第十六話
そういえば。
翠と蒲公英以外で初の恋姫キャラとの絡みだー。
狼とは、元来神聖な動物である。
実際、日本語のこの"狼"というのも"大神"が語源だ。
狛犬などのモチーフとなっていることも、それを証明する一つになるだろう。
主に農業が盛んであった地域の人々にとって、天敵といえる草食動物たちを喰らってくれる狼はありがたいものだった。
しかし、牧畜が主である地域の人々にとっては、狼が天敵だった。
さらに、中世ヨーロッパ時代に語られた人狼伝説、流行り病の狂犬病などにより、狼=悪、というイメージがついた。
例として、赤頭巾の童話を思い浮かべると分かりやすいことだろう。
……と、狼は一方で好かれ、他方では嫌われ、といった両極を併せもつ存在なのだ。
狼は、幼体や老体、病弱なものといった、弱い個体を喰らう動物である。
それは、狼、というイメージからは想像のつかないだろう臆病な気性からきていた。
それゆえ、(一夫一妻制が基本であるため)雌雄対の20匹ほどで一つの群れを形成する。
さらに、臆病とは相反するような語の、一匹狼、というのは、成長した狼が群れを離れ、配偶者を見つける間の状態をいうのであり、あまり格好良い意味を持っていない。
縄張りは100~1000kmと広い。
つまり、何が言いたいのか。
それは……、
「……完全に皮肉られてね?」
……西涼の天"狼"として名高くなった自分を、陽は考えているのである。
前述したことをすべて知っている、という訳ではないが、両方を併せ持っていることだけは、陽も知っている。
皮肉にも狼と自分に、被っている部分があることもわかっている。
だからこそ解せなかった。
西涼の皆が、天狼、と自分を称賛する理由がわからなかった。
確かに誇り高い、というイメージも持っている。
しかし、それでは足りない。
西涼(と言うより、華北のほとんど)は小麦や酪農が盛んである。
だから、本来、狼は嫌われる立場にいるはずなのだ。
★ ★ ★
Side 陽
片膝をつき、右手で左の拳を覆い、仰々しく頭を垂れてやる。
左右にはズラリと人が並び、正面奥には何段も上の椅子に腰かける者、すなわち漢の皇帝、劉宏がそこにいた。
「天子様の命により参上つかまつりました、隴西太守馬騰が代理、馬白にございます」
「代理、だと! 貴様、何様のつもりだ!」
うるせぇな。
今から説明すんだろーが。
「最近は五胡の動きが激しくなっております。当初は太守である馬騰が赴く予定でございましたが、くしくも、羌国が大軍を率いて攻め込む、との報告がありまして。封ぜられた土地を抜かれては天子様に合わせる顔が無い。しかしながら、天子様直々のご命令に背くなど、もっての他。……ですから、若輩ながら馬騰が軍師であり、側近を勤めさせて頂いている、私が参上した次第にございます。……何進様、天子様、どうかご無礼をお許し下さい」
「だがしかし、蛮族者など、部下に任せておけば――」
「何進、もうよい」
「りゅっ、劉宏様! ……御意」
面倒くさい野郎だな、あの何進ってやつ。
そんなことはおいといて。
皇帝からの命により、俺は遠路遥々、洛陽にやってきていた。
因みに、羌が攻めてきたから俺が来た、というのは真っ赤な嘘だ。
母さんが、行くのヤダ、めんどくさいんだもん、と駄々をこねたので、仕方なく代理で来ている。
仕方なく、だ(←ここ重要)。
「して、貴様は馬白といったな?」
「御意に」
「では、天狼と称されているのも貴様だな? 張譲から聞いている」
「……御意に」
よく知ってんなー。
グズの癖に。
「一介の将が、天を冠している……。そのような者が、よくも帝の前に姿を現せたものだ」
「張譲……」
張譲を睨む何進。
悠然とする張譲。
二人の絶えない(らしい)争いの中、今回の軍配は張譲にあがったっぽい。
別に興味ないけど。
ただ、こんなとこでやらんで欲しいな。
うざいから。
えっと、だ。
なんで直々に二つ名のことを聞かれたのかというと。
皇帝を象徴する"天"を冠することはあってはならないらしいんだよ。
んなこと知ったことじゃねぇよ、馬鹿。
すっげぇどーでもいいしな。
つか、張譲のドヤ顔パネェ。
「弁明はしないのか?」
「……いえ、私に発言権を頂ければすぐにでも」
まぁ、反逆者やー、って攻められ、家族に迷惑がかかってもあれなんで、取り繕うけどね。
「ならば、申してみよ」
「はっ」
眼鏡の真ん中の橋をクイッ、と押し上げる。
仕事中の射抜くような目が怖い、と皆が言うので、家族の時間との以外は掛けることにしているメガネ。
なんであんのかは知らん。
形は四角の縁なし。
似合ってるんだってさ。
……まぁ、左目眼帯着用の上に眼鏡て、どうかとは思んだけどねー。
「……まず、五胡の国々では、作物が育たない環境ばかりでありますので、放牧や酪農などでしか、日々の糧を獲られません――」
「ふん! それに何の関係がある!」
何進が反応する。
話の途中に割って入ってくるの好きだなおい。
黙ってろよな。
うぜぇから。
そう思ってても、口に出さず、華麗に流しますけどねー。
「――狼は、主に草を食べる動物を喰らいます。ですから、五胡の人々にとって、家畜を喰らう狼は天敵なのです」
「そうか……。貴様は蛮族相手にもひけをとっていないと聞く。それは本当らしい」
説明を終えると張譲が反応した。
お前、なんで反応したよ。
ち○こないくせにイキがってんじゃねぇよ。
お前も黙ってろよな。
うぜぇから。
と内心思うけど、またも流し、てか無視で。
「この漢において、天とは天子様を表し、五胡にとって、狼とは敵を表します。天狼とは、天に仕えし狼、すなわち天子様に仕えし敵対者、という意味にございます」
「ふん! 自ら劉宏様に仕えているとの発言……先ほどから何様のつもりだッ!」
「この大陸でも家畜は飼われている。……それすなわち、貴様の牙をこちらに向けることを意味するのではないか?」
ホントうるさい野郎だよ、このおっさん共。
少しだけ何進の方へ身体を向けて、話すことにする。
「一介の将が、とんだご無礼を……。しかしながら、この身、この武、この知能、全て天より授かりしものであり、これを天子様に捧ぐは世の理。……すなわち、全ての人々が天子様の為に在り、天子様に仕えているとは言えないでしょうか?」
「…………ふんっ」
何進は言葉につまったのか、何も言わなかった。
ま、全部口先だけのでまかせですけどね。
さて、次だ。
こいつもうるさいけど、論点はズレてないからましだ。
張譲の方へ身体を向けて、話し始める。
「確かにこの大陸でも家畜の飼育は盛んです。しかし、いくら家畜といえど、狼は相手を選びます。狼は存外に臆病な動物にございます……天子様"自ら任命された屈強で素晴らしく優秀な方々"に守られては、手足はおろか、牙さえとどきませんし、たてつこうとする勇気すらも起こらないのです。よって、この"天子様が治める、この素晴らしき強国"、漢に牙を剥くことなど、あり得ないことです。私が喰うのは、天子様にたてつく知恵のない獣共のみにございます」
「だがっ――」
適当なこと言って言い逃れようとする。
反論しようとした張譲だったが、それを予想外にも皇帝サマが遮った。
「もうよい、何進、張譲。貴様が馬騰と同じように、忠義の将だと良くわかった。……ハッハッハッ! 今日は気分が良い……貴様の二つ名の件、許そう」
「有り難き幸せにございます」
一度頭を下げる。
見れば途端に、何進と張譲は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
皇帝のおバカさんが、ただの異名にしても、一介の将が"天"という字を使うことを許した。
さらに、その許可は皇帝自らの言葉だったから、覆すことの出来ないものとなってしまった。
大方、この二つのせいだろう。
褒められて嬉しくない奴はいないだろう。
能力が足りてない、と知りつつも、俺に言わせれば皇帝としての下らない誇りがあり、どこかで自分を信じている。
そこを突き、クズ共を任じたことと、今にも動乱が起こりそうなこの恐国を治めていることについて皇帝サマを褒めた。
それに気分良くし、罪を流した。
……皇帝サマが阿呆で良かった。
……本当にバカで。
……こんなカスのせいで、大陸は不安定だ。
……このクズが派遣した阿呆どもが、無駄な財を集め、さらには才を無駄にしている。
「「…………っ!?」」
おっと、いかんいかん。
下らない奴にキレても仕方ないことだ。
余計な敵を作っても面倒だし。
反応した張譲の後ろに侍っている二人。
露出度高いな。
いや、それはおいといて。
赤髪の方はマジにヤバいからな。
でも、結構人がいる玉座で、反応できたのが二人だけとか。
しかし、あの赤髪は蛮族と言われても怒らないのかね?
「……劉宏様」
「おお、そうであった。何進、頼む」
「はっ! 隴西太守馬騰に告ぐ! 貴殿は本日を以て西涼太守に任命する! 拠点を金城とし、今まで以上に励むように! 戦功を期待する!」
「はっ。謹んでお受け致します。最西の地より、天子様のご意向にそえる戦果、果たしてみせましょう」
何進の前に出て、書き記された紙と、西涼太守の証である印を受け取る。
戻って、また同じように膝を付き、左の拳を右手で包み、深く礼をする。
はぁ、これでやっと終わったぜ……。
何進は激情に、張譲はあくまで冷静に。
終始陽に対し、対称的な態度だった。
この違いが、後の熾烈なトップ争いの結果を生むことになる。
★ ★ ★
「張遼、呂布、貴様らは董卓の下に行け」
「こらまた、唐突で」
「文句があるか」
「……いーえ、ありません」
「ならば行け。すぐにここを離れ、長安に行き、荷物を纏め次第、天水へと向かえ」
「……御意」
張遼は、いかにも不機嫌そうな顔をして退出する。
問うたところで理由を話す人ではないので、自ら聞くことはしない。
どうせアイツのことだろうとは予想はついている。
そうでなければ、わざわざ長安から呼びはしないだろうと内心思っていた。
ただ、一緒にいた者、すなわち呂布は、ずっと首を傾げているのには苦笑した。
★ ★ ★
ちょっと城内の廊下をさ迷い歩いている。
いわゆる迷子ですが何か?
そしたら……、
「む」
「……あ」
「げ」
……むっつり張遼、無表情呂布が現れた。
いやー、このエンカウントはまずいなー。
片方は中ボス、もう片方はラスボス級とかどんだけ。
しかも、一人キレ気味。
ヤバくね?
「これはこれは、張遼殿に呂布殿。お二方の武勇、辺境の地にまで届いております。いやあ、そんなお二人に会えて、光栄にございますよ」
だいぶ焦ってるようで、自分で何を考えているかさっぱりだ。
ま、当たり障りのない挨拶(?)をしてはおきましたが。
「白々しいやっちゃなぁ……。そんな棒読みな台詞、あるかいな」
「……お前の方が凄い」
今までの怒りはどこに(?)と思うほど、豪快に笑う張遼。
少しだけ口角をあげる呂布。
「六割方嬉しいですよ。張譲様の部下としてでなければ、八割ぐらいかもしれませんがねぇ。あと、お二方に比べれば大したことありませんよー」
「……正直やなぁ。まぁ、ウチかて普通のときに会いたかったわ。……あんときの殺気、尋常やなかったからなぁ。あれ見て、しがらみなく殺り合いたい、と思うんわ、武人としての性ちゅーもんやで?」
苦笑いからの獰猛な笑み。
いやー、あの場で――目の前にいる二人の前で――殺気を洩らしたのは不味ったなぁ。
「今後普通に会っても、絶対殺り合いませんけどね」
「……恋ともやる」
「ちょ、話、聞いてました?」
「……(コク)。でもやる」
でもじゃねぇんだよ。
こっちは死活問題なんだよ、あんたらと闘うことがさぁ。
「……まぁ、機会があれば」
犬やら猫とかの見上げる視線、わかるだろ?
そんな動物のような上目遣いに根負けしましたが何か?
「……約束」
「ウチも忘れんといてやー」
「……ハァ、わかりましたよ。ですが、絶対そんな機会、作ってあげませんから」
是非とも願い下げたい約束をしてしまったのだよ?
ため息ぐらい良いじゃないか。
「……恋」
「は?」
「多分、約束の証っちゅーことやろ。ウチは霞って呼んでや」
コクコクと頷く呂布さん。
便乗して真名を預けてくる張遼さん。
コイツらアホだろ。
そんな簡単に預けてどうすんだよ。
もっと大切にしなさい。
いや、まてよ。
逆に、真名を交換することで、約束の価値を上げてるのか?
ふっ、なかなかやるな……。
……嫌ぁ!
「……ハァ。私は陽です」
俺が項垂れると、張遼は笑い、呂布は不思議そうに首を傾げる。
終始そんな感じの他愛ない会話をして別れた。
★ ★ ★
Side 三人称
「……どう思う、恋ちん」
「……多分、いいひと」
いつもではあり得ない曖昧な答えに、怪訝そうな顔をする張遼。
「……弱い、けど、強い。怖い、けど、優しい人」
「どっちも矛盾しとるやん」
いつにない饒舌さで、相反する二つを並べる呂布。
呂布の言うことは、ほぼ当たることを知っている張遼は、さらに陽を不審がる。
「……霞は?」
「ウチ? せやなぁ……よーわからん、ってのが一番やな。ただ、嫌いではない奴やけどな」
張遼は、陽に対して元から興味はあった。
涼州連合筆頭であり、太守である馬騰の軍師。
西涼の人々にとっては天狼であり、賊にとっては死神。
軍師でありながら、武にも心得がある。
興味が湧かない訳がなかった。
そして、見た結果。
玉座の中で、出来る奴、と。
会話の中で、おもろい奴、と判断したものの、率直に言えばわからない。
それは呂布も同じだった。
……だからこそ、張譲があそこまで気にする理由が解せなかった。
陽を、牡丹を、そして、西涼勢全体を。
陽は語る。
「思えばあの日は、いろんなことで綱渡りだったなぁ……。流石に恋ちゃんと霞との約束は泣けた」
と