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家庭しすた

 自宅に帰るまでも、あの薄い笑みを浮かべた葵の事が心にこびりついて離れなかった。

 あれは人間離れしていた。

 紛れもなく俺の本音を当てていた彼女はすぐに去ってしまった為、どうしようもないことではあったが、家に帰るまでの道中、俺はずっと悶々としていた。

 俺が家に着いたところでで俺の家族構成を紹介しておこう。

 四人家族で父、母、妹、俺。

 どこにでもある一般的な構成だ。

 父は消防士をしている。

 母は主婦だ。

 妹は中学生二年生。

 名前は透子。

 本日は両親がいないため、妹と二人きりと言うことになる。こういったことはしょっちゅうある為、慣れたものだ。晩飯がないことで悩んだりするほど愚かではない。

 玄関をくぐり、靴を脱いでいると妹が現れた。不本意ながら顔つきはよく似ている。学校でも才女と知られ、品行方正な妹と俺の間に横たわる不満の一つだ。

 そしてもう一つの不満に妹は家と外のスイッチの切り替えが激しすぎるという所にある。

 優等生の妹は家ではナマケモノだ。ナマケモノよりも動くのが遅いのではないかと言うぐらいには怠ける。一度、「一日何時間、寝ることができるのか?」という何の意味もなさない理解に苦しむ挑戦をしていた。こればっかりは直らないもので、俺としても特に害を為すことはないから注意しづらい。母が何度も注意はしているのだが、他の所で点を稼いでいるため強く出ることもできないのだ。

 そんな妹がTシャツアンドパンティスタイル、しかも締まりのない無気力顔で、のろのろと玄関先まで歩いて来て、開口一番こう言った。

「にーちゃん。ご飯ない」

 俺の愛する妹は愚か者だった。

「ほう」

 俺はそう返答して、妹の横をスルー、階段を上り、部屋に引きこもろうとしたが、横を通ろうとした時にあえなく捕まった。ナマケモノは握力が物凄く強い。あの巨体で気に一日中ぶら下がっているんだから、そりゃあ強い。したがって我が妹の握力も女であることを疑うってしまうほど強かった。

「にーちゃん」

「そのにーちゃんは何も持っていないぞ」

「プリンの匂いがする」

 げえぇ、なんでわかるの?

「もうないぞ」

「なにか……買ってきて」

「俺はお前の飼育係じゃあない!」

 腕を振って何とか拘束から逃れ、距離をとる。

 これはただの帰宅ではない。既に妹は敵だ。エンカウント。相手に先手を取られてしまった。妹はいつの間にか階段への道を塞いでいる。

「にーちゃん。とーさんとかーさんから小遣いもらったでしょう?」

「お前の餌代ではない!」

「餌って……そんな……」

 妹は何故か家畜扱いされたにもかかわらず、頬を染めて恥ずかしがった。

 俺の妹は度し難い変態だった。

「にー……ご主人様、私に餌を恵んでください」

 上目遣いで瞳を濡らしてそんなことを言う妹。そういうところは可愛げがあって愛くるしいがバリエーションが減ったな。既ににーちゃんはその決めポーズは食傷気味だよ。

「わざわざ言いなおすなよ。俺はこの金をもっと有意義に使いたいんだ。お前の腹に入ったらそれこそ無為じゃないか」

「この間はこれでごはん食べさせてくれたじゃないかー」

「あの時はあの時、今は今。カップめんはどうした?買い置きがあったろ?」

「食べちった」

「冷蔵庫に……」

「食べちった」

「…………ちょっと、どけ」

 俺は妹を押しのけ、キッチンへと向かう。冷蔵庫を開けると、そこは盗人が荒らしたかのような惨状になっていた。

 こいつまたやりやがった!

「全然、足んなくて……」

 妹は底なしの大食漢だった。外では小食の振りをしてあまり食べないが、家の中では平気で御櫃一杯くらいは平らげる。本人曰く、外で食べない分家で食べるんのだとか。「そんな食生活でよく腹周りに肉がつかないな」と皮肉を言ったら「全部、胸に行く」と一蹴された。

「にーちゃ……」

「座れ」

 俺は声を低くして妹に命令する。妹は素直にそれに従った。

「……二度とするな、と前に行ったよな?」

 四人家族の冷蔵庫は数日の備蓄があるのが普通だ。これを全て喰い荒すなど、家計に影響を及ぼした罪は重い。一か月前に一度、やらかしてこってりとお灸を据えたはずなのに、この妹は懲りもせずまたやらかした。

「兄は悲しい。愛する妹がこれだけ学ばないとは」

「にーちゃん。だって……」

「兄である俺は妹を愛している。だからこそ一か月前は心を鬼にしてビンタをくれてやったというのに……」

「にーちゃん、私の事、かまってくれないんだもん!」

「お前のブラザーコンプレックスを食い物にぶつけんなって言っているんだよおおおおお!」

 間髪いれずに妹の告白を無下にした。

「にーちゃん!最近、春ちゃんに構ってばかり!私とデートすべきです!」

「うるさい!だったらこの冷蔵庫の中身の責任をどう取ってくれる!?」

 俺は妹の監視役も兼ねている。

 このことが両親に知れるとなるとぞっとしない。

 父と母は娘が大好きなので我が家の裁判において俺の人権は成立していない。審議も何もかもすっ飛ばして即判決が言い渡されるだろう。

「俺の来月分の小遣いは恐らく減額。どうしてくれる!?」

「まぁまぁ、私の裸を見せてあげるから……」

「いらねぇ!」

 俺の言葉に妹が床にはいつくばる。

「もう私には飽きたってこと!?春って女の事にも協力してあげたのに!古い女はもう捨てるのね!?」

「誤解を生む様な表現はよせ!」

 天を仰いで頭をかきむしる。ひとしきり、感情を表現した所で俺はピタリとかきむしることをやめるとがっくりと肩を落とした。

 妹を無視して、のろのろと冷蔵庫に向かい、中身を整理し始める。

「……今ありあわせでつくってってやるからちょっと待ってろ」

 冷蔵庫内は惨状であったが二人分くらいは何か作れるようだ。

 小遣いのことは諦めるしかない。

 待っていろといったのに、透子は俺に飛びついて来た。胸に肉の弾力が伝わる。心臓に悪い。

「にーちゃん、大好き!」

 妹のご機嫌取りには成功したようだ。

 明日はまた忙しくなるだろう。

 犬探し、葵の最後の一言。

 それでもまず春のことを褒めてやらないと。

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