。

正直、計り兼ねてるし、持て余してる。

だってさ、あの時の口付け、奪われたに近いけど、嫌じゃなかった。

むしろ、嬉しかった、かも?

ってことは、俺は拒んでないんだから、されても良いほどには好きな訳だ。

それが、兄妹のそれ、で収まる好きなのか、俺にも判断出来ないのさ。

……ったく、茜は俺の思考を掻き乱してくれたもんだ。




それから三日間、何をやってても、頭の片隅には残ってたよ。

……恐ろしい量の書簡共に埋もれていても、ね。



   ★ ★ ★



「たっだいま〜♪」


「ぬおっ!」


俺の首目掛けて、抱き付いてくる。

勿論、難なく抱き止めますよ。

軽いからね、半歩片足を退く程度で十分なんです。


「はぁ、おかえり。……ったく、飛びつくんじゃねぇよ、危ねぇだろーが」


「お兄様なら、たんぽぽの身の危険から守ってくれるもん♪」


「……どこにそんな確証があるってんだ」


「ないよ? でも、現にちゃーんと受け止めてくれたじゃん」


「まぁ、そうだけどよー」


隠してるけど、俺的にはまだ口付けした恥ずかしさがあるんだがな。

蒲公英はいつもと変わらねぇけど。

……些か上機嫌だが。


ま、有り難いことだけどね。

アレで気まずくなるのは嫌だしな。

それに、……うだうだと考える必要もなくなるし。


「よっと」


「あん、もうおしまい?」


「母さん達にも挨拶しなきゃいかんだろ? 蒲公英ぶら下げたままとかキツいだろ」


「それはそうだけどさ〜」


色んな意味でキツいね。

不躾だし、俺の首的にも、蒲公英の腕的にも、ね。

……あら、蒲公英さん、かなりのガッカリ感出してますね。


「あっ、蒲公英っ! あたしに全部押し付けてどこ行ったかと思えばっ!」


「や、やだなー。たんぽぽはお花を摘みにいってただけだよー。で、偶々そこでお兄様に会っただけだもん!」


「おい、陽、ホントか?」


「知らね。翠姉、俺に会うまでの蒲公英の行動をどう知れと?」


「……確かに」


いや、納得すんのかよ。

つか、それ以前に蒲公英の挙動不審に気付こうぜ。

明らかに目、逸らしてましたやん。

お花を摘みに〜、にはツッコミませんよ?


「あ、そうそう。……翠姉、おかえり」


「ん、おぉ、ただいま」


やっぱ、挨拶は大切ね。



「たっだいま〜♪」


「うわ、危なっ!」


声に反応してとっさに避けちゃったから、飛びついてきた人は標的を失う訳で。

……見事な飛び込み前転を決めました。


「はいっ!」


「おぉ、素晴らしい」


足を綺麗に揃え、両腕を広げて上に挙げ、キメる母さん。

大した技じゃないのだが、体操選手ばりの、ビシッとしたキメだ。

思わず拍手してしまうほどだ。

……体操選手?


「って、ちがーう!」


「おぉ、素晴らしい」


見事なノリツッコミだ。

またもや拍手してしまった。

その隙に、母さんに両頬を抓られた。

痛い。


「だ・か・ら! なんで避けたかな!」


「いひゃいひゃいひゃい、い……たいっての! つか、文がおかしいから! だから、で前後が繋がってないから!」


「うるさいっ!」


「んな、理不尽なキレ方があるかっ!」


抓る母さんの両手を振り払ってツッコミを入れたら、普通に怒って黙らせてきた。

翠姉と蒲公英に助けを求めようと目線を送るが、見事にそらしやがった。

……うん、あとでシメる。

あぁもう、……めんどくせぇ。


「はあ、疲れた。……で、蒲公英は受け止めたくせに私はダメなの? そんなの不公平じゃない」


「いや……、公平不公平とかあんの?」


それ以前に、見てたんかいっ。


「あるっ!」


「はっきり言いやがったよ、この人……」


頭を抱えたくなった。

不意に前を見ると、汚れのない白を纏っている人……あ、山百合さんじゃねーか。


「……ハァ。だだをこねる子供ですか」


「だって、……陽ったら、抱きつかせてくんないんだもん」


「……それは、……陽君が悪いです」


「えぇっ! ここで寝返っちゃう!?」


「お兄様が悪いと思うよ」


「だなー。陽、お前が悪い」


「……なんてこった」


四面楚歌じゃねぇか。

いや、完全に流れがおかしいでしょ。

別に悪いとこなくね?

大体、なんでそうも抱きつきたいのやら。


……しゃあねぇ。

両腕を大きく開いてやる。

全員、キョトンとしてますね。

そっちが要求したくせに、その反応はどうなのさ。


「おら。どうにでもしろ」


「……ふふっ♪ 陽、ただいま」


「……おかえり」


抱きつく母さんの背を、ポンポンッと軽く叩く。

なんだかんだ、よく抱きついてくる母さんだが、今日はなんだか気恥ずかしい。

……いつもは不意打ち、今日は正攻法、だからかな。


「ほら、山百合もいっちゃいなさい♪」


「…………はい?」


離れたかと思えば、何言ってんの、母さん。


「山百合お姉さま、ここで逃すと損するかもよ?」


「ほらほら、蒲公英もああ言ってるんだし、ね?」


なにが損なのか、全くわかりませんよ、蒲公英さん。


「……いえ、その、ですがっ」


「ドーンと行けよ、山百合。ほら、ドーン!」


翠姉、それは無理矢理というものでは?

……つか、なにこの女子高生の告白前みたいノリ


「ぐはっ!」


「……あ、すみません」


「いや、大したことはないよ」


まぁ、結構な力、きましたよ。

でも、我慢するのが男です。


「……えと、あの」


「ほら、もう一息よ!」


「頑張って、山百合お姉さま!」


「お前なら出来る!」


山百合さんは現在、両腕を胸の前に置く体制であり、その手は組んだり握ったりしている。

頭は俯いており、表情は見えないが、耳の赤さから、相当に恥ずかしがっていると思われる。

そのくせ、両腕とおでこの辺りは、ピトッと俺の胸にしっかりくっつけてある。

……つか、まだ続けてんのか、そのノリ。


「……ただいま、戻り……ました」


「よし、よく言ったわ!」


「お兄様の答えは!」


「何やってんだ陽の奴! 早く返事してやれよ!」


頬を紅潮させた顔を上げ、上目遣いで物を言うもんだから、不覚にも、ドキッとしてしまったじゃないか。

いやいや、可愛いのなんの。

なんと言うか、ホントに子供みたいなんだもん、山百合さん。

……もうツッコミは入れんぞ。


「うん。おかえり、山百合さん」


「よしっ!」「やったね!」「よっしゃ!」


……何がよし、なのか、さっぱりわかんねぇんだがな。



「何やら騒がしいと思えば……お主等か」


「あら薊。……いい感じにやつれてるわね〜」


「誰のせいだと思うておるっ!」


「えんしょーちゃん」


「ぐ……、なまじ間違っておらぬだけに言い返し辛い……」


いつもは負ける母さんだが、今日は一枚上手だったようだ。

……あっちでは、いつの間にか来てた瑪瑙と翠姉がきゃいきゃいと言い合ってたり、こっちでは、これまたいつの間にか来てた茜と藍と蒲公英で怪しい会合をしてる。

そして、俺の隣――何故かかなり近いよ――には山百合さんがいる。


「ふふっ♪」


「……何がおかしいのじゃ、馬鹿者」


「ウチはやっぱりこうじゃないと、って思って、ね」


「ふっ、そこは儂も同意じゃな」


聞こえてきた声に、俺もそう思う。

連合とかいう下らねぇ召集でバラバラになってた家族が、こうしてまた集まって。

結構久しぶりだったのに、いつも通りの混沌とした様子で。


当然、これから乱世が訪れる訳なんだが。

……こんなありふれた時間が、いつまでも続けばいいと思った。





陽は語る。


「薊さんからの仕返しには、俺も母さんも発狂しそうになったね。……二週間の公休に入った薊さんの仕事を二人で分け合ったんだぜ?」


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