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第三十三話


遅くなりました。



言い訳ですが、長い分、手直しに時間がかかってしまった。

二限に授業があった。


そんなとこです。




「華陀せんせー、子供たちと外で遊ばせてくださーい」


「おぉ、馬白じゃないか。そうだな……許可したいところだが、まだ安静にしていた方がいい」


「でもダーリン、もう十日も経ってるのよん?」


「ふむ、貂蝉はそのオノコに付くか。じゃあダーリンは儂のモノじゃな」


「あらん、誰も譲るなんて言ってないわよん!」


「(むさ苦しいから外でやってくんねぇかな)」


華陀の診療所での一コマ。











虎牢関に着いて早一週間。

戦況は、どちらも動かない為――董卓軍側は動く必要もないので――睨み合いが続いている。

……食糧的な問題があるため、連合側が些か不利ではあるが。


「どうしようかしらね〜」


「……牡丹様、それは?」


「ん、陽からのお手紙よ。見事なまでに、私への愛が囁かれて――「……ませんね?」――つれないわね〜」


「……真面目ですから、陽君は」


そう答える山百合。

……暗に牡丹は真面目じゃない、という意味を含んでいたりしないでもない。


「ま、こんな感じよ」


「……これ、は」


『華雄を死んだこととする。

その亡骸を両袁家がなぶった、という噂を大陸全体に流す。

さらに、董卓軍にいる埋伏の奴を斥候として、華雄の死に様を惨く呂布と張遼、陳宮に伝えておく。

後は、頑張れ』


「なかなかにして最低な内容よね〜」


「……仕方、ありません。敵軍を動かすには、これくらい……」


陽からの書を読み、呟く二人。

山百合の手は、白くなるまで固く握られていた。

言葉では、仕方ない、と言ったが、武人の誇りを汚すようなこの書の内容は、山百合の教示には反していたのである。


「怒らないであげて、山百合。……陽に対しても、そして、自分に対しても」


「……――――っ!!」


手を優しく解き、両手で包まれながら紡がれた牡丹の言葉に、目を見開き驚く山百合。

武人を汚す陽に怒る一方、また陽を悪に進ませることになった自身の不甲斐なさに、怒りを覚えていたことに気付かされたからである。


「それにね、罪滅ぼしかは知らないけど、陽からこんなのも届いたのよね」


「……もう一つ、ですか?」


「うぅん、ホントは三つよ」


二つは私宛じゃないからね〜。

と、そう言いながら牡丹から渡された、円の中に秘、と書かれた書を開く山百合。

そこには、感情を揺れ動かせることが少ない山百合でも、もう一度驚愕することが書かれていた。


「……これでは、どちらが敵なのか、分からないではありませんかっ!」


「えぇ、そうよね」


相変わらず軽い反応の牡丹に、肩透かし気味になる山百合。

しかし、牡丹は牡丹でいろいろ考えていた。


「……これを渡すってことは、私の一存に任せる、ってことよね」


「……そう、なりますね」


「全く、なんてことしてくれるのかしら」


ぷりぷりと怒る牡丹。

陽が今頃、ほそく笑んでいることだろうことを考えて。


「……で、どうするのですか?」


「蒲公英が持ってた似顔絵とこれを見るに、本当のことみたいだしね。……うーん、どうしよ」


腕を組んで、割と本気で唸る牡丹。

……どうすれば面白くなるか、であるが。


「……大将代理に任せてみては如何でしょう?」


「うん?」


「……彼らの陣営のみに、ですが」


「ちょっと待ってね」


目を瞑り、熟考する牡丹。

……再三言うが、どうすれば面白くなるかを、である。


「うん、いいわ。山百合の案を採用する」


「……ありがとうございます」


ニコリ、と微笑む牡丹。

……牡丹の頭の中では、自身にとって満足のいく結末になるようだ。


「……それより、翠様と蒲公英ちゃんには?」


「まだよ。山百合に話してからにしよう、と思ってね」


三者三様に反応されたら、私でも対応出来ないから。

と、牡丹はそう続けた。



案の定、最初の書を見た翠は怒り、蒲公英は悲しんだり悔やんだりした。

山百合と同じ思い――怒りと不甲斐なさ――が、一人ずつに表れたのである。


最も、二つ目の書にはどちらも驚愕したが。



   ★ ★ ★



場所は変わり、劉備軍の天幕。


「ねぇ御遣い君、これ見てどう思った?」


「……これは、この内容は本当なんですか?」


「えぇ、そうよ。なんと言ってもうちの天狼からの書だし♪」


三國志の知識があるが故に、驚く一刀。


「じゃあ、そこのちみっこ軍師殿たちは?」


「はわわ……ち、ちみっこ」


「あわわ……」


牡丹の歯に物を着せぬ言葉に、愕然とする二人。

……自身で理解はしているが、改めて言われるとちょっとショックなのである。


「冗談よ、冗談。で、どうかしら、神算鬼謀の両軍師殿?」


真面目な評価を口にする牡丹。

シ水関の戦い時に於ける策を見抜いたが故の、真っ当な評価なのである。


「正直、裏があるとは思っていました」


ここまでとは予想してませんでしたが。

と、諸葛亮はそう答える。


「斥候さんたちが帰って来なかったのも、これで合点がいきましゅ」


鳳統が続けて答える。

……ちょっと噛んだが、真面目な席なので訂正は入れなかった。


「で、劉備ちゃん。貴女はどうする?」


「え? どうって?」


「聞き返されても困るんだけど……」


天然ボケをかます劉備に呆れる牡丹。

そんな牡丹をスルーして、後ろを向いてひそひそと話す劉備と諸葛亮。

どうやら本気で状況がわかっていなかったようだ。



「勿論助けます!」


「そ。じゃ、善は急げ、ね」


劉備に二つ返事をし、退出しようとする牡丹。

その腕をとり、引き留める一刀。


「ちょ、ちょっと待って下さい。……なんで俺達、なんですか?」


「…………じぃ〜」


「あ、すみません」


わざと声をプラスした牡丹のジト目に、手を放す一刀。

……後ろで見つめる張飛以外もジト目であることを、一刀は知らない。


「そうねぇ……、面白そうだから、かな?」


「なっ! そんな理由で――「落ち着け、愛紗」――星っ!」


牡丹の発言にキレた関羽を諫める趙雲。

……今回はむしろ関羽の反応の方が正しいのだが。


「馬騰殿、続きを」


「趙雲ちゃんは冷静ね〜」


「貴殿を知らぬ存ぜぬでしたら、私もこれと同じような反応をしたでしょうな」


1〜2行程度の紹介で終わったが、二人は面識があったのである。


「あら、庇ってるの?」


「いえ、事実です」


「自己分析もなかなかのものね。ますますもって面白いわ♪」


対面したとき、面白い娘、と評価していた牡丹。

どうやらその評価が間違っていなかったようだ。


「三傑の一人である馬騰殿にそう言って頂けるとは、武人の誉れというものです」


「そ。じゃ、また――」


「おっと、うむやむなまま帰す訳にはいきませぬな」


「――ちぇっ、もうちょっとだったのにぃ〜」


肩をガシッ、と趙雲に捕まえられたので、両手を挙げて降参のポーズをとる牡丹。


さっきまで二人だけの会話になっており、劉備軍の皆は置いてきぼりだった。

あと趙雲さえ言いくるめられたならば、牡丹はこの場から逃げられたのだが、そうそう上手くはいかなかった。


「一番私欲が少ない、御遣い君の無類の女好き、先鋒。挙げればきりがないから、まずはこれぐらいね。これらから信が置けると判断したまでよ」


「俺は別に女好きじゃ……」


「今でさえそんだけ侍らせといて? この女の敵ー! 女ったらしー! お前の母ちゃん出っべっそー!」


「最後関係なくね!?」


一刀の答えに、何故かはわからないが野次を飛ばす牡丹。

……一刀の返しに、なかなかのツッコミ、と牡丹は密かに評価していたりする。


私欲が少ないと言わしめた劉備達が参加した理由は、洛陽の民を救うため、というもの。

それ以外は何らかの裏が含まれている。

顕著な例を挙げれば。

両袁家及び、その他の諸侯達は、現在の董卓の位置に取って代わりたいため。

曹操は、後に訪れる乱世に備え、覇王としての道を歩まんとするため。

孫策は、袁術に盗られた領地を取り戻すため。

……牡丹は、面白そうだからであるが。


そうしたとき、董卓を本当の意味で助けられるか、と考えれば、劉備軍しかいないのである。



「それに、自業自得だ、なんてあの子言ってたけど、ホントは助けたいのよ」


友の友としても、そして自分の為にも、ね。

と、牡丹は慈しむような目で、遥か西へと視線を送った。




その後すぐに軍議は行われ、陽の考えた策は採用されることとなる。

他に手はないし、牡丹の手元に陽からの書が届いた時点で、既に策は発動しているので、止める術もないのである。

その辺りをわかってやっている"天狼"の恐ろしさを、諸侯達は改めて感じていた。

……策自体はこれはないわ〜、みたいな反応で引かれていたが。



   ★ ★ ★



その軍議から一日後……。


「……赦さない」


「これは、……ウチも我慢できへんわ」


「れ、恋殿、それに霞殿! お、落ち着いてくだされ!」


斥候が持ち帰った情報に、武人であるが故にぶちギレた二人。

……策通り、その斥候は陽の息がかかっており、言ったことのほとんどが嘘なのだが。


その内容は、こうだ。


『戦死したと思われた華雄だが、噂では武人の誇りを汚す殺され方をされた。

汚され、犯され、終いには首さらしされたとのこと。総大将である袁紹及び、その妹の袁術らが考案し、連合の諸侯等が不快感を示すも、立場上口出しは出来ず。

辺りの邑や街で、まことしやかに囁かれているそうな』


知り合い、ひいては轡を並べた仲である者たちからすれば、ぶちギレても仕方がなかった。

……これを考えた陽が、最低、と罵られるのも仕方がないとも言える。


勿論、全てまやかしであり、華雄は生きている。

張飛に斬られたが、大事には至らず、南方に逃れたため、生きている。

(大切なことなので二回言ってみた)


「……出る」


「なっ! 待ってくだされ、恋殿! 華雄殿のこと、誠に遺憾なのは百も承知なのです。ですが、その憎き仇の両袁家は遥か後陣……。はっきり言って無理なのです!」


「……でも、行く!」


「ですがっ!」


「……ねね、分かっとるやろ? ああなったら恋ちんは止められん。それにな、ウチかて止まる気ぃ、ないで?」


これまでに見たことのない恋の激昂にも、無謀さ故に食い下がる陳宮。

そんな陳宮の肩に手を置き、諦めるよう促す霞。


「それにアレ、見てみぃ。……我慢させとくのは流石に無理やろ」


今いる場所、すなわち虎牢関の上から、霞の指差す自陣を見渡す陳宮。

そこには、今にでも戦ってやる、と血気盛んな兵達ばかり。

おそらく華雄の報について聞いたのだろうと解釈する。

……董卓軍内にいる陽の埋伏がさらに煽っていたことを知らずに。


「……分かったのです。もう一度我が軍の恐ろしさを思い知らせてやるのです!」


「……(コクコク!)」


「おっしゃ、殺ったるでぇ!」


……この時はまだ、陽に踊らされていることを三人は知るよしもない。



   ★ ★ ★



「……これでよろしいでしょうか?」


「えぇ、私は構わないわ」


「右に同じね」


「異存はないな」


「問題ないわ♪ さっすが御遣い君っ! よっ、大陸一!」


一刀の確認に返事をするは、上から曹操、孫策、公孫賛、牡丹である。

……相変わらず牡丹のノリが不明であるが。


「……茶化さないでくださいよ。皆で考えたんです。俺は聞いてただけですから」


「ほら、そんなに謙遜しない♪ 聞く、ってことが出来るのは、普通に凄いことなのよ? あ、ハムちゃん、ごめんね」


「誰がハムちゃんですかっ! しかも、馬騰殿は何故謝ったんです!?」


一刀に賛辞を送る中、何故か公孫賛の方を向いて謝った牡丹。

そんな牡丹にキレる公孫賛。

途中からは、もはや名前ですらないハムと呼ばれたことより、突然の謝罪の方が気になっていたが。

……しかし、なぜ牡丹はハム、というあだ名を知っているのだろうか。


「……言っていいの?」


「うぅ、やっぱりいいです」


牡丹の含みのある言葉に引き下がった公孫賛。

因みに牡丹は、普通、と口に出してしまったので、一応謝ったのである。

……公孫賛は、食い下がらなくて正解だったかもしれない。


「じゃ、お開きってことで。……解散!」


「締まらないわね……」


「ま、これくらいのてきとーさが丁度良いのよ、馬騰さんには、ね」


「同感だな。お前同様、自由でこそ生きるお方だからな」


「……遊んでるだけじゃないのか?」


上から、曹操、孫策、周瑜、公孫賛である。

……孫策、周瑜の意見も正しいが、一番合っているのは公孫賛だったりする。


「ハムちゃん、ちょーっと、O☆HA☆NA☆SHI、しましょうか♪」


「だからハムじゃ……うぅ」


「……牡丹様という藪を、変につつくからですよ」


合っているが故に許せなかった牡丹。

公孫賛の襟を引いて、天幕を出ていく。

軍議の席にいた人々は、誰も止めなかった。

山百合に至っては、いじられ役として、牡丹のお眼鏡にかなってしまったのが悪い、というニュアンスを含んだことまで言っている。

……それを可哀想、というかもしれないが、絡まれないだけ扱いはマシだ、と考えるのはおかしいだろうか。



これをきっかけに、軍議は終了した。

終わり方が終わり方なので、かなりグダグダだったが。


ちなみに、あの場にはかなり人がいたりした。

が、今も語り継がれる英雄、次代を担う英雄を発することは出来なかったのである。

……例外として、未来の英雄になるであろう劉備は一刀の隣でずっとニコニコしていたが。



   ★ ★ ★



開け放たれた虎牢関の扉。

そこから涌き出てくるは、偽の情報に怒った董卓軍の兵たち。

その先頭を駆けるは、天下無双と謳われる呂奉先、神速と名高い張文遠。


先鋒として配属されている劉備軍の本陣で、一刀はかつてないほどの緊張感を感じていた。

呂布はそのまま中央突破、張遼は別動隊として右翼――担当は曹操軍――を駆け抜けてくるだろう。

相手軍の動きを見て、そう解釈する一刀。

やはり、とは思うが、相手にするのを出来るだけ御免被りたい呂布が向かってくることに、――緊張の元である――不安と焦りが滲み出る。




「策自体は、シ水関の戦い時と同じく、劉備軍の中央を切り裂いてくる董卓軍を、崩れた様に見せかけて素通りさせましゅ」


「馬白さんの策が上手くいっているなら、狙いはあくまでも両袁家ですので、わざわざ私たちが相手にする必要はありましぇんから」


諸葛亮と鳳統からそれを聞いたとき、妙になるほど、と思った一刀。

が、続いて出た言葉には驚かざるを得なかった。

曰く、将の呂布及び張遼は止めなければならない、という言葉に。


両袁家の兵たちがいくら殺されようが構わないが、これ以上の士気低下は不味い。

牡丹が前に言っていたように、連合を解散せざるを得なくなるからだ。

そうすると、連合の発起人である袁紹が癇癪を起こし、無理矢理にでも洛陽を我が物にしようと、董卓を暗殺するかもしれない。

考え過ぎかもしれないが、あり得ないなんてことはあり得ないのだ。

本当に実行されたら、董卓を救えなくなる。


そう考えたとき、士気を下がらない程度の被害に抑える一番有効な手立ては、一番の脅威である呂布及び、張遼の足止めをすること、なのである。

史実を知る一刀は、勿論反対であったが、それ以外の策はないので、三人で相手をする、という条件でしぶしぶ賛成した。

……これが、不安と焦りの理由でもあった。


「愛紗、鈴々、星……」


「大丈夫だよ、ご主人様。皆、絶対無事に帰ってくるよ」


「桃香……。そうだよな、俺たちが信じてやらないとな!」


若干カッコイイこと言っているが、その心配は杞憂に終わったりする。



   ★ ★ ★



「なんだか鈴々達が悪者みたいなのだ」


「……言うな、鈴々」


「しかし愛紗よ、誠にその通りだっただろう?」


「星! 言ってくれるな……」


張飛の純粋な感想と趙雲の悪戯からなる追撃に、グサッ、と心に何かが刺さった感覚を覚える関羽。

自分でもわかっているだけに、言い返せないもどかしさも同時に感じていた。

……こんな話をしているが、目の前には恋がいたりする。


「……お前達、面白い」


「愛紗よ、天下無双の呂布に誉められたぞ? 良かったではないか」


「何も良くないだろうっ!」


趙雲に律儀に突っ込む関羽。


「鈴々は嬉しいのだ〜」


「嬉しがる誉れではないではないかっ!」


そんなノリで、張飛にも突っ込む関羽。


「あの呂布からの直々の誉めの言葉だぞ? それを誉れでないとは、なんと欲張りな奴だ。……そうがっつくと、主に嫌われるぞ?」


「そっ、それは……。今の話には関係のないことだ」


「ふむ、つれぬな」


「せぇ〜いぃ〜!!!」


ようやく趙雲がからかっていたことに気付く関羽。

……もう一度言うが、目の前には恋がいたりする。


「……恋、もう行っていい?」


「鈴々達の役目は一応足止めだから、もう少し付き合って貰うのだ」


趙雲と関羽できゃいきゃい、と盛り上がっており、この二人はそっちのけである。


というか。

何故こんなにも朗らかな空気なのか。

先にあったように、恋は華雄のことでぶちギレていたはずである。


では何故、と思うだろう。


答えは簡単だ。

キレていた理由を無くしてやれば良い。

今回のことに合わせるなら、嘘だと教えてやれば良いのだ。

それも、嘘をついた本人から。

……そう、牡丹宛てでなかった残り二つの書は、恋と霞宛てだったのである。



『文面だけど、一応久しぶり。

単刀直入に言うと、華雄は生きてる。

ただ、怪我してるから直ぐには会えないと思う。

それでも、というなら俺に手紙を頂戴な。

董卓達の命は保証する手は打っといたから、嘘ついたこと、勘弁してな。 陽』


手紙の内容はこんな感じで、これを読んで恋は大人しくなり、手合わせしたいと三人が乞い、今に至る。

言ってしまえば、一刀の危惧は全くの無駄だったのである。

……手紙は三人が恋と対峙する少し前に山百合から渡されたため、一刀は知らなかった。



「恋殿〜!」


「……ねね?」


「虎牢関が陥落してしまったのです! ここは逃げるしか道がないのです!」


「……わかった。でも……」


「行くが良い。こちらとしても都合が良いからな」


「……(コク)」


陳宮からの報告により、逃げる余地しか残っていないことを理解する恋。

それを阻むであろう三人に注意を払うが、趙雲の殺気も闘う気もない言葉に、素直に従った。



   ★ ★ ★



「お、来た来た♪」


「……わざわざ翠様から銀閃をお借りなされて。本当にやるのですか?」


「当たり前じゃない♪ 何の為にここにいたと思ってるの〜。ね、黒兎?」


「ぶるっ」


ある開けた道に、通る者を阻むかのように二人と一頭が立っている。

牡丹と山百合、黒兎である。


二人と一頭が待っていたのは……。


「……じゃま」


「そこを退くのです! 呂布殿のお通りなのですぞ!」


……天下無双、呂布だった。


「じゃ、いってきまーす! いくわよ、黒兎!」


「ぶるっ」


「……あっ。ハァ、御武運を」


言っても聞かない牡丹への呆れから、ため息が洩らす山百合。

……それでも無事を祈るのが忠臣と言うべきだろうか。


向かってくる恋と陳宮の走らせる馬に併走し、牡丹は話す。

……頭上から見て、右から陳宮、恋、牡丹の順である。


「こんにちは、呂布ちゃん。私は馬騰って言うの。一番分かりやすく言えば、陽のお母さんよ」


「……陽の?」


「えぇ、そうよ♪ 前置きは全部省くわ。私と勝負して頂戴」


「……勝負?」


「えぇ、勝負。あそこの突き当たりまでに呂布ちゃんを馬上から落とせば私の勝ち。逃げ切れば呂布ちゃんの勝ち。勿論馬への攻撃は無し。……どう?」


「恋殿、聞く耳を持たないでくだされ。こちらに得がないのです!」


牡丹は恋に勝負を持ちかける。

が、陳宮はそれを阻む。

理由は言う通り、自分たちに利がないからである。


「……確かにそうね。でも、こっちにも利と言えるほどのものはないわよ。捕まえるとか考えてないし」


「今ならなんとでも言えるのです!」


牡丹としては、ただ純粋に勝負したいだけであり、邪なことは全く考えていなかった。

それでも食い下がる陳宮。

無為に時間を使い、捕まることは避けたいのである。


「じゃあ……これ。多分肉まん十個は買えるわ。オススメは、馬の字を丸で囲った印のあるお店ね。『安心の品質、驚きの低価格』こんな言い回しで有名よ♪」


「お金で釣ろう等とは……」


「ん……わかった」


「れ、恋殿〜」


お金で、というより、食べ物で釣れたようだ。


「……ねね、少し離れる」


「……わかったのです」


渋々、といった様子で5メートルくらい後ろに下がる陳宮。

恋自身が同意したため、もう止めることは出来ないのである。



「っしゃあ! ……いくぜ」


「……来い」


濃密な殺気が、辺りを包む。

明らかに勝負、と言える雰囲気ではなかった。


「……ふっ!」


先ずは、といわんばかりに、牡丹は一息で十度の突きを放つ。

それを最低限の動きで避け、身体の芯を捉えた突きだけを自身の武器―方天画戟―で、難なく受ける恋。

……翠並の力に、趙雲並の速さの突きを、である。


防ぐだけに終わらず、恋は左腕一本で横凪ぎを放つ。

牡丹は左に黒兎を退かせ、受けることはしなかった。


「……やるねぇ」


「恋の方が強い」


「……あぁ、そうかもな。だが、馬上、いや、黒兎の上ではどうか、なっ!」


一気に恋に近づき、牡丹は横凪ぎを放つ。

無論、恋は難なく受けとめ、弾いて斬りつけようとする。

しかし、その時にはもう牡丹は間合いにはいなかった。


「…………?」


よくわからないまま、今度は恋が馬を寄せ、左上から斬り下ろそうとする。

が、その時には間合いの中の中まで近づかれており、力が余り込められなかったため、牡丹に難なく受け止められる。


戟が上に弾かれ、右上から斬り下ろしを放たれるが、それも難なく引き寄せた戟で受け止め、弾いて斬りつけようとする。

が、また間合いにはいなかった。


「…………??」


恋には意味がわからなかった。



後ろで見ている陳宮にも理解出来なかった。

それだけではなく、酷く驚いていた。

闘い方云々ではなく、黒兎の動きに、である。


恋が不思議がっているのは、一瞬のうちに間合いの外や内の内に移動すること。

それはただ単に、攻撃される寸前に移動しているだけのことである。

そこで、ある問題が浮上する。


曰く、攻撃する一瞬の内にどうやって移動しているのか、だ。


無論、牡丹は黒兎の上にいるため、黒兎が移動している。

問題はそこではなく、どうやって間合いを移動しているか、である。


……それを解決するためには、黒兎の能力、つまりチートな要素について話さねばなるまい。



黒兎は脚が速い、頭が良い。

これは普通――騎手である陽と牡丹も大概だが――に会話レベルのことができるのだから、わかるはずだ。


では、どう速く、どう頭が良いのか。

まずは脚の速さについてだが、こちらは簡単だ。

己の脚力をもってして、爆発的な力で地を蹴り、速さに変えるのである。

これは他の馬達となんら変わらないが、その蹴りつける力が隔絶的なのだ。

瞬発力を生む筋肉、すなわち、速筋が多いのである。

持久力を生む筋肉、すなわち、遅筋も少なくはないのだが。


次に、頭の良さについてだ。

陽の初陣の時に言ったが、黒兎は主の思考を感じて動き、かつ、主が思考していなくても動くのである。

ここでの主、とは背にのせた人物を指しており、その主と心を通じ合うほど、思考を読み取るのも容易になる。

さらに、主と心を通じ合うほど、信頼は生まれ、どう動けば主にとって最善となるのかを選び、主の思考なしでも動くようになる。

黒兎は、ある意味人すらを凌駕するほどの頭脳を持っているのである。

このような芸当が出来る馬はそうそういない。


これが黒兎がチートたる所以なのである。


これらを考慮した上で、先の競り合いを話そう。

恋の攻撃を、避ける時には斜め左前に流れ、受ける時には斜め右前に寄せる。

それも、爆発的な加速をもってして、かつ、牡丹の手綱操作なしで、だ。

これを恋から相対的に見れば、自身も前方に動いているので、横にスライドしているように見える。


ただそれだけのことなのだ。



「……らぁっ!」


「……くっ」


何十合もの牡丹の攻撃を受け、自身の攻撃のほとんどが空振りばかりなので、流石の恋も徐々に疲れの色を見せる。

このままいけば、牡丹に軍配が上がるだろう。

だが、そうそう上手くいくはずもなく。

牡丹が指定した突き当たりまで、もう間近というところまで来ていた。


「……ちっ、終いか」


牡丹が悪態を吐くのも無理はない。

久しぶりに全力でやれたのに、という口惜しさと、勝ちきれなかった、という悔しさを感じていたのだ。


「……疲れた。でも楽しかった。またやる」


「ん〜、また会えたら、ね♪ じゃ、バイバーイ」


「ん、ばいばい」


さりげなく再戦の約束をし、恋は牡丹に手を振り返す。

先ほどまで死合いをしていたのにも関わらず、なんとも軽い挨拶である。



「本当にねね達を見逃すですか……?」


「捕らえる気なら、一人で相手をしてもらう必要がないじゃない」


「それはそうなのですが……」


少し困惑気味の陳宮。

敵将である恋を捕らえる、という当たり前なことをしなかったからである。


「まぁいいじゃない♪ それより、置いてかれちゃうわよ?」


「あっ、待って下され、恋殿ーっ!」


結局うむやむなまま、陳宮は恋を追っかけていく。

ここら辺りが落とし所だと気付いたからかもしれない。



「ごめんね、黒兎。無理させちゃって」


黒兎の首を撫でながら、牡丹は謝る。

自分でも恋と互角に渡り合えたのは、黒兎の力があってこそと理解しているが故に、である。


「ぶるっ!」


それに、全くだ、と言わんばかりに黒兎は啼いた。

飼い主に似てきたわねー、と牡丹は考えながら、山百合の待つ所まで戻っていった。





陽は語る。


「霞は空気だったけど、このときに曹操軍に投降したらしいね。……やっぱり、ちょっと自重すべきだったか?」




はい、ご都合主義乙。



黒兎さんはマジチート。


主人公の馬って補正かかるよねー?

黒王号仕様とか。


え、そんなことない?



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