第三十一話
もう一月か……。
早いなー。
「ここは誰? 私はどこ?」
「……昨夜から引き続き壊れている牡丹様です」
「山百合、ちょっと来なさい♪」
「……お断りします」
「こらっ! 待ちなs――うぇっぷ」
「……大丈夫ですか?」
「うふふふ♪ これは、……できちゃったのかしら?」
「……大丈夫ですか? 主に頭の方が」
「ちょっ、辛辣!」
西涼軍と(ついでに)劉備軍の、連合に参加してからの初めての夜が明けた。
しかし、同じ初めての夜、と言っても、西涼軍と劉備軍では圧倒的に違う。
何故なら劉備軍は、――ある意味自業自得なのだが――今日から最前線で戦わなくてはならないからだ。
準備に忙しかったことだろう。
それとうって変わって、西涼軍は左翼の後曲。
ぶっちゃけ、ほとんどやることはない。
故に、先のような会話が出来る程にのんびりしていた。
……若干二名、陣を抜け出していたりもするが。
★ ★ ★
「……なぁ蒲公英、本当にいいのかな?」
「いいに決まってるじゃん。どうせやることないんだし。それに伯母上様が見とけ、って言ってたんでしょ?」
無問題だよ、翠お姉さま。
と、そう諭すは、妹分である蒲公英。
一緒にいる姉貴分の翠が諭される、という立場はどうなの、とは思ってはいけない。
……単に、翠より蒲公英がアクティブなだけなのだ。
「あっ、あれかな?」
「ん、どれだ?」
いち早く気付いた蒲公英。
その声に反応した翠は、辺りを見回す。
……先程の、勝手に陣を出ても良かったのか、という迷いはいつの間にか消えていたりする。
「ほら、あそこ」
「へ〜、ホントに輝いてるんだな」
蒲公英の指差す方を見て、感嘆の声を上げる翠。
噂などでは聞いたことはあるものの、とても信じられなかっただけに、感動は小さくなかったのだ。
「どうする、翠お姉さま? もっと近付いてみる?」
「これ以上近付いたら絶対バレ――聞いといて先に行くなよ!」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
先走った蒲公英に小走りで近付き、げんこつを落とす翠。
声を出させないように加減はしたようだが、痛いものは痛い。
それでも、蒲公英は涙目にながらも、前に進んだ。
どうやら、痛みより好奇心が勝ったようだ。
因みに。
今現在、二人が行っているのは、簡易的な隠密だ。
言い換えれば、――どちらかといえば、こちらが正確だが――覗きである。
やることがなく退屈だった蒲公英は、昨日牡丹が翠に言った、天の御遣いを見とけ、というのを聞きつけ――翠本人に聞いたのだが――それを決行したのである。
流石は牡丹の姪、と言うべきだろうか。
凄まじい行動力を持ち併せていたのだった。
「……だ」
「え? なんか言った?」
後ろで翠がぼそり、と呟いた言葉を聞き取れず、聞き直す蒲公英。
……さっきから常に、蒲公英が前を行き、後ろから翠が付いて来ている状態である。
「……無理だ」
「どうしてっ! やっとここまで来た……の、に」
翠の諦めを含んだ言葉に、後ろを振り向いて抗議しようとする蒲公英だったが、翠の顔を見て、声を萎ませていく。
顔を真っ赤にしている翠の様子に純粋に驚き、声が出せなくなったのである。
が、すぐに切り替えすのが蒲公英である。
「あれ〜、もしかして翠お姉さま、天の御遣い様に、お・ね・つー?」
「なななっ何言ってんだ蒲公英! そんなわけあるか!」
「うんうん、分かってるよ。確かに格好いい人だったもんね」
「だから、違うって言ってんだろ!」
「これは伯母上様にも報告しないとね♪」
口元に手を当て、悪戯っぽく笑う蒲公英。
この後、翠は蒲公英に弄りに弄られ、半泣きになったらしい。
★ ★ ★
時は進み、2日後。
場所は金城のある執務室にて……。
Side 陽
『報告、シ水関の戦い。
先鋒、劉備軍の活躍により、関を守る敵軍を引き出す。
引き出された兵たちは、劉備軍が奇謀により、袁紹軍と激突。
その大将である華雄を劉備軍が将、張飛が撃破。
華雄は、命に別状はないものの、傷は深いため、戦線を離脱。
左翼の曹操軍は、袁紹軍の助けに入り、右翼の孫策軍は、関への一番乗りを果たす。
被害は、袁紹軍が中程度で劉備軍が少程度、他の軍はほぼ被害なし。
現在、虎牢関に向けて行軍中。
追記、翠が天の御遣い君に惚れたらしいわ。 馬騰 寿成』
「うわ、つまんねー」
そんなこと言うなって?
仕方ねーじゃん。
読み通りの展開になっちゃったんだからさぁ。
かゆーはすぐに熱くなる、(愛される)バカだから、挑発すりゃあ――同じく守る霞が強引に押さえつけねぇ限り――すぐ出てくる。
そう予測してたかんね。
ま、劉備軍が先鋒ってのは流石に予想外デス。
つか、母さんや。
別に追記はいらねぇよ。
そりゃあ、娘が男に興味を持ったことが喜ばしいかもしんねぇけどよ。
……あ、別に俺が男に見られてない、って訳じゃないぜ?
家族の一員で弟、っていう部類に入ってるだけだから。
だから、少なくとも浮わついた関係に発展することは皆無だね、うん。
話が逸れた。
まぁ、なんだ。
とりあえず、皆、頑張れ。
俺は応援してるぜ!
……うん、言いたいことはわかるよ。
そんなんでいいのか、だろ?
でもさ、しょうがないんだよ。
俺にはこれしか出来ないんだからさ。
なんてったって、動けないんだもの。
日常生活全般は出来るんだが、この戦の話になると、思考以外、何も出来なくなるんだよ。
喋ることも書くことも儘ならないから、指示は出せないし。
まるで、
"この戦には手を出させない"
と、そんなことを感じさせるね、流石にここまでされるとさ。
……だからといって、手をうたない訳はないんけど。
まぁいいさ。
大いに休みを楽しもうジャマイカ。
★ ★ ★
厨房に移動中の俺。
「おっなっかグーグー煮込んでグー、グツグツ煮込みハンバーグ、グツグツ煮込みハンバーグゥ♪」
こういうくだらねぇ記憶(なのか?)が頭に流れてくる時にも左目が痛むから、なんとも言えねぇ気分だ。
左目が痛むときは、大抵何らかの情報を獲られる。
くだらねぇことから、すっげぇ為になることまで、数多くな。
今回はふざけた歌が思い浮かんだんだが、元はハンバーグだ。
ハンバーグ、というものが頭に流れて来た後の影響で、先の歌が浮かんだ訳だ。
めんどくさくて仕方ねぇ。
……いや、さっきのは完全にノリで歌っちゃったんだけどさ。
「という訳で、ハンバーグを作ろうと思う」
「……突然何言ってんの?」
目が冷たいっすよ、瑪瑙さん。
ああ、ちなみに今、俺は車椅子に乗ってます。
瑪瑙に押してもらってます。
……さっきの煮込みハンバーグの歌もバッチリ聞かれてます。
「車椅子、作っといて良かったな〜、ってな」
車軸らへんはかなり苦戦したな、うん。
「……さっき言ってたことと全く違うじゃない」
「ま、そこはとばせよ」
「で、どういう訳でその、半婆具――「ハンバーグな。なんかすっげぇ恐ぇよ」――それを作ろうと?」
……ホントにとばしやがった。
まぁ、明確な理由なんてないんですけどねー。
あえて言うならノリ。
けど、そう言ったら怒るもん、この人。
「……旨そうだったからさ。勿論、お前と薊さんのも作ってやんよ」
これは二割、ノリは六割。
あとは、街に出たかったからだよ。
「それは当然でしょ」
そう言いつつも、心なしか嬉しそうなんだがな。
ま、別にいいんだけど。
★ ★ ★
Side 三人称
食材が足らない、ということで街に繰り出す、陽とそれが乗る車椅子を押す瑪瑙。
二人が通ろうとするところは、皆道を開けている。
……そう、まるで帝王が通っているかのように。
今、陽は車椅子に座っている。
右の肘置きに頬杖をつき、長い足を組んでは、左の口角のみを上げるという不敵な笑みを浮かべながら、である。
正面から見ると、無駄に威圧感があった。
ここで、汚物は消毒だぁ~、という声が入れば、もうバッチリかもしれない。
総じてしまうと。
今の陽の座り方を端的に言ってしまえば、サウザーだ。
サウザーが行軍するとき、車の後ろに備え付けられている椅子に座るときの体勢だ。
……陽の場合は車椅子なので、あまり格好はついていないが。
何故その座り方――サウザースタイルと呼ぶことにする――なのか、と問われたならば、なんとなくサウザーの気分だったから、と陽は答えるだろう。
……ちなみに、車椅子に初めて乗ったときに、これを思い出したらしい。
「おお、これは馬白様。お元気なご様子で何よりじゃ」
「ああ。心配を掛けた」
果敢に話かける年老いた爺。
それに対し、威厳を保つ様に答えてみせる陽。
「おっ、馬白の旦那! 元気そうじゃねーですか」
「ああ、まぁな」
次は八百屋のおっさん。
答える陽は、ちょっとだけ青筋をたてる。
笑みも少し引きつっている。
「あら、馬白さん。また食べにいらしてね」
「……ああ」
そのまた次は、茶屋のお姉さん。
答える陽は、こめかみを押さえる。
だいぶ笑みも引きつる。
「あ、お兄ちゃん! 今から遊ぼう!」
「テメェ等……、いい加減にしろやゴルァ! 今、近寄り難い雰囲気作ってたじゃねぇか! 最初の方のノリはどうしたんだよぉぉぉお!」
子供にまで声をかけられ、遂にキレる陽。
色んな人に声をかけられる、ということは慕われている、ということなのだが、陽の今の気分はサウザー。
簡単に言えば、ははーっ、とやって欲しかったのである。
それなのに、普通に絡まれた。
キレるのも無理はなかった。
……些か理不尽であるが。
その様子に、周りがドッ、と湧いた。
「なんだよクソッタレ! ノッてくれたっていいじゃねぇか」
いじけたように言葉を発し、涙を拭うような仕草をする陽に、また笑い声が起こる。
「ふっ……はははっ!」
そんな周りの様子につられ、陽も笑ってしまう。
サウザースタイルを含め、自分が今演じた全てが馬鹿馬鹿しく思えたから、というのもあるが、それ以上にこの場の雰囲気が愉快に思えたからであった。
陽が演じ始めた時から――いちいちツッコミを入れているときりがないので――口を出さず、ただ車椅子を押すことだけをしていた瑪瑙は、ここにきて初めて口を開く。
その言葉には、明らかな呆れが混じっていた。
「アンタ……、なに馬鹿やってんのよ」
「何言ってんだよ? 俺はいつだって大真面目だっつーの」
「……それで?」
「おう、これで」
「あっそ。(……ホント馬鹿じゃないの)」
陽に聞こえないように、瑪瑙は小さく呟く。
言葉では貶しているが、口元には笑みが溢れていた。
★ ★ ★
「……おいしい」
「ふむ、これはなかなか。……白米が欲しくなるのぅ」
「そう言ってくれると、わざわざ作った甲斐があるってもんだぜ」
陽は満足気に笑んでみせる。
二人に好評価だったのは、言うまでもなく、ハンバーグのことである。
「四人が帰ったきたら、この、犯婆具――「だからハンバーグな。いちいち当て字が恐ぇんだよ」――なるものを作る気か?」
「そりゃそうでしょ」
純粋に問う薊に、呆れ口調で答える陽。
当たり前過ぎて、問われたこと事態がおかしく思えた。
「……覚悟しておくんじゃな」
「は?」
声のトーンを低めて言う薊に、思わず聞き返してしまう陽。
そこに、瑪瑙がすかさず答えてみせる。
「最低でも十人前は必要になるわよ?」
「……あ、ああそうね。あははは〜ん……ハァ」
(くそ、二人分でもけっこう大変だったのにっ)
項垂れながら心の中で呟く陽。
材料――特につなぎとして使うパン――を集めるのに一苦労したのである。
ならばパンを自分で作ればいい、と言うかもしれないが、それはまた難儀なことだ。
……作れない、という訳ではないようだが。
さらに、ひとり一人前ずつの四人前にしてもらえばいいのだが、それは絶対牡丹が許さない。
故に、溜め息を吐いてしまうのも仕方がなかった。
★ ★ ★
「……むむむっ!」
「……何が、むむむ、なんですか。いい加減正常に戻って下さい」
「俺はいつだって正常だ。……いちいち山百合はうるせぇんだよ」
「……そこまでは戻らないで下さいませ、牡丹様」
「しょうがないわね〜」
「……ほっ」
「何が、むむむ、なのかっていうのはね、家に帰ったら何か良いことがありそうって」
「……いつもの如くビビッ、とですか?」
「えぇ、そうよ♪」
「(……御愁傷様です、陽君)」
結論。
牡丹が受信する良いこと、というものは、陽の身に面倒ごとが起こることに直結する。
★ ★ ★
「……出番出番、って皆言ってるけど、一番出番が無いのはわたし達よねー」
「そんなこと僕に言われてもね……」
「あーあ、早く帰ってこないかな、……お母さん」
「……えっ? お姉ちゃん、今お母s――」
「言ってないっ! きっ、聞き間違えよ! わたしはおばさん、って言ったわっ!」
「……ふぅん、そっか」
「うぐっ……藍、そっ、その目は、なによ……」
「いや、ね。……狼狽するお姉ちゃんも可愛いなって」
「ばっ、ばかっ! そっ、そんなこと……っ!」
満面の笑みを浮かべて言う藍に、顔を真っ赤にする茜。
出番云々の話のはずだったのだが、今は何故か桃色な雰囲気を醸し出している二人。
……相思相愛な二人は、知らぬところで大人の階段を昇りつつあったりする。
最近の成長:普通に手を繋ぐ→貝殻のように手を繋ぐ。
陽は語る。
「安くて旨いと評判になりましたよ、ええ。しかも、パン自体がほとんど流通してないもんだから、つなぎにパンを使う発想など生まれず、結果このハンバーグの真似は出来ない。俺、うはうは、って訳だ」
と
戦闘シーンは省かせて頂きました。
基本的に原作沿いですから、書いても仕方ないですしー。
沿わなかったり、改悪されたりするところは書く、って感じですね。