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第三十四話


あぶねっ!


滑り込みセーフだっ!




Side 陽


「不っ祥事っ♪ 不っ祥事っ♪」


「……ノリノリで言うことじゃないと思うんだけど?」


何言ってんのさ、瑪瑙さん。


「世に巣くうクズが一人減るんだぜ? 喜ばしいことだと思うんだがな」


「まぁ、ね」


ちなみに八百長ではありませんよ。

ただの(?)人身売買です。

……八百長?


「さて、どう潰してやろうかね〜」


「……あれ、こっちは?」


「あ〜、蜀ね。無視しといて構わんよ。……つーか、手出しする気になんねぇんだよなぁ」


ホント、なんでだろーな。










「……よーし。孟ちゃん、仕えるゆうていきなり悪いんやけど、暇、くれへん?」


「勿論断るけど、霞、暇をあげたら一体何をする気?」


「ちょっくら西涼まで行ってな、……あんのアホの首、へし折ってくる」


新たな主となった曹操に申し出る霞。

……速攻で却下されたが。

吊り上がった眉。

青筋の立つ額。

今にも竹簡が砕けそうになるくらいまで握り締められた手。

曹操が思わず質問してしまうほど、霞はブチ切れを振り切り、ブッチKILL!に転じていた。


「……あの、うちの陽く……いえ、馬白様が何か粗相を?」


「粗相なんてモンやないわっ! これ、見てみぃ!」


霞が曹操軍に降ったとのことで、山百合は陽からの手紙――と言っても竹簡だが――を直接渡しにここへ来ていた。

そして、渡した手紙を読んでいく中、みるみる怒りに染まっていく霞。

……完全に陽君のせいでしょうね、と心で思いつつ、聞いてみれば、返ってきたのは怒りの言葉と渡した手紙。

それを読んだ山百合は溜め息を吐いた。


内容は恋に渡した手紙とほぼ変わらない。

が、書き方が酷すぎた。

それはもう、バカにした言葉がてんこ盛りだったのである。

極めつけは、『馬w鹿wめw』という字が五回ほど書かれていたこと。

……縦書きだったが、意味は伝わったようだ。


「……誠に申し訳ありません。馬騰様からキツく叱って頂きますので」


「あぁ、気ぃ使うてもらわんでええねん。……ウチで殺らしてもらうから」


山百合の謝罪を断る霞。

……理由はアレだが。

心では、らしいっちゃあらしいんやけどな、なんて思っていたりする。


「……ですが」


「ほんなら言伝を。陽に、『首洗って待っとき』って。……あとは、それの処理も」


「……了解しました」


悪い気はしているので食い下がる山百合。

埒があかないと感じたか、霞は色々頼むことにした。



「では、曹操様、お邪魔致しました」


「私としては、邪魔ではなかったのだけれどね」


山百合は一礼して去った。




その後……。


「霞」


「……何や?」


「今回だけよ」


「おおきに」


手紙の内容こそ知らないものの、何かがあると気付いた曹操。

……霞が『董卓の命は保証する……』の部分を読んでいたときの、僅かな表情変化を見逃していなかったのである。



   ★ ★ ★



Side 陽


「正直、分ける必要はなかったと思う」


「は?」


不祥事のくだりと、だよ。


「何でもねぇ。……さて、天水にはるばるやってきた訳だが?」


「はっきり言って、暇、ね」


建て前上、董卓の地元のここを押さえて置かないといかんのだよ。

……あくまで建て前、だけど。

ちゃんと現天水太守には董卓ちゃん達助けるから、と言ってある。

ま、俺の名声と同じ涼州ということも相まって、簡単に受け入れてくれましたよ。


「俺は暇じゃないけどな!」


「……なーんか腹立つ言い方ね」


いや、事実だし。


「と言っても、もう直ぐ終わるんだけどな」


劉備軍に協力を要請した、っていう母さんからの書には、もう対応し終わったから、後は全体の戦いの報告書読むだけだし。


「ふーん。なら、待ってる」


……いや何で?

別にいいけどさ。


『虎牢関の戦い

基本は策通り。

呂布は先鋒の劉備軍と衝突。

虎牢関陥落の報を受けた呂布は逃亡し、隊のほとんどが共についていった。

張遼及び、その隊は曹操軍に投降。

虎牢関への一番乗りは、孫策軍。

追記 暇だったから呂布ちゃんと死合ってみた。滅茶苦茶強かったわ。   馬騰 寿成』


戦いの全容としては、予想の範囲を越えないね、全く。

……いや、流石に母さんの行動は予想外だったがな。

暇だった、じゃ済む相手じゃねぇって、恋ちゃんはさ。


さてと、後は洛陽を残すのみ。

両袁家に馬鹿をやってもらうを残すのみ、とも言い換えられたりするが。

……董卓ちゃんたちを助ける手立ては出来てるからね。


よし、終わり!


「終わったぞー。何か用があったんか?」


「うん、まぁ、ちょっと、ね」


瑪瑙が待つ、なんて珍しいから聞いて見れば、なんだか歯切れの悪いこと。


「何だよ、はっきり言えよ」


「いっ、一緒に、ごごごご飯なんて、どう……?」


顔真っ赤にして、どもって言うことか?

可愛いから許すけど。

……最近、妙に瑪瑙が可愛く思えるんだが。

ま、蒲公英には劣るけどな!


「ごごごご飯ね、別に構わんよ。瑪瑙の奢りで――「勿論、アンタの奢りよ」――何でだよっ!」


「いいじゃない。アンタ、金持ちでしょ?」


「確かにそうだけども!」


誘った奴が奢るモンだろーが、普通はよ。

ま、別にいいんだけどさ。

有り余るほど金はあるから。

……具体的に言うと、全資産集めたら、官職の最高の位である三公の位の一つを十回は余裕で買えるぐらい、かな。



   ★ ★ ★



「ねぇ、そうひへば、どうふるひゅもりだったにょ?」


「……がっつくんじゃねーよ、食いしん坊キャラを新たに確立するつもりか。つか、行儀悪いぞ」


小籠包を口一杯に頬張る瑪瑙。

中から溢れる肉汁が熱いか、はふはふと口を動かしている。

餓鬼かお前は。

愛らしさを覚えるけど。

そんな状態で喋るもんだから、何も聞き取れやしねぇ。

てか、よく喋ろうと思ったな。

……キャラって、何だっけ?


「(ゴックン)はふ〜。って、〜〜〜〜っ!」


「…………」


至福の吐息を吐く瑪瑙。

一瞬の後、俺を気付いて頂けたようで、顔を赤らめてやがる。

小籠包が好きなのかは知らねぇが、ちょっとの間で――てめぇで誘ったくせに――俺の存在をかき消してたよ。

これは小籠包の味を褒めるべきか、瑪瑙のナメた精神をぶち壊してやるべきか。


「その、ごめん! あんまりにもこれが美味しかったから……」


「ったりめーだ、ボケ。俺が改良してやったんだからな」


「……は?」


別に呆気にとられることでもないだろうに。


「ここは俺が手入れをしてやったって言ってんの。……ついでに言やぁ、俺が経営してたり、支援してる店は漢全土に展開してるからな」


「…………えぇ〜」


広すぎて逆に引いてますね。

……まぁ、その気持ちがわからないでもないけどな。



ここで解説しておこう!


陽の関わる店の集合体及び、本社の名を『馬印』という。

……決してチョーク製造会社ではない。

印、所謂シンボルマークは、円の中に、馬という字もしくは、その絵が書かれたもの。

本社は、現時点では金城に置かれ、社長は勿論、陽である。


『馬印』は、食品店、呉服店、飲食店、駄菓子屋、さらには博打屋等、様々なジャンルに精通している。

陽が行うのは、新商品開発及びその費用の支援、製品改良のアドバイス、料理のレシピや服等の制作工程の譲渡又は販売。

これらをひっくるめて『関わる』と言い、上記の何れかに『関わる』ことがあれば、馬印のシンボルマークの表示の義務付けと、売上の一定額の納金を必要としている。


いまや店の数は三桁にもなるのだが、三つのタイプに分けることが出来る。


一つ目は、陽直轄の店。

これは各州に二〜四つ程ずつ存在する。

その店の店長は、基本的に陽の元部下達である。

すでに軍に在籍していないが、忠誠心は陽にある(ここに直轄の意があるのだ)。

本業とは別に副業があるが、今はそのことは割愛する。


二つ目は、陽と提携した店。

これは全土まばらに存在する。

その店の店長は、元々個人経営していた人である。

幾つかの契約のみの関係で、あまり深い繋がりではない。

が、契約は絶対――破れば斬首――なので、破った者はまだいない。

……今二人が食事をしているのはこのタイプの店である。


三つ目は、陽との契約関係から、信頼関係へと昇華した店。

言い換えれば、二つ目の項目から発展したもの。

陽と直に会った、契約関係にある店のほぼ全てがこのタイプに転じる。

一つ目とは違う副業があるが、また割愛する。


以上の三つの形をもってして大陸全土に展開している。

……現代の大企業を参考にしてもらうと分かり易いかもしれない。




「と、まぁ、こんな感じだ」


「……信じらんない」


心底驚いてますね〜。

これが普通の反応なんですけどね。

母さんと薊さんは、それぐらい出来るだろ、みたいな感じの反応でしたもん。

……頭おかしいだろ、あのバカ義姉妹の二人。



「で、何か聞きたいことがあったの?」


瑪瑙の舌足らずの言葉は質問であったことは理解してました。


「あ、うん。 今回の戦いだけど、……もしアンタが倒れてなかったらどうするつもりだったの?」


「……聞きてぇの、そんなこと」


もう俺の中では終わった話なんだけどな。

だって、……結末は俺の支配下にあるし。

……あ、今の台詞、ナシで。

ちょっとキザになった。

相当イタイよ、今の。

いやマジで。


それはさて置いて、結局成立しなかった未来を語ってもなぁ、なんて思ったりする。

時が戻せる訳がないから、教えたところで何の意味もないし。


「しゃあねぇ、面白くないから少しだけな。 ……董卓軍と連合の戦いは成立しなかったかもな」


ま、瑪瑙の顔つきから意志の固さは窺えるので、ちょっとだけ教えてやりましたが。



   ★ ★ ★



Side 三人称


陽が書を受け取った次の日の昼頃……。


「場所と時がぐちゃぐちゃになるから、交互しない方が良いと思うんだけど」


「……牡丹様、何を?」


……牡丹さんや、正論はやめてくれ。


「なんでもないわ。 さてさて、上手くやってるかしらね〜?」


「……まぁ、彼等ならば大丈夫でしょう」


牡丹が気にかけているのは、無論一刀たちのこと。

さほど心配はしていないので、事務的な問い掛けと言っても良いほどに軽い言い方である。

……最も、山百合は色々考えた上での返事であるが。


「それもそうね♪ ……あ、炊き出しの準備しといてって、翠と蒲公英に言っといてね。私は寝てるから」


「……寝かせませんよ」


「きゃっ、山百合ったら大胆〜♪」


「………………」


今夜は寝かせない、というニュアンスで――勿論、ボケで――捉えた牡丹。

それを一蹴するかのように、山百合は冷たい目で牡丹を見据える。


「うっ、その視線がつらいっ! 冗談だってば! そうだ、炊き出しっ、炊き出しの準備手伝うから、ねっ?」


「……それは大いに助かりますね」


「ぐ、……誘導された気がしないでもないわ」


「……誘導してますからね」


一連のやりとりに、悪態をつく牡丹。

山百合は正直に答え、子供のいたずらが成功した時のようにふふっ、と笑う。


そんな様子に、前々から思ってたけど、やっぱり変わったな、と牡丹は内心思う。

実は、牡丹がこう思ったのは二度目である。


一度目は、かれこれ20年近く前のこと。

変えたのは、父の様にも、兄の様にも慕った人。

彼は、山百合に感性と少しの感情を与えた。


二度目は、ここ最近。

変えたのは、弟の様に接しながらも、男としても慕うようになる人。

彼は、明確な感情とそれに応ずる表情を与えた。


……拾ったのは牡丹であるのに、変化が訪れたのはどちらも男と接した時、ということに、少しへこんだのは言うまでもないことだ。



   ★ ★ ★



洛陽中枢にて……。


「君が董卓ちゃん?」


「はい。私が董卓です」


「ちょっ、月っ!」


「詠ちゃん、もういいの」


一刀の問いに素直に答え、賈駆の制止の意を含んだ声にも、首を振って諭すように声に出す董卓。

その表情から、それが真実であることが窺えた。


「董卓ちゃんに、賈駆ちゃん。私達はあなた達を助けたいんですっ!」


「……ぇ?」「は?」


劉備の突然の言葉に、呆気にとられる二人。

敵の大将とその軍師である自分達を助けたい、といきなり言われたのだ。

至極当然のことであろう。


「桃香様、そう唐突に物を言っては、伝わるものも伝わりませんっ!」


「うぅ、そんなに怒らないでよ〜」


関羽の注意――本人は諭しているつもりだが――に、しゅん、とする劉備。


「確かに、前置きは大切だと思うよ」


「うぅ、ご主人様までぇ〜」


「はいはい。まぁ、愛紗ももう少し優しくね」


「むぅ……」


両方を諭す一刀。

そして、董卓と賈駆の方へ身体を向けて口を開く。


「とにかく、だ。董卓ちゃんの状況は理解してるし、ここに来る以前に知った。それに、……逃げても連合軍は責任転嫁のために、何処までも追いかけてくるだろうね」


「……何が言いたいのよ」


「確実に追い詰められる二人を放って置けない。だから、……董卓、賈駆には死んで貰いたいんだ」


「そんなこと、させる訳ないでしょ!」


「あ、ごめん、言葉足らずだったね。……死んだことになってもらう、だった」


「……それは、どういうことですか?」


一刀と賈駆の言い合いに、董卓が割って入る。

単純に、一刀の言葉が気になったようだ。


「つまり、桃香の言うとおり、助けたいってことさ」


「……一つ質問があります」


「何なりと」


おずおずとだが、はっきりとした声で問う董卓。

にこやかに微笑んで、答えてみせる一刀。

……流石は種馬。


「……私達を助けて、何の得があるのでしょうか?」


「得、ね……。得は無いね」


「そだね~。得は無いけど、罪がないのに処罰する意味はないし、得もないよ」


「それに、……頼まれたから、ってのもあるかな」


流石に主君をやっていただけはあり、甘言に警戒心を持っているようだ。

その問に、難なく答える一刀と劉備。


「……疑ってるね、やっぱり」


「当たり前よっ! 今さっきまで敵だったアンタ達の差し伸べる手を、簡単に取る訳がないっ!」


「そりゃそうだ。ま、俺達が言ってるのは本音なんだよね」


「あとは、お主たちが信じるかどうかだけだ」


敵が簡単に味方に転ずることがどれだけ有り得ないことか。

だが、有り得ないなんてことは有り得ない。

今まさに、しているのだから――。



「……信用しても、良いのですか?」


「もちのろんっ、だよっ♪」


不安げに聞く董卓に、元気良く答えてみせる劉備。

その屈託のない笑みに、董卓は魅せられた気がした。



「……詠ちゃん、私、この人たちを信じたい。うぅん、信じる」


「でも……」


「このまま涼州に帰っても……、父様にも母様にも、街の皆を……巻き込んじゃう」


「それが嫌なのね?」


「……うん」


「……分かった、月の判断に従うわ」


どうやら二人の間では解決したようだ。




「……で、ボクたちを隠蔽する策は?」


「切り替えが速いな……。えっと、まずは董卓たちは俺達が討ち取ったとする」


「……で?」


「名前を捨てる。俺達も知らなかったんだ、顔を知ってる人なんて、殆どいないと思うんだ」


「ふむ。……確かに見知っている人間は少ないでしょうな」


元々考えていた策を教える一刀。

相槌を打つは趙雲。



「あ……、いたわ……一番厄介なのが。……無理よ。絶対逃げ切れないわ」


「それって? 曹操や孫策じゃあ、……ないよな」


「全身から放たれるあの覇気。……真面目に宮仕えしている訳がないでしょうな」


「じゃあ、誰なのだ?」


賈駆の絶望に似た諦めの言葉に、うんうんと考える劉備軍。


「そんな二人、生ぬるいわよ。……情報戦に於いては、ね」


「詠ちゃん、……もしかして、馬白さん?」


「そう、馬孝雄。"天狼"よ」


「でも、……面識はないよね?」


「それでも、絶対知ってるから怖いのよ……」


自分の肩を抱き、身を震わせる賈駆。

場所こそ違うが、同じ涼州という領域内に、同じ職である軍師としていたのだ。

陽の恐ろしさを、この中の誰よりも知っていた。


……今は蒲公英が持っているが、二人の似顔絵の元々の所有者は陽である。


「あぁ、それなら大丈夫。『董卓ちゃんたちを助けてあげて』って頼んできたのって、馬騰さんだし」


「……え、嘘……」


「本当だってば! それに、董卓ちゃんたちは悪い人じゃない、って教えてくれたのも馬白さんなんだよっ!」


「間諜からの報告書をそのまま渡された、といった感じではあったがな」


一刀の言葉に、驚く賈駆。

次いで更なる情報を教えるは劉備。

それを補足する趙雲。



「あ、多分書いたの私です」


『……えっ?』


この場にいる数人を除く全ての人が呆気にとられる。

むしろ、驚かない方がおかしかった。


――董卓を護衛していた兵たちの中から進み出てきたことに。


「どっ……、どういうことですか?」


「どうもこうもありませんよ、董卓様。……我が主の命に従ったのみ」


「ということは、貴様――」


「えぇ、馬白様の埋伏です」


いち早く回復した董卓が問えば、にこやかに答え、関羽の確信を突いたであろう言葉を遮って、真面目な顔で答える護衛兵。

いや、"元"もしくは"偽"の護衛兵と言った方が良いだろう。


「そう警戒しないでください」


「……しないわけないじゃない。今言ったでしょ、一番馬白が厄介だって」


全く警戒を解く気のない様子に溜め息を一つ吐き、口を開く。


「当たり前のことですが、名は伏せます。私の仕事は主に、馬白様への報告書を書くことです」


「ふむ。今回も例外ではなかった、ということか」


「その通りです」


趙雲の導き出した答えは正しかったので、素直に首肯する元護衛兵改め、陽の埋伏その1。

この場で一番冷静だった為、進行役を買って出ざるを得なかった。


「あの……、董卓ちゃんが悪政なんてしてないって、いつから知っていたんですか?」


「愚問ですね。……最初からです。私は董卓様が天水を治められていたときからの、いわば古参の埋伏なんです」


「それを知っていて、助けようとは思わなかったんですかっ!?」


「馬白様の命もないですし、私自身、大した力も持ち合わせてもいませんので」


「――っ!」


まさに柳に風。

劉備の心からの訴えも、どこか吹く風のよう。

……このとき董卓と賈駆は、天水の時からの古参だ、というところに驚いていた。


「では、今回名乗り出たのは命があったから、ということだな」


「はい。董卓様が忘れ物を取りにいっている間に、これが」


「して、内容は?」


「私たちへの命とあなた方への伝言です。……読み上げますね」


話を進める趙雲。

埋伏その1は、懐から書を取り出してみせ、読み上げ始める。


「私たちへの命は、

『劉備軍が来るまで護衛。

来ても裏切りそうな場合、または他の軍が来た場合は全力で二人を逃がせ。

ただし、お前等も逃げきれ。

劉備軍が二人を助けるだろう雰囲気だったら、お前等は空気でいろ。

馬騰が要請した、という話になったら、適当な時に名乗り出ろ』

だそうです」


「けっこういいやつなのだ」


「部下を思いやる気持ちはあるようだが……、こちらが裏切ることまで想定されているのは心外だな」


「仕方あるまい。可能性としては否定出来んことだからな」


「……で、俺たちへのメッセ……言伝は?」


評価を下すは、上から、張飛、関羽、趙雲。

話を進めるよう促すは一刀。


「……怒らないでくださいね。『文面上ですが、一応久しぶりの馬白です。

先ず、この度の力添え、誠に感謝します。

得がないにも関わらず、手を差し伸べる優しさに感服致しました。

ですが、それに乗じてこちらを責めないでくださいね。

万人があなた方のように優しい訳もなければ、こちらにも動けない理由もあったのです。

どうかご容赦を。


話は変わり、董卓殿及び賈駆殿ですが、別に涼州に帰って来て頂いても構いません。

その場合、命は保証しますが、沢山使われて貰いますので。

このまま劉備軍に匿われた方が良いかと。

その場合、私は手を出さないことを約束します。

いくら狼と言えど、友の友に牙剥く愚かな獣に成り下がるつもりはありません。

後日、改めて感謝の宗をお伝え致しますね』

だ、そうです」


「良いやつなのか、悪いやつなのか、よくわからなくなったのだ」


「だが、誇りは大したものだ」


「ふむ。善人か悪人かは量れんが、正論ではあるな」


またも評価する、張飛、関羽、趙雲。


「助けられなかった理由ってなんだろう?」


「たぶんだけど……、この戦が始める前に倒れたことなんじゃない?」


気になった点を口にした劉備に答える賈駆。


「――あっ!」


「どうか……、しましたか?」


そんな中、突然声を上げる一刀。

それを訊ねるは董卓。


「いや、ね。その書の最後辺りだけど、どこかで聞いた気がしててね。今思い出したんだ」


「して主よ、どこで聞いたのだ?」


「どこと聞かれると、正確には覚えてないから困るんだけど、言ってたのは馬騰さんだよ。

『狼と言えど、友の友に牙を剥くほど愚かな獣ではないわ、天狼はね』って」


一刀は笑顔で答えてみせた。



「……やはり馬白様と馬騰様は、相思相愛と言っても過言ではありませんなぁ」


陽が書いた内容の一部と、牡丹が一刀に対して言った内容。

まるで打ち合わせでもしたかのように、ほぼ全てが等しかった。

しかし、陽は現在天水に、牡丹は現在洛陽に、いる。

打ち合わせなど、出来る訳がない。

……実際は、やろうと思えば――例えば、手紙とかを使えば――出来るが、そんなことをする必要がないのである。

互いが互いを十全に知り尽くしているのだから――。


ここまで考えて、埋伏その1は、そうごちた。




「「ご主人様ーっ!」」


はわあわ軍師の登場により、物語は進んでゆく。






歯車は回る。

規則正しく、くるくると。


そうして外史も動いてゆく。

筋書き通り、終息へと。


まるで、

何もなかったかのように――。





陽は語る。


「董卓ちゃん達は当然こなかったよ。……ここからが本番の本番だね。 ……そういえば、埋伏の『私達』は間違いじゃない。他にも何人かいたんだよ、あそこに、ね」


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