第十四話
一限があると、ペースがホントに乱れる。
そんな訳で、また遅れたぜ!
「ふっ、やっ、たぁ!」
「……まだまだですね」
三連撃をいとも簡単に避け、いなし、そして弾く。
そして、流れるような反撃をする。
「わっ!? あっぶな〜……。だったら、もっと手加減してくれたってぇ〜」
「……良いのですか?手加減しても」
「うぅ〜……やっぱ、ダメ!」
「……左様ですか」
片方は、笑顔を僅かに溢すも、また直ぐに真剣な面持ちをして対峙する。
もう一方は、いつになく真剣な顔をして槍を構えていた。
前者は山百合、後者は蒲公英である。
何故二人が――というより蒲公英が――鍛練しているか。
それは、蒲公英自ら山百合に願い出たからだ。
曰く、強くなりたい、と。
先日の賊討伐戦は、牡丹によって無理矢理組み込まれたものであったので、山百合はその分の休暇を得ていた。
正直暇をもて余していたところに蒲公英が教えを乞うてきたので、快く引き受けたのだった。
「……少し休憩にしましょう」
鍛練用の、槍に見立てた棒を杖代わりにしてなんとか立っている蒲公英に声を掛ける。
「……うぅ、疲れたぁ」
その場に座り込む蒲公英。
鋭い一撃ばかりで気を抜くことができないので、その分短い時間でも疲れるのだ。
「……何故今、強くなりたいのです?」
特に焦る必要はないでしょう?
と、山百合は思い、些か唐突に蒲公英に問うた。
確かに、この今にも乱れそうな不穏な世界で確実とはいかずとも、高い確率で生き残る為には、それなりの腕が必要だ。
しかし、蒲公英は既に、訓練された一兵卒を凌ぐほどの実力をもっている。
焦らず、むしろ時間を十分に掛ければ将になれるだろう、と山百合に思わせるほどの資質はあった。
時間を掛けずとも、――今回の様に――質を上げればなんとかならないでもないが、時間を掛けるにこしたことはない。
だから、何故強くなりたいのか。
山百合は理由が聞きたかった。
「……お兄様には内緒だよ?」
指を唇に当ててジェスチャーする蒲公英にコクリ、と山百合は頷く。
「ホントはね、あのとき、すっごく怖かったの」
(……あのとき、とは……?)
と、山百合は思考する。
「お兄様がお兄様じゃない様に見えて、怖かった」
(……あのとき、ですか)
話し始めてからずっと伏し目がちな様子と、ポツリポツリと小さく呟く様子に、山百合は解釈する。
あのとき、とは、陽が初陣から帰ってきたときのことだ。
確かに、戦中、後の陽君は別人の様だったなと、山百合は思い返す。
「目も、いつも以上に鋭くて……。でもね!」
「……でも?」
「どこか悲しそうで、辛そうだった。泣いてる様にも見えたんだ……」
「…………」
いつも明るく、元気な蒲公英が陰りをみせる。
浴びた血が陽自身の血涙に見えていた山百合は、無言で頷いた。
「だからね、お兄様の悲しさ、辛さを共有したい、共感したいって思った……、んだけど」
「……だけど?」
それだけの意志だけで今は十分だと思うが、まだあるのか、という疑問に、思わず言葉を復唱する山百合。
「たんぽぽはまだ子供だから、戦にはいけない。けど、あと少しも経てば、戦場に立つ日がやってくるのは分かってる。だからね、そんな時にお兄様の足を引っ張りたくない……むしろ支えてあげたい、助けてあげたい、って思ったの!」
「……! 成る程」
勿論、街のみんなを守りたいって気持ちもあるけどねっ!
と続け、いつも以上の眩しい満面の笑みを浮かべる蒲公英。
好きな人の為に、と、自分の気持ちをこんなにも素直にだせるのか、ここまでのカクゴを持っているのか、と山百合は素直に感嘆する。
(……まだまだ子供だ、と思った私は見誤っていたようですね。
流石は牡丹様の姪……いえ、自らが持つモノに血統なんて関係ありませんか)
知らぬところで成長していた蒲公英を、我が子であるかのように山百合は喜んだ。
「……でしたら、すぐにでも再開しましょう」
「えぇー! もう少し、もう少しだけ休憩!」
「……強くなって、陽君を支えたいのでしょう?」
「う゛っ……。そっ、それは反則だよ〜」
蒲公英は、やっぱり話さなければよかったかなぁ……、と項垂れながらも立ち上がる。
山百合はそんな蒲公英を、少しだけ、ほんの少しだけ羨ましい、と思っていた。
★ ★ ★
時を同じくして、陽は、というと……。
「ふぁ〜……あぁ〜、ダルいや暇や平和や、ダルダルダルビッシュやぁ〜♪」
……山百合同様に休暇を貰っていたので、二度寝できたからという非常に微妙な理由で、いつになく上機嫌だった。
いつもの様に日が昇らぬうちに起きた陽だったが、今日は非番だ、と思い返し、やることが特に見つからなかった――日課の鍛錬も、今日はない日だった――ので眠った。
しかし、非番だろうが、勿論のこと朝夕食時のルールは適応される。
……むしろ非番ならば尚更のはずである。
ということで、
「なんでボクがっ!いつもみたいに蒲公英でいいじゃないっ!」
と呟きながら瑪瑙が陽の寝室に赴いた。
……が、寝ている陽を起こさなかった、否、起こせなかった。
寝顔が幸せそうでかつ、可愛いかったから、というなんともベタな理由だった。
いつもとの凄まじいほどのギャップを感じつつも、邪魔してはいけないという感情が湧いたので、そっとしておいたのであった。
そのことにより、現代でいうところの、10時頃まで惰眠を貪っていたのである。
Side 陽
何もすることがない退屈感が好きですが何か?
長く寝過ぎたときの倦怠感も好きですが何か?
ダルビッシュって誰ですか?
……一体、誰に話しているのだろうか。
まぁ、いいか。
「腹減った」
こんな時間にメシがある訳ねぇだろうなぁ。
久々に作ろうかな。
ずっと主に母さんの料理しか食ってなかったし。
まぁ、母さんの料理旨いからいいんだけどさ。
だが、たまには自分で作るってのも悪くないだろう?
「ということで、やって参りました、厨房です!」
周りに誰もいない。
……なんか寂しい。
さて、朝飯というには遅い、昼飯というにはまだ早いので、仕込みをすることにしました。
……麺打ちからやろうかな。
料理に関して、俺は本格派だ。
やるからには全部自分でやらんと気が済まんタチなのだ。
「……なんもねぇ」
マジでびびった。
野菜がない小麦粉もない肉とかもない。
……なんもできねぇぇぇえ!!
あぁっと、かろうじて豆腐があった。
……なして?
豆腐だけとか最早意味わからんわ。
いいよもう、……麻婆丼にするから。
ひき肉買いにいってこよ。
★ ★ ★
母さんとの商談は成立し、お金貰いました。
「その斬新な麻婆丼とやらを私にも作りなさい」
要約するとこんなん。
別に作る分には問題無いんだけどさぁ。
……麻婆丼って斬新か?
などと考えていると、ちょうど中庭にさしかかった。
「あれ? 蒲公英……と山百合さん?」
母さんの執務室から外に行く廊下を通ると、中庭が見渡せる様になっている。
いわゆる、ご都合主義?
とにかく、珍しいと言えば珍しい組み合わせでの鍛練がちょうど終わったっぽい。
「お兄様、どこかいくの?」
あ、蒲公英さんに気付かれました。
別に隠れてた訳じゃねぇけど。
「まぁね。ただの買い物さ」
「たんぽぽも行くー!」
「構わんけど……大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題――「それを言ったらいけません!」――むむっ」
肩で呼吸してるもんだから心配してやれば。
キリッ、って感じで言い出すもんだから、一応遮っておきました。
「ホントに平気か?」
「うんっ! ぜ〜んぜん疲れてないよ!」
「……ならば、もう少し――「さっお兄様、行こっ!」――ふ、仕方ありませんね」
俺の手を取り、逃げるように走りだす蒲公英。
山百合さんが、分かっていたけどね、的な感じで肩を竦めている様子が見えたが、気にしないの方向で。
★ ★ ★
Side ???
この邑に来たのは久方ぶりだ。
捕らえられないように、わたしの住む村の周りにある村や街、邑を順番に巡っているから、前回来てからずいぶんと間が空いちゃった。
さて、本日の狙いは、っと。
そーだなぁ……、鈍重なデブとか、女連れの優男とか、かな。
そういう奴らからって、すっごく簡単なんだよね。
サクッといっちゃおう♪
そこに丁度、前から、白髪で左目を眼帯で覆っている、少し背が高めで、穏和そうな雰囲気の男と、少し長めの薄茶の髪を左横で結んでいる、活発そうな雰囲気の少女(といってもわたしよりは2、3歳は上だろう)が仲良く手を繋いで歩いてくる。
いかにも仲睦まじい兄妹、だ。
……関係、ない。
他の兄弟姉妹がどうなっても、幸せを奪う結果になっても。
……関係、ない。
自分の弟の為に、家族の為に、わたしはなんだってしてやる。
男は右手を繋いでいる。
左目が覆われてるから、空いている左側は死角になってる。
まさに、カモがネギを背負っているのに、翼までもがれているような状態だ。
こんな千載一遇の好機、逃す訳にはいかない!
★ ★ ★
(いつもの様にぶつかって、懐に手を入れ、盗って、平謝りして逃げるだけ)
頭の中で唱え、イメージしながら、少女はその二人組へと足を運ぶ。
顔を俯き気味にし、小走りして、さも、急いでいるかの様に。
「……っと、そうだった」
「……っ!!」
男が左足を半歩翻したことで、左半身に当たりにいっていた少女は当然すかしをくらう。
しかし、ただでは転ばないのが、スリのプロ。
懸命に手を伸ばし、相手の服の裾を掴んで崩れかけたバランスを戻し、懐にもう一方の手を伸ばした。
……が、左腰に刺さる男の剣によって阻まれてしまった。
一般人では明らかに目視不可能な――引っ張られる裾に注意がいくため――手が、動かないはずの剣に阻まれた。
それは、格の違いを意味した。
「……やっぱり、か」
腕を捕られ、バレていたかのような発言に驚愕の色を露にするスリ未遂の少女と、理解が追い付かず思案顔をする、言葉を発した男と手を繋ぐ少女。
「"スリが辺りで多発している"ってのは何回か報告にあったけど、まさかなぁ……」
「……どういうこと?」
「んー、母さんがね、"買い物ついでに、スリ事件解決してきてねー。今回はこの街っぽいから♪"って言ってたんだよ」
男、すなわち、陽の困ったような声色に、手を繋いだ少女こと蒲公英は、陽に問う。
すんなりとお金を持たされた理由は、ここにもあったのだ。
「まぁ、元々視線には気付いてたけどさ」
(獲物を捉えたような視線にね)
と、心で言葉続ける陽。
スリ未遂の少女は慌てて土下座する。
陽から見れば演技甚だしく、慣れた動きの様だった。
「ごめんなさい! その、お金……がなくて、貧しくて、日々の食事も儘ならなくて……」
「こんなに肉付きが良くて、顔色が良いのにか? はっ! 嘘泣きもいいところだ」
涙ぐみながら、ぽつりぽつりと話す少女。
そんな少女に、容赦無い言葉をぶつける陽。
冷たささえ覚えるほど瞳は、少女の心まで見据えていた。
何気に酷い。
しかしながら少女は、気丈にも睨み返していた。
「お兄様っ!」
「……ふっ、わかったよ」
グイッ、と右手を引かれたので、陽はそっちを見る。
そこには怒った顔の蒲公英。
元々、それ以上責める気なかったのか、蒲公英に怒られてなのか。
陽は鋭く冷たい目を止め、少女に笑いかける。
突然のことに、少女は目を丸くした。
「子供は素直なのが一番なんだぜ?」
左手を自分の懐にもっていってある袋を探し、その袋の中のあるものを少しばかり抜き取って服のポケットらしきところに入れてから、少女の目線と合わせるようにしゃがんで袋ごと手渡す。
「ほれ」
「……え?」
そして、手を困惑する少女の頭にもっていき、わしゃわしゃと髪をかき混ぜる。
初めはビクッ、と身体を震わせるが、すぐにくすぐったい感触に少女は身を任せた。
……右隣で羨ましそうにそれを見ているのは割愛である。
「もう、すんなよ?」
「……っ! うんっ!」
もう一度目を合わせ、少女に説く陽。
暗に次は見逃せない、という意味を込めて。
それをしっかりと感じた少女は、力強く頷く。
厳しさと優しさに触れて、心から改心しようと思ったのだ。
納得した陽は、手を頭からどかす。
そのときの少女の名残惜しむような目には気付かなかったが。
Side 陽
「……見逃してもよかったの?」
「いいさ。無かったことにすれば問題なしだ」
「……たんぽぽ、言っちゃおったなぁ〜」
チラリと見るは俺の左手。
よし、撫でてやろう。
「っ! えへへっ♪」
これで多分大丈夫だ。
確信はないけど。
にしても、見逃すのは流石に不味かったかな?
しかし、睨み返すあの目。
家族の為なら!弟の為なら!
――そんな意志の強い目。
はっきり言って、気に入った。
だから見逃してしまった。
……仕事に私情を挟むのはこれっきりにしよう。
あれは私事に近いから良かったものの。
甘えてはいけない。
そういう世界に――自らの意思でではなくとも――踏み入たんだ。
今更、後には退けない。
さらさら退く気もない。
だったら割り切ろう。
戦は戦、政治は政治、民は民、そして、家族は家族、と。
そして、自らに誓おう。
母さんを必ず支えると。
確かにそれによって、失うこともあるだろう。
だけど――。
今より輝こうとする子供たちを、汚い道に走らすことを留めることができる。
俺にとって一番下らない存在でも、基盤である大人たちが、安心して安定した生産ができる。
今まで柱となってきたご老体を休ませることができる。
――そんな近道となるのだから。
まぁ、結局は自己満足さ。
だから、全て自分の為、だ。
戦う理由は、おかれた環境の改善。
以前、そう言った。
それも突き詰めれば自分の為だ。
半強制的に戦場に立たされるなら、書簡の山の前に立たされるなら、そんなことをしなくて済むように。
自分が苦労しなくて済むように。
そんな環境にする。
それすなわち、平和な世を作る、ってことになるよなぁ……。
なんて大言壮語。
なんて甘ったれた考え。
……けど、それくらいじゃないと、面白くもなんともなくね?
ま、ただの一武官、ただの一文官の下らない決意さ。
聞き流してくれても、大爆笑してくれてもいい。
家族の皆はどっちもしなさそうだから、話さねぇ。
母さんと薊さんはニマニマと笑い、山百合さんは無表情で笑い、瑪瑙さんは馬鹿にして笑い、翠姉は少し呆れ気味に笑い、蒲公英はいつものように可愛く笑うだろう。
だからこそ、……話さない。
思わないところできっかけを見つけたなぁ。
喜ばしいことではあるけども。
さて、心は決まった。
後は身体、行動で示すだけだ。
……やっとこさ深い眠りにつけそうだ。
やっぱ曖昧は駄目だなぁ、とつくづく思った。
覚悟はあれど、決意は足らず。
そんな曖昧で不安定な心だったから、眠れなかったんだろう。
まぁ、そんなのは今となってはどうでも良いけどな。
とりあえず、まずはひき肉を買わネバダ。
お金だが、一握りだけ抜いて全部あげちゃったんで、ぶっちゃけ足りるかはわからんけど。
ま、母さんのさえ作れば文句は言われんだろう。
おっと……撫で回しすぎた。
目を回している蒲公英が可愛いと思ったのは秘密だぜ?
無事買い終え、作った麻婆丼が大盛況だったのは言うまでもないだろう。
陽は語る。
「まさか麻婆丼から始まって、俺が作った丼物やその他諸々がこんなに流行るなんて思わんかった……。そのお蔭でこっちは大富豪なんだけどな!」
と