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第十七話


進まない。

全く進まない。



寝台の上で身をよじり、幸せそうに眠る美少女が一人。

ふと、窓から溢れる光に目を覚ます。


「あれ、ここは……?」


寝台から身体を起こし、起き抜けのぼやけた眼を擦りながら、またか、と一言。

もう何十回にもなるであろう疑問が、頭を廻る。

曰く、なんで起きるところが、たまにお兄様の部屋なのか、と。


自室で寝た記憶はきちんとあるのに、何故か3/7の確率で兄の寝台で起床している

疑問で疑問で仕方がなかった。

それでも、最愛の兄の寝台で起きることに悪い気はしない、というかむしろ嬉しいので、美少女こと蒲公英はこれ以上考えることを止めていた。

……実を言えば、深夜遅くに用を足した後、引き寄せられるかのように兄、すなわち陽の部屋に潜り込んでいるのだが、その記憶がごっそり抜けている蒲公英なのであった。


「……お兄様?」


辺りを見回しても、この部屋の主がいない。

蒲公英が起きるまでの間、必ず部屋に、傍にいる筈なのだが、今日はいない。

一抹の不安と寂しさを感じた蒲公英は、急ぎ部屋を出て、探すことにした。



   ★ ★ ★



「陽? ……見てないわ」


蒲公英は、最初に伯母の牡丹に会いに来ていた。


「あかね〜、ら〜ん〜!」


「なんですか、おばさん」


牡丹の呼ぶ声に反応した、茜こと馬休。


「おばさん言うなぁ! いい加減、お母さんと呼んでちょうだいな♪」


「い、や、よ! だいたい、蒲公英お姉ちゃんだって、伯母上様って言ってるし」


「言ってる意味が違うじゃない……。 ら〜ん〜、茜がいじめてくるよぅ〜(泣)」


助けを求めるかのように、牡丹は藍こと馬鉄に泣きつく。


「おばちゃん、ごめんなさい! お姉ちゃんに悪気はないと思うんです!」


「藍よ、お前もか!」


頼みの藍にさえ裏切られる形になった牡丹は、さも絶望の淵に立たされたかのような顔をする。

ころころと代わる表情は、もはや顔芸の域にまで達していた。

蒲公英は黙ってその場を離れることにする。

正直に言えば、蒲公英は茜と藍にも聞きたかった。

しかし、茜と藍が家族になってからというものの、牡丹と茜の二人の漫才(?)が尽きることはなく。

諦める他ないのである。

結局のところ、収穫なしだった。



「もう依存の域ね」


蒲公英が部屋から出て行った後、牡丹はぽつり、と一言溢す。


「何が? おばさん♪」


「……それ、言いたいだけでしょう?」


牡丹は平静を装い、にこやかに青筋をたてる。


「うん」


が、茜の即答にプチッ、と音をたてる。


「キャーっ、おばさんが怒ったぁ! 藍、逃げるよ!」


「ごっ、ごめんなさい〜!」


逃げる茜とその手に引かれ、共に逃げる藍。


「ふぅ。陽……早く帰ってこないかしら!」


流石に幼い二人にブチギレる程愚かではないものの。

腹いせに、怒りをすべて陽に還元させる腹積もりでいる牡丹であった。



   ★ ★ ★



「陽? ……牡丹のところにおらんのか?」


グビッ、と酒を飲む薊。


「伯母上様も知らないって」


「そうか。ならば知らん」


「そっかぁ〜……。それはそうと、そんなに飲んでたら、またお兄様に怒られるよ?」


「気付けじゃ、気付け! 他意はないぞ!」


そう言い、目を明後日の方向に向ける。

明らかに誤魔化していた。


薊にとって、酒の飲み過ぎで怒られるのは恐くはあるが、懐かしい思いの方が上である。

だからこそやめられなかった。


結局、またしても空振りという結果に終わった。

蒲公英は、この時点で気付くべきだった、と後悔することになるのは余談である。



   ★ ★ ★



「今日こそ500勝目、貰うよ」


「いーや、今日はあたしが300勝目を貰う番だぜ!」


「……始め!」


どんだけやってんの……、と蒲公英は内心思う。

しかしながら、近くで開始の合図をした山百合が言うには、これが通算千戦目、とのこと。

それを聞いた蒲公英は苦笑することしか出来なかった。


繰り広げられるは互角の闘い。

攻守が幾度となく入れ代わり、せめぎあう。

剣戟が、まるで奏でているかのように響いたと思えば、静寂が辺りを包む。

どちらも、あと一歩というところで決まらない。

互いに牽制し、最後までは攻め込ませない。


何十、何百合打ち合っただろうか。

双方とも、肩で息をする。

自らの身体状態から、あと一撃、と二人は判断する。

そして――、


「しゃおらぁぁぁぁあ!!」


「せいやあぁぁぁぁあ!!」


――ピタリ、と手が止まった。

一方の穂先は心臓の前に。

もう一方の穂先は首筋に。


「あーあ、また引き分けかよ」


「…………」


悔しがるは、馬超こと翠。

対して閻行こと瑪瑙は終始無言だった。

どんどん自分との差が縮まりつつあることに、焦りを感じていたのだ。


蒲公英は、ただただ凄いと思っていた。

その凄い二人にたまに勝つお兄様も大概だ、ともひそかに思いながら。




「何を寝ぼけているか知らないけど、アイツ、まだ帰ってきてないじゃん」


呆れ口調の瑪瑙。


「……今は天水辺りと報告がありましたね」


普段と変わらない口調の山百合。


「なんだよ蒲公英、……陽にご執心か?」


からかい口調の翠。


「っ!? 翠お姉さま、そんなこと言って……、皆だってそうじゃないの?」


ニタニタと笑う翠にちょっと怒った蒲公英は、合いの手を入れる。


「「「…………」」」


その言葉には、三人共図星だったようだ。

それぞれ意味合いは違うが、陽のことを考えていたのは確かだった。


寝ぼけていたたんぽぽも悪いけど、伯母上様たちも教えてくれればいいのに……、と思う蒲公英であった。



   ★ ★ ★



一方、その頃の陽はというと……。



Side 陽


ポクポクと黒兎の蹄を鳴らしながら歩を進める。

洛陽〜隴西間の長い道程も、あと半分ほどだ。

……うん。

ひっじょ〜に疲れた。

そら歩きよりは楽だけど、乗ってるだけでも辛いんだよね。


「あ〜、ケツ痛ぇ」


それに反応した黒兎がぶるっ、と黒兎が啼く。

すまん、と謝られてもなぁ。

どうあっても避けられないことだから、黒兎は悪くないし。

大丈夫だ、と首を叩いておく。


さ、ちゃっちゃと帰りますか。

早いとこ、熟睡したいし。

外だと、自然と気張っちゃうから、深く寝れないんだよ。


「帰ったら俺、熟睡するんだ……」


……このとき、洛陽からの帰路がまさか、黄泉へと誘う道になっているとは、俺は微塵も思っていなかった。



前を見れば街が見えた。

あれが天水かー。

別になんてことはないが。


よく見ればおぼろげながら、城門前に人が立っているのが見えた。

なんか嫌な予感がするなー、と思って、眼帯を外して左目で見れば、やっぱりだ。

知った顔の奴がいた。


「……うわぁ、なんかめんどくさそうだなぁ」


自分の撒いた種を回収するんだから、そうも言ってられないんだけどな。

急ぎ、黒兎を走らせることにした。



   ★ ★ ★



「この辺りに巣食う賊共の所在がわかりました」


「ご苦労。 ……それで?」


「……街外れの小屋に」


「案内、頼めるか?」


「御意に」


徒歩でもそう時間はかからない街の外れに、寂れた廃小屋があった。

そこに、俺の手のひらで滑稽に踊ってくれた奴がいるらしい。

……くっくっく。

おっと、いかん。

黒い笑いが出てしまった。

それでも最高に似合ってしまうのが、さすが俺。


……いや、冗談だぞ?

似合っても嬉しくはないだろ、そんな笑み。



「やぁ! 元気にしてたか? この二週間を十分に謳歌したか? 生きた心地はしたか?」


「まっ、待ってくれ!」


無駄に調子よく話す。

口角を上げ、笑顔を作る。

相手は縛られ、転げている。

何故に亀甲縛り、とは思ったが、隣にいる部下の趣味と勝手に解釈しておく。

何を待つっていうの?


「キミのおかげで、被害が最小限に抑えられそうだ。キミは救世主だ。ほら、キミは治安維持に貢献したんだぜ。もっと喜ぶべきさ」


「全部吐いたんだ! 助けてくれるんじゃないのか!?」


大袈裟に腕を広げる。

薄い笑みを作りながらも、目を細める。

吐いた?

確かに、洗いざらい吐いてくれたねぇ。

助ける?

自身の存在により、周りを無差別に巻き込む蟻地獄から、いつでも死と隣り合わせの生き地獄から、解放してやろうとしているんだ。

それは助ける、という行為だとは思わないのか?


「本当に感謝する、ありがとう。 ……そして、さようなら。キミは実に無能な人間だ」


「待っ……ぁぐ……」


腰に刺さっている剣で、心臓を刺す。

首を斬ると、血飛沫の飛距離が半端ないんだよ。

それが服に付いたりして、街に戻れなくなるのは流石に嫌だから、まぁ刺殺ってことで。


「…………」


「……そこまでしなくても、みたいな顔すんなよ。仕方のないことだと理解しろ。ここで温情をかけても、仇でしか返ってこないのがこの乱世の常。だったら、その業を噛み砕くは狼の仕事ってね」


隣の釈然としていない部下に、薄く笑ってみせる。

我ながら、なんてキザったらしい言葉だよ。

言ってる自分が恥ずかしくなってくるぜ。


「巷でも有名だろ? 俺に敵として目をつけられた奴の運命は、その時点で死の一択のみ、とか、左目は絶望の始まり、って」


裏の世界で、俺は有名どころの騒ぎじゃない。

裏に精通してる表の奴ら、表に出てきた裏の奴らを、片っ端から殺してるからなー。

……流石に裏の奥までは踏み込んだりはしないが。

とりあえず、どうせ用意できないだろう賞金すらかかってるらしい。

はた迷惑なことだ。


「ま、嫌ならいつ辞めてくれてもいい。給金分の仕事をしてくれれば、な。ただ、横流しすれば、……わかっているな?」


「……裏切りなど、あり得ません。私だけでなく、皆、馬白様に忠誠を誓っていますから」


嬉しいことを言ってくれる。


「じゃあ、最後、頼む」


俺の名入りの書簡を二つ認め(したため)、黒地に白で狼と書かれた小さめの旗と共に渡す。

なんだかんだ、簡単な用意――携帯出来る筆とか、無記の竹簡とか――をしといて良かった。


「はっ! お任せを」


そそくさと出ていく。

まずは、甘味処に向かうことだろう。


「さて、帰るか」


天水で休もうかとちょっと悩んだけど、やめだ。

天水太守の董卓ちゃんと顔合わせするという展開になったら――好い子らしいけど――面倒だし、今はそんな気分でもないからね。


……さぁ黒兎、行くか。

ぶるっ!



   ★ ★ ★



Side 三人称


「まさか軍資金の三割まで工面してくれるなんて……流石は天狼といったところね。 それに……」


書簡の内容に、驚きを隠せない、天水太守の軍師。

賊の所在地、その人数、そしてお金。

書かれている全てに、自分との格の違いを見せつけられているような気分にすらなっていた。


「馬白さん、だったっけ。……会ってみたいなぁ」


「ダメよ月! (……董卓軍の軍師は僕だけなんだから)」


「大丈夫だよ、詠ちゃん。私の軍師は詠ちゃんだけだから」


「……ゆ〜え〜」


自信を無くしかけていた詠こと賈駆に、励ましと事実を伝える月こと董卓。

どちらにとっても欠けてはならない存在、と認識するほどに、二人は深い絆で結ばれていた。


「誰かある!」


「はっ!」


「三日後にここを出立する! 軍の再編等の指示があるまで待機。各々で鋭気を養うように、と伝えて頂戴」


「御意!」


陽からの書簡には、明日に、張譲配下である呂布、張遼が来る、と記してあった。

その通りに来れば、二人を組み込んでもよし。

来なければ、それはそれでよし。

どちらにも対応できるように、三日設けたのであった。



次の日に、二人が来たのは言うまでもないことである。





陽は語る。


「いやぁ……今考えると、すげぇ立場にいたんだな、俺って」




「あ? んだよ、呼ばれたから来てみれば、誰もいねぇし。

これは……カンペか? これを読めってか?

そんなんであとがきに呼ぶなよ、ドカス作者。

えー、『次から原作に突入させます! 少々強引にでも!』

原作ってなんだよ!

大体、初めてあとがきぐらい、大切に使いやがれっ!」









すいません。

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