表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/92

第十九話


進んだけども。


進んだ気がしないのはこれ如何に。



――天の御遣い。

蒼天切り裂きやって来て、乱世に平和を誘う天の使者。


噂であるので、多少言い回しは違なってくるが、大体はこんな感じの紹介のされ方だ。

そいつが、最近この大陸に遥々やって来たらしい。


俺は正直、必ずやって来るとあらかじめ予想していた。

理由として、そいつはこの大陸に於ける始まりの象徴どあり、収束の象徴でもあるから、というのが一つ。

もう一つは、俺の感覚的な確信からなる。

ひどく曖昧で、抽象的であるのに、何故か分かっていた。

本当に何故なのか分からない。


初めて天の御遣いの噂を耳にしたのは、ちょうど一月ほど前。

俺はその超絶的に胡散臭いのを、矛盾した存在奴だと思った。

微妙な均衡を保ってきたこの世を乱す不届き者。

悪政強いる馬鹿共が乱したこの世を正す道理者。

乱世へと誘う悪。

治世へと誘う善。

……実に愉快な存在だ。


さらに、その噂は――俺が関与したから、というのも否定出来ないが――大陸中に広まった。

数多の人間は実を取る。

目先の欲に囚われる。

後の影響を無視して、都合の良い方だけを選び取る。

だからこそ、動乱を幕開ける象徴を渇望する。

……笑えるね、全く。


俺が歪んでいるから、こう思った訳ではない。

てか、最初から狂ってる。

俺自身が絶対的に矛盾した存在だ、と言えるぐらいに。


何も貫けない矛と何でも通す盾。

はたしてそれらは本当に矛と盾なのかは甚だ疑問だが、このように、矛盾にも色々あり、それを誰もが持ち得ている。

だが、絶対的矛盾、というものを持ち合わせた者は、そうはいない。

何故なら、非情で異常な覚悟か、壊れた心。

所謂、狂精神。

それがなければ、必ず破綻するからだ。


殺す為に助ける。

悪を挫く為に悪に染まる。

……そういった数多くの矛盾に対して、それらを実行する冷たい覚悟。

俺自身、どうとも思わない壊れた心。

俺はどちらも兼ね備ている。


全てに於いて、揺るぎなく、圧倒的に矛盾する。

それが俺であり、絶対的矛盾、というやつだ。

それを――その絶対的矛盾を――表で繕っても、わかる人にはわかる。だからこそ、俺には好評も悪評もある。

だからこそ、狼と呼ばれるに相応しい。


「そうは思わないか、蒲公英」


「ん?」


休憩用に、と用意した三人掛けぐらいの椅子に座る蒲公英が反応する。

何時のときか考えていた"狼"たる所以は、ここにあると俺は前に結論付けていたんだが。

ま、突然ふってもわからんだろうな。


突然だが、俺と蒲公英は、俺専用の執務室にいる。

金城に来て、念願の俺専用執務室を母さんから賜った。

まぁ、書簡が膨大になったから、という泣ける理由だが。


とにかく、それができてから今に至るまでの問題(と言えるものではない)は、何故か蒲公英さんが入り浸ることです。

そして、俺の大切な動力源である糖分をぱちっていきます。

俺は甘いものは好きなのです。

三度のメシと同じぐらいです。

甘すぎるのは嫌いですが。

ほら、ベタつくじゃん?


おっと、好みの話は今はおいといて、だ。

ホントは是非ともやめて欲しいです。

ま、食べられたら、その後に、たんぽぽてめーばかやろう、と言うぐらいで済ましますがね。

俺はそんなんで怒るほど狭量ではないのだよ。


「なんでもない」


「……ふ〜ん。 あっ、これって、天の御遣い様についての報告書?」


いつの間にか接近していた蒲公英さん。

そんで、俺が手に持っていた書簡を覗きこんでいた。


「たんぽぽ、その人に興味あるんだ〜」


「そうか」


素っ気なく答えてしまった。


何故だろう。

なんだか、こう、……イライラするんだ。

別に蒲公英が誰に興味を持とうが関係ないのに。

無性に腹が立つ。

けど、単純な怒りじゃなくて、……どこか悲しい。

……訳、わかんねぇ。


「……お兄様?」


「俺は天の御遣いに何の興味も持たないね。全然、全身全霊、全体的に全面的に全般的に全部、興味がない」


別に、本当に興味がない訳じゃない。

ただ――


「天の御遣いに、これっぽっちの興味を持ってたまるか!」


――文字通り、全力で否定したくなっただけだ。

勢いよく立ち上がり、そのまま退出してしまう。

呼び止めようとする蒲公英の声を無視して。

ズキズキと痛む心を無視して。



   ★ ★ ★



Side 牡丹


「嫌われたぁ〜?」


共にいた翠が怪訝そうな声を洩らす。

確かに、普段からみれば有り得ないことのように思えるかもしれないけど。

対する蒲公英は半べそかいている。

可愛い姪っ子ね、全く。


「どうしてそう思うの?」


詳しく聞かないとわからないけど、多分陽が悪い気がするわ。



そんな感じで事の顛末を聞けば、……フフッ♪

陽ったらずいぶん人間らしくなったじゃないの。

いや、戻った、が正確かしら?


「……母上」


「えぇ。全てに於いて、あの馬鹿息子が悪いわ♪」


「……ホントに? でもお兄様、すっごい怒ってたよ」


愛しい馬鹿息子は今頃、自分の馴れない感情をもて余しているはず。

本当に、可愛い馬鹿息子。


「大丈夫大丈夫。このおばさんに任せときなさい♪」


大きく張った胸を、さらに張ってみせる。

フフッ……まだまだ衰えていないわね♪


「陽兄なら中庭にいたわ。……頑張ってね、おばさん(笑)」


「茜……。くぅ〜!」


いっ、いつの間に入って来たのかしらっ!

茜と藍が後ろにいたわ。

いい加減やめてもらいたいけど、おばさん、と自分で言ってしまっただけに、今回は否定できない。

……全く、どこから聞き付けているのか、分かったもんじゃないわ。


まぁでも――


「ごめんなさい!」


「だから藍、謝らなくていいんだってば!」


――大人で子供のあの馬鹿息子に比べたら、可愛いものよ。


「あっ! ちょっ、……ぅ~」


「へへっ♪」


二人を撫でる。

振り払わないだけ、茜も私を受け入れてくれている。

藍は言わずもがな、よ。

年相応に頬を膨らます茜が、無性に可愛い。

くすぐったそうに目を細める藍も、可愛い。

二人はすでに私の娘と息子。

私の大事で大切で大好きな家族の一員。


……アンタが教えてくれた、家族という大切な存在。

その家族のみんなを紹介してやりたかったのに、どうして先に逝っちまったんだよ?


「……おば、さん?」


いけないいけない。

心配そうに見上げてくれた茜に、首を軽く振ってから、微笑んでみせる。

そうすると、顔を真っ赤にして、伏せちゃった。

ホント、可愛いわ♪


……今更言ったところで、どうしようもねぇか。

待ってな。

どうせすぐにいくだろうしよ、そんときに紹介してやるから。



   ★ ★ ★



Side 三人称


「…………」


無言で剣を振るい、拳を奮う。

研ぎ澄まされた剣術と、乱れた我流の拳術。

両者が合わさって、初めて陽自身の武の完成型となる。


「やっぱ、しっくりこねぇ」


しかし、完成と言えど、まだ八割とも言える。

今、陽の持つ剣での限界の為、八割でも完成と言わざるを得ないのである。


「やっぱり陽のって、不思議な武よね〜」


「いつからそこに?」


陽は後ろを振り向きながら問うた。


「最初から、しっくりこねぇ、までバッチリよ♪」


「堕ちたな、俺も……」


サムズアップする牡丹に、ガックリ、といわんばかりに陽は肩を落とした。


「それは違うわ。自己嫌悪を振り払うので一杯だったんでしょう?」


「へぇ……聞いたんだ」


「そこは驚きなさいよ〜。つまんないじゃないの」


今度は、牡丹が肩を落とす。

おどけたように、だが。


「……別に、アンタの面白いことに付き合う気は――「陽!」――っっ!!」


怒りの形相で、牡丹は陽の名を呼び掛ける。

それにはっ、となる陽。


「……ごめん、母さん。イラついてた」


「分かればいいのよ、分かれば。……ほら、おいで」


罰が悪そうに、陽は余所に目を背ける。

それに対して牡丹は、その場の芝生に正座して、自らの腿を叩いて陽を誘う。

膝枕をしようというのである。


「いや、それは流石に恥ず――「陽?」――わかったよ。わかりましたよ!」


「そうそう。物分かりの良い子は好きよ」


「ったく、……しょうがねぇ」


そう悪態を吐いて、牡丹に頭を預ける陽。

なんだかんだ言いつつも、結局陽が折れるのが、いつも構図である。


「陽って、ホント、分かんない子ね」


「あん?」


「無表情で分かりにくい時もあれば、今みたいに他人行儀をしたりして、驚くほど分かりやすかったり、ね」


と、陽を撫でながら言葉を続ける牡丹。

振り払わない辺り、陽も満更ではないのかもしれない。


「馬鹿にしてんの?」


「うぅん、褒めてるの」


「ホントかよ」


「本当よ」


「なんかハズイな」


「可愛いわ」


「それを言ったら母さんも」


「あら、ありがと」


「いえいえ、お世辞ですから」


「むっ……可愛くない」


「それを言ったら母さ――「怒るわよ?」――サーセンした」


「……フフッ」「……ハハッ」

罵倒でも賞賛でもない言葉の応酬。

テンポよく軽口を叩きあう。

似ているからこそ出来る会話である。

二人は自然と笑っていた。


「ねぇ、陽……自己嫌悪に陥る必要はないわ。そのイライラは、アナタが成長している証拠なんだもの」


勿論、蒲公英には謝って貰うけど、と牡丹は続けて言う。


「あぁ、わかってる。ちゃんと謝るよ。……でも、このイライラってなんなのさ?」


陽は知りたかった。

自分の知らない感情を。

突然に支配された理由を。


「それは嫉妬よ」


「しっ……と?」


「そう、嫉妬。人間の醜くて、私に言わせれば、かけがえのない感情よ」


牡丹は優しい手付きで陽の頭を撫でる。

ただひたすらに慈愛を込めて。


「醜くて、かけがえのない? ……よく分からん」


「直に分かるわ。私の息子で、似た存在なのだから」


満面の笑みを浮かべる牡丹。

その笑顔に、綺麗だ、と陽は思った。



   ★ ★ ★



陽が、牡丹の下から蒲公英のところに向かった後。


「嫉妬、か。……随分と久しい感情だとは思わない?」


辺りには誰も居らず、他から見れば、虚空に質問を投げかけたように見えることだろう。


「なんじゃ、気付いておったのか」


しかしながら、ここにはもう一人いた。

小陰から出てくる薊。


「あ、ホントにいたんだ」


「気付いておった癖によく言う」


「フフッ♪ さ〜てね」


肩を竦める薊。

そんな様子に笑みを溢す牡丹。


「嫉妬……ふむ。確かに久しい。じゃが、……儂の"アンタ"に対する嫉妬は、計り知れないものであったのを――「覚えてる」――む」


「私にも"テメェ"に対する嫉妬があったもの」


今となっては全部大切な時間よ、と牡丹は笑う。


「ハァ……気勢を削がれた気分じゃ」


もう一度肩を竦める薊。

しかし、その顔は笑顔だった。


「さて、義姉上。書簡どもが待ちくたびれていますぞ」


「……いやよっ!」


勢いよく立ち上がる牡丹。


「駄々を捏ねるでない! それでも儂の義姉かっ!」


「やあっ……ダメ……こっ、こないで」


ズンズン、といわんばかりに歩を進める薊。

半泣き顔を作って、それに合わせるように後退りながら、牡丹は言う。


「何故か儂が強引に迫っているようにに聞こえるのじゃが……」


「事実じゃない」


キョトンとする牡丹。

その隙を薊は見逃さなかった。


「ふっ、もう逃げられませぬぞ、義姉上殿?」


「くっ! お母さん、はーなーしーてーよー!」


「子供か! そして、儂はお主の母親でないわ!」


服の後ろの襟をヒシッ、っと薊は掴む。

逃げられない牡丹は、ジタバタと幼児退行をする。

果たして、一体どちらが姉なのだろうか。


「ふぅ。ねぇ、薊。あなたに言っておかなきゃならないことがあるの」


「なんじゃ? 急にしおらしくなりおって」


いきなりキリッとして真剣味を帯びた話し方に、薊は少し戸惑ったが、そのまま――襟を掴んだまま――聞くことにした。


「あのね、私、政務をすればするほど寿命が縮む病気なの!」


…………。

もう少し、マシな嘘は吐けないのだろうか。


「はい、連行〜。いくぞ」


「ああん、ホントなのにぃ!」


牡丹の悲痛な叫びは、城内に轟いた。

が、薊が怖いので、全員スルーするのであった。


「あれ、私、太守じゃなかったかしら? 何故かしら? ……目から汗が止まらないわ」



   ★ ★ ★



一方、天の御遣いはというと……。


初戦(はついくさ)なう」


無事、公孫賛軍に将として組み入れて貰った四人。

天の御遣いこと北郷一刀の初めての戦である、黄巾党との初戦(しょせん)も終局を迎えていた。


「うっぷ……ヤバい、吐く」


おろ゛ろ゛ろ゛ろ゛

と、いわんばかりに勢いよく、胃の中のモノを吐き出す一刀。


「ちょ、御遣い様吐かな――」


おろ゛ろ゛ろ゛ろ゛

と、衛兵Aはもらい吐きをしてしまう。


「そう言いつつ、お前まで吐いて――」


おろ゛ろ゛ろ゛ろ゛

と、一刀と衛兵Aの吐瀉物の量に、もらってしまう衛兵B。


この負の連鎖により、一刀と劉備、その二人を守護する衛兵達の中で、劉備一人だけが吐かないという、なんともシュールな光景ができあがっていた。


「あっ、あれー? 私も吐いた方がいいの、かな?」





陽は語る。


「嫉妬……今なら母さんの言ってた意味が十分に分かるよ。関羽見てたら、なぁ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ