第二十二話
メインヒロインが出ていない、だと……!?
と思い返すけど。
あ、それ割とよくあるわー。
と、自分で思う今日この頃。
進まない……。
「死ぬる」
机に身を預けながら政務に励んでいる陽でございますよー。
まぁ、戦後処理だから仕方ないことだけどさ。
今やってるのは主に戦中の状況報告。
さて、後日談といきましょう。
まぁ、そんなに大層なもんじゃないけどな。
羌勢が2部隊、計一万ほどで攻めて来ること。
その大将が短気なこと。
そいつらが北の道から衢地――各方にのびた道の収束地――に来るであろうこと。
その途中の林は、年から年中霧に覆われていること。
西の道は傾斜の緩い山に挟まれていること。
それら全てを知っていた俺たち、つか俺は、敵部隊を殲滅することを選んだ。
……皆が小競り合いに飽き飽きしていたから、ということも否定出来ないが。
ま、とにかく、大将の性質上、先鋒は蒲公英と決め、蒲公英と翠姉を少し早めにそこに行かせた。
下見と準備――霧の濃さの把握とそれへの適応――の為にだ。
二十話で二人がいなかったのはこの為だ(メタ発言
んで、その1日後に、後続というか本隊として俺、山百合さん、瑪瑙が今回の戦場に到着。
すぐに西の道を挟む両山に、弓兵一千ずつを伏兵として配置する。
待つこと1日、ついに敵がやってくる。
蒲公英による言葉攻めによって発情(?)した敵の大将達を、霧で撒いて撹乱させ、篝火を使って衢地へと釣り出す。
勿論のこと、このときの蒲公英の部隊は霧の中だ。
連れて来ていたもう二千の弓兵に、羌勢が出てきたところを射させる。
そのあとは翠姉の独壇場となって、大将を討ち取る。
そいつの直轄であった半分は、運悪く西へと撤退したことにより、本来いた数の四分の一程度までに減らした。
……まぁ運も糞も、西の道を通るという一択しかなかったんだけど。
最後、副大将のケンを降して、羌に送り返す。
と言うより、味方を増やしてもらう為に送り込んだ、が正しいんだが。
終わってみれば、被害は三桁にとどくかどうか。
完勝と言える戦いだ。
……ケンの部隊も真面目に攻めて来ていたら、もっと甚大な被害が及んでいただろうけど。
はい、終わり。
至極簡単なことだっただろ?
大切なことは二つだけ。
一つは知ること。
ほら、孫子さんが言ってただろう。
彼を知り己を知れば百戦して殆からず、(だったっけ?)って。
もう一つは備えること。
これも、備えあれば憂いなし、って言うだろう。
それに、準備が大切だと僕は思ってるんで、って、どこぞのサッカー(?)選手が言ってた気がする。
まぁ、いいや。
本日の仕事は、これにて終了!
母さんに提出したら俺、怠惰な午後を過ごすんだ……。
★ ★ ★
「死亡フラグをわざとであろうと、口にするべきじゃなかったぜ……」
暇なら書庫の片付けしてこい、孫子の第三篇見つけだして持ってこい、って言われたよ!
母さんや……人使いが荒いぜ。
つか、フラグってなんだっけ?
「……ぶぇっくしょい!」
埃っぺぇなぁ、おい……。
「だっ、誰っ!」
どうやら先客がいたようだ。
「あら、瑪瑙じゃん。なんでここに?」
「そっちこそ、なんでここにいんのよ」
いや、こっちの質問に答えろよな……。
まぁ、別にいいんだけど。
「書庫の片付けをさせられに来たんだよ」
「奇遇ね。ボクもよ」
そこ、少し喜ぶとこじゃありませんよー。
★ ★ ★
終わらぬ……。
無為に広い癖に、要るもんから要らんもんまでごったがえしてるとか、ねぇ。
とりあえず、いる、いらない、わからない、に分別しているのだが、なかなかにして終わらない。
まぁ、暇潰しにはなるんだが。
次に、と取った一冊の本の中をパラパラとめくる。
「ん? これは……」
見れば、日記だった。
因みに、薊さんの、だ。
しかしながら、まだ半ばまでしか書かれていない。
最後に書き留められたのは、その項を見る限り、もう十年以上も前らしい。
その項の題名は、
『成公英、死す』
……なかなか重いものだった。
だが、俺の知的好奇心を満たすものとしては十分すぎた。
「『兄上が死んだ。
何故兄上が死なな――ばならないのか、今になっても一向にわからない。
義姉上は、兄上を殺した賊どもを皆殺しにし――らあと、脱け殻の様になってしまわれている。
そんな義姉上を元気付けようと、未だ五つを数えたばかりの翠や、一番の臣下である山百合が健気にも奔走し――るが、作り笑いを浮かべて礼を言うばかり。
その気持ちは痛いほどよくわかる。儂とて、関係を持っ――た身。悲しくない訳がない。
しかし、兄上と義姉上の間柄は儂のそれより深い。半身どこ――はなく、全身を失ったのだ。計り知れない悲しみがあるのだろう。
儂には何もでき・い。
本当に何も・きない。
慰めるこ・も諌め・ことも。
結局、今回もまた、――殿に救って・らう他ない・だから。
駄目・女だ、儂は。
す・・。す・ぬ。・まぬ。牡丹、こ・な儂を許し―くれ。』」
いかんせん古いので、擦りきれていたり、滲んでいたりして見にくかった。
だが、生憎と軽々しく言葉が出せる内容じゃなかった。
「『死因は、背中に受けた矢――る失血だった。
だが、その身に数十の矢を受け――お、倒れることなくずっと一人の少女を抱え――た、いや、庇っていた。子供を守り、死すとは、な――も兄上らしい、と不躾にも思ってしまった。
その守り通した少女は――」
「あぁそれ、ボクのことよ」
「――ぇ?」
はっ、として後ろを見れば瑪瑙がいた。
「何度呼んでも無視するから、来てみれば……」
じとっ、とした目で見られる。
だが、瞳は悲しみに彩られているような気がした。
「すまんな。ちょっと気になってな」
主に成公英、ってのが。
「ふぅん……」
「…………」
「……聞かないの?」
「まぁ、色々とあるんだろ? 個人のことに軽々しく干渉するほど、俺はサイテーな人間じゃないぞ」
敵ならともかくとして、家族にそんなことはしない。
敵なら、うん。
個人情報全て把握してやっても良い。
覚えるのは無理だから、書き留めるようにしてたり。
「……独り言だから気にしないでね」
「ん」
中断していた分別を再開する。
なるべく音は立てずに。
「そのあと、ボクは母様に保護された……身寄りがなかったから、娘になった」
「ふん」
「その時から、男は大嫌いと公言してきた」
あれ、なんか話全然違くね?
別にいいけど。
「でも、それはウソ。……ただ近付けさせたくなかっただけなのよ」
「ふんふん」
「恐いのよ、男が。どうしようもなく男が、……恐い」
なーる。
トラ……心的外傷な訳だ。
「戦では、武器を振るえばいいから問題ないけど、普段近付かれるすぎると、途端に動けなくなるの」
やっぱ、抱かれたまま死なれたから、なんだろうね。
成公英に悪気はないとしても、だ。
「だから、陽にも負けたんだけど」
初めて真名を呼ばれた気がするなー。
なんとなく嬉しい。
でもなぁ、これって独り言なんだよねぇ。
そう、俺は瑪瑙に何度か勝ったことがある。
西涼で二番目につおい瑪瑙にだぜ?
おいそこ、もっと褒めろ。
ま、瑪瑙の言う通りなのだろうさ。
瑪瑙は長めの両鎌槍(だったか?)で中距離主体だ。
だが実は、その槍は三節槍とでもいうのか、三つに折れる。
だから、近距離にも一応対応している。
だが、俺は剣と拳。
近距離〜至近距離主体なのだ。
俺自身、勝ちパターン……決まった勝ち方、つまりは至近に入れば勝ちだ、ということに気付いてはいたけど。
そういうことだったのか。
「なら……俺はどうなんだろうなー?」
俺のこれも独り言です。
「恐い」
そ、即答ですか……。
ただの独り言のはずなんだがなぁ。
「世の皆が思うように、ボクも、馬孝雄という人間……狼が、恐ろしいと思う」
「そら、恐れさせるようにしてるからね」
「陽も恐い。ボクが歩み寄れない程、恐い」
おかしいな。
俺、どんな人でもバチコイ!
みたいな雰囲気をだしてるはずなんだけどなー。
おいそこ、どの口が言っている、とか言うな。
「そか。俺が恐ろしい、ね。……絶対母さんの方が恐ろしいと思うけど」
本音です、はい。
図星だったらしく、ビクッと肩を震わす瑪瑙。
「ボクも、母様の娘になってもう十数年になるけど、……未だに、牡丹様が、恐いの」
……やっぱり、と思う。
通りで、二人に微妙な距離があると思った。
「母様の義姉なのに、今までも優しく接して頂いたのに、恐い。恐いの」
「…………」
なにも言わない。
正直、返す言葉なんてすでに浮かんでいるから。
「八年前、さっきの本によって事実を知ったときからずっと、恐くて」
自分がいなければ死ななかった。
自分がいたから死んでしまった。
そう、何度も頭を廻っただろう。
そして、自分が殺した、にたどり着いてしまったのだろう。
「ボクが武を磨いたのも、負けだく、グスッ、ないのも、牡丹様にどって、ボクが有益なモノで、ヒック、在り続けないと、捨でられる、殺ざれる、と思っだがらで、それで、それで……」
最愛の旦那を失わせた、という気持ちが大きくのし掛かったのだろう。
母さんから恨み、憎悪を買っていると勘違いしたのだろう。
洩らす嗚咽や流す涙で、容易に判断出来る。
全く、母さんも罪な女だ。
「もう泣かなくていい」
瑪瑙を抱く。
こうしていると、皆、俺より小さいんだなー、と妙な感じを覚える。
「良く全部言えたに。偉い、偉い」
子供をあやすように背を擦り、頭を撫でる。
反抗的に見上げてくる赤くなった目も、今は子供のそれにしか見えない。
「母さんと似ている俺から言わせてもらえばだな、被害妄想だよ、それ」
「……ぇ……?」
勝手に勘違いして、勝手に危害が及ぶのを恐れているだけ。
まぁ、当たり前な対応を無視して優しくされると、逆に勘繰ってしまうのは、仕方のないことだとは思うけど。
「俺や母さんみたいな人間は普通、大元を恨む、憎む。今回の場合は殺した賊どもをね」
それが普通だと思うんだけど。
そう簡単にはいかないのが人間というもの。
残った一人を妬み、責める者たちもいる。
……何故お前は生きている。
……何故お前だけ死なない。
……お前に生きている価値などないのに。
……消えろ、失せろ、顔を見せるな、死ね。
……さっさと死んで見せろ。
全く、くだらない。
「大体、お前は守られた側の人間だ。実際に手をかけた訳じゃねぇだろ? だったら、お前は悪くないじゃねぇか」
「で、でも……!」
そう簡単に割り切れることじゃねぇのは分かる。
大切なモノを奪うってのは、それほどの事だ。
だが、瑪瑙が悪くないのも事実だ。
あの時は無力な子供に過ぎないんだ。
それは、どうしようもないことだ。
納得出来ない、って顔だ。
「それじゃあ、薊さんはいつもなんて言っている?」
「……儂の大切な娘だ、って」
気恥ずかしいのか、俺の胸に顔を埋める瑪瑙。
別に構わんのだが、汚いぞ?
「そう、それ。おかしいだろ? 薊さんも関係を持っていたんだ……母さんが恨んでいるなら、薊さんも恨んでいるとは思わなかった?」
「……ぁ……」
「それに、誰が好き好んで、恨みの対象を義妹の娘に迎え入れるかよ」
「……自分が恨めしい」
俺の服を握る瑪瑙の手に、力が篭る。
恨みの対象を懐に入れるようなマネ、俺は絶対出来ないね。
だから、母さんも出来ない。
ってことは、瑪瑙を恨んでいない。
実に簡単だろう?
白くなるまで握られた手を優しくほどいてやる。
「謝ればいいんだよ……今からな!」
「ぇ? ひゃっ!」
俺が一歩下がると同時に、瑪瑙の後ろから抱き付く者。
「しどいわぁ! こーんなに愛しているのになぁ……」
なんともいえない苦笑いをした母さんである。
「ぼぼぼ、牡丹様っ!?」
「ぼぼぼ牡丹ですよー。瑪瑙から見た私、極悪非道の極みじゃないのー」
「それは、その……」
「いいの、言わなくて。しっかし、なんで私だけ恨んでる、って思ってたのかしら?」
もじもじとしている瑪瑙。
居心地が悪いのだろうね。
「柄悪いからだよ、たb――「んん?」――ほら、それだ! その眼光!」
恐いんだよ、その目。
「陽が言うことではないわね」
だから、心を読むなと――
「今、読んでなかったけど?」
「ちょうど今読んだから、どっちみちアウ……駄目です」
――もう反則だろ。
「それでね、瑪瑙」
「あるぇ? 無視?」
「陽、ちょっと黙ってなさい」
……えぇー。
なにこの仕打ち。
「貴女はね、ウチに来たときから、薊とあの人との間の娘なのよ。だから、薊にとって貴女は宝なの。私にとっての翠と同じように、ね。それを分かっていてくれただけで、私は嬉しい」
「じゃ、じゃあボクは、……牡丹様にとって、……なんなのですか?」
俯き気味で言葉を発する瑪瑙。
いまにも消え入りそうな声色。
不安で仕方がない、といった様子だ。
「私? 迎え入れたときからずっと変わらない。私の大切な家族の一人よ♪」
「……ほん、と……うに、です、か? ボクに、何の武もない、ただの女、だったと、しても?」
「家族になるのには武才や知才が必要、なんてくだらない定義、あると思う?」
「あり、まぜん」
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、母さんに抱き付く瑪瑙。
慈愛の眼差しで、母さんは瑪瑙の背を撫でる。
ま、これで元来あらぬ溝は消え、距離も縮まっただろう。
良かった良かった。
「つか、母さん、何時からいたのさ?」
「そんなに私って恐ろしいかしら?」
だから、質問を質問で返s――あ、やべ。
「後で私の部屋に来なさい」
「……うぃーす」
後々聞けば、孫子持ってこいって言ったはずが、あんまりにも遅かったので見に来たらしい。
ちょっとだけ、ニャンニャンしているのを期待していたそうな。
……ニャンニャンって、なに?
★ ★ ★
Side 三人称
「なーんかクサイな……」
様々な書簡を並べ、陽は呟く。
成公英の死に興味を持ち、調べてみれば不可解な点が幾つかあった。
「ちょっと調べといて」
「御意」
情報が足りない、と判断した陽は、何もないところに声を掛ける。
すると、そこに静かに誰かが現れ、すぐに姿を消した。
★ ★ ★
その頃の天の御遣いはというと……。
とりあえず、フラグを乱立していたそうな。
畜生!
なんて羨まs――羨ましい!
あぁ、鳳統ちゃん、可愛いよ鳳統ちゃん。
そんな間諜の報告に、陽が頭を悩ませることなるのは言わずもがなである。
陽は語る。
「母さんの部屋に行ったら、純粋に礼を言われた。ありがとう、って。凄く意外だったよ。
あ、そうだ。あと、俺たちが羌と殺り合ってた間に、趙雲が来てたらしいよ」
と