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翌日けっか 春

 翌日、春のマンションの前には意外な人物がいた。

「おっす」

 葵が右手をあげてこちらに歩み寄ってくる。

「何で君が?」

「うん。犬を探している途中。偶然だね!」

 へらへらと呑気に笑う彼女の両手には直角に折れた針金が握られていた。

「なにそれ?」

「ダウンジングだよ!」

 それは見ればわかる。探し物を思いながら歩くと探し物がある方角を向いたときに両手に持った針金が開くというオカルトだ。そんなもの頼りにしてどうする。いや、俺の力もオカルトか。

「成果は?」

「出ないね!」

 一々テンションの高い娘だ。

「学校はどうしたの?」

「始まってない」

 笑いながらそんなことを言ってのける彼女は大物かアホだ。

「そんなわけあるか」

「ホント、ホント。私、こっちに越して来たばかりでさ。転校手続きまだ済んでいないんだよね~」

「ああ、他の地区から来た人なんだ。どこから来たの?」

「隣町だよ。でっかい病院がある……」

「あそこか」

 一度、盲腸になった時に世話になった。設備も整っている大病院だ。

「そういう人太君はなんでここにいるのさ?学校は?」

「そんなことよりも大事なことがあるから休んでいる」

「…………ほ~、言い切ったね。清々しいね。そういうの私、好きだよ」

 そう言って彼女は俺の肩をバンバンと叩いた。結構、痛い。

「で、大事なことって……」

 俺は質問を続ける彼女の手を取ると、塀の影に隠れるように先導した。

「ちょ、ちょっと……」

「しっ」

 人差し指を唇にあてて、発言を制する。

 慎重に顔をのぞかせてマンションのガラス張り自動ドアを注視する。ガラス製の扉の向こうに立つ小柄な少女は春だ。地味目の服装に顔には恐れの色。彼女にとって外界は敵の巣窟だ。前に立てば勝手に開く全自動の扉はそれでも彼女にとっては恐ろしく重い扉だ。

「へぇ、なるほど」

 ぐにっとした感触が背中に当たり、俺の体に緊張が走り、体が強張る。葵が俺の背中に乗っかる形で春のことを覗いていた。

「おい、胸当たってんぞ」

「ああ、うん」

 まるで人の話を聞いていない。

「あの娘の為?」

 俺は無言で肯定すると彼女は俺の頭を掌で撫でる。

「やっぱいい人だね」

「…………そりゃ、どーも」

 春はまだ外へ踏み出さない。

 こちらからでもわかるくらいに息が上がっている。

 顔面も蒼白だ。

 それでも俺は彼女の傍にはいかない。

 甘やかすのと助けるのは別だ。

 平等という言葉はきっと強者がつくった言葉だ。

 支配する側、力を持つ側が弱者に対して耳触りのいい言葉を必要とした時にこの言葉が生まれたのだと俺は信じている。

 楽しい学園生活?

 甘酸っぱい恋愛?

 そんなものが都合よく転がっているのならば誰しもが幸せになっている。

 この世は不平等が当たり前だ。

 何か一つの弾みで、それが例え取るに足らない出来事でも人生を転落させることだってある。

 春が虐められる切欠は彼女が虐めグループのリーダー的存在――勿論、当時はそんなグループはなかったが――の足に躓いて転んだ事だ。

 あの女もその時はわざとではなかったろうが、とにかくそれがきっかけだ。

 そんな取るに足らないことで楽しい思い出を作るべき高校生活がいきなり座礁した春を指して他の生徒と平等とは絶対に言えない。

 どろりとした黒々強い灼熱が俺の胸を焦がした。

 何でくだらないことで人は躓かなければならないんだ。

 僕はそんなことを見過ごせない。

「こら」

 ぺちりっと頭に軽い衝撃。葵が俺の頭を掌で軽く叩いたのだ。

「いい人がそんな顔していたら台無しでしょ」

 よっぽど俺は恐ろしい顔をしていたのだろう。

「………………ふん」

 俺と葵はかなりの間無言で春を見ていたが、彼女がその日、自動ドアをくぐることはなかった。

 それでも今度会った時、褒めてやろう。

 彼女は精一杯やった。

 俺以外、彼女を褒めてやれる人はいないのだ。

すいません少し遅れてしまいました。

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