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第十三話


また、ちょっと遅れた。



Side 陽


憎き太陽から光を受けた満月が、東の空から下界を明るく照らすかのように輝く、俺にとって一番腹立たしい夜。

俺はいつもの城の上に来ていた。

どうやって登ったかは割愛だ。


未だに、騒がしい声がここまで聞こえてくる。

たった百人にも満たない数でのひっそりとした勝利の宴だったはずなのに、この騒がしさはなんさ。

戦後の昂りを鎮める為に酒を飲むらしいが、むしろ酔いによってもっと舞い上がってるんじゃね?

って感じで、俺にはそのノリについていけないというか、合わないし、考えたいこともあったんで、その宴会から抜けてここに来たって訳。

俺と皆さんとの間にはかなりの温度差があったからねぇ……。

正直、皆さんからすると盛り上がりに欠ける奴は邪魔だっただろうから、抜けたのさ。

べっ、別に仲間外れにされた訳じゃないからな!


「ぐへっ!」


……今のは、瑪瑙さんの真似した自分への罰だ。


ま、一番の戦功者である(らしい)俺が抜けてもいいのか、って聞かれたら、すっげぇ答えにくいんだけどさ。


そんなことはさておいて。

今日、初めて人を斬りました。

自らの手で、殺しました。

まだ斬ったばかりであるかのように、手にはその感覚が残っている。

未だ戦場にいるかのように、血の臭いが鼻にこびりついている。

だが、特に罪悪感に苛まれてはいない。

……その必要すらもな。


どちらかといえば、俺は悪人っぽい考え方だが、別に殺意に任せているから、って訳じゃあねぇ。

誰かを傷つける、斬る、殺すということは、それと等しく自分が、傷つけられる、斬られる、殺される可能性がある。

その因果応報を受け入れる覚悟を俺は持っている。

さらに、殺せば何らかの益に、殺さなければ何らかの不利益を生むであろう奴らを殺しただけだ。


殺すコト=罪。


俺の頭の中で、この等式は成り立っていないので、なんとも思わねぇんだよ。

――ただ、虚しいと思うが。


だから俺に、罪の意識はねぇ。


かといって、俺自身がやったことが正義だと思っている訳でもねぇさ。

人の見方によって、捉え方が違うだろうけどよ。


大体、ガキの頃、散々いろんな人を――特に俺を利用してきた奴らを――見殺しにしてきているから、罪悪感なんて今更ってやつなんだよねぇ。


あと、俺、基本大人嫌いだから、マダオ(まるでダメな大人)を消すことができるだけ、俺にはむしろ喜ばしい限りだ。


……この人間嫌い、戦時に湧き出た冷たい殺気の根源となっているっぽい。

よくわからんが、なんとなくわかる。

言ってること矛盾してるけどな。



そういうのを改めて考えられた今だからこそ、本当に、蒲公英には驚かされる。



   ☆ ☆ ☆



Side 三人称


ときはさかのぼること、二刻前……。


太陽は沈みかけ、西の空は血に染まったかのように、真っ赤に映えていた頃。

陽と山百合を含めた百騎は帰路についていた。

いや、厳密には98+1+1と言ったほうがよいだろう。

九十八騎が前を走り、その後ろに山百合、さらにその後ろを陽が追っているからだ。

行きは、先頭を山百合、九十九騎が後に続く形であり。

戦闘直前に、陽と山百合の位置が代わっただけだった。


では、何故行きとは違うのか。

主に、というか、徹頭徹尾陽の所為である。


陽は、戦が終わっても、アニキ(とついでに二人)を斬ったときの冷たすぎる目と、漏れ出る殺気を抑えられなかった。

陽のその目を見、全身に纏う冷気にも近い殺気を感じた山百合は、一瞬身震いし、怯んだ。

……歴戦の将である鳳令明でさえこの有り様だ。

いくら自分が選抜した九十八騎でも、耐えられはしないだろう。

そう判断した山百合により、隊と陽の間に自分が入る、という今の形に至るのだ。


未だビシビシと背に刺さる殺気に冷や汗をかきながら、山百合は馬を走らせた。



   ★ ★ ★



程なくして、城に到着する。

兵のまとめ上げも完了し、戦後処理を皆に一先ず任せ、陽君を連れて玉座に参上しようか、と山百合が思っていると。

そのすぐ先に、珍しく出迎えがあった。

牡丹、薊、瑪瑙に翠、そして蒲公英……家族皆が来ていた。

ほとんどは、陽を気にしているのだと分かった山百合は、いちいち言及することはなかった。


「……今しがた、参上奉ろうかと愚考しておりました。しかしながら御足運ばせる結果となりし我が遅行、どうかお許しを……」


山百合は、片膝を着き、左の拳を右手で包み、頭を垂れる。


「別に問題無いわ。こっちが勝手に出向いただけだし。……しっかしかったいわねぇ〜」


「今に始まったことでは無かろうに」


牡丹の呆れを含んだ言葉に対し、薊が答える。


「まっ、そうなんだけどねぇ。 ……ところで山百合、……陽、どうだった?」


「……言わずとも、直にわかると思います」


心配するようで、かつ、好奇心を含んだ牡丹の問いかけに、頭を上げて山百合は答えた。


「「どういうこと(/だ)?」」


「翠〜、ボクに被せてくるなんていい度胸ね」


「はぁ? お前が被せてきたんだろ? あたしの真似して」


「何でボクがアンタに被せなきゃなんないの? ばっかじゃないの?」


「んだと……っ!」


翠と瑪瑙が同時に尋ねる。

見事にハモってしまった仲の良い二人は、口喧嘩を始めてしまう。


「聞く前に、呼べば早いのになぁ……」


蒲公英は、そんな二人に呆れていた。

……妹分に呆れられる姉貴分ってどうなの、と思ったら負けである。


「……やんのか?」


「ボクに喧嘩を売るなんて、ホントにいい度胸ね!」


二人の口喧嘩が本格化し、どこからともなく武器を取り出し、打ち合いが勃発……


「「――――っ!?」」


……することはなかった。

二人の本能が、無意識に殺気に反応したからだ。


その冷たい殺気が漂ってくるほうに構えれば、山百合がいた。


(山百合さんの殺気はこんなに冷たくはなかったはず)

(じゃあ誰だってんだよ!)

(知るか! ボクに聞くな!)


共通の敵と判断した二人は、意志疎通をとる。

二人の仲は、喧嘩が絶えることがない程最高に良いが、そのお陰か連携は、他の誰と組むよりはるかに屈強だった。


「……あれ、皆勢揃いでこんなとこで何してんだ?」


「「……へっ?」」


山百合の後ろから、聞こえる声に素っ頓狂な声を上げる二人。


(まさかとは思うけど……陽?)

(あっ、ああ、まさか、な)

(あれ? どうしたのかしら、翠? 震えてますよー? ……ビビってんの?)

(バッ、そんなんじゃ……。へっ、人のこと言う癖に、自分も震えてるぜ?)

(ボクは翠とは違うの。……そう、これは武者震いというものなのよ)

(ははっ、そうか、そうか)

(……何よ)

(んだよ、やんのか?)


二人は小声でも口喧嘩するという、なんとも珍妙なことをやってのけていた。

いや、むしろ軽口を叩きあっていないと、耐えられそうになかったのである。

陽が一歩近づくごとに漂ってくる、心底まで凍えそうな冷たい殺気に。


「……これほどとはね」


「うむ、お主の全盛期を彷彿とさせるようじゃ」


「あら? 私はまだ現役なのだけど?」


「どの口が言うか。……二年程前から落ちて来ておるぞ」


「まあ、……張り合いがなくなっちゃたからね」


一瞬だけ寂しい目をする牡丹。


「そんなことより、陽ってば、その全盛期とやらの私なんて確実に凌駕しているわよ」


「だったらどうするのじゃ? あれは流石に不味いぞ?」


薊は、その牡丹の一瞬の変化に気付くも、理由も知っているので、何も言わず流した。

そして、陽についての会話を進めた。


「分かっているわ。そのためにわざわざ私の息子にしたのよ♪」


自分と似ている。


それは、陽の冷たささえ読みきっての発言でもあった。


「よ――「お兄様!」――ムカッ!」


「これ! 姪っ子に怒りを露にするでないわ!」


陽、と言おうとした矢先、その言葉は違う言葉に遮られてしまう。

それをしてしまったのは、蒲公英。

別に狙った訳ではない。

偶然である。


台詞を被らされたことと、先駆けされたことに反応する大人気ない牡丹。

それにすかさずツッコミを入れる薊。

今でこそ、阿吽の呼吸で漫才できる程の間柄だが、それぞれの娘――翠と瑪瑙――の関係と同じく、この二人も実は昔、仲が悪かったりしたのは余談である。


「お兄様!」


もう一度声を上げ、陽を抱き締める――身長差がある為、抱き付くような形になっているが。


「……無理、しないでね?」


「………………」


他の面々が、冷たい目に、殺気に、たじろぐ中、蒲公英は臆すことなく見上げ、陽の目をきちんと見て訴えかける。

その行為に、陽は思わず声を失ってしまった。


蒲公英の武は未だ完成されておらず、相手の心気を感じることにまだ疎かった為、出来た所業だった。

それを知るところではない陽は、今まで何人たりとも近づけなかったのに、それをいとも簡単にやってのけるとは、と素直に驚いていたのだ。


そうして、陽は心のどこかで、大人びた一面を見せるものの、まだ子供である蒲公英を傷付けることを拒んだのだろう。

不安げに揺らぐ蒲公英の瞳に映る自分を見て、


(……おっそろしい顔してんなぁ、俺)


そう思い、苦笑することで纏っていた冷たい殺気を霧散させることに成功させた。

それと同時に、はりつめた緊張感も消え、翠と瑪瑙は揃って腰をおとし、山百合も、ほっと息を吐いた。

一方、牡丹と薊とはというと。


「私って、何なのかしら。……ぐすん」


「おぉ、お痛わしい限りじゃ」


よよよ、と言わんばかりに泣き崩れる義姉に、慰めの言葉を掛けるの義妹。

といった、かなりシュール光景を形成していた。



   ☆ ☆ ☆



場所と時は戻って、再び城の上……。



Side 陽


そういえば、

「何故自ら武勇を奮い、戦い、そして殺すのか」

と、戦功が認められ、玉座に参上したときに"馬騰様"に聞かれた。

戦で人を初めて殺した兵には必ず聞く、という習わしであるらしい。


奴らがやってきた事をやり返してやりたいから。

一般的にそう考えれば、一番楽なのだろう。

しかし、正義面して、やることは同じってのは最高に笑える。

殺しの理由付けとしては、馬鹿馬鹿しすぎるので見当違いだ。


次に、誰々のために、ってやつ。

これも、考えれば簡単なことだろうさ。

だが、求めらているって訳でないのに、勝手に、何々の為に、だの、皆の為、とか、責任転嫁にも程があると俺は思ってる。

俺自身、重いの嫌いなんで、

「俺は戦う!何々の為に!」

みたいな殺し文句っていうのか?

――これも不適当だ。


大体、戦うのに理由が必要か?

人を殺すコトに意味を見出だす必要があるのか?


……等々、いろいろ思ったが、建前上、

「馬騰様の歩む道を阻む者を排除したいが為にございます」

と答えておいた。

"母さん"は、すっげぇ胡散臭さそうな顔してたよ。



まぁ、正直なところ、ひねくれた頭から弾き出された答えは、今のところ一つだけ。


「置かれている環境の改善」


そう、私的な場で"母さん"に本当のことを伝えた。

そしたら母さんに、そんなところだと思った、などと言われた。

心を読んでいましたよ発言には、もう何も言うまい。





陽は語る。


「俺と蒲公英は、孫策と周瑜の関係にある意味似るのかな? ……ただ、戦によって引き起こされるモノは真逆だし、ヤることで冷めた感情が戻るって訳じゃないけどな」


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