鬼の生徒会長の秘密
現代日本では教員不足が社会問題となっているが、それは妖の世界でも同様である。
妖の数も減っている上、ものを教えられる者は更に少ない。だからといって、人間を採用するのは違うんじゃね?!
俺は木造建の校舎を見上げた。二階建てで、昭和が舞台の朝ドラに出て来そうな佇まいだ。それがめちゃ広い敷地に何棟も建っていて、無駄に天気が良くすっきりした青空と森の木々に囲まれている。
スーツの上に何も着てこなくて正解だった。ぽかぽかの陽気が黒の短髪と平凡なつくりの顔を温める。
ここが今日から俺の職場かあ。やっぱり前の高校やめない方がよかったかな。弱音を吐いたりしんどそうにしてると二言目には「子どもがかわいそうだと思わないんですか」「子ども達のためですよ」っつってくるような無自覚やりがい搾取が横行してたんだけど、命の危険がないだけましかなあ。そういやゲイだってバレた途端女性の同僚や生徒からのセクハラえげつなかったのも思い出してしまった。人間のガキも人外と同じくらいタチが悪い。
人より"目"が良かったばかりに、ガキの頃から魑魅魍魎や妖怪の類に嫌ってほど揶揄われた。めちゃくちゃ世話になった拝み屋のじいちゃんの紹介じゃなきゃこんな仕事秒で断っていたのに。
すでに胃が痛くなり始めた時
「ようこそ、葛野先生」
そんなセリフと共に、ごぼりと濁った水音がした。校舎の陰に、よく見ればそれなりの広さの池がある。そこからすーっと浮かび上がってきたのは、えっ? 皿?
そして白いツルッとした皿の下から、艶やかな前髪、切長の目を持つ美形な顔、学ラン、そして逞しい太ももと――――
「なんで下履いてないの?!」
「安心してください、履いて」
「それ褌!」
「いいえ、まわしです。失敬、相撲部の朝練があったもので」
「え、あ、君生徒?!」
「はい、化野学園生徒会副会長、川端佳澄と申します」
胸に手を当て長い睫毛を伏せて上品に上体を傾けているけど、丸出しでムキムキの脚とのギャップがすごい。サラサラストレートなショートヘアと頭の皿も。この子は河童、かな?
「えっと、俺は葛野葉慈です。ところで、校長先生か教頭先生は」
「先に生徒会にご案内します。校長からもそう仰せつかっておりますので」
マジかよ。そんなのアリか? マンガみたいだな。いや、妖の学校っていうのがすでにマンガの世界なんだけど。
「ではついて来てください」
と背を向ける川端について、俺は校舎に足を踏み入れた。
中はまさしくお化け屋敷だ。教室の窓に突然目がびっしり浮かんだり、天井から一瞬生首でてきて引っ込んだり、真横をコウモリみたいな羽根を持った何かが掠めていったりした。
まあガキの頃はこれが日常だったから、もうビビリはしないが普通にビックリする。顔に出すとエスカレートするから表情筋をガッチガチに固めておいた。
「先生、見鬼なんですよね?」
「ああ、バッチリ見えてるけど反応すると調子に乗るからなコイツら」
「賢明です」
そう、本来人間が出入りすることのないこの学園で、俺が採用されたのは見鬼だからだ。見鬼っていうのは霊や妖怪の類が見える人間のことだ。今のところそれで良かったことは一つもない。見えるだけで対抗する手段は持っていない。
なのにじいちゃんときたら「人間もイケる、見鬼だからギリ鬼」とか適当抜かしてこの学校にねじ込みやがった。見える力のコントロールを教えてもらったり、命懸けでヤバいのを祓ってもらったりしてなかったら逃げていた。確実に。
そんなことを考えながら二階の角部屋まで歩いていった。観音開きの厳しい扉の上に、達筆な文字で生徒会室と書かれた看板が掲げてあった。
「どうぞ」
川端が扉を押す。その途端
「ヤバ! パパ以外の人間初めて見た!」
と黄色い声があがり、褐色の肌で白髪を鬼のように盛った、ギャルとギャル男が迫ってきた。ギャルはルーズソックスにミニスカ、ギャル男は腰パンにアシメのウルフカットと平成の香りがする。
「ウチらはね、パパが人間でママが山姥! オソロだねー!」
ギャルの方が捲し立てギャル男の方は背後で「ウェーイ!」とか言っている。いや、ここたしか男子校じゃなかったか?
「この双子達は会計です。アズぴとニッシーです」
川端は淡々と説明する。「他には」と川端はキョロキョロ辺りを見渡すが、俺は足元に気配を感じて床に目を落とす。
すると、学ランを着たデッカい男が四つ這いになっていて叫びそうになった。すり、とそのまま身体を脛に擦り付けられ鳥肌が全身を覆う。
「コラ、薩摩くん」
と川端の叱責に、足元の男は慌てて立ち上がる。でっか! 俺より背が高い。長い前髪で顔は隠れて見え辛いけど、おろおろした様子に焦りが見て取れる。
「失礼しました。薩摩くんはすねこすりなのです。つい習性が出てしまったのでしょう」
薩摩と呼ばれた男は、巨体をキュッと縮めてペコペコしている。腕には書記と書かれた腕章をつけていた。
すねこすりってアレか。人間の脚に身体を擦り付ける毛の生えた妖怪だ。猫くらいのサイズだと思っていたけど、これだけデカいのは初めて見る。
残るは生徒会長だけど、どこにいるんだろう。
「ねーねー、先生はなんて呼べばいいの?」
ずっと喋りかけてくるなこの子。それでギャル男の方はずっと「ウェーイ」しか言ってなくないか?
でも確かに名乗っていなかった。俺はネクタイを直し居住いを正す。
「葛野葉慈です。よろしくお願いします」
一瞬間をおいて、わーっと歓声と悲鳴が一気に上がる。
「マジで?! 初対面で激アツなんですけど!」
「先生、他の生徒の前では通名を使ってくださいね。みだりに名前を明かすと危険ですよ」
そうだった、と今更血の気が引く。名前で縛ったり呪ったりなんてよくある話なのに。
「クズ先ヨロ〜」
「その呼び方はやめてくれ」
「なんだ、騒がしいな」
低く威厳のある声は、生徒会室にピリッと緊張感を走らせた。あんなに活きがよかった双子はピシッと直立不動になり、川端と薩摩も背筋を伸ばして扉の方に身体を向けた。
振り向けば、生徒会室の前にいたのは、薩摩より体の大きな青年だった。身体は筋骨隆々で学ランの前が閉じられず立派な胸筋が覗く。外套を肩にかけ、頭には学生帽。藁色の癖毛が襟足から飛び出している。そして額には立派な二本の角が生えていた。一目でわかる。鬼だ。それから肌で感じる。こいつ強い。敵わない。
「不知火様、こちらは今日から赴任された先生です」
おいおい川端に様つけられてるよ。格が高いお家柄なんじゃねえの?
「名前は?」
ジロリと金色の目が俺に向く。怖すぎてチビりそうなんだけど?
「……葛野です」
だからなんで本名出しちまうんだよ俺のバカバカバカ!
不知火はそうか、って言ったっきり何も喋らず、生徒会室の奥の執務机に腰掛けた。
「生徒会のメンバーは以上です。そして、校長から言伝を預かっております」
川端はそういいながら、まわしから封筒を取り出す。いやどこにしまっているんだよ、ビッチョビチョじゃん。というか早く制服を着ろ。
「えー、葛野葉慈殿、貴殿を我が校の教員として採用する。よろしくね! だそうです」
いや軽いなおい! 他にも書類が何枚かあり渡された。全部ずぶ濡れで文字が滲んで読みにくい。目を凝らしていると、書面からぶわりと炎が上がった。
「うわっ! なんだこれ!」
「読めるようになったか」
そう聞いてきたのは不知火とか言う生徒会長だ。手元の書類は焦げ跡一つなくさらさらに乾いていた。
「あ、ありがとう?」
そう言えば不知火は無言で頷いた。すげえ、炎を操れるとか漫画みたいだ。あと、中身は悪いやつじゃないのかも。
まだ温かさの残る書類の束を持って、俺は職員室に向かった。
ホームルームが終わったらしく、ちょうど教員がぞろぞろと戻ってくるところだった。ちょっと待て、じゃあ生徒会のやつらまるっとサボってやがったのか?
「ああ、いたいた、すみませんね、全員出払っていて。今本当に成り手がいないんですよ」
話しかけてきたのは、スポーツTシャツにジャージの上下を着た天狗だった。ガタイが良くて四角い輪郭の中の顔はいかつい。
「学年主任の麻倉です。懐かしいなあ、私も三百年くらい前は人間だったんですよ。よろしくお願いします」
めちゃくちゃ人当たりがいい人だった。でも俺の中では警報が鳴り続ける。前の職場ではこういうタイプが子どもの為にとか言って仕事を増やしまくってきた。深入りしないようにしよう。
職員室で挨拶回りをしたあとは、麻倉の授業の補助をすることになった。時間割には特活と記されている。特別な道具を使うらしく一緒に倉庫に向かった。
「特活は人間の生活を学ぶ授業ですよ。今は人間社会で暮らせないとやっていけませんからね。例外もいますが」
「例外?」
「実家が神社だったり一族が暮らせるだけの山や土地を持ってたりね。ただ、不知火の家は別格で、代々地獄の獄卒をやっているんですよ」
「へえ」
なんかファンタジーって感じの話に現実感が湧かない。でもみんな苦労してるんだな。
「ところで、これ」
「ああ、それそれ。持っていってください」
え、本当にこれを使うのか? 疑いつつも麻倉の言う通り校庭に設置した。信号機の模型と横断歩道の描かれたシートを。
待って人間の生活を教えるってそこから?! 校舎から出てきたジャージ姿の一年生達を並べてガチの交通安全教室が始まった。
「あっ、クズ先じゃん」
アズぴとニッシーが手を振っている。一年生だったのか。腕が四本あったり角が生えていたりする奴らに混じるとあの平成ギャルな格好はそれほど目立たない。
麻倉先生が説明を始めるとダルいとか信号機はさすがにわかるとかぶつくさ文句が上がった。でも、いざやってみると押しボタンを知らなかったり車(の絵が描かれたダンボールを持った俺)が迫るとテンパってたぬきの姿で走り去ったり、逆にぶつかっても平気だからと悠々と歩く奴がいたりして、必要性がよーくわかった。あとたぬきの子は父ちゃんが車に轢かれたから頑張って覚えると言っていて泣けた。
あの双子は完璧でドヤってた。
「どうよ」
「ああすごいすごい」
「ウチらめちゃ人間の勉強してんだよ?! えらくない?!」
「はいはいえらいえらい」
「今度街まで連れてってよ〜」
「まずはファッションから勉強しような」
なんでいきなりこんなになつかれているんだ。距離の詰め方も勉強しておけ。
ふと視線を感じ、あたりを見回すと校舎の二階に影が見えた。あの存在感とデカい角。不知火だ。不知火はこっちを睨んでいるように見える。
「うわ、またこっち見てる」
アズぴはげんなりした顔で言った。
「なんかさあ、ウチよく睨まれるんだよね。なんかしたかなあ」
悪いヤツじゃないけどね、とニッシーがぼそりと言う。どうでもいいけどウェーイ以外の言葉を言う時はこんな感じなんだ。
「わかる〜、圧がさ、すごいよね」
無駄に喋っているうちに不知火はどっかに行って、俺は麻倉先生に呼ばれた。不知火のことが心に引っ掛かる。俺は目がいいから、その気になればなんとなく相手の考えていることも分かるのだ。不知火から感じたものは、羨望だ。いいなあ、というほのぼのした気が立ち昇っていた。厳ついツラとのギャップに驚きはしたけど、中身は案外かわいいやつなのかもしれない。
かと言って、目の前にいきなり現れたらそのいかつさとデカさにビビる。昼休みに食堂でアジフライ定食を食っていたら、なんか入り口が騒がしくなった。時間がないからスルーする。サクサクの衣とほどよく水分を保った身に夢中になってほくほく食っていたら、ざわめきが近づいてきてぬうっと人混みから不知火が現れた。
「少し付き合ってもらおうか」
長机の端まで陰を落とす不知火の巨体は、座っていると余計デカく見える。
「いや、飯、食ってるから」
混乱する頭で答えると、不敬だ! と親衛隊の腕章をつけたたぬきや狐の子達がぽんぽこコンコンとなんか騒ぎ始めた。
「なら待とうか」
と目の前に座られた途端味がしなくなる。だって周りの視線ヤバいから! マジもんの呪詛の混じった目が怖い!
久しぶりの誰かの作ったメシを泣く泣くかっこんで、針の筵のまま生徒会室に連れて行かれた。
うわあ誰もいないじゃん。なんか大正レトロな赤いソファとか机が応接室みたいに並んでいて、そこに不知火と向き合って座った。
「私について、どう思う」
「ごめん、正直に言っていいやつ? 威圧感があってマジで怖い」
不知火は金色の目を丸くする。こんなずけずけものを言ってくるやついなかったんだろうな。いいとこの坊ちゃんみたいだし。でも見た感じ、怒っているわけじゃなかったから。
「では、東についてはどう思う」
あずま?
「男だが女のような装いをして」
ああアズぴか。
「距離感バグってるけどいいヤツだと思うよ」
「それだけか?」
「うん」
不知火は腕を組んだまま眉間の皺を深くした。何だろうな。なんかぐるぐる考えてるみたいでもやもやっとしたのが頭の周りに見える。
「あのさ、特活の時こっち見てたじゃん。うらやましいなって。なんで?」
不知火は目をカッと見開き、
「心が読めるのか」
と凄んだ。威圧感が増して、唸る口の中から火の粉が舞う。普通に怖いけど、多分照れてるんだよなあこれ。ギャップで風邪ひきそう。なんだコイツ、見れば見るほどかわいいな。
「なんとなく分かるってくらいだよ」
「なら、隠し事は無駄ということか」
不知火はすっと目を閉じ、膝の上で拳を握る。そして意を決したように言った。
「好きなんだ」
目をまっすぐ見ながらそんなん言われて
「なんて?」
としか出てこなかった。
「好きなんだ、人間が。小さくて、かわいいから」
不知火は急に顔を真っ赤にしてもじもじし始める。
「獄卒は、本当はやりたくない。人間は囲って愛でたい」
そんな爆弾発言ぽいぽい投げるな。俺にどうしろっていうんだ。
「えっと、ごめん、進路の相談は別の教員に投げて欲しい。俺あんま妖怪の事情とか詳しくないし」
「じゃあ、人間の方はどうなんだ」
「えっ」
「人間の大学に行くには、どうすればいいんだ」
どうしよう、進路の相談はじまっちゃったよ。ていうかそっち行きたいんだ。
進路指導とかやったことないんだけど。三年生の担任やる前にドロップアウトしたし。それに俺はもう仕事で誰かに深入りしたくないんだよ。
でもさあ、そんな縋る目で見られたらさあぁ。こういうのほっとけないからメンヘラに粘着されがちなんだよなあ。
「ああぁぁ! こんなとこにいた!」
アズぴとニッシーが勢いよく生徒会室の扉を開け雪崩れ込んできた。
「ヤバいの来たんだよ、祟り神よりヤベーの!」
不知火は無言で立ち上がり窓を開け、そこから飛び降りた。
「クズ先行っちゃだめだよ、あぶないから!」
窓を覗き込もうとすると止められた。だけど壁からこっそり覗くと、校庭で川端と誰かが対峙していた。
きっちり学ランを着て睨みを効かせる川端は毅然としてまともに見える。
「関係者以外は立ち入り禁止ですよ」
相手は髪の毛もさもさで、分厚い瓶底眼鏡をかけている。あとブレザーにリュックとパッと見普通の高校生みたいだ。
「僕は、転校生ですけど」
そいつはボソボソと喋る。
「存じておりません。それ以上近づくなら尻子玉引っこ抜きますよ」
川端は学ランを脱いでまわし一枚になる。なんでアイツそんなピリピリしてんだ? あの転校生どう見ても人間じゃん。
「本性を表したな、妖め」
転校生はもさもさ頭に手を突っ込みお札を取り出した。それを両手に持って川端に突っ込んで行き、ぶつかる直前でジャンプして皿に札を貼った。皿からは煙があがり、川端はぶっ倒れて主将! と叫びながらまわしをつけた河童たちが集まってきた。
「何あれ、何あれ?!」
「カチコミだよ! あれ陰陽師!」
「えっ、マジで? そんな強いやつ?」
「雑魚でも校則で人間に危害を加えちゃいけないんだよ〜! 推薦なくなっちゃう〜!」
「は?! 他の先生達は何してんだよ」
「結界張ってみんなを抑えてるとこ。ウチらも行くよ!」
「不知火は?」
「足止めして、ってうそぉ?!」
外の様子を見れば、校庭は火の海だった。その中心に、亀甲縛りで吊るされているデカい鬼が、不知火がいた。
「あのさ、妖は人間に危害は加えられないんだっけ」
「そうだよ、だから」
「だったら俺はセーフだよな」
「えぇ?!
俺は生徒会室を飛び出した。ダッシュで階段を駆け降りて校庭に向かう。
「ふ、ふふふ、ついに、ついにやったぞ! 不知火家の鬼を調伏すれば、父上も認めてくれるはず……!」
あの陰陽師はぐふぐふ笑いながら不知火を見上げている。その目は承認欲求や自己顕示欲に塗れていた。
「私がお前の式になれば、皆に手出しはしないのだな」
「そうだよ、ザコはいらねーし」
不知火の顔に怒気と血管が浮かび、陰陽師は少し怯む。
「ふ、ふん。なんだよその目は、ボクが、この御門雅良がお前のご主人様になるんだぞ!」
「不知火が、ゲホッ、お前なんかの手下になるわけないだろ」
最悪だわ、むせた。調子に乗ってちょっとかっこつけたのがよけいかっこ悪い。めちゃくちゃ煙いし熱いしでまともに目も開けられないんだけど。
「誰お前? 人間?」
御門はじろりと俺を睨む。俺は不知火を庇うように前に立つ。
「不知火は、進学希望だってさ。お前とおんなじ高校生なんだよ、勘弁してやってくれよ」
「なんで人間が妖の味方するんだよ」
「しょうがないじゃん、関わっちゃったらもうダメなんだよ。ほっとけなくなるんだよ」
そうなんだよ、だからなんだかんだ学校の先生なんてやってきたんだ。
「だから帰ってくれ、頼むから」
俺は頭を下げる。けれども、返ってきたのは顔への蹴りだった。
「うるさい! お前ら一般人も勝手なんだよ! だれが妖からお前らを守ってやってると思ってんだ!」
人間なのに話が通じなさすぎる。コイツの感情が怒り一色になった。完全に頭に血が昇ってる。
しょうがない、奥の手を使うか。
「帰らないなら、不法侵入だな。警察に通報するわ」
えっ、と御門が気の抜けた声を上げる。
「あとその制服、県立の進学校だよな。そっちには同期が行ってんだわ。メール入れてっと。それで苗字が御門で陰陽師の家系? そっちはじいちゃんが知ってるかな」
「えっ、親に連絡すんの?」
スマホを耳に当てれば、御門は顔を青くする。
「ひ、卑怯だぞ! やめろよ!」
「子どもが問題起こしたら保護者に連絡するのは常識だろうが」
「父上と母上に殺される!」
「じゃあどうすればいいかわかるよな」
「すみませんでしたぁぁぁぁ!!」
御門は秒で土下座して、土埃を上げながらダッシュで帰っていった。
ドサっと後ろで音がして、振り向けば不知火が落ちていた。縄は消えていたから、たぶん術で作ったやつだ。いいのを一発顔にくらったし、実はそこそこ実力があったやつなのかも。
「不知火、大丈夫か?」
不知火は、うずくまったまま動かなかった。え、やばくない? なんか他に呪いとかかけられたりしてない?
「人間に、いや、誰かに助けられたのは、初めてだ」
あ、やっとなんか喋った。
「人間は、か弱い生き物だと思っていたのに。私は間違っていた」
「いやいやそれ間違ってないから。俺なんにもしてないから」
「先生が、私を守ってくれた」
顔を上げた不知火は、頬を染めて潤んだ目で俺を見つめる。熱に浮かされたような顔の周りに浮かぶ感情は甘い色をしている。これは、まるで――――
「し、進学できなくてもいい。私は先生の、嫁になりたい」
ぶわりと周りの炎が一際大きく燃え盛る。
どないせえっちゅうねん! と盛大に心の中で叫びながらも、心臓はバックバクだしなんなら不知火の金色の目と火の粉がパチパチ煌めいて綺麗だな〜とか思っていた。
何にも言えなかったけど、握られた両手が離せなかったのがもう答えになっていたのかもしれない。
こうして波乱しかない化野学園での生活が始まったのだった。
終




