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中篇

ふわりと優しい気配がした。

柔らかな手が自分の額に添えられるのを夢現に感じて少年は薄っすら笑った。


「おかあ、さん………」


優しく汗をぬぐってくれる手を母だと疑わずそう呟く。額に乗せられた手が一瞬だけ震え、少し迷うように髪を撫でてくれた。


「大丈夫、もう、大丈夫だから」


戸惑うような声はそれでも精一杯自分を励まそうとしているように聞こえた。記憶にある母の声よりもずいぶんと幼く感じたが朦朧とした意識はさしてそれを疑問とも思わず幸せにへにゃりと顔が緩んだ。


「うん、こわいひとに追いかけられたんだけど………おかあさんがいいるならあれは夢、だったんだね」


思い出すのも恐ろしい夢だった。容赦なく自分を追い掛け回した異国の青年の姿に身体が無意識の内に震えるのを少年は止められなかった。


「えっと………怖い人はここには入ってこれないから………その、安心していいよ」


その声に少年の意識は再び夢に落ちていく。心から安心しきった顔で眠る少年に「おやすみなさい」という優しい声が聞こえていたかはわからなかった。



すうすうと健やかな寝息を立てる人間の姿に枕元に座った迷い家は困ったような怯えたような複雑怪奇な表情を浮かべた。


やせた手足に小さな身体。ほんの少しだけ色素の薄い黒髪に眠っていても分かる整った顔立ちはどちらかといえば綺麗より可愛い。

迷い家の前にいき倒れていた少年は年のころは今の迷い家の姿より三歳ぐらい上に見える。


『おかあさん』


そう言って笑った少年はただただ無邪気に親の愛情を求める子供にしか見えなかった。

怖い人間なはずなのについつい慰めるようなことを言って、髪を撫でてしまうぐらいに頼りなさげに見えた。


人間は怖い。それは変わらない。だけどこの少年を無碍にすることはできない自分を迷い家は自覚していた。

怖がっていても弱った子供に冷たくできるほど迷い家は性格悪くなれなかったのだ。



そうとう衰弱していたのだろうそれから少年は昏々と眠り続け、目覚める気配はない。迷い家は汗をぬぐったり契約している小人や精霊に頼んで服を着替えさせてもらったりと人の姿でバタバタと忙しくしていた。

趣味が高じて昔人間の医者に弟子入りしたという変り者の河童は「寝るだけ寝たら起きる!」と断言していたがこうも眠り続けると心配になってくる。

十歳児の姿なのにも関わらず「嫁にならんか?」と言ってくる河童の尻をけりとば……ごほん。丁重にお帰りいただいた迷い家は「ふぅ」とため息をついた。


本体に戻れなくなったとはいえ迷い家の全ては知覚できている。今も契約しているツクモ神や小人・精霊などが家の手入れなどをしてくれているのが感じられる。

下は手のひら。上は人間の五歳児ぐらいの大きさの彼らは総して使役鬼と呼ばれ迷い家に安全で住み心地のよい住処を提供してもらう代わりに迷い家の環境整備を請け負う。


ちなみに原因たる同胞は『「家」をいつまでも留守にしとけないから帰りますわ~~~おほほほほ後は二人でごゆっくり~~~~~!!』とまるで見合いの仲人のような言葉を残して逃げた。


『あるじさま!ふろそうじおわりました!』


『わたしもにわのくさむしりしゅうりょ~~しました!』


『あるじさま、おなかすいた』


『おれも』


『わたしも』


「「「「ごはん~~~~!!」」」


使役鬼達が大合唱しつつわらわらと現れ迷い家の裾を引っ張る。

小さい者達はきゃきゃと笑いながら迷い家の髪や着物にぶら下がり、それ以外の者達も笑いながら迷い家の手を引き一向は台所へと向かった。

慣れた手つきで料理をする迷い家の足元で小さな小人が竈の火を起こし、違う精霊が芋を洗い、ツクモ神が鍋をかき回す。

わーきゃーと騒ぎなんとも賑やかな台所だ。人間恐怖症になってからめっきり人の姿を取らなくなった主の久しぶりの人の姿に彼らは一様にはしゃいでいた。


もちろん家の姿も大好きだが自分達が抱きつけたり手を引っ張ったりできるこちらの姿も皆大好きなのだ。


『あるじさま!!味噌いれたよ~~~~』


『ご飯、ふきこぼれたぁぁぁぁぁ~~~!!』


『あ、しょっきがぁぁぁぁ!!』


賑やか過ぎる………だが、それが迷い家の『家族』達。


同胞たる迷い家の中には『下僕』『調教済み』『部下』と称する者達もいるが。ちなみに『下僕』は『げぼく』と読む。


外見は異国の軍人(通称閣下)な姿を取る要塞風迷い家の所は軍隊並みに規律が行き渡った使役鬼で気だるい空気を常に発散させる美形の姿を取る中華風迷い家の所は鬼畜主に甲斐甲斐しく仕え、ののしられると悶え喜ぶ使役鬼だ。


「考えてみれば普通じゃない奴多すぎ………」


お前が言うなと該当同胞に言われそうなことを呟く人間恐怖症な迷い家。


てきぱきと出来上がった食事を大皿に盛り付け居間に運び込む。漂う香ばしい香りに使役鬼達が跳ね上がらんばかりに喜ぶ。


「「「「「「いただきます!!!!」」」」」」


小さな手を合わせて頭を下げると途端に大盛りのおかずに箸が伸びる。


『あるじさまあるじさま!お魚おいしいね!』


『あ、そりぇ、ぼくのぉぉぉ!!』


『あるじさま………これ、にがいぃぃぃ!』


『もぐもぐ。はぐはぐ』


ほっぺに食べかすをつけて食事に夢中になる使役鬼たちの頬を拭いてやっていた迷い家だったが意識の端で少年が目覚めるのが分かり手を止めた。


『あるじさまぁ~~?』


ぴたりと動きを止めた迷い家に使役鬼達が揃って首を傾げる。その様は小動物ぽっくてとてつもなく可愛らしい。さすが我が使役鬼たち………いや、今はそんなことを考えているときではなく。


「人間が……」


『人間が?』


鸚鵡返しが余計に可愛いと現実逃避しながら迷い家は口を動かす。


「起きた」


「『…………』」


静寂。痛いぐらいの静寂。もはや迷い家も使役鬼も動きを止めてただ互いに見詰め合っていた。



「ぜ、全員、第一級戦闘配置~~~~~~~~~~!!!!!」


『きゃぁ~~~~~~~~~~~!!にんげんおきたぁ~~~~~~~!!』


思わず先に述べた要塞風迷い家の口調を真似ながら立ち上がった迷い家に使役鬼達はきゃっきゃっと楽しげに転がった。


人間恐怖症の迷い家の使役鬼だとしても人間にたいして恐怖はない。


『にんげんおきたぁ~~~』


『にんげんどんなの?』


『みにいく?』

 

『いく?』


『いっちゃえ!』


むしろ興味津々であった。


「こらぁ~~~~~!!何怖いこと言っているのあんたたち!!」


今にも特攻していきそうな使役鬼達の首根っこを掴んでは後ろに放り投げるが数が多すぎて追いつかない。

使役鬼達は放り投げられるのが面白いのかわざと捕まるようにしている。証拠に誰一人として部屋を出ておらずきゃーと歓声を上げながら部屋を駆け回るばかりだ。


使役鬼にいいように遊ばれている主。


だが、意識の端できょろきょろと部屋を見渡していた少年が「……声がする」と呟き部屋を出てこちらに向かい始めたのを感じ取り、びくっと身体を震わせた。


く、来る!!こっちに来る!!


「あんた達!!姿、姿を消して!!」


『え~~~~~!!なんで?』


「なんでもいいから早く!!」


『ぶ~~~~~っ!!あるじさまのおうぼ~~~!!』


いっせいに舌を出す使役鬼達の姿がぱっと消え去る。人の気配はあるのに人の姿がないのが迷い家。姿を消すのは十八番である。

わたわたしながら迷い家も姿を消そうとして………消せなかった。


「なぜっ!!」


ああ~~~姿が戻れなくなったことを同じか!!


もう、こちらに向かう少年の足音が直に聞こえ始める。


「あの~~誰かいらっしゃいませんか~~~?」


あわわわわわわわっ!!


な、なにか、か、かくれる場所~~~~~~~~~!!


動揺している間に開きっぱなしの襖からひょっこりと少年の顔がのぞく。


「あの~~すいませ………」


「ひっ!」


驚きで見開いた少年の茶色のくりくりとした瞳と何故だか鍋の蓋を頭にかぶりお玉を抱きしめていた迷い家の涙に濡れた黒曜石のような黒い瞳が重なった。



「あの………」


「(びくっ!)」


奇怪な格好の迷い家に一応声をかける少年だったが迷い家は飛び上がらんばかりに震えると壁にべったりとくっついてプルプルと震える。


「えっと………」


「うっうぅぅぅぅぅぅぅ!!」


声を押し殺して泣き始めた迷い家。………人間がそんなに怖いのか。


もちろん相手が人間恐怖症な迷い家だなんて夢にも思わない少年は当たり前だが泣きしゃくる女の子を慰めようとする。


「泣かないで。怖くないから」


「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


涙目で睨みつけられる。


「ま、参ったなぁ………えっとここはきみの家?ぼくを助けてくれたのはきみ?おとうさんとおかあさんは?だれか大人のひといる?」


「ふぇぇぇぇん!」


全く会話にならない。


「えっとなかないで泣かないで!!怖くない。怖くないよ~~~」


「ひ、ひぇぇぇぇぇぇん!」


鍋の蓋をかぶって大泣きする女の子に少年は心底困った。





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